音楽雑記2008年(2)                           

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 音楽雑記2008年の1〜4月はこちらを、9月以降はこちらをごらん下さい。 

 

8月29日(金)       *美貌は神様の贈物、ないがしろにしてはなりませぬ・・・・とカトリック神父は語った

 CNNのネット上のニュースより。 こういうニュース、私は好きですねえ。 ミスコン粉砕なんて野暮天のやることだってば。 美は美として享受するのが正しい生き方なのです。

 http://www.cnn.co.jp/fringe/CNN200808260010.html 

 ネットで修道女のミスコン開催 イタリアの神父が企画    2008.08.26 Web posted at: 12:06 JST Updated -AP

 ローマ(AP) イタリアのキリスト教神父が、インターネットで修道女のミスコンテストを開くと発表した。 カトリック教会の中で修道女の存在感を高めてもらい、「修道女は年配の堅物ばかり」 というイメージを払拭するのが狙いだという。

ミスコンを計画しているのはナポリ近郊で学校教師を務める神学者のアントニオ・ルンギ神父。 自らが運営するブログで9月に 「ミス・シスター2008」 を開き、世界中から修道女の応募を募る。

応募者は自分の写真を添え、日々の生活や仕事について紹介する。 写真はベールをかぶった姿でも、ベールなしでも構わないという。 開催期間は1カ月。 この間にブログを訪れたユーザーに投票してもらい、ミス修道女を選ぶ。

ルンギ神父は 「外見の美しさは神から与えられたものであり、それを隠してはいけない」 とコメントしている。

8月27日(水)         *お見舞いで仙台へ

 本日は、仙台に出かける。 東北大学付属病院に入院している某氏の見舞いのためである。 

 私の学生時代の先輩で東北大教授をしているS・K氏、および私が教養部学生時代にドイツ語を教わり今は停年退職されているH・M先生と3人で見舞う。 病人は日によっては痛み止めを使うので意識がはっきりしない時もあるという話を聞いていたが、さいわいこの時はそういうこともなく、きっちりした話ができた。 本来、こういう場合は見舞う側が気を遣うべきものであるが、病人は新潟から見舞いに来た私に気を遣って話をしてくださり、私も恐縮してしまった。 病人と私は2歳しか違わないし、私は今のところは入院歴がないけれど、五十代半ばだからいつどうなるか分からない。

 見舞いの後、S・K氏のクルマで松島まで3人で出かけ、そこの料亭で夕食をご馳走になってしまった。 私も仙台で学生時代を送ったとはいえ、松島に来たのは久しぶり。 新潟に来てからは一度も訪れていないはずである。 また、松島の料亭に入ったのはまったくの初めてである。

 あわびの踊り焼き、というのが多少珍しいかな。 踊り食いではない。 生きているあわび――「この通り生きています」 と動いているのを見せてくれる――を、客の目の前で小さな火鉢に載せて焼くのである。 あわびも気の毒にねえ。 

  飲み食いしながら、東浩紀が最近主張しているライトノベルのメタ性は近代文学がもともと持っていたものではないか、なんて話題を私は提供したのだけれど、S・K氏もH・M先生も東浩紀の名前すらご存じなく、話はまったく盛り上がりませんでした。 アカデミックな人は東浩紀なんか知らないのだ。 あらためて新潟にいて俗塵にまみれている私の状況を実感したことでした、はい。

 なお、S・K氏は臨川書店から最近出た新訳の 『ヘルマン・ヘッセ全集』 で詩集の巻を1人で担当している。 興味のある方はごらん下さい。

8月23日(土)         *新進の卓球少女、新潟にあらわる・・・・!?

 私が卓球の平野早矢香さんを応援していることはかねてからこのコーナーでも書いてきた。 北京オリンピックではもう一つ実力を出し切れなかった感があるが、まだまだ若い。 今後もがんばってほしい。

 ところで、平野さんに続く卓球の逸材が新潟に登場する、かもしれないので、ちょっと書いておこう。

 本日夜、N卓球クラブの練習で某公共体育施設に行った。 ふだんは近所の小学校体育館を借りて練習しているのだが、先月から体育館が耐震性を高める補強工事に入って使えなくなったので、某公共体育施設を利用している。 1人あたり2時間で250円だから安いが、小学校体育館だとタダなので、それよりは高い。

 というわけで練習に行ったら、40歳くらいかと思われるお父さんと小学校1年生くらいかと思われる少女が練習に来ていた。 お父さんは中国式ペンホルダーで相当な腕前だが、シェークハンドの少女も、体の小ささにも関わらず基本的な技術がしっかり身に付いていて、なかなか様になっている。 「サー!」 とかけ声をかけながらやるところは福原愛みたいで、顔立ちも結構整っている。 といっても福原愛みたいなタイプではなく、うまくいけば正統派美人になりそうな顔立ちなのだ。 一昔前の女優で言えば山本陽子とか大原麗子みたいな。

 最初はお父さんと二人で基礎練習をしていたが、そのうち、練習に来ていた女高生のペアとダブルスの試合を始めた。 女高生もお遊び卓球ではなく、明らかにクラブに入ってやっている腕前だったが、見ていると父娘ペアは女高生ペアに完勝していた。 決め球はお父さんが放っているけれど、少女も配球がたくみで、体の小さいハンディをものともしない試合ぶりだった。 これで順調に成長すれば、卓球美少女として全国的に有名になるかも知れない。 皆さん、10年後の日本卓球界に期待しましょう。

8月21日(木)        *最近聴いたCD

 *ハイドシェック: フォーレ・リサイタル (1993年録音、1994年発売、キング・インターナショナル)

 5月末日に米沢までエリック・ハイドシェックのリサイタルを聴きにいったときに会場で買ったCD。 フォーレのピアノ曲が17曲収められている。 即興曲、夜想曲、幻想曲、奇想曲、などなどである。 フォーレのピアノ曲は、言うならば流れていく水のようで、記憶にあまり残らない。 或いはその時時の人間の気分のよう、とでも言えばいいのか。 そんな中で、13トラック目に入っているフーガホ短調 (op.84-6) はバッハのような曲で、珍しく記憶に残る。 フォーレがフーガを書いているということ自体、知らなかったわけだが。

 *ビゼー: カルメン全曲 カラヤン+ウィーン国立歌劇場 (1964年録音、1984年発売、RCA−BMG、3枚組)

 知っているつもりで、実はディスクを持っていない曲、というものがある。 ビゼーの 「カルメン」 全曲は私にとってそんな曲の一つだった。 実演も聴いたことがあるのに、オペラのCDは持たなかった。 まあ、私がオペラを不得手にしているということもあるが、やはりメロディアスにできていてディスクがなくても主要部分は分かっているつもりになっていたからだろう。 さすがに一つくらいあっていいか、と思ったので、先月HMVから他のオペラCDなどと一緒にネット上で注文して購入。 カラヤンとウィーン国立歌劇場だけあって、名盤の誉れ高いディスクらしい。 カルメン役はLeontyne Price、ホセ役はFranco Corelliである。 たしかに録音もよく、間然するところのない歌と演奏である。

8月17日(日)        *演劇”Sisters”――衝撃的とはいいかねる筋書きと設定

 本日は午後2時からりゅーとぴあの劇場で演劇公演"Sisters"を見る。 長塚圭史書き下ろし作品で、東京のParco劇場での公演に引き続き、新潟、北九州、大阪で公演が行われている。 本来はS席8000円のところ、新潟大学の福利厚生関係の斡旋ということで2500円にて鑑賞。 ただしS席の割りには後方で、さほど良い席とは思われない。

 出演は、松たか子、鈴木 杏、 田中哲司、中村まこと、梅沢昌代、吉田鋼太郎。

 舞台は現代日本の田舎にある古びたホテル。 そこに経営者(中村まこと)の遠縁である名シェフ (田中哲司) が新婚早々の妻 (松たか子) を連れて宿泊に来る。 ホテルには奇妙な父娘 (吉田鋼太郎、鈴木杏) が住んでいる。 さらに経営者の妻が少し前に自殺するという事件が起こっている。 そうした中で新婚夫妻と父娘、さらには経営者をも含めた人間関係の裏が次第に露呈していくのだが・・・・・・というような筋書き。

 うーん、まずセリフのおもしろさ、奇抜さがあまり感じられない。 私は演劇はあまり見ない人間で、例外は三島由紀夫であるが、そのせいかどうか、セリフが最近の映画みたいに芸のない日常的な言い回しばっかりで構成されている演劇は買わない。 演劇も文学のうち、セリフで人を酔わせなくてはならない。

 次に、筋書きにもあまり感心できない。 ヒロイン (松たか子) の心の闇が、同類である娘 (鈴木杏) との出会いによって次第に明らかになっていくrところがミソ、のつもりなのだろうが、闇自体に新奇性がなく――今どきこの程度じゃ驚きませんよ――本来は二人の出会いによる新たな関係性の構築によって闇に光を当てるべきなのだが、そこまで達していない印象がある。

 実を言うと、今回私が見に行ったのは、鈴木杏が生で見たかったからというのが一番の動機なのであるが、彼女も微妙なところにさしかかっているという気がした。 映画 『ヒマラヤ杉に降る雪』 や 『青の炎』 での彼女は実に可愛く美しかったが、最近、大人になりかかってきたためか、ちょっと全体のバランスが崩れているような印象がある。 今後の彼女が心配だなあ・・・・・ワタシごときが心配しても始まらないんですが(笑)。 

8月15日(金)        *ほんぽーと (新潟市立中央図書館) のレストラン

 レポートの採点も終わったので、本日は昼前から万代シティに映画を見に行く。 午前中から昼過ぎにかけてTジョイで1本見、そのあとほんぽーと (新潟市立中央図書館) に行って調べものなどをし、夕刻、シネ・ウインドでまた1本映画を見る。

 ほんぽーとについては、以前このコーナーでも書いたことがあるが、最近新しくできた施設で、なかなか利用しやすくできている。 学習室には机がたくさん並んでいるが、今どきだと受験生らしい若者が多数いて、空きが少ない。 しかし静謐な環境でゆっくり本が読めるのはいい。

 また、最近は国立大は独法化されて予算がないので図書館におかれる雑誌の数も減少気味なのだが、新潟市立図書館は新潟大学よりはるかに多数の一般向け雑誌をおいており、また行った図書館になくとも別の分館でとっている雑誌ならとりよせてもらえる (出たばかりの号は除く)。 そういう意味でも便利なのだ。

 この図書館にはレストランもある。 一度利用してみたいと思っていたので、本日、昼食をとってみた。 といっても午後2時頃だが。 レストランは、大きく分けて二つの部分から成っている。 入口手前側に並んでいるテーブルは、そこのパンショップで買ったパンやドリンク類の飲食のためにあるが、自分で持ち込んだ食物をそこで食べてもよい。 他方、奥にある半分のスペースはレストランで食事を注文する人間専用である。 私はこの奥のスペースを利用してみた。

 ランチメニューが3種類用意されていて、それぞれ日替わりらしい。 値段はどれも税込みで千円。 私はパスタ・ランチを頼んでみた。 飲物は別料金となるが、水はタダで出るので、頼まないことにする。 何しろふだん大学生協やコンビニおにぎりで昼食を済ませている身からすると、千円の昼食ってのはすごく贅沢なのである。

 最初に冷たいスープが出る。 そのあとに出てきたパスタは、あさりパスタである。 野菜としてはオクラなどが使われている。 パスタ以外にパン一きれと、野菜料理入りの小鉢――というかミニ小鉢と言いたいくらい小さい鉢だが――が2つ付く。 そのうち一つには、カボチャと玉ねぎをトマトケチャップで煮たものが入っていた。 私はカボチャはあまり好きではなく、特に煮物は不得手で、天麩羅ならまっいいかという程度だが、この料理だとトマトケチャップによってカボチャ臭さがなくなっており、結構いけるなと思った。

 午後2時という時間帯だが、客は結構入っている。 1人で本を読みながら食後のコーヒーを飲んでいる初老の男性、おしゃべりしている中年婦人の2人づれや3人づれなど。 千円のランチが苦にならない方には、試してごらんになることをお薦めします。

8月14日(木)       *工学部生はワープロが不得手?

 昨日、第一期の成績を全部学務情報システムに入力し終えて、ほっと一息である。 やっと実質的な夏休みになった。

 ところで、教養科目の西洋文学のレポートを採点していて変なことに気づいたので、書いておこう。 いや、半年前の同じ名称の科目でもうすうす気づいてはいたことなのだが。

 西洋文学のレポートは紙媒体で出すよう指示している。 なにしろ定員150人なので、Eメールで出されると他のメールとごっちゃになって始末が悪いからだ。 教養科目専用のレポートボックスが学内にあるので、そこに提出する仕組みである。

 紙媒体であるから、原稿用紙に自筆で書いても、白い紙にワープロで打ちだしても、どちらでも可としているが、昨今のことでワープロ派が圧倒的に多い。 私にしても、ワープロの文字の方が読みやすくて助かる。 しかし、中には原稿用紙に手書きという学生もいる。 10人中1人か2人程度である。

 ところが、これは教養科目なので色々な学部の学生がいるわけだが――新潟大学には人文・法・経済・教育・理・工・農・医・歯の9学部がある。 立派な総合大学なのです。 受験生の皆さん、新潟大学を目指しましょう! (たまにはこうやって宣伝しないとワタシの学内での評判が悪くなるので・・・・)――不思議なことに、手書きの学生は圧倒的に工学部生が多いのである。

 むろん、工学部生はもともと人数が多いということもある。 国立大ってのはほとんどが理工系優先でできており、新潟大学も例外ではない。 学生定員の5分の1強は工学部生で占められている。 私のこの科目では何と半分が工学部生である。 しかしそれを計算に入れても、工学部生には自筆派が目立つのである。 なぜだろう?

 工学部生は文系学生に比べてパソコンに精通しているはずだから、したがって今どきならパソコンのワープロ・ソフトを使ってレポートを書く学生がほとんどだろう――そう考えたくなるではないか。 ところがそういう普通の推論が通用しない。 しかも3年生になっても手書きという工学部生が結構いたりする。 文系でも3年生になれば、まず手書きはいないのに、である。

 なぜそうなるのか? 手書きの学生に訊いたわけではないからはっきりした理由は分からないが、恐らく、文章をパソコンで書くということ自体が、工学部の授業であまりないからではないか? 表計算だとか、その他理数系の作業にはパソコンを駆使しても、日本語の文章を書く機会がほとんどないのではないか? だから、たまに(?)教養科目の 「文学」 なんかでまともな日本語の文章を書く必要が出ても、ひごろワープロ・ソフトを使っていないのでパソコンでレポートが作れず、やむをえず手書きということになるのではないだろうか?

 逆に文系学生なら、期末レポートは言うまでもなく、授業に際しても文章を書く機会が多いので、否応なくワープロ・ソフトを使わざるを得なくなるのである。

 この推測が当たっているかどうかは分からない。 しかし当たっているとすると、問題があるのではないか。 日本語で考えるというのは、文系理系を問わず日本人大学生の基本で、その基本がおろそかにされているのが工学部ではないかという疑いに通じるからである。 (工学部の方からの反論があれば、受け付けます。)

 ただし、まるっきり別の原因が可能性としてないわけではない。 例えば、私のこの講義は毎年たくさんの工学部生が取っているので、工学部内部に伝説めいたものが形成されており、その伝説とは、原稿用紙に手書きをすると一所懸命に書いているという印象が強まるので高得点に結びつくというものである、とか・・・・・

8月13日(水)      *最近聴いたCD

 *ヒルデガルト・フォン・ビンゲン: 天空の響き (2005年録音、2008年発売、NAXOS)

  新潟市のクラシックCDショップ 「コンチェルト」 にて購入。 12世紀の修道女にして音楽家でもあったヒルデガルト・フォン・ビンゲンの曲集。 ジェレミー・サマリー指揮、オックスフォード・カメラータによる演奏。 私は中世ルネッサンスの音楽は不得手で、ディスクもあまり持っていない。 ヒルデガルトの曲集のディスクを買ったのも初めてである。 NAXOSのCDだけど、ヒルデガルトの全身像を描いた絵をイラストにした紙カバーに入っていて、なかなかに美的である。 音楽そのものは、うーん、それなりだとは思うけど、私の中世音楽への無理解をくつがえすところまではいかなかったかな。

 *ヴィエルヌ: オルガン交響曲全集 Louis Vierne: Organ Symphonies Complete (2004年録音、ブリリアント)

 上と同じく 「コンチェルト」 にて購入。 新潟市民芸術文化会館りゅーとぴあのパイプオルガンを使ったコンサートで、ヴィエルヌのオルガン交響曲を聴く機会が複数あり、いっそ全集を買おうと考えて、第1番から第6番まで入ったこのCDを購入。 ブリリアント・レーベルなので値段も3枚組で2千円以下と格安。 演奏はJeremy Filsell、オルガンはフランスのSt Ouen de Rouenのもの。 で、聴いてみたのであるが、録音に多少問題がありそう。 パイプオルガンの音は録音が難しいだろうとは思うけど、全体に音が籠もりがちで、メロディー・ラインが伴奏の音に埋もれてしまいがちになっており、曲の魅力がもう一つくっきり出てこない。 録音に使った場所でも実際にこんな音なのかも知れないが、録音技術の問題である可能性もあると思う。 やっぱりパイプオルガンは生で聴くのが一番ということでしょうか。

8月9日(土)       *言論の自由を妨げる議論を見抜けるか

 このコーナーでは教養科目の西洋文学についてしばしば書いているが、私が受け持っている科目は直接文学に関係するものばかりではなく、最近の情勢下で多様化している。 今回は、テクスト文化論という授業 (教養科目ではなく人文学部向けの専門科目) の学生レポートについて書いてみよう。

 この名称の授業は毎年開講しているが、2年に一度の割合で差別語問題を取り上げている。 70年代に部落解放同盟による差別語狩りが始まって、マスコミの自主規制が進み、使えない言葉が激増していく過程を説明し、差別語をやめれば差別はなくなるのか、そもそも差別とは何か、などを考える講義である。

 なかなか微妙で難しいテーマなので、レポートに現れた学生の意見も多様になる。 特に今の学生は、他人を傷つけることは絶対にイケマセンという刷り込みを義務教育の段階でかなり受けているので、「傷ついた」 と言えば勝ち、という図式自体に問題があるという認識には、いくら説明してもなかなか至らない場合が多い。 まあ、大学での講義なんてのはそういう点では無力で、この先それぞれの人生を生きていく中で自分なりの認識を形成して行くしかないものだとは私も思っている。 

 ただ、学生ごとの判断力の有無がレポートによってかなり鮮明に出てしまう、ということはある。

 例えば 「ちびくろサンボ」 問題である。 講義の後半でこの問題を取り上げたので、期末に提出する第2回レポートではこのテーマを論じている学生が目立ったが、湯浅俊彦という人の本を読んで書いた学生がくっきり二派に分かれた。 湯浅は、『ちびくろサンボ』 が絶版になったという事実を騒ぎ立てる論調ばかりが目立つが、黒人差別そのものを問題にする議論が少ない、というようなことを彼の著作の中で言っている。

 これは典型的なためにする議論という奴だ。 日本では、多数の版が出ていた『ちびくろサンボ』 が、一時期あっという間に全部絶版になってしまった。 英米でもこの作品を差別的だとする議論はあるが、作品そのものは入手可能なのに、である。 比べてみれば日本がどれほど異常かは明らかだ。 また、日本ではそればかりか、絶版が相次いだ後に 『ちびくろサンボ』 を自分の手で出そうとした人が批判派から集中攻撃を浴びてノイローゼに近い状態になるという事態まで起こっている。

 こうした状況を見るなら、湯浅俊彦の主張がおかしいことは明瞭であり、なぜろくに議論もしないで 『ちびくろサンボ』 をことごとく絶版にするのかを問題にするのは当然だと言わねばならないのだ。

 私は、湯浅の主張はあまりに非常識だから授業中には取り上げていないのだが、図書館で 「差別語問題」 で検索すると湯浅の本もひっかかってくるので、この本を読んでレポートを書く学生が出てくること自体は避けられない。 学生の判断力が試される場面であるわけだ。

 しかし、湯浅の本を読むと、いわばころりと、「湯浅氏の言うとおりだ」 と思い込んでしまう学生がいる。 一方、「湯浅氏の議論はおかしい」 と明瞭に批判できる学生もいる。 この辺の分かれ方は実にはっきりしている。 

 無論、二手に分かれた学生が、この先の人生でそれぞれそのままの意見を保つかどうかは分からない。 この種の意見は、それなりの時間と経験の中で形成されるしかないからだ。 ただ、大学に入って2年以上たった時点で (この講義は3年生以上が対象)、その程度の差はついているのだな、と私は痛感する。 

 急いで付け加えると、この種の問題は芸術的な感性の優劣とはまた別の話で、芸術系の授業ではすぐれたレポートを書く学生がこういった問題だとさっぱりだとか、或いはその逆ケースもあるとかいう問題もある。 なかなかに人間の資質は多様なのだ。

8月8日(金)       *シュトルムの 『みずうみ』 も岩波文庫でしか新本が入手できない困った現状

 教養科目 「西洋文学L」 の第2回レポートを採点しているところ。 第2回のレポートは主としてシュトルムの 『みずうみ』 を論じている。

 私はこの作品を2〜3年に一度講義で取り上げている。 以前はテクストとして新潮文庫の高橋義孝訳を使っていた。 ところが現在はこの訳が新本では手に入らない。 しかたなく岩波文庫の関泰祐訳を使っているのだが、どうも訳がうまくないので、困ってしまうのだ。

 例えば冒頭近く、老人となったラインハルトが夕刻に散歩から帰宅して、玄関を入ったところで家政婦が顔をのぞかせたとき、「灯りはまだいい!」 と指示するのだが、ここが関泰祐訳だとどういうわけか 「灯りはまだかね?」 となっている。 まるで逆の訳をつけているわけだ。 (原文は、"Noch kein Licht!" sagte er ……)

 また、大学生になったラインハルトが帰省してエリーザベトの家をおとずれたとき、彼の同級生のエーリヒが父から別邸を相続したという事実をエリーザベトの母から教えられるのだが、エリーザベトの母はエーリヒびいきらしく、次のようにエーリヒを評する。 "Er ist ein gar lieber, verstaendiger junger Mann"  (aeはa-Umlaut)

 ここが関泰祐の訳だと、「あのかたは、そりゃもののよく分かった、ほんとうに可愛い青年でいらっしゃいますよ」 となっている。

 高橋義孝訳だと、「よくもののわかった、いい人ですことね、あの方は」 となっている。 どちらが日本語として自然かは言うまでもあるまい。 関訳の 「可愛い青年」 なんて訳は、読んでいて気恥ずかしくなってしまう。  

 また、エリーザベトが結局エーリヒと結婚して数年後、エーリヒに招かれたラインハルトは二人とエリーザベトの母が暮らす屋敷にやってきて、そこで数日を過ごすのだが、たまたまエーリヒとエリーザベトの母とが仕事の関係で不在になったとき、ラインハルトはエリーザベトと一緒にみずうみのほとりを散策する。 そのとき、関泰祐訳だと、ラインハルトは 「エリーザベトさん」 と話しかけるように訳されている。 二人が幼かったころは単に 「エリーザベト」 と呼びかけていたので、学生のレポートではこの箇所に引っかかって、「今はエリーザベトが人妻になっているので、『さん』 付けで呼びかけたのだろう」 などと論じてしまっている者が数名いた。

 欧米の小説を読み慣れた人間なら、いや、文学のことは知らずとも欧米語に多少通じた人間なら、これは単に訳し方でそうなっているのだと気づくところだ。 日本語ならともかく、欧米語ではファーストネームで呼びかけるのは親しい相手に対しては普通のことで、ファーストネームにさらに敬称をつけることはあり得ない。 この場合、相手に敬称で呼びかけたいなら、ファミリーネームにFrau (英語のMrs.)を付けて呼ぶわけで、そうではなくファーストネームで呼びかけている以上、そこに余計な敬称を付加することは考えられないのである。 実際、ラインハルトの呼びかけは原文では単に"Elisabeth"となっている。

 高橋義孝訳だと、ラインハルトは一貫して 「エリーザベト」 と話しかけるように訳されている。 関泰祐は日本的な配慮を働かせたために、かえって誤解を生み出しているわけだ。 

 もっとも、この場合、いくら親しくても人妻となった女性には 「さん」 付けて呼びかけるのが日本人なら自然だから、訳でもそうしたほうがいい、という考え方もできる。 私にしても、人妻となったエリーザベトに対して 「さん」 付けで呼びかけるような訳が日本的な配慮からきたのだというような説明はいちいち講義の中ではしなかった。 そんなことは訳し方の問題であり、欧米語を知っていれば説明するまでもないと考えていたからだ。

 しかし、最近の学生に対しては、そういうことまでいちいち説明しなければならなくなっているのかも知れない。 これは、文学的素養の低下と言うより、欧米語に対するセンスの低下ということであり、ゆゆしき事態だと私は思うのだが。

8月7日(木)       *服部正死す

 http://mainichi.jp/select/person/news/20080807k0000m060031000c.html 

 訃報:服部正さん100歳=作曲家、国立音大名誉教授

 服部正さん100歳(はっとり・ただし=作曲家、国立音大名誉教授)2日、老衰のため死去。葬儀は近親者で済ませた。自宅は東京都渋谷区神宮前2の18の9。喪主は長男賢(けん)さん。

 慶応大卒。1935年、第4回日本音楽コンクール作曲部門第2位。代表作に歌曲集「野の羊」など。「わが青春に悔なし」(黒沢明監督)など多くの映画音楽を手がけ、NHKの「ラジオ体操第1」も作曲した。

 今朝の新聞で服部正の訃報に接する。 ラジオ体操第一を作曲した人だけあって、長生きですよねえ (笑)。

 ラジオ体操第一といえば、私の世代にとっては 「夏の日の思い出」 である。 といっても、甘やかだったり美しかったりする思い出ではない。 ひたすら眠い思い出である。 小学生時代、夏休みになると毎朝早起きして、小学校の校庭にラジオ体操をやりにいかなくてはならなかったのである。

 夏休みだというのに、何でふだんより早起きしてラジオ体操なんかしなければならないのか、全然理解できなかったし、今も理解できない。 私が文部大臣なら即刻こんな行事は廃止するのになあ、と小学生の私は思っていた。

 したがって、作曲者の服部正にも恨み骨髄なのである。 だけど、憎まれっ子世にはばかる、という諺どおり、こういう人に限って長生きするわけですね。 私怨を書いてしまい、失礼いたしました。 合掌。

8月5日(火)      *日本独文学会も末期症状・・・・・?

 本年5月に日本独文学会からドイツ語教育に関するアンケート調査依頼があり、それに私がどう答えたかは、この欄の5月26日に書いておいた (↓)。 ところが、本日、独文学会からのメルマガに次のような 「お知らせ」 が掲載されていた。

 ===「日本独文学会員の研究・教育に関する調査」締切延長のお知らせ===

 先般お送りいたしました 「日本独文学会員の研究・教育に関する調査」 は6月末が締切になっておりますが、8月末日まで締切を延ばすことになりました。 まだご回答いただいていない会員の方々には、どうぞよろしくご返送のほどお願い申し上げます。

  要するに、ここ十数年ほど猛威を振るっている日本の大学に於ける第二外国語衰退の波の中で――そういう衰退を積極的に押し進めてしまうドイツ語教師もいたりするわけだが――いかにドイツ語教師がやる気をなくしているかが伝わってくる 「お知らせ」 ではないか。 彼らはもうアンケートに答える気力すらないのである。 アンケートで何かが良くなるとは信じらないし、或いは良くしようという意欲がそもそも持てないのだ。

 新潟大も然り。 1994年の教養部解体時に、新潟大学のドイツ語専任教員は、教養部に11人と人文学部に4人で、合計15人いた (ドイツ人教員を除く)。 いま、その数は8人になっている。 新潟大学の第二外国語教育がいかに衰退したか、ここからも明瞭と言えるだろう。

8月4日(月)       *東京大学音楽部管弦楽団サマーコンサート2008    

 午後6時半からりゅーとぴあで標記の演奏会を聴く。 新潟で暮らしていると学生オケといえば新大オケで、半年ごとに演奏会を開いてくれているが、それ以外はなかなか聴く機会がない。 私も遠い昔 (30年も前) 仙台で学生生活を送っていた頃は東北大のオケをよく聴いていたが、新潟に来てからはとんとご無沙汰。 しかし先日ロングアイランド・ユース・オケが来演したことを考えると、今年は学生オケの当たり年 (?) なのかも。 東大オケのサマーコンサートは東京以外でもいくつかの都市で行われるのが恒例だそうで、今回は松戸、名古屋、高槻 (大阪府) ときて、新潟が最終公演になるとのこと。

 指揮は三石精一。プログラムは、チャイコフスキーの幻想序曲 「ロメオとジュリエット」、リストの交響詩 「レ・プレリュード」、メンデルスゾーンの交響曲第3番 「スコットランド」。

 客がずいぶん入った。 「このくらい前に行けば悠々だろう」 と開演40分前にロビーに入ったら、すでに客の列がりゅーとぴあ音文側出口のところまで連なり、さらにそこで折り返してクロークのところまで続いている。 思わず 「ひょえー」 と口の中で叫ぶ。 最終的には、舞台真後ろのPブロックと3階両端のF・Lブロック以外はほぼ満員に近い入り。 東響新潟定期の平均的な入りよりいいかも知れない。

 チケットをどうやってばらまいたのかな? 私はちゃんと (?) 千円出して買ったのだが、職場の同僚で潟響の名ヴィオラ奏者でもあるSY先生は東大OBであるためかチケットを学生にタダで上げていたようである。 割り当てがあったのであろう。 (後でSY先生にうかがったところ、有料での割り当てで、先生は自腹を切られたそうである。) 私はBブロックのCブロックに隣接した場所で聴いたが、隣りにすわったのが夫婦と小学校低学年くらいの女の子の一家で、お父さんは開演前はケータイでホール内を撮影しまくり、演奏が始まるとひたすらプログラムを読みふけっていた。 どう見てもクラシックのコンサートに日頃から来ている人ではなさそう。 この一家に限らず、わりに子どもの姿が目立ったコンサートであった。

 さて、演奏だが、こないだのロングアイランド・ユース・オケと比べると弦が多い。 第一曲では何と第一ヴァイオリンが18人もいるのにびっくり。 コントラバスは7人。 しかし2曲目は第一ヴァイオリンが2人、コントラバスが1人減り、さらに 「スコットランド」 では第一ヴァイオリンがまた2人、コントラバスもまた1人減った。 「ロメオとジュリエット」 では最初のあたりで管のミスが目立ったり、「スコットランド」 では出だしがわずかに乱れたりといったことはあったが、総じて無難で一定レベルを保った演奏だった。 ロングアイランド・ユース・オケとの対比で言えば、弦は明らかに上だけど、管の安定性では負けているかな、という感じ。

 ただ、無難な演奏ではあったけれど、音楽の面白さがイマイチ足りなかったような気も。 クライマックスの盛り上がりはいいのだが、それ以外のところで音楽の妙味というか、そういったものがあまり出ておらずちょっと退屈した。 これは奏者=学生のせいではなく、指揮者のせいではないかと思う。 学生オケであっても無難に音楽をまとめるのではなく、何かを表現することが大事であるはずだが、その辺に課題がありそう。

 さて、アンコールにV・ウィリアムスの 「グリーン・スリーヴスの主題による幻想曲」 をやって (コンミスの原愛知さんのヴァイオリン独奏が見事)、その後このオケの伝統で最後に歌うことになっているという 「歌声ひびく野に山に」 を最初はオケ団員が、次に会場の聴衆が歌って、それでおしまいかと思ったら、さらにJ・シュトラウスの喜歌劇 「こうもり」 序曲とメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」から”結婚行進曲”が演奏され、大いに盛り上がってお開きとなった。 コンサートによっては正規のプログラムよりアンコールの方が印象的であったりするわけであるが、もしかすると今回のコンサートもその一例であったかも知れない。

7月29日(火)      *大学生がたくさん本を読むのは当たり前、だけど足を引っ張る者が・・・・

  第1期の授業も今週限りである。 学期末になると、授業アンケートを実施することになっている。 事務部に届けるオレンジ色の用紙と、各教員が自分で引き取る青色の用紙の2枚である。

 で、青色の紙は各教員が読むわけだが、私の演習の授業だと 「もっと授業1回ごとに読む分量を減らして欲しい」 なんて要望が必ず入っているのである。 

 と書くと、さぞかし多量の本を読ませているのだろうと思われるかも知れないが、そんなこともない。 せいぜい新書本を1回に60〜90ページ読み進む程度である。 新書本と言っても、ものによってはかなり読むのに苦労する場合もあるが、そういう難解本ではない。 ふつうに読めば意味がすぐに取れるような類の新書である。

 その程度のことで、「もっと分量を減らして」 なんて言うのでは大学生失格である。 控え目に言っても、新潟大生失格である。 新潟大生たるもの、その程度は当たり前と思わなくてはいけないのだ。 だけど、最近の独法化及び少子化による 「学生に媚び媚び」 の風潮下では、これもどうなるか分からない。

 昨年度、1年生向けの演習で半年間に――といっても実質4カ月だが――新書本5冊を読んだのだけれど、あとで某センター教員から、「三浦先生の1年生向け演習は水準が高すぎるという学生の声が届いています。 これについてお考えをお聞かせ下さるようお願いします」 という趣旨の文書が送られてきた。

 そこで以下のような返事を出しておいた。 「東大では1週間に1冊ずつ読む演習をやっています。 〔証拠として東大の1週1冊主義演習を報じた毎日新聞記事のコピーを同封。〕 それもハードカバーや専門書を毎週1冊読んでいるのです。 東大でそうだとすれば、新大で新書本を3週間で1冊読む演習をやるのは当たり前ではないでしょうか? 半年間で新書を1冊か2冊しか読まないという演習をやっている教員は怠慢だと思います。」

 これについて、某センター教員の方からは何も言ってこなかった。 職務上、怠慢である。 「なるほど、ごもっともです」 と言ってくるか、「いや、東大が専門書を毎週1冊なら、新潟大は新書を4カ月で1冊が正しい水準です」 と言ってくるか、どちらにせよ返事をよこすべきだと思うのだが、よこさない。

 こんなことをやっているから、新潟大学はダメなんだよ、と言いたくなるではないか。 学生にたくさん本を読ませるという基本を壊しているのは、教員自身かも知れない。

 いずれにせよ、「うーん、ちょっとキツいなあ」 と学生に思われるくらいのことをやるのが適正な演習だと私は信じているのであるが、「学生の声=天の声」 の昨今、それもいつまで持つことやら。

 

 (斉藤陽一先生との議論はその後メールで続行しておりますが、学期末で斉藤先生がお忙しいこともあり、まだ結論を出すに至っておりません。 いましばらくお待ち下さい。 7月29日。)

 

7月28日(月)      *最近聴いたCD

 *ヤナーチェク: ヴァイオリンソナタ第3番ほか 〔1970年録音、1991年発売、東芝EMI、Vltava原盤〕

 6月に東京出張したとき、高田馬場の中古CD屋で購入。 ヤナーチェクの室内楽曲を3曲、ヴァイオリンソナタ第3番、チェロとピアノのための”おとぎばなし”、管楽器六重奏のための組曲”青春” を収録している。 ヴァイオリンソナタはペトル・メッシエレウル(Vn) とヤルミラ・コズデルコヴァー(Pf)、第2曲はスタニスラフ・アポリーン(Vc) とラドスラフ・クヴァピル(Pf)、第3曲はフエステル管楽五重奏団とヨゼフ・ホラーク(バス・クラリネット) の演奏。 私は第2曲はスティーヴン・イッサーリスの弾いたCDで親しんでいるが、それ以外は初めてである。 いずれもヤナーチェクらしい、というべきか、独特の曲想で音楽が進行する。 録音は、ややウォーム・トーンというのか、クリアになりすぎないよう心がけている感じで、悪くない。

 *モーツァルト: 2台と4手のためのピアノ作品集 〔1993年録音、2004年発売、ワーナー・ミュージック・ジャパン、Teldec原盤〕

 6月に東京出張したときに銀座の山野楽器にて購入。 マルタ・アルゲリッチとアレクサンドル・ラビノヴィチによる演奏。 2台のピアノのためのソナタK.448、アンダンテと5つの変奏曲(4手のための)K.501、4手のためのピアノソナタK.521、4手のためのピアノソナタK.381の4曲を収録。 モーツァルトの2台のピアノのためのソナタは私の好きな曲で、だいぶ以前にFMからカセットデッキに採ったデジェ・ラーンキとゾルタン・コチシュの実演の録音で長らく聴いてきた。 このテープが、あまり聴いたせいかイカれてきたので、ルプーとペライアの入れたCDを数年前に買ってみたのだが、きわめて不満足であった。 つまり、ラーンキとコチシュが若者同士が競い合うような熱演を聴かせていたのに、ルプーとペライアの演奏は競わず喧嘩せずというきわめて穏健で凡庸なもので、とてもじゃないが曲の本質を捉えているとは思えなかったのである。 それが念頭にあって、今回山野楽器でアルゲリッチの録音を見つけたときは迷わず購入した。 で、演奏はどうかというと、うーん、まあ、ルプーとペライアよりはかなりいい。 しかしラーンキとコチシュの喧嘩すれすれ (?) の熱演には及ばない、ような気がする。 2人が競い合うのではなく、合わせているという印象があるからだろう。

7月24日(木)       *不毛な会議

 夕方、会議に出る。 3時間余り、不毛な時を過ごす。 詳細は書けないが、大学の会議だというのに、データに基づいた議論にならないということだけは言っておく。 データを一方的に否定するだけで、では自分の方に相手を説得するだけの何かがあるかと言えば何もない。 上から押しつけられた事柄を決めているのに、では責任は上にあるのですよねと言うと、そうではなく自分たちで決めたのだと言い張る。 冗談ではない。 究極の無責任体制をやっていて、恥ずかしくないのだろうか。 日本人はポストモダンを語る資格がない、なぜならまだプレモダン段階だから、と以前柄谷行人が言ったことを、私は学内のネット上の議論で引用したことがあるが、ここでも同じ引用をするのに躊躇しない。 この調子ではモダンに達するのにまだ数十年はかかるだろう。 それと、独法化して国立大の自由度が増したなんてのは大ウソである。 相変わらず不自由な体制の中で、交付金だけは一方的に削減されていく。 これで未来があったら、その方が奇蹟だろう。 何言っているのかよく分からないという人は、こちらを読んで適当に想像して下さい。

7月23日(水)       *万引きしても品物を返せばいいのか?

 ここ数日、教養科目・西洋文学の第1回レポートの採点をしているところ。 いつもながらよく書けている学生とダメ学生の差が目に付く。 もっとも、いくらつたなくても自分で考えて書いている学生はまだよろしい。 ネット時代なので、ネット情報を丸写しする学生がいるわけで、学期初めに 「本やサイトを利用する場合は、必ず書名やサイトURLを明記すること。 明記せずにそのまま使ったら、盗作と見なして零点にする」 と書いたプリントを配布してあるのだが、そして、「今現在、ドイツ文学の情報は、日本語のサイトではそんなに数が多くないから、こっそり引用してもすぐバレるぞ」 と口頭で注意もしているにもかかわらず、やってしまうバカがいるのである。

 というわけで、本日までの段階で、引用したと断らずにサイトを写してレポートを書いた者2人を発見し、メールで 「違反だから零点」 と通告した。 ほかに、ほぼ同一文章で同一内容のレポートを出してきた2人がいたので、「カンニングと同じだから失格」 と通告メールを出した。

 ところが、サイトから引用したと断らずにほぼ丸写しにしてレポートを書いた学生のうち1人が、「引用元を追記しましたから、受理して下さい」 と返信してきた。 あらかじめ 「こうしたら失格」 と学期初めに通告してあるわけだから、無論そんな申し出は受け付けない。 メールでその旨再度通知した。 しかししつこい女子学生で、その後2度に渡って私の研究室にやってきた。 2度目にはさすがの (?) 私も堪忍袋の緒が切れたので怒鳴りつけて追い返した。 

 こういう学生って、万引きが見つかっても品物を返せばちゃらになる、と思い込んでいるんじゃないだろうか? 義務教育の段階から信賞必罰をきちんとやることが大事じゃないかなあ。

       *

 ところで、その学期初めに配布したプリントであるが、学生に 「こういうふうに書くんだよ」 と分からせようとして、私は以下のような文章を 「例」 として挙げたのだが――

 この場面でウェルテルはロッテに対してどんな感情を抱いていたのだろうか。 この点について 「ゲーテの読み方」 というサイトにこんな意見が載っていた。
  「ウェルテルは最終的にはロッテへの思いを断ち切れずに自殺するのであるが、この場面ではまだそれほど思い詰めておらず、ロッテという女性の魅力をまだ十分に察知していない」 (http://goethenoyomikata.watesinoikenn.html)
  一方、ドイツ文学者の高橋健一はこういう意見を述べている。
  「ウェルテルという若者は、女性の魅力に対して敏感であり、最初にロッテと出会ったときに、すでにその魅力に完全にとらわれてしまうのである」 (『若いゲーテの創作』、二元社、1997年、35ページ)
  さて、私自身の意見であるが、『若きウェルテルの悩み』 の43ページを読むと、以下のようなエピソードが出てくるので、ウェルテルはすでに最初からロッテの魅力にとらわれいたという見解を支持したい。 そのエピソードとはすなわち、・・・・・・・・

 「ドイツ文学者の高橋健一」 なんて書いてあるのを読むと、多少ドイツ文学に親しんだ人なら笑い出すだろう。 こんな名前のドイツ文学者は実在しないわけだが、実在するドイツ文学者・高橋健二をもじっていることが見え見えだからだ。 むろん、『若いゲーテの創作』なんて本もなければ、二元社なんて出版元もない。 しかし類似したタイトルの本を高橋健二は書いているし、似た名前の出版社はある。

 ところが、である。 レポートを提出した学生のなかに、「ドイツ文学者の高橋健一はこういうことを言っているが・・・・」 とプリントの例をそのまま引用してきた者がいたのである。 ったく、どこまで世話が焼けるのだろうねえ。 仕方なく、この男子学生には、かくかくしかじかだから、説明用のプリントをそのまま使うなんて怠慢なことをやってはいけません、という説教メールを出しておいたのだった。 とほほほ・・・・・ 

7月20日(日)      *新潟オルガン研究会第47回例会      

 午後2時から標記の演奏会に行く。 会場は日本キリスト教団東新潟教会で、私には初めてのところ。 地図で調べるとほんぽーと (新潟市立中央図書館) の近くなので、ほんぽーとにクルマをとめてそこから歩く。 ほんぽーとは最初の30分は駐車無料、その後は30分ごとに100円だから、400円で済む。 ご参考までに。

 新潟オルガン研究会の例会はいつも音楽を愉しみながら同時に色々な知識が身に付くので期待が大きいのであるが、今回もその期待にたがわぬ演奏会だった。 題して 「讃美歌から生まれたオルガン音楽vol.1」。 讃美歌と、そこから作られた音楽の流れをたどる演奏会であったが、なるほど、ドイツの音楽史の中で讃美歌はこんなふうに使われてきたのだなと目からウロコが落ちる思いがした。

 ただし、ルターの宗教改革で始まり、バッハの音楽で大きな興隆を見せた流れが一貫して続いていたわけではなく、それなりにはやりすたりや複数の流れがあったようである。 この点については松本彰・新大教授から要を得たレクチャーがあった。

 最初に有名なバッハの 「主よ、人の望みの喜びよ」(カンタータ147番から) が演奏された後、これまたバッハのマタイ受難曲に使われて有名な 「血潮したたる主のみかしら」 について、先行するシャイトの 「心からあこがれ望む」(オルガン)、バッハの上記曲(合唱)、J・G・ヴァルターの曲(オルガン)、ブラームスの 「心からあこがれ望む」(オルガン) が演奏された。 この曲の原曲は、マタイ受難曲を或る程度知っている人ならご存じのように、ハンス・レオ・ハスラーの世俗歌曲 「わが心は思い悩む」 であるが、1612年に死去したこの作曲家から19世紀のブラームスまで流れが続いていたのだということは私は初めて知った。

 次に 「主イエス・キリストよ、われらをかえりみたまえ」 について、バッハの合唱曲とオルガン曲、M・レーガー(オルガン)、G・ベーム(オルガン)が演奏された。

 途中休憩をはさんで、後半はバッハのカンタータ80番 「神はわが砦」 より讃美歌とアリア (ソプラノ+オルガン)、バッハのカンタータ1番 「輝く暁の明星のうるわしきかな」 より讃美歌とアリア (ソプラノ+リコーダ+オルガン)、そして最後に、「天にましますわれらの父よ」 について、スヴェーリンク (オルガン)、J・ファン・エイク (リコーダ)、バッハのコラール (BWV737、合唱)、同左曲のオルガン演奏、メンデルスゾーンのソナタ第6番 (オルガン独奏) が演奏された。

 合唱はアンサンブル・ルミネ、ソプラノは西門優子、オルガンは酒井仁、海津淳、八百板正己、渡辺直子、大作綾、飯田万里子、渡辺まゆみ、リコーダは大作綾、皆川要の各氏。 全体の進行は八百板正己氏。

 私は開演ぎりぎりに行ったこともあって、前半は天井の高い本館ではなく、そこに付け足しのようについている天井の低い部屋で聴いていたのだが、途中休憩時に八百板氏が 「前の方があいていますから。 天井の高いこちらで聴くとまるで音響が違いますよ」 と勧めてくださったので、一番前の席で聴いてみたが、そのとおり。 ふつうの演奏会の時は余り前だとかえって音が良くないと思いがちだけれど、狭い建物で天井が高いという条件のせいか、後半の西門さんのソプラノもすぐ近くで聴いてとても美しく響いていた。 オルガンは言うまでもない。 小ぶりながらなかなか迫力のあるオルガンだ。

 最後に進行の八百板氏が、こうやって皆さんの前で演奏するためにずいぶん勉強しましたとおっしゃったのが印象的だった。 そうななのだ。 私たち聴衆はこうしてオルガン研究会の例会で勉強させてもらっているが、研究会員の方々は私たちの前で演奏するためにその10倍も20倍も時間をかけて勉強し練習しておられるわけなのである。 教える側のほうが教えられる側よりたくさん勉強しなくてはならない、という真理を痛感させられた音楽会でもあった。

 また次回を楽しみにしています。

7月16日(水)      *最近聴いたCD

 *ベートーヴェン: バガテル集 演奏=スティーヴン・コヴァセヴィチ (1974年録音、PHILIPS)

  5月末日に、ぶりちょふさんと一緒に米沢までエリック・ハイドシェックのピアノリサイタルを聴きに行った。 その時のプログラムにベートーヴェンのバガテルが入っていた。 ベートーヴェンのバガテルは多少は知っていたが、全部を知っていたわけではない。 それで、この際だと思い、6月に東京に出張したときに山野楽器で 「7つのバガテルop.33」 「11のバガテルop.119」 「6つのバガテルop.126」 が入ったこのCDを買ってきた。 バガテルとは、もともとはフランス語で 「つまらないもの」 の意味で、音楽では平易な小品といった意味合いで使われるようだが、こうしてまとめて聴いてみると、つまらないどころではない。 ベートーヴェンがピアノという楽器から引き出した曲想がいっぱい詰まっていて、宝の山である。 コヴァセヴィチ (この人、むかしはスティーブン・ビショップと名乗っていたはずだが・・・・) の演奏も秀逸。

 *ラフマニノフ: ピアノ三重奏曲第1番+第2番 (2005年録音、NAXOS)

  6月に東京に出張して 『ラフマニノフ ある愛の調べ』 という映画を見た。 そのパンフレットを読んで、ラフマニノフに 「偉大な芸術家の思い出」 というピアノ三重奏曲があることを初めて知った。 ピアノ三重奏曲 「偉大な芸術家の思い出」 といったらチャイコフスキーがまず思い浮かぶわけだけど、そしてチャイコフスキーの曲はニコライ・ルービンシュタインの死を悼んで書かれたものだけれど、ラフマニノフの曲はチャイコフスキーの死を悼んで書かれたものだそうである。 というわけで東京出張から帰ってから新潟市内のCDショップ 「コンチェルト」 にて購入して聴いてみた。 うーん、これって、チャイコフスキーの同題の曲にモロ影響をうけていますね。 というか、真似、じゃありませんか? 第1番は1楽章しかなく、第2番はいちおう3楽章構成だけれども、でも先輩たる大作曲家の影から抜け出していないみたい。 言っちゃなんだが、これを聴いて改めてチャイコフスキーは大作曲家だな、と思いましたね。 なお演奏は、ピアノがヴァレリー・グロホフスキー、ヴァイオリンがエデュワルド・ヴルフソン、チェロがドミトリ・ヤブロンスキー。 

7月14日(月)         *斉藤陽一先生とのやりとりに関する現時点での報告

 「続・教養科目の配置がまずい新潟大学」 をめぐって、その後も水面下で (つまり直接メールで) 斉藤先生と私との意見交換が続いている。 それをこの場で直接公開することは控えたい。

 ただ、この場では2点追記しておく。

 斉藤陽一先生の職分について、私の側に誤解があったということである。 斉藤先生は7月8日のところにも記してあるように、現在、「新潟大学・全学教育機構授業科目開設部門長」 という肩書きで活動されているが、同時に、大学教育開発研究センター長という役目にもついておられる。 この役職は、以前は新潟大学の教養教育の総元締め的な役割を担っている要職だった。 しかし現在はその役割は教育担当理事に移っている。 私はこの点を理解していなかった。 現在、斉藤先生は上記の 「全学教育機構授業科目開設部門長」 の肩書きでのみ教養教育に関わっておられ、この役職は斉藤先生のご説明によれば調整役であって、権限は小さいとのことである。 (ただしこの役職がどの程度のことをどの程度までやるべきかについては、まだ完全な相互了解には至っていない。)

 次に、教養教育の責任を担うべき組織についてであるが、私が旧教養部のような教養科目に責任を持つ組織を学内に作れと主張したところ、斉藤先生のご主張では、そういう組織は現在の新潟大学にすでに存在するということである。 私の主張では、各教養科目のまとめ役は存在しているが、それは各教員からの申請を文字どおりまとめるだけの役目であって、教養科目の開講数・総定員・配置について――少なくとも人文系教養講義科目では――仕事をしているとは思われない以上、存在しないも同然だというものであり、この点でも相互了解に至っていない。

 いずれにせよ、以後この問題について直接的なやりとりをこの場に掲載することはせず、後日、やりとりの結果何がどう変わったか、或いは変わらなかったか、を報告することで終わりにする予定である。

 〔追記: だいぶ遅れたが、11月6日の項に掲載した。 ごらんいただきたい。〕

7月13日(日)         *東地区親善卓球大会

 本日は朝から、東総合スポーツセンターで東地区親善卓球大会に出場。 以前は大形卓球大会と言っていた大会である。 男女ペアのダブルスだけの大会。 午前と午後では組み合わせを変え、それぞれ7ペアずつのグループを作っててリーグ戦を行う。

 私は午前中は、面長で色白で優雅で慎ましやかな、ヤマトナデシコと言うに躊躇しない中年の御婦人とペアを組み、5勝1敗。 全勝ペアがなく、5勝1敗が3ペアあって、セット率など細かい計算はしなかったけど、一応第一位である (やったあ!)。 午後は丸顔の現代的佳人と組んで、3勝3敗で3位でした。

 それにしても、いつも思うことだけど、体育館内での連絡はマイクロフォンで拡大した音声で行うのだが、これが聞き取りにくい。 館内はなにしろ反響がよすぎるので、音がクリアに聞こえてこず、何を言っているのかよく分からないのである。 体育館内でクリアに聞こえるマイクの開発は、理系、ことに音響工学を専攻している人には大きな課題ではないかと思う。  

7月12日(土)     *クリスティアン・ツィメルマン ピアノリサイタル

 本日は午後5時から、りゅーとぴあに高名なピアニスト・ツィメルマンのリサイタルを聴きに行く。 女房同伴。

 ずいぶん客が入っていた。 さすが、ツィメルマン。 不景気のせいか、安い席と高い席の両極に客が多い。 われわれは2階正面のCブロックで鑑賞。

 プログラムは、前半がバッハのパルティータ第2番、ベートーヴェンの悲愴ソナタ。 後半がブラームスの4つのピアノ小品op.119とG・バツェヴィチのピアノソナタ第2番。 バツェヴィチ(1909〜69) はポーランドの女流作曲家。 ツィメルマンとは同郷の作曲家ということになる。

 さて、演奏では、「悲愴」 が良かったかな。 ベートーヴェン初期の作品で初心者向けの曲と思われがちだけど、ツィメルマンが弾くと堂々たる中年期のソナタに変貌する感じ。 それとブラームスの第1曲も、音色が見事。 アンコールにシマノフスキの「ポーランド民謡による変奏曲 作品10」を弾いたけれど、これもなかなかの力演であった。 総じて、名声高いピアニストとしての力量を発揮した演奏会ではあった。

 ただ、私はへそ曲がりのせいか、著名ピアニストを聴くと、「このくらいなのだろうか。 悪くはないが、もっとすごいはずではないのか」 と思ってしまうことしばしばなのである。 リヒテルでも、ポリーニでも、アルゲリッチでも、キーシンでも、そんなふうに思ってしまう。 我ながら悪い癖だと困っているのであるが・・・・・。

7月10日(木)          *斉藤陽一先生のご意見への反論

 このコーナーの7月2日に書いた拙論 「続・教養科目の配置がまずい新潟大学」 に対して、斉藤陽一先生からご批判をいただき、7月8日にそれをそのまま掲載した。 斉藤先生のご意見に対する私の見解を以下に掲げる。

   *          *

(1) まず、私が重大な誤認をしており、新潟大学では教養科目と専門科目の区別はなくなっているという件について。
 
 私はご指摘の点は理解しています。その上で、このサイトを読むのは新潟大学の人間ばかりではなく一般の人間も多いであろうことを考慮の上、そういう人たちに分かりやすくなるようにと「教養科目」という表現を使いました。また、そう呼んでいなくても、実際には教養科目は新潟大学に確固として存在しています。Gコード科目がそれに当たります。

 Gコード科目とは何か。斉藤先生にはわずらわしいでしょうが、一般人が分かるよう説明します。新潟大学では開講科目すべてにコードがついています。最初に当該年度(西暦)の下二桁数字とゼロが、それからアルファベット1文字が、そしてその後に4桁数字が並ぶようなコードです。例を挙げると、私が今年度第1期火曜3限に出している「テクスト文化論A」のコードは080H3170であり、第1期水曜1限に出している「西洋文学LT」は080G7004となっています。ここで大事なのは途中のアルファベット1文字です。「テクスト文化論A」は途中にHが付いてますが、Hは人文学部の意味であり、つまりこれでこの科目が人文学部の科目であることが分かるのです。経済学部の授業であればEが付きますし、工学部の授業ならTが付くわけです。では、上記「西洋文学LT」のGとはどの学部を表すのでしょうか? 実はGはgeneral educationの略であり、教養科目のことなのであって、どの学部にも属さない授業のコードとして使われているわけです。

 たしかに正式名称としての教養科目は存在しない。しかし実際にはGコード科目こそが教養科目にほぼ該当すると言っていい。その証拠に、新潟大学では「Gコード科目授業時間表」「Gコード科目講義概要」という冊子が作られ、学生に配布されています。なるほど、斉藤先生ご指摘のように、学部が出している授業(例えば私なら上の「テクスト文化論A」)を取って単位にすることもできます。しかし、実際にはそのようにして専門科目以外の必要単位の大部分を満たす学生はほとんどいないでしょう。大部分の学生は「Gコード科目授業時間表」「Gコード科目講義概要」を頼りにGコード科目を取ることで、昔なら教養科目の必修単位と呼ばれていた部分を履修しているというのが実態です。つまり、Gコード科目は教養科目にほぼ該当するということであり、教養科目は事実上存在しているのです。

 学生が教養科目という言い方をしているのは、制度を知らないからと言うよりは、実質に即した言い方をしているのだと思いますね。喩えるなら、斉藤先生は「日本国憲法は戦力の保有を禁じているのだから、日本には軍隊はない」とおっしゃっているようなものでしょう。それに対して学生は、自衛隊が軍隊だという現実を知っているのです。

(2) 次に、仮に毎日1限にそれなりの数の授業が出ていたとしても、学生が保険をかけるから、つまり抽選に落ちた場合に備えて余計に授業を取ろうとするから無駄になる、というご意見。
 
 結論から言って、説得力がありませんね。

 A) 教授会でも発言したし、このサイトでも書いたはずですが、私が1限にもっと授業を出せと主張するのには自分の体験の裏付けがあるからです。つまり学期初めに見られる私のGコード科目(教養科目)の混み具合が、明らかにここ2、3年ひどくなっている。私が「西洋文学L」を水曜1限に出すようになって10年以上がたちます。当初は年に半年1コマだけでしたが、現在は前期・後期各1コマで年に2コマ出しています。1コマ定員150人は一貫して変わりませんが、昔は定員に満たない場合が珍しくなく、定員の半分くらいの学生数だったこともありました。しかし、ここ2,3年、そういうことはなくなりました。毎回満員で、しかも最初の授業に押し寄せる学生数が増加する一方です。今年度第1期では、定員150人に対して400人近い学生が聴講を申請しています。

 もし斉藤先生のおっしゃるようにそれが大部分保険のためであれば、いったん取った後取り消しに来るはずですね。私は学務情報システムに登録した学生を対象に抽選して「仮当選者」を発表した後、「仮当選者」が必ず私の研究室に「聴講意志の確認」に来ることを義務づけています。来なければ「仮当選取り消し」となる。つまり保険で取った学生なら「聴講意思確認」には来ないだろうということです。今年の「西洋文学LT」では150人の仮当選者に対して、20人が「聴講意志の確認」に来ませんでした。(「聴講意志確認」に来ても、少し後で取り消す不埒な奴もいますが、せいぜい2、3人です。)つまり150人の仮当選者のなかで保険で取った人間は20人だった、ということになる。この割合は、決して多いとは言えない。

 そして私は最初の授業の時、「仮に最初の抽選に漏れても、どうしてもこの講義を取りたいというなら来週の授業にまた来なさい。『聴講意志の確認』に来なかった人数分だけ空きができるし、来週は抽選で漏れた人を優先して取る」と申し渡してありました。第2回目の授業には、抽選に落ちた学生だけで40人がやってきました。つまり、ここでも競争率は2倍だということです。しかもその2倍とは、あくまで抽選にもれて再挑戦にやってきた学生だけに限っての数字です。第2回目の授業で初めて「取ってくれ」とやってきた数十人の学生には抽選の機会すら与えることはできませんでした。

 B) 2008年度のGコード科目時間割を、過去の教養科目時間割と比較してみましょう。1989年度および2004年度の時間割と比較して、1限に出ている人文系教養講義科目の数を見てみます。1989年当時(教養部がまだ存在していました)は今と違って授業は年単位であり、半年単位ではありませんでした。したがって、2004年度と2008年度は例えば第1期は2コマだが第2期は1コマというような場合は1,5と数えます。また人文学部が「自学部生を中心にして他学部生も受け入れる」としたような科目は含めていません。

           月曜 火曜 水曜 木曜 金曜 土曜  合計
    1989年度   2   2   2    2   2    2    12
    2004年度  1,5   1   2    1  1    ―    6,5
    2008年度   0   1,5   2   1,5  1    ―    6

 合計をごらんになればお分かりのように、コマ数で言って1限におかれた人文系教養科目は対1989年度比で2008年度は半減しています。無論、現在は週休2日制だから土曜日は最初からないわけですし、土曜日を抜いて考えれば10対6だから半減まではいきませんが、それでも4割の減だからかなり減っているとは言えるでしょう。

 ちなみに定員で言えば、土曜日は除き、なおかつ1989年度は1年通しての授業なので150人定員を現在なら300人に当たるとして計算すると、3000対1900対1750となります。ただし1989年の数字は推測です。私の手元には当時の「講義概要」しかなく、「講義概要」には学生定員は書いていないからです。教養部の人文系講義科目は基本的に150人定員だったという記憶から上記の数字を出したのですが、一部定員100人の科目もあったような気もするので、その場合は1989年の学生定員は3000より少し減って2900か2800となるでしょう。しかし、いずれにせよ1989年度と比べてここ数年の人文系教養科目の定員は激減しているのです。

 C) これに対して、むかしの教養科目の必修単位と比べて、現在の事実上の教養必修単位は減っている、というような反論もあり得るでしょう。
 たしかにそういうことは言えます。だから1限に教養科目を多く置かなくてもいいという論拠になる。しかし、繰り返しますが、水曜1限の私の教養科目の混み具合という実態がそれを反証しているわけです。 保険をかける学生は以前からいた。 なのに以前は混んでいなくて、ここ2、3年混んでいるのですから、保険以外の理由が明らかに存在すると見るのが妥当です。

 そこで、1限に学生が多く来る理由を考えてみると、いくつか考えられるのです。

 第一。むかしと違って医学部生と歯学部生は1年間だけが昔風に言う教養課程であり、かつてなら2年間教養課程があったので1年生の時に落としたり取り損ねたりしても次年度という余地があったのに対し、現在はそういう余地が消失しています。

 第二。教養部があった時代は、1年次は基本的に教養科目だけでした。だから1年次であれば1限でも何限でも教養科目を取ることにさほど不自由はなかった。これに対して、現在は1年次から専門科目が入っています。そしてその専門科目がほとんど2限以降に置かれていたらどうなるでしょう? その分、1限の教養科目の需要は大きくなりますね。ただし、各学部の1年次専門科目が何限に置かれているか、私は調べていませんが。

 第三。そうした事情は2年次についても言えます。教養部があった当時は語学は2種類必須で2年間必修だった。語学はコマ数が多いこともあり全学的に見れば各曜日各時限に均等に置かれていたわけです。各学部は、自学部2年次向け教養語学が置かれている曜限には専門科目を置かない、というのが常識だった。また、2年次でも半分は教養課程なのだという認識も共有されていました。これも専門か科目が特定の時限に片寄ることを妨げていたはずです。それに対し今はそういう共通認識がなくなっている。語学は必修で1年間しかなく、おまけに初修外国語は人文学部以外は事実上必修からはずれている。講義系の教養科目も適当に取ればいいとだけ思われている。だから、教養科目とは逆に増えている専門科目が、各曜限に均等に置かれていればいいのですが、その逆になっているのではないか。この点もきちんと調べてみないと断定はしかねますけれども、2年次(およびそれ以降の)専門科目は2限以降に多く置かれているのではないか、と私は疑っています。つまりその分、教養科目は1限でないと、という動きを学生は余儀なくされているのではないか。

 以上、第一から第三までの理由により、1限の教養(Gコード)科目を取らざるを得ない学生は、昔より増えている疑いがある、ということです。そうでなければ、水曜1限の私の西洋文学Lがこんなに混むようになっている理由が説明できません。

(3) 「また、三浦先生のサイトでは、ずっと学生がいかに怠惰であるかが紹介されていながら〔中略〕ここでは一転、1限を苦にしない真面目な学生がモデルとして取り上げられているのが不思議なのですが、普通に考えれば、1限が苦手なのは教師だけではなく、学生にも(恐らく、教師よりも高いパーセンテージで)います。そうすると、1限に集中しているとかえって留年生を増やす可能性もあります。」

 ここを読んで、私は苦笑すると同時に、問題の所在が斉藤先生には全然お分かりになっていないのではないか、という感を強くしました。はっきり申しますが、責任ある立場にあるはずの斉藤先生がこの程度の認識しか持っておられないとすると、新潟大学はいつまでたっても良くならないでしょう。

 たしかに1限(おまけに8時30分から始まるし)は教師も学生も苦手です。1限の授業をとると落とす可能性が高いと学生も思っているかも知れない。しかし、ではなぜその苦手で危険なはずの1限に置かれている私の西洋文学Lにあんなに学生が殺到するのでしょうか? 私の授業があまりに素晴らしいので早起きも苦にならないから、なんてふうには私だって思っていません。要するに学生はそこでしか必要単位を取ることができないのです。だから殺到する――この単純な事実がどうしてお分かりにならないのか、私は不思議で仕方がありません。

 無論、その解決法はGコード科目を1限に多く置く以外にもあります。専門科目を多く1限に置けばいいのです。そうすれば学生は教養科目を2限以降で取る余裕ができるでしょう。しかしいずれにせよ1限に授業を今より多く置くことが必要であるという点に変わりはありませんし、それを全学部に強要する手段として何があるかといったら、私の主張のように、1限に授業をおかない専任教師は給与を減らす、以外にあるとは思えません。そもそも、1限という時間帯は厳然としてあるわけですよ。上記引用のようなことを、公人として斉藤先生が堂々とおっしゃっていいのでしょうかね。問題発言ではないかと私は思いますが。

 (4) 「また、三浦先生は、しばしば執行部の人間を「バカ」呼ばわりされていますが、全く無策であった訳ではありません。ご存知かどうか知りませんが、「時間割ガイドライン」というものを作成し、私も文系の人間なので理解が充分ではありませんが理系の実験の授業の配置の面で成果があったと聞いております。」

 直接「バカ」と書いたことがありましたか? いや、内心ではそう思っていたりするし(笑)、「差別語狩り」は嫌いですので、これ以上追及しませんが。

 成果があった? ではなんであんなに学生の苦情が多いのでしょう。しかも類似の事柄について多数の学生が文句を書いている。成果を誇るにはちょっと、いや、かなり足りないと思います。

(5) 「学生の「卒業要件としてとらなければならない授業で聴講が許可されない場合があった」という意見に「明らかに制度的な不備だよね」と答えておられますが、「学年については、私は抽選ではいっさい考慮しない。『この授業が取れないと留年してしまう』などと言ってくる学生も毎回数人いるが、それをいちいち聞いていると収拾がつかなくなるので、そういう個人的な事情はいっさい聞かないと決めている」と別のところでは書いておられます。これでは、「制度的な不備」には先生の方針もその一端を担っておられるのではないですか?」
 「私が、今、考えている方策は、人気のある科目について科目数を増やし、教室をより大きいものに換えるということです。」
 「7月2日に書いておられた150人教室で開講されている科目、同じ時間に250人教室が空いているのではありませんか? そこに移って頂ければ、さらに多くの学生が聴講することができます。「適正規模」ということをおっしゃるかもしれませんが、そうなったら、私はすごすごと引き下がると思います。」

 やはり問題の所在が全然お分かりになっていないとしか思われない書き方ですね。

 私は今年度で言うと教養科目を4コマ出し、その定員合計は415人です。1限に限って言えば2コマで定員合計300人分を出している。私は教養科目のためにそれだけのことをしているのです。

 加えて定員150人の講義が適正規模であるわけがない。正直、50人でやりたいですよ。しかしそれでは授業からあぶれて単位が満たせない学生が続出するだろうと思うから150人定員でやっている。妥協の産物です。レポートを半年で2回出させますので延べ300人分のレポートを読まねばならない。楽じゃありません。

 人文学部の専門科目の講義でこれくらいの規模のものがありますか? 私だと、人文学部向けの講義科目で100人を超えたことは一度もありません。教養科目だと150人が常態。なおかつそれでもコマ数が足りないらしい。あまりに差がありすぎる。

 人文学部の演習だってそうですよ。今年度第1期、私は人文学部2年生向けの演習は学生2人、3・4年生向けの演習は4人でやっている。大学院修士課程向けの授業は2コマ出して、そのうち1コマは開店休業です。つまりものすごく余裕があるのです。

 以上のような人文学部の専門授業・大学院授業と教養科目とを比較して下さい。いかに教養科目が劣悪な条件下で行われているか、お分かりになりませんでしょうか?

 つまり、先生の「150人定員であふれているから250人にしては」という御発言は、あきらかに教養科目を軽視している人間の発言なんですよ。そのご自覚がおありでしょうか? 教養科目の責任者がその程度の自覚で許されるのですか? だとすると新潟大学は要するに教養科目なんてどうでもいいと考えている大学だ、という結論になりますね。

 話を戻して、具体的な提案をしましょう。もし人文学部教員の平均的な教養科目負担(事実上人文学部生のためのものは除く)が上に述べた私の負担より大きいというなら、私は自分の教養科目のコマ数を増やすなり、定員を増やすなりしましょう。

 しかし、です。もし人文学部教員の平均的な教養科目負担が私より少ないなら――斉藤先生のおやりになるべきは以下のようなことであるはずです。

  @ まず、人文学部の全教員の教養科目受け持ち一覧表を作成し、各教員の受け持ちコマ数と学生数を確認する。可能なら教育学部の人文系教員についても同じ調査をする。
  A 教養科目を(あまり)受け持っていない人文学部教員(および教育学部人文系教員)に「教養科目を受け持ちなさい。そして学生も一定数以上を受け入れなさい」と勧告する。
  B 1限に教養科目を出していない人文学部教員(および教育学部人文系教員)に「あなたの教養科目を1限に移しなさい」と勧告する。

 以上で効果があればよろしい。効果がなければ、私の主張のように、1限に授業を出さない専任教員は給与を減らす方法しか考えられないんじゃないでしょうか。

 卒業要件云々は、そうして教養科目の数と配置を是正すれば、おのずと解決されるのです。すでに応分の教養科目負担をしている人間に上記のようなことを言うのは、言うならば働き過ぎの人間にはもっと働けと命じ、仕事をサボっている人間には何も言わないのと同じです。要するに、まるっきり的をはずしているとしか思えません。

(6) 「授業の準備に特別に必要なお金は支給するべきだと考えますが、多数の学生を受け入れるだけで支給するというのには。下の段落に別の理由も書きましたが、とりあえず、このお金目当てに大教室に移られる方もいるのではないかと考えるからです。こういうオープンな形で議論しているので、学生がそれを知っていて、「そうか、この授業が大教室で行われているのはお金のためか」と思って聴講している講義はグロテスクだと思います。」

 新潟大学は何年も前から大学院を拡充していますよね。何のためでしょうか。無論、文科省の圧力のためもある。だけど、それだけじゃなく、オカネが欲しいからじゃないんですか? 東大などが大学院大学になったのもオカネのためだし、大学はカネで回っているんですよ。なぜ教養科目を取れない学生が多いという現状を改善することにオカネを使って悪いのでしょうか? 私には全然分かりません。

 また、学力不足の学生が目立ちしかも定員に満たない場合も多い大学院の授業を持てば大学院担当手当が付くのに、大人数の学生相手に四苦八苦する教養科目を受け持ってもまるっきりカネが出ない現在の新潟大学は明らかにおかしいと思いませんか?

 はっきり書きますが、私は大学院の授業をやっていると、「カネのためだな〜」と思うことしばしばです。なにしろ学生が学力不足だし、やる気もない。授業をやっても徒労感しか残らない。今年度第1期で言えば、私は演習を3つ持っている。学部2年次向け、学部3・4年次向け、大学院向けです。このうち、一番学生の発言がなくて死んだような演習になっているのが大学院向け演習です。演習だから絶対1回は発言しろと言っているのに、大学院の演習だけはその原則を学生がさっぱり守らないのです。念のため、出身は新大人文学部の仏文2人と独文1人です。

 一昨年度の大学院の授業では、日本語の本を毎回50ページ要約してこいと言うのに、いつもその半分しかやってこない院生が相手でした(出身は他大学だったらしい)。悲惨なものです。ま、カネのためですよね。

 そういうわけで、今年度と一昨年度は私の大学院の授業に学生が来て成立している(いた)ので、大学院担当手当が月に3万円程度出ている(いた)。昨年度は大学院の授業は2コマとも開店休業だったので大学院担当手当は出ませんでした。やっぱり出ていると楽だなと思いますね。月3万円あれば本も結構買えるし(なにせ研究費がろくに出ていませんしね)、学生とのコンパもちゃんとやって親睦を図れるし。貧すれば鈍と言いますけど、大学教員もオカネがあったほうが多くのことが順調にいくわけで、しかもコンパなどで学生にもちゃんと還元され、なおかつそれでオカネが近くの飲食店にも回るから地域経済の活性化にもつながるのです(笑)。

 話を戻して、現状の大学院生のテイタラクを見るならば、大学院担当手当などは廃止して、教養科目担当手当を設ける方が、はるかに労働現場(とあえて書きますが)の実態に見合ったオカネの使い方だと私は思います。

(7) 「また、ペナルティなどをもうけて、改善をはかるというのは、先生がご批判される文科省と新潟大学の関係に酷似していると思うのです。つまり、新潟大学が文科省の方針にかなり従うのは、それに伴って配分される予算の獲得のためもあるのであって、それは、研究費の削減を避けるために1限に開講するのと大同小異ではないですか?」

 私が問題にしている1限開講教養科目の少なさは、実際に教養科目を取れなくて困っている学生が存在するという私自身の体験、および学生アンケートの結果、から来ているわけです。つまり現状に明らかに不備があるから、手っ取り早く解決するにはカネでやったらどうか、と言っている。それで現状の不備が改善されるなら、カネを有効に使ったということになりますね。なおかつ、それで1限に授業を出す勤勉な教員がむくわれ、出さない怠惰な教員は給与減の代わりに朝寝の権利を公然と得るわけだから、いいことずくめじゃありませんか。

 それに対して、新潟大学の文科省盲従でなにかいいことがありましたか? 研究費+出張費は半分以下に減りましたよね? 文科省盲従で研究費が増えた、或いは最低現状を維持したというならともかく、半分以下に減っていて、どうして上記のようなことが言えるのしょうか? 新潟大学が文科省に盲従して研究費が半分以下になったということと、カネをかけて学生向け教養授業を増やしたり配置を改善したりするのとが、どうして同一だと言えるのでしょうか? 私には斉藤先生の思考回路が全然理解できません。

 それから、斉藤先生は誤解しておられるようですが、私はオカネの傾斜配分には必ずしも反対ではありません。例えば斉藤先生は学内でそれなりの役職(かな?)についておられるわけだから、給与が高くても(実際どうなのか私は知りませんが)まったく異議はございません。或いは、全然論文も書かなければその他の研究業績も上げていない教員が研究費を減らされても当たり前だと思います。

 私が文句を言っているのは、新潟大学ではそういう健全な傾斜配分はまったく行われておらず、最初から研究費を半分以下に減らし、なおかつ仲間の多い人間だけが得をするようなやり方をし、しかもその実態を隠そうとしていた、ということです(昨年の10月20日の当サイト日記をご覧下さい)。田舎の人間が傾斜配分をやるとどうなるかの好例がここにありますね。おまけに隠そうとした責任者である学系長は、今は理事になっている。要するにまともな能力を持たない人間が理事や学長(長谷川彰氏のことです、言うまでもなく)になるからおかしくなる。

(8) 「それにしても、学内でこうした問題提起をして解決を図るのならいざ知らず、学外者にも公開されているところで、新潟大学の不備をあげつらい悦に入るという行動には、私の理解は及びません。少子化の中、受験生の獲得にしのぎを削る他大学の関係者が喜んで読んでいる姿が想像されます。また、こうした逆宣伝をして新潟大学を定員割れに追い込み、教室の問題も聴講の問題も一挙に解決しようという深謀遠慮があってのことなのかとも思いましたが、そうなると先生にとっての一番の問題とも思える、研究費の問題はますます深刻化しますよね。」

 まず、私はちゃんと学内で問題提起をしています。斉藤先生ご自身にその件でメールを差し上げた、とこの日記の4月17日にも書いておきました(もっともそこではお名前は出していませんがね)。お忘れでしょうか? 何でしたら確認のために私のメールボックスをごらんになりますか?

 つまり、私は学内で、それも斉藤先生ご自身に、そういう問題提起をしたわけです。ところが先日の教授会での報告を聞く限り、とても有効な対策が講じられたようには思われなかった。だからここに書いたわけです。まともな対策が講じられていれば、あえてここには書かなかったでしょう。つまり、根本的な問題は、教養科目の責任者である斉藤先生ご自身が私から問題提起を受けながら、それにきちんと対処しなかった、というところにあるんですよ。自覚されていませんか?

 次に、私は新潟大学がかかえている問題について、遠慮せずにここで書くことにしています。新聞などのジャーナリズムは大学のことが全然分かっていないのだから、現場の教師が書くしかない。そうでなければ大学が抱える問題はだれにも知られずに終わるでしょう。また、教養科目をめぐる今回のような不備は、隠していたっていずれ表に出てきますよ。欠点は遠慮なく書き、それを読んで責任者がちゃんと改善すればいい。新潟大学はそのように開かれた議論が行われる素晴らしい大学だと分かれば宣伝にもなると思うんですがね。

 ところが教養教育の責任者たる斉藤先生は、不備は隠すべきだとお考えのようですね。こういう先生のメンタリティが私にはこれまた理解できません。大学は真理の追究の場ではなく、物事をいかに隠匿するかを学ぶ場だとお考えなのでしょうか。

 研究費激減は、新潟大学首脳部のメンタリティに一番の原因があるでしょう。それを含めて、私は新潟大学教員のメンタリティについてずっとここで考えているのです。私のテーマの一つである「知識人論」の貴重なサンプルだと思うからです。

 最後に。たまたま、今、潮木守一『フンボルト理念の終焉? 現代大学の新次元』(東信堂)を読んでいるところですが、潮木氏はかつてドイツの大学での教授人事が、教授会案と文部省担当者との権力拮抗の中で行われていて(当該教授会が3人候補者を出して、その中から文部省が選ぶ制度。ただし候補者以外から選ぶこともあった)、その2者の緊張関係故に一時期うまくいき、世界的な業績を上げる教授を続々と生み出したことにふれ、では同じ制度にすればいつでもどこでもうまくいくのかという問いを発して、それを否定しています。ドイツの大学教授人事がそれでうまくいったのは、たまたまその時文部省の担当者だったアルトホーフが識見のある人物だったからだ、と指摘して、次のように書いています。「いかなる制度、機構とといえども、ただそれだけで無条件に、つまりより具体的にいえば、それを担っている人間を問わずして、神聖化することはできないということである。具体的な人間とは、それほどの重みをもった存在なのだ」。

 斉藤先生にはその立場から言って、「それほどの重みをもった存在」になっていただきたいわけですが、今回のご反論を読む限り、大丈夫だろうかという気持ちがなかなか消えない私です。

7月9日(水)      *ニューヨーク・ロングアイランド・ユース・オーケストラ日米親善コンサート

   午後6時半からりゅーとぴあコンサートホールで標記のコンサートを聴く。 ニューヨーク郊外ロングアイランドの16〜22歳の青少年によって作られているオケだそうだ。 ロングアイランド大学に本拠があるとか。

 このオケを1963年 (パンフの別のところには62年と記してある。どちらが正しいのか) に設立したマーティン・ドレイヴィッツが今回も指揮者として同行した。 パンフによると、なんとフルトヴェングラーに指揮を教わったと書いてある。 かなりのお年。

 あらかじめ提示されていた (そしてパンフにも印刷されていた) プログラムが少しく変更になっていた。
 パンフに印刷されていたのは――

 ベルリオーズ: 歌劇 「トロヤの人々」 より 「トロヤ人の行進」
 ウェーバー: クラリネット協奏曲第2番より第1楽章
 ブラームス: 大学祝典序曲
 (休憩)
 トムソン: 映画音楽 「大平原を耕す鋤」 より組曲
 ガーシュイン:歌劇 「ボギーとベス」 より組曲
 サン=サーンス: 歌劇 「サムソンとデリラ」 より 「バッカナール」
 スーザ: 星条旗よ永遠なれ

 実際には――
 
 グラズノフ: ロシアの主題による行進曲
 ブラームス: 大学祝典序曲
 ウェーバー: クラリネット協奏曲第1番より第1楽章
 ポンキェルリ: 歌劇 「ジョコンダ」 より 「時の踊り」
 (休憩)
 ボロディン: 歌劇 「イーゴリ公」 より 「だったん人の踊り」
 ガーシュイン:歌劇 「ボギーとベス」 より組曲
 スーザ: エル・キャプタン 

 何と、印刷された7曲中、残ったのは2曲だけ。 これでいいのか、と言いたくなる。 会場に入って、最初はBブロックのCブロックに近いところに席をとろうとしたら、「ここは専門学校生の専用席です」 と係員に入るのを拒絶された。 えっ、そんなこと誰が決めたの、と思ったけれど、仕方なくCブロックの空いている席に座る。 最終的には、背後のPと3階脇のF・G・H・J・K・Lブロック以外はまずまず埋まっていたよう。 女子高校生がたくさんいたが、私を始め中高年の聴衆もそれなりにいて、かなり雑多な客層である。

 さて、いよいよ演奏者の入場。 演奏者はみな客席からみて右手から登場。 左手からはコンサート・ミストレスと指揮者だけ。 左側の出口は偉い人専用と決まっているらしい。 アメリカのオケらしく、人種的にも雑多な印象。 弦にはアジア系が目立っている。 すごい肥満体の女の子もいる。 すでに髪がややあやしくなっている男の子もいる。 実に多様。

 第1ヴァイオリン12人、第2ヴァイオリン10人、ヴィオラとチェロが各8人はいいとしても、コントラバス3人というのは、管楽器奏者の数と比較してやや物足りない感じ。 実際の演奏を聞いても、金管の安定性は目立っていたが、弦はイマイチの感があった。 といってもユース・オケだし、まあこんなものだろう。 新大のオケと比べて、金管は明らかに上。

 特に感銘を受けたというほどの曲はなかったが、唯一感心したのは、ウェーバーのクラリネット協奏曲第1番第1楽章。 独奏のクラリネットがすごくうまかった。 すらりと背の高い男の子だったけど、こりゃ将来はプロかな、と思ったね。

 同行した若い副指揮者が後半の第1曲だけ演奏 (民主主義?)。 最後はアンコールに 「星条旗よ永遠なれ」 を2回続けて演奏。 アメリカらしくてあっからかんとしていていいかな。

7月8日(火)         *「続・教養科目の配置がまずい新潟大学」 への批判

 7月2日に掲載した拙論に対し、批判がメールで寄せられ、このサイトに載せてほしいということですので、以下そのまま掲載します。 (メールを受け取ったのは昨日午後6時頃。)

    *       *

 斉藤陽一 (新潟大学・全学教育機構授業科目開設部門長・人文学部教授) 

 まず最初に、先生は、重大な事実誤認をしておられるので、その話から始めたいと思います。それは、ご意見の中で「教養科目」「専門科目」という言葉を使っておられますが、新潟大学では今は、この区別はありません(ですから、学生も間違った使い方をしている訳ですが、教員と学生の制度の理解を同列で論じることはできないかと思います)。他学部が責任母体となって開講されている科目を取れば、それが「教養に関する科目」として基本的には認定されます(細かい運用は各学部の判断になりますが)。たとえば、人文学部の学生が法学部で開講されている科目を取れば「人文社会・教育科学」の「法学」の科目になります。これは私の印象ですが、文系では他学部の学生も聴講しやすく理系では(特に文系の学生には)まだまだ敷居が高いようです。また、そうは言っても、「専門に関する科目」がたてこんでいる場合に他学部の科目を取るのは難しそうです。

 そこで、1限開講論が出てくる訳ですが、実は、私はこれが特効薬だとは思っていません。それで「微温的」な態度となる訳ですが、例えば、月曜から金曜の1限に150人定員の人気のある科目が毎日あるとします。そして、それらの科目を聴講希望している学生が750人だとします。現在の学生の行動パターンを見ると、あらかじめすべての科目に750人が聴講許可申請する可能性があります。そして、さすがに週の後半では自分から取りやめる学生もいるでしょうが、それぞれの授業で600人が「希望が入れられなかった」と不満を抱くわけです。一方、これが同じ曜日の同じ時間帯に開講されていれば、ばらつきはあるでしょうが、取れなかったと不満を抱く学生は逆に少なくなると思います(もちろん、これは聴講申請できる科目が少ないという苦情には対応していないのですが、先生は、主に、抽選で落ちることへの苦情を集めておられたのでこういう書き方になっています)。

 となると、1限に集中して出すということも考えられますが、1限には学部指定の英語や健康スポーツ科学実習などの科目が置かれていることが多く、定員の割には不自由ではないでしょうか。

 また、三浦先生のサイトでは、ずっと学生がいかに怠惰であるかが紹介されていながら(ゼミの発表の担当者でありながら断りもなくすっぽかす、卒論を書くのに、締め切り直前になって相談に来る、レポートを書くのにインターネットで発見した記述を貼り付ける等。今回、読み返した訳ではないので記憶で書いております)、ここでは一転、1限を苦にしない真面目な学生がモデルとして取り上げられているのが不思議なのですが、普通に考えれば、1限が苦手なのは教師だけではなく、学生にも(恐らく、教師よりも高いパーセンテージで)います。そうすると、1限に集中しているとかえって留年生を増やす可能性もあります。まあ、このあたりは、仮定の話も多いですが。

 また、三浦先生は、しばしば執行部の人間を「バカ」呼ばわりされていますが、全く無策であった訳ではありません。ご存知かどうか知りませんが、「時間割ガイドライン」というものを作成し、私も文系の人間なので理解が充分ではありませんが理系の実験の授業の配置の面で成果があったと聞いております。

 学生の「卒業要件としてとらなければならない授業で聴講が許可されない場合があった」という意見に「明らかに制度的な不備だよね」と答えておられますが、「学年については、私は抽選ではいっさい考慮しない。『この授業が取れないと留年してしまう』などと言ってくる学生も毎回数人いるが、それをいちいち聞いていると収拾がつかなくなるので、そういう個人的な事情はいっさい聞かないと決めている」と別のところでは書いておられます。これでは、「制度的な不備」には先生の方針もその一端を担っておられるのではないですか?

 私が、今、考えている方策は、人気のある科目について科目数を増やし、教室をより大きいものに換えるということです。もちろん、「教養に資する科目」から撤退しようという動きには、意見を言っていくつもりです。また、個人的には、いくつかの方法を実験的に試みてもおります。これについては、下に注の形でもっていきましたが、笑い話みたいなのもあります。これだけ大人数の大学で、不満が全然出ないように開講するというのは、本当に至難の業であると感じております。それでも、改善に努めていく所存ですので、今後ともご協力をお願いいたします。

 ご協力ということでは、7月2日に書いておられた150人教室で開講されている科目、同じ時間に250人教室が空いているのではありませんか? そこに移って頂ければ、さらに多くの学生が聴講することができます。「適正規模」ということをおっしゃるかもしれませんが、そうなったら、私はすごすごと引き下がると思います。やはり、気持ちよく授業をやってもらって始めて学生も満足のできる授業になると考えているからです。それは、何限に授業を開講するかについても、同じことを考えております。また、そうしたこと(1限に移動してもらったり、大教室で開講すること)への対価を口にされるのかもしれませんが、これについても私は否定的です。授業の準備に特別に必要なお金は支給するべきだと考えますが、多数の学生を受け入れるだけで支給するというのには。下の段落に別の理由も書きましたが、とりあえず、このお金目当てに大教室に移られる方もいるのではないかと考えるからです。こういうオープンな形で議論しているので、学生がそれを知っていて、「そうか、この授業が大教室で行われているのはお金のためか」と思って聴講している講義はグロテスクだと思います。

 また、ペナルティなどをもうけて、改善をはかるというのは、先生がご批判される文科省と新潟大学の関係に酷似していると思うのです。つまり、新潟大学が文科省の方針にかなり従うのは、それに伴って配分される予算の獲得のためもあるのであって、それは、研究費の削減を避けるために1限に開講するのと大同小異ではないですか? 

 それにしても、学内でこうした問題提起をして解決を図るのならいざ知らず、学外者にも公開されているところで、新潟大学の不備をあげつらい悦に入るという行動には、私の理解は及びません。少子化の中、受験生の獲得にしのぎを削る他大学の関係者が喜んで読んでいる姿が想像されます。また、こうした逆宣伝をして新潟大学を定員割れに追い込み、教室の問題も聴講の問題も一挙に解決しようという深謀遠慮があってのことなのかとも思いましたが、そうなると先生にとっての一番の問題とも思える、研究費の問題はますます深刻化しますよね。

 注 私がこれまでに試した方法

 1.150人定員でアナウンスしておいて、希望者が多い時に250人定員に変更する。
 こうすると150人だから落ちる可能性があると申請をためらう学生が出、しかも希望者の数を見て、「落ちるかもしれない」と思っていたのに、救われるので不満が少ない。しかし、翌年からは最初から250人でアナウンスする事態に追い込まれました。

 2.他の科目と重なっていても取りたいという学生はとにかく来てくれとアナウンスして、取りたい学生と私とで共通に空いている曜日、時間帯に授業を移動する。
 この場合、先生ご指摘の通り、1限に移すことになりました。また、これは副専攻に関係のある科目だったので、3学部からの学生が希望していましたが、それでも、誰が取りたいかだいたい分かっていたので可能であった手法です。

 3.ゼミ系の科目で、演習的な時間と、講義、もしくは学生の発表的な時間に分け、昼休みのオナーズタイムと3限(もしくは2限)を使って倍の学生を受け付ける。
 これは説明しないとよくおわかりにならないと思いますが、20人定員の授業で、90分の授業を45分二つに分けて考え、40人が参加する時間は、教師の説明、学生の発表の時間にします。そして、残りは、20人で議論をする時間にします。そして、オナーズタイムにA班のゼミの時間を取り、3限の最初45分は講義的な時間で40人参加、後半は今度はB班20人のゼミの時間にします。勿論、これは、ゼミでないとできないのですが、20人定員なのに、40人参加できます。満足度がどうなのかは、問題ではありますが。

 4.定員オーバーした学生に、別の曜日、時間帯を示し、この時間に同じ講義をするとアナウンスする。さらに、受け付けた学生でそちらの方が都合がよいという学生にはこれも移ってもらって、もとの時間で聴講希望する学生をさらに受け付ける。
 もっとも、これはやったような記憶もあるし、計画だけで終わったような記憶もあるし、自分でもはっきりしません。また、今のように学務情報システムで管理されていると不可能かもしれませんね。ただ、2.の曜日と時間帯の変更は学部の科目(同時に副専攻の科目)でしたが、システム上で動かすことが可能でした。

7月2日(水)        *続・教養科目の配置がまずい新潟大学

 4月17日のこの欄に、「教養科目の配置がまずい新潟大学」 という記事を載せておいた。 本日、教授会でその話題が出た。 要するに学生が学期初めに希望する科目でなかなか聴講許可を取れないということで、学生アンケートでかなり苦情が出ているようだ。 その学生の苦情もプリントされて配布されたけど、かなり不満が多いのが見て取れる。 一部を紹介するなら (カッコ内は私の感想)――

 ・取りたい講義に抽選で落ちてしまった。 なのにその抽選に参加していない人が後で聴講許可を申請したら取れた。 不公平だ。 (確かに不公平ですね。)

 ・教養科目を4年生・3年生という順にとるのはフェアではない。 それまで教養科目を取らなかったり落としたりした人が悪いのだから。 (確かに。 ただ、4年生3年生でも、怠けていたとは限らず、後で出てくるように授業を取ろうとしたけど取れなかったのかも知れないのです。)

 ・余分に申請して聴講許可を受ける人がいるのが困る。 (確かに。 学生同士で足を引っ張り合っているわけだ。)

 ・学生が殺到する講義で、机にすわっている人、教室に入れている人だけ許可、というのは公平ではない。 (確かにそうですね。)

 ・4つの授業に抽選で落ちた。 (深刻な問題ですよね。)

 ・卒業要件としてとらなければならない授業で聴講が許可されない場合があった。 (明らかに制度的な不備だよね。)

 ・抽選落ちが続くと、何のために大学に来たのか分からなくなる。 カネの無駄だったと思える。 (うーん、深刻。)

 ・最初の授業に出席していてもしていなくても同じ条件で抽選する授業があるのは不公平だ。 (確かにそうだけど、やむを得ない場合があるのです――後述)

 ・大学なのに取りたい授業を取れないことに怒りを感じた。 (その怒りを学長や理事にぶつけてごらん。)

 ・教養科目の人文・社会学系統の科目・定員が少ないような気がする。 (配置は明らかにマズイと思うが、定員はどうかな。)

 まだまだあるのだが、ここではこの程度にしておく。

 ところで上の 「最初の授業に出席していてもしていなくても同じ条件で抽選する授業があるのは不公平だ」 という意見、まことにもっともなので、私も以前は最初の授業で紙に学部別に学籍番号を出席学生に書かせ、それをもとに抽選をしていた。 しかし最近は最初の授業に来る学生が増えて、例えばこの4月だと400人近くになり、それをやっていると時間が食って仕方がないので、やむを得ず学務情報システムに登録した学生をプリントアウトして抽選をやっている。 しかしそれだけでは終えず、当選してもその後私の研究室まで 「聴講意志の確認」 に来なくてはいけないというシステムにしており、この点については最初の授業に来た学生に口頭で伝えているので、最初の授業に来ない学生は不利になるようにはしてあるのだ。

 学年については、私は抽選ではいっさい考慮しない。 「この授業が取れないと留年してしまう」 などと言ってくる学生も毎回数人いるが、それをいちいち聞いていると収拾がつかなくなるので、そういう個人的な事情はいっさい聞かないと決めている。

 それはさておき。 こういう状態を一刻も早く改善しなくてはならないわけだが、教授会で聞く限り、状況はかなりお寒いようだ。 早い話が教員がなるべく1限に教養科目を出せばいいわけで、そういう意味の発言を私がしたら、担当の先生から、「会議で1限が空いてますよとは言っている」 との回答があったけれど、どうにも微温的である。 そう言っただけでは1限に授業を出さない教員はそうそう減らないだろうからだ。 要するに早起きがつらいから、というのだろうが、学生が1限に来るのである以上、そういうわがままは許されないと思うのだけれど、それで通っちゃうのが新潟大学なんですね。

 私はかねてからここで、ここ数年新潟大学がろくに研究費をくれないのはケシカランと訴えているが、これを含めた抜本的な改善策をここに提出する。 つまり、1限に授業を出していない専任教員は、給与を1割減とすべし!! ただし学部長など管理職の教員は多忙なので、例外とする。

 これは一石二鳥の政策であるはずだ。 まず、1限の授業が増えて、学生の上記のような苦情が解決される。 むろん、なかには給与を1割減らされても朝寝坊するほうを選ぶ教員もいるだろう。 それで節約したカネは、1限に授業をちゃんと出している教員にだけ研究費として配分すればいいのである。

 これで新潟大学のかかえる難問が2ついっぺんに解決されるのだから、早急に実施していただきたいものである。 文科省の意向をくんだ 「改革」 なんかをやるより、こういう施策をこそさっさとやるべきなんですよ。

6月28日(土)     *アンサンブル・オビリー2008室内楽演奏会    

 本日は午後7時からりゅーとぴあ・スタジオAで開催された標記の演奏会に行って来た。

 アンサンブル・オビリーはしばらく前から県内で室内楽演奏活動を続けているが、同じオビリーという名前ながらチェロの片野大輔さん以外はその都度メンバーが変わっている。 今回は、ヴァイオリンが佐々木将公、後藤はる香、太田玲奈、ヴィオラが太田玲奈、加野晶子、チェロが片野大輔、牧野純子、ピアノが山家慶子、という顔ぶれ。

 プログラムは、シューマンのピアノ五重奏曲、メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番、ブラームスの弦楽六重奏曲第1番。 なかなかすごいと思う。 ロマン派の代表的作曲家のそれぞれ代表的な室内楽曲で、しかも編成が3曲とも違う。 統一性と多様性を兼ね備えていて、こういうプログラムってありそうで案外ないんじゃないかと。 「文句あるか? ないだろ!」 と言わんばかり。 りゅーとぴあ・スタジオAの約130の座席はほとんど埋まっていた。

 演奏分担も平等が徹底していて、全員2曲ずつ登場。 シューマンは、佐々木、後藤、加野、片野、山家、メンデルスゾーンは太田、牧野、山家、ブラームスは佐々木、後藤、太田、加野、片野、牧野。

 さて、演奏だが――

 最初のシューマン。 規矩の正しい演奏だったが、当方の注文を敢えてつけるなら、第1楽章と第4楽章はやや大人しめな感じがある。 もう少し自己主張があってもいいのでは。 第1楽章は激情と静観が交互に出てくる作りであるが、その中の激情部分の表現、そして第4楽章は最後なのだから景気良く行くという意味で。

 次のメンデルスゾーンに来たら、印象が変わった。 ピアノの山家さんの弾き方、明らかにシューマンより自発性が出ているし、ヴァイオリンの太田さんも見事に自分を出している。 五重奏曲と違って三重奏曲では三人の個人がぶつかり合うという側面が強いせいもあるのだろうが、なかなかの名演だったのではないか。

 後半のブラームスもいい演奏だった。 個人技と全体の統制のバランスがうまくとれていた。 ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが二人ずつという編成は、実演だとディスクで聴くのと違って、なるほどここでは第一ヴァイオリンがこうで、第一ヴィオラがああで、チェロは・・・・というふうに6人がそれぞれ何をやっているのかがはっきり分かるという意味でも面白い。

 最後にアンコールとして出演者7人全員で文部唱歌の 「夏は来ぬ」 「故郷」 が演奏された。 開演が7時で終演が9時10分。 質量ともに満足のいくコンサートであった。

 というわけで室内楽の夕べとして大変楽しめたのであるが、会場のスタジオAはやはりちょっと狭い感じがする。 狭くて音が交錯しすぎてあまりクリアではない。 音響という点でいうと、昨年の黒埼市民会館のほうが良かったと思う。 もっとも昨年は聴衆の質がイマイチで、場所を変えたのにはそういった理由もあったかもしれないのだが。 いずれにせよ新潟県を代表する室内楽アンサンブルの一つなのだから、次回はだいしホールあたりでやってほしいところである。

6月27日(金)         *寄付

 本日、ユニセフと国境なき医師団とにわずかながら寄付をしました。 (なぜわざわざ自分の寄付行為について書くかは、2005年7月29日の記述をごらんください。)

6月25日(水)        *最近聴いたCD

 *カストラートの時代――カウンターテナーとカストラートで辿るその世界 (東芝EMI、TOCE-8693、1995年発売)

  少し前に新潟市内のBOOKOFFで購入。 高音男性歌手による録音を集めたオムニバスCD。 ヘンデルの 「オン・ブラ・マイ・フ」 やバッハのロ短調ミサ曲から 「アニュス・デイ」 など有名曲を含めて17曲が収録されている。 タイトルには 「カウンターテナーとカストラート」 とあるけれど、カストラートによる録音は最後の一曲だけ。 ロッシーニの小ミサ曲のなかの一曲を歌っている。 「最後のカストラート歌手による歴史的録音」 だそうで、1902年録音だという。 これを聴くと、なんというか、かつては有名だった歌姫が中年になって落魄の身となり場末の酒場で歌っているみたいな印象があって、ぞっとしない。

 *ドヴォルザーク: ヴァイオリン曲集 〔Compositions for violin & piano〕 (1971年録音、チェコ盤、Supraphon、1989)

  先日、東京に行ったときに高田馬場の中古CD屋で購入。 ヴァイオリンをヨセフ・スークが、ピアノをアルフレート・ホレチェクが弾いている。 ヴァイオリンソナタop.57とソナチネop.100、そして 「ロマンティックな小品」 op.75の3曲が収録されている。 ソナチネと 「ロマンティックな小品」 はドヴォルザークのヴァイオリン曲として有名だが、ソナタの方はあまり聴いたことがないし、スークの録音だというので買う気になった。 スークの音はくっきりしていて美しい。 私はスークは80年前後に一度東京文化会館で生演奏を聴いたことがあるが、その時は前半はヴァイオリン、後半はヴィオラでの演奏で、ヴァイオリンの音がイマイチさえず、むしろヴィオラのふっくらした音に感心した記憶がある。 もっとも生演奏では座席の位置によって音はかなり変わるし、録音も会場や録音技師の腕前次第でどうにでもなるから、1回の演奏会と1枚のCDだけでスークの全体像が分かるわけはないのである。

6月22日(日)        *ヨン・ラウクヴィック オルガンリサイタル     

 本日は午後6時からりゅーとぴあ・コンサートホールで標記の演奏会を聴く。 私の席は3階Hブロック、AランクでNパックメイト価格1800円と格安。 ラウクヴィックはノルウェーのオルガニストである。 私と同年齢らしい。

 プログラムは、前半が、ブクステフーデの前奏曲ホ短調BuxWV142、C・H・リンクのフルート協奏曲ヘ長調op.55 (オルガンのための)、バッハのトッカータ、アダージョとフーガ ハ長調BWV564。 後半が、演奏者自身の曲 「三枚折り絵」、シューマンのペダルピアノのための4つのスケッチ op.58、ヴィエルヌのオルガン交響曲第3番嬰ヘ短調から第3〜5楽章。

 なかなか多様なプログラムである。 前半はいずれもオルガンチックな曲だが、私としてはやはり最後のバッハに感銘を受けた。 特にフーガ部分が、織りなした布地の目が拡大されて音として迫ってくるような独特の印象で、曲の構成的な構造が眼に見えるような、そんな感覚に襲われた。 
後半も3曲それぞれの面白さがあり、演奏者自身の曲には現代にオルガン音楽をいかに可能にするかという問題のようなものが感じられたし、シューマンはピアノ的な曲の作りながらオルガンでやると響きが充実し、しかし他方でいかにもシューマン的な曲想であったし、ヴィエルヌはオルガン音楽の広がりを堪能させてくれた (全楽章でなかったのが残念)。

 アンコール2曲をやっておしまいになったが、客は、うーん、300人いたかどうか。 もう少し入ってもいいと思うんだが。 充実した演奏会だし、A席で十分楽しめるのだからNパックメイトでなくてもたった2000円なんだし。

6月19日(木)        *カミーユ・コロー展、映画館の変な男

 本日で東京滞在もおしまいである。 衣類と古本をつめた箱を発送してから、上野の西洋美術館へ。 標記の美術展を見る。 私はコローについてはろくに知らなかったのだが、チラシによるとコロー展というのはほとんど開かれたことがないのだそうだ。

 コローの風景画は、派手な色彩とか筆遣いを避けて、ちょっとけぶるような色調で描かれている。 玄人受けする絵というのかしらん。 奇抜さだとか、人目を惹く露骨な個性と言ったものはないかもしれないけど、飽きが来ない画家、と言ったらいいのか。 人物画でも、「汽車の窓から手を握り送ってくれた人よりも、ホームの陰で泣いていた可愛いあの娘(こ)が」 と言いたくなるような、目立たぬ美意識のようなものが支配的だ。

 まあ、でもカタログを買う気にはならなかった。 絵葉書を3枚買う。 時間があったので、常設展も見る。 久しぶりにモネの 「エプト川のボート」 だとか睡蓮だとかロンドンの橋だとか、シニャックの港の絵だとか、ドニの白衣を着た女たちの絵だとか、お気に入りの作品に出会うことができた。 会場には修学旅行らしい中学生も多かったが、ろくに絵を見ずにただただ歩き回っているような感じで、どうも落ち着かない。

 それから浅草に行って、東京滞在のシメとして3本立ての映画を見る。 浅草にも修学旅行の中学生もしくは高校生がたむろしていた。 私は浅草に来ると、文字通り異文化に出会ったような気分になる。 最近流行の昭和三十年代というのとも違う街並みに、違和感がある。 清酒かと思ったらどぶろくだった、みたいな感じで、かすかな酔いのようなものがきざしてくる。 銀座や渋谷や新宿ではこういう感覚は生じない。 モダンは酔いにはつながらないのだ。 レトロだろうか? 作ったレトロ、かもしれないな。

 入った映画館で休憩時間にアナウンスがあった。 「スリ、置き引き、恐喝などの被害が出ておりますので、所持品には十分ご注意を・・・・」。 スリや置き引きはともかく、恐喝とは物騒だ。 と思っていたら、変な動きをする客がいた。 最初は私の前列斜め前にすわっていたのだが、途中で1列後ろ、つまり私の座っている列に異動してきて、私と座席2つを隔てた右隣に腰をおろした。 何か食べているのだが、袋に手を突っ込む音がうるさい。 しばらくそうしていたら、今度は自分のカバンに手を突っ込んで、がさがさやっている。 何だ、この男は、と思った。

 しかしそこまではまあいい。 そのあと、男はカバンをそれまでと逆の右隣におき、自分は座席を一つ左側に移った。 つまり、私と座席1つを隔てた右隣である。 私の右隣には私のカバンがある。 こうなると、こちらは警戒心が湧いてくる。 館内は空いているのである。 ほどほど混んでいるなら座席一つを間においてすわるのも分かるが、座席を4つ5つ間においてすわっても悠々というくらい空いているのだ。 なのになぜこんなに接近してすわるのだろうか。 「スリ、置き引き、恐喝などの被害が・・・・」 というアナウンスが何となく現実味を帯びて感じられてくるではないか。

 もっとも、私のカバンにはたいしたものは入っていない。 現金と帰りのJR切符は身につけているし、カバンの中の多少金目のものといったら、今後1ヶ月のあいだに新潟で聴く予定の音楽会のチケット (演奏会当日自宅に忘れるといけないので、いつも1ヶ月分はカバンに入れておく習慣なのだ) と、会員になっている新潟市民映画館シネ・ウインドの回数入場券くらいなものである。 それだって、東京に住む人間がかっぱらっても使いようがない代物なのだ。

 そういうわけで、右側を意識して油断なく映画を見ていたが、くだんの男はやがて途中で出ていってしまった。 なんだったんだろう?

6月18日(水)       *イタリア・スポレート歌劇場公演 ロッシーニ 『シンデレラ(チェネレントラ)』 

 本日は銀座で水曜日1000円という映画館をハシゴして映画を2本見、それから八重洲ブックセンターなどで書物の情報を収集する。 昨日は池袋のジュンク堂に行ったのだが、やはりこういう大書店で実物の本を見ないと、いくらインターネット時代だと言ってもネットで得られる情報には限りがある。

 それから午後6時半から上野の東京文化会館で標記のオペラを聴く。 東京文化会館はずいぶん久しぶり。 少し早めに着いたので、会館前の広場で本を読んでいたら、立ったまま泣いている女の人がいた。 年の頃は30代か。 少し前のベンチにすわっている中年男性 (40代か) に何事か言葉を投げかけている。 男性は黙ったままである。 女性の話の内容は聞き取れないが、大勢の人のいるところで泣きながらこんな場面を演じられると、月並みな状況が想像されてしまう。 「あなた、奥さんとは別れるって言ったでしょ!」 とかなんとか・・・・・。 でもしばらくしてまたそちらを伺ったら、二人は一緒に黙ってベンチにすわっていました。 真相はいかに?

 閑話休題。 オペラは3階のLブロック席 (Aランク、\19000) で聴いたが、座席が舞台向きになっていないので顔を左に曲げ続けておかねばならず、ちょっと窮屈。 前席の人の頭も邪魔になる。 やはり新国立に比べるとオペラ鑑賞には少し問題があるなと感じた。 それと冷房がやたら効いていて、私は上着は着ないで出かけたのであるが、長袖Yシャツの袖を降ろしても寒く、震えながら聴いていた。 私だけではなく、周囲のお客たちからも 「寒いね」 という声がかなり聞かれた。

 スポレート歌劇場は少し前に新潟にも来て、ロッシーニの 「セビリアの理髪師」 を上演している。 その時は舞台装置はさほど凝ったものではなかったが、今回は演目の違いからか、或いは首都・東京での上演ということもあってか、なかなか工夫の凝らされた舞台であった。 また日本語のジョークが入っていたりしてサービスも満点。

 歌手では、王子役のテノール、アントニーノ・シラグーザがよく通るハリのある美声を惜しみなく披露して聴衆を魅了。 特に第二幕のアリアでは会場が拍手の嵐につつまれ、それに応えてアリアの後半部分をアンコールとして再演する大サービス。 オペラ教本を読むとそういうこともあると書いてはあるけれど、私がオペラでこういう場面に出会ったのは初めてである。 といっても私のオペラ生体験は30回にも満たない程度だから、そのくらいの確率で出会える出来事なのかもしれないのだが。

 ほかにもシンデレラ (チェネレントラ) 役のカルメン・オプリシャーヌの柔らかな美声、召使ダンディーニ役のオマール・モンタナーリの活力あふれる歌声がすばらしかった。 以上の3人は声の出かたが他の出演者と段違いで、いかにも主役らしい迫力に満ちていた。 作品そのものはちょっと冗長なところもあるが、出演者たちのいかにもコミカルな演技や影武者も使った演出の妙で、観客を飽かせない3時間だったと言えるであろう。

 終演は10時に近い。 船橋まで電車で行き、駅近くの魚民で酒を飲む。 オペラの後で酒を飲むのは、いい気分だ。 

6月16日(月)      *『椿姫』 をあきらめる

 午前中、父の墓参に行ったついでに船橋のBOOKOFFに寄る。 新書をまとめて買う。 最近は新書も数が増えているので、「これは」 と思うものは無論新本で買うが、「まああってもいいかな」 という程度の本まで全部新本で買っていると財布の中身がなくなってしまう。 船橋のBOOKOFFは首都圏の知的サラリーマンのレベルを示すかのごとく比較的新しい新書本が充実しているので、こういう時に 「まああってもいいか」 の新書はまとめて半額で買っておく習慣になっている。

 そのあと渋谷に行って古本屋を何軒か回ったら、宮益坂のN書店でかなり拾いものがあった。 このN書店は、店内は決して広くないけれど、行くたびに掘り出し物がある。 店主の趣味が私と合っているのであろう。

 それから新宿に行って映画を見たが、その前に伊勢丹のプレイガイドに寄って、明日の新国立劇場の 『椿姫』 公演のチケット発売について話を聞く。 新国立劇場のオペラ公演は、1500円という格安券が当日のみ発売になるが、数に限りがあるので、新国立劇場以外に都内の数カ所のプレイガイドでしか発売しない。 私が行きやすいのはこの伊勢丹のプレイガイドなのだ。 しかし話を聞くと、安いチケットを求める人は多いので、発売開始は午前10時だが、それより早い時刻から並ぶ人が多いという。 1500円の席が売り切れても3150円の席が追加で発売になるのでそちらを買う人も多いが、いずれにせよ発売は明日で、並ぶ必要があるという。

 これを聞いて、私は 『椿姫』 はあきらめた。 だいたい私は並ぶのが大嫌いな人間で、それでもよほど珍しい公演なら別だが、『椿姫』 自体は以前新潟で外来オペラ公演を聴いたことがあり、今回は明後日のイタリア・スポレート歌劇場公演の 『シンデレラ』 のA席を19000円で購入済なので、そうそうオペラにカネを使ってもいられないから、1500円の席が入手できたら 『椿姫』 も、という程度に考えていたのである。 オペラはやめて、安価な映画で済ませましょう。 お金持ちじゃない人間としては、仕方がないですよねえ。

6月15日(日)         *学会2日目など

 午前中、また池袋に行き、独文学会の一般研究発表を聞く。 若手5人の発表で、テーマはそれぞれ別である。 最初はウィーン分離派についての美術史的な発表。 その後はやや哲学に近い細かな内容の発表が二人続き、次がメディア論、最後はベンヤミンとショーレムのユダヤ教理解を含めた難解な発表。 若手ばかりながら皆しっかり勉強しているなあと感心はしたのだが、素直に面白いなと思えたのは最初の人だけだった。 今は学問の領域も多様化していて、昔みたいに 「文学」 オンリーでやっていられる時代ではないので、いきおい、自分の関心からずれた発表だと面白みを感じにくい。 拡散している、といった印象。

 それから池袋駅近くのラーメン屋で昼食をとり、高田馬場でBOOKOFFと中古CD屋を見て回ってから、友人2人と会って酒を飲む。 50を過ぎてから頭も身体も衰えた、なんて話ばっかりだけど、同病相哀れむ的な話でないと盛り上がらないところが情けないかな。 でもまあ、同年代の友人同士の話ってのはこんなものなんだろうねえ。 

6月14日(土)         *知らぬが仏――いや、地震も知らず学会へ

 本日朝8時43分頃、やがて岩手・宮城内陸地震と呼ばれることになる地震があったらしい。 新潟市でも震度3だったらしい。 らしい、というのは、私は揺れを感じなかったからである。 私だけではなく女房もそうであった。 ちょうど起床した直後くらいの時刻だったはずだが、二人ともその自覚がなく、また我が家はのべつまくなしにテレビを付ける習慣もないので (そもそも居間やダイニングにテレビを置いていない)、朝食をとって、この日から私は独文学会で東京出張のため、女房のクルマでJR内野駅まで送ってもらった。 内野駅発9時40分頃の新潟行き電車に乗ったら、車内のアナウンスで 「地震で新幹線が遅れる可能性がある」 との告知があった。 それで、へえ、地震があったのかな、と思った次第。

 新潟駅に着いたら、たしかに東京から到着する新幹線は遅れていた。 しかしさほどの遅れではなく、折り返しの東京行き新幹線は3分遅れただけで発車した。 車内のアナウンスで、東北新幹線は動いていないことを知る。 これじゃ東北方面から独文学会に来る人たちは困るだろうな、と思う。

 途中の高崎駅に着いたら、向かい側の4番線に長野から来た新幹線電車が停まっていた。 そちらが先に発車して、それから2〜3分してこちらが発車しようとしたら、また4番線に長野からの新幹線電車が入ってきた。 長野新幹線は明らかにダイヤが乱れていた。

 独文学会は池袋の立教大学が会場である。 池袋駅から西に向かう地下道が工事中で通りにくい。 

 本日の学会では、「欧州共通参照枠(CEFR)と日本の複数言語教育」 を聞く。 4人のパネリストは、ゲルマニスト2人のほか、英語教育とフランス語教育にたずさわっておられる方が各1人。 ヨーロッパの複数言語教育の基本になっているCEFRについては、吉島茂氏などによって紹介がなされ、この日もシンポに先立って吉島氏から簡単な紹介があったが、その文脈や成立事情をふまえたうえで、これを日本の外国語教育に使うことができるかどうか、使えるとすればどう使うべきかが論じられた。

 パネリスト4人の立場はそれぞれ微妙に異なっており、またCEFRの紹介や分析に重きをおいている方と、日本人として使えるか使えないかに重きをおいている方とがあって、必ずしも議論が噛み合っているとは言えない場面もあったようだが、4人ともこの問題に真剣に取り組まれている方ばかりなので、内容はそれぞれに面白かった。 興味のある方は下のリンクから要旨に行けます。

 http://www.jgg.jp/modules/organisation/index.php?content_id=209 

 ただ、現在日本の大学では第二外国語衰退が急激に進行しており、こうした学会の議論がそうした現状を変えるのに力があるかどうか怪しいというところが、最大の問題ではないかと思った。 というか、学会でやっていることが現実の前に無力である、という事態は、94年頃の教養部解体以来全然変わっていないわけで、どうせシンポをやるならそういうシンポをやったほうがいいのではないか、というのが私の考えである。

 おまけに、最後に教育部会の某氏から、教育基本法の改悪がどうのこうのという話があったりして、第二外国語の削減という、現場で進行している事態と無関係なところでしか自分の 「見解」 を述べられない一部独文学者の悪い癖があからさまになったのは、かえって独文学会の低迷ぶりを示しているような気がした。

 この夜は、できれば午後6時からのN響の演奏会に行きたかったのだが、シンポは5時半すぎまでかかったので、時間的に無理。 やむを得ず、このあと渋谷で映画を1本見て日程終了とする。

6月13日(金)          *本田仁視先生のお通夜

 新潟大学人文学部教授・本田仁視先生が6月10日に逝去され、本日、通夜が行われたので私も出席した。 私はこういう場合、告別式にのみ出席する習慣だけれど、明日から東京出張で告別式には出られないので、通夜に出ることにしたものである。

 参列者は非常に多かった。 本田先生は心理学がご専門なので心理学専攻の卒業生が多いのに加え、少し前まで人文学部長も務めておられたので、教員の参列者も相当数に上った。

 正確に言うと本田先生は人文学部長在任中に病に倒れられ、学部長を辞任された。 当座は学部長代理がおかれ、今月1日に新学部長が任についたばかりである。

 学部長というのは、ふつう、評議員だとか、独法化されてからできた副学部長職だとかを歴任してからなる場合が多いが、本田先生はそういう段階を踏まずにいきなり学部長に選ばれた。 裏工作があったのかも知れないけれど、私はそういう方面にはうとい人間だから、詳しくは知らない。

 しかし学部長になられてからの本田先生は副学部長や評議員の方などと連絡を密にとりながらお仕事に精勤されたようである。 これまた私は詳しくは存じ上げないけれども、人文学部教授会で議長として会議を進める本田先生のお姿からはそうした姿勢が明瞭に伝わってきた。 しかしそれが先生の寿命を縮めたのではないかと推測する。 享年61歳。

 私は94年に人文学部に配置換えになってからずっと同僚であったわけだが、何しろ心理学と私の貼り付いた講座は遠いので――文字通りにも心理的にも――特にお付き合いがあったわけではない。 覚えていることと言えば、これはこのコーナーにも以前書いたけれど、学生とコンパをやって帰る途中、すでに学部長であった本田先生および心理学のM教授とばったり会って、3人とも同じ町内に住んでいるのでバス停までご一緒して同じバスで帰途についたことである。 その折り、「三浦さんはグルメですか?」 とおっしゃったのでちょっとびっくりした。 いや、単に話の接ぎ穂にそうおっしゃったのであろうが、何しろ私くらいグルメ (いわゆるB級グルメも含む) から遠い人間もいないからである。

 他には、数年前だが、印刷室で偶然お会いして、授業用プリントを作る高速プリンターの操作がよくお分かりになっていないご様子だったので、お教えしたことを覚えている。

 あとは、約30年も昔の話だが、本田先生が東北大学文学部の心理学研究室助手を務めておられた時期、たまたま私がドイツ文学研究室助手をやっていた時期と1年重なっていて、そのため助手会の酒席でご一緒したことを記憶している。 ただし直接お話ししたかどうかは覚えていない。 英文や仏文ならともかく、独文と心理学との心理的距離は大きいので、多分お話しはしなかったのではないかと思う。

 いずれにせよ、ダークホース的に学部長になられて、その在任中に倒れて亡くなられるというのは、昨今の大学改革の中におかれた教員の運命を暗示しているような印象がある。 謹んでご冥福をお祈り申し上げたい。

6月12日(木)         *人間は欠点を改めることなどできないのかも。

 私が週1〜2回通っているH卓球クラブにX氏という方がいる。 このクラブでは私などより先輩格で、年齢は私より多少上である。

 以前はそんなことはなかったのだが、ここ1〜2年ほど、X氏の体から臭気が漂うようになった。 要は汗くさいのである。 それも身体に接するくらいまで近づくと臭うといったレベルではない。 2、3メートル離れていても感じられる臭気である。 氏が場所を変えても、その直後にそこに行くと臭いが残っているくらいの強さの臭気でもある。 時々そういうことがあるというのではない。 毎回そうなのである。

 けれども日本人は優しいから、だれもそのことを氏に注意しない。 我慢しているわけだ。 私もそうであった。 

 しかし、夏に向かう時期だし、放っておくと氏の臭気はひどくなるばかりだろう。 そのことを氏に注意する人物がいるとすれば、直言居士である (?) 私をおいては存在しないのではないか、ここ数週間そう考えていた。

 そして先週木曜の練習日、いつにもましてX氏の臭気がひどいので、思い切って練習終了後、注意してみた。 帰路、他のクラブ員に声が聞こえない程度の距離にX氏がいたので、急ぎ歩み寄って、無論なるべくていねいな口調で臭気のことを言ってみた。 氏は分かったという意味の返事をした。

 これで問題は解決、と思った私は、人間を知らなかった。 本日、X氏と卓球の練習で顔を合わせたが、臭気はなくなっていなかった。 先週よりちょっとマシかなという気もしないではないが、相変わらず相当な臭気を発しているのである。

 ユニフォームを全然洗わないせいなのか、或いはほとんど風呂に入ったりシャワーを浴びたりしないせいなのか、或いはその両方からなのか、原因は分からない。 とにかく、それを根本的に改める気がX氏にないことは明らかになった。

 世の中、こういうものなんでしょうね。

 〔追記: その後、7月13日の東地区親善卓球大会でX氏とすれ違ったら、悪臭がなく、7月末に練習日で一緒になったときもなかった。 どうやら、時間はかかったが、私の忠告もそれなりに効果があったらしい。 以上、ご報告まで。 8月7日。〕

6月11日(水)           *パシフィカ・カルテット演奏会

 午後7時から音楽文化会館で標記のを聴く。 アメリカの若手演奏家によるカルテット。 パンフによるとアメリカでは受賞歴も多く、将来を嘱望されている団体のよう。

 プログラムは、メンデルスゾーンの第2番イ短調、リゲティの第1番「夜の変容」、ベートーヴェンの第7番「ラズモフスキー第1」。私は12列目の中央部やや右寄りの席。

 アメリカの若手演奏家だというので、バリバリとこれみよがしに弾きまくるのかなと先入見を抱いていたのだが、まったく逆であった。 アンサンブルを重視した演奏なのである。 個々の演奏者の力量はしっかりしているが、あくまで4人の和を第一として、一人一人がしゃしゃり出ることがない。 だから演奏は一定のレベルを保っていて説得力があるのではあるけれど、敢えて注文をつけるなら、もう少し外に向かっていく姿勢も必要なのではないかと。

 特に最初のメンデルスゾーンでは、音がまだしっかり出きっておらず、どこか薄いヴェールを通して音を聴いているようであった。 第2曲目から調子も出てきたようだが、それでも音の向かう方向がどこか内向きなのである。 後半のベートーヴェンでもそんな印象があり、第3楽章ならそれでいいけれど、最初や最後の楽章ではもっと自分を打ち出してこそ聴衆を深く納得させることができるのではないか、という気がした。

 入りは良くなかった。 半分弱くらいか。 それと、前半、奏者の椅子の調子が良くなく、演奏者の体が動くと椅子がきしむ音が入る。 それで後半は、第2ヴァイオリンとチェロの椅子を入れ替えていたが、本来、こういう作業はあらかじめやっておくべきものであろう。 数年前の音文での某カルテット演奏会でも、第1ヴァイオリンの椅子の調子が悪く、やはり途中から入れ替えた。 なぜ同じミスが繰り返されるのだろうか。 音楽文化会館の係員の質が問われるところだろう。

 私はこの夜、塾に行っている娘を迎えに行かねばならなかったので、アンコールは聴けなかった。 残念無念。

6月8日(日)        *世界的名作の新訳に欠陥翻訳の指摘――今どきの外国文学者の仕事ぶり。

 光文社古典新訳文庫から出ているスタンダール 『赤と黒』 の野崎歓訳にクレームがついている、と産経新聞が報じている(↓)。

 http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/080608/acd0806080918004-n1.htm 

 同じく、光文社古典新訳文庫から出ている亀山郁夫訳の 『カラマーゾフの兄弟』 にもクレームが付いているよう(↓)。

 http://www.ne.jp/asahi/dost/jds/dos117.htm

 私はフランス語は初級をかじった程度だし、ロシア語に至ってはまったくやったことがないから、欠陥翻訳の指摘が正しいかどうか分からないけれど、仮に問題のある訳業だとすると、時代ですかねえ。 ドイツ文学の分野でも、岩波文庫から数年前にG・E・レッシングの新訳が出たけれど、私が授業で使ってみたところ、ちょっと疑問を覚える箇所がそれなりにあった。 誤訳と言うより、分かりにくい訳文ということなのだが。

 上の2例といい、レッシングといい、いずれも有名な作品だから先行訳がある。 本邦初訳ならいざしらず、先人の仕事をバカにせずにきちんと参照していれば防げたミスじゃないか、とも思われるのだが、それが防げないところに、今現在の外国文学者のかかえている問題が露呈しているような気がする。 (レッシングについては、あとがきで参照したと書いてあるけど、それならもう少し分かりやすい訳文になりそうだと思ったものだ。)

 先人の仕事をろくに参照しないのが、忙しいからなのか、自分の力を過信したからなのか、それは分からない。 いずれにせよ外国文学者として誠実な態度とは言いかねる。

6月6日(金)       *新潟市に来る外国オーケストラの問題点――プログラムの多様化を!

 新潟市では、東京交響楽団が年に6回定期演奏会を開いている。 地元のアマチュア・オーケストラ (複数) や学生オケの演奏会も開かれている。 しかしそれ以外に、外国のクラシック・オーケストラが来演することもある。

 今年で言えば、りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館) ができて10周年ということもあって、ウィーン・フィルが9月に来ることになっている。 チケット代金が高いのが玉に瑕だが (S席が34000円、最安の席でも10000円)、何しろ天下のウィーン・フィルであるから、期待はそれなりに高い。

 しかし、これほど有名かつ高価ではない外国オーケストラも時々来演する。 それは結構なことだが、なぜかプログラムがいつも決まっているのである。

 昨年11月に新潟に来たチェコ国立ブルノ・フィルハーモニー管弦楽団と今年1月に来たプラハ交響楽団のプログラムは、奇しくもまったく同一であった。 すなわち、スメタナの 「モルダウ」、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番、ドヴォルザーク 「新世界」 である。

 今年11月にはアルメニア・フィルハーモニー管弦楽団が新潟に来るらしい。 しかしプログラムは、ボロディンの 「だったん人の踊り」、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、ドヴォルザーク 「新世界」 である。

 つまり、昨年11月から今年11月までの1年間に新潟に来た外国オケのうち、実に3団体が 「新世界」 を取り上げているわけだ。 この1年間ということで見ると、他に新潟市で演奏した (する) 外来オケは、上記ウィーン・フィル、この6月に来たフランス国立ロワール管弦楽団、そしてアマチュアだが7月に来るロングアイランド・ユース・オーケストラしかない。 つまり1年に6つの外国オーケストラが新潟市に来て、うち3団体が 「新世界」、さらにそのうち2団体はチャイコフスキーのピアノ協奏曲とスメタナの 「モルダウ」 でも同じ、ということなのだ。

 東京ならば全世界のオーケストラがひっきりなしに来演するから、異なるオケのプログラムがたまたま同一になってしまうこともあるだろうが、外来オケが年に6回しか来ない新潟市でこの有様であるのは、問題が多い。 はっきり言うと、もっと多様なプログラムを組んで欲しい、ということだ。

 もっとも、呼び屋にも言い分があろう。 客が集まるプログラムでないと採算がとれない、と。

 たしかに、数年前、コリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団+庄司紗矢香という黄金の (?) 組み合わせによる新潟公演があったのに、シベリウスのヴァイオリン協奏曲とストラヴィンスキーの 「火の鳥」 というプログラムのせいかどうかは知らないけど、7割程度の入りであった。 ロンドン交響楽団といえば、英国ナンバーワンの声望が高く、ヨーロッパ全体で見ても屈指のオケであるのに、である。

 しかし、である。 呼び屋はなぜ新潟市に外国オケを呼ぶのだろうか。 単にもうけたいからなのか。 経済的利益というだけなら、ほかにもっと良い手段があるのではないか。 

 文化的使命感などというと、今どき冷笑されるかも知れないが、多様なクラシックファンの要望に応えるのも呼び屋の仕事のうちであろう。 多少でいいから、考えていただきたいものだ。

6月2日(月)       *新潟市民映画館シネ・ウインドの不透明さ――『靖国』 上映とウェブ掲示板の廃止

 新潟市唯一のミニシアター系映画館シネ・ウインドについてはここでも何度か書いてきた。 最近、ちょっとこの映画館の動きに不透明な部分があると感じているので、以下に記しておく。

 それは、この映画館のウェブ・サイトに付随して設けられていた掲示板 (ロビーノートと銘打たれていた) が突然廃止になったことだ。 昨日、このサイトの"HOT NEWS"欄に以下のような掲示が載り、「ロビーノート」 にはアクセスできなくなっていた。

 http://www.wingz.co.jp/cinewind/ 

  Date: 2008/06/01(Sun) 09:35:54

 ながらく運用して参りました掲示板 「ロビーノート」 ですが、本日、閉鎖することになりました。
 運用面で満足いかないことが、多々あり、「掲示板」 はここで一旦終了し、別の形で、リクエストや感想、ご意見を伺えるようなものを立ち上げようと思っております。
 突然のお知らせとなったこと、申し訳ございません。
 リニューアルでは、もっと利用していただけるものができればと考えております。
 今後ともよろしくお願いします。

 シネ・ウインドの掲示板はウェブ掲示板としては昔からあるタイプで、新しい投稿はそれ以前の投稿の上に掲載され、或る投稿に対するレスは少し左端を開けてその投稿の下に付けて掲示がなされるようになっていた。 いわゆる簡易型とツリー型の中間のような掲示板である。

 ここには上映作品に関するリクエストがしばしば寄せられ、それ以外の質問や意見も時々投稿されていた。 ウェブ掲示板としてはそこそこ利用されていたと言えるだろう。 その掲示板がなぜか突然廃止になったのである。 それも、「別の形」 「リニューアル」 のものが全然立ち上がっていないのに、である。

 それだけではない。 今回の突然の廃止に私が腑に落ちないものを感じているのは、少し前に私がこの掲示板に投稿していて、その返事をもらっていなかったからである。

 私の投稿とは、シネ・ウインドで上映して欲しい映画を3本リクエストした上で、映画 『靖国』 上映に触れたものであった。 コピーも取っていないから正確な文面は覚えていないが、おおよそ次のように書いたと思う。

 『靖国』 を上映すること自体は良いが、『月刊ウインド』 誌で6月のプログラムを拝見したところ、あまりに 『靖国』 の上映日、および一日あたりの上映回数が多いのにちょっとあきれている。 まだまだ新潟市に来ない映画が多い中で、明らかにバランスを欠いている。 この点について説明していただきたい。

 この質問への回答も出ないまま、掲示板は一方的に 「廃止」 されたのである。 

 映画 『靖国』 についてはすでに各方面で色々なことが言われている。 私はここでこの映画自体やその上映問題に深入りしようとは思わない。 そもそも私はこの映画をまだ見ていないのだから、責任をもって映画を論じられるわけがないのである。

 ただ、シネ・ウインドは早くから 『靖国』 上映を予定していて、いったん東京などの上映予定館が右翼の圧力に屈する形で上映中止を決めてもその列に加わらなかったということは言っておかねばならない。 その点は立派だと私は思っているし、また東京で上映中止が報じられた頃に別の用事でシネ・ウインドの支配人にお目にかかった際、警察が来たりして結構神経をすり減らしているとおっしゃっていたので、そうした態度が気軽にとられていたわけでもないという事実をここで明らかにしておくことも、この一件をフェアに論じるためには必要であろう。

 しかし、である。 『靖国』 は要するに一本の映画であって、それ以上でもそれ以下でもない。 しかるに、シネ・ウインドの6月の上映予定を見ると、6月7日(土)から 『靖国』 上映が始まって、6月末まで毎日4回ずつ上映が続くのである。 この間、『靖国』 以外の映画は1日1回しかやらない。 また、6月末日は月曜日であり、この映画館は基本的に土曜日から翌週金曜日までは同じプログラムで上映を行うから、ということは少なくとも7月4日(金) までの4週間は 『靖国』 を毎日4回上映する、ということになる。

 まず、4週間 (後述のように、実は4週間以上になりそうだ) という上映期間がシネ・ウインドにあってどれほど異例であるかは、他の上映作品と比較してみればすぐ分かる。 シネ・ウインドで上映する映画はそのほとんどが2週間、長くて3週間しかやらない。  例えば現在上映している 『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』 は2週間だし、これから上映される作品では、『レンブラントの夜警』 が3週間、『おそいひと』、『パーク・アンド・ラブホテル』、『胡同の理髪師』 がいずれも2週間である (シネ・ウインドのHPによる)。

 或いは今年4月のプログラムを振り返ってもよい。 この月に取り上げられた 『僕のピアノコンチェルト』、『ジプシー・キャラバン』、『愛の予感』、『グミ・チョコレート・パイン』、『呉清源 極みの棋譜』 はいずれも2週間の上映である。

 例外は7月に上映される 『実録・連合赤軍』 で、これは4週間を予定しているが、4週間とあらかじめ決まっている (シネ・ウインドのHPによる)。 ところが、である。 『靖国』 は今のところ、いつまで上映されるのかも決まっていないのだ。 シネ・ウインドのサイトを見ても、「未定」 としか書かれていない。

 私の記憶にある限りでは、これまでシネ・ウインドでこんな特別扱いを受けた映画は、手塚眞監督の 『白痴』(1999年) くらいではないか。 しかし 『白痴』 は新潟出身の作家・坂口安吾の原作であり、またシネ・ウインドのスタッフも制作に関係したということがあるから、特別扱いも分からないではなかった。 『靖国』 には例外的な扱いをしなければならないような新潟との関わりは存在しないはずだ。 

 また、4週間 (以上) という上映期間だけでなく、その間必ず1日4回やるということ、つまり回数も異例なのである。 ふだんのシネ・ウインドは1日に3本くらいの映画を代わる代わるやるようになっている。 例えば5月の最終週は、『ゼロ時間の謎』 が1日1回、『ファーストフード・ネイション』 と 『4ヶ月、3週と2日』 が2回ずつ、というプログラムだし、6月の第1週は、『ファーストフード・ネイション』 と 『4ヶ月、3週と2日』 と 『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』 をそれぞれ1日2回ずつ、となっている。 これが普通なのである。 1日に2本しかやらない週も時としてあるけれども、それが4週間続き、しかもその間に同じ作品を必ず1日4回上映する、というようなことは、私の記憶する限りではなかったと思う。

 なぜこんな異常なプログラムになるのか? 考えられる理由としては、外から見ている限りでは、可能性として2つしかないと思う。 第1。 他の映画のフィルムが諸般の事情からたまたまこの時期シネ・ウインドに入らないために、『靖国』 の上映日と上映回数が異常に増えてしまった、というケース。 第2。 上映作品を選定するスタッフの中に、この作品に異常な肩入れをする人物がいる、或いは、制作や配給側との関係でそうしなければならない事情がシネ・ウインドにある、というケースである。

 第1のケースであれば、私としては特に何を言おうとも思わない。 しかし第2であれば、文句を言いたい。 なぜならこの映画館は 「市民映画館」 を標榜しており、会員から集めた会費で運営されている以上 (私も会員の一人である、念のため)、まだまだ新潟市に来ない映画も多い中で、特定作品にこれほど肩入れするのは不適切と考えるからだ。 はっきり言って、市民映画館という公器を私する行為ではなかろうか。

  が、いずれにせよ事情を説明してくれなければ文句も言いようがない。 事情を聞くための手っ取り早い手段はウェブ上の掲示板である。 なのに、回答もしないまま、その掲示板が突然廃止された。 ここにきわめて不透明なものを感じるのは、自然なことだろう。 

 一部の右翼団体は映画館に圧力をかけて 『靖国』 を上映中止に追い込もうとした。 要するに一種の口封じである。 これは言うまでもなくケシカランことだ。 しかし、仮にシネ・ウインドが 『靖国』 上映に関する会員からの質問に答えず、あまつさえその手段を封じようとして掲示板を一方的に廃止したするなら、口封じを狙ったという意味で、上映中止を狙った右翼と同じ行為をしたということになるのではないか。

 そうではない、というなら、きちんと私の質問に答えていただきたい。 それでこそ、市民映画館の名に恥じない映画館だと証しをたてることができるはずだろうから。

 (最後にお断りしておくが、以上の批判は言うまでもなくシネ・ウインドの全否定ではない。 私は今までも時々この映画館に文句を言っており、それは新潟市唯一のミニシアター系の映画館に対する期待と現実とのギャップから来ている。 シネ・ウインドへの期待が大きいからこそ、批判も出てくることを付言しておく。)

 【追記】 その後、シネ・ウインドの副支配人である井上経久氏からていねいなお返事をいただいた。 特に 『靖国』 に入れ込んでいる人間がいるわけではないということで、そのほか、シネ・ウインドでの上映作品選定にかかわる複雑な経緯などをご説明いただいた。 ただし、内容に関しては事情があって公けにできない部分が多いので、ここでは省略させていただく。

5月31日(土)      *エリック・ハイドシェック・ピアノリサイタル (米沢、伝国の杜・置賜文化ホール)

 本日はぶりちょふさんの車に同乗させていただいて、米沢市までハイドシェックのピアノを聴きに行く。 北陸高速道の鳥原高速バス停で拾っていただき、喜多方経由で米沢へ。

 途中、喜多方でラーメンを食べる。 私は福島県出身だけれど、喜多方に来たのは初めてである。 JR喜多方駅から遠くない生江というラーメン屋さんが、ぶりちょふさんご愛好の店。 ひなびた構えの店で、こぢんまりとしており、テーブルが3つしかない。 10人強程度しか入るまい。 時刻は11時半頃であったが、テーブルの2つはすでに埋まっている。 

 私はチャーシュー太麺を頼んだ。 実際、麺が太い。 うどんに近い感じ。 チャーシュー麺だけどチャーシューは薄いのが数枚載っているだけでヴォリューム感はない。 つゆは淡泊である。 器も別段凝っておらず、店の構えとあいまって、昭和30年代にタイムスリップしたかのような気がした。

 食べ終えてから車で北上して米沢へ。 むかし、私が小学生の頃は喜多方から北に向かう日中線という国鉄の盲腸線があって、将来は米沢とつながるとされていたものだが、その後到来した車社会のせいで日中線も廃止されてしまっている。 その代わり、喜多方と米沢の間にはかなり長いまっすぐなトンネルが通っており、短時間で結ばれているのである。 

 演奏会場の置賜文化ホールは、米沢城址にある。 米沢城址はかなり広く、地元物産を売る施設だとか、地元の歴史上の人物を紹介する施設だとかが併設されている。 ここでちょっと時間をつぶしてから、ぶりちょふさんともう一人の同乗者は近くの温泉につかりに出かけたが、私は温泉趣味がない人間だから、本を読んだり、土産を買い足したりして過ごす。

 演奏会前に腹ごしらえをということで、戻ってきたお二方と一緒に近くの食堂に入る。 私は鶏肉そばを頼んだのだが、これがヴォリューム満点であった。 温かいそばに鶏肉とネギが入っているだけのシンプルなものだが、別段大盛りを頼んだわけではないのにものすごく量が多い。 そばだというのに、全部食べたら満腹になった。 もう一人の同乗者の方は鍋焼きうどんを頼んだが、これも具が多くてヴォリュームたっぷりであり、全部食べきれなかった。 うーん、米沢の人は大食漢が多いのでしょうか?

 午後6時30分から、ハイドシェックのリサイタルである。 会場の置賜文化ホールは定員500人くらいの大きさ。 ほぼ満員である。 前から4列目で聴く。 オール・ベートーヴェン・プログラムで、前半は「悲愴」ソナタと自作の主題による6つの変奏曲op.34、後半は6つのバガテルop.126とピアノソナタ第31番。 アンコールに、モーツァルトのピアノソナタヘ長調から、シューマンの 「トロイメライ」、同じく 「子供の情景」 から第1曲、最後にヘンデルの曲 (曲名不詳)。

 ハイドシェックは今年72歳で髪は真っ白になっているが、顔にはしわなどは余りなく、年齢的な衰えを全然感じさせない演奏であった。 音もきっちり出ていた。

 ただ、この人の演奏、昔から――といってもCDで聴いてきただけで、数量的にもわずかだが――私にはよく分からないところがある。 曲の捉え方、弾き方に、どうもこちらの感性と合わないところがあって、別に合わなくても 「こういうピアニストなんだな」 というふうに何となく理解できればいいのだが、その理解が難しいのである。

 この日も、最後の第31番のソナタに焦点を当てて聴いたが、やっぱりよく分からないところがあった。 うーん・・・・・。 アンコールを4曲やったからいいようなものだけれど、メインのプログラムはもう少し量が欲しいところ。 特に前半は悲愴ソナタと短めの変奏曲だけだから、ちょっと物足りない。 でもロビーで売っていたCDを2枚買い、演奏会終了後サインしてもらって握手もしてきたから、まあいいか (笑)。

5月29日(木)       *ちょっとしたこと

 用事があって昼ごろ街に出かける。 ついでに、6月の学会で東京に出かけたら見ようと思っているオペラのチケットを伊勢丹のプレイガイドで買う。 それにしても、イタリア・スポレート歌劇場の公演がA席で19000円とは、高い。 といってB席以下はすでに売り切れだし。 とほほほ。  この歌劇場、先年新潟市にも来たが、その時はS席で13000円だった。 地方公演の場合は地方公共団体が助成金を出しているので安いわけだろうが、それにしても、である。 

 それはそれとして、伊勢丹のプレイガイドの女店員に、先生の講義を聞いていました、と言われた。 なるほど、新潟大の女子学生は伊勢丹にも就職していたのか、とこちらのほうも勉強になりました。

 チケットを買ってから、伊勢丹に隣接したバスセンターに入っている立ち食いそばうどんの店で昼食をとる。 すると、貼り紙がしてあった。 「最近の原料費高騰のため、さる6月3日より値上げさせていただきます。 あしからずご理解を・・・・・」 というような文面であった。

 たしかに原油は高騰しているし小麦粉なども値が上がっている。 値上げはやむを得ないのかな、とも思ったが、よく考えると、「さる6月3日より」 というのはおかしいのではないか。 だってまだ6月3日になっていないのだから、「きたる6月3日より」 が ”正しい日本語” なんじゃないですか。

 しかし、と私は改めて考えてみた。 この貼り紙は、もしかすると6月3日以降もしばらく貼ったままにしておくのかもしれない。 そのために 「さる」 という言い方をしたのかもしれない。 ううむ、物事は考え続けるとよく分からなくなってくるものなのである。

5月26日(月)       *日本独文学会アンケートへの回答

 6月に東京で開かれる独文学会の案内状が届いたが、それと一緒に、最近のドイツ語教育や学内での居場所についてアンケート調査に協力してほしいということで、回答用紙が入っていた。

  で、アンケートの最初の質問項目が 「ドイツ語を教えて何年になるか」 というものなのだが、私は訳あって現在はドイツ語は教えていない。 しかし選択肢の中には 「現在は教えていない」 「教えたことがない」 という項目がない (そもそも独文学会の加入要件に 「ドイツ語教師であること」 という項目はないはずである)。 この辺からも、独文学会の幹部がドイツ語教師の現状をあまり把握していないことが分かってしまうわけだ。 学会幹部は安全な場所にいる人が大多数だからである。 よって、私は空欄に 「現在は教えていない」 と回答しておきましたけどね。

 最後に意見を自由に述べる欄があったので、以下のように書いておいた。 教養部解体・独法化のなかでの大学の語学教育の実態は、マスコミなどにもあんまり分かっていないと思うから、ここに全文を掲げておく。

        *        *

 1994年頃から教養部解体の動きが強まり、それによって大学の外国語教育がきわめて厳しい状況下に置かれているにもかかわらず、関連学会が積極的な動きを見せた気配はない。 独文学会にしても同じである。

 肝心なのは、ドイツ語の教え方だとか、ドイツ語教員の育成の仕方だとかの細かいテーマに関するシンポなどを開くことではなく、いかに大学に外国語を教える場を確保するか、ということであるのに、独文学会の歴代理事長・理事はそういう方面にはまったく関心を持たず、事実上何もしてこなかった。

 そこにはまた語学教師の本質的なだらしなさ、無責任さもからんでいた。 彼らは教養部語学教員という立場がある限りにおいては教養課程の語学教育を擁護したが、いったん立場が変わると、そうした主張を放棄した。 自分さえ良ければ、自分の地位さえ安泰なら、というきわめてエゴイスティックで狭い見識しか持たない人間が語学教師であることが明らかになってきたのである。

 私の勤務する大学などその典型であろう。 教養部所属でなくなった途端、「ドイツ語教育は有効性を失っている」 と言いだし、第二外国語必修をはずすことに積極的に加担するドイツ語教師。 そうした教師たちは自分が新たに所属した学部でウケを狙うことに汲々とし、全学的な立場でものを考えることをしない。 要するにドイツ語教師だとかドイツ文学者だとかいう人間はその程度だということである。

 また、ここ十数年間の歴代の独文学会理事長は事実上、そうした人間の後押しをしてきたと言えるだろう。 (池田信雄氏だけは少し違っていたかも知れない。)

 1994年の教養部解体時、私の勤務する大学では、教養部ドイツ語教師が11人、専門学部の独文教師が4人の、計15人の専任教師がドイツ語を教えていた (ドイツ人教師を除く)。 現在、専任としてドイツ語を教えているのは8人にすぎない (ドイツ人教師を除く)。 この14年間で7人が定年や病没で姿を消し、私は事情があってドイツ語担当をはずれた。 この間、新たに採用された専任のドイツ語教員はたった1人である。 要するに私の勤務校の第二外国語教育は瀕死状態と言うしかないのだ。

 私の勤務校では、こうした困難さはドイツ語や他の第二外国語だけに見られるのではなく、英語にしても例外ではない。 教養部解体以降、英語の授業時間数も減っており、定年退職する英語教員数に対して新規採用は少ない。 英語教員は入試問題作成や採点など、授業以外の業務が多く、一定数の日本人英語教員がいないと業務に支障を来すにもかかわらず、である。 そのため、昨年度末の入試の英語採点には、ついに私も駆り出されることになった。 教養部があった時代ならこうした業務はすべて英語教員に委ねられていたが、現在は他分野の教員にも手を借りないと仕事が終わらなくなっているからだ。

 以上の事実から、教養部解体、および国立大学独法化によって、学生に何が必要かと言った観点ではなく、各学部のエゴ、そして経済効率――語学教員は数が多いので人件費を食うという――が前面に出てきている実態が分かる。 こうした実態を改善するには、高等教育において外国語教育が制度的に保障される必要がある。 私の勤務校にしても、大学のトップや各学部の頂点に立つ人たちにはそうした見識が欠けている。彼らは文科省の意向に添う 「大学改革」 をやることに汲々としており、自分自身に教養がないのである。 教養がない人間に大学の運営をまかせてまともな大学ができるはずがない。

 私は1994年の教養部解体以来、第二外国語教育に制度的な保障を与えないと壊滅状態になる、独文学会はそういう努力をすべきだと言い続けてきたが、独文学会理事会や理事長はまったく聴く耳を持たなかった。 また私は、教養部解体直後、学会で会った恩師に 「このままでは独文学会の会員は遠からず半減するでしょう」 と予言した。 恩師は東大独文出身で仲間が多いので、仲間が集まる席で弟子のこの発言を紹介したところ、まさかという反応しか返ってこなかったそうである。 独文学者がいかにものを考えないか、未来を見通す力をもたないか、私は痛感している。

5月24日(土)         *大谷康子・田部京子デュオリサイタル     

 本日は午後2時から、音楽文化会館で標記の演奏会を中2の娘と一緒に聴いた。 東京交響楽団のコンサートミストレスとして新潟ではすっかりおなじみの大谷さんと、何度も新潟で演奏会を開いていてこれまたすっかりおなじみの田部さんのコンビなので、楽しみにしていた。

 プログラムは、前半がまずヴァイオリンの小曲3曲で 「愛の喜び」 「愛のあいさつ」 「椿姫ファンタジーより”乾杯の歌”」、次に吉松隆のピアノ独奏曲 「プレイアデス舞曲集」 より ”線型のロマンス” ”鳥のいる間奏曲” ”真夜中のノエル”、シューマンの 「交響的練習曲」。 後半が、グリーグの 「抒情小曲集」 より ”春に寄す” ”トロルドハウゲンの婚礼”、ベートーヴェンのクロイツェル・ソナタ、そしてラヴェルの 「ツィガーヌ」。

 お二人のお話もまじえての演奏会だったが、田部さんは喉の調子が悪いとのことで、かすれ声しか出ない。 その前日はもっとひどくで全然声が出なかったそう。 お大事になさってください。

 で、演奏だが、全体の印象を言うと、まず田部さんはいつも田部さんだなあ、というのが第一。 新潟に来られたとき幾度か聴いているわけだが、今回も、田部さんの演奏にはいつも 「田部印」 がしっかり押してあると思った。 新潟のこれまでの演奏会では吉松隆やシューベルトがメインだったわけだけど、今回新たにシューマンを聴いて、やっぱり田部さんだなあと。 そして大谷さんとのクロイツェル・ソナタを聴いても、やっぱり田部さんなのだ。 これくらい、自分の個性に曲を (悪い意味ではなく) 従属させる人も珍しいのではないか。 ううむ。外見的にもヤマトナデシコの印象が強い田部さんだが、案外お付き合いすると、物静かで控え目なのに気が付いたら全部あちらの言い分を通されていた、というようなことになるのかも (笑)。

 さて、大谷さんの方だが、前半では 「愛のあいさつ」 のよく通る音、そして 「椿姫ファンタジー」 の技巧に感心し、後半では最後のツィガーヌでの切り込みの鋭い表現に圧倒された。 クロイツェル・ソナタも悪くない演奏だったと思うが、隣人のせいで (後述) ちょっとこちらが集中力を欠いたせいもあるのか、大谷さんの独自性がどの辺にあるのかもう一つよく分からなかった。

 実は今度の演奏会、プログラムを拝見して、大谷さんにとっては少し物足りないのではと思ったのである。 後半はいいとして、前半が小曲3曲だけ、というのではね。 私の勝手な考えだが、今回大谷さんがCDで出された無伴奏曲を一つ前半に入れておいたら、一層充実した演奏会になったのではないかと。 無伴奏曲なら田部さんの負担を増やすことにもならないしね。

 大谷さんは、新潟では東響のコンミスとしてのご活動がまず目立ち、それから室内楽でも以前一度音文で演奏されたことがあるけれども、本来多方面で活躍されている方なのだから、そろそろそういう側面を存分に見せていただきたいと思うわけ。 CDでも、これまではどちらかというと小曲集が多くて、本格的なソナタのディスクを出しておられない。 演奏会と録音はまた別だろうけれど、今回のような本格的なリサイタルを開かれるときには、小曲よりはソナタなどを取り上げて、大谷流のソナタ料理法をさまざまな作曲家の作品によってぜひ披露していただきたいものである。

 客の入りは7割くらいだったか。 このお二人の演奏会なのだから、もう少し入ってもいいのではないかと思われた。

 私は前から13列目の右寄りブロックで聴いたのだが、空席2つを隔てた隣人が困りもので、未就学児童らしい女の子を連れてきたのに加え、後半は何度かケータイを取り出して画面を覗いていた。 音をたてずにやるならまだしもだが、ケータイに鈴みたいなものがついていてポケットから出し入れするたびに小さからぬ音が出るので、とうとうクロイツェル・ソナタの途中で一度注意した。 こないだの東響定期といい、どうもこのところ演奏会の隣人に恵まれない私である。

 でも、アンコールでのモンティ 「チャルダッシュ」 で、大谷さんは後ろの扉から登場して会場内を歩きながら演奏していったが ――これは大谷さんの十八番で、以前の音文での室内楽演奏会でも同じことをやったので、今回アンコールで舞台に田部さん一人が現れた時には 「ははあ」 と思った――困った隣人が連れてきた幼い女の子に歩み寄るようにして弾いておられた。 善人なおもて往生をとぐ、いわんや、といったところか (笑)。

    *        *        *

         *総合人間学会、はあ・・・・

 昨日、どういう経緯からか知らないが、総合人間学会なるものに入りませんか、というメールが舞い込んだ。 聞いたことのない学会名だが、以下のように書かれていた。

 私たちの学会は、さまざまな学問分野における研究の蓄積から、「人間とは何か」 という問いを総合的に探究してゆくべく、2005年、小柴昌敏〔ママ〕氏、加藤周一氏をお迎えしての記念集会を機に設立されました。 以来、小林直樹会長 (憲法学)、柴田義松 (教育学)・小原秀雄 (動物学) 両副会長のもと、研究大会を2 回、会員相互の研究交流の場としての談話会を5回、重ねてまいりました。 ぜひ、当学会のホームページをご覧ください。

 うーん・・・・・・、加藤周一と小林直樹ねえ、なんだか古くさいなあ。 ノーベル賞学者の小柴氏の名前が入っているのも、人寄せパンダみたいでかえって興ざめ。 こういう名前を入れておけば人が集まるだろうと考える人たちって、失礼ながらセンスが相当に良くないんじゃないだろうか。 それに副会長の小原秀雄って、反捕鯨運動家に肩入れしてお粗末な論陣をはったりした御仁だしね。

 念のためHPものぞいてみたけど、食欲がわかない。 私はすでに日本独文学会、日本シュトルム協会、日本言語政策学会、日本セトロジー研究会、19世紀学学会に加入しており、国立大教員は学会費は私大教員と違って自腹で出しているので、その負担だけでも年3万円になる。 加えて最近の新潟大学は研究費をろくにくれないので、田舎から東京などに出ていく出張費だってまともに出ないわけで、学会にもそうそう出席できない状態になっているのである。 これ以上加入学会を増やしたくない。 いや、既加入の学会を削ってでも、というくらい魅力のある学会なら参加しますけど、それほどとも思えないしね。

 でもまあ、このサイトを読んでおられる方の中には、趣味が合うという方もおられるかもしれないので、この学会のHPのURLを貼っておきますね。

 http://www.tuat.ac.jp/~sogo-nin/   

5月23日(金)       *寄付。 そして独身税? なるほど。 ついでに子なき税もどうですか?

 本日、郵便局をとおして日本赤十字あてに、ミャンマー・サイクロンと中国四川省大地震への見舞金として、わずかながら寄付をしました。 (なぜわざわざ自分の寄付行為について書くかは、2005年7月29日の記述をごらんください。)

 閑話休題。 毎日新聞に毎週掲載される牧太郎のコラム 「大きな声では言えないが」 は結構おもしろい。 一昨日のことになるが、独身税をもうけよ、とコラムに書いていて、これまたおもしろかった。 ちゃんと数字を挙げて書いているところがいいんだよね。

 日本では、夫婦と子供2人という 「平均的労働者」 の税負担 (社会保険料を含む) は賃金の24%、独身労働者は29%とあんまり変わらないのだそうだ。 まあ、そうだろうな。 子供が3人いる私の税金も、さほど安くはなかったものな。

 これに対して、ニュージーランドでは夫婦と子供二人なら税負担は3%、独身労働者なら22%だという。 さらにアイルランドでなら、前者は税控除や扶養手当が税金より多いのでマイナス1%になるという。

 子育てをしている既婚者を優遇しなければさらに少子化は進むだろう、と牧太郎は言う。 まあ、この辺は私にはちょっと異論があって、福祉社会だからこそ少子化が進むので、福祉を完全になくせは少子化は克服されるんじゃないかと考えている。 江戸時代を見なさい。 福祉なんてなかったからこそ、人は養子をとってまで子育てをしたのだ。 自分の老後のために、です。 福祉があると、自分の子供がいなくとも国が面倒を見てくれるだろうと考えちゃうから少子化になるんじゃないか、と私は推測しているんですけどね。 あともう一つの原因は女性の職場進出でしょう。 これについては、赤川学 『子どもが減って何が悪いか!』(ちくま新書) を参照のこと。

 しかし、それはそれ、子供のいる家庭はそれだけカネがかかるのだから、将来の日本を背負う人材を育てている家庭を税制面でいまより優遇することには私は大賛成である。 ついでに、私の子供3人のうち長男はすでに独立してしまっているので、やるなら早くやってください(笑)。

 で、牧太郎は、30歳以上60歳以下で年収700万円以上の独身者には独身税を課せ、と提案しているのだけれど、私に言わせればもっと厳しくして、年収600万円以上でいいと思うし、ついでに子供がいない (育てて独立したという家庭は除く) 家庭には子なき税を課したらどうかと思う。 無論、子供が欲しいのにできないというご夫婦も世の中には少なくないわけで、そのこと自体を非難する意図ではなく、要するに子供を育てている家庭との収入格差をなくす、という目的からである。 また、子供がいなくても養子や里子を育てている家庭には子なき税はかからない仕組みにすれば、別の方面からも良い効果が期待できるのではないか。

     *        *        *

          *大学における会議のあり方――教授たちは法学部生を見習うべし

 ところで昨日、新潟大学生協の総代会があった。 年1度、生協の過去1年間の会計報告などをして、これから1年間の業務見通しを生協組合員代表に承認してもらうための会議である。

 私は理事なので出なくてはならない。 ただし、昨年度までは理事が総代を兼ねてよかったが、今年度から新しい生協法が施行されて、総代と理事は兼任不可となった。 だから、というわけでもないが、少し遅れて出席しました (すみません)。

 すると、珍しく、あらかじめ用意された議案に厳しく文句を付けている学生がいるではないか。 生協に関する法律の条文をもとに、ここがおかしい、あそこが変だと細かく、執拗に、執行部に迫っている。 人文・法・経済の文系三学部から出ている総代学生だが、たぶん法学部生であろう。

 いやあ、なかなかいいんじゃないか。 最近の学生にしては珍しく迫力があるし、法律の条文にこだわっているところがいい。 こういう学生が増えてほしいものだ。

 それというのも、その前日、つまり一昨日、学部内の或る会議に私は出ていたのだが、どうにも無駄な会議だと思うしかなかったからなのである。 詳しいことは差し障りがあるので書かないが、要するにデータをもとに私が主張をしても、上の方がこういう意向ですから、という方向にしか結論がならないのである。 念のため、上の方とは、文科省とか学長とかではなく、もっと低いレベルの話である。 それでこの有様なのだ。

 それなら会議など開かず 「上の方」 の意向だけで決めればよさそうなものだ。 そして責任は全部 「上の方」 にとっていただくことにすればよろしい。 大学の会議というのは、こういうふうに結論が上から押しつけられているのに、なぜか会議を開いて決めましたという形式だけとる場合が多い。 実に無駄だし、大学の研究者がこの程度のことをやっているのは、実に恥ずかしいことじゃないだろうか。 学生にシメシが付かないだろうと私などは思うのだが。 くだんの法学部生を、教授たちは見習って欲しい。

 【追記と訂正】 その後、法学部生だと思われたこの人物が、法学部の若手教員であると判明しました。 訂正いたします。 学生にしては迫力があると思ったのではあるけれど、でも、こういううるさ型は世の中に必要だと思うなあ。 

            *水谷川優子 チェロ・リサイタル――りゅーとぴあ・プライムクラシック1500     

 さて、本日の夜は、標記の演奏会を午後7時から聴いた。 1500円という格安の料金設定によるコンサート。 チェロの水谷川優子 (みやがわ・ゆうこ) さんとピアノの寺嶋隆也さんによる演奏会。

 プログラムは、前半が、バッハの無伴奏チェロソナタ第1番、グリーグの 「ペール・ギュント」 第1組曲全4曲と、第2組曲から 「ソルヴェイグの歌」。後半はオール・ショパンで、エチュードop.25-7 (グラズノフ編曲)、ノクターン嬰ハ短調遺作 (ピアテゴルスキー編曲)、そしてチェロソナタト短調。

 水谷川さんの演奏を聴くのは初めてであるが、プログラムによると日本に西洋音楽を導入した故・近衛秀麿氏のお孫さんとのこと。 毛並みがよろしい、ということだろう。 一方、ピアノの寺嶋氏は作曲家としても幅広い活動をしておられるよう。 私は今回は1階席のやや左寄り最後尾で聴いた。

 さて、演奏だが――
 最初のバッハ、会場によく広がる、しかしどこか茫洋としたチェロの響きに期待がもてたのだけど、聴いているうちに眠くなってきた。 響きのよさのせいだけではない。 あまり緊張感がないのである。 よく言えば自然態、悪く言えば無アクセントでのっぺりした感じ。 バッハの弾き方にも色々あると思うけど、あのバッハならではの精神的な充実感とか内面の凝縮感が出ていない。 うーん、どうかなあ。

 次のグリーグや前半最初のショパンのピアノ曲の編曲でもそんな印象はあまり変わらなかった。 まあ、こちらはバッハほど凝縮感がなくてもそれなりなので、そんなに悪い印象ではなかったけど。

 最後のチェロソナタ、さすがに感情をよくこめて弾いていた。 ただ、音で寺嶋氏のピアノに負けて、あまりよく聞こえてこない。 寺嶋氏のピアノは決して大音量ではなく、がんがん叩くような弾き方ではないにもかかわらず、である。 チェロが朗々と歌うパッセージではいいが、指が忙しく動くようなところでは音の出がイマイチなのだ。 ここら辺は課題かもしれない。

 あと、曲について解説をしてから演奏してくれるのはいいのであるが、特に前半はもう少し要点を押さえた話し方が望ましいと思われた。 アンコールを入れて終演が9時20分だったが、曲より話が長い印象がある。

 アンコールにショパンの有名なノクターン(op.9-2)と、黒人霊歌 「誰も知らない私の悩み」 が演奏された。

 客はよく入っていた。 1階と2階正面Cブロックは8割くらいは埋まっていたし、2階のBとDのブロックもそれなりに入っていた。 水谷川さんへの期待が大きいということだろう。 次回はさらに充実した演奏であってほしいものである。

5月22日(木)       *新潟大学付属図書館職員の怠慢、そして・・・・

 私はときどき新潟大学付属図書館に本を寄贈する。 間違って2冊買ってしまった本だとか、自分としてはもう不要だが新潟大学全体では1冊あっていいだろうと思う本だとかである。

 それで昨秋、マンガの表現・出版規制に関するムック本を1冊寄贈し、今年1月の冬休み明けにはハインリヒ・マン 『ウンラート教授』 を寄贈した。 前者はうっかり2冊買ってしまった本であり、後者は、訳者の方から贈っていただいた後、産経新聞に私がこの本の書評を書くにあたって新聞社からも送られてきたので、一人で2冊持っていても仕方がないということで1冊を図書館に寄贈したものだ。

 ところがこの2冊がなかなか登録されないのである。 つまり新潟大学の図書館で蔵書検索をしても出てこない。 特に前者は、昨秋に寄贈したのだから、いくら何でも今年初めには登録されていないとおかしいのだが、この3月になっても登録されていない。

 それで3月末に一度図書館に出向いて担当職員 (男) に訊いてみた。 受理はしているので間もなく登録します、という答えだった。

 しかし、4月になっても登録されないし5月半ばになっても登録されない。 やむを得ない、ということで、今度は図書館長である人文学部教授に苦情を申し入れた。 すると効果てきめんである。 本日、図書館長が図書館事務の管理職といっしょに事情の説明に来られた。 といっても、要するに担当職員の怠慢ということなんですがね。

 こういう怠慢な職員がいるのは困ったことである。 しかも怠慢さにおいて筋金入りである。 だいたい、私が3月に苦情を直接申し入れた時点で仕事をすべきなのに、それでもやらずに放置していたわけだから、罪は重い。

 念のため言い添えれば、新潟大学附属図書館の職員がみなこんなに怠慢なわけではない。 真面目に仕事をしている人が多い。 寄贈本にしても、ちゃんとすぐ登録するだけでなく、「寄贈いただきありがとうございました」 という礼状をくれる職員もいて、こういう人が担当だとどんどん寄贈しようという気になるのである。

 しかし時々どうしようもないダメ職員もいる。 つまり今回のように、怠慢であるばかりでなく、怠慢さをとがめられても全然是正しようとしない輩である。

 もう20年くらい前になるが、やはりどうしようもない図書館職員 (女) がいた。 他大学所蔵の文献のコピーを申し込んだのだが、3週間ほどたっても届かない。 それで担当職員のところに出向いて問い合わせたら、何と、まだあちらに申し込み書類を送っていないという。 「半年後に送るんですか? それとも1年後?」 と私が皮肉を言ったら、「それなら書類をお返しします」 と逆ギレしてきた。 仕方がないので図書館の事務長のところに出向いて文句を言ったら、「問題の多い職員でして」 とのこと。 でも、問題の多い職員を何とかするのも管理職の仕事なんじゃないだろうか。

     *       *      *

 怠慢というキーワードついでに話をすると、私の中2の娘がこの春から学校 (ふつうの公立中学です) で新たに担当となった教師たちについてしきりに文句を言っている。 あんまり具体的なことを書くと差し障りがありそうなので省くが、一例だけ挙げれば、板書というものをまったくしない教師がいるのだそうである。

 まあ、女子生徒というものは教師の性癖だとか当たりはずれについての評定を好むもので、私の中学生時代にもそうであった。 親となって分かったのは、女親というものも同じだということかな。 私自身は、極端なハズレ教師は別として、中学程度の教科内容なら自分で勉強すれば分かるわけだから、教師の当たりはずればっかり言い立てる女子生徒にはあんまり共感した覚えがないけど、最近は娘や妻の話を聞くにつれて、いくらなんでもどうかという心境になってくるのは、親バカだからでしょうか?

 しかも、ハズレとされるのは男性教師が多いようなのである。 偶然だろうか? これは憶測だけれど、昨今は小学校や中学校の教師志望には女子が多く、しかし教師の仕事というものはクラスで教科を教える以外にも色々あって、男性教師も一定数いないといけないので、男だとあんまりレベルが高くなくとも採用になる、というようなことはないだろうか。

 もっとも、ぶっちゃけた話、義務教育の教師は数が結構多いし、給与がすごくいいというほどでもない。 したがってそんなに優秀な人材ばかりいるわけがないだろう、という気もする。

 といっても昔――私の小中学生時代――だと教師は安月給の代名詞的存在であったが、今も高給とは言えないものの地方都市でという条件でならまあまあの待遇になっているはずだ。 しかし昔と違って今は民間企業での求人が増えているし、世の中が高学歴化しているから、以前なら学校の先生はともかく大卒であるということで尊敬されたわけだが、今はそうでもなくなっている。 周囲からの目というのは、案外本人に影響を及ぼすものだ。 尊敬されないからダメ教師が増える、というようなことはないかなあ。

 もっとも、私が心配しているのは、むしろゆとり教育の方なのだ。 中2の娘の時間割を見ると、国語・数学・英語の主要3科目がそれぞれ週に3時間しかない。 平日5日間のうち、2日は5限までしかない。 私の中学時代からすると信じられない時間割なのである。 当時は言うまでもなく土曜日も午前中には授業があったし、平日は例外なく6限まで授業があったし、それどころか私の中学 (ふつうの公立中学です) では火曜日は1限45分 (ふつうは50分) として7限まであったのである。 主要3科目は、記憶も定かでないが、最低でも週5時間あったし、もしかしたら6時間あったかもしれない。

 まさに 「憂国」 の心境になってしまう私でした。

5月18日(日)         *東京交響楽団第48回新潟定期演奏会など     

 本日は午前中からりゅーとぴあへ。 まず午前11時から新潟県医師会主催で映画 『シッコ』 の無料上映会 (りゅーとぴあ劇場にて)。 この映画、アメリカの医療保険制度のひどさを訴えたドキュメンタリー映画で、新潟の商業館にも来たのだけれど、見逃していた。 タダで見ることができて、医師会に感謝します。 タダの代わりにアンケートに答えさせられたけど、アンケート用紙に書き込むボールペンを渡されたので書き終えて返そうとしたら 「お持ち下さい」 と言われたのでもらってきた。 やっぱり医師会ってオカネあるんですね (笑)。 いや、それはともかく、皆さん、一見に値する映画ですよ。 医療保険に関してはアメリカの真似は絶対にすべきではありませんね。

 この映画が午後1時10分までかかったのと、その後トイレに入ったりしていたので、東京交響楽団のロビーコンサート、せっかくのホルン四重奏なのに最後のあたりしか聴けなかった。 残念無念。

 いったんりゅーとぴあを出て県立図書館で過ごし――なぜかというとりゅーとぴあから比較的近いところで車をタダでとめられてなおかつ椅子と机を無料で使えるのは、私の知る限りここくらいだから――午後4時30分頃あらためてりゅーとぴあに第48回東響新潟定期を聴きに。

 本日のプログラムは、ユベール・スダーンの指揮、リーリャ・ジルベルシュテインのピアノで、シューベルトの交響曲第1番、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番、シューベルトの交響曲第4番。

 うん、スダーンらしく、充実したいい演奏。 シューベルトは、ロマン性よりはやや古典的な形式感を重視していたような印象を受けた。 ピアノ協奏曲は、私はこの曲そんなに好きじゃないのだが、色彩感をそれなりに出して悪くなかったのではないかと。

 先日の小沢+新日フィルが立ち見まで出る盛況だったのと比べると、もう少し客が入ってもいいんじゃないかと思えた。 でも客によりけり。 私の一つ空席を隔てた左隣にすわった御婦人は、演奏中何度もバッグからプログラムを出して読み直したり、プログラムじゃない何かを取り出してはまたしまったりと落ち着かず。 こういうのは近所迷惑なんだよねえ。 

5月17日(土)        *山本真希オルガンリサイタル

 本日は午後5時からりゅーとぴあにオルガンリサイタルを聴きにいく。 演奏者の山本真希さんはりゅーとぴあの専属オルガニストである。 今回は、「北ドイツのオルガン音楽」 というテーマで、プログラムは以下のとおり。

 (前半)
 G・ベーム: 前奏曲ニ短調
 G・ベーム: コラール前奏曲 「天にまします我らの父よ」
 バッハ: コラールパルティータ 「おお神よ、汝いつくしみ深き神よ」 BWV767
 N・ブルーンス: 前奏曲ト長調
 (後半)
 ブクステフーデ: トッカータニ短調BuxWV155
 ブクステフーデ: コラール幻想曲 「イエス・キリスト、汝はたたえられよ」 BuxWV188
 バッハ: トッカータホ長調BWV566

 北ドイツの内面的というか精神的というか、ちょっと内に籠もるような印象の曲が続いた。 といっても、技巧的にもなかなか大変そうで、足を忙しく動かす曲もあったし、音の迫力もそれなりで、オルガン音楽を楽しむことができた。

 でも、当日券を買う客が多かったため10分遅れの午後5時10分に始まって、途中休憩をはさんで6時35分に正規プロが終了だから、ちょっと物足りないかな。 もう1曲くらい欲しいところ。 アンコールにバッハの有名な 「トッカータとフーガニ短調」 からトッカータだけやったのだけれど、フーガもやってくださいよ、と言いたくなった。

 客の入りは、うーん、 250〜300人くらいいたかな。 でもチケットの値段も安いし、もっと入ってもいいのじゃないだろうか。 山本さんの秋のオルガンリサイタルとセット券で買うと2回分で2500円、Nパックメイトで1割引だから、1回の演奏会がなんと1125円! こんなに安くていいのか、と言いたいくらいなのだから。

 加えて、セット券購入先着100名に山本さんのサイン入り色紙プレゼントのサービスもある。 ただ、私としては終演後に山本さんがその場でサインをしてくれるのかと期待していたので、出来合いのものを係員から渡されてちょっと拍子抜け。 できたらその場で山本さんと話をして、ついでにデートの約束でも (笑) と妄想を抱いたりしていたので、残念無念、であった・・・・・。

5月15日(木)        *『水産経済新聞』 に捕鯨問題に関する 「私の視点」 が掲載されました

 『日刊水産経済新聞』 という新聞がある。 一般の人にはなじみがないだろうが、水産関係者には広く読まれている。 この新聞は少し前から 「水産資源の持続的利用を求めて」 という特集連載記事の連載を開始し、その最初のシリーズとして捕鯨問題を取り上げている。 捕鯨問題自体で10回程度の連載となり、毎回、各界の識者にこの問題に関してインタビューを行い意見を聞く、という形式になっている。

 その第6回目として、本日、私へのインタビュー記事がこの新聞の第1面に掲載された。 インタビュー自体は先月行われたのだが、ようやく記事になったということだ。

 「欧米主導の国際政治に酷似 日本は対外的な自己主張力強化を 価値観の陰に差別」 という見出しで、日頃の私のこの問題に関する主張が述べられているので、興味のある方はご覧いただきたい。 といっても、サイトでは見られないので、購入するのでなければ、どこかの大きな図書館でこの新聞を探すしかないでしょうけどね。 なお、この新聞社のサイトは下記のとおり。

 http://www.suikei.co.jp/  

5月14日(水)        *講演 「チャップリンとその時代」 をやりました

 本日は午後7時から8時30分まで、新潟市総合福祉会館にて 「チャップリンとその時代」 という講演を行う。 新潟市の映画館シネ・ウインドが現在チャップリン映画祭をやっており、それを記念して連続講演会 「チャップリン談義」 が4夜にわたって開かれることになった。 その第2夜が私の担当となったのである。

 チャップリンの生まれた年1889年が、ヒトラーの生まれた年でもあり、また箱を覗く方式の映画が誕生した年でもある、というところから始めて、戦争と革命とファシズムの世紀であった20世紀とチャップリンの関わりを解説した。

 先週の公開講座でもそうだったが、時間が余ってはいけないということで多めに材料を用意していったので、時間があればヨーロッパとアメリカの文化的な優位性が入れ替わる第一次世界大戦前後を音楽で説明しようと思っていた。 その際にドビュッシーの 「牧神の午後への前奏曲」 とガーシュインの 「パリのアメリカ人」 を聴いてもらおうと思ってCDも用意していったのだが、そしてCDプレイヤーも会場に用意していただいたのだが、残念ながら聴けずに終わってしまった。 すみません。

 いや、時間をオーバーしても良ければやったのだが、実はこの日、私は中2の娘を夜9時に塾まで迎えに行かねばならなかったので、そういうわけにもいなかったのです。

 残念ながら聴衆が少なかった (1桁)。 色々あって、この催し物の決定自体が遅れたのと、宣伝もさらに遅れたのが痛い。 詳細は略すが、今後同じような催しをやるときには一考する必要がありそうだ。

5月13日(火)      *小沢征爾指揮・新日本フィルハーモニー交響楽団演奏会

 本日は夜7時からりゅーとぴあでの演奏会に出かける。 チケットは売り出した日に完売となり、私は電話合戦に参加する根性がないのでパスしてしまったのだが、後日、CD屋さんの 「コンチェルト」 に行けなくなった人の委託チケットが出たので、それを買ったという次第。 実を言うと、2、3年前に小沢征爾が水戸室内管弦楽団とりゅーとぴあに来た時にはそれほど大きなインパクトは受けなかったということもあるのだが、今回の新日フィルとの演奏はだいぶ違っていた。

 まず、入りが違う。 満席なばかりか、立ち見席で入ったお客が各ブロック (舞台後方席を除く) の最後尾席の後ろに並んでいる。 2階だけじゃなく、3階にも。 いやあ、りゅーとぴあのコンサートホールにこんなに客が入ったのを見たのは、私としては初めてだなあ! 一に小沢人気、二にプログラム (モーツァルトとチャイコフスキー) のせいにしても、新潟市にクラシックファンてこんなにいたのか、と認識を新たにした。
 
 プログラムは、モーツァルトのディヴェルティメント K.136、同じくオーボエ協奏曲、チャイコフスキーの悲愴交響曲。 オーボエ独奏は古部賢一。

 前半のモーツァルト2曲、それなりに良かった。 最初のディヴェルティメントは強弱の差をつけて、しかし最近のピリオド楽器的なくっきりした表情づけではなく、普通(?)のオーケストラのまろやかな表情づけが印象的。

 次のオーボエ協奏曲は、オーソドックスな解釈ながら、カデンツァで独自の表現をみせたり、第3楽章では細部で独自の色づけを行ったりと、工夫が凝らされた演奏だった。

 さて、後半のチャイコフスキーだが、これが入魂の、と形容したくなる演奏。 りゅーとぴあで聴く新日フィル、ふだん聴いている東京交響楽団と比較して合奏能力ではちょっと劣るかなという印象だったが――東響定期はいつもGブロックで聴いており、今回はCブロックなので正確な比較はできないが――そういう細かい詮索を無にしてしまうような気迫が籠もっていた。 第3楽章が希有な壮絶さ、そしてそのまま第4楽章になだれ込んだ、といったところ。 第4楽章は、だから陰々滅々とした悲しみではなく、猛々しい悲しみ、老いた英雄のような悲しみだった言える。

 客も良質で、楽章間拍手はいっさいなく、悲愴の最後でも小沢が姿勢を解くまで拍手は起こらず、感銘に水をさされることがなかった。

 というわけで、行く前は 「国内オケで1万5千円か、ほえ〜」 と思っていたのですが、終わってみれば 「来て良かった!」 であった。

   *         *         *

     *学生にいかにして教養をつけさせるか

  本日の午前中は3・4年生向け演習の授業。 この授業のテーマはアメリカ論だが、手始めにアメリカにおけるキリスト教の影響力を分からせようと、ハロラン芙美子 『アメリカ精神の源』(中公新書) を学生に読ませている。 そうすると、キリスト教について今どきの若者がどの程度の知識があるのかが見えてくる。

 本日も、例えば日曜学校という言葉が出てきたのだが、日曜学校というものがいかなるものか、学生には想像ができない。 無論私もクリスチャンじゃないから日曜学校には行ったことがない。 だけれども、子供の頃に読んだ 『トム・ソーヤーの冒険』 を思い出せば、日曜学校がだいたいどんなものか想像がつく。

 或いは、アメリカでは子供を必ずしも学校 (義務教育) にやらなくてはならないということはなく、家で親が教育してもいいことになっているという話が出てくる。 そうすると私はこれまた子供の頃に読んだ 『若草物語』 を思い出して、4女のエイミーが体罰を受けたために学校を辞めるシーンを想起するわけだ。

 だけど今どきの学生はこういう本を読んでいない。 女子学生なら 『若草物語』 くらい読んでいるかなと思うのだけれど、訊いてみると読んでいないのだ。 子供の読書で、むかしの 『少年少女世界名作全集』 的な作品がすたれてきているからだろう。 

 時代とともに子供の読書対象が変わるのは当たり前ではあろう。 しかしそのために子供 (学生) の教養が低下しているという事実もある。 これをどう補うべきか、誰かまともに考えているだろうか?

 まあ、『のだめ』 なんかは、私はマンガとして面白いとは思えないけれど、読者にある種の教養をつけさせるマンガなのかも知れないな、 と思うことはある。 マンガが少年少女世界名作全集の代用をしてくれるなら、それでも構わない。 だけど現時点ではそうなってはいない。 奮起するマンガ家、或いは出版人がいないものだろうか?

5月11日(日)       *月潟村

 本日は午前中、月潟村まで行ってきた。 いや、正確に言うと、現在は合併して新潟市の一部になっているので、新潟市南区の旧・月潟村、ということなんですが。

 私の自宅から二十数キロほど離れており、車で30分くらいのところにある。 典型的な農村で、中心部のささやかな商店街と公共の建物を除くと、田圃と農家ばっかりの地帯である。

 なんで旧・月潟村までわざわざ行ったかというと、今度の水曜日にチャップリンについての講演をする予定になっており、このところ市立図書館やレンタルショップからチャップリンの作品を借りて見ているのだが、『キッド』 がこの月潟村図書館にあるからなのである。

 この映画、私は昔スクリーンで見ているが、何分だいぶ前なのでよく覚えていない。 それで改めて見ておこうと思ったけれど、近所のレンタルショップには置いていないし、新潟市の中心部の市立図書館にもないのである。 新潟大学にもない。 調べたところ、今は新潟市立図書館の分館となっている旧・月潟村図書館にあると分かったので、本日の日曜日に見せてもらいに来たわけである。 ちなみに帯出禁止になっているから、図書館内で見るしかない。

 あらかじめ調べたときはDVDとなっていたと思ったが、来てみたらLDだった。 館内は利用者がオープンに本を見られる開架形式だが、LDは職員しか入れない部屋においてあって、頼むと職員の方がそこから持ち出してきてLDプレイヤーにセットしてくれ、私は椅子にすわって見るだけである。 1時間ほどの作品だから、たいして時間はかからない。

 月潟村の図書館は平屋建てのこぢんまりとした、いかにも村の図書館といった印象である。 ただし建物は鉄筋コンクリート作りで新しそうだし、天井が高くてのびのびした雰囲気になっている。 同じ敷地内には月潟村行きバスの終点となる大きな広場があり、昔ながらの郵便ポスト――円筒形のあれです――もあって、初めて来たけれどなんだか懐かしい感じだ。

5月7日(水)      *公開講座 「音楽と社会」

 本日は、実は新潟市民ならタダで聴ける外来オーケストラ・コンサートがある日だった。 フランス国立ロワール管弦楽団のコンサートが午後6時30分から予定されていたのである。 このオーケストラがあるナント市と新潟市が姉妹都市なので、その縁での演奏会である。

 だがしかし、私は本日は公開講座の担当日なので、行けない。 残念無念。 公開講座は新潟駅南のプラーカ3にある新潟大学駅南キャンパスで午後6時から7時30分までだからである。 この公開講座は、「音楽と社会」 というタイトルで、5回にわたって行われる。 最近は 「のだめ」 のおかげでクラシック音楽ブームなので、それにあやかって、ということである。  大学の公開講座も時局便乗的なのだ。 私はその第4回担当で、題して 「戦後日本の音楽批評」。 要するに小林秀雄だとか吉田秀和なんかの音楽評論を紹介して、あわせてCDを聴いていきましょう、という軟弱な (笑) 講義であります。

 この駅南キャンパスで講義をするのは私としてはおよそ3年半ぶり、2回目である。 集まったのは20人ほどの老若男女。 どちらかというとお年の方が多いかな。

 用意していた材料が多かったので、予定を少しく端折らざるを得なかった。 というか、こういう場合、材料が足りなくなるといけないと思い、多めに用意しておくので、どうしてもそうなる。

 かけた音楽は、モーツァルトの交響曲第40番、同じく弦楽五重奏曲ト短調、バッハの半音階的幻想曲とフーガ、シューマンの交響的練習曲、プッチーニの 「ジャンニ・スキッキ」 から 「お願い、お父さん」、バッハのマタイ受難曲から 「主よ、憐れみたまえ」(メンゲルベルクの演奏)。 (「お願い、お父さん」 と 「主よ、憐れみたまえ」 以外は一部分のみ。) ほかに当初の予定ではシューマンのヴァイオリンソナタ第1番とヴォルフのメーリケ歌曲集から2曲をかけるはずだったが、割愛させていただきました、すみません。 

5月5日(月)      *新聞記事のよくない書き方

 本日の毎日新聞を読んでいたら、典型的なよくない書き方、と言いたくなる記事が載っていた。 ローマ支局・藤原章生記者の 「イタリア総選挙 極右躍進の背景」 という記事である。

 4月半ばに行われたイタリア総選挙で中道右派のベルルスコーニ前首相が勝利を収めたが、そこで与党連合3党の中で極右政党 「北部同盟」 が得票を倍増させたことを問題視しているのである。 南部人と移民を攻撃するこの政党が受けるのは、根拠のない 「治安悪化」 のせいだというのだ。

 今回初当選した問題の政党の下院議員の言葉が紹介されている。 「〔移民が〕 とにかく多すぎることが問題なんだ。 移民のせいで子供を地元の小学校に入れられない。 うちの近所は移民が多くて、小学校の8割方が外国人。 だから僕の息子も私立に入れた。 イタリア語も話せない移民の子は低レベルだから」。

 たしかに多少あからさまな言い方が気になるし、政治家はもう少し全体のことを考えるべきだとは思う。 だけど、日本の東京あたりだって、移民がいなくても子供に 「お受験」 をさせる都民の方々は似たようなことを考えているんじゃないのかなあ。 まして日本がヨーロッパのような移民社会になったら、上記のような発言をする日本人は普通に存在するようになる、と私は予想しますけどね。

 さて、イタリアの移民はどの程度いるのか。 記事によると2007年末で全人口の5%にあたるという。 8・8%のドイツ、5・7%のフランスよりは少ないとはいえ、イタリアでは移民の6割強が北部に、特にミラノやトリノに集まっている。 ミラノでは移民の割合は1割にもなるという。 イタリアへの移民は、80年代まではモロッコ、ガーナ、などアフリカや中南米、南アジアからが大多数だったが、冷戦後はルーマニアやアルバニアが増え、最近は中国人が急増しているという。

 くだんの下院議員は 「外国人が増えて治安が悪化するのが心配」 と言っている。 これに対して、藤原記者は、内務省統計によると殺人事件の被告人数は92年の1441人をピークに減り続け、2006年にはわずか3割の442件になっていると書いている。 つまり治安は急速に良くなっている、というのだ。

 これだけ見ると 「極右」 下院議員の言い分は無根拠と思えそうだが、記事にはそのあと 「ただし」 として、内訳では外国人被告は92年との比較で02年で1・8倍になっている、と書かれている。 つまり外国人による凶悪犯罪は実際に増えているのである。 ところが記事では、「全体の殺人件数が減った分、外国人比率が6%から32%に増えた。 国籍ではルーマニア、アルバニア、モロッコが多い」 とあって、そのあと、この32%という数字が 「独り歩きした」 としているのだ。

 だけど、こういう言い方はおかしいんじゃないの? 外国人の殺人犯罪の割合が32%なのは事実だし (人口では5%なのに、である)、実数としても10年前の1・8倍になっているわけでしょう? だったら 「独り歩き」 じゃなくて、「事実に即して」 と書くべきなんじゃないの?

 そしてくだんの下院議員が 「新政権になればこの3カ国 〔ルーマニア、アルバニア、モロッコ〕 人だけでも追い出したい」 と言ったのを 「軽率」 と藤原記者は評しているのだが、政治家として特に犯罪行為が目立つ移民集団を問題視するのがそんなに 「軽率」 なのだろうか?

 たしかに、移民を犯罪行為だけで判断するのは一面的だろう。 移民がイタリア北部に集中しているのは北部が工業地帯で産業構造的にそれだけ移民を容れる余地があるからだし、イタリア人の嫌がるような仕事をも移民がやることでイタリア社会が成り立っているのも事実だからだ。

 また、イタリアは昔はむしろ移民輸出国であったわけで、経済が向上して移民輸入国に転じた今、むかしのことを思い出すなら移民を追い出せなどと言えた義理か?という理屈もあり得るだろう。

 ただし、だからといって移民に関するマイナス要素に目をつぶることは、政治家には許されまい。 プラスとマイナスの要素を冷静に吟味して移民政策を考えるのが政治家の職務であるはずだ。 無制限に移民をどんどん受け入れるというような政策は現実にEUとしてもとってはいない。

 もう一つ、私が不思議に思うのは、「極右」 というようなレッテルが何を基準に貼られるのか、ということである。 私の語感だと、移民に暴力をふるったり、ふるえとけしかけたり、少なくともそうした暴力行為を暗に認めているといった連中ならそう称されても当然だろうが、あくまで政策・立法的なレベルで移民を大幅に制限しようという主張は近代的な民主主義の範囲内だし、それがどうして 「極右」 なのか、私には分からない。 マスコミの語感を私は疑う。 

 参考までに、やや古い資料 (2000年12月) だが、以下のような文章がネット上にあったので、掲げておく。 こういうふうに物事は論じてほしいのである。

 http://www.japanitaly.com/jp/specialreportsbn/zoomup_200012.html 

 各種世論調査によると調査対象者の80%は、移民問題は移民出身国の経済を援助し なければ解決せず、イタリアに移民を招くことでの解決には懐疑的である。移民の存 在がイタリアを豊かにすることに貢献すると判断するものは44%であり、残りは反対 意見である。犯罪に関しても、74.9%が移民の存在と犯罪増加との相関関係を認める (北伊では85%)。就労に関しては、62%が移民がイタリア人の職場を奪うという説に 賛成せず、逆に、移民はイタリア人の忌諱する仕事に従事する用意があると判断して いる。移民政策に関しては、88%が容認し過ぎるとし、移民の流入制限を求めている。一方、59%が一定年限を過ぎた正規滞在外国人には地方選挙権が与えられるべきと考えている。

 不法移民に対しては、60%がたとえ犯罪を犯していなくても追放すべしとし、72%は 滞在許可のない移民も仕事さへ見つかれば正常化して滞在を認めるとしている。

 世論調査からは、イタリア人のなかでも、学歴・階層・年齢などによって意見が分 かれることが知れる。社会的に恵まれているものに、移民へのより開放的な姿勢が見 られる。一般に、イタリア人の間では、移民に対する「恐怖度」が高い一方で、移民 への諸権利の付与に対しては「開放度」が高いという、他の国では見られないアブノ ーマルな結果となっている。

 さらに今日「恐怖」の対象とされるのは、「移民」のなかでも、UE(統合欧州)域 外の外国人であり、さらに米国や日本を除く第三世界に属する貧しい国の市民であり、人種的には黒人・アラブ人であり、宗教的にはイスラム教徒である人々のことだ。 最近の移民に敵対的な行為や発言が彼らに集中していることからも明らかだ。

80年代末から90年代にかけて多発した個別の移民襲撃事件などは減少したが、移民と共生を迫られる市民達の間では、共存と排除とのあいだで動揺する態度がみられ る。

 ローディ市のモスク建設用地提供に反対する北部同盟主導の市民デモが行われた り、北伊の小村の司祭が「イスラム教徒はカトリック教会に近づかない方が無難」と いったり、さらには、高位の聖職者であるボローニャ市のビッフィ枢機卿が「カトリ ック国のイタリアには、その宗教文化に相応しい移民が望ましい」と、暗にイスラム 移民を牽制する発言 まで飛び出している。

 移民が計画的に入国し、段階的に居住地域住民のなかに入って行くことが出来れ ば、イタリア市民との軋轢の多くは解消されると考えられている。逆に一定地域での 急速な移民の増加は、両者の間の差異を徒に強調することになり、外国人のゲットー 化(トリノ市・ローマ市など)を誘発する。

 少児化・老齢化の傾向や長い海岸線を持つ国土など共通点を持つ日本にとっても、 イタリアでの様々な模索は大いに参考になるはずであり、その過程と成果に無関心で はいられない。

 

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