国立大学を支配する文部官僚                 

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〔1〕2000年7月15日掲載/ 〔2〕同年8月5日記事追加/ 〔3〕2002年6月25日記事追加/ 〔4〕2002年9月7日 読者の意見を掲載/〔5〕 2003年11月19日、「国立大学の貧困化を進める文部科学省――非常勤講師の削減を強制」 を掲載/ 〔6〕 2006年10月26日、「柴田洋一先生、文科省に勝訴! 官僚の不当な隠蔽工作の非をあばく!」を掲載/ 〔7〕2007年4月5日、「柴田洋一先生、控訴審でも文科省に勝訴!」 を掲載、4月15日追加記事掲載/ 〔8〕 2007年4月25日、「柴田洋一先生勝訴についての続報」 を掲載/ 〔9〕 2007年4月25日、「柴田洋一先生の勝訴と文科省の開き直りについて、『週刊 新潮』 に櫻井よしこさんが記事を掲載!」 を掲載/ 〔10〕2007年6月20日、 「柴田洋一先生の主張が朝日新聞 『私の視点』 欄に」 を掲載/ 〔11〕 2008年8月7日、「ウソをつき続ける文科省 ―― 〔8〕の続報が柴田洋一先生から届きました」 を掲載/  〔12〕2011年12月18日、「文科省、ついに謝罪 ―― 〔11〕の続報が柴田先生から届きました」 を掲載

 


〔1〕

 私が産経新聞に投書して、同紙投書欄の「アピール」に掲載された(2000年6月28日)文章を以下に掲げる。

 きっかけは、文部省の某局長が、「教授会の権限が強くて、学長が思うように大学運営ができないでいる」という意味の発言をした、という報道であった。

 この発言は朝日新聞でも報じられたが、産経新聞はこの記事を受けて、「主張」 (他紙の「社説」にあたる) で「教授会は学長を縛るな」という論陣を張った。

 こういう主張を読むと、 わかっちゃいないな、と言いたくなるのが、国立大に勤める教師の過半数の実感だと思う。 しかし彼らはそう思いながら口に出しては言わないか、せいぜい仲間同士でグチをこぼす程度で済ませるのだが、私は非常識なので、外に向かって考えたことを言ってしまうのである。

 国立大学で、権限が強すぎるのは、教授会ではない。 学長でもない。 文部省である。

 国立大学は文部省の奴隷みたいなものなのだ。 その文部省の局長が「教授会の権限云々……」と発言するのは、倒錯である。

 まあ、その文部省の奴隷であることに異存がない人間がしゃしゃり出て大学内部で「改革」路線を押し進める、という構図もあるんだけどね。

 裏話を二つほど。 投書したのは6月24日(土)で電子メールで送ったのだが、その日のうちに産経新聞から掲載の打診が来たのには驚いた。 早い! そしてその4日後にはもう掲載されたのだから、やはり早い!

 もう一つは、翌々週の月曜に産経新聞から電話があって、「東大のS先生があなたの電話番号を訊いてきたが教えていいだろうか」と問い合わせてきたこと。 そしてその後S先生から電話がかかってきたのだが、その話は投書の下に書く。 これもちょっと驚くべき内容なのだ。

 なお、投書は産経新聞に掲載されるにあたって、長さの関係であろう、若干削られたが、ここには削減しないものを掲げる。

 

    *      *      *      *      *      *      *      *      *      *

 

 六月十九日付け貴紙「主張」欄の「大学活性化・教授会は学長をしばるな」について、現場で勤務する者として意見を述べさせていただく。

 文部省の局長が「教授会の権限が強すぎる」と言うとき、そこに戦略的な意図が潜んでいることにマスコミはどの程度気づいているだろうか。

 例えば、ここ七年ほどの間に、国立大学からは教養部がことごとく消えた。なぜか。全国の国立大学学長が、或いは教授会が一律に「教養部を廃止したい」と考えたからだろうか。違う。文部省が教養部を解体するという方針を打ち出し、全国の国立大学がそれに従ったからである。これは教養部が作られた四十年前についても同じことが言える。つまり、文部省の政策が打ち出されると、それに沿った「組織改革」には予算がつくのに対し、そうでない「改革」には予算がつかないので、国立大の組織は全部同じになってしまうのである。

 世間で言われている「大学の自治権」は、人事を除けば絵に描いた餅に過ぎない。いかに教授会が、或いは学長が独自の構想を打ち出そうと、文部省が与える財政上の裏打ちがなければ実現はされない。いや、実は学長の方針というのも、文部省からの示唆があってできるというのが実際のところである。それは最近の旧帝大の大学院大学化についても言える。文部省の方針に従って、一律に旧帝大の大学院大学化が行われたのである。

 実際、民間企業から私の勤める国立大に移られた方が「大学が文部省の言いなりになっているのにびっくりした」と言っておられたが、外部から入って大学の実態を知った人がそう思うのは、国立大の現状からすると当然なのだ。

 マスコミは、こういった文部省と大学との関係に不思議なほど鈍感である。国立大学は国から予算を承認されなければ成り立たず、予算の承認権が文部省にある限りは、大学の方向性を決定するのは学長でもなければ教授会でもなく、文部省でしかない。そこでは学長は中間管理職に過ぎず、文部省という取締役の気に入るような方策を打ち出す存在でしかないのだ。

 そうした構造を知らずに「学長の権限」を支持する者は、文部省の権限を強化しろと主張するも同然である。

 私は学長の権限を強化すること自体には必ずしも反対ではない。しかしそれは、国立大学長が文部官僚の予算支配権から離れて、独自の方策を実施できる財政上の権限を持てることを前提にしている。マスコミは、学長の独自性を支持すると言うならば、文部官僚の国立大に対する財政上の支配権を打破する方策をも同時に示すべきであろう。

                                                           (当サイト2000年7月15日掲載)                     


〔2〕 

さて、東大のS先生からこの投書の件で電話があった。 

 私の投書に感激したようで、「新聞は担当者が数年単位で変わるから、こういう大学内部のことが分かってないんですよ」とおっしゃり、「学内から反響は?」と訊くので、「全然ありません。産経を読んでる人は少ないですから」と事実を答えると、「五大紙のうちなんですがねえ」と怪訝そうな声を出された。 なんでもS先生は私の投書をコピーして同僚に配布されたのだそうである。

 その後、S先生は大学宛てに郵便を送って下さった。 同封の手紙と書類を見て、私は驚きを禁じ得なかった。

 S先生は医学部で教鞭をとっておられるのだが、医学部や大学病院の事情にうとい文部官僚による支配が数多くの弊害を生み、また国立大の単年度主義がどうにも病院運営などに合わないということで、数年前、S先生を含む医学部教授数人が国立大の機構を抜本的に改めるべきだという案をまとめ、某所で発表したのだそうである。

 すると、これを知った文部省の課長 (その一人が、「ゆとりの教育」で悪名〔?〕高い寺脇研だったらしい。 寺脇についてはここを参照) から呼びつけられ、批判された挙げ句、始末書を取られたそうである。

 私は、新潟大のような地方国立大はともかく、東大は文部省に多少はまともな口をきけるのだろうと想像していたので、東大医学部という、世間的には「権威」という言葉の代名詞的存在が、文部省にまったく頭が上がらないという事実に、衝撃を受けたのである。 文部官僚の権力はこれほど強いわけだ。

 そして、この事件がどうやら国立大独立行政法人化論が出てくるきっかけの一つになったらしい。

 独立行政法人化がいいかどうかにはまた別の議論があり得るが、今のように行き当たりばったりの文部行政に何も言えずにただついていくだけの国立大でいいはずはない。

 というわけで、学内からは全然反響がなかった投書だけど、思わぬところから反応があった、という話でした。 

                                                                                    (2000年8月5日掲載)

 


〔3〕 

 上に掲載した産経新聞への私の投書が、掲載から2年近くたって或る論者に引用されたので、報告しておきたい。

 2002年7月号の 『中央公論』 誌に、ジャーナリストの櫻井よしこさんが書いた 「大学病院を食い物にする文科省の恫喝行政」 という文章である。

 ここで櫻井さんは、国立大学医学部付属病院の改革を提唱している文科省官僚が、実は自分たちの権限強化をしか狙っていないという指摘を行っている。

 その文中、付属病院長の権限問題について、櫻井さんは次のように述べている。

   *        *        *        *

 〔国立大付属病院の〕 病院長の権限については、病院長と同根の学長問題に関連して、しばらくまえの『産経新聞』で興味深い論争が行われた。 2000年6月16日付朝刊26面に、文部省高等教育局長に就任したばかりの工藤智規氏が 「教授会の権限が強すぎる」 「教授会は大学の活性化を妨げている」 と、「極めて異例」 の大学批判を行ったとの記事が掲載された。 工藤発言に関連して同紙は 「教授会は学長をしばるな」 との社説を掲げ、工藤局長の立場を支持した。 『産経』 の論評は、ある意味で妥当な論評だと思われた。 なぜなら、教授会が、しばしば派閥争いや権力争いの場となり果て、大学や学生にとって最善の人事が行われず、学長の権威も存在感も希薄になっているのが現実だからである。

 だが、新潟大学の三浦淳教授が同紙6月28日の紙面に書いた 「アピール」 は、右のような一般的評価に真っ向から反論する内容だった。 「文部官僚に支配される国立大学」 と題された寄稿の中で、三浦教授は 「文部省の局長が 『教授会の権限が強すぎる』 と言うとき、そこに戦略的な意図が潜んでいることにマスコミはどの程度気づいているだろうか」 と問いかけた。

 日本の国立大学から教養部が消えていったのは、文部省の方針であり、40年以上も前にそれが作られたときも文部省の方針に国立大学が従った結果だったとの事例を引きながら、三浦教授は 「大学の方向性を決定するのは文部省」 「学長は中間管理職」 であると断じた。 したがって 「学長の権限を支持する者は、文部省の権限の強化」 を主張する者だと鋭く反論したのだ。

   *        *        *        *

 櫻井さんが私の投稿を引用しているということを教えて下さったのは、またしても東大医学部教授のS先生である。

 そもそもこの 「大学病院を食い物にする文科省の恫喝行政」 という文章は、S先生が勤務しておられる東大医学部付属病院の 「改革」 が文科省官僚の横暴で、専門家の意見を無視し、官僚の権益を残すことばかりを考えており、研究・教育・治療において人命を預かる最先端にあるはずの大学病院を形骸化しようとしている、と訴える内容なのである。

 またこの文章では、東大病院にまるで医学の知識のない文科省の役人が配属されてくるため、事務処理に遅滞をきたしているといった弊害も指摘されている。

 S先生はこうした文科省の横暴に逆らえない大学人に憤りを感じ、辞職される意向だという。

 新潟大学でも現在、官僚の無能と横暴のせいで校舎の無茶苦茶な改修がなされている(→ここを参照)。 文科省官僚が国立大学に及ぼす害悪を、今こそ明らかにすべきときではないか。

                                                                                 (2002年6月25日掲載)


〔4〕 読者からの意見が寄せられましたので、掲載します。

    *             *              *  

 まず、僕が意識している国立大学および現在の日本の教育機関における問題点を挙げようと思います。
 
 1.「国営」の大学であること。
 2.教育が経済に大きく依存すること。
 
 (1)については「論争のページ」で三浦先生が述べられた通りです。文部省が国の教育を取り仕切っている限り、国営の教育機関は 「制限された教育」 を行うほかありません。 たとえ、各学問における専門家がどれだけ意欲的に教育改革を行おうとしても、文部省にその意見を理解できる者がいなけば予算はおりず、自主的な改革が不可能になるからです。

 では、民営の大学はどうかというと、これについても同様のことが言えると僕は思います。 私立大学に投資を行っているは企業です。 ですから、投資が少なければ大学の運営は学生からの授業料などでまかなうしかありません。 そうなると、経済的な問題から教育を受けられる人が限られてくるため、「意欲的で能力のある人でもそれ以上の教育を受けられない」 という事態が発生するわけです。

 それでは、大学が大学として独立するにはどうすべきか。 それを実現するにはまず(2)の問題を解決する必要があると思います。 現在の経済システムでは 「お金」 が一部の人々の場所に集まる仕組みになっています (このことについては主題が変わってしまうため、ここでは述べません)。 また、貨幣のもつ力があまりにも大きいため、「お金」を握るものが権力を握ってしまいます。 文部省の発言に対して国営の教育機関が弱いのもそのためです。 ですから、今の経済システムのなかで大学が独立するには、大学が学問を商売として自らお金を集めるしかありません。 もしくは 「お金」 による経済システムそのもの改良し、「お金」 のみに依存しない経済をつくりあげなければならないでしょう。

 まさに、今こそ権力の本質について問いかけるべきではないだろうか。

 竹田周平 (石川高等専門学校4年生)

                                                                                   (2002年9月7日掲載)


〔5〕 国立大学の貧困化を進める文部科学省――非常勤講師の削減を強制

 2003年11月13日の産経新聞に、「国立大の予算配分方法 文科省、見直し検討」 という記事が掲載された。

 予算配分法が変われば予算総額が削られる恐れがあり、国大協は予算を削らないよう求める声明を発表したとのことである。

 要するに、国家の予算が危機に瀕しているおり、国立大の予算も聖域ではない、ということのようだ。 そもそも、国立大学の独立行政法人化という政策が、そうした発想に基づいているのであり、記事に、「6年間の中期計画を策定したのに、途中で予算が減ると実現できない」 「法人化への移行の過程ではそんなな話は出ていなかった、約束が違う」 という声が国大協で上がったとあるが、文科省の政策が行き当たりばったりで全然アテにならないことは国立大学にしばらく勤めた人間なら誰でも知っていることであり、そらぞらしい、という気がする。

 それはさておき、である。 実はこの記事には書かれていないが、国立大学の貧困化政策はとっくに始まっている。 非常勤講師の大幅削減が、文科省によって来年度から強制的に行われることになっているからだ。

 新潟大学でも、そのため、来年度は、語学の授業など若干を例外として、非常勤講師を大幅に削らざるを得なくなった。 一般教養科目は、そのため実に1632時間も減る見込みとなっている。

 このように、国立大学の授業は貧困化の一途をたどっている。 小中学校が1クラスあたりの生徒数を減らす方向にあるのとは、正反対である。 高等教育にカネをかけない日本。 「大学改革」で肝腎なのは、COEなどの目玉を作ることではなく、日常的な教育研究の条件を向上させることなのだ、という常識に欠けていると言うしかなかろう。

 この事態をまともに取り上げる報道機関が存在しないのは、なぜだろう? 日本のマスコミも、(精神が) 貧困化しているのだろうか?

(2003年11月19日掲載)


〔6〕柴田洋一先生、文科省に勝訴! 官僚の不当な隠蔽工作の非をあばく!

 この欄で、S先生として登場してきた方は、もう実名を隠す必要もないと思うので書いてしまうが、柴田洋一先生である。 東京大学付属病院の教授を勤めながら、文科省の介入で不当な組織改編が強行されたことに抗議して、停年を待たずに退職された。

 その柴田先生がさる10月12日に電話を下さった。 文科省の不当な資料隠蔽に対して、裁判を起こして勝訴されたとのことであった。 「あなたには報告しておきたかった」 とのこと。

 身勝手な政策を国立大学に押しつけ、それが失敗に終わっても責任をとろうともせず、事が起こるとこのように隠蔽工作に終始する文科省。 その不当性はまだまだ十分に知られていない。 その壁を破る第一歩として、柴田先生の勇気ある行動を讃えたいものである。

 このニュースは10月3日付の朝日・読売・毎日・産経・日経の各紙に掲載されており、柴田先生はそのすべてをファックスで送って下さったが、東京新聞の記事を以下に紹介する。

  *     *     *     *

 国などに40万賠償命令 東京地裁 議事録の不開示 「放置」

 国立大病院改革をめぐり、元東大医学部教授の柴田洋一さん(63)が改革への提言をまとめた会議の議事録開示を請求した際、文部科学省の不当な関与を隠すため「不存在」と虚偽を回答したとして、国などに120万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は二日、請求を一部認め、国などに計40万円の支払いを命じた。

 荒井勉裁判長は 「議事録を見ると、文科省の意図が提言に一定程度反映され、開示を避けたいと考えていたことがうかがえる」 と認定。 その上で、「隠した証拠はないものの、不存在という誤りの回答を是正せず、放置した重大な過失がある」 と判断した。

 判決によると、議事録は国立大学医学部附属病院長会議が2002年に提言をまとめた際の記録で、柴田さんは翌年1月に文科省などに開示請求したが、「不存在」 を理由に不開示とされていた。

 同年4月に議事録の存在が報道され、柴田さんの元へ議事録が突然送られてきたが、不開示決定を取り消したのは約2カ月後だった。

 訴訟で国側は 「職員の記憶から議事録が欠落していた」 と主張したが、荒井裁判長は 「到底信用できない」 と退けた。

 提言への文科省の関与や議事録の存在は国会でも問題となり、政府は野党の質問主意書に 「関与していない。 議事録も存在しない」 と答弁。 議事録の存在が分かり、文部科学事務次官らが処分されている。

 文科省医学教育課は 「判決内容を精査中でコメントできないが、提言に文科省が関与していないという立場は変わらない」 と話している。

  (東京新聞、2006年10月3日付け)

                                                           (当サイト2006年10月26日掲載)


 〔7〕 柴田洋一先生、控訴審でも文科省に勝訴!

 上の〔6〕で柴田洋一先生が文科省に勝訴したニュースをお伝えした。

 その後文科省は高等裁判所に控訴していたが、3月29日、東京高裁は控訴を棄却し、地裁判決に続いての柴田先生の勝訴となった。

 控訴審の結果は新聞記事にはならなかったが、柴田先生から私宛てに書簡で連絡があったので、当サイトでもこの事実をお知らせしておく。

                                                               (2007年4月6日掲載)

 その後、文科省側は上告を断念し、柴田先生の勝訴が確定した。 4月13日に柴田先生から私に電話で連絡をいただいたので、報告しておく。

                                                               (2007年4月15日掲載)


〔8〕 柴田洋一先生勝訴についての続報

 4月18日に柴田先生から以下のような文章がファックスで送られてきた。 多数の方に送ったもののようなので、ここで公開しても構わないだろうと判断し、以下に紹介させていただく。 柴田先生の闘いはなお続くのである。 心ある大学関係者は支援して行きたいものだ。

 

 支援者各位

 拝啓 初夏のような暖かい風を感じる今日この頃ですが、先生にはお忙しくお過ごしのことと拝察申し上げます。

 私の裁判については大変なご支援をいただき深く感謝申し上げます。

 本日は、私が裁判を勝利で終える事ができました事を、ここに謹んでご報告させて頂きます。

    *

 去る3月29日、東京高等裁判所で控訴棄却の判決が下り、私は二審でも勝利いたしました。

 国側の高裁への控訴理由書では、私の側の森田明弁護士も驚いているのですが、東京地裁の判決文について、事実関係を争っていないのです。 もっぱら 「こういう過失があった場合でも、賠償責任は生じないのだ」 と言っているのです。 つまり、二審では完全に法務省が相手の、情報公開法の法解釈をめぐる裁判になりました。

 東京高裁は東京地裁の判決を全面的に支持し、東京地裁判決文に付加訂正がなされており、さらに私が有利になっています。

 4月12日が最高裁判所への上告期限でしたが、国(法務省、文部科学省)と九州大学は上告を断念いたしましたので、高裁判決が確定し結審いたしました。

 平成13年4月に制定された情報公開法での初の国家賠償だそうです。

    *

 今回の問題については、本来なら 『議事録』 が明るみに出た時点で、政府答弁書の 「官僚は 『提言』 作成に関与していない」 という点は誤りであったと認め、文部科学省は国民に謝罪すべきでした。 しかし、再提出の政府答弁書では、「記録がなかった」 という点だけを訂正し、「官僚の関与はない」 と再度記載されました。

 文部科学省の政治力には恐ろしいものがあります。 そのような訂正だけで、国会では幕引きされてしまったのです。 『議事録』を読めば官僚の関与は明らかなのですから、民主主義国ならこの時点で解決されなければいけなかった筈です。 私は我が国の民主主義が発展段階なのを痛感するとともに、本当に悔しかったです。

 しかし、司法の力をテコに再チャレンジの機会が与えられました。 東京地裁判決と東京高裁判決を受けて、我が国には三権分立が機能していた、まだ正義の味方はいたという感じです。

 判決文で 「官僚の提言作成への関与」 が明確に認定されましたので、私は民主主義国家の一国民として、虚偽の政府答弁書 (官僚の関与を否認) を放置することはできませんので、その訂正を国 (文部科学省) に求めて行きたいと思っております。

 教育再生を最重要課題とする安部内閣なら当然、誤りは正すべきと考えます。

 末筆ながらご支援をいただいて来た事を重ねて御礼申し上げます。

                                         敬具

      平成19年4月18日                                     柴田洋一

  追伸 高橋正雄先生のホームページ 「臨床検査の光と影」 に紹介されています。

   http://taka-mas.blog.ocn.ne.jp/   

                                                              (2007年4月25日掲載)


〔9〕柴田洋一先生の勝訴と文科省の開き直りについて、『週刊 新潮』 に櫻井よしこさんが記事を掲載!

上の 〔7〕 と 〔8〕 で報告した件について、『週刊 新潮』 4月26日号 (4月19日発売) に櫻井よしこさんが詳細な記事を掲載している。 「日本ルネッサンス」 という連載コラムの第261回である。 題して 「完全敗訴でも開き直る文科省」。

 いかに文科省官僚が大学の自治に介入し、しかもその事実を否定してきたか、それがジャーナリズムで報じられるといかに鉄面皮にも嘘をつき続けたかが分かる。 一読をお薦めしたい。

                                                               (2007年4月25日掲載)


〔10〕 柴田洋一先生の主張が朝日新聞 「私の視点」 欄に

 上で報告した柴田洋一先生の勝訴と主張が、ようやく新聞に掲載された。 6月14日付け朝日新聞の 「私の視点」 欄である。 「国立大病院改革 文科省の実質支配が問題だ」 というタイトルで、裁判の争点と、独法化後の国立大学でいかに文部官僚が支配を行っているかが明らかにされている。 是非ご一読いただきたい。 

                                                                 (2007年6月20日掲載)  


〔11〕 ウソをつき続ける文科省 ―― 〔8〕の続報が柴田洋一先生から届きました。

 この欄でも紹介してきた柴田洋一先生から久しぶりにお便りがあった。 〔8〕で報告した件の続きである。 以下、柴田先生のお便りをそのままここに写して、文科省の体質や、官僚支配の実態を改めて胸に刻み込んでいただきたい。 なお、最初と最後のあいさつ部分は省略してある。

   *     *

 私の裁判での勝訴確定以後の事を、これまでの戦いを振り返りながら、以下にご報告申し上げます。

 平成14年1月17日 文科省主導で作成中の 「提言」 の骨子を知って驚き、その後、多くの方々と一緒に反対運動を開始いたしました。 (*)

 平成15年5月 国会で文科省が 「議事録」 の存在を認めた時点で、議事録手の文科官僚の発言内容 (文科省の提言作成への関与) が問題となり、文科省の非民主的行政手法は追及されなければならない筈でしたが、なぜか幕引きされてしまいました。

 平成19年3月29日 東京高裁 (二審) 勝訴、

 平成19年4月12日 勝訴確定 (国が最高裁に上告しなかったので)

 判決文で文部科学省が関与して 「提言」 が作成された事が認定されましたが、文部科学省は国会で虚偽の答弁(書)をしてきたことを訂正せず、従来の見解を変えませんでした。 

 文部科学省は記録に残るものだけで10回も虚偽答弁を繰り返しました。

 

 『誤り』 を放置することは国会の威信にかかわる事であり、衆参の文部科学委員会は文部科学省の行政を監視するために設置されているのですから、国民の責務として、議員の方々にお知らせし、訂正をお願い申し上げて参りました。

 約2年間かかりましたが、ようやく民主党の文部科学委員、松本大輔衆議院議員から質問趣意書 (*) が政府に提出され、本年7月10日に政府答弁書 (*) が出されました。

 政府答弁書のごとく、全くのゼロ回答で、項目ごとの質問には答えず、

 ・司法の見解について意見を述べることはさし控えたい。

 ・「提言」 作成への文科省の関与については、従来の答弁書に述べたとおりである。

 というもので、予想された回答ではありますが、極めて残念な内容でした。

 私としては、繰り返しになりますが、この虚偽答弁の件は、一度は国会に戻すことは民主主義国家として必須と考えてきました。

 文部科学省は最後までウソをついて、その非民主的行政手法を隠ぺいしました。

 残念な結果に終わりましたが、私は、今後の日本の民主主義の解決すべき問題を、虚偽政府答弁書の形で残すことが出来たと思っております。

 平成21年7月21日

 

 〔(*) は資料が同封してありますが、ここでは省略させていただきました。〕

                                                                  (2009年8月7日掲載)


NEW! 〔12〕文科省、ついに謝罪 ―― 〔11〕の続報が柴田先生から届きました。

 2011年11月30日付けで柴田洋一先生からお手紙が届きました。 以下、一部分を紹介します。 なお、この記事は以下の 「全国大学病院輸血部会議」 ホームページにも記載されています。

 http://www.jamt.or.jp/information/kaiho/prompt_report/asset/pdf/111205-Vol17-No45-1.pdf 

        *      *

 先生にご助力いただきました、文部科学省による国立大学病院長会議を使った、『提言』問題については、文部科学省の謝罪をもって一応の終結を見ましたので、ご報告させていただきます。

 文部科学省、謝罪の発言記録 平成23年10月20日 全国大学病院輸血部会議で文部科学省高等教育局医学教育課大学病院支援室長 玉上晃氏の発言 「(中略) ただ残念なことに平成14年のころに国立大学の病院長会議の提言をめぐりまして、先生方に大変大いなるご迷惑をおかけしたことに対しまして、ここで深くおわびを申し上げるものでございます。 以下略 」

 〔以下、この問題の経緯について説明がありますが、ここでは省略します。〕

 我々は、このままでは、同省との信頼関係は修復できないので、何回か交渉し、上記の謝罪を引き出しました。文部科学省は国会答弁、政府答弁書などで記録に残っているだけでも10回以上の虚偽答弁で、国民を愚弄して来たので、この程度の謝罪では済まないのですが、医学、医療のために未来志向的に同省との関係修復に努めたいと思っております。

 これまでのご厚情に深謝致します。       敬具

 平成23年11月30日

                    柴田洋一 前東京大学医学部教授

                    高橋孝喜 東京大学医学部教授 日本輸血・細胞治療学会理事長

                                                                                                                                     (2011年12月18日掲載)


 

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