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 シュトルムと私   三浦 淳

 (日本シュトルム協会会報第60号、2013年5月) 

 

 外国文学を(子供向けのリライト本ではなく全訳で)濫読するようになったのは中学三年に進級する頃からである。しかしシュトルムに行き着いたのは高校入学後であった。

 最初に読んだのは、実は記憶が定かではないのだが、大抵の人と同じく『みずうみ』だったと思う。しかし高校時代に出会ったシュトルムの小説で大きな感銘を受けたのは『水に沈む』と『告白』であった。そして今でも私はこの二作品をシュトルムの最高傑作と考えている。

 今も手元にあるが、角川文庫から出ていた北通文訳の『三色すみれ・水に沈む』と高橋健二訳の『告白・別離・沈黙』で読んだのである。奥付を見ると、前者は昭和四十三年十二月の「改版初版」(そもそもの初版は昭和二十七年九月だから、私の生年月と同じ)、後者は昭和四十三年十月の「改版初版」(初版は昭和二十七年二月)であった。私が高校に進学したのが昭和四十三年だから、あたかもそれに合わせるかのごとくに「改版」がなされたわけである。

 それ以前の版を私は知らないのだが、「改版」によって巻末解説が詳しく親切になり、著者年譜も新たに添えられたのではないか。私の高校時代、特に岩波文庫は旧仮名遣いのものがかなり残っており巻末解説も簡略で、新しい世代に対応しようとする姿勢は文庫ごとに違いが見られた。それでも、今から振り返ってみると当時は外国文学が三大文庫(岩波、角川、新潮)に数多く収録されていて、所持金に乏しい文学少年にとっては天国のような環境だった。最近では大きめの書店に行って文庫本コーナーを見ても、岩波文庫は例外として、海外文学の占める割合がきわめて小さいのに驚く。いわゆる純文学だけでなくミステリーなどの通俗文学を含めてもそうなのである。映画でも、最近の日本では洋画がはやらない。今年初めの毎日新聞(一月四日)の映画欄によると、これは非英語圏では日本だけに見られる傾向なのだそうである。日本も豊かになっているから昔と違い欧米の文化に魅力を感じなくなっているのかも知れないが、少し考えさせられる現象ではある。

 話を戻すと、高校時代、シュトルム最後の大作『白馬の騎手』を探して回ったのも懐かしい思い出だ。この作品は文庫では岩波にしか収録されていないが、当時は品切れで入手できなかった。高校の所在地である地方都市には古本屋が三軒あり、そのうち二軒は時々利用していたが、そこでも見つからない。仕方なくそれまで入ったことのないもう一軒にも行ってみた。利用経験がないのには理由があって、入りづらい店だったからである。小さな入口付近にまで乱雑に本が積み重ねられていて、奥の方は暗くて見えない。商売でやっているというより、蒐書の趣味が嵩じて古本屋の看板を掲げてはいるけれど実は売るつもりはない、といった雰囲気があった。生っちょろい顔の高校生が入っていくと「お前なんかには縁のないところだ、帰れ」と怒鳴られそうな気がした。

 おそるおそる入っていくと、奥に初老のおやじさんがいて、何か探している本があるのかと訊くので、岩波文庫の『白馬の騎手』だと答えると、それは見つけるのが難しいがいちおう探してみようと言ってくれた。こういう店でもふつうに人間が店主をやっているのだなと思いながら私は店を出た。しかし、一週間ほどして再訪してみたが、求める本はないとのことだった。私が『白馬の騎手』を読むことができたのは、大学に入り、羽鳥重雄訳によるハードカバーの白水社版があることを知ってからになる。

 最後に、最近シュトルムについて考えていることを簡単に書いておきたい。これは日本シュトルム協会編訳による『シュトルム名作集』の仕事をさせていただく中で興味が湧いてきたことなのだが、大学とシュトルム作品との関係である。『オーク屋敷』(Eekenhof)の訳を担当したとき、作中でキール大学の創設にさりげなく触れられていることに気づいた。キール大学はシュトルムが学んだ学府であり、また今日でもシュレスヴィヒ・ホルシュタイン地方では唯一の総合大学である。さらに『グリースフース年代記』でもキール大学の創設に触れた箇所がある。

 一般にはシュトルム文学と大学というと、『大学時代』というそのものずばりのタイトルの作品が想起される。そこでは大学に進学する上中流階級の若者と、義務教育を終えれば手に職をつけなければならない職人階級の若者との対立、そして和解が描かれている。また、若者たちの狭間にあって、所属階級と嗜好とのギャップ故に転落してゆく少女の悲しい運命が読者の胸を打つ。こうした学歴を含む階級的な問題は、シュトルムに限らず西洋近代文学にあっては多くの作品に通奏低音のように鳴り響いていると言ってよい。しかし年代記小説のように古い時代を扱った作品の中で大学への言及があるということには、それとはまた別の意味がありそうである。最近、その点について少し考えてみようと思っている。学識豊かなシュトルム協会の方々から助言をいただければ幸いである。

 

 

 

 

 

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