教室がない! こんな新潟大学に未来はあるのか!?

2007年9月16日更新 

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 2001年度後期、新潟大学の教養校舎で改修工事が行われた。 その結果、普通教室が11もつぶされ、2002年度前期の授業では、少人数の語学の授業が、150人収容のスロープの付いた大講義室で行われるという異常事態となった。

 こうした事態がなぜ起こったのか、この事態に新潟大学当局はまともな対応をしてきたのか――

 このページでは、大学教育の根幹をなす授業を行う場もろくにない、という新潟大学の奇妙きてれつな実態を順次明らかにしていく予定です。

 この問題に関心がおありの方は、情報提供をお願いいたします。

 (以上、2002年5月26日)  以後、順次本件に関する情報を書き込んでいく予定です。


もくじ

 〔1〕 事態の経過 (02年5月31日掲載)

 〔2〕 2001年度後期の改修で教養校舎はどうなったか (02年5月31日掲載)

 〔3〕 改修で作られた教室の稼働率は、恐ろしく低い! それに対して、従来の教室の稼働率は異常に高い! (02年5月31日掲載) 

 〔4〕 教養校舎稼働率2002年度前期(1〜5限および1〜4限の2種類で計算) / 留学生センター教室稼働率(5限制のみで計算) (02年6月8日掲載)

 〔5〕 その結果、大講義室に追いやられた少人数語学の授業はどの程度あるか――改修の無謀さをあばく (02年6月8日掲載)

 〔6〕 教室変更もあるけれど――或いは、事務の方々(現地採用の人に限る)も大変 (02年6月8日掲載)

 〔7〕 学生談話室が拡張されても学生の居場所が減る理由 ―― ハコモノ官僚にはついに分からぬ学生の生態 (02年6月15日掲載)

 〔8〕 普通教室を普通に再生できない官僚の病い ―― または猫にマタタビ、官僚に流行語(「IT」「情報」「少人数教育」) (02年6月15日掲載)

 〔9〕 少人数教育というけれど ―― その内実は? (02年6月15日掲載、6月16日増補)

 〔10〕 残された可能性――私案 (02年6月22日掲載、6月25日増補)

 〔11〕 しかるに、官僚の計画ではどうなっているかというと (02年6月22日掲載、6月25日増補)

 〔12〕 教室には余裕が必要なのよ――現場を知る教師の言い分をよく聞くんですよ、無知な官僚たち(戯文調で) (02年6月22日掲載)

 〔13〕 光明が見えてきた? (02年6月25日掲載)

 〔14〕 噴水と遊歩道はダメよ――おバカなハコモノ官僚には分からない大学のオキテ (またもや戯文調) (02年7月1日掲載)

 〔15〕 大教センター長の矛盾した説明 (02年9月14日掲載)

 〔16〕 「官僚が科学を腐らせる」――毎日新聞の記事より (02年9月24日掲載)

 〔17〕 第2期が始まったけれど――相変わらず最悪の授業環境 (02年10月13日掲載、10月23日追加)

 〔18〕 (元)ドイツ語教師が空虚ないちゃもんを付ける (03年3月12日掲載)

 〔19〕 建物改修の予算が付かなかった!――相も変わらず当事者能力がない新潟大学の悲惨 (03年3月22日掲載)

 〔20〕 進展なし!――誤りを是正できない救いがたい文部官僚と新潟大学、または教室よりヴェンチャー・ビジネスを優先する思想(戯文調) (03年12月30日掲載)

 〔21〕 2004年も相変わらず進展なし!――または国立大はいずこも同じ?(戯文調) (2004年5月10日掲載)

 〔22〕 ようやく改修が始まったけれど・・・・・(2006年2月23日掲載、3月9日、4月18日追加)

NEW!〔23〕 やっと本格的な改修が始まった! ……トンデモ改修から5年半 (2007年8月30日掲載、9月8日、9月16日追加)


〔1〕 事態の経過

(1)

 「えっ、何かの間違いじゃないの?」

 今年、2002年4月、新年度最初の授業を行うべく教室に入った私はそう思った。  ドイツ語の授業に割り当てられた教室が、定員150人の階段教室なのである。 もっとも 「階段」 という表現は正確ではないかもしれない。 実際には階段状にはなっておらず、ゆるやかなスロープがついているだけだが、いずれにせよ後方の座席が高く作られた大講義室であって、語学用の教室ではない。

 その大講義室に集まっている学生数は、10人弱。 アンバランスなことおびただしい。

 私が新潟大学で教鞭をとるようになって今年で23年目になるが、こんな事態は初めてである。

 最初の授業は聴講受付と、授業の進め方や辞書の買い方の説明だけだから早めに終わる。 それで私は終了後すぐに事務に文句を言いに行った。 すると驚くべき事実が判明した。 他に教室がないのだという。

 昨2001年度後期に、教養授業を行う校舎 (教養校舎) の一部で大改修工事が行われた。 その結果、それまで語学の授業などに使われていた中型の教室が11もつぶされてしまった。 ために語学用の教室が足りなくなり、大講義室を割り当てざるを得なくなったのである。

 どうやら、どういう授業がどれだけ行われていて何人教室がいくつ必要か、という基礎データを全然集めずに改修をやってしまったらしい。 文科省役人のあまりの杜撰さと無能さに、私は声も出なかった。

(2)

 教養校舎 (教養部廃止後、教養部校舎はこう呼ばれている。 最近また名称が変わったが、本稿では教養校舎とする) は造られて30年あまりが経過している。

 すでに10年ほど前、一度改修計画が持ち上がった。まだ教養部がれっきとして存在した時代で、当時の教養部事務長は教授会で、「改修しないと、これ以上は持ちません」 と明言した。

 ところが改修計画はおじゃんになった。 土壇場のところで予算が付かないことになったからである。こうして、「これ以上持たない」 はずの教養校舎はそれから10年ほど放置されることになった。

 すなわち、建物の改修費用が下りるかどうかは文科省側の気分と都合次第なのであって、大学側の都合によるのではないのだ。 いかに国立大学に当事者能力がないかはここからも明らかだろう

 実際、教養校舎の廊下には雨漏りしている箇所があった。 しかしこれがいっかな直らない。 この程度の修理をする費用も文科省の理解がないと下りないからであり、なおかつ雨漏りはすぐに直すべきだという認識が文科省の役人には欠けているからである。

(3)

 さて、その教養校舎が昨年度から突然改修されることになった。 どうやら文科省の役人がその気になったらしい。 全部を一度に直すことは、予算規模や授業運営の都合で不可能だから、数年に分けて少しずつ改修するという。

 改修自体は無論、慶賀すべきことである。だがここには複雑な問題が絡んでくる。

 1994年3月に教養部が廃止されたため、教養校舎に関する責任の所在が変わっていたのである。

 新潟大学では教養部が廃止されると、それまで教養部に所属していた教員はばらばらとなって既存学部に所属するようになった。 理系の教員は理学部や工学部に、体育教員は教育学部に、といった具合である。

 私の所属していた外国語科の教員は、当初外国語学部を作るか、或いは既存学部 (人文学部か、或いは教師需要の低下に伴い改組必至と言われていた教育学部) に外国語学科として一括して移ることを希望していた。 だが希望は叶わず (ここにも色々な問題があるが、詳細は略する)、結局は人文学部・法学部・経済学部の文系三学部に分属することになった。

 しかし、既存学部に所属することになったと言っても、既存学部校舎には旧教養部教員用のスペースはない。 だから、教養校舎には旧教養部教員が大部分そのまま居住し続けたのである。 このため教養校舎は、教員スペースについてはその教員の所属する学部の管理と一応はなり、教室など共用スペースは本部管理となった

 教養校舎の教室の管理権が本部に移ったために、従来は何より教養授業を行う場とされてきた教養校舎の使用法に変化が生じた。

 それまでなら、教養校舎の教室をつぶしたり、教室以外の目的に転用したりする場合には、教養部教授会の議を経なくてはならなかった。 それがなくなり、本部の意向に大幅に左右されるようになったのである。 本部の意向と言うが、要は文科省役人である。 そして役人は、授業の実態をまったく知らない

 教養部廃止後、教養科目の企画運営などを担当する大学教育開発研究センター (以下、大教センター) というものができた。 しかしここには専任教員が一人いるだけであり、センター長は既存学部の教授から選ばれることになっているが、その権限は教養部長が持っていたものに比べて格段に弱い。 何より、教養の授業を専門に受け持っているわけではないから目が行き届かないし、建物の管理権もない。

(4) 

 ここにもう一つ別の問題が絡んでくる。 留学生センターの問題である。 留学生の相談に乗ったり授業を行ったりするセンターだが、新潟大学では従来これがプレハブの建物に入っていた。 当座の間に合わせである。 これを何とかしたいというのが本部の考えであったが、教養校舎の改修にこの問題がリンクさせられてしまったのである。

 教養部があれば、教養校舎に留学生センターを入れるという措置は簡単にはなされなかったはずだ。 教養科目のための教室を一定数確保することは教養部にとって死活問題であり、また科目数に見合った教室数を算定する作業もすぐになされたであろう。 だが、教養部がなくなったためにそうした作業はいっさい行われず (行われた証拠は現時点ではない)、教養校舎は建物に関する懸案を解決する材料にされてしまったのである。

 

〔2〕 2001年度後期の改修で教養校舎はどうなったか 

 今回改修がなされたのはD棟と呼ばれる二階建ての部分であった。 それまで55人ないし100人用の中型教室が11あり、これ以外に若干の情報処理機器室、学生ロビー、そして本部事務室の一部もおかれていた。

 では改修後はどうなったか、具体的に見てみよう。 11の中型教室はすべてつぶされた。 一階は、もともとあった学生用ロビーが教室1つをつぶして拡大され、本部事務室がIT自習室となり、残った普通教室はすべてマルチメディアと名の付く教室に作り替えられた。 

 二階はすべて留学生センターとなり、管理を行う事務室のほか、小型教室6つとパソコン室、留学生資料室などが設置された。 教室6つのうち3つは教養科目でも使えるが、残り3つはセンター専用で流用はできない。

 

〔3〕 改修で作られた教室の稼働率は、恐ろしく低い! それに対して、従来の教室の稼働率は異常に高い! 

 2002年度前期、従来からある教室と、これら新しく設置されたマルチメディア教室や留学生センター管理の教室の稼働率を比較してみよう。  なお、この数字は教養科目を管理する事務部と留学生センター管理室から教室使用表を見せてもらって私が算出したものである。

(1)

 授業は土日を除く週5日、各5時限まであるから、利用機会は各教室ごと週25回あるわけだ。

 そこで、まず従来からあるB棟・F棟・E棟・G棟の稼働率を見てみよう。大小合わせて計36教室あり、1日5限で週5日であるから、一教室あたり使用可能時間 (一時間は90分授業1回のこととする) は25時間。 したがって36教室の合計使用可能時間は900時間。 うち、実際に授業に使われているのは662時間であった。 すなわち、

  B棟・F棟・E棟・G棟  延べ使用可能時間900、 使用時間662、 空き時間238、   稼働率 73,6%

 これに対して、改修したD棟一階のマルチメディアと名の付いた教室(5教室)の稼働率は、

  D棟マルチメディア5教室  延べ使用可能時間175、 使用時間25、 空き時間150、   稼働率14,3%

 ごらんのように、普通教室をつぶして作られたマルチメディアと名の付く教室は、恐ろしく稼働率が低い。

(2) 

 見方を少し変えてみよう。 教養校舎は教養科目優先で、専門の科目は教養の授業のない場合のみ使用を許される。 しかし教養科目は5限目におかれることはまれである。 もともと新潟大学は4限制で、5限制になったのはつい最近のことであり、また遅い時限は90分では時間の足りない実験や時間オーバーが珍しくない専門の演習科目などに使われることが多いからだ。

 そこで、5限を除いて、教室の稼働率を見てみよう。

  B棟・F棟・G棟・E棟  延べ使用可能時間720、 使用時間592、 空時間128、   稼働率 82,2%

 これに対してD棟のマルチメディア教室は、  

  D棟マルチメディア5教室  延べ使用可能時間100、 使用時間24、 空時間76、   稼働率24%

 マルチメディア教室の稼働率がようやく20%台になるが、それより、この見方だと、他の4棟の稼働率が80%を超えていることに注意すべきだろう。 

(3)

 次に留学生センターの6教室の稼働率を見よう。 第1から第3までは教養科目も使用可、第4から第6までは不可なので、分けて稼働率を調べた。 また留学生センターには独自のパソコン室もあるので、その稼働率も調べた。

 なお、先のBFGED各棟の稼働率は教養科目担当事務室から5月下旬に借りた 「教室利用表」 をもとに私が算出したものだが、留学生センターの教室はセンター管理なので、同センターに同様の表を見せてくれるよう5月下旬に頼んだところ、4月のものしかないと言われた (管理がなってない!)。 したがって以下の数字は5月には多少変わっているかもしれないことをお断りする。 これは煩瑣を避けるため一日5限でのみ計算してある。

 留学生センター教室稼働率(一日5限)

 ・第1〜第3教室 (教養科目も使用可)

  延べ使用可能時間75、 使用時間28、 空き時間47、  稼働率37,3%

 ・第4〜第6教室 (教養科目使用不可)

  延べ使用可能時間75、 使用時間17、 空き時間58、  稼働率22,7%

 留学生センターパソコン教室

  延べ使用可能時間25、 使用時間3、 空き時間22、  稼働率12%  

 

(以上、2002年5月31日掲載)


 

 以下で、上に挙げた教室稼働率の算出に関して、やや詳しいデータを挙げておく。 手っ取り早く現状を知りたい人は、ここは飛ばして下さって結構である。

〔4〕 教養校舎稼働率2002年度前期

★1〜5限での計算

*G棟はG310BとG311を除く。 使用時間には課外活動予約・会議も含む。 臨時の使用は含めない。

・月曜日

 B棟(16教室:延べ時間80) 使用時間67 空時間数13

 F棟(13教室:延べ時間65) 使用時間40 空時間25

 G棟(6教室:延べ時間30) 使用時間15  空時間15

       月曜計 延べ時間175、使用時間122、空時間53

・火曜日

 B棟(16教室:延べ時間80) 使用時間72 空時間数8

 F棟(13教室:延べ時間65) 使用時間52 空時間13

 G棟(6教室:延べ時間30) 使用時間21  空時間9

火曜計 延べ時間175、使用時間145、空時間30

・水曜日

 B棟(16教室:延べ時間80) 使用時間65 空時間数15

 F棟(13教室:延べ時間65) 使用時間43 空時間22

 G棟(6教室:延べ時間30) 使用時間23  空時間7

水曜計    延べ時間175、使用時間131、空時間44 

・木曜日

 B棟(16教室:延べ時間80) 使用時間64 空時間数16

 F棟(13教室:延べ時間65) 使用時間42 空時間23

 G棟(6教室:延べ時間30) 使用時間15  空時間15

   木曜計    延べ時間175、使用時間121、空時間54

・金曜日

 B棟(16教室:延べ時間80) 使用時間62 空時間数18

 F棟(13教室:延べ時間65) 使用時間45 空時間20

 G棟(6教室:延べ時間30) 使用時間20  空時間10

金曜計    延べ時間175、使用時間127、空時間48

 

・E棟(400人大講義室)

 月曜 使用4 空き1、 火曜 使用4 空き1、 水曜 使用2 空き3、 木曜 使用4 空き1、  金曜 使用2 空き3

     E棟計  延べ時間25、使用時間16、空き時間9

 

BFGE棟総計

  延べ時間900、使用時間662、空時間238   稼働率 73,6%

 

・D棟2階(5教室:延べ時間25)

 月曜 使用6 空き19、 火曜 使用9 空き16、 水曜 使用4 空き21、 木曜 使用2 空き23、 金曜 使用4 空き21

    D棟計  延べ時間175、使用時間25、空時間150   稼働率14,3%

 

 

★5限を除いた場合

・月曜日

 B棟(16教室:延べ時間64) 使用時間52 空時間数12

 F棟(13教室:延べ時間52) 使用時間40 空時間12

 G棟(6教室:延べ時間24) 使用時間14  空時間10

      月曜計 延べ時間140、使用時間106、空時間34

・火曜日

 B棟(16教室:延べ時間64) 使用時間61 空時間数3

 F棟(13教室:延べ時間52) 使用時間49 空時間3

 G棟(6教室:延べ時間24) 使用時間19  空時間5

火曜計 延べ時間140、使用時間129、空時間11

・水曜日

 B棟(16教室:延べ時間64) 使用時間57 空時間数7

 F棟(13教室:延べ時間52) 使用時間42 空時間10

 G棟(6教室:延べ時間24) 使用時間21  空時間3

水曜計    延べ時間140、使用時間120、空時間20 

・木曜日

 B棟(16教室:延べ時間64) 使用時間54 空時間数10

 F棟(13教室:延べ時間52) 使用時間39 空時間13

 G棟(6教室:延べ時間24) 使用時間14  空時間10

  木曜計    延べ時間140、使用時間107、空時間33

・金曜日

 B棟(16教室:延べ時間64) 使用時間55 空時間数9

 F棟(13教室:延べ時間52) 使用時間42 空時間10

 G棟(6教室:延べ時間24) 使用時間19  空時間5

金曜計    延べ時間140、使用時間116、空時間24

 

・E棟(400人大講義室)

 月曜 使用3 空き1、 火曜 使用4 空き0、 水曜 使用2 空き2、 木曜 使用3 空き1、  金曜 使用2 空き2

   E棟計  延べ時間20、使用時間14、空き時間6

 

BFGE棟総計

   延べ時間720、使用時間592、空時間128   稼働率 82,2%

 

・D棟2階(5教室:1日延べ時間20)

 月曜 使用6 空き14、 火曜 使用9 空き11、 水曜 使用4 空き16、 木曜 使用1 空き19、  金曜 使用4 空き16

   D棟計  延べ時間100、使用時間24、空時間76   稼働率24%

 

〔4’〕 留学生センター教室稼働率(5限制のみで計算)

・第1〜第3教室(教養科目も使用可)(1日の延べ時間数15)

月曜 使用5〔教養なし〕 空き10、 火曜 使用6〔うち教養3〕 空き9、  水曜 使用7〔うち教養4〕 空き8、 木曜 使用6〔うち教養3〕 空き9、  金曜 使用4〔教養なし〕空き11

  総計延べ時間数75 使用時間28 空き時間47  稼働率37,3%

・第4〜第6教室(教養科目使用不可)(1日延べ時間数15)

月曜 使用4 空き11、 火曜 使用3 空き12、 水曜 使用3 空き12、 木曜 使用5 空き10、 金曜 使用2 空き13

  総計延べ時間数75 使用時間17 空き時間58  稼働率22,7%

留学生センターパソコン教室

月曜 使用1 空き4、 火曜 使用1 空き4、 水曜 使用1 空き4、 木曜 使用0 空き5、  金曜 使用0 空き5

  総計延べ時間数25 使用時間3 空き時間22 稼働率12%

(以上、2002年6月8日掲載)  


 

〔5〕 その結果、大講義室に追いやられた少人数語学の授業はどの程度あるか――改修の無謀さをあばく

 さて、以上のように、稼働率の異常に低いマルチメディア教室や留学生センター教室を作ってしまった結果、従来から教養科目用に使われていたBFGE棟の教室稼働率が異常に高くなったわけだが、そのためにワリを食ったのが外国語の授業である。

 私自身も150人用の大講義室で10人に満たない語学の授業をやらされているわけだが、私自身のことはさておき、そうした例が新潟大学全体でどの程度出ているかを以下で明らかにしよう。

 「平成14年度全学共通科目 (教養科目) 時間割表」 によって、2002年度前期の外国語科目の指定教室がどうなっているか見てみよう。

 外国語の授業の数は時限によって異なる。 当然ながら、沢山の外国語科目がおかれている時限ほど、ひずみも大きいわけだ。

 火曜2限がその典型的な例である。 この時限は37の外国語科目が開講されている。 うち、8つが教養校舎の大講義室(定員150人)を割り当てられている。 授業自体の定員は30〜40人なのに、である。

 これ以外に、人法経校舎の教室を割り当てられている例が5つある。 むろん、人法経校舎に研究室を持つ語学担当教員もいるから、その場合は人法経校舎の教室の方が近いわけで、そのこと自体は一概には悪いとは言えないが、しかしこの火曜2限では教養校舎の教員が人法経校舎で教養外国語の授業をするべく強いられている例も一つあるのである。

 また、この火曜2限では留学生センターの 「地域・国際交流室」 を教室に指定されている語学授業もあるが、私(三浦)が教員本人に確認したところでは、留学生センターのこの部屋は教養の授業で恒常的に使うことを禁じられているという横槍が入り、結局は人法経校舎の教室に替えざるを得なくなったとのことである。 この教員も教養校舎に研究室がある人である。

 こうしてみると、教養校舎D棟の55〜100人教室11をつぶした今回の改修が、いかに授業の実態を無視したものだったかは明らかだろう。 11の普通教室が維持されていれば、上の、教養校舎の大講義室を割り当てられる8例、教養校舎に研究室があるのに人法経校舎で授業をやらされる2例はあり得なかったことになるからだ。

 上では状況が一番ひどい火曜2限を例に取ったが、これ以外に6つの時限で少人数の語学科目に大講義室が割り当てられる事態が起こっているのである

 

〔6〕 教室変更もあるけれど――或いは、事務の方々(現地採用の人に限る)も大変

 (1)

 時間割作成に際して教室の割り振りをする事務の方々も、こうした事態に際会して手をこまねいているわけではない。

 新年度開始後も、よりよい環境の教室への変更措置を模索して下さっている。 しかし、いかんせん、教室数が絶対的に足りないのだから、どうしようもないのである。

 (2)

 国立大学の内部事情にうとい方のために、事務員について少しレクチャーをすると――

 国立大学の事務員は、二つに分かれる。 現地採用組と中央採用組である。 

 現地採用組も二つに分かれる。 常勤と非常勤である。 非常勤の人は年度末に形式上いったん首を切られて再採用となるが、給与面などでかなり差別的待遇を受けている。 

 現地採用でも常勤の人はそういうことはないが、出世は学部事務長どまりである。 各学部の学務や会計などの事務を担当しているのは、この現地採用組の人たちである。 彼らは採用されてから定年までずっと新潟大学内で過ごすか、或いは転勤があっても一時期近隣の大学に出向という形がほとんどである。

 これに対して中央採用組は、各学部ではなく、本部の事務室に居を構え、数年単位で大学間を渡り歩く。 大学内の事務職の最高ポストである事務局長をはじめ、本部の部課長クラスはこうした連中に占められている。 要するに文部科学省の官僚である。 国立大学で組織改革や建物の改修などがあるとき、彼らの発言権はきわめて高くなる。 そして、彼らは大学内の実態を知らないのである。 各学部の現場で仕事をしていないからだ。

 ちなみに、現在の新潟大学は紙に印刷された職員録を発行していないが (自学サイトの表で間に合わせているのだ)、数年前の職員録を見ると、本部の事務職員の住所が見事にこのあたりの事情を反映しているのである。

 すなわち、本部の課長以上の役職者は全員、公務員宿舎を住所としている。 つまり、数年単位で国立大学を渡り歩く人々だから、新潟市内に持ち家がないのだ。 これにたいして、係長以下だと、ほとんどが宿舎ではなく、新潟市内の色々な場所に住んでいる。 持ち家か借家かはともかく、彼らは新潟に定住しているのだ。 士農工商ではないが、本部では課長以上が中央採用の文科省官僚、係長以下が現地採用、という身分制度にも似た役職の壁が、ここからくっきり浮かび上がってくるであろう。

 閑話休題、いずれにせよ、こうした機構の中では、実態を知らない中央採用の事務職の方が権力を持っているという、おかしな (或いは世の常の?) 構図ができあがるわけである。

 今回の杜撰な改修の源も、大学の実態を知らぬ文科省官僚にあるだろうことは想像がつく。

(3)

 話を戻そう。 教養科目の事務を受け持っている方々も、私に割り当たられた大講義室に代わる教室を探して下さった。

 最初に、授業を始めて2週間ほどたってから、留学生センターの教室はどうかと打診があった。 定員20人弱の教室だが、私のクラスは学生数が9人なので使えるのでは、というのである。

 それで私も一度この教室で授業をしてみた。 が、駄目だった。 どこが駄目かというと、黒板が小さすぎるのである。 学生2人が並ぶといっぱいになってしまう。 初級ドイツ語の授業では、練習問題を次から次へとやらせる必要がある。 いちどきに4〜5人の学生に当てて、黒板に解答を書かせるから、こんな小さい黒板では授業にならないのだ。 

 また、ドイツ語をやったことのある人なら分かるだろうが、ドイツ語では名詞や代名詞や冠詞の性別・格変化を一覧表にして学生に説明する必要がある。 それをまとめて書こうとすると、こんな小さな黒板では収まりきらないのだ。

 このあたりにも、授業の実態を知らない官僚が改修に関わった影響がモロに現れている。

 というわけで、この留学生センターの教室は、一度使っただけでやめた。

 次に、理学部にちょうどいい大きさの教室がある、黒板も大きい、という申し出があった。

 これは使わずに断った。 理学部は、教養校舎の隣りとはいえ、別の建物である。 語学の授業をするときは、教科書やエンマ帳だけではなく、ネイティブが吹き込んだテープ (最近はCDも多い) を聴かせるためにラジカセを持って行かねばならない。 軽いとは言えないこうした器物を持って他の建物に通うのはごめんこうむりたいのである。 おまけに、新潟は天気の変わりやすいところだ。 授業に向かうときは晴れていても、終了時には雨、なんてことも珍しくない。 とすると、毎回傘持参でなければならないから、さらに持ち物が増えることになる。 イヤですよね、こんなのは。

 というわけで、私は今も木曜日の2限には、150人教室で9人の学生を相手に授業をしているのである。

(以上、2002年6月8日掲載)


〔7〕 学生談話室が拡張されても学生の居場所が減る理由 ―― ハコモノ官僚にはついに分からぬ学生の生態

 さて、今回の改修で普通教室11がつぶされたことは何度も繰り返し書いてきた。

 しかし、とシロウトは思うかもしれない。 そのうち一つは学生談話室を拡張するのに使ったのだから (と言っても、後で述べるように 「IT自習室」 ができたというだけのことなのだが)、何はともあれ学生の居場所は増えたのではないか、と。

 そうではないのである。 教養校舎における学生の居場所は大幅に減っているのだ。 以下、その理由を説明しよう。

 普通教室が11つぶされたということは、単に授業をする場所が減ったということではなく、その分、授業のない学生の居場所も減ったことを意味する。 なぜだろうか。 

 普通教室とは、教室として機能するだけの空間ではない。 ドアに鍵は一応付いているが、ふだんは鍵はかかっていないから、授業がない時限なら学生が自習室として、談話室として、あるいは飲食をする部屋として、自由に使えたのである。 普通教室とは、このように柔軟性を持ち、多様な利用を可能にする空間だったのである。

 しかるに、今回の改修でできた 「マルチメディア教室」 はすべて常時鍵がかかっており、授業がある時限にしか使えなくなった。 機器類の保全のためである。 留学生センター管理の教室もすべて鍵がかかっており、授業のない時間でも学生は利用できない。

 そして、改修のせいで普通教室が減り、その稼働率が著しく高まっていることは上で述べたとおりである。 つまり、改修によって、空いている普通教室は激減し、改修によりできた、そしてあまり使われていないマルチメディア教室や留学生センター教室はいつも鍵がかかっているので、学生の居場所はその分減っているのである。

 受験生用のパンフなどに掲載するには、学生談話室とかマルチメディア教室はカッコよくて映えるかもしれない。 しかし、そうしたものは、所詮は学生の生態を知らない人間だけが感心する見せ金のようなものである。 学生や大学の実態を心得た人間なら絶対にやらないような改修を強行した責任者はどこにいるのだろうか?

 

〔8〕 普通教室を普通に再生できない官僚の病い ―― または猫にマタタビ、官僚に流行語(「IT」「情報」「少人数教育」)

 (1)

 つまり、今回の改修の最大の問題点は、普通教室を普通に再生せずに、ほかの教室 (マルチメディア教室、留学生センター教室など) に変えてしまった、というところにあるということになる。

 このことは、新しくできた部屋の稼働率の低さで実証されたわけだが、そこからうかがえる日本の官僚の病いとは何か?

 今回の改修に即して具体的に見てみよう。 例えば学生談話室が拡張されたといっても、実はそこに官僚的な拡張の論理が貫徹されていることを見落とさないようにしたい。  つまり、純然たる拡張ではなく、「IT自習室」 という名目のスペースができたということなのである。 パソコンの端末を備えた机が並んだ自習室である。 

 「マルチメディア教室」 なるものが――その稼働率の低さは上で述べたとおりだが――いくつも作られたことと並べてみると、どうやら今回の改修はこの種の「IT」「情報機器」といった、いわば流行のアイテムが大幅に絡んでいることがわかる。

 流行のアイテムに飛びつくことしか知らず、地道な授業の実態にはまるで無知な文科省官僚の能無しぶりがうかがえよう。 彼らは普通の教室を普通に改修する、という発想がなく、変な機器類を入れた部屋を作らなくてはならないと思い込んでいるのである。 自習室すら、ITというアイテムを付加しないと作ることができないのだ。

 そのために、実質的な学生の自習室が減ってしまったことは、上で述べたとおりである。

 普通教室のような、とりたてて特長のない、しかし実際には利用価値が大きいスペースをそのまま再生することができず、流行の機器類や何かを入れないと自分の存在理由がないかのように思ってしまう阿呆らしさ――これが文科省官僚にとりついている病気である。

 文部科学省が三流官庁だというのはよく言われることだが、新潟大学の今回の改修を見るとなるほどとうなずけよう。

(2)

 実は、機器類を備えた教室というのは、使用目的が限定されている分、使いにくいし、稼働率も低くなるものなのだ。

 上でも述べたように、この種の教室は受験生向けパンフレットではとかく写真入りで大々的に宣伝されがちである。 だが、実際の教室は、使用目的が特殊であればあるほど利用されなくなるのである。

 このことは、いわゆるLL教室の稼働率を見ても分かる。 LL教室は、以前から新潟大学には設置されていたが、利用の実態はどうか?

 以下で、2002年度前期における、新潟大学教養校舎のLL教室(3教室)稼働率を挙げておこう。

 

★2002年度前期LL教室の稼働率 (教養校舎G棟の3室)

  1)1日5限での計算(1日延べ時間数15)

 月曜 使用6 空き9、 火曜 使用11 空き4、 水曜 使用11 空き4、 木曜 使用6 空き9、 金曜 使用8 空き7

   総計延べ時間75 使用時間42 空き時間33  稼動率56%

  2)5限を除いての計算(1日延べ時間数12)

 月曜 使用6 空き6、 火曜 使用10 空き2、 水曜 使用11 空き1、 木曜 使用6 空き6、 金曜 使用8 空き4

   総計延べ時間60 使用時間41 空き時間19  稼動率68,3%

 

 LL教室の稼働率は、1日5限計算で56%、4限での計算でも68,3%である。 改修されなかったB棟・F棟・G棟・E棟全体の稼働率が、すでに述べたように5限計算で73,6%、4限計算で82,2%であるから、それより明瞭に低いことが分かるだろう。

 言い換えれば、LL教室を除いた普通教室の稼働率は、さらに高くなるということになる。 必要なのが普通教室であることは、ここからも明らかだろう。 

(3)

 留学生センター教室の稼働率の低さは上で見たとおりだが、中でも稼働率が特に悪い部屋がある。 8人教室2室である。

 8人教室、という発想がどこから来たか知らないが、少人数教育、という、これも現場を知らない官僚が飛びつきそうなアイテムの部屋だということは何となく想像がつく。

 留学生センターには普通教室が6つあるわけだが、うち2つが8人教室だということは、全体として少人数教育をコンセプトにしていることになるだろう。 しかし、2002年度前期を見ると、2つ合わせて週に3回しか使われていないのだ (上で述べたように、4月現在の留学生センター資料による)。 

 週5限制で計算すると、1教室あたり利用機会は25回あり、2教室で50回であるから、2つ合わせて3度しか利用されていないということは、稼働率はたった6%である! これを無駄と言わずして何と言うのだろう!?

(4)

 実は 「IT」「情報」「少人数教育」 といった流行語に弱い官僚の属性が弊害を生んでいるのは、建物に限ったことではない。 大学の講座なども同じことなのである。

 例えば人文学部には 「情報文化課程」 なるものが作られているが、これは新潟大の教官が構想したものではなく、文部官僚に押し付けられたものである。

 また、そういう押し付けに極度に弱い新潟大学の体質や、官僚の言われたとおりの講座を作り、自分本来の専門をすぐに捨ててしまう新潟大教員のロボットぶりも情けない。

 文部科学省のロボットたる新潟大学――いったいその行き着く先はどこなのか?

(以上、2002年6月15日掲載)

 

〔9〕 少人数教育というけれど――その内実は?

 ここで、「少人数教育」 という、世間的には通りがいい言葉の正体を探っておくことにしよう。

 かつて教養部があった時代には、教員数が慢性的に不足していて、新潟大学では語学教育でも1クラス60人以上であることが多く、ひどいクラスでは100人ということもあった。 教養部解体以降、少人数教育ということが言われ始めているのだが、そして実際にそうなってきているのだが、その実態をどの程度の人がご存知だろうか?

 よく考えてほしい。 「少人数教育」 は、黙っていても自然に実現するものではない。 それ相応の条件が必要である。 「少人数教育」 を可能にするには、どんな条件が必要だろうか?

 (1)教員数を大幅に増やす。

 (2)逆に、学生定員を大幅に減らす。

 (3)教員の授業負担を大幅に増やす。 例えば週6コマ担当だったのを12コマにする。

 (4)逆に、学生の必要単位数を大幅に減らす。 例えば週14回の授業に出なければ必要単位が取れなかったのを、7回で間に合う程度にする。 

 

 (1)は無理である。 国立大の教員は公務員であり、定員が決まっている。 この財政難の時代、教員数増加が認められるはずがない。

 (2)も無理である。 教員数あたりの学生数というのは内規で決まっており、いくら少人数教育をやりたいからと言っても学生定員を勝手に削減することはできない。

 (3)も無理である。 大学教員は研究者でもある。 また、授業は中学高校とは違って自分で構成するものだから、教科書や教材も全部自分で考え用意するのである。 こうした条件下では、90分授業なら週6回が限度であろう。 それを倍加したら高校教員よりはるかに授業の条件がきつくなる。 それで研究義務も負え、というのは、物事の道理を知らぬ者の言い分である。

 ・・・・・・・・・・となると、残された選択肢は(4)しかない。

 実際には、学生の必修単位を半減させる、というような無茶苦茶な 「改革」 はできない。 まあ、多少減らす程度のことはしているが、そう大幅な減り方ではない。 

 しかし、科目によっては必修単位を大幅に減らすことによって 「少人数化」 がなされている。 ほかでもない、語学の授業である。 

 教養部があった時代は、一部の学部を除いて、2外国語各8単位(計16単位)を2年間でとる、というのが基準であった。 つまり、英語とそれ以外の何か(ドイツ語やフランス語や中国語など)を各週2回(したがって語学の授業が週4回)、2年間続けてとる、というのがかつての新潟大学の語学授業だったのである。

 この必修単位が、教養部解体後、人文学部を除いて大幅に削られたのである。

 つまり、新潟大学の語学授業の 「少人数化」 は、必修単位を削ることで達成されているのだ。 言い換えれば、確かに語学1クラスあたりの学生数は減っているが、学生が受ける語学授業の回数は減っているし、また、1外国語しかやらない学生が大幅に増えているのである。

 例えば、新潟大の法学部は、文系であるにもかかわらず、外国語は1つで済むことになっている。

 法学部の外国語必修単位は、現在、1科目6単位である。 教養部があった時代には2科目16単位だったのだから、その半分以下である。 かつては週4回の外国語授業を2年間受けていたのが、週3回を1年間で済むことになったのだ。 いくら 「少人数」 でも、これで外国語の力がつくのだろうか?

 また、外国語は1つでいいとなると、たいていの学生は英語だけで済ませる――かと思いきや、意外なことに、英語をやらずに卒業していく学生が多いらしい。 1999年度の1年生では、法学部生の3割は英語をまったく取っていない、という数字が出ている。 国際化時代が言われているなか、文系学生がこんなことでいいのだろうか??

 私はドイツ語教師であるから、英語ばかりが幅を利かせる最近の風潮をよくは思っていない。 だが、英語の必要性が高まっていることは認めざるを得ない。 なのに新潟大学では英語をやらない学生が増えているのだ。

 念のため。 必修でない英語の授業を大学側は用意している。 しかし、必修でないために学生がさっぱり取りに来ないのだという。

 「少人数教育」 という口当たりのいい言葉に騙されてはいけない。 新潟大では、表層的な 「改革」 の陰でとんでもない事態が進んでいるのである。

(2002年6月15日掲載、6月16日増補)


 

〔10〕 残された可能性――私案

(1)

 といっても新しい教室を作る可能性がなくなったのではない。 現在教員研究室になっているところが一部教室に改修される予定になっているからだ。

 すなわち教養校舎のB棟で、現在ここは1階と2階は教室、3階と4階が教員研究室という作りになっているのである。

 (実際の名称は、教室のある1・2階が2・3階、研究室のある3・4階が4・5階となっている。 これは、教養校舎は坂の上に建っており、A棟は1階から始まっているが、B棟はA棟より地面が高い場所にあるため1階がなく2階から始まっているからだ。 しかしここでは実質的な階数で呼ぶことにする。)

 目下新潟大では理系用の新しい建物が作られているところであり、これが完成すると教養校舎A棟に住んでいる理系教員がそちらに移り、空いたA棟を改修して人文学部教員が移り住む予定になっている。

 すると私が今いるB棟の3・4階が空くので、教室に改修される手はずになっているのだ。

 しかしである。  B棟の3・4階はもともと教員研究室用に作られたものである。 そのため、最初から教室用に作られた1・2階に比べると格段に幅が狭い。1,65mほどの幅の廊下が中央にあって、その両側に3,5m×5mの研究室が南側13、北側に14並んでいる。 (3,5mが間口、つまりドアのある廊下側およびその向かいの窓側の長さである。)

 南側には両端に階段があり、エレベータもある(これで合計研究室3つ分の幅)。 また北側は、東端が男女のトイレとなっている (合わせて研究室2つ分の幅)。

 私は建築にはまったくのシロウトなので、以下はそういう人間の考えることとしてお読みいただきたい。

(2)

 仮にB棟の3・4階を今の構造のまま、つまり中央に廊下がありその両側に部屋をおく、という形態で使うと、30〜40人定員の語学用教室を作るのにはどうしなくてはならないか。

 仮に研究室を2つつなげるとしよう。 すると5m×7mサイズの教室となる。

 しかしこれだと、幅が5mしかなく、また暖房器具などにより純粋に使える幅はさらに狭いので、ここに机を並べると横は5人分がせいぜい、余裕ある教室づくりをするなら4人分が適切なところだろう。 (最近は教養校舎の語学用教室も、以前より机数を減らして、学生がゆったり歩けるようになっているのだ。)

 縦の方はどうか。 おける机は5列か、無理して6列である。 ドアのそばは大きめに空けなくてはならないということもあるし、かろうじて30人教室になっても、かなりきつめであろう。

 とすると研究室3つをつなげなくてはならない。 これなら長さが10,5mなので、余裕ある30人教室になるだろう。 無理をすれば40人教室もできるかもしれない。

 (研究室4つをつなげると、細長くなりすぎて教室としては不適格である。 3つでも実はやや細長いと思うが、これは我慢することにする。 また、現在ある研究室の間の壁は、構造上必要ないものと見なして計算している。)

 となると、どうなるか。上記のようにB棟3・4階には研究室が各階南に13、北に14だから、研究室3つをつなげた新教室は一つの階で南北それぞれ4つずつできる。 合計で8教室。 となると、B棟3階全部と4階の片側で12になるから、つぶされたD棟の11教室はカバーできそうだ・・・・・・。

 40人教室ができるかどうか微妙だが、30人教室に関しては大丈夫だ、私もいったんはそう思いかけた。

 だがしかし、である。 ここに重大な陥穽が敷かれていた。

 上記の案だと、中央に廊下がある現在の構造を保つわけだから、廊下の幅は1,65mのままである。 繰り返すが、ここはもともと教員研究室用に作られたスペースで、廊下の幅もそういう前提で作られている。 学生が多数押し寄せることを想定していないのだ。

 仮に教養校舎B棟の3・4階を幅1,65m中央廊下の構造のまま語学の30〜40人教室にしてしまうと、学生の出入りでかなり混雑するし、非常時には危険が生じるだろう。 この手の構造に規格があるかどうか私は知らないが、シロウト目にも両側に30〜40人教室があるのに廊下が1.65m幅では狭すぎるだろうと思う。

 したがって、この案は駄目なのである。

(3)

 とすると残された方法は?

 中央が廊下という構造そのものを変えるしかない。 すなわち、北側の研究室をつぶして廊下にし (そうすると5m幅の廊下になるから十分だろう)、南側の研究室と廊下を合わせて教室スペースとするのである (すると、研究室の長さ5m+廊下幅1,65m=6,65m幅の教室となる)。

 これが建物の構造上可能かどうか、私にはよく分からない。 しかしB棟3・4階の構造を見ると、1・2階の教室部分にもある太い柱がそのまま3・4階にも続いており、この柱が中央廊下と北側研究室の間の壁にかかるようになっている。 南側研究室と廊下の間には太い柱はないようだ。 だから、仮にこの太い柱さえ残せば建物の改修が自由であるとするなら、こうした案は可能になるだろう。

 だが、そうすると教室数はどうなるだろう。 この案だと、教室の幅は6,65mあるわけだから、机は横に6人分余裕を持って並べられる。 研究室2つをつなげると30人教室として十分だが、40人教室にはやはり苦しい。 だから40人収容するにはやはり3研究室をつなげなければならないだろうが、これだと実際には50人教室になるだろう。 南側の研究室は各階13であるから1階あたり50人教室だけとするなら4つしかできない。 B棟3・4階で合計8つである。 これでは、つぶされたD棟の普通教室11の代用には足りない!

 或いは、中途半端だが、机を横に7人分並べることにするという手もある。これだと、きついが、研究室2つつなげるだけで40人教室にならないでもない。 そうなると1階あたり6教室、2階分で12教室だから、まあ数としては足りる。が、いかにも詰め込んだという感じが残る。

 実際には折衷的に、各階50人教室を2つ、30人教室を3つくらいが妥協点だろうか。 これだと2階分合わせて10教室となる。 つまり、50人教室4つ、30人教室6つである。

 55〜100人教室が11あった改修前と比べると大幅にスペースが減っているのは明瞭だが、かろうじて何とかなるかもしれない。

 (南側の研究室は13あるが、もし北側研究室を廊下に直すとすると、北側に誘導する廊下を作るためエレベータに隣接した研究室だけは現在の幅のまま残さなくてはならない。 だから13研究室のうち、廊下と合わせて教室にできるのは12だけである。 廊下と一緒にならなかったエレベータ脇の部屋は定員10人程度用の演習室にすればよかろう。)

 

〔11〕 しかるに、官僚の計画ではどうなっているかというと

 教養校舎B棟の改修計画は、実はすでにたてられている。

 ただし、確定ではない、らしい。

 らしい、というのは、某教養教育実施委員の言い分によれば、教員の意見を聞く場をもうけ、そこでの意見を参考にした上で最終案を決めるはずだから、というのである。

 本当にそうなるのかどうか、私には分からない。 何しろ、D棟の改修ではそんな場はいっさい設けられなかったし、現実の教室需要を全然調べずに改修をやったらしいことは、上で私が教室の稼働率を挙げて証明したとおりだからだ。

 官僚のやり口というのは、教員組織の改革でもそうだが、一応教員側の案を出させておいて、締め切りぎりぎりになってから 「これでは駄目だ」 と言いがかりをつけて結局は文科省の思い通りにする、といったものだからである。 人文学部の情報文化課程などもそうやって作られたのである。

 まあ、それはともかく、官僚のたてている計画をここに紹介しよう。

 「五十嵐地区総合教育研究棟〈旧教養校舎〉教室改修計画 教務課 H14.6.13.現在」 という文書である。

 これによると、教養校舎B棟の「改修後」の教室数はこうなっている。

 70人教室7、150人教室4、252人教室2、20人教室10、30人教室13

 この数字を見ると、70人以上の定員の教室は、わずかな変更もないではないが、基本的に現在の教室をそのまま残す、ということのようである。 つまり、現在も教室であるB棟1・2階には大きな変更は加えられない、ということだ。

 とすると、B棟3・4階の現在教員研究室になっている場所が20人教室と30人教室にする計画なのだろう。

 上の 「残された可能性――私案」 に書いたことをもう一度ここに引く。

 《 B棟の3・4階はもともと教員研究室用に作られたものである。 そのため、最初から教室用に作られた1・2階に比べると格段に幅が狭い。1,65mほどの幅の廊下が中央にあって、その両側に3,5m×5mの研究室が南側13、北側に14並んでいる。 (3,5mが間口、つまりドアのある廊下側およびその向かいの窓側の長さである。)》

 つまり研究室は3・4階合わせて現在54室分ある (実際は資料室など、2ないし4室分のスペースのある部屋もあり、部屋数はこれより少ない。 要するに研究室に直せば54室分ということだ)。

 20人教室が仮に研究室2つ分、30人教室が3つ分だとすると、この計画の 「20人教室10、30人教室13」 を作るためには59研究室が必要になる。 実際の、研究室54に相当するスペースより多くなってしまう。 だから、おそらく30人教室は研究室3つ分ではなく、2,5室分、というような計算なのだろう。 これなら54研究室で足りる。

 しかし、である。 となると中央に1,65m幅の廊下、という基本構造はそのまま、ということになる。 これでは危険だ、というのは先の 「残された可能性――私案」 で私が指摘したとおりである。

 また、語学の授業は30人定員のものと40人定員のものとがあるのだから、最大でも30人教室、というのでは明らかに狭すぎる。

 したがってこの案は駄目である。

 つまり、官僚が授業の実態を調べずに改修計画をたてた、ということは、ここからも明らかなのだ。 

(以上、2002年6月22日掲載、6月25日増補)

 

〔12〕 教室には余裕が必要なのよ――現場を知る教師の言い分をよく聞くんですよ、無知な官僚たち (戯文調で行きますね〜)

 例えば1クラス学生20人で授業をやるとしましょうね。 その場合、教室の大きさ、机の数はどの程度が適切かしら?

 20人教室があればいいと思う? お役人同士の机上の議論ならそれで通るでしょうけど、実際はダメね。 教室の大きさと机数には余裕があった方がいいのよお。

 学生ってカバンを持参しているじゃない。 また、冬ならコート着用で通学し、教室に入ると脱ぐでしょ。 そうしたお荷物をおくためのスペースもあった方がいいってわけ。

 それに、学生は、知らない者同士が肩をふれあわんばかりに座るよりは、多少離れて座った方が心理的に楽なものなのよ。 女子学生なら隣りが汗くさい男子学生じゃ嫌だし、逆に真面目な男子なら、隣りが脂粉と化粧水ばっかりのギャルじゃあ気が散るじゃない?

 だから、20人定員の授業は、30〜40人定員の教室でやったほうが効果的ってわけ。 分かるかしら? 

 今年度生じているように150人用の大講義室で9人の語学の授業をやるのは不適切だけど、かといって学生がやっと入る程度の狭い教室もいけないのよ、いいこと?

 また、最近は色々な機器類を使っての授業も増えているでしょ? そうしたものをおくためのスペースも必要になるじゃない。 この先どういう機器をおくことになるかは、最近の技術革新の早さから言って、予測困難だわね。 ってことは、教室の大きさには余裕があった方がいいということになるんじゃないかしらね、つまりは。

 それと、黒板は大きい方がいいわね。 大学での授業ってったって、高尚な議論だけじゃなくて、訓練的な授業も多いんだから、学生に沢山書かせるためにも黒板は小さいんじゃダメよ。 最近はホワイトボードが流行だけど、あれってつるつるして書きにくいし、マーカーはすぐにインク切れになるし、私、黒板のほうが実際的だと思うんだけどなあ。

(2002年6月22日掲載)


 上では戯文調で失礼しました。 あんまり糾弾調ばっかりだと息苦しいと思ったもので。 それに女言葉は日本文学の伝統ですし。 『土佐日記』 の紀貫之もすなる偽女流文学を我もしてみんとてするなり・・・・・・・。 いや、以下、元に戻します。 すみません。

 

〔13〕 光明が見えてきた?

 最近になって新しい展開があった。

 6月19日に開催された人文・社会科学系の建物委員会で、教養校舎B棟の改修に際して教室の不足が懸念されていることにかんがみて、人文学部の研究室部分が教養校舎A棟に移動した後、人法経校舎の一部を教室へ転用することについて協議が行われたという。

 人法経校舎の将来計画に即して、どの部屋を教室に転用するか等については、この委員会で検討することで了承を得ているという。 なお、この人法経校舎の利用計画については、全学の施設委員会から全学教養教育委員会から要請があった場合に、計画を立案するという段取りになっている、のだそうである。

 光が見えてきたと言えそうだ。 しかし、まだ懸念材料が2つ残っている。

 第一に、人法経校舎も教養校舎B棟3・4階同様、幅が狭いということ。 教養部と違って専門学部は文系でも少人数教育をメインにしていたので、教員研究室と少人数用の演習室が同居していた。 ほかに中・大型教室もあるが、これは教室専用の建物で、研究室用の建物とは別になっている。

 であるから、人法経校舎の研究室を教室に転用するといっても、果たして30〜40人教室ができるのかどうかは予断を許さない。

 第二に、官僚の存在である。 彼らがどこまで授業の実態に即した改修を認めるのか分からない。 またぞろ不必要なものを押しつけてこないとも限らない。 したがってこの問題はまだまだ解決にはほど遠いと言わねばならないのだ。 安心できるのは、まともな教室を備えた建物を実際に見てからである。

 繰り返すようだが、これは最近の展開である。 つまり、官僚がたてた当初の無謀な改修計画の修正をしないとどうにもならない、という認識が教員の間にようやく行き渡ってきた、ということなのだ。 官僚の無能さがこれで帳消しになるわけではない。 誤解なきよう。

(2002年6月25日掲載)                                                                    


 

〔14〕 噴水と遊歩道はダメよ――おバカなハコモノ官僚には分からない大学のオキテ (またもや戯文調)

(1)

 ご免あそばせ、また出てきちゃった。 前回のご好評にお応えしてということで。 (だぁれ、不評にもめげず、なんて言ってる人は?)

 だって、お役人の箸にも棒にもかからない仕事をやっつけるには、私みたいなキャラが向いているって、三浦先生もおっしゃるんですもの。 息抜きのつもりで聞いて下さらないこと?

(2)

 私が学生時代のこと、だからもう××年も前ね。 その頃は大学の郊外移転がブームだったのよ。

 私の通っていたお堅い国立大学も、ブームに逆らうことなく移転しちゃったの。 私が3年生だった秋のことね。 ってっても街の中心からほんの数キロだから、距離的にはたいしたことなかったんだけど。

 鉄筋コンクリート9階建ての新しい校舎は、なんだか余りにもノッペラボーで無機的で面白味に欠けていたんだけど、校舎に隣接した中庭に大きな噴水が作られていたのが目を惹いたわ。

 まあ、ステキ、私そう思っちゃった。 ツタの絡まるレンガ造りの校舎・・・・というのが私の思い描いていたキャンパスライフだったんだけど、現実はといえば、色は似ててもぱっとしない鉄筋コンクリート校舎でしょ。 だったらせめて噴水くらいなきゃ救われないじゃない?

 もしかしたら、あの噴水を立案したお役人もそう思ったのかも知れないわね。 だからお役人ってバカなのよお。 ってことは、つまり、噴水を見てうっとりしたあの頃の私もおバカさんだったってことなんだけど。 ホント、二十歳前後の私って未熟だったわ。 言い換えれば、お役人のオツムって二十歳くらいから進歩してないんじゃないの。

 だって考えてみて。 噴水って水を沢山吹き上げるじゃない? するとどうなるかしら。 水資源の無駄? そうじゃないのよお。 ザーザーって音がものすごいのよ。 校舎に隣接してそんな騒音がたってたら、うるさくて授業にならないじゃない?

 というわけで、その噴水は結局使われずじまい。 ホント、税金の無駄遣いってこういうことを言うのよね。 あの噴水を立案したお役人はクビ、とは言わないけど、減俸処分ものよ。 だってアレを作るのに今のお金にしたら百万円以上はかかってるわよ。 もしかしたら2百万円を超すかも。 三浦先生の研究費の×年分ね。 税金をそれだけ無駄にしたんだから、その分は自分で支払うべきなのよ。

(3)

 まあ、それはともかく。

 人間に失敗はつきもの、とは言えるわね。 肝腎なのは、そういう失敗をしたら2度と同じミスはしないようにする、ってこと。 それが、万物の霊長たる人間の特質、じゃないかしら。

 ところが、なのよ。 今度の新潟大学・教養校舎の改修で同じ失敗をやっているんだから、お役人の辞書には 「失敗から学ぶ」 って言い回しは載ってないのよね。 辞書なんて見ない人たちなのかも知れないけど。 『役人失敗実例集』 なんて本を作らないとダメね。

 え? 噴水なんか作ってないって? そうじゃないのよお。 質的に同じ種類のミスをやっているって私は言っているの。

 今回改修したD棟は、F棟・B棟とつながっているの。 ええと、アルファベットのEを思い描いてくださる? D棟は縦棒よ。 一番上の横棒がF棟、真ん中の横棒がB棟ね。 

 それで、D棟・F棟・B棟に囲まれた部分が中庭なんだけど。

 これまでは中庭はツツジなんかが植わっていて立入禁止になっていたのよ。

 ところが、今度の改修でD棟の中庭に面した壁に出入り口を作って、中庭にも遊歩道を作って、自由に出入りできるようにしちゃったのよお。 おまけにベンチまでこしらえちゃって。

 え? キャンパスライフを楽しむにはいいんじゃないか、って?  そう言うあなたはおバカさん。 まあ、お役人も同じように考えたんでしょうけど。 だからお役人もおバカさん。 ホント、二十歳前後の頃の私と同じくらいの脳ミソだわ。

 だって考えてみて。 ツツジなんかが植わっているなかに遊歩道とベンチがあったら、授業のない学生はそこら辺に始終タムロするじゃない? タムロしてどうなるって? おしゃべりするのよお。 すぐ隣接してB棟とF棟の教室があるのに、その真ん前でぺちゃくちゃおしゃべりされたら、うるさくて授業にならないわよ。 分かるかしら?

 教養校舎の廊下には、「授業中、静粛に」 って札が天井からぶらさがっているわ。 つまり、授業中に廊下でおしゃべりすると授業の邪魔になるんだけど、それが分からない未熟な学生が多い、ってことね。

 たとえ中庭であっても、教室に隣接していたら廊下と同じこと。 だけど学生としたら、校舎から外に出たんだし、おまけにベンチまであるんだから、すわっておしゃべりしたくなるのは人情ってモンじゃない? だから、そんなところに遊歩道を作る方がバカだってわけ。

 二十歳前後の学生が未熟なのはまだ許せるけど、中年のお役人にそんなことが分からないんだったら、これはもう、どうしようもない魯×か白×じゃないかしら。 ホント、こういう差別用語使って罵倒したくなっちゃう。

 (4)

 作っても稼働率がものすごく低いという 「マルチメディア教室」 と共通するところが、この遊歩道にはあるわね。

 写真うつりがよくって、受験生用のパンフなんかでは喜ばれるだろう、ってこと。 そしてろくに勉強しないおバカな学生にもね。

 所詮、お役人の頭ってその程度なんじゃないかしら。 大学の内実を全然知らないで表面的なイメージだけで動いている低レベルな人たちなんでしょ。

 それでも、二十歳前後の学生が未熟なのはしょうがないわよ。 彼らは実際に大学で学んでみて、写真うつりの良さと授業環境の良さが別物だってことを徐々に知っていくのよ。 文科省のお役人って、学生時代そういうことを学ばなかったのかしら? おバカなキャンパスライフを楽しむだけで終わっちゃったのかしら? 

 そういう人は文科省に勤めて欲しくないわねえ。 学力低下を身をもって示しているのが実は文科省の役人自身だった、なんてシャレにもならないじゃない?

(2002年7月1日掲載)


〔15〕 大教センター長の矛盾した説明

 さる9月11日、教養教育の外国語部門会議が開かれた。 来年度の外国語科目の出し方についてが議題であったが、私も今年度はドイツ語の委員になっているので出席し、ちょうどいい機会だと思ったので大学教育開発研究センター長 (上の 「事態の経過」 の3を参照。 以下、大教センター長と略記) に、校舎改修による教室不足の問題について問いただした。

 しかるに大教センター長の答弁は官僚答弁そのもの、というか、要するに無能な官僚のしでかした失態を擁護するばかりで、こういう人間がセンター長をやっていたのではバカな官僚も左うちわで寝ていられるだろうなと思えるようなシロモノであった。

 また、出席していていた語学系教員たちも、日頃から官僚の奴隷に身も心も成り下がっているためか、この問題で当局を追及しようという気構えがないし、そもそも問題の内実をろくに知らないときている。 ま、この点については稿を改めるということにして――

 大教センター長は、今回の改修で教室事情を調べないでやったとは考えられないと言明した。 本当にそうなのだろうか? その証拠は? 私はこの点については今後引き続き追及していくつもりである。

 そして。 これと明らかに矛盾する説明をも大教センター長は行ったのである。 つまり、今回の改修は留学生センターの教養校舎への移転が前提だった、というのだ。 つまり、文部官僚は、留学生センターを教養校舎に移転するのでなければ、改修の予算は付けない、と言ったわけである。

 これは最初の発言と矛盾しますよね。 教養校舎での授業の数を調査していれば、留学生センターの移転は無理であることが明らかだったはずだから。 つまり、官僚は留学生センター移転を第一に考えていて、教養校舎の授業の実態を調べてはいなかったという疑いがさらに濃厚になったのである。

(2002年9月14日掲載)

 

 〔16〕 「官僚が科学を腐らせる」――毎日新聞の記事より 

 2002年9月16日の毎日新聞 ・ 「理系白書」 に 「官僚が科学を腐らせる」 という記事が載った。 以下、紹介しておこう。

 これは、米国の文化人類学者サミュエル・コールマンへのインタビューである。 コールマンは以前、ノースカロライナ州立大学の日本センター副所長を務めた人で、90年に日本の研究環境を調査するために来日、8年間におよぶ調査結果を 『検証 なぜ日本の科学者は報われないのか』 (岩館葉子訳、文一総合出版) にまとめた。

 コールマンの指摘は次のとおりである (一部のみ引用)。 「日本には素晴らしい仕事をしている科学者はたくさんいる。 しかし、彼らが活躍できる組織やシステムがない。 これが私の結論です。」

 「研究費が適正に配分されていない。 特に応用研究を奨励するあまり、基礎研究が軽視されがちです。」

 「しかし、いちばんの問題は、研究の素人である官僚が研究者を管理していることです。 省庁再編で文部官僚にも科学者が増えてきましたが、多くは自然科学系の博士号を持っていない。 しかも、本省から政府系研究機関や地方大学への配置転換を 《島流し》 と受け止める雰囲気がある。 事情が分かり始めたころ、本省へ戻ってしまう。 だから研究現場が改善されないのです。 著書で何度も強調したが、官僚から反論がなかった。 これも残念です。」

 米国人からこういう指摘が出て、肝心の日本人学者から意見が出ないのはどういうわけだろうか? 身も心も官僚の奴隷になりきった人間だけが、日本では学者扱いされるのであれば、、まことに恥ずかしい話と言わねばならないだろう。 

(2002年9月24日掲載)

 

〔17〕第2期が始まったけれど――相変わらず最悪の授業環境

 10月2日から新潟大学では2002年度第2期の授業が始まった。 しかし・・・・・・・

 (1) まず教室事情だが、相変わらず良くない。 私の場合を書いておこう。

 ドイツ語のクラスだが、第1期のように10人に満たない授業を150人の大講義室で、というケースはなくなった。 週2回の授業はいずれも30人教室である。

 が、しかし、である。 それなら問題がないかというと、大ありなのだ。 週2回のうち1回は普通の教室、つまり、前に教卓と黒板があり、学生の机は全部前を向いているというタイプの教室だからいいのだが、もう一回の方が演習用の教室なのである。

 ここは、学生6人くらいがグループを作って座れる大型の机が5カ所くらいにおいてあるという配置になっている。 グループごとに討論をしやすいような机の置き方になっているから、学生は前の黒板に対しては横を向く形となってしまう。 要するに、語学用の教室ではないのだ。

 したがって、教室が足りないということでは、第1期と同じなのである。 ったく、・・・・・・・

 (2) しかし、これはまだ赦せる。 赦せないのは、B棟の隣りのA棟で改修工事が始まっていることなのである。

 これが猛烈にうるさいのである。 ドリルのバリバリという音が耳をつんざくように鳴り響いている。 授業があろうがお構いなしなのだ。 いったい、これでまともな大学と言えるのだろうか? 多少の騒音ならともかく、この音は大学の授業中に出すようなものじゃないぞ。

 特に、A棟に向かい合っているB棟の北側の大講義室はこの騒音に直撃されている。 私は第2期には教養の西洋文学の講義を水曜1限に持っており、これは定員150人なのでB棟北側の大講義室を割り当てられている。 私の名(?)講義をさえぎるがごとくにドリルの音がバリバリ・・・・・・・・

 まったく悲惨そのものだ。 こんな無神経な大学が他にあるのだろうか? 親の顔が見たい、じゃなくて、大学幹部や官僚の顔が見たいものである。

(2002年10月13日掲載)

 (3) あまりに騒音がひどいので、授業2つを人法経校舎の教室に変更した。 水曜1限の教養科目 「西洋文学」と、火曜2限の人文学部3・4年生向けの 「文化コミュニケーション論演習」 である。

 しかし、これはまだ変更ができた分、マシと言える。

 来年度後期は、教養校舎B棟が改修に入る予定になっている。 そうなると使える教室は大幅に減ってしまう。

 実はそのために来年度後期の授業をどうするか、人文学部の履修委員会でも大問題になっているらしい。 以下のようなメールが回ってきた。

 《 来年度の教室事情について、今から予想もできない「悲惨」な事態が起こるかも知れない、ということを話し合っておりましたが、対応策を決めようにも決められない状態です。 後期の授業を前倒しで開講するとか、2、3限を避けてみるとか、といった話は出ましたが、結果は全く予期できないようです。
 教室の確定は、来年1、2月になるので、場合によっては教室がない(「青空教室」!は無理なので、授業を統合する、あるいは、休講となる……???)という事態にも、その時対応するしかない、という話でした。 》

 で、私は、来年度後期はどうせ他学部校舎を借用しないと授業はできないのだから、他学部校舎がどのていど空いているかのデータをもとに議論すれば良いではないか、とメールで言ってやったところ、

 《 K委員の説明では、教養棟は先ず全学共通科目を割り当て(語学優先)、それから人文の科目を割り当てるのだが、10教室足りなくなるという予想があるとのことです。 教養棟、人文棟以外の校舎の借用については、他学部と話し合っているが、来年度のカリキュラムが決まらないことには、各学部とも回答が出せない現状であることも、Y委員長から説明がありました。》 (匿名は当サイト制作者による)

 なる返事が来た。

 で、私は、今年度や前年度のデータがあればおおよその見通しは立つでしょう、と再度メールで意見を述べたのだが、これには返答がなかった。

 新潟大学の人間って、どうしてこうデータをきちんと取って議論することができないのだろうか? いくら文系だって、これじゃノータリンと言われても仕方がないよね。 バカは官僚だけではなかったのだ。

 (2002年10月23日)

 

〔18〕(元)ドイツ語教師が空虚ないちゃもんを付ける

 これまでこのコーナーでは主として官僚の無能さと現場知らずを指摘してきた。 だがしかし、教員の側が健全なのかというと、全然そういうことはないのである。

 たまたま、本日それを端的に示す事件があったので報告しておこう。

 講座会議の席で、63歳の(元)ドイツ語教師が私を次のように批判した。「あなたの教授会の 〔語学教室不足に関する〕 発言は、みんなおかしいと思っている」。

 私は、どこがおかしいのか具体的に言って欲しいと問い返したが、「そういうことじゃなく」 などと要領を得ない言葉を連ねるだけで、具体的にどこが批判されるべきなのかはついに明らかにされなかった。 これじゃあ、「チョー可愛い」 などの貧しい語彙でしか会話できないコギャルと同じ知的水準と言われても仕方がないですよ、老教授どの。

 しかもである、あげくの果てに、「教授会で話題にすべきことではない」 とのたまうのであるから、この人はどうもまともな判断能力がないと評さざるを得ない。

 冗談ではない。 大学の自治権というのはかなり怪しいものだが、仮りにそういうものがあるとすれば、それを保障するのは教授会を措いてはないのである。 これは大学教員なら誰でも知っていることだし――上記の(元)ドイツ語教師を除く――、大学というものがどういうものであるかに関する認識の根幹とも言うべき事柄なのだ。

 たとえ文科省の押しつけでどうしても呑まなければならない案件だろうと、或いは少人数の委員会での決定事項を形式的に追認するだけの議題であろうと、すべて決定事項は教授会にかけられ、承認を得ることになっている。 どんなことであれ、納得のいかない部分、疑問に思う部分があれば、教授会の構成員は問いただすべきだし、そうした発言をする権利は保障されているのだ。

 私は教養校舎の改築を直接立案検討する委員会に所属していない。 したがって、この件に関して自分の意見を述べるとすれば、教授会を措いてはない。 よって教授会でこの件を追及するのは当然のことなのである。

 (元)ドイツ語教師がこういうトンデモな発言をするのは、ドイツ語教師の質の低さを示すようで、私としても恥ずかしい。 もっとも、この人、教養部解体後、人文学部に移ってからはドイツ語に見切りを付けたのか、語学用の教養教育経費でせっせと映画ビデオを買いまくっているくらいだから、語学教室不足は自分にはカンケイないとタカをくくっているのかも知れないが。 

 ちなみに、私の知る限りでは、この人は語学教室の不足問題について、それを追及する発言を教授会その他でしたことはないと思う。

 なお、この問題が起こってから私は教授会その他でこれを追及する発言やメール送付を行ってきているが、人による対応の差というものを痛感させられている。

 最も誠実できちんとした対応をして下さったのは、鈴木佳秀・人文学部長 (学部長の任期は2003年3月まで) である。 名を記して感謝したい。 鈴木先生は学者としても一流の方であり、また学部長としての名采配ぶりも定評のあるところであるが、能力のある方はあらゆる方面にそれなりの有能さを示すものだと改めて感じさせられたことであった。

 逆に、最も不誠実でいい加減なのは、大学教育開発研究センター長をしている浜口哲・理学部教授である。 これも名を記して批判しておくことにしたい。 (具体的な内容に関しては、いずれ書くつもりである。)

(2003年3月12日)

 

〔19〕建物改修の予算が付かなかった!――相も変わらず当事者能力がない新潟大学の悲惨

 3月20日の教授会で報告がなされたが、2003年度は教養校舎の建物改修の予算が付かなかったそうである。 ったく、文科省の無能と新潟大学の当事者能力のなさが露呈している話ではないか。

 2001年度後期の無茶苦茶な改修のせいで語学教室の不足が生じたわけだが、これは教養校舎のうちD棟の改修であった。 2002年度はA棟の改修が行われ、ここに、従来は文系校舎にいた人文学部教員、および教養B棟にいた私を初めとする人文学部教員の大部分が移ってくる。 (大部分というのは、一部の人文学部教員は教養F棟に移るので。)

 そして私などが退去したあとのB棟をどう改修するかが問題になっていた。 ここに新しい語学教室を作ることができるかどうかが、教室不足が解消されるかどうかの一つのカギだったのである。(上記〔10〕を参照せよ。)

 予定では、B棟は2003年度後期に改修される、という話であった。

 ところがここに来て、予算が付かないというのである。 何やってんだろうねえ。

 この種の話は、実はよくあることなのだ。 上にも書いたが、そもそも教養部時代の末期、今から10年あまり前、「改修しないとこれ以上持ちません」 ということで教養部の建物 (今の教養校舎) の、比較的新しいF棟とG棟を除いた全体が改修されるはずだった。 ところが土壇場で、予算が付かなかったということで話は立ち消え。 「これ以上持たない」 はずの校舎は、以後10年余り放置されたのである。

 いったい、このいい加減さはどこから来るのだろうか? そしてそれに羊のごとく沈黙するばかりの新潟大学。 ホント、こんな大学に未来はないのではないか! 文科省よ、懺悔しなさい!

(2003年3月22日掲載)

 


〔20〕進展なし!――誤りを是正できない救いがたい文部官僚と新潟大学、または教室よりヴェンチャー・ビジネスを優先する思想(戯文調)

 こんにちは。 お久しぶりね。 あら、私のこともうお忘れになって? 仕方ないかしら。 ほんとにしばらく書き込みがなかったものね。 9カ月ぶりでしょ。 おまけに私としたら1年以上お目にかかってなかった (昨年の7月以来ね――〔14〕をご覧になってね) んだから、無理もないわねえ。

 こんなに書き込みに間があいたのは、教室不足問題が解決したからかって? とんでもないのよお。 全然解決してないの。

 2003年度に建物改修の予算がつかなかった、ってことは前回三浦先生ご自身の筆で報告があったわよね (上の〔19〕を参照)。 その後補正予算でどうか、という期待が少しはあったんだけど、これも駄目だったようね。 というわけで、教室不足は相変わらずなのよお。

 三浦先生自身の授業はどうかって? 2002年度みたいに大講義室で語学の授業、ってのはなかったみたい。 でもその代わりゼミ用の教室で語学の授業をさせられたんですって。 これは大きさとしてはほどほどなんだけど、机の配置がゼミ用、つまり円形になっているから、語学の授業では使いにくいわけなの。 語学の授業では机が全部黒板の方を向いているのが普通でしょ。 おまけに横長の教室だし、横の端の方に座った学生からすると黒板がひどく見づらいのよお。

 とにかく誤った政策によって教室不足が生じたばかりか、それをすぐに是正できない新潟大学と文部官僚のおバカぶりに対する三浦先生の憤怒は、やむところがないみたいね。 三浦先生、こないだの健康診断のあと高血圧に注意という通知が来たんだけど、こういうふざけた事態のためだ、って言ってるわ。 でも私の見るところ、お酒の飲み過ぎが主因じゃないかしら。

 え? 日本という国家全体が予算不足なんだから、改修に予算が付かないのもしょうがないんじゃないかって? うーーん、それはどうかしら。 というのは、実は付くところにはちゃんと付いているのよ。

 ヴェンチャー・ビジネス用、と称する新しい立派な建物が工事中で、できあがりかけているの。 よりによって、教室不足が問題になっている教養校舎 (今は、総合教育研究棟が正式名称) の隣なのよ。 国立大学の独立行政法人化に合わせた、ってことなんでしょうけど、教室が足りないのを手当するんじゃなく、ヴェンチャー・ビジネスのために新しい建物を建てちゃうというお金の使い方に、文部官僚のオツムの程度が表れている、って三浦先生はいきまいているわ。

 三浦先生、あんまりいきまくと、また血圧が上がるんじゃないかと心配なんだけど、まあ、この国の文部官僚がどう見たって優秀とは言い難い人たちなのは否定できないわねえ。

 例えばよ、小学校で教室が足りなくて、なのに外部向けの商売でオカネを儲けるための駐車場の整備をまずしましょう、と言ったら、PTAから袋叩きにされること請け合いよね。 だって学校ってのは、教育のための施設がまずちゃんと整っていることが基本条件じゃない? 経済大国ニッポンがそんな基礎的な条件も保証できないんじゃね。

 その程度の常識も通用しない文部官僚と大学幹部――これは日本という国の知的レヴェルがどうしようもなく低いことの証明、かもしれないわねえ。

(2003年12月30日掲載)

 

〔21〕2004年も相変わらず進展なし!――または国立大はいずこも同じ?(戯文調)

 お久しぶりね、ってバーのマダムみたいな口調で読んじゃあイヤよ。 え、イメージ的にはバーのマダムですって? でも今日び、無能な官僚や大学当局よりバーのマダムの方がまだマシなオツムを持っているかも知れないわねえ。

 ところで新潟大学の教室不足の問題、2004年度になってもあいかわらず進展がないのよぉ。 三浦先生のドイツ語の授業、今年度は週2回あるクラスが、1回は研究室があるのと同じ教養校舎 (現在は総合教育研究棟) なのに、もう1回は人法経棟で、一つの授業なのに別々の建物の教室を割り当てられたんですって。

 おまけに、人法経の教室は黒板が小さくて、授業がやりにくくてしょうがないってぼやいているわ。 もともと教養部とは違って、語学の授業を考えて作られた教室じゃないからね。 でも、あんまりぼやくとまた血圧が上がるんじゃないかと心配なんだけど。

 くわえて、教授会の報告では今年度も建物改修に予算がつく見込みがないんですって。 あきれちゃうわ。 教室が不足するようなあきらかなミスをやらかしているのに、3年たっても直らないんですからね。 日本の官僚って、救いがたいバカか破廉恥漢ばっかりじゃないの? じゃなきゃ、彼らの辞書に 「恥」 という言葉はないのよ。 文部官僚様御用達辞典ってのが特別あつらえでできているのかしら。

 話は変わるけど、先日、三浦先生の研究室に訪問客があったのよ。 いえ、もちろん女客なんかじゃないわヨ。 昔新潟大学に勤務していて、今は埼玉大に移っている先生なんだけど、用事があって新潟に来たので、ついでに三浦先生の顔を久しぶりに見に来たってわけ。

 その先生が埼玉大学で入っている研究室なんだけど、雨漏りがしていたんですって。 それは何とか修理してもらえたけど、天井板が破れたままになってるのは放置。 それに、向こうでも校舎の改修計画があるのに、さっぱり実行に移されないんですって。 どうやら国立大学ってどこも同じみたいね。 無能な文部官僚は全部クビにして、それで浮いたオカネで国立大学の校舎を改修したらどうかしら、なんて私は考えるんだけど、グッドアイデアだと思わない?

(2004年5月10日掲載) 

 

〔22〕 ようやく改修が始まったけれど・・・・・

 久しぶりで更新できます、はい。

 やっと改修が始まりました。 つい10日ほど前からですれどね。 

 教養校舎 (現・総合教育研究棟) のB棟の改修が始まったのです。

 しかし・・・・4階ある建物のうち、始まったのは3階 (名目上は4階) だけ。 いや、1階と2階は直しようがないと思うんだけれど、教室不足を解消するには、上の3階と4階をなんとかしなきゃならないのは自明なのに、今回の工事は3階だけ。

 なぜか? 教授会で得られる情報では大学上層部からは何の説明もないようなので、勝手に推測しますけれど、お金がないんですかね、多分。

 杜撰な改修で教室不足が起こってから、はや4年近くが経過しているのですぞ。 4年かかってやっとこさっとこ一部分の改修ですか?

 新潟大学って、何やっているのですかね・・・・。 或いは文科省は・・・・・・???

(2006年2月23日掲載)

 今回のB棟改修に関して、前回の教授会で或る方から 「耐震性の問題はどうなっているのか」 という質問が出た。 今回の教授会で、「その点は考えていない」 という大学上層部の見解が披露された。 みんな、びっくり。

 B棟は建てられてから35年ほどが経過している。 なにしろ教養部末期、つまり今から十三、四年前、「もう改修しないと持ちません」 と事務から言われて、改修が行われそうになったのだが、土壇場で予算がつかず、おじゃんになり、その後ずーーーーーーーっと放置されてきた、というどうしようもない事実があるのである。

 そしてB棟3階 (名目上は4階) はもともと文系教官研究室として作られており、小さな部屋が並んでいるのだ。 これを演習室などに変えようというのだが、そうなると従来は2ないし4室だったものを1室にまとめる必要が出てくる。 つまり、壁が減少する。 そうなると耐震性はどうなるのか、という問題が生じるのだ。 建物が古いことも、無論あるし。

 その辺を全然考えないで改修を始めてしまう野蛮さ。 怖いですね。

(2006年3月9日追加) 

 B棟3階 (名目上は4階) の改修が終わって、全貌 (?) が明らかになった。

 結局、もともと教官研究室だったこの階の構造を根本的に改めることはせず、既存の教官研究室を2つないし4つつなぎ合わせることで、教室・演習室を作ったに過ぎない。

 2つか3つならともかく、4つつなぎ合わせると教室としては細長くなり過ぎるのだが、そういったところは全然考えていないようだ。 というより、建物構造上は教官研究室2つで1スパンなので、奇数の部屋をつなぎあわせると構造対策上カネがかかり、そういう面倒なことはしない、という方針で改修したのであろう。

 それ以外ではトイレの便器を入れ替えた程度である。 要するに、カネがないからきわめて安上がりに対処療法的に 「改修」 を済ませたのだ。 うーん、うーん・・・・・・

(2006年4月18日追加)

NEW!〔23〕 やっと本格的な改修が始まった! ……トンデモ改修から5年半

 (1) 2007年夏、やっと本格的な改修が始まった。 本格的な、というのは、2006年にやったような間に合わせの安上がり改修ではなく、耐震力強化も含めた、本当の改修だということ。 2001年後期にトンデモ改修をやって教室を激減させ、少人数の語学の授業まで大教室でやらなくてはならなくなってから5年半である。 過ちを改めるのに、これだけ時間がかかったのである。 お役所仕事と言うも愚か!!

 でもおかげでウルサイのである。 今日なんかもドリルの音が鳴りまくり、向かい側にある私の研究室は騒音に包まれていた。 おかげで勉強もできない (ほんとに騒音のためだけか――笑)。

 それにしても心配なのは、9月中旬から集中講義が行われることだ。 他大学の先生をお招きして、1週間でまとめて半年分の講義をやっていただくのだが、それに使うG棟は、改修をしているB棟を軸にすると私の研究室のある建物と正反対の位置にあって隣接しており、やはり騒音をモロに受けるのである。 ――説明が分かりにくいかも知れませんね。 Eの文字を思い浮かべて下さい。 改修中のB棟は中央の横棒です。 私の研究室は一番下の横棒。 集中講義のあるG棟は一番上の横棒です。

 しかも、今回の集中講義、音楽についての講義なのだ。 当然ながら講義中にはCDなども使用する。 大丈夫かなあ……。 何かあったらまたこの欄で報告しますね。

(2007年8月30日掲載) 

 (2) ・・・・・・という記事を掲載したら、読売新聞にこんな記事 (↓) が!

 30年超のマンションは基本的に建て替えろ、っていうなら、30年超の大学校舎だって建て替えてほしいものだ。 今回、上記(1)のように改修が始まったわけだが、この建物は1970年頃に建てられており、すでに35年以上たっているのである。 なのに建て替えではなく、改修ですませてしまうのである。 ダブルスタンダードの匂いが濃厚ですよね。

 ちなみに今私のいる研究室が入っている建物も、4年ほど前に改修をしたけれど、やはり1970年頃に建てられているのである。 怖いですよね。 私が定年退職するまであと10年半あるが、それまでちゃんと持ってくれるかなあ・・・・・

 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070831i207.htm 

 築30年超の老朽マンション建て替え促進、阻害要因調査へ

 築30年以上を中心とする老朽マンションについて、政府は基本的に建て替えを推進していく方針を固めた。

 大地震などの被害を最小限に食い止めるのが狙い。今秋から、建て替えの障害となっている要因などについて、初の本格的な実態調査に乗り出す。調査結果は、建て替えにかかわる区分所有法の見直しの検討や、今後の建て替え支援施策に反映させたい考えだ。

 築30年以上のマンションは現在、全国に約1万棟、約56万戸あると推計されている。老朽化が進んでいるものも多く、阪神大震災級の地震に襲われた場合などは、倒壊の危険性などが指摘されている。

 しかし、区分所有法に基づき、建て替えには、区分所有者らの8割(5分の4)以上の賛成による「建て替え決議」が必要だ。費用負担や転居手続きなどをめぐり、住民の合意形成が難航するケースも少なくない。

 国土交通省によると、阪神大震災の被災マンションの建て替え(計105件)を除けば、今年3月末現在で、建て替え工事が実施されたのはわずか106棟。実施中か準備中は32棟にとどまっている。

 このため、政府は今秋から、建て替え決議の要件見直しへの賛否や、建て替え支援策への住民要望などについて、実態把握のアンケートやヒアリング調査を行うことにした。

 調査は、法務省と国土交通省が共同で行い、2年間の予定。

 調査対象は、連絡先が把握できる管理組合や管理会社で、まず、アンケートを送付。〈1〉建て替えニーズの有無〈2〉ニーズはあるのに建て替え手続きが進まない場合の問題点――などについて回答を求める。今年度中に集計・分析を行い、結果をもとに、居住用、商業用などタイプ別に08年度にヒアリング調査を行う。

 建て替え決議には、〈1〉再建建物の設計概要〈2〉取り壊しや再建費用の概算額〈3〉費用分担の方法〈4〉再建建物の区分所有権の配分――を明確にし、区分所有者らの8割以上の賛成が必要だ。

 反対者の権利を十分保護する必要があるとの見方がある一方で、建て替え推進派住民や開発業者からは、この要件が厳しすぎるとの指摘が出ている。

 マンションの建て替え支援策を巡っては、阪神大震災での被災マンション建て替え問題を契機に検討された「マンション建て替え円滑化法」が02年に制定されるなど、反対者の所有権買い取り手続きや、公共住宅への優先入居などの施策が整備されている。 
 (2007年8月31日14時33分 読売新聞)

(2007年9月8日掲載)

(3) (1)で書いたように、改修をしている建物の真向かいの建物で私の講座でお招きした先生の集中講義が予定されていたわけだが、いよいよ来週から集中講義という9月13日(木)に、確認のため当該教室に行ってみたら、いやはや、うるさいの何のって、改修のドリル音がモロに聞こえてくる。 ドババババババババ・・・・・ってな音ですね。 こりゃ、とても音楽の授業をやる環境ではない。

 ということで、事務にかけあって、教育人間科学部の教室を借りることにしました。 もともと、音楽の授業だし改修はあるしで、別の学部の教室を借りたほうがいいんじゃないかと私は以前事務に言っておいたのだけれど、その頃は教育人間科学部の部内の集中講義の使用教室が決まっていなかったりして、うまくいかなかった。 かえって集中講義の時期になった今のほうが、使用教室が決まっているので逆に空いている教室の斡旋も簡単になるのであろう。 

 ところで話を戻すと、最初の当該教室に確認に行ったのが2限の始まる直前だったのだが、この教室ではその日法学部の集中講義が行われていて、担当の先生がすでに来ておられた。 「昨日はそうでもなかったけど、今日はうるさいですね」 と言っておられた。 いくら音楽の授業でなくても、ちょっと問題のある騒音レベルだと思うのだが、そして他大学から見えた先生に1日3〜4コマも続けて講義をお願いするにはなるべく静謐な環境を用意すべきだと思うのであるが、法学部はそういう細かい (?) ことは考えていないのであろうか??

(2007年9月16日掲載)

 

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