へそまがり演奏会評(1998年まで)

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 96年5月に学会で上京した際、芸大教授・岡山潔が主宰するエレオノーレ弦楽四重奏団の演奏会に行った。

 この音楽会の曲目はベートーヴェンの「ハープ」とベルクの「叙情組曲」の2曲だけであった。どちらも30分ほどの曲である。アンコールもなし。それで料金は五千円。たけぇな、これが率直な感想であった。

 高雅な趣味人からは、曲の数や演奏時間の長さだけで演奏会を批評するとはと嘲笑されそうだが、私に言わせると音楽会の満足度には演奏時間の長さが絶対に入っている。極端な話、演奏さえよければそれでいいというなら、管弦楽団の演奏会はオペラの序曲一曲でもいいということになる。量は質に直結するとはどこかの作家の言葉だったと思うが、音楽会も然り。アマチュアの発表会じゃないんだから、質と量の両面で聴衆に満足感を与えて欲しいものだ。

 実際、この音楽会では普通15分のはずの途中休憩が20分以上あったりして、スカスカという印象だった。会場には座席に印をつけた招待席と称するものが相当あったが、音楽関係者にタダ券をばらまくくらいなら一般席を安くしろと言いたい。もっと普通の音楽ファンを大事にしたらどうですか。この演奏時間じゃ、三千円が妥当な線じゃないかなあ。

 10年ほど前あいついで新潟を訪れたアルバン・ベルク四重奏団もボロディン四重奏団もウィーン・ムジークフェライン四重奏団もこんなスカスカの演奏会はやらなかった。ムジークフェライン四重奏団は、たまたまノっていたのかもしれないが、アンコールを4曲もやって聴衆を大喜びさせたものだ。最近では、97年秋に新潟に来た東京クワルテットだって、夜7時にモーツァルトの「プロシャ王第1番」で演奏を始め、ショスタコーヴィチの1番とベートーヴェンのイ短調作品132を弾き、アンコール2曲を追加して、終わったのは9時過ぎでしたぞ。客にサーヴィスする精神、これを忘れない音楽家は音楽ファンからも忘れられないのではないか。

 実は、エレオノーレ四重奏団の演奏会は夜7時からだったが、同じ日の昼過ぎ、私はNHK交響楽団の演奏会にも行っていたのである。これまた一日で演奏会をハシゴするなど感興をそぐ無茶苦茶な行為だと叱られそうだが、地方都市に住んでいて年数回上京するだけの身の上だとこうなってしまうのです。

 N響の曲目はストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲とブルックナーの交響曲第5番というものであった。そう、演奏時間が長い。実際ブルックナーの最後のあたりになると音楽に食傷して嫌になってくるくらいである。四重奏団の20倍の数の人間が舞台に出てこの演奏時間。当日券のS席で八千円という料金は安いなと思った。

 岡山潔も少し見習って下さい。

 その1年後、97年6月に学会で上京した際、また室内楽の演奏会に行った。なぜ団体名を書かないのかって? それはおいおい分かります。

 ここでは演奏の長さや質はともかく、係員がヒドかった。まず当日券売り場に行ってそこのオバサンに「S席を下さい」と言ったら、オバサンは会場図を取り出してS列の券を探し始めた。

 そうじゃないんだと説明してどうにかS席の(S列じゃなくて)チケットを入手し、列に並んだ。

 ところが入場口が一列分しかない。コンサートに行ったことのある人は分かるだろうが、入場者の中には必ずワケアリの人というのがいる。預かっていたチケットの精算がどうだとか、先生には日頃からお世話になりましてとか言って、係員と話し始める人である。こういう人のためには別に入口を作っておくべきなのだが、それがなく、行列は一列だけなので、ワケアリの人がいると入場がストップしてしまう。入口の係員は複数いるので、客と話していない係員が気をきかして後の客を誘導すればいいのだが、それをせずにぼおっとしているだけ。この演奏会、入りが悪くて全座席の二割程度しか客がいなかったのに、おかげで入場に恐ろしく時間がかかり、客が入り終わったのは演奏開始時間ぎりぎり。

 さて、それでも何とか入場して当日券の指定する場所に行ったら、でかいカメラがデンと腰を据えている。演奏会の写真撮影のため、カメラマン用にそのあたり数席が確保されていて、普通の客は座れないのだ。別にそれは構わないけど、何だってカメラマン用の席を指定したチケットまで客に売らなけりゃならないのだ。急ぎ受付に戻って券を替えてもらったが、いったい何をやってるんだと怒鳴りたくなった。

 演奏が始まった。ところが、扉の開閉音がする。演奏が始まっているのに客を入れているのだ。演奏開始後は最初の楽章が終わるまでは客を入れないのがクラシック音楽会の常識のはずだが、係員にその常識がないのである。

 断っておくが、これはアマチュア演奏家の発表会ではない。世界的に名の通った外来室内楽団の演奏会で、チケットもそれ相応の値段なのである。それでこの係員! ボランティアでド素人のオバサンばかりだったらしい。別段ド素人のオバサンが演奏会の係員をやって悪いということはないけど、これに限らず何事にも最低限守らなければならない流儀というものはあるのであり、ド素人を使うにしても流儀を仕込んだ上でのことにしてもらいたいのである。繰り返すが、チケットはそれ相応の値段だったのだから。

 さて、この演奏会の団体名などをボカしているのはなぜか。実は余りのヒドさに怒り狂った私は、新潟に帰ってから主催団体に文句の手紙を送りつけたのである。すると、意外にも返事が来たのだ。すみません、ご指摘のとおりド素人ばかりでしたという詫び状であった。この詫び状により、罪一等を減じて匿名とした。他山の石という言葉もある。コンサートの主催者は注意してほしいものだ。

 問題は会場の係員ばかりではない。思わぬところに落とし穴がひそんでいる。

 98年6月初め、学会で上京して(どうでもいいけど、この季節に学会で上京して演奏会に行くと、必ずヘンな目に会うのだ……)、日本フォーレ協会主催の演奏会を聴く機会があった。

 この演奏会があることは『ぴあ』で知ったのだが、会場の「駒場エミナース」なる建物にどう行けばいいのか分からない。それで『ぴあ』に記載されている問い合わせ先に電話して訊いてみた。ところが、これが躓きの石だったのである。

 若い女性の声による説明はこうだった。「井の頭線の駒場東大前で降りて、出口は一つですから、出たら左側に道なりに行けば間もなくあります。」
私はそれまで駒場東大前で降りた経験がなかったので、ああそうですかと納得して電話を切った。

 ところがである。当日渋谷から井の頭線に乗って駒場東大前で降りたら、ホームの両端にそれぞれ出口があるのだ。「出口は一つ」なんて大嘘である。どちらに行けばいいのか。だが幸いにもホームから出口に通じる階段の入口に、その出口に近い公共施設を記載した掲示板があった。そこに「駒場エミナース」と書かれている方の階段を選んで駅から出て、ひとまずほっとした――のも束の間、またぞろ私は困惑してしまったのである。

 「出口を出たら左側へ道なりに行けばいい」という話だったが、左側に向かう道は二本あるのだ。掛け値なしに左側、ほぼ線路に沿って行く道と、斜め左に向かって走っている道である。どちらも左なのだ。どっちに行けばいいの? 私は結局駅員に訊くことにした。正解は斜め左の方であった。ったく、電話で話をしたあの女は魯鈍じゃないか、と悪態をつきながら私は会場に向かったのである。

 人に道を教えるのは、確かに難しい。一つには複雑な地理を言葉に直すことそのものが困難だという事情があるが、ふだん自分で歩いている道はいわば体が覚えているので、改めて口で説明せよと言われると逆に難渋してしまうものなのである。

 実は私にも前科がある。学生時代、通りがかりの旅行者に道を訊かれ、「この先の橋を渡ったらすぐ左側に降りなさい」と答えたのだが、実は正解は「橋の直前で左側に降りなさい」だったのである。無論、意図的にデタラメを教えたのではない。よく知らない地区の道をうろ覚えで教えたのでもない。毎日ではないが割りによく通る道だった。それがなぜか、他人に言葉で教えなければならなくなった時、間違えてしまったのである。体が覚えている道でも脳ミソが正確に覚えているとは限らない、私はこの体験でそのことを嫌というほど実感させられた。

 私と電話で話した女性も、学生時代の私と同じ体験をしたわけだ。これを教訓にして欲しいと思うが、ただ言えることは、私が道を訊かれたのは不意打ちの経験だったが、今回の件はそうではないということである。

 この「フォーレ協会演奏会」は、外来演奏家や有名演奏家による商業ベースのコンサートではない。(ただし料金は安くはなかった。)『ぴあ』に載っていた問い合わせ先は、多分音大の先生から下働きをさせられている学生か何かの電話番号だったのだろう。実は昼間に一度電話したら、中年女性の声で「今は分かる者がおりませんので」と言われ、夜改めて電話したら、くだんの若い(らしい)女性が出たのだった。

 しかし下働きだろうが何だろうが、ともかく『ぴあ』には電話番号が記載されたのである。演奏会の開始時間と料金は『ぴあ』で分かる。となれば質問事項は、会場への経路と、出演者と、詳しい曲目であることは事前に予想がつくはずではなかろうか。ちゃんと考えてやって下さいね。「おじさん改造講座」というのがあるらしいが(私は読んだことがない)、これは女子学生改造講座です。

 今度は新潟の話である。97年6月、新潟テルサでシュトゥットガルト室内管弦楽団の演奏会があった。オール・バッハ・プロで、前半が音楽の捧げ物の一部、二つのヴァイオリンのための協奏曲、ブランデンブルク協奏曲第5番。後半がフーガの技法の一部、G線上のアリア、ブランデンブルクの3番。演奏は悪くないが、聴衆に素人が多かったようで、楽章が終わるたびに拍手していた。

 特にクラシックのコンサートでマナーをくどくど言うとキザで嫌ったらしい感じがするので、何となく腰が引けてしまうのだけれど、やはり演奏会に行くからには最低限のマナーは知っておくべきではないか。

 クラシック音楽愛好者の裾野を広げるのは大事なことで、今まで音楽会に行ったことのない人がどんどん聴きにくるのは好ましい傾向だけれど、マナーを知らなさ過ぎるといくら初心者でも免罪するわけにはいかなくなってしまう。本物の演奏会は初めてでも構わないが(誰だって初体験の時はあるのだ)、テレビで演奏会を見る機会は少なからずありそうなものだと思う。その経験があれば、拍手はどんな時にするものかは分かるはずだ。

 全然そういう経験すら積まずに、いきなり生の演奏会に来る人もいるのだろうか。メディアが発達すれば大衆の知的レベルが上がるという考え方に私は疑問を持っているが、このコンサートではそんなことを改めて考えざるを得なかった。

 いや、クラシックのコンサートでマナーをくどくど言うのは本当に嫌らしいものなのである。

 10年以上前になるが、大バッハ生誕三百年記念の年である1985年に、ドイツの高名な指揮者と演奏団体によるマタイ受難曲の演奏会を横浜で聴いたことがある。この曲の実演に接したのは初めてだった。

 ディスクで聴いていただけでは分からなかったが、その時私が痛烈に感じたのは、この宗教曲がテノール殺しであるということだった。他の歌手は自分の役割の時だけ歌えばいいが、テノールはエヴァンゲリストとして歌いづめで、おまけにアリアも歌わなければならない。全部で3時間かかる長大な曲だし、いくらプロの歌手でもこれは大変である。実際その演奏会ではテノールの声が二度ほどひっくり返ったが、私としてはむしろ同情的な気分になったものである。

 閑話休題。その演奏会で第一部が終わって途中休憩に入る時、聴衆から拍手が起こった。私も拍手した。すると前列に座っていた男が隣の連れに、「受難曲というのは途中で拍手しちゃいけないんだ」と言ったのである。そういうものなのかなと私は思った。そういうものなのかどうか、今でもよく分からない。長大な曲だから途中でも休憩に入る前くらい拍手してもいいじゃないかという気もするが、しかし宗教曲では聴衆もマナーを厳格に守るべきであるのかも知れない。

 その辺の事情に詳しい方、ご教示下さい。

 いや(書き出しが単調だなあ)、拍手をいつどういうふうにするかは、実際のところ難しくて、よく分からないところがある。

 97年10月、東京の紀尾井ホールで、英国のプロ・カンティオーネ・アンティクワのコンサートを聴く機会があった。このホールは私は初めてだったが、美術品のような内部の美しさに目を見張った。最近は木張りのホールも珍しくないけど、こんなにきれいなところはそうそうはないのではないかしら。定員八百人ほどのホールだが、客は5、6割程度の入りだった。ルネッサンスの宗教曲というプログラムが地味だからなのか、或いは東京のクラシック演奏会が飽和状態になっているからなのか、その辺はよく分からない。

 前半はオケゲムのレクイエムに加えて短い曲が一曲だけだったので問題なかったが、後半は短めの曲を何曲もやるというプロだったので、拍手をいつするべきかという問題が生じる。一曲ごとに拍手する人が多かったのだが、私はしなかった。曲が終わっても指揮者が聴衆の方に向き直らなかったからである。指揮者や歌手としては、短めの曲を連続して歌う場合は、一曲一曲の完結性より、歌うという行為の連続性を保持したいと思うのではないか。指揮者の姿勢はそれを表現していたのではないか。そう考えたのだが、それでよかったのかどうか。

 こういうことを問題にして通ぶって何かを書くというのは、やっぱり嫌らしいですね。でも素人音楽ファンの一人として、経験がないけどこれからクラシックの演奏会に行ってみたいと思っている方のために、一つだけアドヴァイスしてあげられることがある。拍手なんて急いでしなくてもいいんですよ、曲が終わって、余韻を楽しんで、それからおもむろに拍手し始めるくらいでちょうどいいんですよ、と……。 

                                                                             (2000年2月掲載)

 

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