読書月録1999年

 このコーナーでは、99年に読んだ本の評価と短評を公開します。

 特に紹介に値すると思う本は、別に「本格書評」コーナーや、生協の書評誌『ほんのこべや』で詳しい書評とともに紹介しますので、そちらも併読して下さい。

 ここは、あくまで評価と短評のみです。

 評価は5段階。  ★★★★★=名著です。 ★★★★=標準以上。 ★★★=平均的。 ★★=余り感心しない。 ★★=駄本。 ☆は★の2分の1。

                                                                 「読書コーナー」表紙へ        トップページへ

 

1月

・松永俊男『博物学の欲望』(講談社現代新書) 評価★★★ 正月休みで船橋の実家に行って、そこの古本屋で購入。近代的な学問から取り残されながら、最近見直しも進んでいる博物学について、リンネを中心に論じている。

・藤岡信勝・他『教科書が教えない歴史(2)』(扶桑社) 評価★★★ 同上。藤岡氏は読まれずして悪口を言われることの多い人だと思う。これはエピソード中心にまとめられた本だが、歴史書にはこういうものもあっていい。、

・山本七平『常識の非常識』(角川文庫) 評価★ 同上。旬が過ぎた本は、面白くなくなるということの見本。

・鷲田清一『モードの迷宮』(ちくま学芸文庫) 評価★★ 最近売り出し中の学者の本だが、面白いとは思われない。

・池上俊一『魔女と聖女』(講談社現代新書) 評価★★ フェミニズムの欠陥を指摘しながら、女が痩せたがるのは男の好みからだとするなどきわめて単純。歴史学者にはこういうのが多い。

・武谷牧子『英文科AトゥZ』(集英社) 評価★ 風俗小説の域を一歩も出ない。

・大槻義彦『文科系が国を滅ぼす』(KKベストセラーズ) 評価★★★ 挑発的なタイトルの本だが、文系の人間は受けて立つべく一読した方がいいかも知れない。

・カール・セーガン『コンタクト』(朝日文庫) 評価★★ 必要があって読んだのだが、SFとしてはまあまあ面白いけど、ヒロインが高慢ちきでやりきれない。

・カール・セーガン『科学と悪霊を語る』(新潮社) 評価★★★★ やはり必要があって読んだ。学力低下と非科学主義の跋扈は、日本でも対岸の火と言っていられない。

・清水健一『ワインの科学』(講談社) 評価★★★ ワインブームだけど、ワインは買ってすぐ飲んだ方がおいしいなど、常識をくつがえす指摘もあり。

・黒田勝弘『韓国人の歴史観』(文春新書) 評価★★★ 特派員として長らく韓国に滞在している新聞記者の、冷徹な韓国論。

2月

・中西輝政『なぜ国家は衰亡するのか』(PHP新書) 評価★★ 英国衰退時に見られた諸現象が現代日本にも観察できる(グルメ・温泉・旅行ブーム、女権論台頭など)という指摘は面白いが、それ以外はおおざっぱな文明論に過ぎない。

・池田清彦『科学とオカルト』(PHP新書) 評価★★ この人の本は何冊目かだが、単なる相対主義を大きく乗り越えるところがあるのかどうか疑問だ。

・岡田斗司夫『ぼくたちの洗脳社会』(朝日文庫) 評価★★★ 現代は情報は過多かも知れないが、物不足の時代と言えるかなあ?

・和田秀樹『まじめすぎる君たちへ』(講談社) 評価★★ まじめではいけないのかと悩む高校生を対象にした本だけど、執筆者自身がエリートのためかややズレている感じもする。「〔今からバイトしてカネ稼ぎをせずともちゃんと勉強して〕一流企業に就職できれば30歳で年収は一千万にもなる」なんて書いてるけど、そういうものですか。

・小谷野敦『もてない男』(ちくま新書) 評価★★★★★ 仮借ないフェミニズム批判として、また男女の本質を突く本として、恋愛観念の深層に迫る本として、ぜひ一読されたい。

・小谷野敦『男であることの困難』(新曜社) 評価★★★★ いろいろなテーマで書いた文章を集めた本なので上記の書に比べるとやや迫力に欠けるが、英語帝国主義批判など、非常に面白い。

3月

・多勢康弘『島倉千代子という人生』(新潮社) 評価★★★ 子供を3回もオロしていたりして、清楚な外見とはかなり違ったところもある人だと分かる。美空ひばりとの微妙な友情も面白い。

・天野郁夫『大学−挑戦の時代』(東大出版会) 評価★★★ 国立大学が文部省の言いなりになっていることを明言しているところがよろしい。

・ロペス『ハーバードの神話』(TBSブリタニカ) 評価★★★ 数年前に出たのを古本屋で買ったのだが、ハーバードをT大と置き換えると某国でも通用しそうな内容だ。

・マローン『当たった予言はずれた予言』(文春文庫) 評価★★★ 科学的予見がどの程度当たったかをあとから検証した本。暇つぶしにはいい。

・呉智英『ロゴスの名はロゴス』(メディアワークス) 評価★★★★ 相変わらずの健筆。ただし内容に2箇所ほど疑問があったけど。

・高橋英夫『疾走するモーツァルト』(講談社学術文庫) 評価★★★ 小林秀雄の『モオツァルト』を検証した本だが、もう少し対象に距離をおいた方がいいのではないかしら。

・『教育を考えるためにこの48冊』(朝日選書) 評価★☆ 古本屋で買った本だけど、内容は相当古くなっていて、ほとんど役に立たない。昔はこんな程度の教育論で通用したのかなあと感慨を覚えました。

・高橋源一郎『文学なんかこわくない』(朝日新聞社) 評価★ 昔の高橋の文学論は面白かった。今はダメ。全然勉強してない。作家が長持ちするには一にも二にも勉強だ、と三島由紀夫は言っていたぞ。

・内藤国夫『都知事とは何か』(草思社) 評価★★★★ 青島がいかに都知事として無能であったか、美濃部がいかにブレーン任せであったかが分かる。興味深い内容。

・小室直樹『日米の悲劇』(光文社) 評価★★★ 古本屋で買った本。発想が面白いが、内容の真偽のほどは分かりかねる。

4月

・笠井潔『探偵小説論T、U』(東京創元社) 評価★★★★ 単なるミステリ論にとどまらず、知識人論としても十分読める本。

・福田和也『日本の決断』(角川春樹事務所) 評価★★ 中身が薄い。本も薄いけど。

・大宮真琴・他(編)『鳴り響く思想−現代のベートーヴェン像』(東京書籍) 評価★★★ ロマン・ロラン的なベートーヴェン像からは遠く隔たってしまった現代だが、専門家によって様々な視点から楽聖研究が進められていると分かる本です。

・堀内修『はじめてのオペラ』(講談社現代新書) 評価★★★ 軽快な語り口でオペラの基礎知識を与えてくれる本。

・下條信輔『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書) 評価★★★★ 生物それぞれの知覚が意識を規定しており、「普遍的な」意識や認識はあり得ないのではないかという哲学的な命題をも考えさせる刺激的な内容。 

・小浜逸郎『吉本隆明』(筑摩書房) 評価★★★★ 帯の宣伝文句の通り、果敢な内在批判で読みごたえあり。

・河上亮一『学校崩壊』(草思社) 評価★★★★★ かねてから「プロ教師の会」の一員として教育問題へ発言を続けてきた著者の、説得力あふれる本。

・辻本雅史『学びの復権』(角川書店) 評価★★ 江戸時代の教育のあり方を述べた箇所は面白いが、それが現代に安易に結びつけられるところは首をかしげざるを得ない。現代と江戸時代じゃ社会背景が違うでしょうが。

5月

・小田嶋隆『無資本主義商品論』(翔泳社) 評価★ 古本屋で買ったのだけど、読んで1日で内容を忘れてしまった。

・宮台真司『透明な存在の不透明な悪意』(春秋社) 評価★★★ 現状分析は鋭いが、処方箋となると首をかしげざるを得ない。学級崩壊に絡んで、学級は維持できなくていいと言うのだが、彼は都立大でもそうやっているのだろうか。

・姫野カオルコ『禁欲のススメ』(角川文庫) 評価★★★ 姫野の本は読んだことがなかったが、小谷野敦が姫野をほめていたので読んでみました。肩の凝らないエッセイ集だけど、なるほどと思う箇所が多い。

・ハロラン芙美子『アメリカ精神の源』(中公新書) 評価★★★★ 授業の必要で読んだ本。アメリカの宗教全般にわたって説明した、バランスのとれた本だが、著者がカトリックのせいかやや宗教擁護に傾いている感じがする。

・竹内洋『学歴貴族の栄光と挫折』(中央公論社) 評価★★★★ いわゆるメリトクラシーについて書かれた本。面白いが、知識相対主義で、すべてを社会状況により説明する姿勢は疑問なしとしない。

・藤本由香里『快楽電流』(河出書房) 評価★★★★ これまた小谷野敦がほめていたので読んでみた。面白くはあるが、レディスコミックを材料に男を論じるあたり(女を論じるならともかく)、限界を感じる。

・越智道雄『WASP』(中公新書) 評価★★ 授業での必要から読んだ。いわゆるワスプについて説明した本だが、材料の使い方がこなれていないし、著者の歴史認識にも疑問を覚える。

・森嶋通夫『智にはたらけば角が立つ』(朝日新聞社) 評価★★ これまた小谷野敦がほめていたので読む気になったのだが、この自伝、記述の仕方がどうも面白くない。経済学者って、何が肝心なのか分かってないのではないかしら。京大が気に入らなくて阪大に移るあたり、それが可能だということががいかに恵まれた境遇であるかも十分認識していないみたいなのだ。

・姫野カオルコ『ガラスの仮面の告白』(角川文庫) 評価★★ やはり肩が凝らないエッセイ集。

・本間長世『ユダヤ系アメリカ人』(PHP新書) 評価★★★ ユダヤ人というのは分かるようで分からない。タイトルどおりアメリカに住むユダヤ人、というかユダヤ教徒について書いた本。授業での必要から読んだのだけど、情報量はさほど多くない。

・梅崎義人『動物保護運動の虚像』(成山堂書店) 評価★★★★ 捕鯨問題を始め、アザラシ、象、オットセイなど、野生動物の保護がいかに恣意的に行われているか、いかに政治的に悪用されやすいかを述べた本。「自然保護」は何でも正義と信じ込んでいる人には必読書。

・佐藤忠男『映画をどう見るか』(講談社現代新書) 評価★★★ 古本屋で買った本。政治的認識はやや古くなっているが、ジョン・ウェインの西部劇に関する分析など、なかなかいい。

・『浪漫人 三島由紀夫』(浪漫) 評価★★★ 古本屋で買った本。冒頭の林房雄と村松剛の対談で、意見が噛み合っていないのが面白い。

・西尾幹二・他『教科書との15年戦争』(PHP) 評価★★★ 歴史教科書の問題点を指摘した刺激的な本。逆に言うと、専門的な歴史学者のあり方が問われる。

6月

・藤原正彦『数学者の言葉では』(新潮文庫) 評価★★ 昔この人の書いたエッセイ『若き数学者のアメリカ』を読んで面白さに感嘆したが、これはそのダシガラみたいであまり感心しない。古本屋にて二百円で買ったのだけど。

・小浜逸郎『この国はなぜ寂しいのか』(PHP) 評価★★★ 著者のバランスのとれた見方は相変わらずだが、バランス感覚だけだとやはり飽きるような気がする。

・上坂冬子『腹立ち日記』(小学館) 評価★★★ 女は肉親から精神的に離れられない、という現象が、このコワい(失礼!)おばさんのエッセイ集からも読みとれるのは興味深い。

・広田照幸『日本人のしつけは衰退したか』(講談社現代新書) 評価★★★★★ 最近「家庭のしつけがダメになった」なんて言われるけど、昔のしつけは本当にきちんとしていたのかという問題を解明した本。世に流通する常識をくつがえしてくれる、きわめて知的刺激性に富んだ好著。家庭や社会環境が違う人間に一律の処方箋を提供する「心理学」に疑問を呈している箇所もいい。

・渡部昇一・呉善花『日本の驕慢・韓国の傲慢』(徳間書店) 評価★★ 日本と韓国の比較文化論だけど、もう少し丁寧に論じてくれないと。ある種のイデオロギー的な親・韓国主義への批判は当然として。

・小林よしのり・西部邁・他『国家と戦争』(飛鳥新社) 評価★★★ 小林の『戦争論』への批判に対する反批判としてもたれた座談会の記録。小浜逸郎が坂口安吾『堕落論』を誤読しているという指摘がいい。

・村上由見子『アジア系アメリカ人』(中公新書) 評価★★★★★ 昔読んだのを授業の必要から再読したのだが、よく取材が行き届いてバランスのとれた好著であることを再認識。アファーマティヴ・アクションに関する言及もある。

・藤野茂『アメリカ・インディアン悲史』(朝日選書) 評価★★★★ やはり昔読んだのを授業での必要から再読。インディアン(最近はネイティブ・アメリカンと言わないといけないのかな)を追いつめていく白人の獰猛さがすごい。福田和也流に言うと、アングロサクソンの狡猾と非道さを再認識させてくれる本。

・姫野カオルコ『初体験物語』(角川文庫) 評価★★★ 昔懐かしい、という感じがするエッセイ集。ただし30歳以上でないとよく分からないかも。

・中野翠『犬がころんだ』(毎日新聞社) 評価★★ 古本屋で買ったのだが、肩が凝らなさすぎるエッセイ集。

・小林よしのり・竹内義和『教科書が教えかねない自虐』(ぶんか社) 評価★★★ 従軍慰安婦問題で「強制連行」説を完膚なきまでに批判している。いわゆる「市民サヨク」への批判として有効。

・日高敏隆『ぼくにとっての学校』(講談社) 評価★★ 著名な生物学者の自伝的エッセイだが、自分の学校体験を普遍化することには用心すべきだという一般論を再確認したにとどまった。

・渡部昇一・呉善花『韓国の激情・日本の無情』(徳間書店) 評価★★ 上記渡部と呉の対談集の続編。似たような印象。

・西部邁『西部邁の論争の手引き』(日刊工業社) 評価★★★ 官僚批判には共感する部分もあるとしながらも、「我が社意識しかない民間会社の人間より、官僚の発言のほうが公共的だ」と述べている箇所が悪くない。

・森孝一『宗教から読むアメリカ』(講談社) 評価★★★★ 以前読んだ本を授業のために再読したが、よく目配りのきいた本であると再認識。ファンダメンタリズムは一部の過激派の観念ではなく草の根大衆の意識を反映しているとしている箇所が興味深い。ただ、アメリカへの視点の細やかさに比べると、日本に言及した箇所はお粗末だ。

・岩城宏之『フィルハーモニーの風景』(岩波新書) 評価★★★ 古本屋で買った。指揮者の書いた肩の凝らないエッセイ集だが、ハープ運送業者というのがいて、その人たちの献身的な努力によりオーケストラが支えられている、高級楽器を買いあさって死蔵しておく(楽器は使わないと悪くなる)大企業とは大違いだ、と言っているところがいい。

・坪内隆彦『キリスト教原理主義のアメリカ』(亜紀書房) 評価★★★★ 以前読んだのを授業での必要から再読。上の森孝一の本と似たテーマを扱っているが、アメリカ内部の政治との関連をよりリアルに追っている好著。

7月

・綾辻行人『眼球綺譚』(祥伝社) 評価★★ このジャンルは余り読んでないのだが、ホラーとして何かもう一つ足りないような気がする。

・林道義+小浜逸郎『間違えるな日本人!』(徳間書店) 評価★★★ 対談集。団塊の世代もダメだがその直前の世代もダメだというのは何となく分かる気がする。フェミニズム批判なども面白いが、林は(書いたものは知らないが)話し方が下手だ。小浜は場慣れしているせいかはるかにうまい。 

・ネルソン・W・アルドリッジ『アメリカ上流階級はこうして作られる』(朝日新聞社) 評価★★★ 授業での必要から読んだのだけれど、オールド・マネーと称されるアメリカ上流階級の生態が分かって面白い。ただ、当の上流階級に属するアメリカ人が書いているので、日本人にはややなじみにくいところもある。

・佐藤良明・柴田元幸『佐藤君と柴田君』(新潮文庫) 評価★★★ 東大の英語教師2人が書いたエッセイ集。二人とも私と同世代なのでまあ感性的には分かるんだけど、柴田君は日本オオカミがとっくに絶滅しているのを知らなかったり新聞を取っていなかったり、若干問題がありそうだ。植木等の歌は「公園のベンチでごろ寝」であり「ホームのベンチ」じゃなかったような気がするが。 

・久保田慶一『モーツァルトに消えた作曲家』(音楽之友社) 評価★★★ モーツァルトの影になって評価が遅れている同時代の作曲家を取り上げた本。モーツァルトの父レオポルトが何十曲も交響曲を書いており、なまじ出来がよかったために息子の作品と取り違えられたものもあるとか、かの有名なヨゼフ・ハイドンの弟のミヒャエル・ハイドンがモーツァルトにかなり影響を与えているとか、様々な作曲家の再評価を迫る内容であるが、上記二人以外はややつっこみが足りないのが惜しい。有名な「おもちゃの交響曲」は私の小学生の頃はヨゼフ・ハイドンの作だと言われていたが、その後、レオポルト・モーツァルト作ということになり、最新の研究ではミヒャエル・ハイドン作ということになったそうな。めまぐるしいですね。

・潮木守一『アメリカの大学』(講談社学術文庫) 評価★★★★ 授業での必要から読んだが、この著者の本にはハズレがない。現在でこそハーヴァードやイェールなど豊富な財源をもとに世界に冠たる位置を占めるアメリカの大学だが、19世紀半ば頃まではその内実は高校程度で、ドイツの大学にはるか後れをとっていた。それがいかにして改革され世界のトップに躍り出たのか。大学内部での様々な教育論議は現代の大学問題にも通じるところが多い。

・若林直樹『近代絵画の暗号』(文春新書) 評価★★★ 既存の美術史に挑戦状をたたきつけ、有名絵画を見る新たな枠組みを示す、と断言した挑発的な本。特に2作をとりあげたマネに関する部分が面白いが、高階秀爾などその筋の権威はどう受けて立つだろうか。

・姫野カオルコ『愛は勝つ、もんか』(大和出版) 評価★★★ 例のごとく、肩の凝らないエッセイ集です。 

・廣川洋一『プラトンの学園アカデメイア』(講談社学術文庫) 評価★★★★ 哲学者プラトンが開校したアカデメイアは有名だが、その実態となると意外に資料が乏しくよく分かっていない。その乏しい資料を丹念に読み解き、様々な学者の説を検討して、古代学問のメッカだったこの学校の実像に迫ろうとした本。読みながら、学者の仕事はこうあるべきだと思って感動しました。

・辻村明『大衆現象を解く』(講談社現代新書) 評価★★ 古本屋で買った10年余り前の本だけど、同時代の事件にテキトーな解釈を付けている部分が多くて、中身が濃くない。

・山崎俊晴『ヴィスコンティとトーマス・マン』(日本図書刊行会) 評価★★★ 映画監督ヴィスコンティが作家トーマス・マンにかなり入れ込んでおり、影響を受けていることを指摘した本。「私のドイツ文学案内」に詳細な書評を載せておいたので、そちらをご覧下さい。

8月

・佐藤勝巳『在日韓国・朝鮮人に問う』(亜紀書房) 評価★★★★ 古本屋で買った91年初版の本。長らく「在日」に対する差別問題に取り組んできた著者は、やがて日本側よりも「在日」側に多くの問題点があるのだと考えるようになる。悪名高い指紋押捺制度にしても、なぜそれが必要だったのか、その理由を挙げるとともに、韓国にも指紋押捺制度はあると指摘するなど、在日に関わる様々な問題への多面的な見方を示してくれる。

・井上章一『狂気と王権』(紀伊国屋書店) 評価★★★ 天皇狙撃犯が狂気とされやすい事実などをもとに「精神鑑定」と時代や政治的権力との関係を探った本。王様や天皇自身も下手をすると狂気ということにされやすいらしい。たまたま全日空機乗っ取り・機長刺殺事件の直後に読んで、刺殺犯が精神病かも知れないからというのでマスコミから匿名扱いされていたこともあり、天皇狙撃犯だけではなく「犯罪一般と狂気」というテーマもあり得るなと思いました。

・鹿島茂『職業別・パリ風俗』(白水社) 評価★★★★ 19世紀のフランス小説に出てくる様々な職業の実態をわかりやすく説明した本。例えば公証人という、フランス小説にはよく出てくるけど日本人にはあまり馴染みのない商売が具体的にはどういうものだったかはこの本を読めば分かる。別段フランス文学を読む助けにするということでなくとも、現代日本と比べていろんな職業の変遷或いは不易に感心するだけでも読む価値がある。私なら、お針子、女中、社交界の女王、娼婦など女に関するところを楽しんだり、復習教師の悲惨さに関する叙述を人ごとではないなと思ったりしました。 

・大崎滋生『音楽演奏の社会史』(東京書籍) 評価★★★★★ クラシック音楽の演奏の変遷をたどった本だが、それだけにとどまらず、音楽研究とは何か、過去の音楽を甦らせることに意味があるのか、音楽研究と歴史主義の関連、など深い思索に満ちた名著である。詳細な書評は「音楽のページ」を参照のこと。

・福田和也『魂の昭和史』(PHP) 評価★★★ 青少年向けの昭和史の本。江戸時代や明治時代をざっと概観した上で、昭和史を極力分かりやすく、しかし歴史の複雑さに十分配慮しつつ記述している。福田和也は巷間右翼などと言われているが、これはかなりバランスのとれた本だと思う。

・小浜逸郎『「弱者」とはだれか』(PHP新書) 評価★★★★ 「弱者」を「抑圧」する行為を「差別」として批判することで近代は成り立ったが、はたして識者やマスコミの想定する「弱者」は本当に「差別」された存在なのか、という現代の根幹に触れる問題を、身体障害者、被差別部落出身者、在日朝鮮人、果てはハゲ・ブス・デブ……等々に至るまでまな板に載せながら、徹底的に考え抜いた本。内容には9割方賛成で、後の1割には反対というより留保を付けたいが、詳しくは別の機会に……。

・渡部直己『不敬文学論序説』(太田出版) 評価★★★ 「何をどう書いてもいい」のが小説というものだと称しながら、近代日本文学が触れること稀であった対象がある。天皇がそれだ。 明治以降天皇を登場させた作品(数が少ない)を俎上に載せて、文学がこの国のタブーに事実上連戦連敗の惨状を呈してきた事情を浮かび上がらせようとした野心的な本。 意欲的なテーマにまず拍手を送った上で、記述の仕方があまりに「文学的」で分かりにくい、と苦情を言っておこう。この辺は上の井上章一(この本でも言及されている)を見習って欲しい。戦後を論じた部分、特に大江健三郎に関する分析は面白いが、これに比べると戦前の部分はもう一つ。 漱石の『こころ』で「私」の父の病気が明治天皇のそれと並行関係にあるとする指摘はいいが、それ以外の解釈は首肯しかねるし、鴎外に関する記述は錯綜していて分からない(分かりにくい、のではない)。 何が書かれなかったかを論じるのは難しいと改めて感じ入った次第。

・戸部良一『逆説の軍隊』(中央公論社) 評価★★★ 明治以降の日本における軍隊の組織形成とその問題点を叙述した本。様々な観点から軍隊を照射しようとした労作ではあるが、正直のところあまり面白い感じはしなかった。著者の問題意識のありようが私とズレているためか。

・林進『三島由紀夫とトーマス・マン』(鳥影社) 評価★★ 三島がマンから受けた影響、そして両者の作家としての等質性と異質性を論じた、独文学者による本。 特に三島の、全集や単行本に入っていない対談などまできちんと渉猟しマンへの言及箇所を集成した労苦には頭が下がる。しかし……読んで面白みを全然感じなかった。学者の仕事としてはきわめて良心的なのだが、「文学」はそれだけではいけないということの見本のような気がする。

・加藤隆『「新約聖書」の誕生』(講談社) 評価★★★★ 新約聖書に含まれている様々な文書がどういう事情で成立したのか、そしてそれらがいかなる過程をへて「新約聖書」としてまとめられたのかを分かりやすく説明した本。私は聖書学にはシロウトだが、一部推測を交えているとはいえ、新約聖書成立の道筋がこんなにはっきり分かっているのかとびっくりしました。口頭でのコミュニケーションと文字による文書の役割の違いに関する指摘も刺激的。詳細を知りたい方は、「本格書評」の「文化・社会・人文科学一般」をごらんください。   

9月

・シェルビー・スティール『黒い憂鬱』(五月書房) 評価★★★★★ 授業の必要から読んだ本だが、卓越した内容の名著である。著者はアメリカの大学で教鞭をとる黒人男性。 アメリカでは近年、いわゆるアファーマティヴ・アクションにより、人口比率に応じて黒人を大学に入学させてきた。高校までの成績が悪くても、それは白人に比べ恵まれない環境で育ったためで潜在的能力はあるはずだから、という理由である。 ところがそうして大学に入った黒人の成績は振るわず、退学率も高くなるばかり。 なぜそうなったのかを著者は冷徹に分析する。 自分を弱者・被害者と想定し、そこから逆説的な権力を引き出そうとする限りは本当の意味での自己実現をはかることはできないと、黒人の側の分離主義を憂い、「黒人だから」「アジア系だから」「女性だから」といった、ある種の自己特権化要求を「バルカン半島化だ」として批判する。 なお残念ながら、最初に日本語版序文を石川好が書いているのだが、こちらは余りにレベルが低く評価★1つである。削除した方が、いい本になると思いますが。 詳細を知りたい方は、「本格書評」の「文化・社会・人文科学一般」をごらんください。

・三浦友和『被写体』(マガジンハウス) 評価★★★★ 三浦友和と私にはいくつか共通点がある。日本人男性であること(笑)、三浦という姓であること、そして1952年生まれであること。 一方、彼と私には違いもある。その最大のものは、言うまでもなく、彼が百恵さんの亭主であるのに、私はそうでないということだ。……与太話はともかく、日本で最も注目される女性を妻にした彼が、この二〇年間をどう生きてきたかを綴ったのが本書である。結婚引退して、本来ならプライヴェートな生活を楽しめるはずの百恵さんをマスコミが包囲して取材狂騒曲を演じた記憶は、三〇歳以上の人には生々しく残っているはず。 この本を読むと、取材される側がどれほどこれによって神経を傷つけられ、被害を被ったかが分かる。あの取材狂騒曲は、はっきり言って犯罪だったと私は思う。 そしてそれを支えたのは「百恵さんのことを〔結婚引退しているのに〕知りたい」という大衆であり、その大衆の支持をもとに「みんなが望んでいるんですから」と破廉恥(まさにこう言うべきだ)な行動に走ったマスコミである。 読んでいて、二〇年間に及ぶ彼や百恵さんの労苦を改めて知ると同時に、ふだん芸能界のことに興味がない私には、「へえ」と面白く感じられる部分が多々あった。 著者は本文では百恵さんについては「彼女」「妻」で通して名を出さず、エピローグで初めて、私は「百恵ちゃんの旦那」と言われることが多い、という形で名を出しているのも、なかなかいい。      

・林真理子『不機嫌な果実』(文芸春秋) 評価★★★ エッセイはともかく林真理子の小説は読んだことがなかったので、古本屋で買って読んでみた。映画化されたものは見ていたので、比べてどうかという気持ちもあった。一読して悪くないなと思った。現代風俗小説でそれ以上でも以下でもないが、作者がそこに自覚的であるところがいい。登場人物に対する批判的視点が貫徹されていて、イデオロギー的な作家の作品にありがちな、語りの視点が主人公にひたすら同情的ということが全然ない。世紀末日本のマダム・ボヴァリー、というと褒めすぎかな。

・佐々木毅『現代アメリカの保守主義』(岩波書店) 評価★★★★ 15年前の本を授業での必要性から読んだのだが、ソ連崩壊などの状況の変化はあっても内容は古びていない。リベラリズムの福祉重視や大きな政府論に対する理論的批判は、今の日本を考える上でも十分に有用だと思う。オビに「新保守主義のイデオロギーと実態を暴く!」なんて書いてあるのが、版元のイデオロギーと知性の程を示していて、おかしい。

・堀武昭『反面教師アメリカ』(新潮社) 評価★★★ 著者のアメリカ体験を通して、自国中心主義的で身勝手なアメリカの本質を明らかにしようとした本。しかし叙述法が感心しない。体験記としては断片的だし、かといって系統だったアメリカ論でもない。部分的には面白いし、アメリカは自由と平等を奉じる正義の国家だと信じている人にはいいかも知れないが、読書家には物足りない。  

・篠田節子『愛逢い月(めであいづき)』(集英社文庫) 評価★★ 6篇を収めた短篇小説集。この人の作品は初めて読んだが、文章が上手ではあるけど文章だけで読ませるほどの個性はなく、素材や筋書きもさほど斬新とは思われない。かといって日常のつまらなさがつまらないままに描写されているわけでもなく、中途半端に通俗的なのだ。その中で短篇集の最後を飾る『内助』は、ヒロインの類型性とは逆に、司法試験合格を目指しながら料理人に変貌してしまう夫が奇妙に面白く、成功している。   

10月

・李青若『在日韓国人三世の胸のうち』(草思社) 評価★★★★ 在日韓国人三世(正確には、父が1世、母が2世なので、2,5世だそうです)である著者が、「在日」の普段の暮らしぶりやものの考え方を綴った、興味深いエッセイ集。法事などに朝鮮半島の文化を残しながらも、普段の暮らしぶりでは完全に日本人(朝鮮語も話せない)であると自覚する著者は、在日だからと日本と違った文化を認めようとしたり、やたらに贖罪意識をちらつかせたりする日本人に違和感を覚えるという。肩ひじ張らずに生きる著者の姿勢に共感が持てる本だ。                         

・金沢正剛『古楽のすすめ』(音楽之友社) 評価★★ 感心しない。タイトルに反して、古楽の様々な曲を体系的に手ほどきしてくれるわけでもなく、技法などを一から説明しているわけでもない。あとがきには専門的な論文ではなくエッセイだとあるけど、シロウトには理解困難な文章も含まれている。雑誌に書いた雑文を集めて本にしたらしいが、雑文としても面白みが少ない。というわけでいいところはほとんどなし。

・藤本ひとみ『大修院長ジュスティーヌ』(文春文庫) 評価★★★ 大革命前後のフランスを舞台とし、性をテーマにすえた短篇小説3篇を収録。藤本ひとみの本は2冊目だけど、以前読んだ『コキュ伯爵夫人の艶事』に比して活字で読む少女漫画、或いは宝塚の世界といった印象が強い。モームの『雨』のように結末が見えてしまう表題作より、意外性に満ちた『侯爵夫人ドニッサン』や、娼館の仕組みの勉強になる『娼婦ティティーヌ』を私は買う。

・マルドリュース『愛のバイオリン』(偕成社) 評価★ 20年も前に出版された少女小説であるが、たまたま2年前古本屋の店頭で見かけ、タイトルと、バイオリンを弾く愛らしい少女を描いた表紙に惹かれて購入した。将来娘(今はまだ幼稚園)に読ませようと考えたのである。自分でも内容を把握しておかねばと思い読んだのだが……何じゃ、これは! ヒロインの少女ナルシスは父母が離婚して父方の祖母に引き取られ、高名なバイオリニストだったという曾祖父のバイオリンを譲り受けて練習に励む。 途中、戦争だの祖母や父が死ぬだの、色々苦労の種があるのだが、最後には努力が実って著名なバイオリニストになる、或いは少なくともなれそうだという見通しが立つ……のかと思えば、全然そうではなく、カネ稼ぎのために映画館付きのバイオリニストに嫌々なるところで話は終わってしまうのだ。ガーン(『巨人の星』調)! こんな少女小説があっていいのか! 作者は、訳者・山主敏子のあとがきによると「コレット女史と並んで高く評価されている」フランス作家だそうだけど、全然聞いたことがないなあ。 こりゃ、娘には読ませられませんね。 

・白幡洋三郎『旅行のススメ』(中公新書) 評価★★★ 旅行というものを歴史的に検証しようとした本。主として近代日本における「旅行」の成立と歴史を扱っている。まあまあ面白いが、団体旅行が日本独特のものという俗説に異議を唱えながらも、外国の場合はどうなのかきちんと検証していないなど、物足りないところも残る。修学旅行がイデオロギー論争の種になりやすい、という部分は興味深い。

・横森理香『恋愛は少女マンガで教わった』(集英社文庫) 評価★★★ 少女マンガ論というか、恋愛論というか、まあこの本では「少女マンガ=恋愛」だから論としては一つなのだけど、そういう本です。私はフェミニズムのような醜悪なフィクション(現実じゃないぜ)より少女マンガのような美しいフィクションの方が好きだから、基本的に面白く読めましたが。 でも著者はいい加減子供くらい生んだ方がいいんじゃないかね。まだ間に合うはず。

・宮崎正弘『三島由紀夫「以後」』(並木書房) 評価★★★ 大学紛争時代、三島由紀夫、村松剛、保田與重郎など右派系の知識人と交際があった著者の回想記。まとまった論考ではないが、こうした人たちの遺影をしのぶうえでも、また左派学生運動が盛んだった当時にあっての右派系学生運動の記録としても興味深い。三島とともに自刃した森田必勝の恋人が独身を通して故郷に住んでいる話などは泣かせる。

・平野謙『昭和文学の可能性』(岩波新書) 評価★★ 27年前に出た本を古本屋で買ったもの。著者・平野謙は文芸評論家として当時著名だった人だが、今読むとさすがに時代の変遷を感じないわけにはいかない。 昭和初期の、プロレタリア文学勃興期を中心に、小林秀雄、志賀直哉、横光利一、中村光夫など著名な名前が次々登場するけど、私的回想記の色合いが濃くて記述がごちゃごちゃしているし、今からすると分かりにくい部分が少なくない。当時の共同観念を土台に書いているからだろうが、中村光夫の本だと同じ頃のものでも分かりにくいとは思わないから、著者の書き方にも問題があろうと思う。 例えば、私が気になるのは志賀直哉の物質的(つまり金銭的)基盤がどうなっていたか、本人がそれをどう思っていたかだが、そういうことは全然触れていないのだ。 その辺りをきちんと書くのが、社会主義運動を経由した人間の仕事なんじゃないの?

・黒岩徹『物語・英国の王室』(中公新書) 評価★★★★ 現在の英国王室を代表する3人の王族、エリザベス女王、その夫君のフィリップ殿下、長男のチャールズ皇太子について書かれた本。エリザベス女王については日常の仕事ぶりを、後の二人については教育や育った環境が性格形成に大きな影響を与え、それが最終的にはチャールズのダイアナとの離婚にまでつながっていることを指摘している。非常に面白く、一気に読了できる本だ。詳しくは「本格書評−この本を読め!」の「外国事情・国際交流」を参照。

11月

・岩崎稔/小沢広明(編)『激震! 国立大学−−独立行政法人化のゆくえ』(未来社) 評価★★★ 独立行政法人化がとりざたされている国立大学。中身が不明瞭なまま一人歩きしている「独法化」の内容を吟味し、その危険性を訴えた本。独法化の理論的根拠になっているネオ・リベラリズムがすでに時代遅れのシロモノであることを指摘している。十人以上の執筆者がいるので内容に多少玉石混淆の気配があるのが残念。上野千鶴子だの姜尚中だのの教育学や学制のシロウトに、名前が売れているからというだけの理由で書かせるのはやめて欲しい。ちゃんと専門家に執筆を依頼すべきである。学者の本なんだからね。

・唐沢俊一『トンデモ怪書録』(光文社文庫) 評価★★★★ かねてからトンデモ本の収集で名高い著者の本領を遺憾なく発揮した本。笑って読みながらも、実に多様なトンデモ本がこの世にあることを教えられると同時に、人間というものの知性(?)の多様さにも目を開かれる。あとがきで、寝転がって読めない電子本に活字の本が駆逐されるはずがないと言い切っているのもいい。寝転がって読むのに最高の本だ。

・木村尚三郎『家族の時代――ヨーロッパと日本』(新潮社) 評価★★★ 14年前に出た本だが、最近古本屋で買って読んでみた。家族のあり方の地域と時代による変遷を西洋史学者が叙述している。体系的と言うより、部分的な知識に面白いところが多い。私で言えば、なぜ西洋ではジューンブライドがいいとされるのかとか、昔学校で教わった西洋中世時代の「領主の初夜権」なるものはごく一部の地域の現象を拡大して言い立てたものにすぎない(歴史学ではそういうケースが多いらしい)とか、女性の権利はフランス革命直後の法律で最も低かったとか、家族の基本形は昔から核家族だった、といった記述が興味深かった。しかし現代に触れた部分は、こういう本の通例で、思いつきの域を出ないような気がする。

・和田秀樹『親の自信が子どもを救う!』(河出書房) 評価★★★ この本は大きく分けて二つの部分からなっている。 ひとつは、世間にはびこっている教育上の俗論を批判し、受験勉強をしっかりやっている子供の方がメンタルヘルスはいいとか、現在日本の学校で数学に充てられている時間は先進国中最低であるなどの事実を明らかにし、近年の「ゆとり教育」の流れを批判している部分。 ここは共感を持って読めた。 残りは子供の教育過程の細かい心理的分析や処方箋なのだが、こちらは退屈だった。ただ、多少乱暴な教育法でも、親が信念をもって首尾一貫して子供に対応した方がよく、他人の説を入れて親がぐらつくのは悪い影響を与えるというのは、多分その通りだろう。本のタイトルもそこからとられている。

・安岡高志/滝本喬/三田誠広/他『授業を変えれば大学は変わる』(プレジデント社) 評価★★★ タイトルどおりの本である。従来、日本の大学教授は研究中心で教育をなおざりにしていたが、進学率が50パーセントに迫る一方で急速な少子化が進む今日、それでは大学は生き残れないとして、学生による授業評価を軸として教育改善をやれば大学はよくなる、と訴えた本。半分の真理は認めるけど、大学教育ってそんなに単純に割り切れるわけないよと言いたい気分が半分である。例えば学生の学力に関する議論はこの本にはほとんど見られないのだ。詳しくは「本格書評−この本を読め!」の「教育」を参照のこと。

・横山三四郎『ロスチャイルド家−−ユダヤ国際財閥の攻防』(講談社現代新書) 評価★★★★ 財閥として名高いロスチャイルド家の発端から現代に至るまでの軌跡を、要領よくまとめた本。ナポレオン戦争など、ヨーロッパの重要な歴史にロスチャイルド家のカネが絡んできたことなど、歴史は政治家や軍人によってのみならず金融家によっても大きく動かされてきたのだと実感させられる。最後で日本との関わりにも触れられていて、日露戦争で日本が軍費を調達するにもロスチャイルド家が関わっていたのだと知って、カネは天下の回り物だと実感しました(小生のところには回ってこないが……)。

12月

・紀田順一郎(編)『古書(日本の名随筆・別巻12)』(作品社) 評価★★★ 最近年のせいか、同じ本を買ってしまうことがままある。 それも、買ったけど読んでいない本ならともかく、読んだのにそのことを忘れて再び買ってしまうのだから始末に負えない。 新刊本なら出たばかりなわけだから重複はあり得ない(ただしハードカバーを文庫化した場合は危ない)し、新刊でなくとも新本なら大抵生協に注文するので、念のためあらかじめ書棚に目を通しておくことも可能だが、古書店の店頭で買う場合は、いちいち自宅や研究室に戻って確認するわけにもいかないので、ダブリが目立つのである。 この『古書』も先日古本屋で買った(シャレではない)が、研究室をよく見たらすでに購入していた。 しかし読んでみると中身のほとんどは忘却の彼方であった。ただ一つ、反町茂雄氏の文章だけは記憶に残っていた。 また、覚えてはいなかったが出久根達郎氏の文も感動的だと思った。 いずれも著名な古書店の主人であることは偶然ではあるまい。ダブって買ってしまった本は、以前は古本屋に売っていたが、最近は古本の値段も安いので、学生にくれてやることにしている。 

・西尾幹二『国民の歴史』(産経新聞社) 評価★★★★ 話題の書である。A5判770ページという大部の本なので読むのに時間がかかったけど、それだけの内容が盛り込まれていることは私が請け合う。 年号だとか人物だとかにこだわった歴史の本というよりは、私は何より西尾氏の哲学が現れた本として読んだ。私はかねてから西尾氏を高く買っている。 独文学者として書いた『ニーチェ』2部作(第3部は、この調子で行くと書かれないでしまうのだろうか。実に惜しい)といい、文明批評家として書いた『ヨーロッパ像の転換』といい、自伝である『私の昭和史』といい、氏の独自な思考と鋭い観察眼に驚かされない本はない。 私は日頃から、日本人ドイツ文学者にはロクなのがいないと思っているのだが、西尾氏は例外中の例外である。この本については各方面で色々言われているけど、とりあえず一読をおすすめする。 このコーナーは狭いので、詳しくはいずれ別のところで……。

・堀越孝一『教養としての歴史学』(講談社現代新書) 評価★★ 大学での講義をそのまま本にしたらしいが、歴史学の基本的な考え方を時代の変遷を追って理路整然と解き明かした本かと思うと、漫談調が目立ち、目新しい情報が少ない。こういう講義は、ワタシだったら途中からサボるね。こんな本書いてたんじゃあ、知名度で阿部謹也に負けても仕方がないんじゃないですか。

・と学会『ドンデモ本−−女の世界』(角川書店) 評価★★★ 著名な(?)トンデモ本シリーズが、マンネリを脱するべくというわけか、今回は女の本を取り上げた。期待して読んだが、意外に面白くない。女に関わる本ってもう少しトンデモなんじゃないかと思っていたが、本の集め方と論じ方にもう一工夫欲しい。個人的には「お嬢様になるには」系の本が面白かった。 それと、誤植が目立つ。美智子皇后が「美知子」になってるし、その実家が「生田家」になっている。 これじゃ、この本自体がトンデモ本になりそうだし、右翼に襲撃されるんじゃないか。

・桜井哲夫『戦争の世紀−−第一次世界大戦と精神の危機』(平凡社新書) 評価★★★★ 戦争といえば日本にとっては何といっても第二次大戦だが、ヨーロッパにとっては第一次大戦こそが古き価値観や伝統を根こそぎひっくり返した大戦争であった。当時のヨーロッパ文化人が戦争から受けた衝撃や世代間に生じた亀裂などを丹念に拾い集めたのがこの本。やや専門的な内容だが、著者が学者としてスタートした頃から取り組んできたテーマとあっては当然であろう。時流に媚びずに一貫して自分のテーマを追求する著者の姿勢に感動する。

・高田康成『キケロ』(岩波新書) 評価★★★ ヨーロッパ文化の伝統に大きな影響を与えながらも、日本では名のみ知られ読まれることのきわめて少ないキケロについて書いた本。貴重な知識が手軽に新書本で得られるところはいいが、叙述法にやや問題がある。キケロ本人、或いは後世のキケロ受容にまつわる紛糾や事件をまず提示してから実はこの背景にはこういう事情があった、という書き方をしているのだが、私を含めて日本人は背景に関する知識がほとんどないのだから、最初に提示された紛糾や事件の叙述自体が分かりにくいのだ。思わせぶりな記述法はやめて、正攻法で行って欲しかった。詳しくは「本格書評−文化・社会・人文科学一般」を参照。

・別宮貞徳『やっぱり誤訳だったのか』(The Japan Times) 評価★★★ 雑誌「翻訳の世界」に連載している「欠陥翻訳時評」の9冊目の単行本化。相変わらずヒドイ訳のオンパレードで、おまけに私もそうとは知らず買ってしまった本(まだ読んでないが、エーレンライク『「中流」という階級』です)もあり、参考になります。

・ジョン・ソルト(編)『ススメ ススメ タバコノススメ』(BRサーカス) 評価★★★★ 最近、「嫌煙権」を初めタバコへの風当たりが強いが、タバコ及びタバコのみを擁護した本である。「エゴイスト叢書」と銘打ってあるのもいい。こういう反時代的な本って、私の好みですね。やたら健康ばっかり叫んでいるような人間は、本質的に病気なんだと思います。編者はアメリカ人だが、執筆者は日本人が多い。タバコのみもそうでない人(私はこちら)も、ヘソマガリ精神の持ち主なら楽しめること請け合い。

・小谷野敦『江戸幻想批判』(新曜社) 評価★★★★ 佐伯順子らを中心とする江戸幻想「江戸時代の遊女は聖女であった」を俗説として批判した本。学問が、その時代に合った口当たりのいい部分だけ世間に流通し、おまけに賞まで受賞してしまうという現代日本の反知性的雰囲気への警鐘として、一読に値する。

・呉智英+宮崎哲弥『放談の王道』(時事通信社) 評価★★★ 評論家二人の対談集。宮崎の博識が光る。呉智英もやや年をとってきたか。宗教をめぐる議論が面白い。日本の知識人が宗教にヨワいというのは、まったく同感。

・唐沢俊一『カラワサ堂怪書目録』(学陽書房) 評価★★★ またまた唐沢氏のトンデモ本紹介。よくタネが尽きませんね。黒岩涙香や尾崎紅葉など明治文学の大家にまで言及しているところに、この人の蘊蓄の深さを感じる。

・山田昌弘『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書) 評価★★★★ 成人しても就職しても親と同居し続ける独身男女を、著者は「パラサイト・シングル」と命名した。彼らが生活水準を下げたくないという理由でいつまでも親に寄生し結婚生活や子育てをしないために、日本の出生率は下がり続けているのだという。イデオロギーにとらわれない柔軟で明快な説明が読者を引きつける。親と同居している学生諸君は一読しておいた方がいいと思う。詳しくは、「本格書評(3)−文化・社会人文科学一般」を参照。

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