nemoとは?

(05年12月17日更新)             

 もくじ: nemoとは何か/『nemo』の購入法 /『nemo』総目次          

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nemoとは何か 

『nemo』とは、私が自前で出している雑誌の名称である。1994年春に創刊し、毎年1冊のペースで発行されている。

自慢するわけではないが、いや、自慢してしまうけれど、新潟大学広しといえども(新潟大の教員の数は、助手を入れると千人くらいになるだろう)、自分の雑誌を持っている教師は私一人のはずである。(もしほかに持っている方がおいででしたら、ご一報下さい。)

 nemoはラテン語で、英語のnobody、ドイツ語のniemandにあたる単語だ。一般には、ジュール・ヴェルヌの小説『海底二万里』に登場する潜水艦ノーチラス号の船長の名前として知られていよう。

 なぜ私は自前の雑誌を創刊したのか? 

 詳しくはいずれこのサイトで、或いは別の形で明らかにするつもりなので、ここでは以下のような抽象的な説明にとどめておこう。

                       *                                 *

 「大学改革」で現に何が行われているかを明らかにするためには、自前の雑誌を持つしか方法がないということ。大学教員の大半は「改革」の実態をひた隠しに隠しているし、自分が文部省の操り人形に過ぎないことをも隠し通そうとしている。

 現在、大学内で実権を握りつつあるのはいわゆる団塊の世代(昭和20年代前半生まれ)やその直前の世代だが、彼らの大半は学生時代に左翼体験を持っている。かつては反体制を叫んでいた人間たちなのである。その世代が、現在はひたすら文部省に平身低頭し、その方針に逆らう者を排除するという行動に走っているのは、きわめて滑稽でもあり、悲惨でもある。

 彼らは文部省の暗示した学科や講座を作るのに邁進する。自前で何かを考えたり作ったりすることはない。自分が本来選んだはずの専攻を平然と唾棄する。そして文部省の示唆を受けて大急ぎででっちあげたものでも、受験生向けパンフレットには「かねてから計画していた」などと美辞麗句を並べる。

 こうした精神的ロボットの背中をよく見てみたまえ。透明な糸が付いている。無論、先をたどれば霞ヶ関につながっているのだ。

 ただしロボットもただ一点だけ、自分で行動を起こす場合がある。自分がロボットであることを暴露される危険性にさらされた時である。

 彼らは学生の前では「議論することが大事」などと言っているかも知れない。しかしそれはタテマエに過ぎない。「大学改革」では議論は排除されている。彼らの欲するのは議論ではなく、盲従する喜びである。

 彼らが昔左翼だったのは、その意味では理解できる。時代風潮や「歴史的必然性」への盲従こそが、大半の左翼を作り出したのであったろうから。自分の頭で考えない人間は、いつの時代でも大多数を占めるものなのだ。

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  さて、抽象的な話はこの程度にしておこう。

 『nemo』は、大学改革の実態を初めとして、捕鯨問題や文化に関する諸問題を論じた文章を掲載しており、また書評や映画評もあって、総合的な文化批評誌であると自認している。「創造的批判」がこの雑誌のモットーである。

 

『nemo』の購入法

 

 『nemo』を読みたい方は、創刊号、4号、6号以外は在庫があるので、以下の方法で入手が可能である。定価は、第3号以降は500円、第2号は300円、ただし送料別。 A5判、90ページ前後。

 (1)直接私宛てにメールで申し込む。

 (2)私の研究室に直接買いに来ても結構です。 新潟大学五十嵐キャンパス、総合教育研究棟、A棟6階。

『nemo』総目次

第7号(2000年)

・新潟大学の外国語教育はこれでいいのか?

  福田一雄(英語)+高橋正平(英語)+鈴木利久(英語)+橋谷英子(中国語)+中沢敦夫(ロシア語)+西山教行(フランス語)+三浦淳(ドイツ語・司会)

  新潟大学の外国語担当教員7名による座談会。 教養部解体以降の外国語教育の現状と問題点を洗い出しています。

 ・ユートピア主義の終焉(連載第5回・最終回)

  ヨアヒム・フェスト著  三浦 淳 訳

  ドイツの評論家による、千年王国主義やマルクス主義の終焉を宣言したベストセラーの邦訳です。 これで完結。

 ・ホロコーストを若い世代のユダヤ人とドイツ人はどう見るか――ドイツの雑誌記事より

  訳・解説 三浦 淳

  ホロコーストの直接の被害者ではないユダヤ人、直接の責任はないドイツ人が、歴史的事実とどう付き合うべきかを語ったドイツ雑誌記事の邦訳。

 ・反捕鯨の病理学 第5回

  三浦 淳

  今回は、捕鯨問題に関する朝日新聞の報道姿勢を検証しています。

 ・新潟大学広報委員会委員は日本語が読めない――新潟大学学報と「大学改革」のデタラメぶりについて

  三浦 淳

  誤った記事を載せても訂正しようとしない学報、そして誤りだらけの記事で「大学改革」を美化しようとするこの大学の姿勢を問う。

第6号(1999年)  

〈座談会〉 英語帝国主義、或いは英語をめぐる諸問題  (出席者)福田一雄+成田圭市+三浦淳

ユートピア主義の終焉(第4回)   ヨアヒム・フェスト  三浦淳訳

反捕鯨の病理学(第4回)  三浦淳

日本独文学会理事会の姿勢を批判する  三浦淳

勝手な書評のページ’98 (桜井哲夫『不良少年』)

勝手な映画評のページ’98 (『黒い十人の女』ほか)

編集雑記

第5号(1998年)

〈座談会〉 社会科学の諸相と法学部の戦略 −新潟大学教養部解体を検証する(3)・社会科学系列編−  (出席者)沖野安春+石崎誠也+三浦淳

ユートピア主義の終焉(第3回)  ヨアヒム・フェスト  三浦淳訳

反捕鯨の病理学(第3回)  三浦淳

立花隆氏の「知的亡国論」をめぐって  三浦淳

独和辞典引き比べ(第2回)  三浦淳

アピール:全国のドイツ語教員の方々へ

勝手な書評のページ’97 (阿満利麿『日本人はなぜ無宗教なのか』、橋本治『宗教なんかこわくない!』)

勝手な映画評のページ’97 (『月とキャベツ』ほか)

編集雑記

第4号(1997年)

〈座談会〉 人文教養教育と専門教育の過去・現在・未来 −新潟大学教養部解体を検証する(2)・人文科学系列編−  (出席者)鈴木孝庸+栗原隆+先田進+斉藤陽一+三浦淳

ユートピア主義の終焉(第2回)  ヨアヒム・フェスト  三浦淳訳

反捕鯨の病理学(第2回)  三浦淳

壊滅に向かう新潟大学の第二外国語教育  三浦淳

勝手な書評のページ’96 (浅羽通明『大学で何を学ぶか』)

勝手な映画評のページ’96 (『フィオナの海』ほか)

編集雑記

第3号(1996年)

〈座談会〉 新潟大学教養部解体を検証する(1) −自然科学系列の場合−  (出席者)浜口哲+秋山茂樹+三浦淳

ユートピア主義の終焉(第1回)  ヨアヒム・フェスト  三浦淳訳

逢引き  ハインリヒ・マン  三浦淳訳

反捕鯨の病理学(第1回)  三浦淳

ドイツ語の翻訳を考える(第2回) −オペラ本の欠陥翻訳−  三浦淳

独和辞典引き比べ(第1回)  三浦淳

勝手な書評のページ (中島梓『夢見る頃を過ぎても』)

勝手な映画評のページ (『ふたりのベロニカ』ほか)

編集雑記

第2号(1995年)

捕鯨問題をめぐる往復書簡   世界自然保護基金(WWF)日本委員会 + 三浦淳

「新潟大学教養部解体に関する覚書」への若干の補足  三浦淳

伯爵令嬢  ハインリヒ・マン  三浦淳訳

ドイツ語の翻訳を考える(第1回) −知識人論の欠陥翻訳−  三浦淳

編集雑記

創刊号(1994年)

幻の「本邦初訳、トーマス・マン十九歳の青春小説」始末記  三浦淳

新潟大学教養部解体に関する覚書 −教養部語学教師の立場から−  三浦淳

発刊の辞 −編集後記に代えて−

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