99年1月9日付産経新聞の「正論」に谷沢永一の「国立大学民営化論」なる文章が載った。
これが、実にデタラメな内容のシロモノであった。
それで私は産経新聞に以下の文章を投書したのだが、採用されなかった。
「こういうデタラメな論考を載せては、貴紙の知的レベルを疑われることになるのではないかと憂慮するものです」と書き添えたせいかも知れない。
念のため。私は自宅では朝日と産経を購読しているが、党派的にどっちがいいというような考え方はしていない。朝日も産経も一長一短だと思っている。
しかし、こんな低レベルの文章を載せたのは、明らかに産経の黒星と言わねばなるまい。
なお谷沢の文の論旨は以下の引用から分かると思うので、ここで改めて掲載することはしない。気になる方は、上記期日の産経をご覧いただきたい。
私の文は、ここでWebサイトに載せるにあたって、改行を多くした。
貴紙一月九日付け「正論」に掲載された谷沢氷一氏「国立大学民営論」について一言。
谷沢氏の論は、高等教育に関する基本的な事実をまったくふまえておらず、無知と単細胞ぶりを露呈している。
氏の論旨は、国立大学とは明治維新以降の日本国家が欧米近代国家に追いつくためにやむを得ず高等教育を国家主導で行ったものに過ぎないから、他の産業同様民間に払い下げるべきだという点に尽きる。
日本の近代化は、官営から民営へという図式が主であったのに、「明治政府が、帝国大学をなぜ民営に遷さなかったのか、その思惑はなんとしても不思議である。欧米諸国の例に倣うことまことに熱心でありながら、学制のみはあえて別扱いにしたのであろう」と氏は述べているが、これは「欧米諸国の例」に照らしだしてみれば、まったくのナンセンスと言うしかない。
なぜなら、欧米先進国でも高等教育は民営化などされてはいないからである。
フランスの高等教育機関は国立であり、ドイツのそれは州立である。アメリカでは、なるほどハーヴァードやイェールなどの私立大が名を馳せているが、その一方でカリフォルニア大などの州立大もバカにならない地位を占めている。ドイツやアメリカの州立は、日本なら国立にあたる。ただしアメリカの州立大はかなり民間資金が入っているが、それでも高等教育全体に対する公的資金の負担率は日本の二倍程度もある。
高等教育というものが「民営」だけでは成立しないことを、欧米先進国の学制は物語っているのだ。以上の事実からして、「欧米の例」に倣えば国立大は民営化されねば、という氏の論がデタラメであることは明瞭であろう。
さらに言えば、慶応・早稲田などの名を挙げて、氏は「明治末年、大学はすべて私立で十分であることが、現実の趨勢をもって証明されていた」と言い、「資金の調達に進み出る事業家の意欲にも期待できた」と書くのだが、これは少し綺麗事に過ぎはしないだろうか。
「事業家」にそれほどの「意欲」があるなら、帝国大学の払い下げを待つ必要はなかったろう。最初から私大に資金援助を行い、ハーヴァードやイェールのような名門私大を日本に育てる努力がなされたはずである。そうなれば、私大は国立大をはるかに凌駕した名声を今日に誇ることも可能だったであろう。
しかし現実はどうか。今日、慶応や早稲田のような一流私大ですら、国庫からの財政援助を受けているのが実状なのである。事業家はなぜ慶応や早稲田に十分な支援を行って、国庫からの援助とともに文部官僚の差し出口がこれら一流私大に入り込むことを防がなかったのだろうか。
次に、氏の言うように東大や京大が少数の「例外的教授」のために面目を保っているというのが仮に事実だとしよう。では、一流私大は「例外」なく優秀な教授陣を揃えて、外国にその知的優越を誇っているのだろうか。「学生一流、教授三流」などと陰口を叩かれる一流私大が日本にあるのは、ならばなぜなのだろうか。
また昨年十一月十日付けの「アピール」欄に私大生からの投稿があったように、きわめて杜撰でお寒い内容の教育しか提供していない私大も現に存在するのである。これらの事実は、氏の「民営化すれば活性化する」という論理に合致しないように思うが、いかがであろうか。
念のため付け足せば、国立大には文部官僚の手かせ足かせを始め、欠点が少なからず存在すると私は思っている。東大・京大などの「帝大」的な事大主義も、昔ほどではないにせよ残存している。私大には私大なりの良さがあるのも確かだろう。
しかしだから国立大を民営化しろというのは、余りにも短絡した議論である。教育は単純な企業論理では片づかない。私大の良さを主張したいなら、国立大民営化論を唱えるより先に、右に述べたような私大自体の欠点を解消し、「活気に満ちた自主独立」の気風を知的レベルで世界に示し、おのれの実力を誰にも否認できないほどに高めてみせるのが先決ではなかろうか。
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