日本独文学会理事会の姿勢を批判する――最近の「大学改革」に関連して

 以下の文章は、私が私的に出していた雑誌 『nemo』 第6号 (1999年4月発行: 翌年の第7号まで出して現在休刊中) に掲載したものである。 このサイトに転載するにあたって、漢数字の大部分をアラビア数字に直し、若干の実名を匿名に変え、明確な誤植を修正した。

 このサイトに小文を転載する気になったのは、同じ大学に勤めるフランス語の先生から勧められたからである。 その先生のおっしゃるには、『nemo』に載ったこの文を他大学のフランス語の先生に見せたところ、「ドイツ語でもこういうことを考えてる奴がいるのか」 と言われたそうである。

(2001年10月)

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日本独文学会理事会の姿勢を批判する

――最近の「大学改革」に関連して――

T.発端

 1996年と97年の二度にわたって、私は当時の独文学会理事長に手紙を書いた。 97年のものを以下に掲げる。

 

日本独文学会理事長・井上修一様

  先日の学会でのシンポジウムの際、私の発言をめぐってシンポジウム終了後少しお話する機会がありましたが、どうにも納得しかねることが多すぎますので、改めて手紙で正式に学会の責任者の意見をうかがうことにしました。

 一年前、春の学会でやはり教養部解体とドイツ語教育を扱ったシンポジウムが行われましたが、その後私は理事会に宛てて下記のような書簡を出しました。 お読みかどうか分かりませんが、再掲します。

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  先の学会でのシンポジウム「教養部解体とドイツ語教育担当者の諸問題」について一言。

 こういうシンポジウムを企画したことに敬意を表し、またあくまで第1回の試みであるため論点を限定したりパネリストの所属大学に片寄りがあったりしたのもやむを得ないことであろうと推察しますが、私は以下のような感想を抱きました。 今後の試みの参考にしていただければと思います。

 (1)東大はもともと教養部ではなく教養学部であって他大学と制度が異なっていた上に、現在は大学院大学となりこれまた独自の制度的改革をへているので、他大学には参考にならない。 また京大にしても、教養部という組織があったところまでは他大学と共通しているが、かなり容易に(と見えます。違っていたらごめんなさい)新学部化が認められ、望んでも新学部はおろか新学科すら(希望するような形では)認められない多くの他大学とは違っている。 いわば特権的な立場にある大学を二つもパネリストに選ぶのはいかがなものか。

(2)金沢大・楠根氏の発言は色々な意味で示唆的である。 すなわち本来文学語学系統、多少広く言っても人文科学系統の専門家であるはずの人間が、法学部や経済学部に廻されるという現象は(私の所属する新潟大でも起こっているが)、学内での教養部の発言権が弱かったのに加えて、大学設置基準大綱化に際して専門学部は組織上安泰であったのに教養部はこれによって存在理由がなくなるという、従来の大学組織の欠陥によっている。 また、大学の自治権などは絵に描いた餅で、実際は文部省の言いなりになっているという、ウォルフレンいうところの「日本権力構造」が露骨に現れたものその一因と言える。 要するに教養部語学教師の意志は事実上完全に無視されたのだ。

 この点を「現実面での対処を」と言って不問にふすのは一番肝腎な部分から目を反らすことである。 今後のシンポジウムでは以下の点を臆せず取り上げることを希望する。

 (A)今回の事態において専門学部(独語独文科)と教養部ドイツ語科がそれぞれいかに対応し、互いにいかに協力、もしくは反目しあったかを(独文学者が内輪もめをする事態になろうとも)一度きちんと論じる。

(B)文部省と日本の大学の関係を明確にすること。 日本の文教政策の生み出される一番の根もとを押さえること。 その上でそれを変えるにはどうすればいいか、マスコミ対策なども含めきちんと検討すること。 そうでなければ、文部省に右向けと言われてすぐ 「我々も変わっていかねば」 と対応するようでは、日本のゲルマニストなんぞは文部省の奴隷同然である。

 以上、よろしくご検討下さい。

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  この時は、私は返事をよこせとは書きませんでした。 少なくとも何らかの形でこの意見が次のシンポジウムに反映されるものと楽観視していたからです。 しかるに、1年後の今回のシンポジウムは前回にもまして人畜無害、箸にも棒にもかからない代物だったのです。 また、シンポジウム終了後時事長とお話して、率直なところ私は愕然とするところ大でした。 事態が容易ならざるものであることにようやく気づいたからです。 敵は本能寺にあり――というと大げさですが、ゲルマニストの臆病と事なかれ主義が最大の敵だと分かったからです。

 先日の理事長のお話を私が誤解しているのでないとすると、理事会の姿勢は次の2点に集約されると言っていいでしょう。

 (1)組織問題について論じないのは、それがすでに過去のことだからである。

 (2)文部省批判をやらないのは、報復されるのが恐いからである。

 (1)について言えば、これが遁辞以外の何物でもないことは明白です。 ヒトラーやナチズムは過去のことですが、だから論じるに値しないという理屈が成り立ちますか?  トーマス・マンやカフカはすでに死んだ作家だからその生涯や作品を論じても仕方がない、と言うゲルマニストがいるでしょうか? 過去の事柄を研究するのはそれが全て未来に活かされる可能性があるから、というのは人文科学に従事する人間の常識だと思っていましたが、日本独文学会の理事会にはまずこの常識から説いてかからなければならないわけですか? また大学改革は現在も進行中であり、大学によって組織転換の時期にはズレがあり、一度組織換えが行われた大学でも近い未来に再度の「改革」が起こり得ることを考えるなら、組織問題について一度腰をすえて議論しなければならないのは自明でありましょう。

 (2)について言えば、それなら学会なんか解散したらどうかと暴言を吐きたくなります。 言論上の相互批判の自由を保障するということが学術ばかりでなく民主主義社会の基本的なルールであり、学会はこの基本的なルールを守る立場にあるものと思っていましたが、逆に自らそれを放棄するのが日本独文学会であるわけですか? ゲルマニスト・ドイツ語教師の利益を守れないばかりでなく、それが損なわれるのを拱手傍観し、文部省の意を迎えることにばかり汲々としている学会なんて、どこに存在価値があるんでしょうね。

 学会が今なすべきことは去年の手紙に書きましたのでもう一度読み返していただきたいと思いますが、一つだけ補足しておくと、非常勤講師としてドイツ語を教えている方々の実態調査を学会として行うべきではないかと考えます。 もともと非常勤講師は専任教員に対して被差別的な立場におかれていたわけですが、それでも以前は、いずれ専任の口が見つかるだろうという希望が少なからずあり、また語学の非常勤の口は比較的安定的に需要があったので何とか暮らしていける程度の収入は確保される場合が多く、この問題はさほど深刻にはなっていませんでした。 しかし現在のように大学の第二外国語の単位が大幅に削減される事態になると、真っ先にワリを食うのは非常勤講師の人たちです。

 専任教員と非常勤教員の間には、独語独文科教員と教養部教員の間にあった以上に差別的な身分上の隔たりがあり、それが「大学改革」の結果の身分保障の有無に直結しているだけに、ドイツ語教師連合会的性格を持つ日本独文学会としてはきちんとした対応をすべきです。 「大学改革」の結果、従来のドイツ語教師がドイツ語だけではなく他の科目を持つケースが増えています。 それが例えば「異文化コミュニケーション」だとか「文学概論」といった科目ならドイツ語教師・ゲルマニストの守備範囲でしょうが、中にはパソコンの初歩的な使い方といった、ドイツ語とも文学ともまるで関係のない科目もあります。 無論、ゲルマニストでもパソコンに詳しい人はいるわけで、そういう人がパソコンを教えること自体は悪くないでしょう。しかし、ゲルマニストが大学でパソコンを教える権利は、何に基づいているのでしょうか? パソコンに詳しい人ならゲルマニストでなくとも巷にあふれています。 要するにそれは、大学の専任教員を馘首するわけにはいかないから、ドイツ語の授業が減った分は別の科目を教えさせようということでしかありません。 これが非常勤講師だったらどうでしょうか。 いくら「俺はパソコンにも詳しいから初歩くらいなら教えられる」と言っても、あっさり首になるだけでしょう。

 私がこういうことを書くのは、大学で第二外国語の必修単位が減る動きには専任のドイツ語教員も加担している場合があるからです。 無論、ドイツ語教員だから第二外国語必修単位を維持すべきだと主張しなければならないという法はどこにもありません。 それが妥当だと思うなら、ドイツ語教員が先陣をきって第二外国語単位の削減を訴えても一向に構わないのです。 しかし、その場合、自らの身分保障は何に基づいているのか、という議論から逃げるべきではありますまい。 自分はドイツ語の授業が減った代わりに異文化コミュニケーションだのパソコンの初歩だのを教えることに何の疑問も持たず、しかし非常勤講師の首を切るときはドイツ語の必修単位が減ったからというだけの理由で済ませてしまう、そんな現象が起こってはいないでしょうか。 非常勤講師の人はこういう場合、立場上抗議の声を上げにくいので、学会が率先してきちんと調査をしないと、本音は表に出てこないでしょう。 学会として、弱い立場にあるドイツ語関係者の実態を本気で調査するよう、要求します。

  以上の点について理事長もしくは理事会のお答をいただきたくお願い申し上げます。 なお答は公開する可能性がありますので、そのおつもりでどうぞ。

                                                                      1997年6月16日 三浦 淳 

 

U.展開

 以上の書簡は、最後を読めば分かるように、理事会からの返答を求めたものだった。 しかるに、返答はいっかな来なかった。

 そこで私は、自分で出している雑誌『nemo』第5号(1998年4月発行)に、「アピール: 全国のドイツ語教員の方々へ」 を掲載した。2ヶ月後に同じものを、独文学会のメーリングリストに投稿したので、ここではメーリングリストに載せた形でお読みいただこう。

               *                              *

 独文学会会員各位

     新潟大学・三浦 淳

  以下の呼びかけは、私が私的に出している雑誌『nemo』第5号(98年4月発行)に掲載したものです。

 この雑誌は、私の資金力の関係で約50校にしか送付しておりませんので、学会員の目に触れる機会も限られていると考え、以下でこの場を借りて再度呼びかけを行うことにしたものです。

 

 全国のドイツ語教員の皆さん。

 最近の大学改革で、非英語系外国語教員のおかれている立場は非常に厳しいものがあります。

 しかるに、事実上日本における唯一の全国的なドイツ語教員組織である日本独文学会は、この事態に対しきちんとした対応をしていません。

 このテーマを取り上げた理事会企画による学会シンポジウムは、96年春・97年春の2度行われましたが、いずれも語学教員が大学の組織改革でこうむった不利益にまで踏み込むものではありませんでした。

 臆病で無能な理事たちはこの際無視し、一般会員の力で、組織問題を扱うシンポジウムを開催しようではありませんか! 定職のある方ばかりでなく、非常勤講師の方々からの発言も歓迎します。

 以上の趣旨に賛成の方、或いはご意見がおありの方は、私までご一報下さい。

            *                         *

 

 それに対して、私の発言形式に対する批判もしくは反応が2点あった。以下で再掲する。(2氏から再掲の許可は得ていないが、公の発言の場に投稿されたものであるから、いちいち断りを入れる必要はなかろうと判断した。) 〔雑誌掲載時は実名を記したが、このサイトに転載するにあたって匿名に変更した。〕

 (1)H氏(大阪大)

 趣旨は分かりますが,多くの方の賛同を得るべく,地道に活動していく必要があるのではないでしょうか. 敢えて敵をつくるような発言は得策ではないのではないでしょうか.

 学会として,2度,シンポジウムが開かれているのでしたら,「臆病で無能な理事たち」 と批判される根拠も,事情に通じていない私などには,分かりかねます.テーマの如何に拘わらず,こうした機会があったのならば,いくらでも,参加者間で,深く掘り下げることも可能と思うからです.

 いずれにしましても,大きなうねりとするには,公の場での感情的発言は避けられたほうが得策ではないか,と私は思います.

 

 (2)K氏(東大: 独文学会文献・データベース担当理事)

 三浦さんのご発言を読んで、理事の一人としてショックでした。

 三浦さんが理事が「無能で臆病」と断じられているのは、ドイツ語教育に対する学会理事会の対応に関してであると思われますが、それでよろしいでしょうか。

 私は、二度のシンポジウムとも、データベース委員会デモンストレーションの立ち番のため、出席できませんでしたので、シンポジウムに関しては、詳しいことは分かりません。 しかし、理事会は、常日頃、ドイツ語教育の状況に関していろいろと議論しており、シンポジウムの開催や、学部・学科再編などで組織が変わった所の調査なども行って誠実に対処してきているという理解をもっております。

 このメーリングリストは、独文学会データベース委員会が、理事会の承認を経て、開設しているものであり、「ここに学会へのご意見ご要望をいただいた場合には、必要に応じて、担当理事からのご返事をいただきます。」 と、学会HPの 「このホームページについて」 という文書にも書いていますので、責任上、三浦さんのご発言を理事長、担当理事に送っておきました。何らかのご返事があるかも知れません。

               *                      *

 

 以上の反応に対して、私はそれぞれメールで返信を送った。 ここでは詳細は省略するが、要するに独文学会理事会の姿勢に関する認識において私はお二人と見解を異にし、理事会が当てになるとも、最近の事態に誠実に対処したとも思わないというものであった。

 2氏以外にも若干の反応があり、懇切な忠告を下さる方もあった。 その方にはこの場で改めてお礼を申し上げたい。 ただ、肝腎の私の呼びかけ、つまり組織問題に関するシンポジウムを開こうという提案に関する反応は、賛成・反対いずれも皆無だった。

 もっとも、私はメーリングリストに投稿するにあたって、それほど芳しい反応を期待していたわけではない。 また憎まれ口をたたいて敵を増やすようだが、自学の教養部解体で語学教師 (専門学部の外国文学科教師を含む) の思考力のなさ、文部省への従順さ、教室で学生には議論をしろとお説教しながら自分では自学組織問題に口をつぐむ卑劣さ、を嫌というほど体験してきたからである。

それに、メーリングリスト登録者数は現時点では百名を少し越えるくらいで、独文学会会員全体の5パーセント弱である。だから、この反応が独文学会員全体の反応を示すものだとは言えないだろう。

 また、何にせよ反応が数名の方からあったというだけでも良しとしなければならないだろう。 雑誌でだけ呼びかけていた時には、全く何の反応もなかったのだから。

 

V.転回と結末

 独文学会理事会の姿勢を改めて問わねばならないと感じた私は、以下の質問状をメールで送った。(これに際して、前出のK氏から親切な助言をいただいたことを記して感謝する。)

 

日本独文学会理事会御中

        1998年8月15日   三浦 淳

  ここ数年、教養課程廃止・教養部解体にともなって、大学等の教育機関におけるドイツ語 (及び英語以外の外国語) 教員は様々な難題に直面し、また意志に添わない改組や授業担当などを押しつけられるという事態が生じています。

 この問題について日本独文学会理事会は、96年春と97年春の研究発表会で二度シンポジウムを開催しましたが、私のような一般会員から見ると内容はきわめて不十分であり、この問題に関する理事会の認識が十分ではないのではないかという疑いを禁じ得ません。

 そこで、私は以下の3点について理事会の正式の回答を求めるものであります。

 

 1)私は前理事長に、97年春の研究発表会の直後に、ここ数年の事態に関する独文学会の対応の不十分さを指摘する手紙を出したが、それが理事会でどう扱われたか。

 2)その一年前にも理事会宛てに同様の手紙を出したが、それがどう扱われたか。

 3)97年春のシンポジウムの際、金子一郎氏の発表に関して私はかなり長い発言を行なったが、学会誌の池田信雄氏・奥村淳氏によるシンポジウム報告ではそれが無視されていた。何故か。

    

                    *                                 *

 これに対し、独文学会の〔1998年当時における〕理事長・恒川隆男氏から以下のような返答があった。

 

三浦淳様

  日本独文学会へのお問い合わせのメールを受け取りました。

  とりあえずお答えしたいと思いますが、これは理事会に諮っての答えではなく、ただ僕の個人的な答えです。

  僕は当時庶務理事として理事会にいましたので、三浦さんのお手紙が96年のも、97年のも、その都度、理事長の井上さんから理事会に紹介されたのは憶えています。

 僕自身は、96年のお手紙にあったように、シンポジウムに東大や京大の例を出しても始まらないというご批判はその通りだと思いましたが、96年のお手紙のその他の点、97年のお手紙はそう説得的だとは思いませんでした。 他のメンバーからも、三浦さんのご意見を積極的に支持するような発言はなかったと思います。 ただ、非常勤講師の実態調査をすべきだということについては、いくつか意見が出ましたが、かなりの労力とお金をかけてやるなら、結果をどう使うのか考えてからでないと意味がないわけで、この点についてあまりはっきりしたことが考えられないままでした。

 97年春のシンポジウムでの三浦さんの発言が記録にないということですが、記録を書く人は何でも書くわけではなく、ディスカッションの経過を振り返ってみて選択して書くわけですから、それは書く人に任せるほかないと思います。 僕も何か発言しましたが、記録には載っていません。

 こういう個人的なお返事以外に、理事会としてのお返事は差し上げられないと思います。 お問い合わせのような件に、正式には29人のメンバーで相談して、理事会の統一見解を出すというのも妙ではないでしょうか。

  三浦さんへのお答えがこれだけではあんまり無愛想ですから僕の全く個人的な意見を――つまり、私的な手紙と同じ気持で――書き添えることにします。

 僕は三浦さんのおっしゃるように文部省に掛け合いたいとは思いません。 文部省ではドイツ語を減らせと言ったのではなく、大学でそれぞれ好きなようにせよと言ったので、それをしも文部省に撤回させる論拠がないと思います。 ドイツ語を従来どおり必修にするように通達を出してくれと要求するわけにもいきますまい。

 僕は現在明治大学で大学院の学生たちや、彼らの先輩で非常勤だけしかない人たちを見ているので、ドイツ語のコマが減ることは実際他人事ではないのです。 ただ、ドイツ語のコマを少しでも多くするためには、ドイツ語を学べばできそうな面白いことをいろいろ開発して、学生を誘惑するほかないのではないかと思います。 学会のシンポジウムでも授業をどうするかということが議論されるのも、その意味では当然ではないでしょうか。 更に受験生にもアピールするとしたら、ドイツの文化や社会について面白そうな、一般的な本を書くことも必要かもしれません。 こういうこともなかなか思うようにはできませんが、僕は普段なるべく、授業が自分にも楽しく、学生にも楽しいような材料を探そうと心がけてはいます。

 第二外国語では、中国語を別とすれば、フランス語の方がドイツ語より選択希望者が多いし、明治大学文学部の入学試験でも仏文科のほうが独文科よりずっと志願者が多いのです。 これはフランス文化がドイツ文化より魅力があるためで――そこには単なるムードやイメージもあると思いますが――必ずしも、僕たちドイツ語教師がフランス語の教師より劣っているせいではないでしょう。しかし、ドイツ語教師としてはドイツにかかわるさまざまなことの魅力と面白さをもっとアピールしなければならないということは、このことからも言えると思います。

 こんな回答ではご不満とは思いますがご寛恕下さい。 機会がありましたら、またご意見を伺いたいと思います。

                                                                    恒川隆男

               *                                 *

 

 これに対して私は以下のような手紙を送った。

 

 お返事をいただきありがとうございました。ただ、内容には不満がありますので、この間私がしつこく理事会に手紙を出したことの理由と併せて、改めて考えるところを述べたいと思います。

  一番不満なのは、先生のお返事がドイツ語だけにしか触れておらず、問題を単にフランス語や中国語との第二外国語 (ここでは英語以外の外国語をそう呼んでおくことにします) 内でのシェア争い、或いは独文科より仏文科を志望する学生が多いといった現象に矮小化して捉えていることです。

 最近ドイツ語ではなく中国語をとる学生が増えているとか、仏文科の方が人気があるといった次元の問題であるなら、私は先生のお説に賛成します。 ドイツ語教師がドイツ文化の魅力を宣伝すること、それ以外に打開の方策はありません。 また、新制大学の教養課程でドイツ語が第二外国語として占めてきたシェアは不当に高いものであったと私は考えています。 それは戦前の旧制高校や専門学校でドイツ語が英語に次ぐ特権的な外国語であったことの名残りであり、或いは19世紀末にはドイツの大学や学問が世界に冠たる位置を占めていたことの名残りでもありましょう。 その意味で、最近第二外国語としてのドイツ語のシェアが低下しているとか、独文科に来る学生が減っているというのは、むしろ自然な現象だろうというのが私の見解です。

 しかし私が問題にしているのは、そういったことではありません。 最近の大学「改革」に際して第二外国語やその担当教員が不当な扱いを受けたり、ドイツ語教員がそうした状況の中で腰の座らない、「自分さえよければ」 というエゴ丸だしの行為に走りがちであるという現象が起こっているので、学会としてその内実を明らかにし、議論の対象にしろと言っているのです。

 特に独文学会にその責任があると私が考えるのは、ドイツ語が長らく第二外国語の中で最大勢力を維持してきたからです。 現在も、ドイツ語をとる学生数はどうか分かりませんが、教師の集まる学会員の数から言えば、恐らく独文学会はフランス語や中国語を押さえて第二外国語内では最多ではないでしょうか。 その意味で、ドイツ語は他の第二外国語に対して責任があると私は思っています。 責任とは、制度としての第二外国語を大学内でどうするべきなのか、それをきちんと考え抜き、学会としての見解をまとめ、文部省なり世間なりに対してアピールし、大学「改革」を左右する政治的力を持てるようにする (大学「改革」に左右される受け身の姿勢に甘んじるのではなく) ということです。

 「学会のシンポジウムでも授業をどうするかということが議論されるのも、当然ではないか」 というお説は、ですから大学「改革」に絡む最近の政治的 (だと私は思いますが) な情勢を無視する、牧歌的なものと言わざるを得ません。 ドイツ語の非常勤講師が職を失うのは、中国語やフランス語にシェアを奪われているからというより、第二外国語そのものの大学内での地位が怪しくなっているからです。 「授業をどうするか」は、大学で第二外国語が教えられているということを前提にし、その中で学生を惹きつけシェアを高めるにはどうすればいいかという発想に過ぎません。 そもそも第二外国語が教えられていなかったら、こういう議論は成り立たないからです。 ですから理事会の姿勢は、例えて言うなら、食物が手に入らない人間を前に 「いかに上手に料理をするか」 を議論しているようなものです。 肝腎なのは、いかに食物を手に入れるかなのです。

 と書くと、それも文部省は勝手にしろと言ったのに過ぎず大学に指示したわけではないとおっしゃるかもしれません。しかしそれは二重に間違っています。 第一に、最近の大学「改革」では、制度的にはいわゆる「大綱化」により自由化が進んでいることになっていますが、内実は文部省の介入と指導によって組織が変わっているからです。 新潟大学人文学部でも、当初新しく比較文化課程を作る計画を立てたのが、文部省につぶされて、情報文化課程を作らされた経緯があります。 その結果どうなったかといえば、本を読まず、いわんや外国語習得などには興味を持たず、映画や漫画にしか目を向けない学生ばかりが集まるという惨憺たる状態になりました。 そしていっそうやりきれないのは、元ドイツ語教師が文部省のそうした「指導」に極めて忠実で、むしろ小役人のように先走った振舞いに及ぶという現象です。

 第二に、自由放任だからいいというのは、はなはだいい加減で自分の責任を放棄した言い分だからです。 例えば、以前高校で世界史が自由選択になったことがありました。 その結果世界史の基本的な知識すら持たない高校生・大学生が激増したわけです。 これはよくないということで、数年前から再度世界史は必修になっているはずです。 もし、世界史をとる必然性を感じない高校生が増えたのだから別段構わないではないかとか、文部省は単に自由化しただけで世界史をとるなと指導したわけではないなどと無責任なことを関係者が言っていたら、改善はなされなかったでしょう。

 また高校の理科教育のレベル低下についても専門家の間では強い危機感があり、東大教養学部の松田良一助教授はこの問題について論じるために 「日本の理科教育が危ない」 というホームページを開きました(http://www.komaba.ecc.u-tokyo.ac.jp/~cmatuda/)。 そこでは大学教授や民間会社の研究者から院生・大学生・高校生に至るまでの様々な人たちがこの問題を活発に論じあっています。 そして、それは単なる議論のための議論に終わることなく、文部省の高校理科に関する政策にもある程度影響を与えているようなのです。

 教育というのは生徒・学生の選択に任せていい部分とそうでない部分とがあります。 過度に選択制を導入すると必ず学力低下が起こります。上の高校理科に関するホームページでは、高校生が理科や社会でどの科目を選択するかは、自分が何に興味を持つかによってではなく、大学受験に有利なのはどの科目かという判断によっていると、高校生自身が発言しています。 また、高校の段階で自分の興味がどの方向に向いているか分かるはずがないとも言われています。 この辺は最近の大学生にも当てはまることであり、教育を論じる者の最低限の常識だと私は考えますが、そういう常識もないドイツ語教師や独文学会理事が多いのだとすれば、せめてその辺からでも議論をしてみてはいかがでしょうか。

 また、第二外国語の大学内での位置ということでいえば、何が学生に必要かという議論より、コマ数を食い沢山の教員を必要とする語学教育に対する圧迫という、これまた政治的な要素も無視できません。 『IDE・現代の高等教育』誌96年1月号は、かなりレベルの高いと思われる大学でも最近の「改革」で第二外国語の必修がはずされているのは、学内のパワーポリティクスを「大綱化」が計算にいれていなかったせいだと述べています。  自由放任の純粋な資本主義などあり得ず、ある程度の社会的統制は必要というのはこれまた常識だと思いますが、文部省にも独文学会理事会にもその程度の常識もないのでしょうか。

 「ドイツ語をどう教えるか」という線から一歩も出ず、微温的な態度に独文学会理事会が終始している限り、第二外国語を守るための方策など立てようもないでしょう。 下司の勘ぐりと言われるかも知れませんが、多分理事をしておられる諸兄諸姉は安泰で恵まれた地位におられる方が大多数なので、そういう事情に通じなくてもやっていけるのでしょう。 或いは、好意的に言えば、そういう政治的な事柄にうとい人間だからこそ独文をやっているとも受け取れるかも知れませんが、最近の情勢ではもうその種のお大尽的な態度は通用しないと考えます (自分の定職を捨てても非常勤講師の方に授業を回すというくらい牧歌的な人がいれば、私も評価しますが)。

 ご存知かも知れませんが、『多言語主義とは何か』(三浦信孝編、藤原書店)という本があります。 個人・民族・地域・国家レベルでの多言語使用・多言語主義について論じた本ですが、仏文関係者が多く寄稿しているのが目につきます。 フランスは大革命以降、長らく国内ではフランス語のみが正統的な言語だという立場をとり、方言や地方語を抑圧してきました。 それが最近になってようやく改善され、方言や地方語も学校で教える機会が与えられています。 そして、そうしたフランスの多言語主義は、ガットでアメリカに対して文化特例を申し立てるフランスの態度とも軌を一にしています。 多様な文化を保持するためには、自由貿易という原則を拒否しなくてはならない場合もあるというわけです。 無論こうしたフランスの態度は、ある意味ではエゴイスティックです。 18世紀から19世紀にかけては「国際語」の座を誇っていたフランス語は、その後英語に駆逐されて地方的な言語の地位に甘んじなくてはならなくなりました。 それは国際政治におけるフランスの地位低下と並行した現象です。 そうなってから、「フランス=普遍」ではなく、世界の多様性を保持せよと主張し出したのですから、分かりやすすぎる方針変更だと笑うことも可能ではありましょう。 また、ヨーロッパ共同体・ヨーロッパ連合においてフランス語はなお英語と並ぶ特権的な言語であり、そうした既得権をフランスが多文化主義に基づいて放棄しようとしているわけでもありません。 しかし政治とはそういうものです。 笑われようと何だろうと「自分」の立場を強力に主張してエゴに正当性を与えようとするこの態度に、私は共感します。 「時勢だから」 とか 「おかみがそう指導しているから」 と言って無為無策に過ごす小利口な連中は、ただ軽蔑に値するだけです。 そして、こうしたフランスの多言語主義・多文化主義を日本のフランス文学者が取り上げるとき、そこには日本国内でフランス語を教える根拠を確保しようとする戦略が看取できるのです。 フランスでの多言語主義・多文化主義が日本の大学での複数外国語主義と二重写しになってくるからです。 私はこうしたフランス文学者たちの努力を支持します。 それに対して、この本の中には独文学者の寄稿は一つもありません。何やら象徴的ではありませんか。もっとも、それは編者のコネの関係でそうなったのかも知れず、そもそも私にしても多言語主義を自分で研究しているわけではないので、「偉そうなことを言うな!」 とお叱りを受けるかも知れませんが、最低限、学会の理事会レベルではこうした戦略を検討することも必要なのではないでしょうか。

 さて、次に、97年春の学会シンポジウムで金子一郎氏の発表を私がその場で批判したにもかかわらず、それが『ドイツ文学』誌の報告では無視されていた点に行きましょう。 お返事は 「何でも書くわけではない」 「書く人に任せるしかない」 とのことですが、理事会企画のシンポジウムとしてはこれはいささか無責任ではないでしょうか。 釈迦に説法ですが、「シンポジウム」 という言葉には「共に」という意味が含まれています。 私は、この「共に」は、前に座っているパネラーだけではなく、設定されたテーマに関心を持って会場に集まった人間全員を指すのだと思っています。 パネラーの発表に対して、その根幹を揺るがすような発言が会場からあった場合、それを記録にとどめる義務があるのではないでしょうか。 にもかかわらず記録にとどめないとすれば、考えられる理由は二つしかありません。 一つは記録をした人間がよほど鈍感で議論の内容を理解していなかった場合、もう一つは、記録者がパネラーをかばう身内ナアナア主義の信奉者であった場合です。 前者の場合は、司会兼記録者の池田信雄氏・奥村淳氏は任務にふさわしい人間ではなかったことになりますし、後者ならなお悪く、企画されたシンポジウムそのものがインチキではなかったかという疑念を受けかねません。

 たまたま、お返事をいただいたのと同じ日に同学社から『ラテルネ』八十号が届きましたが、中で岩淵達治氏の文章が目を惹きました。氏はハイナー・ミュラーの『ハムレットマシーン』をヨーゼフ・ザイラー演出による日本公演で見ましたが、 「これはコンセプトも何もないひどいもので、シンポジウムでも彼〔ザイラー〕を怒鳴りつけたが、〔彼が〕帰国後出版した記録なるものがひどくアンフェアなので、私自身の記念論文集のミュラー受容についての論文の後半はもっぱらその反撃にあてるという子供っぽいことをしてしまった。」 ということです。これを読んで、どこでも同じようなことがあるんだなあと苦笑いしてしまいました。 しかしこういう「子供っぽさ」を私は評価します。 私も岩淵氏同様、以下で「子供っぽく反撃」することにしましょう。

 金子一郎氏の発表に対する私の批判は何点かありましたが、一番重要なのは、氏の自己讃美する「集中ドイツ語」なるものが、氏の所属する人文学部のエゴイズムの産物であるという点でした。 新潟大学教養部解体に際して、教養部の外国語のスタッフは自己の希望を全く無視される形で人文・法・経済の文系三学部に分割分属させられました。 金子氏はこの時から新潟大学の第二外国語教育の改革を進める責任者として (まずここに「改革」の政治性を見なくてはなりません。教養外国語教育を担っていた教養部のスタッフではなく、独文科などを持つ人文学部に元々所属していた人間が責任者になる、という構図です。これは「改革」に際して教養部が自分の意思を無視され、専門学部の食い物にされたこととパラレルな現象なのです)、 「集中外国語」 の設定に携わったわけです。 その結果英語以外の外国語については、一年次で「通年毎週4コマ」と「前期毎週4コマ」の2種類の集中コースがもうけられたのですが、前者は初めから人文学部学生専用とされ、後者のみが人文学部以外の学生向けに開講されました。 ここでもすでに人文学部のエゴは見えていますが、その後、今度は後者も人文学部学生専用とされ、人文学部以外の学生は集中コースから閉め出される結果となりました。 理由は、人文学部の学生には全員第二外国語の集中コースを課すことにしたので、他学部の学生を入れる余裕がないというものでした。

 ここに至って、法学部と経済学部はドイツ語についてのみ独自に集中コースを設定し、自学部の学生が集中ドイツ語コースから排除されるのを防ぎました。 しかし、それは教養部解体に際して法と経済にもドイツ語教員が3人ずつ分属していたから可能になったことです。 フランス語と中国語は人文学部以外では経済学部に一人ずつしか教員が行っていないため、とても集中コースは作れません。 以上の内実を私はシンポジウムで指摘したのであり、金子氏自身これを事実としてはっきり認めています。 ドイツ語以外の第二外国語集中コースから人文学部以外の学生を閉め出すこの方策を主導したのが、他ならぬ金子氏その人だったのであり、その意図は 「集中コースを作ってから独文に来る学生が増えた」 などと不用意な発言を氏がシンポジウムでしているところからも明瞭でしょう。 要するに自学部で独文科や仏文科に来る学生が増えればいい、他はどうなっても構わない、そういう考えの持ち主が、新潟大学の第二外国語の「改革」を押し進めているのです。(これも私はシンポジウムで指摘しました。)

 私自身独文科の出身ですから、独文に来る学生が増えたと聞いてうれしくないわけではありませんが、それはあくまで新潟大学全体の教育との関連を見た上でのことです。 教養教育の意味を理解せず、自学部の狭い領域でドイツ語や他の第二外国語を専門的にやる学生が増えれば他はどうでもいいという態度には、到底承服することはできません。 また、ドイツ語教員はドイツ語のことばかりを考えるのではなく第二外国語全体のあり方を視野に入れるべきだという点については、先に述べましたから、ここでは繰り返しません。

 とにかく、新潟大学の 「集中ドイツ語」 に関しては以上のような背景があるわけです。 そうした背景を語らず、あたかも純粋に「いかにドイツ語を教えるか」を語ることができるかのように装う金子氏の姿勢は極めて政治的であり、その政治性は、教養部解体における組織問題を回避してこのシンポジウムを企画した理事会の政治性と一致するものです。 先の比喩をもう一度用いるなら、金子氏は食物を独り占めした挙句、そのことは黙秘したまま 「いかに上手に料理をするか」 を語ったのであり、それは理事会のもくろみに合致するものだったということになります。 そしてその政治性は、『ドイツ文学』誌で批判的発言の隠蔽を図る池田・奥村両氏の態度で顕在化したと言えましょう。

 先に私は独文学会理事会の態度について牧歌的という言葉を使いましたが、この言葉は少し過褒にあたっていたかも知れません。 「権力に保護されたドイツ的内面性」 という、昔なつかしい表現が思い出されます。 無論、この 「内面性」 は政治的という以外の何物でもありません。 ポストモダン以来こういう批判的表現は流行らなくなっていますが、最近の大学「改革」問題での理事会の振舞いを見ると、しばらく開けていなかった引き出しからこの言葉を取り出して投げつけたくなる衝動を押さえきれません。 言うまでもなく、私は理事会の方々だけを批判しているのではないし、ことの責任はすべて理事会にあると考えているのでもありません。 理事会の駄目さ加減は、要するに独文学会のメンバーたるドイツ語教師全員の駄目さ加減に他ならないからです。

 例えば、上記シンポジウムでパネラーだった楠根重和氏は日本のドイツ語教育について、「教養主義イデオロギーと制度にあぐらをかき」 「形骸化したドイツ語教育にしがみつき」 などと言っていますが (そしてこういう言説はなぜか『ドイツ文学』誌にきちんと記録されていますが)、なくなった制度を事後になってから悪しざまに言うこの態度は、戦争が終わるや 「軍国主義」 を批判し始めたり、「近代」 の立場から 「中世は暗黒だった」 などと言ったりする浅薄な二流知識人を想起させます。 私自身教養部という制度には色々問題があったと考えており、また教養教育を理想化するつもりもありませんが、教養部が脆弱だったのはそもそも自前の学生を持たないという制度的欠陥に本質的な原因があったので、教養部教員が特に怠惰だったわけではありますまい。 「制度にあぐらをかいている」 怠惰な教師なら専門学部にもいくらでもいるのですから。 またそうした制度的欠陥を是正しようとした教養部の努力が、専門学部側の無理解からつぶされた数々の歴史を楠根氏は知らないのでしょうか。 楠根氏は教養部時代には教養部のイデオロギーに従い、教養部解体後は分属した専門学部のイデオロギーに染まっているだけでなのです。 こういう氏の情けない態度こそ、イデオロギー的と評するにふさわしいものでありましょう。 ドイツ語教師の悲しいまでの無知、思考力のなさ、おかみへの従順さを、私はこのシンポジウムから、そしてこれを企画した理事会の姿勢から見てとることができてしまいました。 この文章も糠に釘に終わる公算が大きいでしょうが、ドイツ語教師もせめてもう少し粘着力のある糠になって欲しいと願わずにはおれません。 このままでは、多分次に強風が来たときに全部が吹き飛ばされそうな気がします。

                                                             98年9月18日  三浦 淳

日本独文学会理事長・恒川隆男様

 

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