書評: 坂井栄八郎『ゲーテとその時代』(朝日新聞社)1260円

 文学作品が、書かれた言葉を読むことによってのみ味わわれる、と考えられるようになったのはいつ頃からだろう。 文学研究者の間では、斬新な解釈の方法をとっかえひっかえ呈示し、すぐれた作品は様々な「読み」が可能なのだと言いつのることが習いとなって久しい。

 近年の「文学離れ」は、技術の進歩により視覚芸術や音響芸術が家庭で容易に鑑賞できるようになったためもあるが、一方では文学の「解釈」がいたずらにエキセントリックな方向に走り、市井に生きる人間が自然に受け入れられる限界を超えてしまったことにも責任があるのではなかろうか。

 そんな状況にあって、文学の原点に帰るかのような一冊がこの『ゲーテとその時代』である。 タイトルはまことに平凡ながら、著者・坂井氏の経歴を知ると単なるステレオタイプではないことが分かる。 氏は、西洋史学科を卒業しながら長らくドイツ語教師として教鞭をとった方である。独文科出の学者とは違って歴史的背景から文豪の本質に迫ろうとする姿勢は、単なる方便ではなく、著者のものを考えるにあたっての根本から来ているのである。

 例えば、近代ヨーロッパ文学を読む際に必須とされるのは階級に関する知識であるが、ゲーテは上流市民階級の常として大学入学以前は家庭教師による教育を受けている。 当時の家庭教師がどういう存在であったかは、近年特に英文学の分野でシャーロット・ブロンテなどを対象に何冊も本が出ているが、氏はゲーテの友人であった作家レンツの『家庭教師』という、そのものずばりのタイトルを持つ作品を引用しながら、ドイツでこの職業がどう見られていたかを簡潔に描き出す。

 と同時に氏は、当時のドイツが公教育の制度では英米仏などより先進的であったとも述べている。 一般にドイツというと英仏に比べて社会制度や産業の分野では後進国というイメージが強いが、氏の筆は、世界が素朴な標語や観念で説明できるほど単純なものではないという認識に立って、一つの時代と社会とを多面的に描こうとしている。

 フランス革命に関わる記述も興味深い。ゲーテが革命にまったく共感を覚えなかったのは有名な事実だが、氏はドイツでこの革命が一般にどう受け取られていたかを事態の進展に沿って細かく観察し、同時代人とゲーテの相違を浮き彫りにする。 そしてさらに、文豪とメッテルニヒとの関係にも言及する。 私の世代は高校の教科書でこの政治家を保守反動の代名詞として教わったが、近年そうした見方も大きく揺らいでいる(中央公論社の『世界の歴史〔新版〕』第22巻を見られたい)ことをふまえるなら、ゲーテやメッテルニヒはすぐ次に来る時代とは別種の調和を望んだという意味で共通項を持っていたのかも知れないと考えたくなってくる。

 こうして坂井氏は、文学への堅実なアプローチの仕方と同時に、真の歴史家のあり方をも読者に教えてくれるのである。

                                                                            (2000年4月25日)

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