音楽雑記2004年(2)

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音楽雑記2004年の7月までは、こちらをごらん下さい。

 

 

12月30日(木) 船橋を出る。 老母宅を出てから、いつも初詣をしている瀧不動にお参りし、それから船橋のBOOKOFFに寄ってみたが、たいしたものはなかった。 次に、霊園に父の墓参をしにいったら、園内はかなり込んでいる。 年末に墓参りをする人がこれほど多いとは知らなかった。 おかげで、霊園を出るまでに、霊園から一般道につながっている細い道が車で数珠繋ぎになっていて、かなり時間をくった。

 しかし一般道路は比較的すいている。 柏インターから常磐道に乗り、磐越道経由で新潟へ。 途中、故郷いわき市にちょっとだけ立ち寄る。 探しものがあったのだが、見つかったような、見つからないようなである。 詳細はプライヴェートにつき省略します。

 磐越道で新潟に向かう途中、SAの売店でなにか酒の肴でも買っていこうと思ったのだが、海産物はどういうわけかみな宮城県か茨城県産なのである。 なぜか福島県産の海産物はおいてない。 わが故郷は海産物製造において遅れをとっているのか、或いは流通経路の関係なのか? しかし福島県の郡山といわきの間にあるSAなのだから、常識的に考えれば福島県産の海産物をおいておくべきであろう。 というわけで、にわか地域経済学者になったワタシでした。

 仕方がないので、海産物ではなく、農産物の酒の肴 (これは福島県産) を買いました。

 ところで、車中、カーステレオで、一昨日に高田馬場の中古CD屋で購入したJohn Taverner"Missa Corona Spinea" などが入ったCDを聴いていたのだが、これがなかなかのものだった。 最近やはりの言葉で言うなら 「癒しの音楽」 といったところ。 シックスティーン合唱団の清澄な声が実に良くマッチしている。 

 実はこの作曲家、名前すら知らなかった。 未知の音楽家の作品も聴いてみなくては、と思ってテキトーに買ったのだが、当たりだった。

 帰宅してから調べてみたが、平凡社の 『クラシック音楽辞典』 にもごく簡単な記述しか載っていない。 もっともこの辞典、下 (12月27日) に記したドゥランテすら載っていないくらいだから、アテにならないのだが。 皆川達夫氏の 『中世・ルネッサンスの音楽』(講談社現代新書) には、ジョン・タヴァーナー (1495年頃〜1545) は英国ヘンリー8世治下の重要な宗教音楽家で、「独特の叙情性を持ったポリフォニー作品を残した」 とある。

ちなみに同じ皆川氏の 『バロック音楽』(講談社現代新書) には、ドゥランテに関して、「バロック後期のイタリアの鍵盤音楽にも見るべきものが少なくない」として、ドゥランテ、ツィポリ、そしてドメニコ・スカルラッティの名が挙げられている。

 グラウト 『西洋音楽史』(音楽之友社) を見てみると、タヴァーナーは 「16世紀前半のイギリスのもっとも偉大な作曲家」 とある。 しかしドゥランテについては全然書いてない。 2巻で1千頁を超える大部の著書だというのに、怠慢ですねえ。 書いたのはアメリカ人だから、必ずしもドイツ中心音楽史観に染まっているわけでもなさそうだけど、出版年が1960年という時代のせいかしらん・・・。

12月29日(水) ふたたび渋谷に出て映画を2本見てから、渋谷と高田馬場の古本屋めぐりをする。 しかし年末で雨ということもあってか、高田馬場では早ばや4時半頃に店を閉める店主も目立った。

 それから池袋の東京芸術劇場に行って、宇宿允人(うすき・まさと)指揮、フロイデ・フィルハーモニーの演奏会を聴く。この指揮者についてはかねてから噂は聞いていたが、演奏を聴くのは初めてである。 

 当日券を買うつもりでホールのチケット売場を目指して歩いていたら、直前のところで声を掛けられて、A席を買わないかという。 専門的なダフ屋ではなく、何らかの事情で要らないチケットができた人と見えた。 若いチャーミングな女性だったこともあり(笑)、買ってしまう。 1階の最後部の席で、買ってから壁際だと音に問題があるかなと懸念したが、ホールに入ってみると構造上壁がすぐ後ろになるようにはできておらず、安心する。 1階の、前から数えて16列目だから、結構いい席なのだ。 買ってよかった(笑)。

 さて、プログラムは、モーツァルトの「後宮からの誘拐」序曲とオーボエ協奏曲、ベートーヴェンの第7番。オーボエ協奏曲は別にして、大編成のオケで、迫力を出す狙いが見える。 コントラバスは11人もいて、チェロより多いようだった。

 この指揮者の味は、ベートーヴェンでよく出ていた。 第1楽章はゆったりとしたテンポ、最終楽章は速く、そして弦楽器のアインザッツを強調してメリハリをはっきりとつける演奏であった。

 最後にアンコールとして、先日のスマトラ沖での大津波の犠牲者を悼んでということで、バーバーの弦楽のためのアダージョが奏でられた。

12月28日(火) 渋谷に出て映画を2本見て、タワーレコードとHMVでベリオの弦楽四重奏曲を探す。 HMVで見つかったのは幸いだった。 しかしドゥランテの鍵盤楽器曲はいずれの店にも見あたらなかった。 ううむ。

 それから高田馬場に行って芳林堂書店と中古CD屋を見てから、東西線に乗って船橋に帰ったが、某所で事故があったためダイヤが乱れており、乗ったのは東葉勝田台ゆきだったのが、途中で西船橋ゆきに変更となり、しかし西船橋の直前でまたもや東葉勝田台ゆきに戻った。 奇々怪々、というのは大げさかな。

12月27日(月) 有楽町に出て映画を2本見てから、山野楽器でCDを若干買う。 ドゥランテの鍵盤楽器曲とベリオの弦楽四重奏曲を探しているのだが、ベリオは見あたらず(この曲を探している理由は12月19日に書いた)、ドゥランテにいたってはそもそもこの作曲家のCDとして合奏協奏曲が1枚あるのみ。 仕方なく、それで妥協する。

 なぜドゥランテを探しているかというと、私が新潟大の教養向け西洋文学の講義で扱っている教材に出てきたからだ。 ドゥランテの名は、今ではよほどのクラシック通でないと知らないくらいになってしまっているが、時代的には大バッハとほぼ同じころ、イタリアで活躍した作曲家であり、バッハも彼の曲を勉強した形跡がある。

 大崎滋生『音楽史形成とメディア』によれば、ベートーヴェンが死んで数年後にウィーンで出た音楽史の本があるのだが、そこには18世紀前半から半ばにかけての大作曲家として、ドゥランテとレオ(これも今ではほぼ無名になってしまった作曲家だが)の名が挙がっているという。 バッハやヘンデルではない。

 さて、今現在私が西洋文学の講義で扱っている小説に、貴族の令嬢がピアノを弾くシーンがあるのだが、そこにドゥランテの楽譜が出てくるのである。時代的には普仏戦争のあとだから、19世紀も末で、すでに貴族の時代と言うよりは市民階級の時代になっていたわけだが、その頃でもドゥランテの名は音楽を習う人間にとって欠かせない存在であったことが分かる。 今の日本人がドゥランテの名を知らないのは、時代と趣味の変遷のせいもあるけれど、明治以降の日本がドイツを通じてクラシック音楽を輸入し、ドイツ中心音楽史観とでもいうものに馴らされてしまっているからである。

 *   *   *   *

 夜7時に首都圏に住む友人3人と会って酒を飲む。 いずれも中高時代の同級生だが、そのうち1人は今秋にお嬢さんを亡くしたばかりである。

 話によると、娘さんは高校卒業後、専門学校をへて今春から幼稚園の先生をしていたのだが、結構たいへんな仕事で辞めようかと悩んでいたという。 そして秋になって連絡がとれなくなり、一人暮らしをしているアパートをお父さん(私の友人)が訪ねていったところ、布団の上で冷たくなっていたとのこと。 自殺とか事故死とかではなく、むろん他殺でもなく、突然死という鑑定結果が出ているそうだ。

 私はカレン・カーペンターの例を思い出して、拒食症ではなかったのかと問うてみたが、そうではないとのこと。 職業のことで悩んでいたのは確かだが、身体上の異変は特に見られなかったらしい。 20歳前後の若い人がはっきりした理由もなく突然死してしまうというのは、どうにもやりきれない。

12月26日(日) 車でひとり、老母の住む船橋に向かう。 急がないので、長岡まで一般道路を行き、BOOKOFF長岡東店に寄ってみたが、本では買いたいものが全然ない。 かろうじて、CDでベーム指揮ウィーンフィルのブルックナー第7交響曲を500円で掘り出したのみ。 しかしBOOKOFFに隣接するショッピングセンターの弁当屋で買って食べた398円の弁当が結構うまかった。 新潟市ではとてもこの値段ではこんな内容のある弁当はできまい。

 変なところで感激して、ふたたび一般道路を通って首都圏へ向かう。 すぐに高速に乗らなかったのは、一に急がないから。 二に、秋に小出郷文化会館までぶりちょふさんの車に同乗させてもらった際に、このあたりの国道があまり込まないと分かったから。 三に、地震の影響はどうなのか、ちょっと身近なところから観察してみたいと考えたから。

 道路はところどころ修復の跡が残っているが、だいたいにおいて復旧しているようだ。 ただ、一箇所、トンネルで片側交互通行になっているところがあり、そこではだいぶ待たされた。

 小出で高速に乗る。 渋滞もなく練馬に着く。 練馬から外環道路につながる部分がちょっと渋滞していたが、あとは常磐道の柏インターまですいすいと行く。 国道16号線もふだんよりすいていた。 やはり年末は首都圏の人口が減るのだろう。

12月25日(土) 午後2時から、音楽文化会館の大練習室13にて、楽路歴程第8回演奏会を聴く。

 500円というリーズナブルな入場料。 30人ほどの聴衆だが、パーセルの歌 (「恋の病から空しく逃れん」、「美しい島よ」、「祭壇を飾れ」、「もし音楽が恋の糧なら」、「聞け!空にこだます勝利の歌を!」、「泣かせて下さい」、「薔薇の館から」、「夕べの祈り」) とチェンバロ曲 (シャコンヌ、アルマンド、クーラント、ラウンド0) を、西門優子(sp)、大作綾(朗読、リコーダ)、笠原恒則(cem)により演奏した。

 1時間ほどだが、アンチームな雰囲気で、今年の締めくくり演奏会にふさわしい内容であった。

12月20日(月) 本日の毎日新聞に、最近問題になっている義務教育費の地方移管問題が、三人の識者により論じられている。 苅谷剛彦・東大教育学部教授、神野直彦・東大経済学部教授、逢坂誠二・北海道ニセコ町長の三人である。

 苅谷氏は明快に、財政基盤の弱い地方がこれによって教育条件を劣化させ、教育の階層化が進むのではないか、と論じている。 まあ、常識的だがまっとうな意見であろう。 

 これに対して、神野氏の論調は奇々怪々である。 もともと今の制度でも半額は自治体が負担しなければならないのだから、貧乏な自治体は不当な負担を強いられている、というのだ。 ならば貧乏な自治体のために国が全面負担しろ、という結論になるかと思えば、さにあらず、それは教育の中央統制を強めるからだめだというのだ。 ではどうやって貧乏な自治体が教育財政を確保するのか? 具体策は何も書かれていない。 書かれているのは、「子供たちの目の輝きと、笑顔があふれた学びの地域社会」 という、まことに抽象的でメルヒェンちっくな文章ばかりである。 経済学者にはあまり優秀な人間がいない、というのが私の持論だけれど、これも私の持論を補強してくれる迷論説でありました。 マルクス主義はダメになったけど、教育論にそれを持ち越している感じかなあ。

 一方、逢坂氏の文章は地方の町で政をつかさどる現場の人間の苦悩がにじみ出ている。 現在言われる三位一体改革の細かい内容がさっぱり明らかになっておらず、単に財源をどうするのかだけの議論になってしまっていて、教育現場で具体的に何をどうするかの権限の問題がなおざりにされていては問題の本質に迫れない、としている。 これは国立大学の行政法人化にもつながる問題設定だと言っていい。 義務教育も、国立大学も、おかれた立場は類似しているのだ。

12月19日(日) 本日の毎日新聞に、専門編集委員・梅津時比古氏の 「音のかなたへ」 が掲載された。 一読して、共感を覚え、また教えられるところもあった。

 梅津氏は早大で授業を持っているのだが、そこでクラシックのCDをかけると、学生たちが結構熱心に聴いているという。 バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのシャコンヌをかけると、男子学生が 「すっごい曲ですね」 と言って、後の言葉が出てこなかったという。

 梅津氏は書いている。 「一般の大学なので、こういう名曲でも初めて聴く学生がいる。」 「教室は、曲をかけるたびに、教会になったり、宮廷の中に早変わりしたり、オペラ劇場の舞台になる。 そこで、初めて聴く曲に打たれている、いくつかのきらきらする目に出会う。 その目を見るたびに、羨ましく思う。 まだ多くの曲を知らない彼らは、これからいくつも、心を動かす曲にめぐりあう機会があるだろう。」

 なるほど、同じようなことをやっているんだな、と私は思った。 私も新潟大で、ここ7、8年、「クラシック音楽と評論」 と題してクラシックのCDを聴かせる授業をやっているからだ。 取り上げる評論は毎年変えているが、聴かせる曲はベーシックなものをと心がけているので、重複も或る程度ある。 しかし学生は年々歳々替わるわけだから、問題はあるまい。

 私のように地方大学に勤務している人間からすると、東京でなら腐るほどコンサートが行われているから、別段教室でCDを聴かせなくとも、という気もするのだけれど、クラシックに馴染みのない人間がいきなりコンサートを選ぶのは案外たいへんで、このように入門的な授業をへてから徐々にクラシックに深入りしていく若者が、地方都市と東京とを問わず多数派なのかもしれない。 ただ、地方都市ではコンサートが少ないから、いきおい、CDに頼る比率が高くならざるを得ないが。

 もっとも梅津氏は 「一般の大学なので、こういう名曲でも初めて聴く学生がいる」 と書いておられるが、一般ではない、音楽大学の学生がクラシックの曲に精通しているかどうかとなると、かなり怪しいと思う。 以前別の機会に書いたことがあるけれど、私の女房、およびその仕事仲間の音大卒業者合計4人は、ベートーヴェンにヴァイオリン協奏曲が1曲しかないことを誰も知らなかった。 音大生でも、だいたいはこんなものではないのだろうか。

 さて、梅津氏の文章で教えられたところだが、ベリオの弦楽四重奏曲 「ノットゥルノ ―夜に黙して語られなかった言葉を― 」 についての話である。 これはパウル・ツェランの詩 「沈黙からできた証言」 による曲で、アウシュビッツをユダヤ人虐殺を背景にしている。 私は現代曲は不得手だから聴いたことがなかったが、氏の文章を読んで興味が湧いてきた。 今度上京したらCDを探してみよう。

12月18日(土) 午後3時30分から、小4の娘が通っているヴァイオリン教室の発表会。 りゅーとぴあのスタジオAにて。 例年より参加者が少なく、15名。 それに賛助演奏一曲。 しかし、時間的にはこれで2時間弱程度だから、ちょうどいい。 あまり人数が多いと、聴くのに疲れてしまう。 ちなみに娘はザイツのコンチェルト第2番第一楽章を弾いた。

 小学生と中学生が中心だが、中年女性も3人ほど。 なかで30代初めかと思われる女性は初顔だが、演奏もイマイチで、何より照れてしまって、最後まできちんと演奏姿勢を保てなかった。 ダンナさんと思しき男性がしきりにデジタルカメラのシャッターを押していたが、あまり芳しい態度ではない。 ここら辺は、子供時代にこの種の習い事をするのとは違う難しさがあろう。 

 一方で、中学生ながら見事にツィゴイネルワイゼンを弾いた女の子もいる。 この子は我が家の次男 (現在中3) と時を同じくして習い始めたのだが、次男が数年であっさり挫折したのとは対照的に努力を重ねて、ここまできたもの。 

 この女の子もそうだが、お母さんが学生時代は音大でピアノをやって、子供には現在ヴァイオリンをやらせている、というケースが多い。 だから伴奏はお母さんが担当している。 実は我が家もそうなのだが、他にも数例あって、楽器を習わせるということにもそれなりに進化パターン (?) があると分かる。 例えば、肉体労働者の家庭で育った子供が大学工学部を出てハイレベルな技術者になり、しかしそのまた子供となると今度は非実用的な人文系の学問を大学で専攻したりする、というようなパターンと似ているのではなかろうか。

 私の小学生時代でも、例えばソロバンのような実用的な習い事を子供にさせている家庭と、書道や絵画のような非実用的な習い事をさせている家庭には何となく差があったが、そういった 「高級感覚」 を求める人間のサガ、みたいなものは、必ずしも見栄だとか何とか言って非難すべきものでもなかろう。 文化、というものの原点がそういうところにあるのではないか。

 ちなみに、ヴァイオリン教室を主宰している先生のお嬢さんは、ハープを習っているそうである。 ピアノ → ヴァイオリン → ハープ、と希少価値が高まっていく、わけなのだろう。

12月17日(金) 本日から一つ仕事を始めました。 実は紀要に論文執筆を申し込んでいたのだが、今回、1人しか執筆枠がなく (ほかに、合同研究の成果が掲載されるので)、次号回しとされてしまった。 これも法人化の影響のうち、である。

 それなら、というので勝手に別の仕事を考えだしたもの。 目標1年以内、ということだが、はたしてそれでできるかどうか。

12月16日(木) 来年の1月11日(火)にドイツ語クラスで中間試験 (2回目) をやる予定でいる。 実は12月の最後の授業時にしようと思っていたのだが、その日はスポーツ大会で不在だから困る、と訴えてきた学生がいたので、1月最初の授業時ということにしたのである。

 ところが、である。 その後、1月10日に成人式があって出席するので、翌日2限の試験に間に合うかどうか分からない、と学生2人が申し出てきた。 いずれも弘前市の出身で、たしかに弘前から新潟というのは時間がかかる。

 そこで調べてみたのだが、午後2時台の秋田行き特急に乗ればその日のうちに (つまり試験日の前日中に) 新潟に戻れることが分かった。 で、問題は弘前市の成人式の時間がどうなっているのか、である。

 ネット時代だから、ということで弘前市のサイトを見てみたが、昨年度の成人式の情報しか載っていない。 しかし昨年度の成人式は午後1時に終わっているので、今年度も同じなら、午後2時台の特急に悠々乗れるはずなのだ。

 そこで弘前市にメールで問い合わせを出したところ、さっそく返事があり、今年度の成人式も昨年度の時間と同じだという。 このあたりは、インターネット時代になってずいぶん調べるのが楽になったと言えるところであろう。

 さっそく、本日のドイツ語の時間にくだんの学生2人にその旨を通知し、「弘前市役所に問い合わせて分かった」 と言ったら、学生たちはどっと笑った。 しかし、本来はこういうことは自分で調べるべきものだと思うのだがね。

12月15日(水) 「ゆとり教育」 で日本の小中学生の学力が国際的に低下していることがはっきりした、という記事が新聞各紙をにぎわした。

 産経新聞はかねてからこの問題に紙面を多く割いていたこともあり、今回も大々的に取り上げている。 日本の中学2年生がテレビを見る時間は国際的に見て一番長く、一方宿題をやる時間が最短となっている。 ゆとり教育が何を生みだしたか、はっきりしたと言えるだろう。

 その点については各種の報道を読んでいただくこととして、私が気になるのは、ゆとり教育と大学教育との関連である。 ゆとり教育を文科省が推進していた時代とは、また文科省の圧力で国立大学に新しい学部や学科が新設された時代でもあった。 その中には、まさに 「ゆとり教育の大学版」、としか言いようのない学部・学科もあるわけだ。 これを何とかしないと、日本の大学には未来はないと思うのですがね。

12月14日(火) ゼミの日。 卒論指導学生の一人が、ようやく卒論草稿を持ってくる。 草稿といっても、ほんの数枚で、完成にはほど遠い状態なのだけれど。

 実は2週間前のゼミの時に、次週、つまり今日から見て1週間前に持ってくるよう言っておいたのだが、くだんの学生は先週のゼミには無断欠席。 その後も連絡がないので、こちらから電話してみたが留守電で本人は出ない。 仕方なく留守電に、今週中に、つまり今日から見て先週末までに持ってくるよう吹き込んでおいたのだが、結局音沙汰なし。

 今日ようやくやって来たので、理由を聞いたら、インフルエンザにかかって、とのこと。 それにしても電話連絡くらいしたらよさそうなものだ。 電話という文明の利器が何のためにあるのか分からないではないか。

 考えるに、この学生はアルバイトをやる時にもこういう態度をとっているのかというと、多分そうではないのではないか。 アルバイト先には、社会人らしく、やむを得ない事情で欠勤する場合はきちんと連絡をしているのではないか。

 ではなぜゼミや卒論のこととなると、かくもいい加減になるのか? いい加減にやっても通るからだろうと思う。 大学が学生を幼児扱いするから、学生もそれに慣れてしまっており、しかしアルバイトでは幼児的な態度では通用しないと分かっているからちゃんとやる、というふうに、相手によって態度を使い分けている可能性があろう。 言い換えれば、大学はナメられているのだ。

 これは私一人の努力ではどうにもならない。 私一人が厳しくしても、学生は甘い教師のところに移るだけだし、甘い態度で 学生を多く集める教師は、集まらない教師を批判する、という奇妙なパターンが、少なくとも私のいる場所ではできてしまっているからだ。

 こういう状態は、一種の末期症状のような気がする。 大学に未来はあるのだろうか?

12月12日(日) 新潟市坂井輪西地区親善卓球大会に出る。 朝9時より、西地区総合スポーツセンターにて。

 午前中、男子シングルス予選Cの第8組で出たが、5人によるリーグ戦で1勝3敗と4位であった。 残念無念。 午後は混合ダブルスが行われたが、1回戦敗退で、早々会場をあとにしました。 うーん、ここ1カ月ほど多忙でほとんど練習していなかったからなあ・・・・

12月9日(木) だいしホールで夜6時半から、田中弦楽アンサンブル第10回演奏会が開催された。 当初、新潟県中越地震の日に行われるはずが、地震のため中止となり、この日に振り替えとなったもの。

 モーツァルトの弦楽四重奏曲 「プロシァ王第1」、ドヴォルザークの弦楽六重奏曲、チャイコフスキーの 「フィレンツェの思い出」 弦楽合奏版という、正味2時間近いプログラムで聴き応えがあった。 演奏水準もそれなりのもので、これが無料とは信じられない。

 私は特に 「フィレンツェの思い出」 が好きなのだが、編成が編成なので生で聴く機会はあまりなく、記憶に間違いがなければこれでやっと2度目。

 しかし聴衆の入りはイマイチで、3割程度だろうか。 せっかく地元の演奏家が悪くない演奏をしてくれているのに、残念なことだ。

 小沢征爾のようなビッグネームや、川畠成道のように (ご本人には責任のないことだが) 純粋な音楽以外の要素の絡んだ演奏家にはふだんクラシックに縁がない聴衆まで群がり、地元演奏家の地道な活動にあまり人が集まらないというのは、新潟の音楽界もまだまだ課題が多いということであろうか。

12月6日(月) 午後7時から、りゅーとぴあにて小沢征爾指揮の水戸室内管弦楽団演奏会。 オール・モーツァルト・プログラムで、「イドメネオ」 序曲、協奏交響曲変ホ長調K.364、交響曲第36番 「リンツ」、アンコールはバッハの 「G線上のアリア」。

 実は、当初、パスしようかと考えていた演奏会であった。 なにしろ小沢征爾である。 発売は電話予約のみで、しかもS席やA席などのランク指定はできても座席指定はできないという、ウィーンフィル並みの条件がついていた。 電話合戦に参画するのは面倒くさいし、その後、完売したという話を聞いたので、ま、しょうがなかろうと思っていた。

 ただ、昨年のウィーンフィルの時もそうだったが、完売したと言われていても、直前になるとどこかから余った券が出てきて販売されるというケースがあるから、今回もその可能性は忘れないでおこうとは思っていた。

 それで、昨日、東響定期に行ったついでにカウンターで訊いてみたところ、案の定と言うべきか、余った券が出て販売しているという。 高価なS席だけなのが業腹だが、私も小沢征爾を実演で聴いた経験がなかったので、やむを得ずということでその場で購入した。 BブロックのCブロックに隣接した席。 つまり、客席から舞台に向かってやや右寄りの席である。

 さて、ふつうは演奏者が舞台に登場した後に指揮者が姿をあらわすものだが、小沢は楽団員たちの中に混じって登場したので、気がついたら小沢がいた、という感じ。 演奏者たちとの一体感を追求しているからか。 或いは、某所で読んだことがあるが、腰が低い人だからか。

 演奏では、リンツ交響曲がすばらしかった。 言うことなし、である。 協奏交響曲ではヴァイオリンはいいが、ヴィオラの音が第1・3楽章であまり響いてこない。 第2楽章のゆっくりしたところでは悪くなかったのだが。

 りゅーとぴあの座席は満席であった。 ただし、小沢の名に釣られてだろう、日頃はクラシックコンサートには縁のない客も少なくなかったようで、協奏交響曲の第1楽章が終わったところで拍手が起こったし、アンコールの時も指揮者が姿勢を崩していないのに早めの拍手が出た。

 カメラで撮影している奴もいた。 Cブロックでフラッシュが光ったし、私の一人おいた右に座っていた30代くらいの男はケータイのカメラで撮っていた。 いちど係員に注意されたのに、やめなかった。 困ったヤカラではある。

12月5日(日) 午後5時から、りゅーとぴあで東京交響楽団第29回新潟定期演奏会。 指揮は秋山和慶、ヴァイオリンは五明佳廉で、バーンスタイン: 「キャンディード」 序曲、 コルンゴルド: ヴァイオリン協奏曲、 ジョン・ウィリアムズの世界(映画音楽など)。

 こういうプロは、東京交響楽団が年末恒例でやるもののようで、新潟定期ではたしか一昨年にこの種のプログラムを組んだ。 しかし私はポピュラー音楽をクラシックの楽団がやるというのにはどうも馴染めない。 ポピュラー音楽をバカにしているのではなく、ポピュラーはそれにふさわしい楽団や歌手がやったほうが興が乗るし感動もすると思うからだ。

 で、今回はコルンゴルトを弾く五明佳廉だけに注目した。 コルンゴルトを実演で聴くのは初めてで、このヴァイオリニストも初めて。 彼女は弱冠22歳で、詳細は不明だが多分片親が日本人、現在はアメリカを中心に活動しているようだ。 今回聴いた限りでは、音がそれほど大きくなく、演奏も悪くはないが特徴がはっきりしない。 今後に期待、といったところか。

 いずれにせよ、あまり感銘のない、味の薄い演奏会であった。

12月2日(木) 夜、H卓球クラブに練習に行く。 昨日まで多忙だったので、卓球の練習も約1カ月ぶりくらいである。 やはり体を動かすと気持ちがいい。

12月1日(水) ここ1カ月ほど、研究発表や公開講座やドイツ語検定試験実施があり、くわえて学内業務もあってかなり多忙だったが、本日午後の会議で一段落し、一息ついた。

 一息ついたところで、演奏会に行く。 川畠成道ヴァイオリン・リサイタルがりゅーとぴあのホールで午後7時から開催された。 ピアノは山口研生。

 この人の演奏はディスクやFMなどでも接したことがなく、初めて聴いたのだが、よく通るたおやかな音色にまず驚く。 技巧的にも問題がなく、響きのいいホールの特色も相俟って、満足できる演奏会となった。

 ただ、前半がバッハの伴奏付きヴァイオリンソナタ第3番とエネスコの無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番という渋い曲目で――といっても氏の演奏は渋さを明るく捉えなおすような鷹揚さを持っていると感じたが――後半が 「愛の挨拶」  「ヴォカリーズ」 「ラ・カンパネッラ」 「タイスの瞑想曲」 「アヴェ・マリア (シューベルト)」 「ツィゴイナーワイゼン」 という、ポピュラーな小曲集のプロだったためか、後半の最初のあたりは弾き方がやや杓子定規な感じで、メロディアスなふくらみといったものに若干欠けるきらいがあった。

アンコールを4曲、「シンドラーのリスト」、「愛の喜び」、「ハンガリー舞曲第5番」、「歌の翼に」 を弾いてくれた。 ハンガリー舞曲は、ちょっと崩した弾き方が面白かった。

 というわけで演奏は素晴らしかったのだが、今回、聴衆には少しく問題があった。 主催が民音で、共催がNSTだったためか、通常のクラシックコンサートとは明らかに客層が異なっていた。 前半は楽章が終わるごとに盛大な拍手。 この種の拍手は、たいていは最初の頃は起こっても、曲が進むにつれてなくなっていくものなのだが、今回は前半のプロが終了するまでいささかも衰えることなく続いた。

 後半は小曲集なのでその問題は解消したが、遅れて入ってくる客の多いこと! 前半も楽章が終わるごとに少なからぬ客が途中入場してきたのであるが、これは駐車場に入れるのに時間がかかったからやむを得ないものと考えていた。 私も、開演30分前にクルマで行ったのだけれど、りゅーとぴあと県民会館の駐車場はすでにいっぱいで、陸上競技場の駐車場にとめた。 しかし、そこもすでに満杯になりかけであった。 したがって、駐車場を探して入れるのに時間がかかったから前半の途中から、という客が多かったのは仕方のないことだと思う。

 しかし、後半のプロが始まっても途中入場客が多い。 1曲目が終わって入り、2曲目が終わっても、3曲目、4曲目が終わってもまだ入ってくるのだ。 明らかにこれは遅れてやってきた客で、しかもそれが2人や3人ではないのである。

 非常に入りのいい演奏会だった。 ヴァイオリン・リサイタルは、りゅーとぴあのホールでやる場合、大抵は3階には客を入れないのに、今回は入れており、しかもそれがかなり埋まっている。 最近の東響定期より入りは良かったと思う。

 明らかに、ふだんはクラシックコンサートになんか行かない人たちまで大勢来たからであろう。 それが必ずしも悪いことだとは思わないし、また川畠氏のようにハンディを背負いながらいささかもそれを感じさせない素晴らしい演奏をする人に、ファンが付くのは結構なことだと考える。 車椅子の少年の姿を見かけたが、川畠氏の活躍ぶりから勇気を得て、自分なりの生き方を見つけていく機会となったかもしれない。

 しかし、たんに客が大勢集まればそれでいいのか、という疑問も残る。 特に前半のプロはクラシック演奏会としても渋い曲目だったわけで、クラシックファン向けの選曲、後半はクラシックに余り縁のない人でも楽しめるプログラムだった。 いわば折衷的なプロだったわけだが、昨日の聴衆からするとポピュラーな選曲のみでもよかったのでは、という気がした。

 或いは、主催団体である民音――その内実を私は知らないが――があらかじめ、クラシックを聴く場合の拍手の仕方などについて会員に注意を与えておくことはできなかったものだろうか?

11月30日(火) 夕方6時15分から新潟大学人文学部公開講座があるので、新潟大学・駅南キャンパス (略称: クリック) に出向く。 新潟駅南口にあるプラーカ3の地下に設けられている講義室である。 今年の人文学部公開講座は 「庭園の文化誌」 というタイトルで、都合7回にわたって行われる。 その第6回を私が担当することになっているのである。 題して、「ドイツ文学にあらわれた庭園」。

 実を言うと、私はここに来たのは初めてである。 見ると、横に長い部屋で、置かれたホワイトボードも小さく、あまり講義をしやすい環境ではない。 まあ、本来別の目的で作られた部屋を新潟大が借りているわけだから、仕方がないが。

 ビルの地下で、歩行者が通る通路と講義室の間には窓付きの壁があり、窓にはいちおうブラインドが降りているのだが、宣伝のためにブラインドを明けて講義をして欲しいと言われた。 こういうご時世では仕方がないかと承知した。 とはいえ、大規模な地下街の通路ではなく、このビルと隣のビルを結ぶだけの地下通路だから、通行人がそれほど多いわけではない。 が、講義をしていたらやはりのぞきこんでいく歩行者もいた。

 講義の聴講者は18名のはずだが、欠席者もいて15名。 中年以上の方ばかり。 用意してきた材料が若干多めだったので、最後は急ぎ足の説明になってしまいました、すみません。 あと30分くらい欲しいところだった。

11月29日(月) 夜7時から、音楽文化会館に、佐々木和子室内楽シリーズ第5回を聴きに行く。 入りは、まあ、くらいだけれど、一昨日の鍵冨弦太郎くんのリサイタルに比べるとかなり寂しい。このシリーズ、内容は悪くないけど宣伝がイマイチのような気が。

 今回のメインは、ブラームスのホルン三重奏曲。 竹村淳司さん (東響ホルン首席) のホルン、大谷康子さん (東響コンサートミストレス) のヴァイオリン、佐々木和子さんのピアノという顔ぶれの演奏。

 何しろこういう編成の曲なので、私も生で聴くのは今回が初めて。 あらかじめ竹村さんによるナチュラルホルンの原理についてのお話があり、実際に使われた楽器はナチュラルではなかったのだが、手を開口部分にさしこむことで音階が変化することがよく分かり、勉強になりました。

 このほか、串田淑子さんのメゾソプラノによるブラームスの 「八つのロマの歌」、竹村さんのホルンによるグリエールの 「ロマンス op.35-6」、大谷さんのヴァイオリンによる 「愛の挨拶」 「ツィゴイナーワイゼン」 「ハンガリー舞曲第五番」 が演奏された。

 また、開演に先立って、先の新潟県中越地震の犠牲者を悼んで、串田さんの歌、佐々木さんのピアノでグノーの「アヴェ・マリア」が演奏され、この演奏会のチケット代金1枚につき500円が地震被災者のために寄付される旨のアナウンスがあった。

 アンコールでは、まず串田さんが竹村さんと佐々木さんの伴奏を得て 「眠りの精」 をドイツ語と日本語で歌った後、大谷さんが会場後部の出入口から登場して客通路をめぐりながらモンティのチャールダッシュを演奏するというサービスを披露。 雰囲気が一気に盛り上がってお開きとなった。

 大谷さんは東響新潟定期でもおなじみだけれど、今回、あらためてすばらしいヴァイオリニストだと実感した。 是非、新潟でリサイタルを開いて欲しい。 CDを買ってサインをもらってきた。 その際にちょっとだけお話ができたのがうれしい (ムフフ)。

 なお、途中のトークで判明したことだが、大谷さんの楽器は (かの有名な) グァルネリで、親御さんにねだって買ってもらったのだそうである。 うーむ、やはりお金持ちのお嬢様だったのですね・・・・・(別に非難する意図はないので、誤解なきよう)

11月27日(土) 土曜日だが朝から大学の業務で出勤する。 午後6時15分ごろにようやく終了。 さいわいにして、と言うべきであろう。 これが7時頃までかかったら演奏会に行き損ねるところであった。 本日は、鍵冨弦太郎ヴァイオリン・リサイタルが音文で午後7時からあるのだ。

 鍵冨君は新潟県出身、現在、桐朋女子高校音楽科3年生で (桐朋女子高は、音楽科のみ共学)、2003年度日本音楽コンクール・ヴァイオリン部門で第一位となった。 まさに期待の新人である。 プログラムは、前半がパガニーニの奇想曲より、ヘンデルのソナタ作品1−15、サン=サーンスのソナタ第1番、後半が、サン=サーンスのハバネラと、ヴィエニアフスキの 「ファウストの主題による幻想曲 作品20」、 アンコールが、サラサーテの 「序奏とタランテラ」 と、フォーレの 「アンダンテ」。 ピアノ伴奏は浦壁信二。 

 なんと、チケットは売り切れで 「当日券はありません」 の掲示。 開演15分前に行ったら、めぼしい席はあらかた埋まっている。 すごい人気ですねえ。

 彼の演奏を聴くのは2度目。以前、新潟室内合奏団とたしかベートーヴェンの協奏曲をやったのを聴いたことがあった。 あのときは途中で楽譜の記憶があやしくなっていて、まだヒヨコのイメージが強かった。

 今回、まず音の美しさに驚いた。 すっきりとして素直な美音。 こういう音、好きですねえ。 テクニックも危なげなしで、さすが日本音楽コンクール第1位だけのことはあると感心。

 ただ、サン=サーンスのソナタの第一楽章途中で調弦があやしくなってやり直すハプニング。 専門的なことは知らないが、あらかじめの準備が不十分だったのだとしたら、今後は気をつけて欲しい。

 それと、プログラム後半がボリューム不足。 いくらヴィエニアフスキの曲が長めだとはいえ、2曲あわせて25分程度では食い足りない。 後半が小品集であってもいいが、最低、もう1曲はやらないとね。

 ボリューム不足ということでは、今年初めにあった枝並千花さんのリサイタルでも同じ印象を持った。

 この点、9月に小出で行われたテディ・パパヴラミのリサイタルを見習って欲しい。 バッハ、ブラームス、ドビュッシー、ベートーヴェンとソナタ4曲を並べた重量級のプロ。 西洋の音楽にはこういうボリューム感が必要だと思う。 お腹がいっぱいにならない日本式懐石料理ではいけません。

11月25日(木) 自分のサイトを持っていると意外な人から連絡が入ることがある。 先月も、学生時代に同じ研究室にいた同級生から突然 (メールではなく) ファックスが届いた。 詳細は略すが、現在私がおかれている状況と密接に関連した問題に悩んでいるようであった。

 で、本日は、学生時代に同じサークルにいた後輩から、突然メールが来た。 やはりこのサイトを発見して、ということである。 詳細はまたまた省略するが、こういうメールが来るのは大歓迎である。 世の中、少し意外性がないと面白くないが、サイトというのは意外性を喚起するものなのである。

11月23日(火) 本日はドイツ語検定試験の日である。 会場責任者の私が、朝8時半前に大学に出向いて、会場案内板などを設置していたら、早くも受験者がやってきて、クルマをどこにとめたらいいか、と訊かれた。 といっても学生ではなく、中年のオバサンである。 4級を受けるそうだが、入室時間まで1時間以上もあるというのに、実にマメである。

 そこにいくと、新潟大生は怠慢である。 本日は休日なので校舎の玄関 (数カ所ある) は閉まっており、ドイツ語検定用に1箇所だけ開けてあるのだが、そしてドイツ語検定本部から送られてきた資料を見ればそれが分かるはずなのだが、校舎のことは分かっていると思っているせいかロクに見ず、閉まっている玄関から入ろうとするのである。

 仕方がないので、開始直前には閉まっている玄関をわざわざ内から開けてやったが、これに限らず、「分かっている」 と思っていると意外な落とし穴があるものである。 受験生ばかりではない。

 実際、2級会場で聞き取り試験のとき、テープレコーダーが作動しないというアクシデントがあった。 試験室のコンセントにプラグを差し込んでも入力にならないのだ。 監督の先生から急報を受けて受験室に急行。 コンセント側に問題があるようだが、なぜかは不明。 やむを得ず、あらかじめ停電時用に用意した乾電池電源で試験をしてもらった。

 それやこれやで多少あたふたしたけれど、なんとか大過なく終了しました。

 それにしても、3級は90名ほど受験者がいるのに、ドイツ語検定本部は監督以外にアルバイト1人しか認めていないのが不便だ。 問題用紙と解答用紙それぞれ90人分を5分以内に配るのは2人では難しい。 仕方がないので、本来電話とファックスのある部屋で待機すべき私が配布の時だけ手伝いに行ったが、3人でやってもぎりぎり5分近くかかるのである。

 大学受験なら、90人の受験生というと普通、監督は4人程度配置するのである。 ドイツ語検定本部が予算難でケチっているので無理が生じているわけだが、うーむ・・・・・

11月22日(月) あしたはドイツ語検定試験である。 会場責任者をやることになっているので、明日の監督者のための弁当をあらかじめ注文しておこうと、朝、大学に来てから大学西門前の弁当屋を振り返ってみたら――というのは、駐車場のすぐ前に弁当屋はあるので――何と、看板がなくなっているではないか!

 建物のすぐ前に行ってみたら、7月で閉店、という張り紙がしてあった。 ガーン、4カ月も前ではないか! 私はふだんはこの弁当屋を利用していないので、大学のすぐ前なのに閉店に気づかなかったというわけだ。

 仕方がないので、少し離れたところにある別の弁当屋にクルマで出向いて、明日の弁当を注文しました。 やれやれ、年々歳々、建物同じからず、である。

11月19日(金) 夕方、Tジョイ新潟万代に映画を見に行ったら、先週この映画館に来たときに見かけた人がいた。 先週は座席一つを隔てた隣り同士であったが、今回は映画を見終えて通路に出てきたところで遭遇し、おや、また同じ映画を一緒に見たわけですね、と心の中でつぶやいた。

 私よりずっと若く、30歳前後かと思われるサラリーマン風の男性で、きちんとスーツを着てアタッシェケースを持っている。 本日の金曜日はメンズデーで男は千円だから、それを利用して見に来ているのであろう。 私も同様の理由で金曜日にはよくTジョイに来るのであるが。

 映画館や音楽会に行くと、わりにこういう現象が起こる。 名前も職業も知らないのに顔だけ憶えてしまい、ああ、この人、また来てるなあと思うケースである。 

 これ以外に、シネ・ウインドでよく見かける人とユナイテド・シネマで出会ったケースもある。 この人は50代かと思われる男性で、どうも持ち物や雰囲気からして民間会社のサラリーマンではなく、私の同業者ではないかとにらんでいるのだが、口をきいたことはないから詳しいことは分からない。

 E・A・ポーに 『群衆の人』 という有名な短篇があるが、その伝に習って 『名も知らぬ知人』 なんて小説が書けそうな気がしないでもない。

11月18日(木) このところ多忙なせいか、今朝は眼や肩に疲労感がかなり残っていて、学校に行くのがつらかった。

 2限と4限に授業をしたあと、午後5時から、大学院現代社会文化研究科の研究プロジェクト 「現代の社会と文化の変容に関する超域的研究」 での発表を担当する。

 といってもこのところ忙しく、そもそも発表をやってくれと頼まれたのが3週間前 (!) なので、7月に金沢に出向いて日本海セトロジー研究会で行った研究発表 「イルカ・イデオロギーについて考える――藤原英司氏の場合――」 に多少の付け足しをしたもので許していただいた。

 この研究プロジェクト、博士課程大学院生を含めて20人が加わっているはずだが、聴きに来たのは私を除いて6名だけである。 笑ってしまう。 本日は2回目の研究発表会で、ワタシは1回目も出ているから、マジメなほうだ。 2回のうち1度も出ていないヤカラが結構いる。

 もっとも、私も実は、独立行政法人化で研究費が大幅に削減されたので、プロジェクトに加われば多少研究費がもらえるのではという下心があって加わったのだが、 案に相違して研究費の配分は1人あたりわずか1万円。 これで何を研究しろっていうんでしょうね。 ったく、新潟大学ってのは・・・・・

 発表が終わってから近所の店に飲みに行く。 といっても私を入れて5人のみ。 しかし一杯やったら、ひとつ仕事が終わって少し肩の荷が軽くなったせいもあってか、朝の疲労感が和らいだ気がした。

11月15日(月) ここ数日余震がなく、そろそろ落ち着いたかなと思ったら、本日午前中にまた余震がありました。 どこまで続くぬかるみぞ・・・・・

 さて、10月23日の地震のあと、なんやかやで演奏会に行っていなかった。 しかし本日は午後6時半から、フィルハーモニア・カルテット・ベルリン演奏会を聴きに、りゅーとぴあコンサートホールへ。 田中弦楽アンサンブルを地震で聴き損ねて以来、初めての演奏会。 (ちなみに、田中弦楽アンサンブルは12月9日に振り替えコンサートをやるそうです。)

 りゅーとぴあでカルテットを聴くのは、今年のモザイク・カルテット以来だけれど、あの時は古楽器で舞台上に客を入れての演奏会だったから例外的な設定で、したがって今回は   「カルテットの演奏会がこんな大ホールでいいのか?」 という気持ちがあった。 ちなみに座席は1階12列。

 ところが、さすがりゅーとぴあと言うべきか、結構聴けるのである。 響きが良く、また弦の音が程良く柔らかくて、快感。もっともこれは演奏家の腕のせいかもしれないが、音響面での不満は全然なかった。

 演奏も、ベルリンフィルというイメージから機能面を強調した極度に現代的な冷徹な演奏かとおもいきや、音の出方がソフトで、最初のベートーヴェンの若い悲愴感が込められた作品18−4でも余り鋭角的にならず、くつろいで聴ける雰囲気があって、なかなかのものであった。 次の作品135も似た印象であったが、緩徐楽章の美しさは特筆もの。 最後の 「死と乙女」 では、第一ヴァイオリンの音の美しさが最高潮に達した感があった。

 アンコールは、ハイドンの作品76−4の第二楽章。 これまた美しかった。 欲を言えば、もう一曲くらいやってほしかったのだが。

 今年は、モザイク、プラジャーク、そして今回のベルリンと、新潟は弦楽四重奏の大当たり年だったと言えよう。

 ただ、主催者の宣伝が下手なせいか、また会場がりゅーとぴあ大ホールという設定のせいか、売れ行きが芳しくなく、某所でチケットの投げ売りが行われたそうな。 ワタシのようにマジメに5500円を出してS席を買った人間からすると、一言いいたくなるのである (で、ここで言わしていただきました)。

11月14日(日) 午後1時から、N卓球クラブとH卓球クラブの親善試合。 於・浜浦小学校体育館。

 実はこのところ忙しくて、参加できるかどうか怪しくなっていたのだが、昨日まとめて仕事を片づけて何とか参加できた。 しかしここ1週間ほど卓球の練習を全然していない。

 おまけに、行ってみたら主催者Hクラブの会長N氏が、試合形式を決めておらず、ワタシやワタシと職場の同僚であるF氏が呆れ果てて、数人で鳩首凝議して泥縄式で何とかまとめる始末。 N氏はのんびりした性格で日常的に付き合うにはいい人だと思うのだが、仕事面というか事務処理能力というか、そういう点では相当に怪しいのである。 

 さて、ワタシの成績は、団体戦では、シングルス2敗、ダブルス2勝。 シングルスでは強豪と当たって見事捨て駒の役割を果たしました・・・というのは負け惜しみか。

 その後のダブルス・リーグ戦ではHクラブのM女史と組んで、4勝2引き分け (2セットマッチなので引き分けありなのである) で見事首位! 賞品をゲットしました。 もっともたいした品ではありませんが、もらうことに意義がある?

 試合後、イタリア軒近くのYという店で懇親会。 3500円で3時間飲み放題。 最近は2時間飲み放題は珍しくないが、3時間というのは、少なくとも西新潟の店では見あたらない。 さすが古町近くだと感心。 食べ物も、刺身などは少量だったが、揚げ物や鍋物など、食べきれない分量が出て、最後にアイスクリームのデザートが付く。 なかなかのお店でした。

11月8日(月) またまた大きめの余震があった。 ワタシはトイレで用を足していたところだったが、最近地震が多いので、揺れているような気はしたけれど、揺れているかなあ、それとも気のせいかなあ、などと考えているうちに余震は止んだようだ。 どうも立っていると、特に揺れがゆっくりの場合、その辺の判別が付きにくい。 研究室にいるときなら書棚を見て揺れているかどうかを判断するが、トイレにいるとそういう判断材料がないので、分かりにくい。 

 後でインターネットのニュースを参照して、結構大きな余震だったと分かったのでした。

 3限の講義を終えたら、この授業をとっている4年生のKさんが、「就職が決まりました」 と報告に来てくれた。 よかった、よかった。 彼女はちょっと変わっている。 どこがって? 4年生の後期になったらゼミ (必修) 以外の授業はとらないのが普通なのに、ワタシの講義に出ているからである。 単位が足りないからでは無論ない。 純粋に授業内容に興味があるからだという。

 と書くと、そんなことは当たり前じゃないかと言う方もおいででしょうが、ワタシのいる場所ではそれが当たり前ではないのである。 Kさんのような学生は圧倒的に少数派なのだ。

 彼女は昨年度、ワタシの別の講義に出ていたのだが、この授業、いちおう講義なのだけれど演習形式を取り入れるという前宣伝のせいか3人しか学生が来なかった。 その3人のひとりがKさんであった。 つまりそれだけ根性がある証拠である。 掃きだめに鶴、というか、何十人かの大衆そのものの学生がいても、必ず数人は変わった=まともな学生がいる、ということなのであろう。

11月5日(金) 午後6時から講座会議。 それほど議題が多いわけでもないのに3時間半もかかる。 いつもながら能率が悪い。 無駄なおしゃべりが多い。 この半分の時間で出来ると思うのだが、なぜかいつも長引く。 長いのが好きな人もいるということであろう。

 さて、最近の消費者中心主義のせいか、大学教師が学生の人気や集まり具合を気にすることと言ったら、相当なものである。 ワタシはもともと教養部にいたためか、或いは漱石の 『坊ちゃん』 みたいな人間であるためか、学生が来ないとすればそれは学生 (彼らは20歳前後、こちらは50歳を超えている) が未熟だからだろうと考えるが、20歳の学生に理解されないことをものすごく気にする教師もいる。

 そもそも、ワタシは学生時代はドイツ文学を専攻した人間であるから、人が少ないのには慣れている。 文学部の同級生150人中、ドイツ文学を専攻したのは3人だけだった。 だいたいにおいて、人がたくさん集まる専攻というのは平均的で安定志向で他人と異なることを恐れる人間、要するにロクデナシが多いところだ、というような偏見 (?) を今でもワタシは心のどこかに秘めているらしい。

 もっともそれは人それぞれだから、別段構わないのである――学生が集まらない教師を放っておいてくれるなら、だ。 学生が集まる教師も一興、集まらない教師も一興。 それで平和にやっていけるなら、全然何の問題もないのである。

 ところが最近の 「大学改革」 でヘンな風潮が出てきている。 学生が集まらない教師はその教師が悪いという単純な思想(?)に染まる輩がいるのである。

 もっとも、それも、そういう意見を貫徹してくれるならいいのである。 徹頭徹尾学生がたくさん集まればいい教師――これはバカにも分かる判別法だから、まあ、単純な人や未熟な学生にはお薦めしてもいいだろう。

 ところが、なぜか徹底的に学生が集まる教師には 「ちゃんと教育しない、勉強させない教師だから、学生が集まるのだ」 というレッテルが貼られるのである。 しかしこの論法で行くなら、学生に全然人気のない教師は学生を徹底的に鍛える貴重な存在だということになるはずではないか。

 要するに、自分より学生に人気のない教師に対しては 「学生のことを考えてない」 と悪口を言い、自分より学生に人気のある教師に対しては 「学生をちゃんと教育していない」 という悪口を言うわけである。 どう転んでも悪口、なのだ――。

 こういう教師に、ワタシはなりたくない。

11月2日(火) 午後6時過ぎから、大学近辺の店でゼミの開始記念飲み会を開く。 後期は10月2日開始だからずいぶん遅いけれど、学生も色々都合があって全員 (といっても5名) が揃う日がなかなか見つからなかったのである。

 4年生にはまだ就職が決まっていない学生がいて、飲むにしても意気がもう一つ上がらない感じもあった。 新幹線が途中でストップしている状況下では、首都圏の企業へ就職運動するのにも支障が出ているらしい。 地震の影響はこんなところにも出ている。 とはいえ、10時頃まで論談風発で悪くない会であった。

 終わってから勘定を支払ったら、お釣りの千円札が野口英世であった。 新札に切り替わったばかりで、こんなに早くお目にかかれるとは。 

11月1日(月) ドイツ語教師のはずの私だが、来年度からドイツ語担当からはずれることが、本日のドイツ語教師会議で決定した。 詳細については、いずれ明らかにします。

 帰宅したら、半月前のクラス会で再会した恩師から葉書が来ていた。 地震の影響を心配してくださり、またクラス会が楽しかったと礼を述べられる内容であった。 故郷の人々のこういう気遣いはまことに心にしみる。 新大ドイツ語教師たちの救いがたい振る舞いの対極、と言うべきか。

10月31日(日) 藤沢に住む友人Nに電話する。 10月16日のクラス会で再会した友人であるが、その時に、11月初めの連休時に東京で別の友人たち (小中高時代の同級生。 先日のクラス会メンバーとは別) をも含めてまた会おうか、という話が出ていた。 私はその頃あらためて東京に行くつもりでいたからだ。

 ただ、友人の一人は最近娘を亡くしたというので、会うのは少し間をおいてからの方がいいかもしれないという話をNがしていた。 詳細はNも知らなかったが、いずれにせよ20歳をすぎたばかりの娘を失うのはやりきれないことだから、その友人の意向を訊いてからにした方が、ということで、再会についてはあとで改めて電話で打ち合わせよう、という了解がNと私の間で出来ていた。

 ところが、その後、新潟県中越地震があった。 上越新幹線はいまだに越後湯沢―燕三条間で不通になっている。 私は飛行機嫌いだし、高速バスでは時間がかかりすぎる。

 そして何より、家を失って不便な暮らしを余儀なくされている方々が県内に多数おられるのである。 こういう中で東京に遊びに出かけるのは、どうも――私らしくもないが――気が咎めるのである。

 昭和天皇は、9月1日、つまり関東大震災が起こった日にはなるべく行事を控え、またこの日にゴルフに出かけようとした皇族には注意を与えたという話がある。 平民であるワタシが別段天皇陛下に見習う義理もないが、今回は謹慎したほうが、という気がしてきた。

 秋に一度上京して、友人と会ったり、コンサートを聴いたり映画を見たり、洋書店や新本屋や古本屋めぐりをするのは、長年にわたる私の習慣であるが、今年に限っては中止しようと決心した。 

 そういうわけで、本日はNに電話してその旨を伝え、年末に改めて会う算段をすることで合意した。 

10月27日(水) 午前10時41分、大きめの余震があった。 私は1限の授業を終えて研究室で本を読んでいたところだったが、万一にも書棚が倒れてくるといけないので廊下に避難した。

 この習慣(?)は、もう25年以上も前になるが、1978年の宮城県沖地震の際、私は仙台で大学院生をやっていて危うい目にあったので、それ以来ついたものだ。 私は地上8階の研究室にいたのだが、書棚が倒れかかってくるところを危うく廊下に逃げ出したのである。 廊下に出る直前、天井の蛍光灯がふっと消えたので、「こりゃ、並みの地震じゃない、ヤバイ」と思ったことをよく覚えている。

 しかし、ヤバイのは地震だけではない。 人間だって十二分にヤバイのである。 詳細は略すけれども、基礎的な手続きの欠如をいいくるめて現実に居直るしかない人間の跋扈は、相当にヤバイと思う。

10月25日(月) 今日になっても余震が続いている。 新潟市では揺れはさほどではなくても、しょっちゅう揺れているのは気持ちの良いものではない。

 研究室に来たら、書棚の最上段に載せていた本が床に散乱していた。 しかしこの程度のことは、中越地方の方々が被った被害に比べれば被害とも言えないだろう。

 東京の友人2人からメールで安否の問い合わせがあった。 その他、所用のメールでついでに様子を訊いて下さる方もいた。 気を遣っていただいて、ありがとうございます。 新潟市は実害はありませんでした。

10月24日(日) 午後2時から新潟室内合奏団の演奏会があり、しかもタダ券をもらえるはずだったのだが、一昨日から風邪でだるく、しかも昨日来余震が続いていて落ち着かないので、行くのを中止した。

 午後、東京の友人Sから電話が来る。 地震を心配してということで。 なかなかつながらなかった由。 彼とは2年近く会っていないが、先日故郷に住む尊父を亡くしたとのこと。 地震でなくとも人は死ぬのだ・・・・・。

10月23日(土) 夕方、田中弦楽アンサンブルの演奏会を聴こうとだいしホールにいたところ、開演時刻の午後6時直前にぐらりと地震が来た。 その後も揺れが続いたので、結局演奏会は中止となった。

 帰宅して、テレビで中越地方を中心に被害が出ているのを知る。新潟市内は震度4でたいしたことはありませんでしたが、被害に遭われた中越地方の方々には心からお見舞い申し上げます。

10月20日(水) 午後6時半から、県民会館でハンガリー国立歌劇場公演 「椿姫」 を聴く。 私はオペラにうといから、この有名な作品も生で聴くのは初めて。 ヴィオレッタは美人ソプラノとして人気絶頂のステファニア・ボンファデッリ、アルフレートはイシュトヴァン・コヴァーチハージ、父ジェルモンはアナトリイ・フォカノフ。 指揮は、アダム・メドヴェッキー。

 私の耳もアテにならないが、第一幕でステファニア・ボンファデッリの歌を聴いて、アレ?と思った。 オケの音より明らかに音程が低く、合っていないのだ。 どうやら調子が悪いらしい。 第一幕の後半、やっと持ち直してきた感じがしたが、声の張りはともかく、伸びは芳しくない。

 これに対して父ジェルモンは朗々としたバリトンでなかなか良かった。

 台風が近づいていて、舞台がはねて外に出ると豪雨。 プリマの出来もあって、何となく満たされない気分で会場を後にした。

10月18日(月) 午後4時からFDに出る。 大学教員も自己を向上させるためにFDに積極的に参加するべきだ、という内容のFD (笑)。 ごもっともと言いたいところだが、会場に集まった教員からは、海外の事情を紹介されても、他の様々な条件が異なるから単純に内外比較はできないのでは、という声が上がった。

 たしかに、FDに出るにしてもそれなりに時間的な余裕が必要だろう。 私のように雑務の少ない人間ですら、FDは極力避けているのだ。 まして雑務の集中している教員からすれば、そんなヒマはないと言いたくなるのは当然だろう。 私も今回、各講座から一人出して下さいと言われましたと、講座の某先生から頼まれたから出たので、そうでなければ出なかっただろう。

 とはいえ、世界でも日本の大学教員は一番疲れている、というデータも紹介されて、これは納得することしきりであった。 そういう情報を得るためにも出た方がいいのか??

10月17日(日) よく眠れなかったけれど、そういうわけで (前日の記述を参照) 葉山の私学共済で目を覚ます。 昨晩は風呂に入らなかったので、朝湯を使う。

 6人で朝食。 S君がビールを頼む。 朝からビールを飲む奴はアル中だ、というのがワタシの持論であるが、ワタシも少々お相伴にあずかりました。

 バスとJRを乗り継いで鎌倉へ向かう。 鎌倉駅で、都内に住んでいるT君が合流。 彼は昨夜は用事があってクラス会に来られなかったが、本日のみ参加ということらしい。

 鎌倉で、鶴岡八幡宮、建長寺、円覚寺、と寺社めぐりをする。 実は我々は修学旅行 (中学のですね) で鎌倉を訪れているので、八幡宮にはその時来ているはずなのだが、全然覚えていない。 37年前のことだから仕方がないけどねえ。

 建長寺は、S君が勤めている某私立学校の経営母体でもあるので、タダで入れました。 夏目漱石の 「漱石」 という筆名の由来ともなった、漱石という文字が刻まれた石も見ることができた。 S君は、クラス会の設定にはかなり問題があって無能さをさらけ出してしまったが、寺社の由来や境内の名所旧跡には結構詳しく、観光案内人としては有能である。 人間の能力はなかなかバランスがとれないものだ。

 円覚寺前の割烹 「門前」 にて昼食。 一番安い「とろろ御膳」で1900円もする。 7人全員それにする。 一日10食のみだそうだが、幸い7人分残っていた。 S君がまたもビールを頼む。 店を入って正面に川端康成揮毫になる 「門前」 という書が額縁に入れて飾ってあるし、高松宮殿下が来店された写真もおいてあるので、それなりに由緒ある店なのであろうが。

 午後3時過ぎ、北鎌倉駅前で解散。 ワタシは土産を買うために、いわきから来たYさんと一緒に鎌倉駅に引き返す。 HさんとT君が付き合ってくれた。 鎌倉はハムが名物だそうで、ハムにしようかと考えたが、高価なので、妥協してソーセージにしました。

10月16日(土) (10月14日の記述を先に読んで下さい)

 クラス会に出かける。 新潟駅発8時頃の新幹線。 渋谷と日比谷で映画を見て、それから逗子に向かう。 逗子って来たのは初めてだけど、結構東京から時間がかかるのだね。

 逗子駅前から宿に向かう路線バスに乗って最後尾の席に座っていたら、見覚えのある顔が乗り込んできた。 中学時代の恩師である。 それから同級生も。 どうやら、鎌倉観光をしてきて、ワタシと同じバスに乗り合わせたということらしい。 すでに席がいっぱいだったので、ワタシの席は恩師に譲った。

 N君が杖をついているのに気づく。 彼はワタシとは小学校から大学まで同じ (! ただし学部は違う) という腐れ縁で、現在は某有名電機メーカーに勤務し、藤沢に住んでいる。 クラス会でなくとも1、2年に一度会う仲だが、今回はたしか2年ぶりくらい。

 杖の訳を訊くと、昨秋、腰と大腿骨関節の手術をしたのだが、リハビリが遅れ気味で、長時間歩くときは杖が必要なのだという。 腰に接続する脚の関節部分がすり減って、手術した方がいいと言われたらしい。 筋肉の回復が遅いのは、やはり年齢が五十を越えているからか。

 で、バスを降りたら、夕刻ながら、富士山が見える。 これは素晴らしい景観だ。 ううむ、こういうところに住んでみたいものだ。 Hさんはこの近くに自宅があるという。 羨ましい限りだ。

 宿は私学共済であるが、作りは古くてイマイチ。 夕食も食堂で8時までという制限付きだから、お役所みたい。 今どき、国家公務員の共済会館だってもう少し融通がききますぜ。 私学共済のほうが官僚的とは、これいかに。

 くわえて、今回のクラス会参加者は恩師を入れて6名のみ! 3日前にHさんに電話したときは8名と聞いたような気がしたのだが、また減ったらしい。 やれやれ、である。 言いたかないが、3年前に新潟・岩室温泉でやったときは15名参加だったんですが・・・・。

 しかし朗報もある。 同じクラスで死んだと言われていたO君が蘇ったという。 といっても無論、墓から出てきたわけではない。 死んだというのが誤報で、彼の2歳上の兄が死んだのと取り違えたのだという。 まあ、事情は何にしても、結構なことでした。

 というわけで、6名しかいないので、部屋は男女各1部屋のみ。 男は恩師を入れて4名だが、S君のいびきがうるさくて、おまけに蚊もいて、よく眠れませんでした。

10月14日(木) (9月16日、21日、26日の記述を先に読んで下さい) 

 朝7時20分、S君から自宅に電話がかかってきた。 実は昨夜10時ころ、クラス会の会場案内がいつまでたっても届かないので (クラス会は今週末なのである!) 催促の電話をかけたのだが、飲み会に行っているとのことで留守であった。 それでHさんに電話したら、「三浦君は自分で宿に向かう」 とS君から聞いている、と言う。 えっ、まさか、なのである。

 S君の案内状に同封された返信用葉書には、選択肢が3つ示されていた。 (1)正午に鎌倉駅で落ち合って、皆で昼食をとり、そのあと鎌倉観光をする。 (2)昼食は自分で勝手にとり、午後2時に皆と落ち合って鎌倉観光をする。 (3)夕刻に直接自分で宿に向かう。

 ワタシは東京で映画の1本も見てから行こうと思っていたので、(2)に丸をつけて返信した。 しかしその後、あちらからは何の音沙汰もないのだ。 9月21日に書いたとおり、案内状には宿泊施設の紹介が欠けていた。 万一落ち合えなかった場合を想定すると、宿泊施設の場所をあらかじめ知っておかないと危険、と考えるのが常識であろう。 その宿泊施設案内がいっかな送られてこないのである。

 さて、今朝のS君の電話であるが、「うーん、どうしよう、希望が揃わなかったんだよ・・・・・」 とのたまうのである。 つまり、正午に落ち合いたいという人と、午後2時に落ち合いたい人とに分かれた、ということなのであるが、これを聞いてワタシはのけぞりました。

 そりゃ、揃わないに決まっているではないですか! 何人もの人間を対象に、正午に来るか、午後2時に来るかと訊いたら、各人各様の都合があるのだから、回答は二つに割れるのが当然でせう。 おいおい、アンタは、正午か午後2時か、絶対にどちらか一方で返事がまとまると思っていたのかっ!? こりゃ、幼稚園児並みですわな。

 幹事の仕事ってのは、そこから始まるものでせう? 正午の人と午後2時の人とに電話をかけまくって、どちらかに統一できないか訊いて回り、統一が不可能なら正午にいったん集まって、午後2時に然るべき (分かりやすい) 場所であらためて後続陣と落ち合えるように話をまとめる――そこまでの作業をアンタは全然予定していなかったのですか!?

 そういう調整作業を考えていなかったのなら、なぜ正午と午後2時の選択肢なんか設定したのだね? 最初から、正午に落ち合うか、さもなければ直接宿に向かうか、どちらかにしておくべきだったのだよ。 まあ、調整作業を想定できないオツムじゃあ、そこまでも考えられなかったのかもしれませんがね。

 S君は徹底的にズレていて、「朝○時新潟発の新幹線に乗れば鎌倉に正午に着けるけど・・・・・」 などと言う。 そんなことは分かってるって! 新幹線の時刻が分からないから午後2時と返事したとでも思っているらしいのだが、ふざけないで欲しい。 こちらはこちらの事情から午後2時と返答したのだ。 ワタシがひたすら知りたいのは、宿の場所、それだけなのである。

 で、どうやらワタシ以外は正午希望ということらしいので、ワタシは 「それなら夕方直接宿に行くから、とにかく宿の場所を書いたパンフを至急送ってくれ」 と言った。 「送りました」   という返事だったが、しかし土曜日の朝に出発するのだから、猶予は1日しかないのである・・・・・・。

10月13日(水) 1限、教養の西洋文学Lの授業。 先週の聴講票受付時には、150人の定員に対して134人が来た。 本日、また30人あまりの受講希望者が来たので、抽選で10人以上を落とさざるを得なかった。 

 ちょっと驚きである。 というのは、前期にも同じ名称の西洋文学L (ただし内容は別) を同時限に出していたのだが、その時は聴講者は70人余りで、定員の半分にすぎなかったからだ。

 なんでこんなに差ができるのか? ワタシの授業が前期で大人気だったから後期は倍する学生が集まった・・・・・・と言いたいところだが、おそらくそうではない。

 多分、専門の授業との兼ね合いから来るのだと思う。 前期は水曜1限に専門の授業をおいた学部が多かったのではないか。 本来、1年次は教養の授業が基本になっているはずだが、10年前の教養部解体以来、学部が専門の授業をどんどん1・2年向けに降ろしており、学生もカリキュラムを組むのが難しくなっているという側面がある。

 さて、夕方、人文学部のY先生から電話がかかってきた。 先生の講座の学生がワタシの本日1限の授業を取りたいと言っているのだが、まだ空きはあるだろうかという御下問であった。 ワタシは事情を話してお断りした。

 が、しかし、何でこういう場合に学生は自分で問い合わせてこないのだろうか? 大学生にもなって、先生に訊いてもらうのを恥ずかしいと思わないのだろうか? どうもこのあたりの体質が、ワタシが10年前に教養部から人文学部に移って以来馴染めないでいるところなのである。 人文学部は、学生を甘やかすことを持って教育熱心の証明にするような風潮がある、とワタシには感じられる。 うーむ・・・・・・・

10月10日(日) 午後5時からりゅーとぴあで、東京交響楽団第28回新潟定期演奏会。 指揮は大友直人、辻井伸行のピアノ、甲斐栄次郎のバリトン、菅英三子のソプラノ、にいがた東響コーラス、合唱指揮が栗山文昭で、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番と、ブラームスのドイツ・レクイエムという長めのプログラム。

 弱冠16歳である辻井伸行のモーツァルトは、音の粒が大きくて、オーソドックスながら非常にしっかりした曲作りになっていた。 同じ盲目のピアニストということで昨秋の東響新潟定期に登場してモーツァルトの21番を弾いた梯剛之とどうしても比較してしまうが、音の出方に関しては辻井の方がスケール感があり、いたずらに悲愴感をあおるのではなくじっくりと聴かせるという点で面白かった。

 また、カデンツァを自作、というのもいい。 もっともカデンツァ自体はそんなに興趣を喚起しなかったけれど、本来協奏曲の演奏というのはいつも決まり切ったカデンツァをやるのではなく、できれば自作、自作能力がないならどこかから珍しいカデンツァを探しだしてきて弾いてみる、くらいのことはやってほしい。クラシック音楽で創造性が発揮されるのはそういう場面 (ばかりではないが) でもあるはずだから。

 ブラームスのドイツレクイエム、私としては生で聴いたのは初めて。 やっぱりこういう曲はディスクで聴いていたんじゃ本当のところは分からないな、と実感した。 独唱陣もよかったし、実にすばらしい演奏だった。

 それとコンサート・ミストレスの大谷康子さん、髪型をがらっと変えて短めにして登場。 ワタシのいるGブロックからだと、最初別人のように見えた。

 ともかく、東響新潟定期は新潟にとってたいへん貴重な存在になっている。 なのに3F脇ががらがらなのが残念。 新潟市民は何をやっているのか。 私はいつも言っているけど、音楽関係者があんまり姿を見せないのは怠慢だと思う。 東響新潟定期会員になっていない市内の中学高校音楽教師はクビ!くらいの措置をとってみては(笑)。

 それはさておき、先週の日曜から本日までの8日間、ワタシは6つのコンサートを訪れた。 ワタシとしては新記録、だと思う。 そして本日の東響定期が、6つの中で一番よかったと思う。

10月9日(土) 夜6時から、スタジオ・スガマタの室内楽シリーズ第2回を聴きに行く。 第1回は予約がいっぱいということで聴き損ねた。 今回は別の演奏会と日時が重なったためもあってか、定員45名が満席にはならなかった。

 庄司愛(Vn)、渋谷陽子(Vc)、石井朋子(Pf)という美人トリオによる、フォーレ・プログラム。 といっても、前半はエレジーなどの小曲ばっかり数曲でおしまい。 後半はピアノトリオをやるだけ。アンコールの「夢の後に」を入れても1時間弱、という短い演奏会。千円だから文句を言うわけにもいかないが、何となく物足りない。 この3人でフォーレ・プロをやるなら、例えば前半はヴァイオリンソナタとチェロソナタを1曲ずつやって、それから後半にピアノトリオ、くらいでちょうどいいのでは。 会場ももう少し広いところ (例えばりゅーとぴあのスタジオA) を選び、入場料は1500円、というところでいかがなものでしょうか?

 渋谷さんのチェロは響きが豊かで存在感がある。 庄司さんのヴァイオリンは、ちょっと音が硬め。会場が狭いせいもあるかもしれないけれど、硬さが 「生硬」 になりかけの印象もないではない。 石井さんのピアノはほどよく収まっていたけれど、もう少し自己主張してもいいのでは。 でもこれも、会場が狭いせいかも。

 ちょうど演奏会の頃に台風22号が来るかと恐れていたが、予想より南のコースで新潟は影響を免れた。 これも美人トリオの功徳 (笑) か?

10月8日(金) 日本独文学会から機関誌 『ドイツ文学第116号』 が送られてくる。 「マルジナリア」 という雑文コーナーに、竹添敦子氏が 「非常勤講師の現状について思うこと」 という一文を寄せている。 竹添氏は、現在は或る短大の専任教員をしているが、長らく非常勤講師で食いつないぐ生活を送った経験があり、その不安定で苛酷な毎日を短歌に綴って出版し、それが某雑誌で紹介されて有名になった。

 今回竹添氏が書いているのは、氏の勤務する地方公立短大で英語教員を公募したところ、100名を越える応募があり、英語教員だけでは足りず、他の専任も動員されて論文読みにあたったという体験談である。 採用されたのは40歳の女性で、それまで大手私大に「特任」 という地位で務めていたが、今回専任の地位を得てやっと一息ついたという。

 英語ですらこの有様なのだ。 まして最近、英語に比べると 「実用性」 で見劣りがすると露骨に言われることが多い第二外国語での悲惨な状況――大学院を出ても博士号をとってもなかなか大学専任教員の地位に就けない――は言うまでもない。

 竹添氏の文章は、こうした状況に手をこまねいていた学会を正面切って批判するものである。 山本周五郎の 『さぶ』 に出てくる 「他人の痛みは三年でも辛抱する」 を引いて、「学会は非常勤講師の痛みは3年どころか10年も20年も辛抱してきたのだ」 と痛罵している。

 20年というのはやや大げさかも知れないが、少なくとも大学設置基準の改訂があり国立大で教養部解体がほぼ一斉に行われた10年前、学会は事実上何も手を打たなかった。 この点については、当サイトの 「日本独文学会理事会の姿勢を批判する」 をお読みいただきたい。 10年前の独文学会理事長は、「学会として文部省批判はできません」 と明言するほどの腰抜けであったし、その次の理事長は、非常勤講師問題を取り上げよという私の提言に対して、一応理事会で検討したが何かをやろうという結論にはならなかったという、はなはだやる気のない返事しかよこさなかったのである。

 この二人の理事長は、いずれも東大大学院卒で有名大学の教授であられた。 まことに、他人の痛みを感じることのない立場におられたわけである。

 しかし、ようやく今頃になって学会誌も、非常勤問題を取り上げよという痛烈な批判と提言を掲載するところまで進歩したわけだ。 鈍感きわまりないが、ようやくスタートラインについたとは言えるかも知れない。 しかし具体的な方策を立てる作業はまだこれからである。 独文学会にそれができるかどうか、肝腎なのはこれからなのである。

10月7日(木) 夜7時、アレクサンドル・メルニコフの演奏会を聴きにりゅーとぴあに。 30歳を少し出たロシアのピアニストである。

 まず、舞台に出てきた姿にちょっとびっくり。 チラシでは女の子に受けそうな、髪が額にかかったアイドル風の若々しい風貌で写っていたのに、実物は頭蓋にぴたりとなでつけた髪が少し薄くなりかかっており、中年の領域に足を踏み入れている。 服装も黒一色で地味。 (あとで女房に聞いたところでは、女房の知り合いのピアノ教師である50歳過ぎの御婦人は、チラシと実物のこの落差に憤激していたとか。 50歳過ぎでみっともないとは思うけど、でも確かに差がありすぎましたね。)

 プログラムは、前半がベートーヴェンの 「月光」 と 「ヴァルトシュタイン」、後半がショパンのバラード全4曲。

 この人の弾き方、右手の音があまり明瞭ではなく、一つ一つの音が自己主張しないで全体で続いている感じ。 逆に左手の音には重みがある。 ワルトシュタインの第一楽章やアンコール1曲目のショパン・エチュードでは胸のすくような超絶技巧をみせてくれた。 でもさほど音符が立て込んでいないところでミスも散見。

 うーん、どう評価すべきか、よく分からない。

10月6日(水) 夜7時、だいしホールの、ホプキンソン・スミスのリュート・リサイタルに行く。 ダウランドの曲だけを弾くプログラム。

 スミスは新潟へは3年前に続き2度目の登場。 ところどころで自ら英語で解説を加えながら弾いていた。 アンティームな雰囲気の演奏会だったが、私と空席一つを隔てた左隣のオバサンが、チラシをいじったりカバンのチャックを開けたり閉めたりで落ち着きがなく、いい迷惑だった。

 リュートってのは音が小さいわけだから普通の演奏会にもまして雑音を出さないよう注意してもらわないと困るのだが、何でこういう無神経な人がこの種の音楽会に来るのだろうか? 謎である。

10月5日(火) 「ブラームスはお好き?」 というコンサートに行く。 夜7時から、音楽文化会館。 アテフ・ハリムというエジプト系フランス人ヴァイオリニストと、ピアニストのパスカル・ジローのデュオ・リサイタル。 ブラームスのヴァイオリンとピアノのためのソナタ3曲を全部演奏するという、ちょっと面白そうなプログラム。

 最初と最後に森明美さんの解説が入る。 お話はさほど面白くも上手でもなかったけど、写真で見るよりずっと美人。 森さんも言っていたけど、このコンサートの名はフランスの女流作家サガンの小説からとったもの。 先日サガンが亡くなったのは、奇しくも、と言うべきところか。

 ところで、そのサガンの小説だが、タイトルは作中で若者が年上の女性をデートに誘うときに使う文句なのである。 というわけでこの演奏会、カップルが沢山来ているかと思いきや、がらがらであった。 今どきこういう文句ではデートもできないということなのか(笑)。 私も残念ながら女性同伴ではなく、一人寂しく聴きにいきましたけれど (笑)。 なお、同伴は同伴でも、未就学児同伴の方がおられたのは、いけません。 それなら一人寂しく (笑) 聴きに来ていただきたい。

 で、肝腎の演奏のほうだが、ううん・・・・・・・率直に言って、イマイチ。 ヴァイオリンの音に魅力がない。 高音の美しさも、濡れるような艶も、中低音の迫力も、強靱な芯も、感じられない。 テクニックも、まあ危なっかしくはないけれど、超絶技巧というほどでもない。

 最初の2曲はやや早めのテンポで、情感にひたることなく、歌いすぎないように注意した演奏、とでも言えばいいのかな。 フランス流なのかもしれないが、しかし洒脱な、と言うには音に魅力がなさすぎる。 後半の第3番はやや弾き方を変えたように思われたが、迫力や真実味が不足。

 ピアノの伴奏は悪くなかったが、立派すぎる感があり、ヴァイオリンとの釣り合いがあまりとれていなかったような。

 アンコールに、ブラームスのFAEソナタ、「荒城の月」、ラヴェルの小品と3曲をやってお開きとなる。 アンコールの方がよかった、というと皮肉になるかな。

10月4日(月) 本日から新学期開始である。 正確には先週金曜日からなのだが、今期は私は金曜日に授業がないので、受講受付は本日が最初となる。

 3限の人文学部3年次以上向けの授業に行ったら、法学部生も10人以上いる。 もともと人文学部の講義系科目には法学部生が来やすくて、例年数名ずつ来ていたのだが、今年は多い。

 実は今は学務情報システムで受講科目を入力する制度になっているから、あらかじめそのことは分かっていた。 そしてその学務情報システムを見ると、木曜日にある私の別の授業には、今のところ20名以上の法学部生が登録しているのである。 いくら何でも多すぎる。

 勘ぐるに、法学部は今年度から法科大学院を新設し、内部の多くの教官が大学院専属となった。 そのせいで学部生向けの授業が少なくなっているのではないか? だから法学部生はやむなく人文学部の授業をとりにきているのではないか?

 (念のため書き添えると、新潟大学の法学部はカリキュラムがかなりフレキシブル、というかいい加減で、自学部必修科目が少なく、他学部の科目や教養科目でも単位の数が足りていれば構わない、という制度になっているのだ。)

 この推測が当たっているかどうかは分からないが、当たっているとすると、法学部に対して研究費の分け前を少しよこせと要求したい気分になっちゃう。

  *     *     *     *     * 

 夜、シューベルトの弦楽四重奏曲第15番ト長調のCD2種類、アルバン・ベルク四重奏団、メロス四重奏団による演奏で立て続けに聴く。 

 シューベルトの四重奏曲の中で私が最も好きな曲である。 実に壮大で深遠な四重奏曲なのだが、愛称がないせいか、第14番の 「死と乙女」 に比べると知名度で圧倒的に劣る。 私も、実演ではまだ一度も聴く機会がない。 「死と乙女」 のほうは何度となく、というのは大げさにしても、少なくとも5回以上は実演で聴いていると思うのだが。

 私はアルバン・ベルク四重奏団は必ずしも好きではないが、この曲に関しては大変すばらしい。 アンサンブルが緻密で、ダイナミック、なおかつ、録音のせいもあろうが、音に立体性があって聴く者を陶然とさせる。 メロス四重奏団の演奏はこれにくらべると、ダイナミズムを出そうとして弦がヒステリックな感じになっているし、録音の技術にもよろうが音が平板に聞こえる。

 もっとも、やはりシューベルトの室内楽の傑作と言うべき弦楽五重奏曲となると、私はメロス四重奏団の演奏のほうを買う。 ロストロポーヴィチという大物チェリストを迎えているせいか、たいへんスケールの大きい音楽だ。 アルバン・ベルク四重奏団によるこの曲のディスクは、ハインリヒ・シフをチェリストとして迎えているが、全体としておとなしめで、物足りない感じが残るのである。

10月3日(日) 朝、新発田にある運転免許センターに免許の更新に行く。 講習時間が1時間、更新料その他で5千円ほどかかる。

 午前11時30分からりゅーとぴあでワンコインコンサートがあり、N響クラリネット奏者の加藤明久氏が出るというので、聴きに行くつもりでいたが、免許更新を終えてからクルマを飛ばし、りゅーとぴあ付近にたどりついたのが11時25分過ぎ。 ところが道路の標示に 「駐車場満車」 と出ているではないか。 りゅーとぴあの駐車場が空いていてぎりぎりという時間帯だったので、市内の駐車場にとめていたのでは間に合わない。 泣く泣くあきらめる。

 しかし、本日はこのあとまだ音楽会があるのである。

 午後2時から音楽文化会館にて、ネーベル室内楽協会第57回定演を聴く。 今回はここ数年と違い、声楽を入れたプログラム。

 最初のヴィヴァルディ:二つのヴァイオリンのための協奏曲イ短調も、庄司愛さんと奥村和雄氏をソリストに迎えてなかなかよかったけれど、次のヴィヴァルディ:モテット 「まこと義なる怒りに狂って」 と、後半のリュリ:音楽悲劇 「アルミード」 抜粋が新鮮で聴き応えがあった。

 村上雅英さん (声楽2曲とも) と風間左智さん (後半のみ) の両ソプラノも美しく、またリュリは村上さんの日本語による筋書き紹介があって理解が助けられた。

 充実した演奏会! これで1000円は安い!

9月30日(木) 夜、H卓球クラブに練習に行く。 本日は7人と少ない。 最後に時間が少しあったので、S氏とフォアハンド・ロングでラリーを200往復続ける。 

 フォアハンド・ロングは卓球で一番基本的な技術だけれど、どうも社会人卓球はこういう基礎をおろそかにするきらいがある。 このクラブでも、フォアハンド・ロングでラリーを持続させることができない人が結構いる。 というか、フォアハンド・ロングの存在そのものを知らないので、練習中フォアで打つときには試合みたいに相手を打ち抜くことが目的だと勘違いしているのだ。 

 中学高校時代にクラブ活動できちんと基礎をやらなかった社会人には、こういう人が珍しくない。 その点、S氏は学生時代にクラブで鍛えた人なので、基礎の重要性をよく理解している。 こういう人がクラブ員にもう少し多くいるといいのだが、私のレベルで通える卓球クラブではそういう人は少数派である。 

 昔、高校大学時代にクラブ活動で鍛え、なおかつ各種大会で活躍した人たちが集まる社会人卓球クラブというのもあり、そういうところなら基礎の練習もちゃんとやっているはずなのだが、いかんせん、私の実力では恥ずかしくて入会できないのである。 とほほほ。

9月27日(月) 夜7時から新潟県民会館で、オーケストラ・アンサンブル金沢の演奏会。 指揮は岩城宏之、ヴァイオリン独奏は諏訪内晶子。

 プログラムは、池辺晋一郎: 「悲しみの森」、 アウエルバッハ: ヴァイオリン協奏曲第2番 (委嘱作品)、サン=サーンス: 「ハバネラ」、ベートーヴェン: 交響曲第6番 「田園」。 アンコールは、諏訪内晶子の独奏でサン=サーンスの序奏とロンドカプリチオーソ、そして最後にベートーヴェンのトルコ行進曲。

 本日は娘を連れていく。 娘は小4で、ヴァイオリンを習わせているので、諏訪内さんを見せて刺激を与えようというつもりだったが、音楽会を楽しむにはまだ未熟みたい。 退屈そうだった。 親が親だからモーツァルトのような天才児の可能性はないし(笑)、まああと2,3年したらまた連れていってみよう。

 でも、諏訪内さん、よかった。 アンコールを入れて3曲もやってくれたし、サービス満点。 あいかわらず美人だし。 私が諏訪内さんの演奏を生で聴くのはこれで3回目。 一番多く聴いているヴァイオリニストということになりそう。

 「田園」 は、少人数オケらしくきびきびした演奏を期待したのだが、かなりオーソドックスだった。 ヴァイオリンの音が揃っていて美しい。 管楽器はもう少しインパクトが欲しい感じ。

9月26日(日) (9月16日および21日の項を先に読んで下さい)

 クラス会の件で、首都圏に住むHさんに電話する。 だいたいの真相が判明した。

 S君は数人のクラスメイトからクラス会を開けと電話で尻を叩かれてもノラクラしていたのだが、たまたま葉山にある私学共済の宿舎 (S君は先にも書いたとおり、鎌倉の私立高に勤務している) が10月16日に空きがあると分かったため、急遽クラス会を開くことに決めてしまったということなのだ。

 Hさんは、開催まで1カ月もない時期に急に決めるのはマズイのではと諫言したのだが、S君は聞く耳を持たなかったらしい。

 たしかにそうで、3年前ワタシが新潟・岩室温泉でのクラス会をアレンジしたときは、あらかじめ主だった人たちに都合を訊いて日程を決めたのだし、クラス会当日の50日前に案内状を出したのである。

 うーん。 困った人だ。 まあ、この種のことは慎重にやったからうまくいくというものでもないから、案外大成功だったりするかもしれないのだけれども・・・・・。

9月22日(水) 昨日、大学の研究室あてに、元・東大医学部教授のS先生から封書が届いた。

 S先生は東京大学付属病院に勤務されていたが、文科省の役人が、大学病院内部の事情をろくに知らないくせに要職に就く制度や、国の予算単年度主義が大学病院の実態に合わないとかねてから痛感され、根本的に制度を変えるべきだという提言を部内でまとめられ、某所で発表した。

 ところがこれが文科省の役人の知るところとなり、悪名高い(?)寺脇研に呼びつけられ、始末書をとられるという事態となった。 これが国立大学独立行政法人化のひとつのきっかけとなったという。

 しかし、その後の東大病院の制度改革は改悪一色に染められ、S先生は憤激されて停年を待たずに退職された。

 この辺の事情は、最近発売された中井浩一『徹底検証 大学法人化』(中公新書ラクレ)に紹介されているから、お読みいただきたい。 もっとも、S先生のお手紙では、必ずしも真相がきちんと捉えられているとは言えないとのこと。 著者は文科省の役人にも取材しており、役人てのは 「平気で嘘を付く人」 であるから、その辺でどっちつかずの書き方になってしまった、ということらしい。

 S先生は時々私に手紙を下さるのだが、これは以前、私が産経新聞に投稿して (こちらを参照)、国立大学とは文科省官僚の支配下にある組織だと訴えたためである。 この辺は大学内にいる人間には常識なんだけど、なかなかその常識がマスコミに浸透せず、「大学の最大のガンは教授会の自治権だ」 などという虚言がはびこっているのは、困ったことである。

 いずれにせよ、独法化はなされたが、新潟大学では教員一人あたりの研究費が半分以下に激減し、パソコンの買い換えもままならないという悲惨な事態になっている。 大学内の実態は、我々の努力でもっと世間に知らせていく必要があろう。

9月21日(火) (9月16日の項を先に読んで下さい) 

 夜、帰宅したら、S君から封書が届いている。 何と、クラス会をやるという通知であった。 こないだのYさんの電話では、今年は今からでは無理だから、来年でも仕方ないよね、という話であったのであるが。

 その理由は明確である。 今から宿の予約を取ってクラスメイトに通知し、或る程度の時間的余裕を見て出欠をとるには、2カ月は必要だろう、今から2カ月後となると11月半ば過ぎで寒くなっているから、ということだった。

 ところがS君はYさんやHさんにさんざん尻を叩かれて、ようやっと重い腰を――柔道やってたから重すぎるようになったのかな (笑)――上げたらしい。

 実際、招待状を見ると、その辺が文面に反映しているのである。 「声なき声、五月蝿い声に押されて」 などと書いてある。 おいおい、アンタは幹事に指名されているのだよ。 声に押されずともやりなさいな。

 それにまた、非常識なまでに時間的余裕のない設定になっている。 まず、クラス会が10月16/17日。 何と、あと25日しかないではないか。 町内会や職場の飲み会じゃないんですぜ。 人によっては鉄道に3時間以上揺られないと着かないところに集まろうという会なのだから、ふつう最低でも1カ月前には通知を出すものだと思いますがね。 〆切も今月末ということで、本日を入れても10日しかない。 慌ただしいことおびただしい。 

 おまけに、この招待状、重要な情報が欠けている。 一泊二日でやるクラス会なのだが、宿泊施設を挙げていない! 集まって適当に観光した後、「葉山の御用邸に向かいます (方向が同じだということです。 誤解なきよう)」 と書かれているだけなのだ。

 ユーモアがあるのはよろしいが、こういう場合、何という旅館 (ホテルでも国民宿舎でもYHでも何でもいいが) かを明記しておくのが普通でしょう。  集合が正午か午後2時に鎌倉駅 (正午か2時かは、協議の上、だそうな) となっているのだが、人によっては都合で夕方にならないと着けないから直接宿泊施設に向かうという場合もあろう。 したがって宿泊施設の名と住所・電話番号くらいは書いておくのが常識だと思うんですがね。 まさか飛び込みで泊まろうというんじゃないでしょうね。

 手帳を繰ってみると、その日はワタシは何も予定が入っていない。 だからクラス会自体には参加できそうではあるが、しかし、うううぅぅぅ・・・・。 これは明後日にでも本人に電話して確認せねばなるまい。  (9月26日に続く)

9月20日(月) 本日は私の52回目の誕生日である。 50代もだんだん板についてきたかな。 それにしても誕生日が敬老の日と重なるとは、アイロニーを感じてしまう (笑)。

 午後から娘 (小4) のピアノとヴァイオリンの発表を聴きに行く。 本来はピアノ教室の発表会なのだが、娘だけそれに便乗してヴァイオリンの演奏もやるのである。

 と言っても分からないだろうが、家内がピアノ教室を開いていて、しかし最近の少子化で教え子が減っているので、単独では発表会ができず、他のピアノ教室と合同で発表会を開くことになった。 で、娘は母親 (私の家内ですね) が主催者であるのをいいことに、ヴァイオリンの演奏もやらしてもらったのわけである。 というか、正規に習っているのはヴァイオリンの方で (こちらの発表会は12月予定)、ピアノは時々母親から手ほどきしてもらう程度なのだが、器用なせいか結構弾けてしまうのである。 それで両方やらしてもらった、という次第。

 それにしても、4ピアノ教室合同の演奏会では60人ほどの子供たちが舞台に登場し、午後1時開始で5時過ぎまでかかった。 私は2時頃に行ったのだが、それでも3時間を聴き通して疲れました。

 終演後、「クラシックのモールアルト」 に寄って、最近評判の、ヒラリー・ハーンがエルガーのヴァイオリン協奏曲を弾いたCDを買う。 私はCDの新譜はめったに買わない人間だが、ハーンは一度聴いてみたいと思っていたヴァイオリニストであり、このディスクは新聞のCD評で複数の評者が取り上げて賞讃していたので、誕生日記念ということもあり、買ってみたもの。

 そのあと、某BOOKOFFに寄って、ヘンデルのイタリア・カンタータ3曲を収めたCDを1250円で買う。 定価が3000円だから、まあ高くはない。 ヘンデルのオラトリオは多少聴いているが、カンタータはまったく知らないので、新しい領域を開拓する気持ちからである。

 夜、4年物の赤ワインを開ける。 結構うまい。 といってもチリ・ワインだから、千円程度の品である。

9月19日(日) 昨日、プロ野球のストライキがあった。 パリーグの球団減問題や新規参入の動きについては、ここであらためて書く必要もあるまい。 私はプロ野球には興味のない人間だが、今回選手たちがストライキを敢行したことには敬意を表したいと思う。

 ちなみに、本日の産経新聞を見ると、朝日・毎日・読売との社説比較が載っている (産経はよくこの種の社説比較を載せるが、いいことだと思う)。 毎日はスト支持、読売はスト批判、朝日と産経は中立的、となっている。 私は産経以外は毎日をとっているのだが、朝日と読売を含めたこの比較は面白い。 ふだんは正反対の論説を張ることが多い朝日と産経が、この件に関してはスタンスが同じなのである。 読売がスト批判なのは、まあ読まずとも予測がつくわけであるが。

 戦後長らく続いた自民党と社会党による政治体制は、80年代を迎える頃にはっきり無効になった。 また90年前後にはソ連の崩壊によって古い社会主義イデオロギーは完全に破綻した。

 しかし、だから世の中の不条理や不平等がなくなったのか、と言えば、そうではないはずだ。 問題は複雑になっているのであって、「社会党や共産党が政権をとればすべては良くなる」 というような単純な論理の破綻は、 逆に世界にひそむ問題を個別的にとらえ、その都度解決法を考えていかねばならない状況になったことを示している。 そしてその責務を負うのは、本来は知識人のはずなのだ。

 ところがここにきて知識人の駄目さ加減は、古いイデオロギーが生きていた時代にもましてひどくなっている。 大学人が、最近の 「大学改革」 の不条理さにまるで何もできないでいることこそ、その証左である。 まるで将軍様の言いなりになっている北朝鮮人民と同じではないか!

 大学に巣くう知識人よりプロ野球選手の方が基本的人権に敏感――これが現代日本の実態なのだ! 何とも情けない話ではないか。

 そして、都立大改革問題など、比較的に大学人が頑張っていると思われるケースでは、困ったことに古いイデオロギーが付着しているのである。 この問題に関して私はメール配信を受けているが、大学問題と直接関係ない事柄――例えばイラクで人質になった人たちの 「自己責任」 がどうたらこうたら――が一緒に送られてくるのにうんざりしているのだ。

 昔なら、資本家側と労働者側、といったくくり方で、味方陣営の問題はみんなでやりませう、で良かっただろうが、今は時代が変わっているのである。 大学改革問題は、あくまで研究や教育の組織、基本的労働条件などに限定してやらないと、むしろ味方を減らすだけだと思うのだが、分かってないんですね。

   *        *        *

 ところで、本日の毎日新聞の書評欄を見ると、星野興爾 『世界の郵便改革』(郵研社、1575円) を伊東光晴が評しているのが目を惹いた。 何でも民営化すればうまくいく、というような単純な論理を見直す契機がありそうである。 例えばニュージーランドは郵便事業を民営化し、当初はうまくいっているとされたが、結局破綻して軌道修正がなされたという。

 これ以外にも民営化で郵政を駄目にした国があり、その一方で 「改革」 がうまくいっている国もある。 要するにその国の社会状況全般や、民営化という単純な言葉に還元されない微妙な細部こそが、郵政事業の 「改革」 が成功するか否かの分かれ目なのである。

 そして伊東光晴は最後に痛烈な言葉を記している。 「現在の日本の郵便制度に不満を持っている人は、銀行、一部宅配業者等の利害関係者以外にほとんどいない」。

 私は、クロネコヤマトが宅急便を始めるに当たって役所が桎梏となったこと、また宅急便を意識して郵便局の小包もずいぶんと改善されたことは認識しているから、その点での 「改革」 には必ずしも反対はしない。 しかし、こと銀行となると、はっきり言って銀行側の努力不足・サービス不足のほうを改善するのが先じゃないの、と言いたくなるのである。 あの殿様商売ぶりは、到底擁護する気にはなりません。 文句がある人はこちらをどうぞ。

9月18日(土) 本日は大学が作業停電で入構禁止である。 で、昼には街でジェラール・フィリップの映画を見、そのあと県立図書館に行って本を読む。 しかし県立図書館は土曜日は午後5時までだから長居はできない。

 それで図書館を出てから某眼鏡屋に行く。 3年前に遠近両用レンズの眼鏡をあつらえたのだが、老眼が進んで本を読むのに苦労するようになってきたので、レンズを替えてもらおうというわけ。 それにしても遠近両用レンズは値が張る。 薄型になってきているなど改良が進んでいることもあるが、今回はレンズ2枚だけで3万7千円もした。 ううむ、おちおち老眼にもなれない世の中なのである。

9月17日(金) ドイツ語教師の会議。 詳細は略すが、ドイツ語教師の長期的視野を欠く資質があからさまになった。 もっともこれはドイツ語教師だけの話ではあるまい。 独立行政法人化がなされてからの新潟大学の 「改革」 こそ、まさに場当たり的で何も考えてない大学人のバカさ加減を示してしまっているからである。

 私は長い間、文部省の役人は大学のことがろくに分かってないと思ってきたが、今年になってから、大学人自身、大学のことを輪にかけて分かってなかったのだと認識した。 まさに、小谷野敦氏の言う 『すばらしき愚民社会』 なのである。 ・・・・・来年度は、この本を演習のテクストにしようか、とふと思う。

9月16日(木) 午後、故郷いわきに住む中学3年時の同級生Yさんから電話がかかってくる。 クラス会のことで。

 3年前、クラス会を新潟の岩室温泉でやった。 なぜいわき市の中学校のクラス会を新潟でやったのかというと、ワタシが新潟に住んでいるからである。 たまにはいわき市ではなく他の場所でクラス会をやりたいという話になったのであった。

 言うまでもなくそのクラス出身者で新潟に住んでるのはワタシだけであるから、3年前はワタシが一人で宿を予約し、現住所が分かっているクラスメイト全員 (30名余り) に案内状を出し、なおかつ宿を出てからの新潟観光めぐりの行程も決定した。 要するに何もかもワタシ一人でやったのである。

 そしてその時、次回クラス会は2年後に鎌倉で、と決議した。 鎌倉やその周辺にはクラスメイトが何人か住んでおり――やはり地方都市から首都圏への人の流れは強い――その一人のS君を幹事に指名したのである。

 ところが、である。 S君がさっぱり仕事をしないのである。 本来なら昨年に鎌倉 (またはその近く) でのクラス会をやるはずが、結局お流れになった。

 今年も同じことが繰り返された。 実は、S君だけに任せておくとまた危ないと思ったので、今年の7月に別件でYさんがワタシに電話をかけてきたとき (7月13日の項を参照)、鎌倉のそばに住んでいるHさんに頼んでS君の尻を叩かせるように指示しておいたのだが、それでも駄目だったらしい。 Hさんは同じ首都圏在住のクラスメイトというばかりでなく、高校もS君と同じだったので、多少のつながりはあるはずなのだが。

 Yさんは自分でもS君に何度か電話してクラス会の段取りを決めるよう迫ったのだが、夜自宅にかけるといつも酔っぱらっており、まともな話にならないのだという。 ううむ、S君の駄目さ加減が目立つ。

 S君は東京の某私大の二部を出て、今は鎌倉にある私立高校の事務職員兼柔道部顧問をやっている。 彼は中学時代は小柄だったが、高校に入って急に背丈が伸び、並みの男子より大柄になって、柔道部に入ったらしい。

 しかし、52歳の社会人が、クラス会の幹事すら務まらないとは、人間の能力には相当な差があると言わざるを得ない。 ちなみに地元いわきに残っているクラスメイトたちは、大学進学はしなかった人がほとんどだが (ワタシの世代では、大学進学率は25パーセント程度である)、故郷でクラス会をやる時はちゃんと準備をしてくれるのだ。 学歴無用論・・・・・・になるかな??

 で、Yさんに相談されたワタシは、この際S君には見切りをつけて、Hさんに幹事を頼んだら、と提案しておいた。 役に立たない奴ってのは、どうしようもないわけで、さっさとお払い箱にするべきなのである。

 ところが―― (9月21日に続く) 

9月11日(土) りゅーとぴあで午前11時30分から、ワンコイン・コンサートを聴く。 500円で聴ける演奏会で、人気も高い。 今回は、トランペットの高橋敦とオルガンの和田純子による演奏会

 プログラムは、シャルパンティエの 「テ・デウム」 より前奏曲、バッハ「主よ、人ののぞみの喜びよ」、アルビノーニの協奏曲ニ短調、フリードマンのファンファーレ (トランペットのみ)、バッハの幻想曲とフーガ・ハ短調BWV537(オルガンのみ)、ヘンデルの 「水上の音楽」 より。

 トランペットとパイプオルガンは意外に合う、という話は聞いていたが、実演を聴くのは初めて。 これはなかなかのものだ。 高橋氏の朗々と鳴るトランペットは一級品。 この組み合わせでまた聴いてみたいと思わせた。

 アンコールで、高橋氏が 「冬のソナタ」 のテーマを、眼鏡にマフラーというヨン様スタイルで演奏したのがご愛敬。 楽しいコンサートであった。

 つづけて、車で長岡市に向かい、長岡からぶりちょふさんの車に乗せていただき (感謝します)、小出に向かう。 小出郷文化会館で午後7時から、テディ・パパヴラミのヴァイオリンリサイタル。 ピアノ伴奏は、上田晴子。 このヴァイオリニストは2年ほど前に新潟市にも来て、だいしホールで演奏会を開いたが、なかなかの実力派だ。 もう少し広いホールで聴いてみたいと思ったのが、意外に早く実現したもの。

 小出郷文化会館は初めて来たが、なかなかいいホール。 ただ、ロビーや階段の幅にもう少し余裕があれば、と思う。 申込みが遅かったせいか、2階の6列目というあまりぱっとしない席。 パパヴラミは音量があるから (それにホールの良さもあって) 不足はないが、もう少し前の方で聴きたかった。 ちなみに私の隣席には高校生らしい男の子が二人並んですわり、時々おしゃべりをしていたのが残念。 事情はよく知らないけど、聴きたくもないのにチケットが回ってきたから来た、みたいなことがなかったろうか。

 バッハの伴奏付きソナタ第4番、ブラームスのソナタ第1番、ドビュッシーのソナタ、ベートーヴェンのソナタ第9番 「クロイツッァー」 と、ソナタを4曲並べた重量級のプロ。 これだけでも力量が分かるというもの。 私はブラームスが一番良かった。上田晴子さんの伴奏もぴったりで、バランスと自己主張の釣り合いがうまくとれていた。 ベートーヴェンとなると、部分的に苛立ちみたいに聞こえる箇所や、逆に野蛮さが足りないんじゃないか、と思えるところがあった。 サラサーテの曲を二曲アンコールで弾いて、演奏会が終わったのは9時20分頃。

 それにしても、やはり小出まで行くのはきつい。どうも新潟市民芸術文化会館 (りゅーとぴあ) はヴァイオリンのリサイタルを (市の企画として) やらないので困る。 弦楽四重奏も悪くはないが、こういう実力派ヴァイオリニストの演奏会も音文あたりで開いて欲しい。

 というわけで音楽会のはしごをして、家に戻ったのは12時近くであった。 やれやれ、音楽会を聴くのも楽ではない。 しかし本日の音楽会は二つとも満足できるレベルだったから、まあ結構でした。

9月10日(金) 午後7時から音楽文化会館でプラジャーク・カルテットの演奏会。 ヤナーチェクの第1番 「クロイツェルソナタ」、スメタナの第1番 「わが生活から」、ドボルザークの 「アメリカ」。 アンコールにハイドンの作品74−3から第2、4楽章と、ドボルザークのワルツ。

 最初の曲 (ヤナーチェク) では、第一ヴァイオリンの椅子がぎしぎし音をたてるというアクシデントが。 演奏者がユーモラスな対応をしていたので救われたが、ああいう不備って、あらかじめ分からないものなのだろうか。 音文の備品管理はどうなっているのだろう。

 この演奏会、前半と後半では印象がかなり異なった。 弾き方が、前半は前衛的、後半は規範的、といったところ。 前半ではヤナーチェクが面白かった。 奏法と曲がうまくマッチしていた。 スメタナとなると、こういう弾き方もあるのかなあ、とは思ったが、イマイチの感。 後半の 「アメリカ」 には大きな感銘を受けました。 この曲、実はそれほど好きじゃないんだが、第二楽章など聴いていてうっとりしてしまい、曲の良さを発見させてくれる充実した演奏だな感じ入った。

 ともかく総合的に見てかなり高得点を与えられる演奏会。 モザイク・カルテットといい、今年の新潟はカルテットの当たり年だなあ!

9月8日(水) 昨夜半、台風18号が日本海を通過。 8月31日の台風16号みたいなことになるのでは、と恐れていたが、今回は大したことがなかった。 台風が前回と同じコースではあるがわずかに北、つまり陸地から遠いところを通ったのと、スピードが速かったことが幸いしたようだ。 ただし朝方のいわゆる吹き返しの風は強かったが、新潟市では風速20メートル台だったようで、こないだの37メートルとは比較にならなかった。 物事はほんのちょっとした違いが結果の大違いに結びつく、という例かも知れない。

9月6日(月) こないだ東京で買ってきたドヴォルザークの 「スターバト・マーテル (悲しみの聖母)」 のCDを聴く。 なかなか甘やかで美しい曲だ。 このCD、同じ作曲家の 「レクイエム」 とセットで4枚組。 もともとブリリアント・レーベルだから安いのだが、山野楽器では1500円ほどの大割引価格だった。

9月4日(土) ようやく仕事にかかる。 夏休みになって前期授業の採点・成績評価が終わったらすぐに取りかかろう、と思っていた仕事である。 したがって本来なら8月の15日頃、遅くとも20日頃には取りかかっていないといけなかったのだが・・・・・むかし月並みなテレビドラマで、二流作家が 「書けない、書けない」 と頭をかきむしって書きそこねの原稿用紙を丸めて捨てる、みたいなシーンがよくあったが、それと似た状態に陥っていた。 まあ、今はワープロですから原稿用紙を無駄にはしませんでしたが。 要するに、なかなかナマケモノ根性を克服できなかったということであります。 こりゃ、ナマケモノの学生を叱れませんなあ。 大反省。

9月2日(木) 夜、枝並千花ヴァイオリンリサイタル、または水害チャリティコンサートに行く。 会場のだいしホールに行ったら、チケットは売り切れだと掲示が出ていた。 無論、ホールは満席。

 ピアノ伴奏は安宅薫さん。 ちなみに名字は 「あたか」 ではなく 「やすみ」 と読むそうです。 女優の黒木瞳を丸顔にしたような美人である。

 前半は、エルガーの 「愛の挨拶」、ベートーヴェンのロマンス第1番、バッハの無伴奏ソナタ第3番よりラルゴ、イザイの無伴奏ソナタ第6番、ピアソラの 「アディオス・ノニーノ(亡き父に捧げる)」、後半は、モーツァルトのソナタ第42番、ブラームスのハンガリー舞曲第5番、韓国ドラマ 「冬のソナタ」 より、チャイコフスキーのワルツ・スケルツォ。アンコールは、「冬のソナタ」 から1曲と、マスネの 「タイスの瞑想曲」。

 今年になって枝並さんを聴くのは2度目。 もともと新潟県中島町でやるはzのローカル向けの (というのは失礼か) ショートピース中心のプログラムで、それが水害で開催不可能になり、新潟市でのチャリティ・コンサートに変わったということなのだろう。 しかし会場には奥村和雄氏 (もとアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のヴァイオリン奏者で、新潟市のヴァイオリン界の重鎮) の姿も見え、他方では日頃あまりコンサートに行きつけない方も多いようで (モーツァルトのソナタ第1楽章終了後、盛大な拍手が・・・)、演奏会の性格がちょっと曖昧というか、演奏者側も設定が定まらなかったのかも、と感じた。

 特に前半は音も硬いし演奏自体もかすかにぎこちないところがあり、なかなかエンジンがかからないのか、或いはあまり曲を弾きこんでないのかな、という印象があった。 後半の最初のモーツァルトの途中から調子が出てきたように思われた。 そのモーツァルト、チャイコフスキー、そしてアンコールのマスネあたりが良かった。

 前回の演奏会はコンクールの直後だったので緊張感も持続していたのだろうが、今回はその点ではやや物足りなさが残った。 しかし、枝並さんにはやはり本格的なソナタなどを中心としたプログラムが似合っているし、今度は是非そういう演奏会を開いて欲しい。

8月31日(火) 朝方、台風16号が日本海を通過。 新潟市では最大瞬間風速37メートルを記録。 これは8月の新潟としては観測史上2番目の記録だそうである。

 おかげで、我が家の隣りは家庭菜園になっているのだが、そこに用具を入れるために置かれていた簡易物置が横倒しになった。 この菜園、少し離れたところに住んでいる老夫婦が所有していて、毎朝毎夕通ってきて実に丁寧に野菜作りをしていたのに、気の毒である。 時々隣のよしみで我が家も収穫物をいただいていたので、なおさらそう思います (笑)。 

 大学に行ったら、根こそぎ倒れている木があった。 折れて散乱している大枝小枝は数知れず。 木が倒れる、というのはよほどのことで、やはり台風の風力が相当なものだったことを物語っている。

 今年はどうも台風が多い。 先が心配だ。

8月29日(日) 夜中、TVでオリンピックの男子マラソンの後半を観戦。 途中、トップを走っていた選手に抱きついて妨害した奴がいたのにはびっくり。 後日の報道によると司祭で前科ありなのだそうだが、主よ、こういう下僕に厳罰をお下し下さいませ (笑)。

 日本では油谷が5着に入った。 女子は金メダルを取ったのだから物足りない感じはするが、同じマラソンとはいえ男子と女子では選手層の厚さが違うから、まあ健闘したと言えるでしょう。

8月28日(土) 新潟に戻る。 途中、16号線沿いのBOOKOFFに寄ってみたが、たいしたものがない。 一昨日、船橋市内の別のBOOKOFFに寄ったときには結構収穫があったので、その差が目立つ。 同じ船橋市内なのだけれど、一昨日行ったところは街の中心部に近いところで、恐らくは首都圏で知的生活を営んでいる階層が多く利用しているのだろうと思う。 クラシック音楽のCDの量と質を見ても、そう思える。

 それに対して、本日寄ったBOOKOFFは国道沿いで、街の中心部からははずれている。 おそらく暴走族、もしくは心情的にそれに近い生活をしている人々が利用しているのではないか。 新書類 (岩波だとか中公だとか講談社だとか) も、一昨日行ったBOOKOFFは相当に多かったのに対し、ここは少ない。

 こういうBOOKOFFの社会学って、論文にすると面白いと思うんだけれど、だれかやりませんか? 私はアイデア料を請求しませんから(笑)。 それとも、もうだれかやってるかな〜。

8月27日(金) ひとり銀座に出て、映画を2本見て、山野楽器でCDを買う。 しかし映画は2本ともイマイチであった。

 そのうち1本は、女性サービスデーで900円だったせいか、結構混んでいた。 無論私は男だから、適用外。 チケット屋で前売り券を1480円で買って見たのだが、580円も差がある。 こういう女男差別について、フェミニストは何も言わないんですか〜? それにしても映画料金体系もこう崩れてきては、前売り券を出す意味がないんじゃないかな。 もう一方の映画も、金曜日初回サービス料金1300円で見たんだけれども。

 そのあと東京駅前の八重洲書房まで歩いて、本を見る。 やはりこういう大きい書店に来ると、新潟の書店では不可能な発見がある。

8月25日(水) 午後、次男と長女をクルマに乗せて、船橋の老母宅に向かう。 関越自動車道の練馬料金所と外環道路大泉インターとの間が渋滞していた。 また、柏インター (常磐自動車道) を出て16号に入ってからまたも渋滞。 というわけで6時間ほどを要しました。

8月22日(日) 午後、甲子園で駒沢大学付属苫小牧高校が優勝する。 北海道勢の優勝は初めてだとか。 これで北海道の景気も少しは良くなるのだろうか。 とりあえず、おめでとうございます。

 晩、一家5人で某ステーキ・レストランに夕食を取りに行く。 この春仙台の私大に入った長男が帰省しているが、アルバイトやクラブ活動の都合で明日戻るというので、たまには一家団欒と行こうというもの。 ステーキ・レストランにしたのは、長男の希望から。 親のおごりだからと、300グラムのステーキを食べやがった。 ワタシは160グラムである。 しかしここで出す地ビールは結構いけますね。 

 夜中の1時過ぎ、風呂に入ってから、オリンピックの女子マラソンの後半部分をテレビ観戦。 野口みずき、金メダルおめでとう! 最後でヌデレバが迫ってきて、スリリングな面白さにも事欠かなかった。 

 実はワタシはオリンピックをそれほど熱心に観戦しているわけではない。 もともとテレビをあまり見ない人間でもあるし。 おまけに、数日前、何となく柔道を観戦していたら、井上康生が負けてしまったので、ワタシが見ていると日本選手が負けるというジンクスがあるのでは、と恐れて実況中継から遠ざかってしまった。

 実は野口みずきを見ているときもそのジンクスが頭をよぎったのであるが、幸い、はずれてくれてよかった、よかった。 もっとも、女子マラソンは4年前にも最後の方だけ実況を観戦していて、高橋尚子が金メダルだったから、この競技に限ってはワタシが観戦していると日本選手が優勝するというジンクスがあるのかも(笑)。

 女子マラソンの代表選考については、色々外野の声がうるさかったので、これで陸連もほっとしていることでしょう。 土佐と坂本も一応入賞ではあるが、メダルなしで単なる入賞者だけだったら非難囂々だったろう。 その意味で、野口は陸連にとってはまさに女神のごとき存在だったということになるのでしょう。

 でも、坂本直子がインタビューで 「メダルは4年後にとっておきます」 と答えているのを見て、最近の日本選手はこの種の受け答えがうまくなっているな、と感心した。 むかしむかしの相撲なんかだと、優勝したり殊勲の星を上げた力士がTVインタビューを受けても、「はい」 「そうですね」 「ええ」 「頑張ります」 くらいしかしゃべらなかったものだ。 新世代は確実に育っている?

 世界記録保持者のラドクリフが36キロ地点で泣きながらリタイアしたシーンも衝撃的だった。 30度を超す暑さの中で登りのキツいコースという悪条件は、彼女のように大柄な人には他の選手にもましてこたえたのかもしれない。 或いは、彼女も英国の期待という重圧に負けたのかもしれない。

 今回のオリンピックでは日本選手の健闘が目立っているが、ワタシとしては、自転車やヨット、アーチェリーなどの、ふだんあまり人の注目を浴びない種目で日本人がメダルをとったことを讃えたい気分だ。 どんな分野にもそれなりに頑張っている人たちがいる、というのは、きわめて健全なことだからである。

 ・・・・・というわけで、ワタシとしては珍しく小市民的な一日でした。

8月21日(土) 夜、若杉百合恵のピアノ・リサイタルを聴きに行く。 だいしホールは満員。 若杉さんは、新潟市出身で、現在、東京音楽大学付属高校の三年生である。 プログラムは、バッハのフランス組曲第5番、モーツァルトのソナタK333、ホリガー (オーボエ奏者のホリガーです) の小夜曲 「エリス」、ヴィラ=ロボスの 「赤ちゃんの家族第1集」。 アンコールにショパンのエチュードを3曲。

 整った音で、整った、しかしそれだけではなく心のこもった音楽を奏でてくれ、好感の持てる演奏会であった。 課題は、テクニックの一層の錬磨 (音をハズしたり指がもつれたりしたところが散見された) と、自分なりの解釈をきちんと出していくこと。 モーツァルトなど、もう少し喜怒哀楽を込めてくれたほうがいいように思ったけれど。

 最後に、花束とぬいぐるみが客から贈呈されて、なごやかなムードでお開きとなった。

8月16日(月) 引き続き、教養科目・西洋文学Lのレポートを読む。 ううむ、珍レポート、謎レポートがあって、なかなかに楽しめる。

 珍レポートとは、「私は、今までドイツの文学作家 〔ママ〕 というとゲーテやシェークスピアくらいしか知りませんでした」 などと書いてあるものである。 まあ、こういう学生は昔からいた。 20年くらい前に教養ドイツ語の授業でアンケートをとって、「ドイツ人で知っている人物を挙げよ」 なんて問いを設けておくと、 「トルストイ」 なんて答える奴は一人ならずいたものだ。

 「この春の入学式の時に、校長が言った言葉を思い出しました」 なんて書いている学生もいる。 初心忘るべからずでエライ、とほめてあげたいところだが、大学では 「校長」 ではなく 「学長」 なのだよ。 覚えておいてくれ。

 謎レポートというのは、「ぼくは文芸部に入っているのですが、まだ作品を書いたことがありません」 というものだ。 ううむ、未完の大器なのだろうか? それにしても作品を書かずに文芸部に入る奴がいるとは、世の中も変わってきているのだろう。

 さらに読み進むと、世の中のことを知らないと作品は書けないけれどぼくは世間のことを知らないので、と殊勝に反省している。 まあ、世間のことを知らなくとも作品は書けると思うけど――文学から生み出される文学というのだってあるからだ――どうも文学を読んでいるらしい気配も感じられないのである。 何でこういう学生が文芸部に入っているのだろうか? 謎である。

 *   *   *

 夕方、映画を見に万代シティに行ったついでに、伊勢丹で今週土曜日にだいしホールで行われる演奏会のチケットを買おうとしたら、すでに引き揚げられていて在庫がなかった。 ずいぶん早く引き揚げるものである。 買う人間のことをあまり考えてないんじゃないか、と言いたくなる。

 伊勢丹のあとは紀伊國屋書店に寄って本を見ていたら、『現代思想』 誌の座談会にジャーナリストの斎藤貴男が登場しているのにちょっと驚く。 『現代』 ならともかく、『現代思想』 に斎藤貴男・・・・・・なんだかミスマッチングのような気がする。 『現代思想』 を支えている連中のコネがかなり狭隘になっているんじゃないの? 斎藤貴男を呼ぶくらいなら北野武のほうが10倍もマシだと思うんだが・・・・・。

8月12日(木) 教養科目・西洋文学Lのレポートを読んでいる最中である。 60人分以上あるので、とても1日では読み切れない。 もっとも、教養部解体後のここ10年、私はずっと教養の文学講義をもっているけれど、ここ数年は聴講者数がたいして多くないから、まだ楽な方である。 以前は100人以上いた。 聴講者数が減っているのは、教養の単位の削減のせいもあろうし、私の講義が人気薄なせいもあろうし、一般的な文学離れのせいもあるかもしれない。

 同じ内容を2、3年おきに繰り返しているが、時々新機軸を出してマンネリにならないようにもしている。 今回の講義はその新機軸のほうで、男女関係を軸にドイツ文学作品を読む、という方針で、レッシング 『ミス・サーラ・サンプソン』、ゲーテ 『ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』、ゲーテ 『親和力』、シラー 『オルレアンの乙女』、クライスト 『ペンテシレイア』 を取り上げた。 本当は、ヘッベルの 『ユーディト』 も取り上げる予定だったのだが、時間がなくなり断念した。

 作品の解釈にはこれといって新奇な方法を用いず (私はもともと、方法論に偏した文学の読み方は好きではない)、なるべく作品のテクスト自体を学生に提示して男女関係のあり方について考えるという方針をとったが、あまりうまくいったという自信はない。 自分でも試行錯誤のようなところがある。

 もっとも作品にもよるわけで、『親和力』 では例外的に寓意的な読み方を提示してみた。 そしてそれは学生の好奇心を少なからず惹いたようだったが、それで作品の全容が分かるというものでもない。 というか、「分かる」 ということが、長篇小説全体を読むことと果たして親和性をもつのかどうかだって、問題なのである。 

 まあ、反省を含みつつも、この試みは作品を変えて持続しようと思っている。

 ところで学生のレポートの方だが、今回はなかなか面白く、豊作の部類だと思った。 特に授業でとりあげなかった作品でレポートを書いた学生に見るべきものが多い。

 この種のレポートの書き方は大別して二つある。 一つは作品を読んで自分の感性を主軸に感想なり解釈なりを提示していくやり方、もう一つは、参考文献を調べて作者のおかれた時代環境だとか作品解釈の歴史だとかを自分なりにまとめるやり方である。

 前者だと、うっかりすると幼い感想文になってしまうし、後者だと参考文献の引き写しで独自性が全然出てこなかったりする。 まあ、どちらにせよ教師を感心させるにはそれなりの工夫と力量が必要なわけだが、今回はわりに感心させられるものが多かった。

 理系で結構面白いことを書いてくる学生も少なくない。 別の言い方をするなら、法学部と経済学部の不調が目立つ。 時間割の関係もあるかも知れないのだが。

8月10日(火) 1年生向けの人文総合演習のレポートを読む。 

 学生18人相手の演習であり、この半年間で、苅谷剛彦 『教育改革の幻想』、小沢牧子 『〈心の専門家〉はいらない』、中島義道 『ウィーン愛憎』、鹿島茂 『悪女入門――ファムファタル恋愛論』、竹内洋 『教養主義の没落』 と5冊の新書本を読んだ。 最終レポートでは、読んだ5冊とテーマ的に関係ある新書を1冊選んで読み、自分なりの論評を加えるという課題を課した。

 5つのテーマが可能なわけだが、選ばれたのはほとんどが心理学と男女関係、つまり2番目と4番目のテーマであった。 現代学生に最も興味の持たれるテーマというわけだ。

 そのこと自体は悪くないが、心理学といい男女関係論といい、マニュアル本的に書物を読んでしまうと危険な分野であるところが共通している。 わりに売れている通俗心理学者 (いちおう大学教授でもある) の本を読んで、これで対人関係は大丈夫と思ってしまうと、飛んでもない落とし穴に陥りかねない。

 人間関係や男女関係は複雑なものだし、世の中には色々な人間 (男女) がいるのだから、マニュアル本に 「こうすれば相手に喜ばれる」 と書いてあっても、必ずそうなるという保証はどこにもないのである。

 授業中も、恋愛論でマニュアル本を信じ過ぎちゃ駄目だよ、と警告しておいたのだが、オジサンの警告であるせいか、或いはやはり自分で体験して痛い目に会わないと分からないせいか、レポートを読む限りそういう警戒感のようなものが希薄なのが気になった。

 だから改めて繰り返しておこう。 恋愛や男女関係に関して、マニュアル本を信じすぎないようにしようね!

8月8日(日) 本日、北海道新聞の読書欄に、私の書評が載りました。 池内紀 『カフカの生涯』(新書館)を扱っています。 こちらからどうぞ。

8月6日(金) 本日は新潟大学で学部説明会とオープンキャンパスが行われた。 構内にたくさんの高校生がたむろしている。

 今年は私も番が回ってきて、学部説明会で私のいる場所の説明を担当した。 新潟大学人文学部で学生が選択する10の履修コースから、教員が一人ずつ出て説明するわけだが、少子化で学生を獲得するのが至上命令になりつつある昨今、教員の説明にも熱が入る。 

 しかし、公私混同としか思われない設定で登場なさる先生もおられ、ご本人にそのご自覚がないらしいのは困ったものである。

 閑話休題。 私のいる場所ではサブカルチャーをやってもいいことになっているのだが、その点で勘違いしないようにと私は力説した。

  映画やマンガをやるのは面白い。 それは確かです。 しかし映画やマンガをやるのは易しくはない。 そこを勘違いしてはいけない。

 なぜなら、映画やマンガなんてのはだれでも見るしだれでも読むからです。 みなさんがここで映画やマンガを専攻したとする。 しかし例えば工学部の学生でも映画やマンガを好きな人間がいるわけです。 もしもみなさんが、映画やマンガについて知識を披瀝して、工学部の学生から 「そんなこと、オレだって知っているよ」 と言われたらどうします? みなさんはぺちゃんこになるわけですよ。 「専門的に勉強したのに、そのくらいのことしか知らないの?」 と言われる危険性をサブカルチャーは抱えている。

 したがって、映画やマンガを専攻すると決めたら、普通の映画好きマンガ好きの10倍20倍100倍と見たり読んだりしないといけないわけです。

 或いは、宮崎駿のアニメが好きだとする。 しかし宮崎アニメが好きな人間はたくさんいるわけです。 そこで 「専門性」 を出すにはどうしないといけないのか?

 東京にジブリ美術館という、宮崎作品の美術館があります。 そこへ行くと分かるけれど、宮崎駿は外国の画集や写真集をものすごくたくさん集めています。 そこから自分の好みに合う色々なイメージを借りてきて、自分なりに料理してアニメに利用しているわけです。 漠然とマンガやアニメだけ見ているのでは宮崎駿のようなアニメはできない。 

 ですから、もし皆さんが宮崎駿を専門的に研究しようと思ったら、宮崎駿と同じように外国の画集や写真集をたくさん見ないといけないということになる。 マンガしか読まないという人にマンガ研究はできません。 そこのところ、くれぐれも勘違いしないように。 

  *

 私が以上のように力説したのは、言うまでもなく 「勘違いする」 学生が少なくないからだ。

 偶然と言うべきか、この日の午前中、私は4年生の卒業論文口頭試問をやっていたのである。 本来はこの3月に卒業するはずが、卒論が書けなくて留年していた学生である。

 卒論の材料は、或る幼児向けマンガ・アニメ作品である。 当人はその作品が好きらしいのだが、大学生が幼児向けマンガ・アニメ作品を論じるのに小学生と同じ視点でやっては困るのである。 材料は子供向けでもいいが、論じ方は大学生になっていないとマズイ。 ところが、当人にはそういう自覚が全然ないのである。 材料のみならず、論じ方も小学生並みなのだ。

 指導教官は私で、私としてもそのことを今までに何度も言って聞かせたのだが、全然理解するアタマを持たないのである。 視野を広げさせるために強制的に他の作品を読ませようとすると、ノイローゼと称して医者にかかり、「しばらく何もできません。 できるようになったら連絡します」 とのたもうてくる。

 こういう学生は、本来は卒業させずに退学させるべきだと私は思うが、日本の大学はひたすら優しいから、卒業させてしまう。

 最近の教養科目削減では、「やる気のない学生にやらせても仕方がない、能力のない学生にやらせても仕方がない」 という論法が使われるのだが、不思議なことに専門科目に関しては 「やる気のない学生、能力のない学生にやらせても仕方がないから退学させましょう」 という論法は出てこない。 こういうどうしようもない学生でも卒業させてしまうのである。 実にデタラメなのだ。

 それはさておくとして、サブカルチャーを大学でやることの危険性が、こういう学生を見るとよく分かると思う。

 駄目な学生は、昔からいた。 ハイカルチャーをやったって、どうしようもない卒論を書いてお情けで卒業させてもらう学生は少なからずいたのである。 しかし、一応彼らは大学以外では学ぶ機会に乏しい事柄をやって卒業していったのだ。

 サブカルチャーをやると、学ぶ機会に乏しくもない事柄をやり、なおかつその中身のレベルもどうしようもなく低い、という、言うならば 「どちらも駄目」 なままに卒業してしまう学生が出てくるのだ。

 サブカルチャーを大学でやることの根拠の一つに、「最近の学生はレベルが低下しているから、身近な材料を使って教えた方がいい」 という論法が使われる。

 しかし私の観察では、ハイカルチャーで駄目な学生はサブカルチャーでも駄目なのであり、サブカルチャーで優れた能力を示す学生はハイカルチャーを教えてもそれなりの理解能力を見せてくれるのである。

 *

 話を学部説明会に戻す。 各履修コースの説明がひととおり終わった後、場所を変えて高校生からの個別質問を受け付ける時間が設けられている。

 そこで、映画が好きなので大学で映画を専攻できれば、という相談を受けた。 そのこと自体は結構なのだが、どういう映画が好きなのかと訊くと、誰でも知っているハリウッドの大作映画を挙げてくる。 

 新潟市に隣接する市に住んでいるというが、シネ・ウインド (新潟市でミニシアター系の映画を専門にやっている唯一の映画館) に行ったことはおろか、名前も知らないという。

 さっきの説明会で私は、「誰でも知っている作品しか見ていないのでは、映画やマンガといったサブカルチャーの研究はできませんよ」 と力説したのだが、力説もむなしく、といったところか。

 自分の高校生時代を振り返ってみると、外国文学を文庫本で買い集めて読むことに熱中しており、文庫化されていない作品は (値段が高くて自分の小遣いでは買えないので) 仕方なく図書館で借りて読んだり、絶版文庫は市内に3軒しかない古本屋を訪ねていって狷介そうなおやじさんに在庫がないか訊いてみたり、といったことはやっていたのである。

 これは、今ならマイナーな映画のビデオを貸しビデオ屋やネット上の古物商で探し回るみたいなものだと思うんだけれど。

 もっとも今どきの高校生にあまり過大な要求をしてはいけないだろう。 今はハリウッドの大作しか知らなくても、大学に入ってバリバリ勉強して、みちがえるような知識の主になる、という学生だっているからだ。

 それは大学を問わずそうであるようだ。 数年前、『ラテルネ』 という、某ドイツ語教科書出版社が年2回出している小冊子に、東大独文科のF助教授が一文を寄せていた。 大昔の東大独文科の教師は 「神」 であり、ふた昔前の教師は 「英雄」 であったが、今の自分は 「サラリーマン教師」 になり果てているというのである。 

 すなわち、昔の東大独文科の学生はいちいち細かいところまで教えたり指導したりしなくとも自分で勉強したから、教授は 「神」 や 「英雄」 でいられたが、今の学生は一から手取り足取りして教えていかないといけなくなっているという。 そういう環境におかれたご自分をF助教授は 「サラリーマン教師」 と諧謔を込めて形容されたのである。

 東大の先生がサラリーマン教師であるなら、新潟大は輪をかけてそうであろう。 しかし、サラリーマン教師であろうと、学生が教えられたことを理解して身につけるなら、まだいいのである。 上記の学生のように、小学生のレベルからいっかな浮上しない人間もいるのだ。 こうなるとサラリーマン教師ですらなく、ディス・コミュニケーションによるお笑い芸人、といったところだろうか。

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 たまたまこの日、学部説明会を終えてから西尾幹二氏のサイトをのぞいたら、相変わらず旺盛な仕事ぶりに驚嘆させられると同時に、次のように述懐しておられるのが目に付いた。

 「私は自分の書きたい本を書けるだけ書くのが一番楽しい人生だと思ってきましたから―― 大学の会議と、大学生に話をするのが好きではなかったから (今の学生には何を話しても空しいのです) ―― 今はある意味でとても充実していて、幸せなのです。 ただし大きな仕事が時間的に間に合うのだろうか ―― これが問題です。」

 たしかにそうだ。 大学の会議に出るのは嫌である。 今の大学生には何を話してもむなしいと感じることが往々にしてある。

 しかし、その西尾氏にしても停年まで大学で教師の仕事をされていたのである。 「書きたい本だけ書いて」 人生を送るわけにはいかなかった。 定職について (出たくない会議に出、教えたくない学生に教えて) 安定的な収入を得た上で、「書きたい本」 を書いてこられたのである。

 いわんや、西尾氏のような才覚のない私のような人間においてをや、というところだろうか。

 話は少し変わるが (しかしつながりはあると思う)、この日読了した内田樹 『街場の現代思想』(NTT出版)に注目すべき記述があった。

 内田氏の勤める大学で、紙シラバスを廃止して、CD-ROMによるシラバスを配布しパソコンで読ませるようにしたところ、学生はシラバスを読むのをやめてしまったという。 その結果、根拠の怪しい伝聞情報が口コミで飛び交い、その怪しげな情報に基づいて学生が授業を選択するという 「原始時代」 に戻ってしまった。

 なぜそうなったのか? CD-ROMには一覧性がないからだ、と内田氏は指摘する。 ぱらぱらと斜め読みして面白そうなものをチェック、ということがCD-ROMではできない。 数千に及ぶ開講科目をパソコン画面でスクロールしながら読み飛ばすというような学生はいない。 そういうことが可能なのは、紙シラバスだけである。 斜め読み、とばし読みができる、ということこそ、紙シラバスの長所だったのだ。

 このように、デジタル・コミュニケーションは、「あらかじめ検索するキーワードが分かっている情報」 には有効だが、「自分が何を検索しているのか分からない」 人間には使い物にならない。

 ところが、大学教育で大切なのは、学生が 「すでに知っている知識」 を量的に拡大することではなく、学生に 「そんなものがこの世に存在することすら知らなかったような学術的知見やスキル」 に不意に出くわす場を保障するということなのだ、と内田氏は述べておられる。

 この指摘、たいへん重要だと思う。 上の、幼児向けアニメ・マンガで卒論を書いた学生に関する記述と読み比べて下さい。

 

 


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