書評: 山崎俊晴『ヴィスコンティとトーマス・マン』(日本図書刊行会)1998年9月発行、1500円(税別)

 

  さて、そこでまず映像を利用して、ドイツ文学の宣伝をはかることにしよう。

 たまたま最近手ごろな一冊を見つけた。その名も『ヴィスコンティとトーマス・マン』である。

 著者の山崎俊晴氏は、巻末の著者紹介によると、1956年生まれ、日大芸術学部でジャーナリズムを専攻、84年に第1回ヘラルドチェーン映画評論大賞を受賞し、現在フリーで映画批評やコラムを書いている方だそうである。

 ルキノ・ヴィスコンティの名は、多少とも映画に興味のある人なら誰でも知っているだろう。1906年、イタリア貴族の家に生まれた映画監督。そもそも名前のViscontiからしてVisconte(子爵)から来ているわけだから、まさに貴族を絵に描いたような人なのである。76年に没している。

 彼が「ルートヴィヒ・神々の黄昏」や「ヴェニスに死す」や「地獄に墜ちた勇者ども」といった作品で、ドイツやドイツ文学を映画の素材として大いに利用していることは私も知っていたが、実のところ、彼がドイツやトーマス・マンに相当入れこんでいたことは知らなかった。

 ヴィスコンティはマンの『ブッデンブローク家の人々』を愛読していたという。言われてみれば、イタリア貴族の没落を描いた映画「山猫」(63年)にしても、北ドイツ・ハンザ同盟都市の都市貴族が没落する様を描いたこの長篇小説と同じ構図を持っている。

 また、「地獄に堕ちた勇者ども」(69年)も、『ブッデンブローク家の人々』が下敷きになった映画だという。

 ヴィスコンティ家はミラノ・スカラ座に専用ボックスを持っていたが、ルキノ・ヴィスコンティはスカラ座のオペラ演出家としても名をなし、56年にスカラ座で初演されたバレエ「マリオと魔術師」でも協力している。『マリオと魔術師』は、イタリア旅行をしたドイツ家族の体験を通してファシズムの心理を描いたマンの小説である。

 バレエ「マリオと魔術師」が計画されたのは初演の数年前で、その頃マンはまだ存命中だった。51年に上演契約書に署名がなされ、翌年にヴィスコンティはマンに会っている。しかしバレエの初演が行われたのは56年2月、マンはその半年前の55年8月に世を去っていた。

 つまり、ヴィスコンティは映画でドイツやマンを本格的に取り上げ始める以前から、マンにかなり接近していたのだ。

 ちなみにヴィスコンティが最も好んだ映画作品の一つが、マレーネ・ディートリヒ主演で有名な「嘆きの天使」であったという。この映画の原作は、トーマス・マンの兄ハインリヒ・マンが書いた小説『ウンラート教授』である。ヴィスコンティは、いろいろな意味でマンとの因縁が深かったわけだ。

 19世紀末から第一次大戦開始までの、後期ロマン主義的な雰囲気、「没落」と芸術との結びつきが、ヴィスコンティにとっては人ごとならぬ一大関心事であったことになる。

 山崎氏のこの『ヴィスコンティとトーマス・マン』では、以上のような両者の関わりが指摘された上で、「地獄に堕ちた勇者ども」「ヴェニスに死す」「ルートヴィヒ・神々の黄昏」の”ドイツ三部作”が詳細に論じられている。映画「ヴェニスに死す」には、マンの『ヴェニスに死す』だけではなく、彼の長篇『ファウストゥス博士』の要素がかなり混入していることも。

 ヴィーレックの『ロマン派からヒトラーへ』を利用しつつ行われる、ロマン派・芸術家意識・ファシズムなどの連関への指摘は、専門家から見ると必ずしも目新しいものとは言えないが、ヴィスコンティの映画は知っていてもその背景には無知だったという若い世代には、教えられるところが多いと思う。

 一つだけトーマス・マン研究者の立場から補足をしておくと、マンの小説『ヴェニスに死す』にはトーマス・マン自身の実体験が色濃く反映している。つまり、ヴェニスに実際に旅行したマンは、そこで美少年を見そめて夢中になる、という経験をしているのだ。

 その点に山崎氏の著書が触れていないのは惜しい。ただしこれは山崎氏の不勉強というより、その種の新しい知見を啓蒙的な場で宣伝することを怠ってきた、日本のドイツ文学者の責任だと思う。この点については、この場でいずれ別にページを設けて論じたいと思う。

 失礼して細かいことを言わせていただくと、マーラーの第5交響曲第4楽章は、アダージョではなくアダージエットです(89ページ)。
 
 それと、「ベニス」「ヴェニス」「ヴェネツィア」、「バヴァリア」「バイエルン」、「ルードウィヒ」「ルートヴィヒ」、といった表記の不統一がかなり見られるのは残念。著者の不注意ではなく、引用文献の表記をそのつど忠実に踏襲しているからだが、この辺は著者の責任で統一してよかったのではないか。

 巻末にはヴィスコンティに関する邦語文献がまとめられていて、貴重。トーマス・マン関係文献も挙げられているが、ドイツ文学者の立場からするとやや物足りない(「じゃあ、他にどんな文献があるんだ?」という方は、メールで私までお問い合わせを)。

 

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