【外国事情・国際交流】

 

古森義久『透視される日本――米国新世代の日本研究』(文芸春秋) → PHPの書評サイト「BOOK chase!」に掲載。読みたいひとはここをクリック。(00年7月4日掲載)

黒岩徹『物語 英国の王室』(中公新書) → PHPの書評サイト「BOOK chase!」に掲載。読みたい人はここをクリック。(99年12月21日掲載)

 

野村進『コリアン世界の旅』(講談社)1800円 

 在日朝鮮・韓国人を中心として、アメリカやヴェトナムのコリアンについても言及した興味深いルポルタージュ。

 著者の姿勢はあとがきの次の文章から鮮明になる。

  「日本のマスメディアは韓国朝鮮系の住民に対して、大きく分けると二通りの見方しかしてこなかったように思われた。一つは、何だか重苦しくて厄介そうな話だから取り上げない方が無難だろうという、事実上のタブー視である。もう一つは、『強制連行』や『国籍条項』や『指紋押捺』といった用語がことさら強調される、『在日問題』としての問題視である。私は、どちらの見方にも違和感を覚えた。(…)いずれの場合もすっぽり抜け落ちているのは、(…)大多数の韓国朝鮮系の人たちの日常の姿なのである。」

 著者は歌手のにしきのあきらなど在日コリアンを取材しながら、日本の文化に気づかれないところで少なからず影響を及ぼしている彼らの日常を丁寧に追っている。にしきのあきらは、在日韓国人同士の結婚式に招かれて、スピーチで次のように言って大喝采をはくしたそうである。「だってみなさん、大晦日の『紅白歌合戦』は、われわれがいなかったら成り立たないんですよ。」

 その一方でこの本は、ヴェトナム戦争時に沢山の韓国人が兵士として派遣され、ヴェトナム女性との間に子供をもうけながら帰国して別に家庭を作ったことなど、単に日本と朝鮮韓国との関係に限定せず世界的な視点からコリアンをとらえ、きちんと負の側面にも触れている。

 日本に現在住んでいる朝鮮韓国系の住民は、大部分が戦前から住んでいるか戦後になって密航でやってきた人とその子孫であり、戦時中に強制連行されて日本に来たコリアン(近ごろ実在したかどうかが問題になっている「従軍慰安婦の強制連行」とは別物です。念のため)はほとんどが日本政府の計画送還で帰国しているという記述など、無知な私にはまさに「目からウロコ」であった。

                                               (新潟大学生協発行・書評誌『ほんのこべや』第13号〔97年秋〕掲載)

 


中村光夫『戦争まで』(中公文庫)
西尾幹二『ヨーロッパ像の転換』(新潮社)
藤原正彦『若き数学者のアメリカ』(新潮文庫) 

 今回は留学記をまとめてとりあげたいと思います。

 すぐれた留学記は、ただ外国の風物に感心したり外国の物差しで日本を測って得意になったりする三流文筆家のそれとは違って、優れた観察眼と深い思索によって卓越した文化論となり、流行を越えて長年読者を持ち続けるものですが、上記の本は留学先や時代の違いこそあれ、どれもこの条件を満たすものばかりです。

 中村光夫は故人となりましたが日本が生んだ代表的な批評家。その『風俗小説論』や『志賀直哉論』は今日でも広く読まれています。小林秀雄らとの比較で、ヨーロッパの尺度で物事を裁断しているなどと言う人がいますが、彼の本を何冊か読めばこれは完全に誤りであることが分かります。この『戦争まで』は中村光夫が自分の生涯を綴った三部作の第二巻で、第二次大戦勃発直前のフランスに留学した時の体験を中心にまとめたもの。当時の留学事情やフランスの様子などは非常に面白く、読み始めるとやめられません。

 西尾幹二は外国人労働者導入の是非をめぐる問題ですっかりおなじみになった論客ですが、本業はドイツ文学者であり昭和四十年にヨーロッパに留学しています。その体験を記したのが『ヨーロッパ像の転換』。最近の西尾氏の活動ぶりをどう評価するにせよ、この留学記は氏独自の思考に満ちていて読者を飽きさせません。多くの日本人外国文学者とは違った道を歩むことになった氏の本質がここに明瞭に現れています。

 藤原正彦は数学者で、昭和四十七年にアメリカに渡り当地の大学で教鞭をとりました。その体験を綴ったのが『若き数学者のアメリカ』。上の二書と違い教える立場からの留学記であるのが興味深いところ。ストリーキング(全裸で町なかを走り回る)に思わず参加してしまうなど、面白いエピソードが次々出てきます。著者の破天荒で現代風な行動や思考は、皆さんの感性からそう離れていないのではないでしょうか。

                                                (新潟大学生協発行・書評誌『ほんのこべや』第6号〔94年春〕掲載)

カニングハム・久子『海外子女教育事情』(新潮社)
岡田光世『ニューヨーク日本人教育事情』(岩波新書)
唐須教光『バイリンガルの子供たち』(丸善ライブラリー)

 日本企業の海外進出に伴っていわゆる「帰国子女」の数も増えています。上記の三冊は外国での日本人教育を扱った本です。

 小さいうちから海外で英語などを学べて、おまけに「国際的」なマナーや思考法を身につけ、帰国子女はいいことずくめ――かと思うとさにあらず。海外に出たことからくる様々な障碍や軋轢に苦しむ子供も少なくないようです。

  最初の本は、アメリカ現地校での不適応に悩む日本人児童のカウンセラーを勤める著者が、長年の観察の結果をまとめたもの。子供を外国人の中に放り込んでおけば外国語は身につくといった単純な見方が誤りであること、アメリカの現地校に入った日本人児童はほぼ全員が文房具を盗まれる体験をすることなど、様々な経験が興味深く語られています。アメリカには日本の学校のような「いじめ」は存在しないという某日本人教育評論家の言を反駁して、アメリカにもやはりいじめは存在すると指摘するくだりも愉快。また日本人としてアメリカで仕事をしている著者自身の苦労も行間から伝わってきます。

 二冊目はニューヨークで補習校教員を勤めたことのあるジャーナリストの本。親に伴ってニューヨーク入りした日本人の子供は、現地校、現地校+補習校、日本人学校のいずれかに属し教育を受けますが、それぞれのケースごとの問題点を手際よくまとめています。せっかく渡米したのだから現地校で学ぶのが一番、という考え(日本政府もこの見解)が必ずしも当を得ていないこと、しかし日本人学校も排他性やエリート学校化など問題があること、日本の進学塾がニューヨークにまで進出していることなど、興味深い指摘が沢山。外国での日本人教育への提言や、真の「国際化」とは何かという著者の考えも非常に説得力にあふれています。

 三冊目はアメリカの大学で学んだ経験を持つ大学教授が三人の子供に国際的な教育を受けさせようと奮闘する話。幸いにして子供たちはアメリカの現地校に溶け込み、帰国後もインターナショナル・スクールに学び、やがてアメリカの大学に入って再び渡米することになります。日本のインターナショナル・スクールは文部省から正規の学校扱いされていない、アメリカの大学は日本の大学よりはるかに金持ちである、といった面白い指摘がある反面、この著者の見方はやや単純なきらいがあり、文化や言語を専門とする大学教授がこの程度でいいのかと首をかしげたくなる箇所も若干あったことも付け加えておきましょう。

                                                                      (『ほんのこべや』用に93年頃執筆するも掲載にいたらず、ここに初出)

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