音楽雑記2013年(1)                           

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4月30日(火)   *あいかわらずダメな宇野常寛と冴えてる鹿島茂

 数日前になるが、毎日新聞の記事から。

 まず、今月25日付けの 「宇野常寛の新時代を読む」。 これは、昨年度まで 「ネット時評」 として宇野のほかに2人の若手論客と交代で書いていたものの、事実上の続きらしい。 といっても、この欄でも何度か書いたけど、「ネット時評」 も内容的に全然ダメだったので、衣替えしたとはいえ宇野の新しい連載もどうかな、と思ったのだけれど、やはりダメだった。

 今回のタイトルは、「ネット時代の政治 現実主義的リベラルの形成を」。 このタイトルだけ見たときには、おや、なかなか良さそうではないかと思ったのである。

 ここで宇野は昨年末の総選挙を、縦軸に構造改革と戦後大勢保存、横軸にリベラルとアンリベラルを取って四象限にマッピングしてみようとした上で、「第一象限=右上 (構造改革+アンリベラル) は維新の会、第二象限=左上 (構造改革+リベラル) は小沢一郎離脱後の民主党とみんなの党、第三象限=左下 (体制保存+リベラル) は日本未来の党、社民党、共産党、第四象限=右下 (体制保存+アンリベラル) は自民党と公明党」 と分類する。

 その上で宇野は、現代都市部の若いリベラルな知的階級は第二象限を支持しているが、しかし選挙ではこの第二象限の勢力が敗退したと述べる。 そして、リベラル勢力である民主党の空中分解により保守派への批判が 「グローバル経済や情報化社会は人間を必ずしも幸福にしない」 というようなありきたりの文化左翼によってしかなされなくなったとして、しかし、本当に必要なのは、経済成長や消費社会、グローバル化社会や安全保障は20世紀左翼にとって悪役だったけれどそういうものを頭から否定してかかる旧リベラルから決別することが必要だ、とする。

 この辺までは、まあそうだろうな、と思いながら私も読んだ。 だけど問題はそのあとなんだね。

 宇野は上記のように論を展開した上で、新しいリベラル勢力を構築しなくてはとして、その足場は間違いなくネット空間にあると述べる。 この辺になると突然論があやしげになる。 なぜならここで宇野は、では具体的にどういう議論がネット上で新しい認識のもとに形成されつつあるのか、書かない。 というか、書けないのだろうな。

 不思議なことに宇野は、ネットというメディアの特性、つまり形式にこだわる時代は終わった、問題は中身だ、と述べる。 本当にそうだ。 だから具体的にどういう中身かを自分で書かなきゃ、話は始まらないでしょ? なのに宇野が挙げられることといったら、せいぜい、大震災から生じた反原発デモ程度なのである。 じゃあ、原発は即時全面停止なのか、それとも段階的廃止なのか、その程度のことは自分で書いてくれなきゃ困るじゃないの。 

 そもそも、現実主義的なリベラルが日本で構築されなかったのは、こういう抽象論ぱっかりやって、現実主義的な政策の中身をダメな知識人 (宇野のことだよ) が提示してこなかったことにも原因の一つがある。

 憲法改正問題、エネルギー問題、税制問題、少子化問題・・・・今の日本に問題が山積みなのだ。 そういう問題に具体的な答えを提示できない知識人なんか、宇野の言う旧リベラル派でしかない。 宇野はこの文章で、まさに自分がダメな旧派であることをさらけだしてしまったのである。

 毎日新聞よ、こんなのに書かせるの、やめなさいって。

    *

 というわけでダメな宇野常寛に比べると、鹿島茂は相変わらず冴えている。 以前から連載している 「引用語辞典」 の今月分 (27日掲載) であるが、今回は 「理解されない!という嘆息」 という題だ。

 萩原朔太郎の 「虚妄の正義」 という文章を鹿島は引いている。 こんな文章だ。

 「理解されない!」 という嘆息から、人は悲痛感に似た誇りを感じている。 もし実に理解されてみよ。 君のあらゆる価値と実質とが、掛け値なしに計算され、白昼にさらされた時を考えてみよ! だれが自ら、自分の全財産を登録して、貧しさに倦厭たらずに居られるか? 理解されない故に、人はいつも自誇しており、天才の悲痛感に酔っていられる。 「私は理解されない!」 この嘆息が、その単体を願う意志からではなく、一も言われたことがあるか?

 ここから鹿島茂は、サラリーマンが居酒屋で上役の悪口を言い合うのも、マダムやマドモワゼルが女子会で交わす会話も、文壇バーで作家などが吐く愚痴も、同じことだと喝破する。

 「理解されない」 からこそ自分だけがもてるプライドに人は酔い、そして生きる力を持つこともできるのである。 もし、自分の能力が100%他人に理解されたらどうなるか。 「理解されない天才」 「努力が報われない不遇なサラリーマン」 「献身が夫に認められない妻」 「魅力が周囲の男に理解されない独身女」 はすべて姿を消し、自己の赤裸々な実像を直視して絶望に沈む哀れな人間の群れだけが残るだろう。

 そしてこういうシステムは、社会を潤滑には動かさない。 むしろ、飲み屋で文句を言いながらも自恃の気持ちを維持できるようにしたほうが、世の中はうまくいくのである。

 そして鹿島茂は、だから年功序列・賃金が年齢に比例して上がるシステムはまことに合理的だ、と述べる。 いわゆる成果主義は、賃金が社員の能力を赤裸々に明らかにする故に、むしろ会社内の人間関係を破壊し社員の意欲を低下される。

 そして結婚制度も実は同じだ、と鹿島は最後に述べる。 完璧な相互理解のあとに結婚する、なんてことにしたら誰も結婚しないだろう。 理解できない部分があるからこそ、人は結婚するのである。

 鹿島はそうは書いていないが、少子化を食い止めるカギも、この辺にありそうだ。

 なお、宇野の文章も鹿島の文章もネット上の毎日新聞には載っていないので、紙の媒体をごらん下さい。

 

4月29日(月)   *ラ・フォル・ジュルネ新潟への注文

 LFJ新潟2013も終わったが、ひととおりコンサートの感想を綴った後は注文をつける。
 
(1) まず、座席のこと。

 すでに昨日の【313】でも書いたが、座席を客が選べないのは仕方がないかも知れないけれど、ホールを知っている人間からすると明らかに音がいい席が空席なのに、音の悪い席を割り当てられるのは納得がいかない。 今後是正していただきたいものである。
 座席についてはもう一つ注文がある。 【312】のコンサートでは客を入れていないPブロックを除くと満席に近かったのだが、いちばんいいCブロックではなぜか最前列が半分空席だったほか、その後のほうの列でも半分が空席のままの部分があった。 1階の後半でも同じようなところが。
 推測するに、エライさんが来た場合の招待席を確保したおいたのではないか。 或いは、スポンサーにいい席を提供しておいたけれど誰も来なかった、ということなのかも知れない。 ともかく、音のいい席が空席で、熱心な客が音の悪い席に、というのはどうも不条理である。
 実は上記の点について、運営側の態度が一貫していないのでは、と思われるふしがある。 【343】のコンサートでは私は非常にいい席であった。 音文を知っている方なら以下の説明をご理解いただけると思うが、中央の通路から2列目のど真ん中。
 しかし、このコンサートのチケットを私が買ったのは4月になってからなのである。 つまり、遅めに購入したのにいい席を取れた。 しかも、同じ列の私より左半分は全部空席だった。 また、私より1列前、つまり中央通路のすぐ後ろの席も、右側に2人ほど客がいるだけで、あとは全部空席であった。 推測するに、エライさん用に招待席として2列分空けたおいたけれど、そんなに沢山招待席が要らなさそうなので、後になってから私のような一般客を入れたのではないか。
 招待客の席を確保しておくことは或る程度は必要かも知れないが、今回のようにそのためにいい場所が空席だらけなのではカネを出して来る客としては不愉快な気持ちになる。 一考をお願いしたい。

(2) 雑音について

 今回のコンサートでは、3歳児以上は可という場合が多かったのであるが、そのため幼児の声が響くコンサートが多かった印象がある。 特に、【312】で、クラリネット協奏曲の第2楽章という、まさに作品の中心をなす部分で幼児の声が聞こえてきたのは参った。 年齢制限についても一考をお願いしたい。 或いは、子供を預けておけるシステムの構築とか。
 また、ふだんコンサートに来つけない人も多いせいか、【343】では終盤にオルゴールのような音 (たぶんケータイの着信音) が響いた。 この点については係員も何度も注意していてこうなので必ずしも運営側の責任とは言えないが、途中で入る客についても (やっているとは思うが) 注意を厳しく喚起するようお願いしたい。

 

4月28日(日)    *ラ・フォル・ジュルネ新潟 2013 3日目

 モーツァルトをテーマとしたラ・フォル・ジュルネ新潟2013も最終日。 さいわい天気は良好。 少し風があったが。 自宅ではやばやと昼食を済ませて、午後から参入。

【312】 13時45分開演、コンサートホール
 指揮=ロベルト・フォレス・ヴェセス
 フルート=ジュリエット・ユレル
 ハープ=吉野直子
 クラリネット=ラファエル・セヴェール
 オーヴェルニュ室内管弦楽団

 フルートとハープのための協奏曲
 クラリネット協奏曲

 協奏曲二つを並べたプログラム。 今回の座席は2階Dブロックの6列目(最後尾)、中程。 客の入りはいちばん良く、舞台背後のPブロック以外はどのブロックも客が。3階脇席のFブロックも、満席ではないけれど結構入っていた。 うーん、東響新潟定期も常時このくらい客がいればなあ。
 さて、演奏だが、最初の曲は、いつだったか上越市にゲヴァントハウス管弦楽団が来たときにも吉野直子さんの独奏でいちど聴いている。 久しぶりの再会という感じだったが、この日の演奏もよかった。 フルートも見事。
 しかし、次のクラリネット協奏曲の演奏を聴いてぶっ飛んだ。 この演奏、この日のハイライトだった!!  若々しくすらりとした青年クラリネット奏者が、微妙なニュアンスをこめながらすばらしい快演を見せてくれた。 いやあ、昨秋、紀尾井シンフォニエッタとの共演でパトリック・メッシーナでこの曲を聴いて驚愕したばかりだったのだが、またまた驚愕。 フランスは管の国と言うけれど、こんなにすばらしいクラリネット奏者が複数いるとは! うーん、すごい! 会場の拍手も猛烈で、それに応えてアンコール。 何という曲かは分からなかったが、弱冠19歳でこれだから(14歳でパリ音楽院に入学したとか)、末恐ろしい。2千円は安すぎる、と思えた1時間だった!

【343】 15時15分開演、音楽文化会館
 ヴァイオリン=レジス・パスキエ
 ピアノ=リディ・ピジャーク

 ヴァイオリンソナタニ長調K.306
 ヴァイオリンソナタト長調K.379

 次は音文に移って、ヴァイオリンソナタを2曲聴いた。 客の入りはまあまあ。 私の席は10列目の真ん中、と絶好の位置。 パスキエを聴くのは初めだが、調べてみたら現在66歳。
 で、まず音だが、よく通る力強い音。 グァルネリっぽい音 (と書いてから調べたら、やはりグァルネリ使用らしい)。 他のヴァイオリニストで言うとスターンやズーカーマンのような音。 ただ、逆に言うと細かい技巧が必要な場面ではやや粗めかな、という気もする。 ピアノのピジャークも、それに対応するかのようにしっかりとした音の持ち主である。
 というわけでしっかりした音の持ち主同士の組み合わせで奏でられるモーツァルトは、いわゆるモーツァルトっぽい音楽ではなく、ちょっとベートーヴェンかブラームスを聴いているような感じになっていた。 これも一つの行き方ではあるけれど、完全に納得したかと言われると、うーん、どうだろう、という印象。

【313】 16時30分開演、コンサートホール
 指揮=イプ・ウィンシー
 ピアノ=マタン・ポラト
 香港シンフォニエッタ

 交響曲第23番ニ長調
 ピアノ協奏曲第27番

 またコンサートホールに舞い戻り、眠気覚ましにコーヒーを飲み、コンサートへ。
 今回の座席は1階7列目最左端。うーん、イマイチな席だなあ。 周囲を見回すと、3階は客がおらず、2階のBブロックには前半分程度しか客が入っていない。 あと、舞台脇のA・Eブロックも最初の2列くらいに客を入れている。
 客が座席を選べないシステムになっていることは昨日分でも書いたのだが、どういう基準で席を割り当てているのか、きわめて疑問。 舞台に近けりゃいいだろう、という考えの人間がやってるんだろうか。 多少事情に通じた人間なら、1階7列目の最左端より、2階Bブロックの後ろよりの座席のほうが音がいいことは知っているはず。 美人奏者を間近で見たいというような場合はともかく、そうでないならBブロックが半分空いているのに1階7列目最左端ってないだろうと思うなあ。
 実際、このコンサートでは、メインのピアノ協奏曲でピアノの音がきんきんして高音ばかりが強調され、中低音があまり聞こえてこないという、「カネ返せ」 的な状況となった。 満席でここしかないならともかく、音のいい場所が空いているのにこんなところを割り当てられたのではたまったものではない。 マタン・ポラトは長身でメガネの、ちょっとスタニスラフ・ブーニンに似た風貌のピアニスト。 演奏も悪くなかったと思うが、もう少しマシな席で聴けていたら、と思うと残念無念。

【344】 17時45分開演、音楽文化会館
 ピアノ=リディヤ・ピジャーク、サンヤ・ピジャーク

 4手のためのピアノソナタ ヘ長調K.497
 2台のピアノのためのソナタ ニ長調K.448

 またまた音楽文化会館に戻って、ピジャーク姉妹による2人のピアニストのための作品2曲。 姉妹とはいえ、お姉さんは黒っぽい髪、妹は金髪に近いブルネットと、髪の色が全然違う。
 会場はほぼ満員と盛況。 私の座席も19列目と、いちばん後ろのブロックの中程。 一列前の座席に、小学校高学年から低学年かと思われる三姉妹がすわっていた。 この少子化のご時世によく来たね、と言いたくなっちゃいますね。 もっとも、一番下の女の子は途中退屈していたようだ。
 さて、聴きものは何と言っても2曲目。 これは私が好きな曲なのだが、実演で聴く機会はなかなかなく、たしか今までは宮谷理香&高橋多佳子のデュオをりゅーとぴあで聴いたのが唯一の生体験。 この曲、協調して弾いたのではダメで、競い合うように弾かないと面白みが出ないのだが、その点、この日の演奏は悪くなかった。 息も合っていたけれど、同時に早めのテンポで、二人がゴールをめざして駆けていくような、そんな演奏になっていた。 18時30分終了予定が、10分オーバー。 まあ、プログラム内容からして仕方がないでしょう。

【314】 19時開演、コンサートホール
 指揮=ロベルト・フォレス・ヴェセス
 ヴァイオリン=レジス・パスキエ
 ヴィオラ=ジェヌヴィエーヴ・シュトロッセ
 オーヴェルニュ室内管弦楽団

 ディヴェルティメント ニ長調K.205
 ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調K.364

 今年のLFJ新潟最後を飾るコンサート。 客は、1階がまあまあ、2階はBCDブロックにかなり入っている。 私はまた1階だったが、10列目のやや左寄りだから、【313】よりはだいぶマシ。
 2曲目の協奏交響曲では、昨日聴いた女性ヴィオラ奏者と、本日聴いたパスキエが登場。 ヨーロッパ人男性としては背が低いパスキエより、長身のシュトロッセのほうが目立って背が高い。 しかし、音の出方ではパスキエがよく、シュトロッセは昨日の室内楽でもそんなに音が出ていない印象であったが、この日も同じ。 パスキエは音の出方から言って、室内楽より協奏曲向きかも知れない。
 祭りの最後を惜しむように、聴衆の拍手は長々と続いていた。
 

4月27日(土)    *ラ・フォル・ジュルネ新潟 2013 2日目

 ラ・フォル・ジュルネ・新潟2013が昨夜から始まっている。 今回のテーマはモーツァルト。 本日からいよいよ核心の2日間に突入。

 私は昨夜はパスし、本日は午後から参入。 天気はイマイチだが、人の出はまずまずだったようである。 篠田市長の姿もお見かけした。 交流ステージでは佐藤博志のヴァイオリンの演奏を少し楽しんだ。

 以下、演奏会の報告。

【213】 14時45分開演、コンサートホール
 指揮=イプ・ウィンシー
 ピアノ=ジャン=クロード・ペヌティエ
 香港シンフォニエッタ
 
 交響曲第40番
 ピアノ協奏曲第23番

 最初に聴いたのがこれ。席はEブロックの最前列。Eブロックは客席側から見て舞台のすぐ左横。 うーん、座席は選べないので仕方がないのだけrど、見ると東響新潟定期の私の定席であるGブロックには誰も客がいない。 3階席はF・G・Hブロックがぜんぶ空いていて、正面のIブロックと左側のJ・Kブロックには客が入っている。 いったいどういうコンセプトで席を割り当ててるんだ?と思う。 音の良さで言うと、EブロックよりGブロックやHブロックのほうが上ななず。 空いているGブロックに勝手に移ろうかなとも思ったが、時間がなかったので断念。 でも、3階のJ・Kブロックはよく見えなかったものの、1階席は満席、2階席も後ろのPブロックと、舞台脇のA・Eブロックのうち背後寄りの部分を除くと、満席。3階正面のIブロックは後ろのほうは空きがあったようだが、客の入りはなかなか。
 さて、場所が場所なので音はイマイチであるが、演奏としては2曲ともまずはオーソドックスで、変な力みやてらいのない音楽を楽しむことができた。 ただ、座席のせいか弦の音は薄く聞こえるし、管楽器の音色もやや冴えない感じ。 弦は8-7-6-4-2。 指揮は女性で、見たところ堅実な指揮ぶりだったような気がする。 ピアノ独奏もふつうに良かった。 ピアノのアンコールもあって、サービスも良好。 モーツァルトの代表作が2つ聴けて合計1時間あまり、これで2千円だから安い。

【214】 17時30分開演、コンサートホール
 指揮=ロベルト・フォレス・ヴェセス
 ピアノ=小曽根真
 オーヴェルニュ室内管弦楽団 

 ディヴェルティメント ヘ長調 K.138
 ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

 1時間ほど待って次の公演。 それにしても、空いている時間をどう過ごすかが問題。 交流ステージでずっと立っているのも疲れるし、外に出てテントの中の席にすわったが、この季節、外にいるとやはりちょっと寒いのだな。 室内で待てるスペースを確保しろ、ってのは無理な要求だろうか。
 さて、今度の座席はBブロックだから先ほどよりマシだけれど、最後尾の6列目。 客の入りは先ほどとほぼ同じくらいかな。 ただ、小さい子供を連れてきた客がいるみたいで、その声がちょっと気になった。 パンフによるとこの公演は3歳以上可になっているが、姿は見えなかったので3歳以上かどうか分からないものの、3歳以上可って基準、少しゆる過ぎませんか? 夜の部になると6歳以上とハードルが上がるようだが、昼の部もせめて5歳以上にするとか、どうだろうかな。
 それはさておき、この公演、本日のハイライトだった!
 オーヴェルニュ室内管は人数的には前の香港シンフォニエッタより少ないが(弦が6-5-4-3-2)、りゅーとぴあコンサートホールの響きの良さのせいか、或いは座席が変わったからか、音量的にはまったく問題なし。 それをバックに、小曽根が縦横無尽にアドリブや自作カデンツァを入れて弾きまくるモーツァルトのジュノム協奏曲、最高だった! クラシック音楽もこういうふうに現代的な感覚を入れてやっていく演奏会があっていいと納得の公演。 客席の拍手も盛大で、アンコールになんとかブルーというジャズの曲を演奏。 小曽根のトークもあって、盛り上がった45分間であった。

【244】 19時開演、音楽文化会館
 トリオ・ヴァンダラー
 ヴィオラ=ジェヌヴィエーヴ・シュトロッセ

 ピアノ四重奏曲第1番ト短調
 ピアノ四重奏曲第2番変ホ長調

 今度は音楽文化会館に移動。 モーツァルトのピアノ四重奏曲はわりに有名だけど、実演で聴く機会はなかなかなく、まして2曲をいっぺんに聴ける機会などめったにないので、楽しみにしていた。 音文での座席は13列目中央付近と、今回は申し分ない位置。 客の入りは7〜8割くらいか。
 中高年のおじさん3人に、ヴィオラの30代(?)の女性という組み合わせは見た目には面白そう。 で、演奏だが、ピアノがどうも目立たない。 合わせものに慣れているというか、合わせることだけに専念していて、自分を出すことを忘れているピアニストってな感じだろうか。 特にピアノ協奏曲を2曲聴いたあとだけに、自己主張のなさがかなり気になった。 ヴァイオリンは、いい音を出していたけれどもね。 ただ、常設のピアノトリオの難点である、合わせることを第一にしてしまい、こぢんまりとした、無難だけど面白みのない演奏というような方向に行ってしまっていた印象だった。 外部からヴィオラが加わっても、その点にあまり変化がないのかなとも。
 うーん・・・・小曽根真の直後だったし、イマイチだなという評価。
 なお、拍手が続いていたが早々と舞台が明るくなり事実上の演奏会終了が宣告されたのは、次の演奏会との間に時間的余裕があまりなかったせいであろうか。 この辺、少し考えておくべきかなと。 例えばもう10分くらい空けておくとか。

【215】 午後20時20分開演、コンサートホール
 指揮=イプ・ウィンシー
 ピアノ=清水和音
 香港シンフォニエッタ

 セレナード第6番K.239「セレナータ・ノットゥルナ」
 ピアノ協奏曲第24番

 この日最後の公演。 今度の席はコンサートホール1階の9列目のやや左寄り。 音的には、Eブロックよりはマシ。
 最初のセレナータ・ノットゥルナでは、コントラバスを含む弦楽器奏者4人が独奏者として前に出て、指揮者なしの演奏。 これ、生き生きした感じでなかなか良かった。
 次の協奏曲では、清水和音が小曽根真と対極的な演奏を見せた。 音の粒がそろっていて、逸脱せず肩を怒らせず、古典的なモーツァルトである。 曲の性質からするともう少し自己主張してもいいのではという考え方もあるだろうが、これはこれで一つのモーツァルトの捉え方。 拍手も盛大であった。
 惜しいのは、客の入りが先の二つのコンサートホールでの演奏会に比べて悪かったこと。 1階席と2階正面のCブロックだけで、他は完全に空いていたし、1階席も空席が比較的目立った。 新潟市民は夜8時頃には自宅に帰る人が多いんだろうか。 もっと夜を楽しんで欲しいもの。 演奏が良かっただけに残念。 あと、できれば清水和音のアンコールが聴きたかったけど、なかったのも残念。

 

4月26日(金)   *最近聴いたCD

 *アンリ・ヴュータン: ヴァイオリン小曲集 (RICERCAR、RIS 108094、1991年録音、フランス盤)

 ヴァイオリン協奏曲の作曲者としても知られるアンリ・ヴュータン(1820〜81)のヴァイオリン小曲集。 「バラードとポロネーズ」 op.38、「言葉なきロマンス」 op.7および8、「夢想」 op.22、「”ヤンキー・ドゥードル”によるアメリカの思い出」 op.17、「アルバムのページ」 op.40、以上の6曲を収録。 op.7と8の 「言葉なきロマンス」 はそれぞれ複数の楽章からできていて演奏に10分程度かかる。 収録曲はどれもメロディアスで、いかにもヴァイオリンのための小品という感じだが、中でいちばん親しみやすいのは、「”ヤンキー・ドゥードル”によるアメリカの思い出」 であろう。 日本では 「アルプス一万尺」 の歌詞で知られるメロディーを用いている。  解説で、ロベルト・シューマンがヴュータンが14歳で行った演奏会を聴いて綴った賛辞が紹介されている。 「世界の前で演奏する者は若すぎたり年をとり過ぎていたりすることはない。 彼は花を咲かせる。 それも樹木の一部にではなく、全体に。 アンリ〔ヴュータン〕の演奏を聴くと、われわれはうっとりして眼を閉じる。 その演奏は馥郁とした香りを放つと同時に、光り輝いている。〔後略〕」 演奏は、ヴァイオリンがフィリップ・コッホ、ピアノがルーク・デヴォス。 解説は仏英独の三カ国語でついている。 先月上京した際、新宿のディスクユニオンにて購入。

Philippe Koch / Luc Devos Vieuxtemps: Ballade et polonaise & Rêverie...

 

4月25日(木)    *てんかんを持つ人間の責任

 本日の新聞は、一昨年に鹿沼市で起こった暴走事故で、てんかん病患者とその母の有罪判決を地裁が出したというニュースを伝えている。

   http://mainichi.jp/area/news/20130425ddq001040002000c.html 

   栃木・鹿沼のクレーン車暴走: 損賠訴訟 服薬監督責任を重視 母に賠償命令 宇都宮地裁  毎日新聞 2013年04月25日

  栃木県鹿沼市で2011年4月、登校中の小学生の列にクレーン車が突っ込み児童6人が死亡した事故を巡る民事訴訟で、24日の宇都宮地裁判決は、当時成人だった元運転手、柴田将人受刑者(28)の母親にも賠償を命じた理由を 「元運転手がてんかんの薬を飲まなかったことを知っており、事故を予見できた。 元勤務先に通報していれば事故は起きなかった」 と説明した。元勤務先も含めた3者が連帯して、児童の親11人へ計約1億2500万円を支払うよう命じた。

 訴訟は、刑事裁判では問えなかった母親や元勤務先の法的責任が最大の争点だった。成人の母親に賠償の連帯責任を認める司法判断は異例。児童の祖父母や兄弟姉妹の請求は棄却した。

 判決によると、元運転手は事故前夜、持病のてんかんの薬を服用せずにクレーン車を運転し、発作を起こした。てんかん発作による事故を過去何度も繰り返しており、今回の事故は、人身事故による有罪判決の執行猶予期間中だった。

 元運転手と同居の母親について、岩坪朗彦裁判長は「以前の事故は薬を処方通りに服用していなかったために起きたことを認識し、薬の服用を監督してきた」と指摘。その事故原因が発作であることを警察に隠した▽その後も元運転手に車を買い与えた――などから「薬を服用していない状態での運転により生じる危険を共に引き受けた」と判断した。その上で「出勤をやめさせる義務まではないが、元勤務先に通報する義務はあった」として母親の賠償責任を認めた。

 遺族側は、刑事裁判では問われなかった危険運転致死罪と「同等の悪質さ」を理由に、犠牲になった児童本人分の慰謝料は 「通例の2倍」(遺族側) に当たる5000万円で請求。 判決は 「元運転手の行為は重大・悪質で強い非難に値する」 と述べたが、認定額は2600万円にとどめた。

 一方、判決は元勤務先について、車の保有者と元運転手の使用者だったことのみを理由に賠償責任を認めた。鈴木勇二・前日本てんかん協会長は 「悲惨な事故を再発防止に生かすために、元勤務先がどうすべきだったか具体的に示してほしかった」 と指摘。 「経営者が 『事情を知らなくても責任を問われる』 と誤解すれば、患者の雇用をさらに避ける事態が懸念される」 と、判決の正しい理解を求めた。【中津成美、松本晃】

 記事を読むと、この母親は息子がてんかん持ちであることのみならず、息子が過去に運転で人身事故を起こして有罪判決を受け執行猶予期間中であったにも関わらずクルマを買い与え、以前の事故でもてんかん発作の件について警察に隠していたというような、悪質なケースであるようだ。

 てんかん病患者がだれもがこのような悪質な人間であるわけではないだろう。 しかしこのような事件が起こっている以上、てんかん協会は単に外部に向けて病気の正しい理解やてんかん病患者への言われなき偏見除去を訴えるだけでなく、いわば身内であるてんかん病患者に対しても自己責任を厳しく果たすよう訴えるべきだろう。

 筒井康隆断筆問題でも、てんかん協会はいたずらに自己主張をするだけで、その主張には傍目から見ても無理筋な部分が含まれていた。 社会的名弱者だからといって、何でも主張していいわけではない。

 そういう点をてんかん協会が自覚しないなら、この種の事故が今後も絶えることはなく、かえっててんかん病患者全般の地位を低くするだけだろう。 そういう自覚を協会が持っているのかどうか。

 

4月24日(水)   *教養科目・西洋文学の履修申込と採用の状況

 半年ごとにやっていますが、今回も、2013年度第1期に私が開講している教養科目・西洋文学LTの履修申し込み状況とその結果について報告します。

 いつものようにまず抽選で仮当選者を決めて、その後に一定の手続きをした者を本当選と認定。

  定員=150名、 履修申込者数=324名、 仮当選者数=151名、 競争率=2,15倍

  A=履修申込者数、 B=仮当選者数、 C=本当選者数、 D=残留率(C/B)

          A   B   C   D
 人文学部   18   8   7   87,5%
 教育学部   27  13  10  76,9%
 法学部     25  12  10  83,3%
 経済学部   53  25  17  68%
 理学部     27  13  10  76,9%
 医学部     70  33  27  81,8%
 歯学部      1   0   0    ―
 農学部      7   3   2   66,7%
 工学部     96  44  40  90,9%

 残留率でいちばん成績が悪いのは農学部だが、母数が少ないことを考慮すると、経済学部が最悪ということになりそうだ。 経済学部の学生は反省しなさい! 逆に残留率がいちばん高いのは工学部で、それだけ時間割がきついことが分かる。

 なお、今回は教育学部と理学部の申込者数が同じで、抽選の際は倍率が各学部同じになるように配慮しているのだが、教育学部と理学部の当選者数を同じにしなければならず、その結果として定員を1名上回る151名の仮当選者を出すことになった。 つまり、倍率で両学部の小数点以下を切り上げるとこうなるわけで、仮に両学部を小数点以下切り捨てると全体で149名の仮当選者しか出ないことになってしまうので。

 ついでに、歯学部生は申込者がひとりしかおらず、これだけだと当選率は50%未満になるので、医学部の中の医学科以外の学生と一緒にして抽選を行ったが、あえなく落選した。 しかしこの学生はめげずに本日2回目の抽選に挑み、見事に当選となった。

 2回目の抽選での当選者数も学部別に示しておこう。 仮当選者151名中手続きをしなかった者が28名。 したがって第2回抽選では (仮当選者を定員より1名オーバーして出しているので) 27名を採用することになるが、抽選の切りがちょうどよかったので、ここでも1名オーバーの28名を当選とした。 再抽選に挑む権利は、第1回の抽選にも参加していることである。 本日の再抽選では、4分の3の学生が当選となった。

 教育学部=1、法学部=2、経済学部=2、理学部=3、医学部=7、歯学部=1、農学部=2、工学部=10

 

4月20日(土)   *コンチェルト インストアライブ 別森麗+品田真彦

 本日は、午前中はシネ・ウインドでアンゲロプロスの映画を見、バスセンターで昼食をとり、歩いてりゅーとぴあに向かい、そこで来週行われる 「ラ・フォル・ジュルネ新潟」 のチケットを買い足してから、久しぶりに音楽会へ。 といっても無料なんだけど、CDショップ・コンチェルトさんが最近定期的にやっているインストアライブ。 午後2時から。

 私、このインストアライブは今まで行ったことがなかったんだけど、今回の出演者が別森麗さんと聞いて、「こりゃ、聴きのがせないな」 と思ったのである。 別森麗さんといえば、新潟市のクラシック音楽ファンならどなたもご存じで、お名前どおりの 「コントラバスの麗人」 なのであるから。

 会場のコンチェルトさんには約15名ほどの聴衆が集まった。 つまり盛況だということ。 やはり別森さんのファンは実は多い、ということであろう。 3メートルと離れていないところからコントラバスを聴くのは初めてである。 文字通り、弦の振動まで見える距離。 ピアノは品田真彦さん。

 本日の別森さんは、紺色の上衣と黒のスラックスで、ちょっと宝塚のトップスターのような雰囲気がある。 ふだん音楽文化会館などで遠くから拝見しているだけの私としては、こんな至近距離から拝顔できただけでも 「タダは安すぎる」 と思ったね。 もっとも、「できればCDなんかをお求めいただければうれしいなと思っております」 というのが (当然ながら) コンチェルトさん側の要望なので、最近話題の諏訪根自子のCDを購入。 まあ、ショバ代(?)かな。

 曲目は短く親しみやすいものばかりで、「星に願いを」 「愛の挨拶」 「浜辺の歌」 「ロンドンデリーの歌」 「ドヴォルザークの新世界交響曲の第2楽章」 「見上げてごらん、夜の星を」 「ロレンチッティのガボット」 などが次々と演奏された。 アンコールもあって、「崖の上のポニョ」。 このアンコールが結構よかった。 コントラバスは、現代的でスピーディな曲にも案外合うんだな、と認識。

 約40分ほどの演奏会だったけど、とにもかくにも楽しいひとときだった。

 

4月19日(金)    *大学生の就職活動は4年次の夏休みからにしろ!

 企業が大学生採用の活動をやたら早い時期から始めることが問題化していて、最近安倍首相が3年次の3月 (つまり3年次が終わる頃) に就職活動を開始するよう企業側に要請している、というニュースが話題になっている。 要は、大学の授業が成り立たないから、ということだ。

 3年生になったとたんに企業からの働きかけがあり、それを理由として授業を休む学生が珍しくない昨今からすれば安倍首相の要請はもっともだが、大学内にいる人間からすればまだまだ生ぬるい。 そもそも大学は医学部や歯学部や薬学部を除けば4年制なのである。 3年次が終わったとたんに就職活動を開始するのでは、事実上の3年制と変わりないではないか。

 だいたい、企業も普段から大学に色々文句を言っているくせに、その大学の授業を妨害しているのは言行不一致であり言語道断であろう。 はっきり言って、常識はずれ、道義もへったくれもないやり方である。 盗人たけだけしい、と言ってもいいくらい。

 じゃあ、どうすればいいかというと、4年次の夏休みで就職活動を解禁すべきだろう。 それが、大学が大学として機能する最低限のところだろうと思う。

 問題があるのは就職活動だけではない。 就職が決まった4年次の学生を、研修とかなんとか称して企業が平日に呼び出して、そのせいで学生が授業に出られなかったりしているのが、日本の現状なのである。 企業倫理、という言葉を使いたくなるではないか。

 えっ? 大学だって高校生を呼び込むためにオープン・キャンパスなんかをやってるって? でもそれは夏休み、つまり高校生の授業がないときにやってるんだよ、少なくとも新潟大学では。 企業も少しは見習いなさい!

 新規の人材を採用するためには時間をかけて見る必要があるとか言ってる企業もあるようだが、半年で人材を見極められなかったら、それは企業に見る目がないだけの話でしょ。 自分の無能のツケを大学に回すなっていうの!

 

4月17日(水)    *閑散とした午後7時半頃の新潟市中心街

 本日は夜、映画を見に市の中心街に出かける。 職場からクルマを出して最初は海岸道路を走り、やがて関屋の国道116号線に入ったが、クルマが少なくて実にスムースに走れるのに、うれしいような、戸惑ってしまうような。 

 時刻は午後7時半頃。 そんなに遅い時間帯ではない。 こういう時間帯は幹線道路がラッシュで渋滞・・・・・であってもおかしくないが、それがそうではないのだ。 関屋というのは純然たる中心街ではないが、中心街に準じるくらいのところである。 私は夕刻に中心街に向かって走っているわけで、家路を急ぐサラリーマンとは逆方向だからだろうと言う方もおられるかもしれないが、郊外に向かう方向の車線も空いているのである。

 やがてクルマは万代シティへ。 ここは新潟市の中心部なのだが、やはり閑散としている。 ううむ、これでいいんだろうか。

 いや、渋滞していないのは個人的には助かるわけで、本日も職場を出るのがやや遅れて、もしかすると映画に間に合わず最初のあたりを見損なうかという心配もしていたのだが、杞憂に過ぎず、職場から中心街まで15キロほどあるのにたった20分で着いてしまう。 おかげで映画には悠々間にあいました。

 クルマが少ないだけではない。 人間だって少ない。 中心街のはずの万代シティあたりも人があまりいない。 不景気だからか、人の流れが郊外のショッピングモールに行っているからか。

 ちなみに、映画館も空いていて、観客は5、6人程度でした。 まあ、これはマイナーな映画だから仕方がないけどね。 でも、新潟市中心街の復活は厳しいかもしれないな、と思ったことでした。

 

4月12日(金)   *叔父の葬儀

 昨日から新学期の授業が始まったが、一昨日叔父が亡くなったので、本日は急遽授業 (といっても大学院向け1コマだけで学生数は予定で1人) を休講にして、告別式に出るため仙台へ。 朝6時すこし前に起床し、自宅から徒歩6分のバス停から新潟駅前行きのバスに乗り、新潟駅前発7時35分の仙台行き高速バスに乗車。

 葬儀場は仙台駅東口から徒歩5分ほどの某ホールで告別式は午後1時から。 

 叔父は昭和4年の秋に生まれているので、満で83歳であった。 叔父といっても、私の母の2番目の妹の亭主だから、血縁的には他人である。 某保険会社の社員として長らく勤務した。 祖父 (母の父) は三女が結婚するとき、あまりいい顔をしなかったらしい。 祖父は別の保険会社のサラリーマンとして一生を送ったが、酒もタバコもやらない人間だった。 対して、三女の結婚相手は酒豪で、今回もその息子 (つまり私の従弟) から聞いたけれど、晩年になってもウィスキー1瓶を2日で空けていたらしい。

 しかし叔父は体が大きく精力的な人間で、営業畑の仕事をばりばりとこなし、出世街道を邁進した。 勤務地も多岐におよび、もともとの出身は福島市だが、仙台、山形、東京、そして一時期は北九州にも勤務していたことがある。 本社営業部長から仙台支店長になり、取締役目前まで行ったが、そこで病に倒れてしまい、残念ながら本社取締役の座は逸した。 しかし病気が治ってから子会社の常務となり、それなりに業績を上げたらしい。 

 出世する人にありがちなことで、強引で押し付けがましいところもあったけれど、反面面倒見がよく、私の祖父母が健在なときには親戚そろっての旅行に自社の保養所を提供したり、また仕事で多忙であってもそういう旅行には必ず出席していた。 「会社には法事だと言ってある」 と言うのが常であった。

 一女一男をもうけ、孫は4人、少し前に初のひ孫が誕生したところであった。 会場にはそのひ孫も出席、といっても母親に抱かれてときどき泣き声をあげていたが。

 叔父自身は7人兄弟姉妹の最後から2番目だったそうで、葬儀には叔父のきょうだいは誰も姿を見せず (亡くなっているか、養護施設で動けない状態になっている)、唯一、実姉の夫だったという白ひげのご老体が出ていた。 すでに90歳だそうだが、足取りもしっかりしている。 こういう人とはまさに一期一会であろう。 まあ、そういうわけで、親族席は、叔父の子供夫婦と孫(一組だけ夫婦)、そしてひ孫以外は、私を含め妻側の親戚で占められることとなった。

 後の会食の席で、喪主である叔母は述懐していた。 自分のきょうだいを含め親戚とは葬式か結婚式でないとなかなか会えないが、最近葬式ばっかりで・・・・と。 叔母は仙台に住んでいるが、子供夫婦2組は首都圏だし、長姉 (私の母) と弟も首都圏、次姉は福島市、妹はいわき市の在住だからである。 そう、まさに少子化・老齢化が進行する日本の現状がこういうところに現れているのである。

 話は変わるが、高速バスの新潟・仙台線は今回初めて使ったけれど、所要時間は4時間弱 (時刻表では新潟駅・仙台駅東口間が4時間5分となっているが、行きは15分、帰りは20分も早く着いた) で、往復料金が8100円だから、悪くない。 しかし以前にも書いたけれど、磐越道の路面状況が芳しくなく乗り心地がイマイチなのが難点である。 もっともこれはバス会社の責任ではないけれど。 でも、さすがに日帰りで新潟・仙台間を往復すると疲労しますね。

 

4月10日(水)   *最近聴いたCD

 *フォーレ: ピアノ曲集第2巻 (ERATO WPCS-10984/5、1988-89年フランス録音、2001年発売、日本盤)

 フォーレのピアノ曲というのは、私には長らく鬼門であった。 いや、今でも鬼門のままである。 むかし、まだCDがなかった頃、舟歌全曲を収めたLPを購入して何度も聴いたのであるが、ついになじむことができなかった。 あの天国のように美しいレクイエムの作曲家の手になるピアノ曲が趣きを全く異にするするという事実に、私は戸惑った。 このCDは、その舟歌全曲に加え、小品集op.84の7曲、プレリュード集op.103の9曲、ヴァルス・カプリス4曲、それにマズルカop.32を収めた2枚組である。 今回、あらためて1枚目のCDに収録されている舟歌を聴いてみても、やはりよく分からない。 曲を覚えたり、旋律を捉えることができない。 とにかくドイツ語圏の音楽 (バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマンなど) とは基本的に異質なのである。 これに比べると、小品集、プレリュード集などを収めた2枚目のCDはずっと聴きやすい。 例えば小品集の第3番と第6番はフーガと題されている。 聴いてみるとフーガだからバッハとの親縁性が感じられる (特に第6番はそうだ)。 むろんバッハのフーガとはどこか異なっていて、フォーレらしい清新さや軽やかさが感じられるのだけれども、それでも曲を把握することは可能である。 総じて、この小品集op.84は聴きやすい曲が多い。 プレリュード集とヴァルス・カプリスは、曲にもよるが、バッハとショパンの影響が感じられる。 最後に一曲だけ収められたマズルカは、むろん曲種から言ってショパンの同名曲を抜きには考えられまい。 というわけで、CD2枚目は、それなりに楽しんで聴くことができる。 演奏はジャン・ユボー。 先月上京した際に船橋市のBOOKOFFにて購入。

 

・4月8日(月)   *大学非常勤講師の苦悩

 毎日新聞のニュースより。

    http://mainichi.jp/select/news/20130407ddm041040064000c.html 

 労基法違反: 首都圏大学非常勤講師組合、早大を刑事告発へ 契約期間に上限「手続き不正」  毎日新聞 2013年04月07日 東京朝刊


 早稲田大学 (鎌田薫総長) が新たに設けた非常勤講師の就業規則を巡り、制定の手続きに不正行為があった可能性があるとして、首都圏大学非常勤講師組合 (松村比奈子委員長) は同大を近く労働基準法違反の疑いで刑事告発する。非正規労働者の契約は5年を超えて働いた場合、期間の定めのない雇用に転換できるなどとした改正労働契約法が1日から施行されたばかり。この法改正で、大学現場では非常勤の契約に新たに上限を設ける動きが出ているという。 【東海林智】

 告発状などによると大学側は3月19日の団体交渉で、非常勤講師の就業規則を組合側に初めて提示。上限のなかった雇用契約期間を通算5年とする内容だった。

 労働基準法によれば新たに就業規則を制定する場合、事業主は事業所ごとに労働者の過半数代表者の意見を聞く必要がある。 組合側が 「全く聞いていない」 と反発したところ、大学側は2月4日には過半数代表者を選ぶ手続きを始めたとする文書や同月14日の公示などを示し、手続きは正当に実施したと説明した。

 しかし組合側によれば、同14日は入試期間で非常勤講師は公示場所に立ち入ることができず、その後も手続き文書を見たことはなかったという。代表者選びの投票結果も公表されないことから、告発を決めた。組合から相談を受け団交にも参加した佐藤昭夫早大名誉教授 (労働法) は 「『違法な手続きだから期間を空けてやり直したらどうか』 と警告したのに大学側は強行した。 学生時代から50年も関わった母校だが進歩に逆行するようなことをしてはいけない」 と話す。

 組合によると、早大では12年時点で専任や専任扱いの教授らが約2200人なのに対し、非常勤講師や客員教授ら非常勤は約4300人。影響は大きいが、大阪大や神戸大も上限5年の実施を検討している。同様の動きは他大でも出ていたが労組の抗議で撤回や凍結したという。

 松村委員長は 「正規の2倍にも達する非常勤の貢献を無視する強引なルール変更なので告発する」。 早大広報課は 「詳細がわかりませんので、コメントは差し控えさせていただきます」 としている。

 これはある意味、最近の大学をめぐる状況の一端を示す典型的な事件だと思う。

 もともと、大学の非常勤講師は、大学側からすれば人件費を安く上げるために採用されてきたといういきさつがある。 新自由主義の風潮から説明するなら、正社員ではなくいつでもクビを切れる派遣社員のほうが便利だし安上がり、ということになるが、実際のところは日本の大学は新自由主義が登場する以前から、いわば先取りする形で同じことをやってきたのである。

 もっとも、非常勤講師には大学院生や大学院を終えたばかりの若手研究者がなることも多かった。 昔なら、非常勤講師で数年食いつないで、それから専任講師か助教授 (今の准教授) に、という道筋があったからだ。

 逆に言うと、それをいいことにかなり安い給与で非常勤講師を採用する私大もあったらしい。

 新潟大で長年私の同僚だったフランス語のM先生 (現在は定年退職) は、東京の大学で大学院博士課程を出て、某私大の非常勤講師をされていたことがあったが、「それが安くて、1コマ5千円で」   と私との雑談の際に言われたことがあった。 そのとき私は、自分も東北大の助手をしていたとき近隣私大でドイツ語の非常勤講師をしたことがあり (1979年)、その給与が90分授業を1コマやって1回あたり5千円だったので、てっきりそれと同じことだと思い、「でも相場はそんなものじゃないですか」 と言って私の例を挙げたところ、M先生は 「いや、1コマやって月給が5千円なんです」 と答えられた。 つまり、毎週1コマやって月ごとに5千円だから、1年間12ヶ月で6万円である。 私の場合は1回やって5千円、年の授業回数は30回くらいであるから、1年で約15万円ということになる。 M先生は私の半分以下の給与で非常勤講師として使われていたのだ。 私はさすがにびっくりして、「それは安い!」 と叫んだことを覚えている。

 しかし、当時はそれでも大学の専任職を得ることが比較的易しかったから、こういう問題が顕在化しなかったのである。

 もっともこれも出身大学次第で、10年ほど前に新潟大に出張講義に来られたS先生は、私より2歳年下で東大フランス文学科のご出身、フランスの大学で博士号を取得された秀才であったが、雑談のおり、「独文は (仏文に比べて) 就職が楽でしたね。 (修士課程を終えれば就職できるから) 博士課程に行く人はあまりいませんでしたよ」 とおっしゃっていたが、私は苦笑いするだけであった。 それは東大の話で、東大じゃない大学を出た人間はそうはいかなかったからである。 私と同年代、或いは少し前の団塊の世代の独文院生でも、今よりはるかに定職が得やすかったとはいえ、ついに定職を得られず非常勤講師で終わる人間だっていたのである。

 話が少しズレた。 現代は若い研究者予備軍が大学に定職を得ることがかなり困難な時代である。 その分、非常勤講師の収入も一時しのぎではなく、本質的な収入となっているわけだ。 それに対して、新自由主義の浸透は、そういう人材を切り捨てる方向に向かっている。

 「良心的」 な発言をする人間が多い、はず、の大学でこういう切り捨てがまかり通ってはならない。 専任教員に対する締め付けもきつくなってきているが、非常勤講師は待遇の悪さからしてそれよりはるかに心理的な圧迫感が強いはずだ。

 非常勤講師組合にはがんばってほしいものである。

 

4月5日(金)   *最近聴いたCD

 *ハンス・マティソン=ハンセン: オルガン交響曲集 (CLASSICO、CLASSCD 330、2000年ノルウェイ録音、デンマーク盤)

  ハンス・マティソン=ハンセン (1807-90) はデンマークの作曲家である。 生まれは、当時はデンマーク領で現在はドイツ領となっているフレーンスブルク。 ここはドイツのシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州にある町で、シュレスヴィヒ・ホルシュタインは昔からデンマークとドイツが帰属をめぐって争ってきた地域であった。
  父は船員で不在がちであり、主として母から教育を受けた。 子供の頃から音楽だけでなく美術にも才能を発揮し、15歳で首都コペンハーゲンの教授から美術の個人レッスンを受けることになった。 この教授はヴァイオリンやヴィオラを弾くことにも優れており、その邸宅には音楽家も少なからず出入りしていたので、マティソン=ハンセンも弦楽器を弾くことに習熟していった。 やがて自分が美術より音楽に惹かれていることを自覚するに至り、専門の音楽家の指導を受け、オルガン演奏に卓越した技巧を発揮するようになる。
  そして先生の助力もあってRoskildeの大寺院オルガニストの地位を25歳という若さで得ることができた。 彼は終生この地位から離れなかったが、この大寺院はデンマークでは国王の葬儀の際に使われるため高いステイタスを誇っており、そのオルガニストという地位はそれなりのものであり、収入も悪くなかったようである。
  マティソン=ハンセンは国内にバッハを紹介する一方で、スウェーデン、ノルウェイ、ドイツ、イギリスでも演奏を行った。 ただし国内ではオルガン・コンサートへの関心は必ずしも高くはなかったようである。 しかしステイタスの高い大寺院のオルガニストである彼は栄誉にも恵まれた。 就任して25年後にはナイトの称号を得、さらに就任50周年にはプロフェッサーの称号も与えられた。 (この時代、ナイトよりプロフェッサーのほうが上だったのだろうか。 うーむ・・・・)
  彼の作曲家としての仕事は、教会用の合唱曲、世俗歌曲、弦楽四重奏曲3曲など、多岐にわたっており、オルガンのためには6曲の交響曲などを書いている。
  このCDには第2、3、5、6番のオルガン交響曲とオルガンのためのファンタジー第1番が収められている。 オルガン交響曲というジャンルではウィドール (1844-1937) やヴィエルヌ (1870-1937) が有名だが、マティソン=ハンセンは世代的に先行している。 ウィドールやヴィエルヌの場合はオルガンの機能が向上したということも作曲の背景にあったわけだが、マティソン=ハンセンは時代的に前ということもあり、聴いてみるとウィドールやヴィエルヌのように大音響の音楽を華麗な技巧で、というふうにはなっておらず、楽章も3楽章形式で、むしろオルガン・ソナタと言ったほうが今日の視点からは適切な感じがする。 少なくともウィドールやヴィエルヌと同じような 「交響曲」 を期待してはいけない。 しかし、それはマティソン=ハンセンのオルガン交響曲の価値が低いという意味ではない。 派手さや華麗さはあまりないが、曲には切々とした内面性といったものが感じられ、非常に充実しているのである。 解説によると彼はウィーン古典派とロマン派の双方から影響を受けたようだが、バッハを含めてヨーロッパ音楽の最良の部分を自分なりに咀嚼して作曲したのではないか。 いずれにせよオルガン音楽に興味を持つ人には聴き逃せないディスクと言える。 演奏はデンマークの女性オルガニストであるインゲ・ベック、ノルウェイの教会での録音。 解説は英語とデンマーク語で付いている。 先月、上京した際に新宿のディスク・ユニオンにて購入。

Organ Music by Hans Matthison-Hansen 1807-1890

 

4月3日(水)    *米国では、大使人事も金次第、なんですか・・・・

 故・ケネディ大統領の娘がアメリカの駐日大使になりそうだというので話題になっており、本日の毎日新聞にもその記事が載っていたけれど、産経新聞にはそれよりはるかに面白い記事が掲載されていた。

 「複眼ジャーナル@NYC」 という、松浦肇・ニューヨーク駐在編集委員の記事で、題して 「大使人事もカネ次第」。

 以下、最初の半分ほどを引用する。 全文を読みたい方は下記のURLからどうぞ。

 http://sankei.jp.msn.com/world/news/130403/amr13040308020001-n1.htm 

 「ユーロ危機で商売の情報網を広げる絶好の機会だと思ったのかな」

 ウォール街で働くフランス人銀行家の間で評判となっている人事がある。ポスト名は駐フランス米国大使。地元ニューヨークのヘッジファンド、アベニュー・キャピタルを経営するマーク・ラズリー氏の指名が有力視されているそうだ。

 ラズリー氏は、ウォール街で“ディストレスト”と呼ばれている不良債権投資で名をはせた。1990年代のアジア金融危機ではインドネシアの不良債権を買い集めて財を成し、昨年は破綻回避シナリオに賭けてギリシャ国債や関連の金融派生商品を購入した。

 世界をまたにかけるハゲタカ長者なのは事実だが、外交に関しては素人のはず。なぜオバマ大統領に気に入られてしまったのか。

 答えは昨年秋の大統領選挙。オバマ大統領が主導した金融制度改革法をウォール街に売り込んだ功績のあるラズリー氏は、筋金入りの民主党支持者だ。大統領選ではオバマ大統領向けの資金集め目的の夕食会を開催するなど、オバマ再選を後押しした。クリントン元大統領の娘チェルシーさんを雇っていたことがあり、クリントン元大統領の推挙も得たという。

 ラズリー氏のような人材は「バンドラー」(英語で“束ねる人”の意)と呼ばれている。大統領選挙で50万ドル(約4640万円)以上の資金集めに貢献した支持者に与えられる称号である。1人当たりの献金額は予備選、本選と合わせて5千ドルに制限されているため、高額献金者のネットワークを持っている金持ち支持者は重宝される。企業の資金調達をつかさどる主幹事証券のようなものだ。

 この後の部分を読むと分かるが、バンドラーの占める米国大使の割合は1割、ブッシュ前大統領に指名されたジョン・ルース駐日大使もそうだったという。 そしてバンドラーは治安のいい先進国にしか行きたがらないので、職業外交官の間では評判が悪いのだそうだ。

 ならばなぜそんなシロウトを先進国、つまり大国の大使にするのかといえば、職業外交官の給与はタカが知れているけれど先進国の大使は何かと出費がかさみ、料理人も雇っておかねばならないなど、とても普通の外交官の給与では足りないので、いきおい、名誉とひきかえにお金持ちのシロウトに頼む、ということになるのだという。

 まあ、昔からヨーロッパの外交ってのは貴族だとかの仕事で、日本でも吉田茂みたいにお金持ちが外交官になり、ついでに政治家にもなったわけだけれど、そういう伝統(?)はなかなか変わらないってことなんでしょう。

 「会議は踊る、されど進まず」 はナポレオン失脚後のウィーン会議で言われた有名な文句だけれど、あの時代の外交は貴族がダンスをしたりパーティを開いたりしながら進めるものだった。 今もそれが完全になくなっているわけではない,ということなのだね。

 

4月2日(火)   *ドイツでも家族政策は論争ぶくみ

 ドイツの週刊誌”Der Spiegel”の今年2月4日号が家族問題を特集している。 ドイツも日本と同様に少子化に悩んでいるのだが、日本とは逆に家族や子供に対する財政的援助は手厚い。 それでも少子化が食い止められないのだからこの問題は難しい。

 ドイツの家族・子供向け予算は、年間2000億ユーロに達するという。 約24兆円だ。 国民総生産に占める割合は3,07パーセントで、OECD諸国の平均である2,61パーセントを上回っている。 しかるに、ドイツの女性が生涯に生む子供の数は平均1,39人で、OECD平均である1,74人を大きく下回っている。

 この特集記事は、要するに今までは 「夫が稼ぎ、妻が子育てと家事」 という伝統的な家族をモデルにした政策をやってきたのが的外れ、という趣旨のようだ。 そのために単身で子供を育てている親がワリを食っており、もっと実質的に貧しい子供や家族を支援するような制度にすべきだし、保育園や午後の学校 (ドイツの学校は基本的に午前中でおしまい) を充実させるべきだ、ということらしい。 キリスト教民主同盟など保守政党の政策を批判し、社民党や緑の党などの革新政党を支持する内容となっている。 英国とフランスの現実に立脚した政策を見習えという示唆もなされている。 

  税制も問題視されている。 私も知らなかったのだが、ドイツでは夫婦は2人の所得合計を2分割して税金を払うことができる仕組みになっている。 これだと、例えば共稼ぎだが一方がダントツで高収入だとか、妻は専業主婦で夫は高収入だとかの場合に、税金の額が少なくて済む。 だから男女が夫婦になることを税制上支援する形になっているのだが、税制上有利だから結婚するというカップルは余りいない、というのがこの記事の主張である。 結婚せずに (或いは離婚して) 子育てしている人間を支援すべきだというわけだ。 記事では、いったん結婚して子を作ったが、その後離婚して夫は別の女性Aと同棲、妻も女性Bと同棲、というカップルも紹介されている。

 とはいえ、家族政策は伝統を完全に無視してやることも政治家には難題で、なかなか思うようには、というのが実態らしい。

 この記事では触れていないけど、英国などは未婚で子供を生む若い女性が多くなって、それはそれで社会問題になっている。 少子化は困るが、だからといって何でもいいから赤ん坊を産めばそれでOK、というものでもないのである。 もっともこの記事によると、単身で子供を育てる親はドイツでも増えており、1996年には12パーセントだったのが、2011年には17パーセントとなっているという。 専門家は、英国やフランスの方式を支持しているらしいので、ドイツもその方向に動くのかもしれない。 

 

4月1日(月)   *最近聴いたCD

 *C.Ph.E.バッハ: オルガン・ソナタ全集 (CHRISTOPHORUS 74564、1983年東ドイツ録音、1989年西ドイツ発売、西ドイツ盤)

 大バッハの息子であるカール・フィリップ・エマヌエル・バッハ (1714-88) のオルガン・ソナタ全集。 全6曲で、すべて3楽章から成っている。 彼は生年で言うと大バッハより29年遅く、ハイドンより18年早い。 これらは、彼が音楽教師として仕えたフリードリヒ2世 (フリードリヒ大王) のいちばん下の妹であるアンナ・アマーリア (1723-1787) のために作曲された。 したがって技巧的にはあまり難しくない書き方がなされているようだ。 成立は1755年および1758年である。 彼は自身の音楽教育はもっぱら父から受けたから、技法的には父の影響が大きいと思われるが、緩徐楽章は感傷的で心に沁み入るような性質を持っており、大バッハにもそういう面はあるけれど、息子の世代の好みのようなものが入っているのであろう。 父が偉大であることと、時代的にバロック後期とハイドンやモーツァルトの古典期の中間ということもあり、とかく過渡期の音楽家というイメージで捉えられがちなカール・フィリップ・エマヌエルではあるが、独自の側面を持つ作曲家としての評価も必要なのではないか、と思わせられる一枚である。 奏者はロラント・ミュンヒ、ベルリン・カールスホルストの福音派教会にあるアンナ・アマーリア王女のオルガン (ヨハン・ペーター・ミゲント製作) にて演奏。 今はない東ドイツ放送による録音で、発売は西ドイツ。 解説は、作曲者と演奏者についてはドイツ語と英語で、楽器についてはドイツ語のみで付いている。 先月、上京した際に新宿のディスク・ユニオンにて購入。

 

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3月31日(日)   *山形大学・結城章夫学長の見識・・・・文科省官僚の倫理観はこの程度

 本日の毎日新聞の報道。

     http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130331-00000002-mailo-l06 

 福井・敦賀原発:資料問題 審議官更迭の名雪哲夫氏、山形大出向 学長 「問題ない」 「けじめ付いている」

 原子力規制庁審議官を2月に更迭された名雪哲夫氏の山形大教授への出向人事について、同大の結城章夫学長(64)は30日、毎日新聞に「問題ない」と答え、電話口でも淡々と対応した。.

 「倫理的に問題は無いのか」との質問に、しばらく間を置いた後、「漏えい問題は、訓告という指導上の措置にとどまっていて、けじめは付いている。倫理的な問題はないと思っている」と述べた。また「あくまで出向という形で、天下りではない」と強調。「重粒子線がん治療施設の設置で、技術行政の経験を生かしてもらいたい」と語った。

 結城学長によると、名雪氏は重粒子線がん治療施設設置準備室本部企画室の教授に就任する。「人事のプロセスは明かせない」としつつ、文部科学省側から名雪氏を提案されたという。教授会を通さない理事による役員会で人事は決まった。

 名雪氏は1月、日本原子力発電敦賀原発(福井県)の断層調査で、原子力規制委員会の調査団の評価会合の前に、日本原電の求めに応じて報告書原案を渡した。規制庁は2月1日付で訓告処分とし、出身官庁の文科省に出向させていた。 【前田洋平】
3月31日朝刊

 結城という人は、文部科学省の官僚で、山形大学の学長選挙では投票で一位ではなかったにも関わらず、理事会の判断で学長に選ばれた。 要するに官僚を学長に据えておけば色々と便宜をはかってもらえるだろう、というおもねりの人事である。

 そういう裏事情で学長に就任した人間らしい人事と言うべきではないか。 自分も天下りのごり押しで学長になった人は、同じような人事を行うものなのである。

 記事を読めば分かるように、この人事は教授会を通していない。 「教授会が既得権にこだわっているから大学改革は進まない。 学長がリーダーシップを発揮すれば大学は良くなる」 という俗論がいかにバカげているかが分かるだろう。

 また、この記事にはないが、同日の紙媒体の毎日新聞によると、名雪氏と結城学長は面識があり、学長は名雪氏のために 「重粒子線がん治療施設設置準備室本部企画室」 の教授ポストを新設したという。

 文部科学省の官僚が何をやっているか、独法化後の国立大がいかに彼らによって食い物にされているか、マスコミは日ごろからもっとちゃんと報道してもらいたい。 官僚の説明をそのまま記事にする朝日新聞みたいなダメ新聞がある限り、こうした官僚の横暴はやまないだろう。

 この問題は産経新聞も報じているが、毎日新聞のほうが物事の核心を衝いている。 朝日と読売は、ネットで調べただけだが、報道していないらしい。

 ちなみに、山形大では最近、学生や教職員の不祥事が続出しており、結城学長が記者会見をするという一幕もあった (下記読売新聞の記事を参照)。 しかし、学長みずからがこんなことをしているようでは、教職員や学生に姿勢を正せと言う資格もあるまい。

   http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20130206-OYT8T00287.htm 

   学長が苦言 「学生のイメージ、実際と違う」

山形大の学生が相次いで逮捕されている問題を受けて、同大の結城章夫学長は5日の記者会見で 「いろいろな専門家がいるので、もう少し突っ込んで分析し、専門的なアドバイスをもらいながら、何かやれることはないかを考えていきたい」 と述べ、青少年問題や若者気質などに詳しい学内の専門家らの意見を踏まえ、新たな再発防止策を検討する方針を示した。


 会見の冒頭、結城学長は 「一部の学生の行為が、多くの卒業者や教職員が築き上げた山形大への信頼を一瞬にして揺るがす」 と危機感を表明。その上で 「世の中が少し変わってきている。我々が持っているイメージの学生と、実際の学生とはギャップがあると感じる」 と漏らし、不祥事が止まらない現状に顔をゆがめた。


 同大では今年度、窃盗や公然わいせつなどの疑いで学生6人が逮捕されている。教職員や受託研究員を含めると、逮捕を含む検挙者は明らかになっているだけで12人に上る。再発防止策として、学部ごとに学生を集めた集会を開くなどして注意喚起をしてきたが、逮捕者が後を絶たない状況になっている。  (2013年2月6日 読売新聞)

 

3月29日(金)   *ヨーロッパ系に弱い新潟市の映画館

 いつもおんなじようなことを書いているのだけれど、さっぱり改善のきざしが見えないので、しつこくまた書く。

 新潟市の映画上映状況は、都市の規模 (人口80万人でいちおう政令指定都市) と映画スクリーンの数 (シネコン4館とミニシアター1館で計37スクリーン) からすると、きわめてお粗末、不十分である。

 特にヨーロッパ系の映画に弱いのが困る。 少し大げさに言うならば、新潟市の知的状況をモロに示しているかのようだ。

 最近で言うと、『アルバート氏の人生』(アイルランド映画) など、私は東京で見て結構面白いと思ったのだが、そして東京ではTOHOシネマズ・シャンテ (旧: シャンテシネ) など4館で上映されて決してマイナーな扱いではなかったにもかかわらず (5月にも下高井戸シネマでやるらしい)、新潟には来なかった。 東北では秋田を除く5県で、九州でも宮崎を除く6県で上映していたにも関わらず、である。 またまた乱暴に言うなら、新潟はまさに文化果つる地、なのだ。

 アルベール・カミュの遺作に基づく 『最初の人間』(フランス映画) も来ない。 これは一応私からシネ・ウインドにリクエストを出したんだけど、実現しないみたい。 この辺でよく分からないのは、この作品と同じ岩波ホールがヘッド館の 『八月の鯨』 はシネ・ウインドに来るらしいことだ。 でも 『八月の鯨』 は旧作で、DVDだって出ているのである。 なぜわざわざDVDでも見られる旧作を持ってきて、そうではない新作を無視するのか、私には理解しかねる。 仕方がないのでこないだ上京した際に横浜まで行って見てきた (都内での上映は終わっていたから)。 カミュのことを知らない人や、戦後間もない頃のアルジェリアとフランスの関係を知らない人にはやや分かりにくい映画かもしれないが、そういう知識を或る程度持っている人間には面白い映画だった。 そして、これまた東北地方では秋田を除く5県で、九州では佐賀と宮崎を除く5県で上映されるのである。 北陸でも石川県と福井県では上映される。 加えて、同じ新潟県でも魚沼市の小出郷文化会館では5月に3日間だけやるらしい。 小出郷文化会館スタッフの目の高さに敬意を表したい。 逆に言うと、新潟市内の映画館関係者の目の低さには罵詈雑言を浴びせたい。

 もっとひどい例を挙げると、首都圏では本日からロードショーが始まる 『アンナ・カレーニナ』(英国映画) である。 言わずと知れたトルストイの長編小説が原作。 主演のアンナにはキーラ・ナイトレイ、その夫にはジュード・ロウ。 という顔ぶれからしてもメジャーと言うしかない映画なんだけど、そしてそれにふさわしく、東京では14館で上映されるし、首都圏である神奈川県・千葉県・埼玉県でもそれぞれ数館で上映されるし、東北でも秋田を除く5県で上映されるし、首都圏を除く関東でも各県で上映されるし、九州でも全県で上映されるのである。 そのメジャーな映画が、なぜか今のところ新潟県・新潟市では上映予定がない。 まあ、これから入る可能性もあるとは思うが、現段階でこれだけ日本全国で上映予定がちゃんと入っている映画が、新潟県・新潟市では予定に入っていないという事実を見ても、いかに新潟市の映画館がダメか、ということが分かると思う。

 新潟市の映画館関係者よ、しっかりせよ!!

【追記】 『アンナ・カレーニナ』 はその後、ワーナーマイカル新潟南で5月後半に2週間だけ上映されることが決定した。 (4月2日)

 

3月28日(木)    *最近聴いたCD

 *シューベルト: 友人たちの詞による歌曲集第2集 (NAXOS、8.557171、2002年ドイツ録音、EU盤)

 NAXOSから出ているシューベルト・ドイツ語歌曲全集の第15集である。 オッテンワルト、ショーバー、シュレヒタなど、7人の詞による合計17曲が収録されている。 特に著名な曲は含まれていないが、優れた作品はそれなりにあり、例えば演奏時間10分に及ぶ 「わすれな草」 D792、「別れのつらさ」(第1版)D509、「夜と夢」D827、「いとしいミンナ」D222、「すみれ」D786、など。 演奏はソプラノのブリギッテ・ゲラー、ピアノはウルリヒ・アイゼンローア。 ゲラーの歌唱はなかなかうまい。 解説は英語とドイツ語で付いており、各曲のドイツ語原詞と英訳も掲載されている。 一昨年末に新潟市内のCDショップ・コンチェルトさんの閉店割引セールにて購入 (コンチェルトさんは諸般の事情でその後もやっています)。 

 

3月27日(水)   *新聞投書欄の不幸

 評論家の呉智英氏は新聞投書欄をバカにしている。 内容的に下らないから、ということだ。 民主主義批判を売りにする呉氏からすれば、民主主義は民が賢いという前提がなければ成り立たず、しかし実際には民は愚かであるから、民主主義は成り立たない、ということになるわけだ。

 理論的に言えば、新聞投書欄は政治家や官僚・地方公務員、或いはマスコミ関係者なども気づかないような、実社会にひそむ様々な問題点を庶民の立場から訴えるための手段として機能するはず、である。 また、そういう投書が全くないわけではない。

 しかし、実際には呉氏が批判するような下らない投書だとか、各新聞の政治方針をヨイショするような投書だとかが多いのも事実だ。

 というわけで私は日ごろは新聞投書欄はほとんど読まないのだけれど、昨日たまたま目についた投書があって、呉氏の主張を思い出してしまった。 それは毎日新聞に載った以下のような投書である。

 《「僕は若い頃、日本を民主的な世の中にするため、革命を起こそうと本気で考えていた」

 学生時代の法学の教授は、雑談中にそう話すほどリベラルだった。「市民の権利や自由を守るためには絶えず権力を監視し、いざというときは戦う覚悟をしなければならない」 とも話していた。しかし若かった私でさえ 「政治や行政に、そこまで要求できるものなのかな」 と首をかしげていた。

 その先生が、中国の文化大革命が話題になった時 「文革中に亡くなった人々の死因で最も多いのは、人民同士のリンチめいた行為だった。それを考えると、世の中で一番恐ろしいのは、ごく普通の人間の心かもしれないね」 と口にした。 あの言葉は先生の血を吐くような教えだった。

 民主主義は各自が責任を持って判断し行動することが基本だと思っている。翻って、今の日本人は大勢に流されることが多くなっていると感じる。先生、あのときのあの言葉を、私は今も選挙の度に思い出します。》

 タイトルは 「選挙の度思い出す教授の言葉」、投書者は50歳の女性である。

 私がまず引っかかったのは、若い頃には革命を起こそうと考えていたと語る教授を 「リベラル」 と形容するこの女性の言語感覚である。 革命とは暴力で引き起こすものだから、リベラルとは正反対である。 まあ、「フランク」 くらいの意味のつもりで使ったのかも知れないけどね。

 しかしこの女性は50歳なのだから、暴力による共産主義革命がどういう結末になるかということは分かっていなければならない世代だろう。 この女性が教わった教授は、おそらく六全協――知らない人は自分で調べること――に失望した学生時代の体験を持つような世代だと思う。

 そのあとの論理展開も感心しない。 文革のリンチを引き起こした中国の 「ふつうの人間の心」 と、別にリンチで人が死んでいるわけではない現代日本の状況を直接結びつけているのは、どう見ても変である。

 ここで注意すべきは、この投書者が大学を出ているということだ。 大学を出てもこのくらいなのである。 呉氏の主張の真実味が感じられる投書ではある。

 それにしても、毎日新聞はどういう意図でこの投書を掲載したのだろう。 まさか呉氏の主張は正しいと分からせるためではないと思うが(笑)。

 

3月26日(火)    *少子化を食い止めるには・・・・子沢山の家庭を税金で支援せよ

 本日の毎日新聞を読んでいたら、「生きられる社会へ 生活保護の今」 という、昨今削減が言われている生活保護費の問題を扱った連載記事で、子沢山の家庭が紹介されていた。

 紹介されているのは、会社員の夫とパートの主婦、それに子供5人 (小学生から21歳まで) という都内の家庭である。 家庭の月収は約40万円。 しかし生活はかつかつで、生活保護こそ受けていないが、就学援助は受けている。 しかし就学援助は申請後に振り込まれるので、双子の中3生を抱えた昨年は修学旅行や高校進学準備にカネがかかり、消費者金融からも借金したという。 (記事全文は下記URLから読めます。)

 http://mainichi.jp/feature/news/20130326ddm013100222000c.html 

 家庭の月収40万円というのは、それだけで見れば、裕福ではないが貧乏でもない。 夫婦2人だけなら楽勝の収入だろう。 しかし子供が5人となれば話は別である。

 少子化の昨今、どうしてこういう家庭に税金を積極的に投入するようにできないのかなあ。

 例えば、子供手当てをしっかりと出し、なおかつ子供が増えるほど手当ては等比級数的に増額される仕組みにしたらどうかな。

 子供1人目は手当てはなし (結婚するとたいてい一人は子供を作るからである。むろん一人親などの場合は別途考えることにする)。 2人目は子供手当て月額2万円、3人目は4万円、4人目は8万円、5人目は16万円・・・・・という風にすれば、子沢山の家庭が経済問題で苦しむこともなくなるだろう。 これでいけば、5人子供がいるくだんの家庭は月額30万円の子供手当てが入るわけだから、消費者金融の世話になることもないし、月収は合計で70万円になるから、リッチとはいかなくてもまあ普通に暮らせるであろう。

 そのための財源は、独身者、或いは子供がいないか一人だけいる家庭 (むろん一定以上の収入があるという条件で) から税金をたくさん取り立てればよろしい。 思うんだけど、子供がいないか一人しかいない家庭は、将来の日本を担う人間を作っていない、つまり一種の税金を払っていないということで、その分、おカネの税金をたくさん取り立てるような原理を確立すべきだろう。  

 政治家のみなさん、こういう政策をちゃんとやってくださいね。

 

3月25日(月)    *ナチを防ぐ政策がナチ的だったら?

 本日の産経新聞を読んでいたら、「オーボエ奏者・渡辺克也のベルリン音楽旅行」 という連載コラム記事が目についた。 渡辺は1966年生まれ、東京芸大卒で長らく音楽家としてドイツで活動している。

 その渡辺が何を書いているかというと、「ドイツ人が背負う十字架」 というタイトルで、戦後のドイツはとにかくナチの影を払拭することに全力を尽くしてきたということを述べている。

 兎にも角にもヒットラーと第三帝国は史上最大の悪、それを微塵でも褒めることは、この国では絶対に許されないタブーであることに、変わりありません。 2007年、人気ナンバーワンの女性アナウンサー、エファ・ヘアマンが 「あの悲惨な第三帝国ですら現代より家族の価値観を大切にし、それは良いことだった」 と発言したため社会から抹殺され、今後も二度と人前に姿を現すことはないでしょう。

 22年間この国に住んで断言しますが、ドイツが同じ轍を踏むことは絶対にあり得ません。

 ドイツから来日したオーケストラの団員が居酒屋で日本人と意気投合すると、おふざけでヒットラー式敬礼をされることがよくあるそうです。 こういうことはシャレになりませんからしないでくださいね。   

 (この記事は下記URLから全文を読めます。)

 http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/130324/ent13032412300005-n1.htm 

 思うんだけど、第三帝国にだって多少いいところもあったという発言をしただけで 「社会から抹殺され」 るんじゃ、それこそ第三帝国と変わりないんじゃないの? ドイツの体質は第三帝国時代から全然変わってない、という結論を、この文章から引き出すこともできるのだ。

 ・・・・ということに渡辺克也がまったく気づいていないらしいところがイタイのである。 私は常々、音楽家には教養も思考力もない人間が多いと思っているのだが、残念ながら渡辺の文章はそのいい見本となってしまっている。

 実際には、例えば 『ヒトラー』 という大著がある文筆家ヨアヒム・フェストは 「ユダヤ人虐殺と戦争がなければ、ヒトラーは偉大な政治家と見なされているであろう」 という意味の発言をしているし、最近のドイツ映画は、ヒトラーを極悪非道の人間としてではなくそれなりに人間味もある人物として描く場合が多くなっているし、また第三帝国を戯画化しつつもアメリカを初めとする他国の政治状況をも批判した 『アイアン・スカイ』 なんて映画もドイツで作られている。 

 また戦時中のユダヤ人虐殺にしても、最近ではフランスやベルギーといった国が積極的にナチに迎合してユダヤ人狩りをしたという事実が明らかになってきている。 別段ドイツ人だけがワルで他は善人ばかり、というわけではなかったのだ。

 つまり、物事はそう単純には断じられないのである。 渡辺の連載コラムは上記の記事で最終回らしいが、次回からはもう少し思考力のある人物を執筆者に採用してほしい。

 

3月24日(日)    *今どき 「現金だけ」 って・・・・ラ・フォル・ジュルネ新潟のチケット販売について

 昨日、オルガン講座修了演奏会を聴きにいったついでに、4月下旬に新潟市で行われるラ・フォル・ジュルネ新潟のチケットを数枚、りゅーとぴあ内の特設チケット売り場で購入した。

 ところが、である。 購入するチケットを指定してから、りゅーとぴあの会員カードであるNパックメイト・カードを出したら、「現金だけです」 という答が返ってきた。

 ふだん、りゅーとぴあで、りゅーとぴあ主催の出し物のチケットを買うときは、いつもNパックメイト・カードで済ませてきた。 それが今回は 「現金だけ」 って、どういう理屈なんだ。 ふつうのクレジットカードでもダメということになる。 今どき、そんな不便なことをやってどうするつもりなんだ。

 この音楽会、一つの演奏会は45ないし60分である代わりに、料金は1500ないし2000円という値段に抑えられている。 しかし2日間にたくさんの演奏会を催すので、いきおい、こちらもいくつもの演奏会のチケットを買おうとするから、合計すると購入代金は結構な額になる。 この日も、予定していた演奏会のチケット全部を買ったわけではないが、それでも支払い額は1万円を越えた。

 さいわい私の財布にはそれだけの現金がかろうじてあったからいいようなものだが、なかったら出直しとなるところである。 冗談ではない、こんな不便な支払い方式をとるのは願い下げにしたい。 何とかしてくれ〜! 

 

3月23日(土)    *2012年度りゅーとぴあオルガン講座修了演奏会

 本日は午後2時からの標記の演奏会に出かけた。

 昨年も同じようなことを書いた記憶があるが、修了演奏会と言ってもその辺のピアノ教室の発表会とは違う。 そもそもオルガン講座を受けるためには、鍵盤楽器の技巧が或る程度あることが条件になっているのだから、発表者のレベルが高く、音楽会として十分楽しめるのである。 おまけに無料だし!

 今年はそれでも百人余りの客が集まった。 例年より多いのは、この演奏会の内実が少しは知られてきたからだろうか。 しかしもっともっと沢山の市民に聴きにきてほしいもの。

 さて、例年のように、講習会をすでに修了したOG (この音楽会、演奏者は女性ばっかりなのだな) の演奏が第1部、10分間の休憩をはさんで現在の受講生の発表が第2部という構成である。

 ■第1部 賛助出演者発表
 川村素子 メンデルスゾーン:オルガンソナタ第3番
 番場純子 メンデルスゾーン:オルガンソナタ第6番
 高橋英里 バッハ:最愛なるイエスよ、われらここに集いてBWV731
        M・デュプレ:前奏曲とフーガop.7ト短調
 (休憩)
 ■第2部 オルガン講座生発表
 ◎ジュニアコース
 幡本菜々子 バッハ:パストラーレ BWV590より第2,3楽章
 田村遙   G・ベーム:コラール・パルティータ「ただ愛する神の摂理にのみまかすもの」
 松原桜子  バルバストル:陽気な羊飼いたちはどこへ
 西脇彩   バッハ:小前奏曲とフーガ 第7番イ短調BWV559
 野口葵   バッハ:前奏曲とフーガ イ短調BWV543
 ◎一般コース
 山田千尋  バッハ:小前奏曲とフーガ 第8番変ロ長調BWV560
 中川千絵  バッハ:小前奏曲とフーガ 第5番ト長調BWV557
 ◎応用コース
 山際規子  バッハ:バビロン川のほとりでBWV653
         バッハ:前奏曲とフーガ ト長調BWV541

 みなそれぞれ優れた演奏を聴かせてくれたが、第1部では番場さんと高橋さんが特に印象深い演奏であった。 また第1部ではメンデルスゾーンのオルガンソナタが2曲取り上げられたが、昨年はフランクのコラールが3曲取り上げられており、おそらく出演者の話し合いで或る程度共通性のあるプログラムを組んでいるものと思われる。 その意味でも、賛助出演者の演奏は貴重と言えるだろう。

 後半もなかなか良かった。 単に曲ごとの個性だけでなく、出演者によりじっくり弾いている人、スピード重視の人と色々なのだ。 最後の山際さんの演奏はさすがにトリだけあって曲そのものを含めて聴き応えがあった。 

 欲を言えば、後半ではバッハ以外の作曲家も積極的に取り上げて欲しいのだが、でもやはりオルガンをやるからにはバッハを弾きたくなるのは分かるなあ。

 途中休憩10分を入れて1時間50分の演奏会。 とても充実していた。 また来年も楽しみにしています。

 

3月20日(水)    *新潟大学の異常――学内禁煙に監視団って・・・・

 本日は祝日にもかかわらず教授会があったが、そこでの報告によると、4月から新潟大学は全面禁煙となるが、それが守られているかどうか、随時監視の人間に学内を巡回させるとのことである。 

 そんなことにかける時間と人間があるなら、もっと有効に使えるところがいくらでもあるだろう。 だいたい、独立行政法人化以降、教員数は減りっぱなしなんだからね。 ったく、新潟大学ってのは、なんか根本的に勘違いしている。 大学にとって何が大事か、全然分かっていない。 上層部の頭の中身はどうなっているのかな。

 

3月15日(金)    *新聞への寄稿

 本日、新潟日報紙の文化欄 (26面) に、映画 『命をつなぐバイオリン』 についての私の寄稿が掲載されました。 興味のある方はお読み下さい。

 なおこの映画は、明日3月16日(土)から、シネ・ウインドで上映されます。

 

3月13日(水)    *愛車の車検

 本日は愛車を車検に出す。 

 以前にも書いたけど、トヨタのコロナ・プレミオ1800(5MT)で、新車で買ってから丸15年になる。 走行距離は16万4千キロ。

 実は1月頃には、新車に買い換えようかなとも思っていた。 走行距離が16万に達した頃からエンジンの調子がややおかしくなり、朝に始動したばかりだとスムースに加速せず、加速していく過程でブレる感じが加わるようになった。 (しばらく走っているとブレはなくなる。) そのせいかどうか知らないが、燃費も少し悪くなった。 また、この冬になってから、ハンドルを大きく切ると途中つっかかるような感触が生じる場合があり、摩擦するような音が伴う時も。

 しかし最近の金欠病は癒えておらず、先立つものがない以上、愛車に頑張ってもらうしかないだろうという結論に達した。 ワタシも60歳に達してなお働いているんだから、ということもある(笑)。

 車検に出してみると、たいして直すところもなく、ハンドルを切るときのつっかかり感については明確な原因が分からず、油をさしておくという対処療法的な措置で済ませるとのことであった。

 というわけで、車検の諸費用は税金などを含めても総額10万5千円で済んだ。 あと2年、大過なく走ってほしいものである。

 

3月11日(月)    *ルーベンス展

 本日は午前中、渋谷は東急文化村のミュージアムに出かけ、ルーベンス展を見る。 ルーベンスといえば著名な画家だが、まとめて作品を日本で見る機会は案外少ないような気がする。

 というわけで行ったはいいが、入場したら開催者の挨拶文に、新潟県立美術館にも巡回すると書かれているではないか。 しまった、と思った。 それなら新潟県に来るまで待つのだった。 東京に来ているときはなるべく東京でしか見られないものを見るべきなのである。

 それはさておき、ルーベンスのイタリアからの影響(特にティツィアンからの)や、他の著名画家などとの共同作業、また同時代の画家の作品などにも目配りがなされていて、まあまあ見ごたえがあった。

 ライオン狩りやクマ狩りの絵もあったけど、いずれも人間が必ずしも猛獣に対して優位ではない構図で、当時の猛獣観が仄見えるような気がした。

 上記のようにこの展覧会はいずれ (6月末から) 長岡市にも来るので、新潟県の方々はそれまで待ったほうがいいと思います。 何てったって、東京の美術展は混みますからね。 なお、この展覧会については下記URLを参照。

  http://rubens2013.jp/index.html

             *さらば、銀座シネパトス

 ルーベンス展を見終えてから、タワーレコードに寄り、ただし何も買わず、そのあと 「元祖くじら屋」 で昼食をとる。 私の記憶ではこの店は以前は月曜は定休日だったと思うのだが、本日は営業していたので入る。

 鯨てんぷら定食が980円。 この店は上京したとき時々利用しているけど、最近鯨肉の卸価格が下落気味のせいか、内容的にも一時期より充実しており、この定食も鯨肉のてんぷらがそれなりの量だし、それ以外に野菜がたっぷり付いている。 ごはんもおかわり自由。 結構いける定食です。

 興味のある方は立ち寄ってみて下さい。 この日は、午後1時少し前という時間帯のせいもあろうが混んでいて、相席だった。 若い客も目立っていたしね。 店舗のURLは下記のとおり。

 http://www.kujiraya.co.jp/ 

 腹もいっぱいになったところで、有楽町に向かう。 銀座シネパトスが今月限りで閉館するので、今回の上京の最後にここで映画を見ておこうというわけ。 昭和30年代初期の川島雄三監督の作品2本立てをまず見て、それからここでの最後のロードショウだという 『インターミッション』 を見る。

 銀座シネパトスは半地下のような短い商店街の一角 (といっても三箇所だけれど) にあるが、この半地下街ができたのは昭和27年だそうだ。 つまり、私の生まれた年である。 映画館もその頃からあったらしいが、今の銀座シネパトスになったのは今から45年前だそうである。 銀座でありながら、どこか場末的な雰囲気のある映画館だったが、なくなるのは残念。

 浅草の名画座も少し前になくなってしまったし、東京の映画館は今後どうなるのだろうか。 渋谷のシネマヴェーラ、神保町の神保町シアター、池袋の新文芸坐ががんばってくれればいいのだが。  

 このあと、東京駅午後8時頃発の新幹線で新潟へ戻る。

 

3月10日(日)    *早くも今年のベストか!? ハイティンク + ピリス + ロンドン交響楽団

 この日は午前中は都立中央図書館で調べ物をして、昼過ぎから横浜に赴き、午後2時からのロンドン交響楽団演奏会を聴いた。 風の強い日で、恵比寿駅から湘南新宿ラインに乗って横浜に向かおうとしたらホームには強風が吹き荒れており、電車がとまったら購入済みのチケットが無駄になるかと心配したが、幸いこの時刻にはまだ電車は平常運転していた。 午後も少し時間がたってから遅れが出たようである。

 みなとみらいホールも久しぶり。 日曜のマチネだが客の入りはきわめて良く、9割程度か。 私は金欠病ながら、「A席だってS席より4千円安いだけ。 ならばSにしてしまえ」 ということでえいやっという気合いで (?) 28000円のS席にした。 1階13列目の右寄り。 ちなみに都内でのロンドン響の演奏会だとS席は35000円する。 おそらく横浜市が援助をしているから安いのであろう。

 新潟市のりゅーとぴあと同じく、独自にパンフを出してくれているので、1000円のパンフを買わなくて済むのも利点。 それにしても、たいして内容のないパンフを高い値段で売りつける悪習、そろそろやめて欲しい。 500円くらいなら買うけれど。 ヨーロッパだってオケコンでこんな値段のパンフ、ないんだよ。

 指揮=ベルナルト・ハイティンク、 ピアノ=マリア・ジョアン・ピリス

 ベートーヴェン: ピアノ協奏曲第2番
 (休憩)
 ブルックナー: 交響曲第9番

 ロンドン響は以前新潟に来たときに聴いているが、ハイティンクは一度も聴いたことがなく、ピリスも、記憶違いでなければ生で聴いたことがなかったので、この際聴いておこうと思って大枚をはたいたもの。

 配置は、左から第一ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第二ヴァイオリンという順。 コントラバスはチェロの後ろ。 1階席なので人数ははっきり分からなかったが、ブルックナーの時はコントラバスが8人だったので、おそらく (高音から低音へという順序でいうと) 16-14-12-10だったのではないかと推測。 協奏曲のときはもう少し小さい編成。

 団員が入場するとき聴衆から拍手が。 新潟と同じである。 横浜は東京とは異なるのか、或いは外来オケだからなのか。

 まず協奏曲。 ハイティンクは体の厚みはあるが、背はヨーロッパ人男性としては高くない。 コンマスなどと比べて頭半分くらい低い。 ピリスは小柄で短髪、ディスクのジャケットで見る姿と同じ。

 オケの前奏部分があってピアノが入るところで、その音の美しさにびっくり。 音が一つ一つ明快に光の粒となって散乱しているかのよう。 そしてこの音を活かした、きわめて叙情的で繊細な初期ベートーヴェンが奏でられた。 実をいうと、「ピリスの弾く協奏曲ならモーツァルトか、初期ベートーヴェンなら第一番にしてほしかったな」 と思っていたのだが、そういう思惑はどうでもよくなってしまった。 とにかくピリスの個性をオケがしっかりと支え、きわめて説得力の高い演奏となった。 終わると盛大な拍手。 うん、ピリスはやっぱりすごいピアニストなんだなあ、と納得。

 ちなみに、使用ピアノはヤマハであった。 スタインウェイやべーゼンドルファーではない。 むろん映画の 『のだめ』 ではないから (笑)、ヤマハの宣伝のためにではなく、ピリスが自分でこの楽器を選んだのであろう。 2日前に小菅優のリサイタルを聴いたときはスタインウェイだったのだけれど、音に必ずしも納得がいかなかったので、ううむ、国産楽器の実力もバカにならないかな、と思ったのである。 故人だがリヒテルもたしかヤマハで弾いたという話があった。

 さて、後半のブルックナーだが、これがすごかった! こんな音楽をコンサートで聴いた記憶がない、というくらいの演奏であった。 ブルックナーがオルガン奏者で、したがってその交響曲もオルガン的な響きがするということは理屈では知っていたつもりだったけど、まさに体でそれを体験したという感じであった。 テンポは全体としてゆっくりめ。 そしてロンドン響の厚みのある弦と吠えるべきときは吠え抑えるべきときには抑える金管の音が混然とした音の乱舞となって迫ってくる。 うまく言えないが、ブルックナーの音楽は、「いかにもうまい」 という演奏だとその味が出ない。 といって無論下手ではいけない。 彼の朴訥とした音楽の真実味は、第一級の技倆の裏付けがありながら、それをひけらかすのではなく、ひたすら音楽の内実を表現することだけに使う場合にようやくその姿を本当に見せてくれるのである。 この日の演奏はまさにそれであった。 音楽を聴いているというより、音に包まれ、音にどこかの世界に連れて行かれているような感覚だった。 第1楽章を聴いていて、涙が出てくる。 この曲をブルックナーは神に捧げたそうだが、まさに神に近いところにある音楽なのだと心底納得。 

 この曲、今までベルリンに行ったときラトル指揮のベルリンフィルで、そして新潟でもスダーン指揮で 「テ・デウム」 を付けた形で東響定期で聴いてきた。 どちらもそれなりの演奏だったけれど、そして第9でなく第8でもスダーンと東響、ブロムシュテットとチェコフィルですばらしい演奏を聴いてきたのではあるが、この日のこの演奏会はそれらとは次元が違う体験をしたと言うしかない。

 曲が終わってハイティンクが手を下ろすと、猛烈な拍手。 声が四方八方から上がり、立って拍手する人も。 日本のコンサートでこんなに感激の意思表示がはっきりしているのも珍しい。 最後に団員がハイティンクの合図で舞台から引き上げたが、それでも拍手はやまない。 皆、この音楽会の感激をいつまでもとどめておこうとするかのように拍手を続けていたのであろう。

 

3月9日(土)   *公開シンポジウム 「グローバル化社会における多言語使用と外国語教育」

 本日は午後1時から慶應義塾大学三田キャンパスで開催された標記の公開シンポを聞きに行く。 日本独文学会および日本言語政策学会からの情報で知った会合である。

 最初に主催者である平高史也・慶応大教授によるあいさつがあり、その後、以下の発表があった。

 ・大木充 (京都大学): 文部科学省「グローバル人材育成推進事業」とグローバル・イシュー――学生はどのような目的で外国語を学習しているのか
 ・的場主真 (ヴェッテン・ヘルデッケ大学〔ドイツ〕): ドイツの日本人ディアスポラ
 ・岩本綾+古谷知之 (慶應大学): デュッセルドルフ在住日本人の言語生活に関する調査結果から
 ・庄司博史 (国立民族学博物館): コメント

 最初のお2人の発表が特に興味深かった。 

 大木氏の発表は、大学における英語以外の外国語を学生がどのような意識と目的で選び学んでいるのかの調査で、必ずしも実用目的とは限らないという結果が得られたとのことである。 また、企業への調査でも、学生の能力として必ずしも英語(およびそれ以外の外国語)の能力は高い位置にはないという結果が出ているようだ。 しかし他方、グローバル化社会の中で、ある程度の英語能力は必要とも考えられており、日本の18歳人口が120万人とすると、そのうち少なくとも11万人には或る程度の英語能力が仕事上求められる、という試算もあるそうである。 つまり、同世代の1割は或る程度の英語能力がないと仕事に支障が出る、ということになる。 総じて、外国語能力と実社会の関係については、一般に 「どうしても英語」 と思われているほどの強い結びつきはなく、英語以外の外国語を含め、かなり多様な目標で学ばれているという実態が見える発表であった。

 的場氏は長年ドイツの大学で教えておられる方で、ここでは日本企業が多く進出しているデュッセルドルフの日本人の現状と意識の紹介、それから1960年代に炭鉱労働者としてドイツに渡った日本人が少なからずいることの指摘をされた。 そして帰国せずにあちらでドイツ人女性を妻としてずっと暮らしている (したがって現在はかなり老齢化した) 日本人男性の言語生活と生活習慣についての調査を発表された。 60年代に南アメリカに移民が日本から行ったということは私も知っていたが、ドイツに炭鉱労働者として移民が行ったとは知らなかったので、この事実にまず興味をそそられた。 また、あちらで暮らしている日本人の言語生活や考え方にも人によりかなり相違があるとのことである。 日本語をほとんど忘れてキリスト教信徒になっている人、日本人らしく無宗教のままで日本語もしっかりしている人、など。

 私も最後の質疑応答の場で若干発言させていただいたが、途中で或る方から指摘があった日本人の高学歴女性でヨーロッパに活路を求める人がそれなりにいる (アジアなどに活路を求める人はあまりいない) という問題で、私は、日本の農家に日本人女性が嫁に来ず、他国のアジア女性を嫁として迎えているのとパラレルな現象ではないかと指摘したのだが、発表者のなかには、日本の女性は先進的で男性は遅れている、という型にはまった意見しか述べられない方がおられたのが残念である。 先進的なら農家を見捨てていいのか、全然考えてないわけだ。 なおこの点でも的場氏は、高学歴の日本女性でヨーロッパ人男性と結婚した人が全員思うような生活ができているわけではなく、離婚で苦しんでいる方もいるという、的確な指摘をされていたのが印象的だった。

 東京の著名大学で開かれた公開シンポで、内容はそれなりにあったと思うけど、発表者以外の参加者は最初が15名ほど、途中で抜ける方もいたので最後は10名くらいだった。 いかにも少ない。

 これにはそれなりの理由があると思う。 というのは最近の 「大学改革」 で、この種の、他大学から人を招いての公開シンポがどの大学でも多く開かれているのだが、はっきり言って開かれすぎであり、そんなに色々あっても全部出られるわけないじゃないか、というのが大学人の本音となっているのだ。

 新潟大学でも同様の問題があるし、また、教員の個人研究費を大幅に削ってこの種のシンポにカネを投じるのは、はっきり言って無駄だと私は考える。 もっと数を減らさないと、無駄にカネを浪費し、研究者ひとりひとりの個人研究を阻害するだけに終わるであろう。 これは、個々の大学のやり方を批判するだけでは改善されない。 大学評価で、この種のシンポを開かないと評価が低くなるようなやり方をしているから、ということである。

 大学評価のやり方を評価しないと、日本の大学はダメになるばかりだろう。

 

3月8日(金)    *新日本フィルハーモニー交響楽団 新・クラシックへの扉 第28回  

 昨日から上京している。

 この日は音楽会のハシゴをした。 まず、午後2時から標記の演奏会に出かける。 会場はすみだトリフォニー・ホール。

 あらかじめ新潟のコンビニでチケットぴあを通じてS席を買ったものの、会場に入ったら1階27列目の左端に近い場所。 後ろから数えて3列目。 2階席も上にかぶっているし、これでSかよと思ったが、Sといっても\4000だから文句も言えないかも。

 指揮=クリスティアン・アルミング、ヴァイオリン=シン・ヒョンス、コンマス=豊嶋泰嗣

 ブラームス: ヴァイオリン協奏曲
 (アンコール)
 マスネ: タイスの瞑想曲 (無伴奏)
 (休憩)
 ドヴォルザーク: 交響曲第8番
 (アンコール)
 ドヴォルザーク: 弦楽のためのセレナードop.22から第1楽章

 平日のマチネということで、会場は女性や、男性なら年寄りの姿が目立つ。 とはいえ9割くらいは入っているだろう。 この「新・クラシックへの扉」は同じ会場で2日間連続で行われるわけで、むろん墨田区だけでなく首都圏全体から人が来るのだろうけど、ううむ、やはり首都圏のクラシックファンは層が厚いなと思う。

 さて、最初はシン・ヒョンスの独奏でブラームスの協奏曲。 彼女の協奏曲は昨年、旧・新井市まで出かけていってベートーヴェンを聴いたわけだが、ブラームスではどうかと期待していた。 今回は灰色のドレスで登場。 灰色といっても、明るい色の部分と少し濃い色の部分があって、全体として落ち着いていて、派手ではないものの地味というほどでもない。

 オケの序奏が終わって独奏が入るあたり、うむ、やはり座席が後ろ過ぎるな、と思った。 音量がやや小さく感じられたので。 せめて20列目くらいなら少しは違ったかも。

 とはいえ、曲が進んでいくと音の出が良くなってきたのか、音量は気にならなくなる。 シン・ヒョンスの演奏は、ベートーヴェンのときも思ったのだけれど、楽譜をミスなく形どおり弾いているというようなものとは違う。 しっかりと弾いているけれど、同時に彼女なりの個性がある。 感情の表出のようなものがはっきりと感じられる。 そこが優れているところであろう。 さらに、第一楽章の最後のカデンツァが、通常のディスクで聴くものとは異なっていた。 誰のカデンツァか分からないが、結構長さがあり、こういうカデンツァを選択したことにも彼女の音楽への姿勢が表れていたと言えるのではないか。

 後半の2つの楽章だが、ここに来てまたちょっと音量が気になってしまう。 表現の個性は相変わらずだが、やはり座席が後ろ過ぎるのだろう。 もっともこの曲、十全な音量で弾くのは難しい曲なのかも知れない。 ジャニーヌ・ヤンセンの独奏で、昨年春にミュンヘンで、そして同じ独奏者で一昨年に上野の文化会館で聴いているが、やはり音量的にはもう一つかな、と思ったのを記憶している。

 アンコールにマスネの 「タイスの瞑想曲」 を無伴奏で弾いてくれたのがうれしい。 このトリフォニーホールで、数年前同じく韓国の女性ヴァイオリニストであるペク・ジュヤンがやはり新日フィルの 「クラシックへの扉」 シリーズに登場し、ブルッフの協奏曲を弾いたが、残念ながらアンコールはやってくれなかった。 これはモノほしさで言うんじゃないのだ。 協奏曲のあとにアンコールで独奏を披露してくれれば、その演奏家の幅とか個性がよく分かるからなのである。 その意味で、シン・ヒョンスのサーヴィス精神がうれしかったし、またこの曲ではヴァイオリンの音色が朗々と広い会場いっぱいに響き渡っていた。 不思議なものである。 この曲は音がよく響くような作りなのか、或いは、正規プロが終わってほっとして肩の力が抜けたのが幸いしたのか。

 後半はドヴォルザークの8番だが、指揮者アルミングの力量がよく出た演奏だった。 この曲、どちらかというとメロディアスな面が強く、交響曲としての堂々とした構えみたいなものはそんなにないような先入観が私にはあったのだが、アルミングの指揮で聴くと、第1楽章が非常にがっちりと構成されたスケールの大きな作りだということがよく分かった。 また、第2楽章での、強弱・陰影の差をはっきりとつけた表現にも新鮮な驚きを感じた。 というわけで、改めてアルミングの実力を思い知らされた演奏であった。

 さらにそのあとアンコールもあり、途中休憩を入れて2時間、たっぷりと楽しめる演奏会となった。

 なお、この演奏会ではパンフに 「出演者一覧」 という図表が挟み込まれていた。 オケのメンバーの配置図で、奏者名と楽器が書かれているのである。 これを見れば、「あそこにすわっている美人奏者は○○○○という名で、弾いているのはヴィオラだ」 などとすぐ分かるわけ。 聴衆に分かりやすく、という姿勢がうかがえる。 ちなみに、この日は左から第1ヴァイオリン(14)、第2ヴァイオリン(12)、チェロ(8)、ヴィオラ(10)、チェロの後ろにコントラバス(7)という編成であった。

 それから、パンフの最後に法人・個人の賛助・維持会員名が載っているのは東響と同じだけど、いちばん安い 「新日フィルを支えるすみだの会 個人会員」 でも年額1万円。 年額5千円の後援会員 (私のことだけど) でもちゃんとパンフに名前を載せてくれる東響の姿勢に改めて頭が下がったことであった。

        *小菅優 ベートーヴェン・ピアノソナタ連続演奏会 5   

 この日は、夜7時から標記の演奏会にも出かけた。 会場は四谷の紀尾井ホール。 チケットは当日券で、\5000。 1階の後ろから3列目のほぼ中央。 当日券売り場では1階の席しか示されなかったが、そして1階席はほぼ満員だったが、2階脇席の後ろのほうは結構空いていた。 2階でもよかったのに、と思う。

 小菅さんは以前2007年に東響新潟定期で協奏曲 (パガニーニの主題による狂詩曲) を聴いたが、リサイタルは初めてである。 薄い水色の地に模様 (植物か何かだろうか) の入ったドレスで登場。

 オール・べートーヴェン・プログラム

 ピアノソナタ第19番op.49-1
 ピアノソナタ第20番op.49-2
 ピアノソナタ第7番op.10-3
 (休憩)
 ピアノソナタ第12番op.26
 ピアノソナタ第26番op.81a 「告別」
 (アンコール)
 ショパン: エチュードop.25-1
 モーツァルト: ピアノソナタK.330より第2楽章

 小菅さんのピアノの音だが、澄んではいるものの、ウォームトーンというのか、音の周囲に響きがつきまとうような感じである。 別の言い方をすると音の形が明確ではない。 これがベートーヴェンを弾くのに適しているかどうかとなると、微妙な気がする。 むろんベートーヴェンのソナタといっても初期・中期・後期それぞれに違いがあるし、同じ時期でも曲による個性もあるわけで、一概には言えないが。 それと、ダイナミックレンジの幅が広くない。

 最初の2曲は、ソナタと言うよりソナチネと言ったほうがいいような短くて美しい曲なので、それなりであった。

 次の第7番は、初期のベートーヴェンのピアノソナタとしては私の好きな曲なのだが、美しく弾けているのではあるけれど、それだけでいいのか、という気がした。 この印象は、後半の2曲にもつきまとった。 特に本日のプログラムでは最も高名な曲である 「告別」 は、3つの楽章の性格の違いを弾き分けないといけないし、それは音のダイナミックレンジなどにも依拠する部分があると思うのだが、その辺、どうだろうか。

 小菅さんの演奏は、ffで弾いても楽器が振動するような音にならない。 むろん大きな音ではある。 でも音の質として、普通に弾いているときと同じなのだな。 欧米人の男性ピアニストが鍵を強打すると、ピアノという楽器全体が振動するというか、楽器の接着部分がゆるんじゃうんじゃないかと懸念してしまうような音が出るものだが、そういう音は出ない。 ベートーヴェンの音楽には、ダイナミックレンジによってしか表現できない部分があると思う。 だから、強打による音が出ないということは、表現として十全ではない、ということになってしまうのではないか。

逆に言うと、アンコールで弾いたモーツァルトはよかった。 むろん曲としてよくできているということもあるけれど、モーツァルトの頃のピアノは今のような大型楽器ではなく、音も小さかった。 ダイナミックレンジに曲が依拠していないわけだ。 小菅さんの弾き方は、というか、物理的な力をも含めた音楽性は、そのあたりに適しているのではないか、という気がした。 もっとも、音は本人の個性だけでなく、楽器 (スタインウェイ) やホールにもよるから、今回の演奏会だけで断定するのは乱暴かも知れないな。

 

3月5日(火)    *巨匠たちの英国水彩画展――新潟県立万代島美術館

 行こう行こうと思いながら行かずにきてしまったが、会期が終わりに近づいてきたので、さすがの私も重い腰を上げて行く気になりました。

 水彩画による風景画など、約120点が展示されている。 水彩画は色があせやすいという理由により照明が暗いし、小さめのサイズの絵が多いこともあってやや見づらいのが難点だが、なかなか充実した展覧会だと思う。

 売りは、ラファエル前派とか、ウィリアム・ブレイク、ターナーなんかの著名な画家たちの絵なんだろうけれど、そういう有名人でなくてもごく普通にいいなと思える風景画がたくさん展示されているのが、本展覧会のいいところじゃないだろうか。

 個人的には、そういうあまり有名でない人たちの素直な風景画が楽しく、そしてフュースリの絵も一枚だけあったのがうれしかった。 最近、フュースリに興味を持っているので。

 点数が多いので少し疲れたけれど、まあ東京の美術展に比べれば人間の数が少ないので、見るのは楽である。 何しろ東京の美術展は人間の群れを見に行くみたいなものだから。 (この美術展は、東京ではbunkamuraのミュージアムで開催された。)

 新潟での会期は今月10日まで。 まだごらんになっていない方は、お急ぎ下さい (↓)。

 http://banbi.pref.niigata.lg.jp/exhibition/open/ 

 

3月4日(月)    *平然と文系差別をする新潟大学

 本日、以下のようなメールが来た。 たしかすこし前にも一度来たような気がする。

  女性教員(医員含む) 各位

  平素よりお世話になっております。男女共同参画推進室(以下、推進室)です。

  推進室では、【研究補助者の雇用制度】によって、子育てまたは介護によって研究時間の
  確保が難しい女性教員(医員を含む)に研究補助者を配置し、研究と仕事の両立を支援しています。
  利用した女性教員からは、研究の推進だけでなく、生活面・精神面も安定すると好評です。

  平成25年度 第1期の募集を3月11日(月)〜3月29日(金)より開始します。
  申請予定の方は、事前に研究補助者(候補者)の内諾を得るようにしてください。

  なお、制度の利用は自然科学系(医・歯・保を含む)を研究分野とする女性教員(医員を含む)に限ります。

 最後の一文に注意。 文系の女性教員は対象外なのだ。 こうも平然と文系を差別する新潟大学って場所の、上層部の神経を私は疑いますね。

 私の身近にも幼い子を抱えてがんばっておられる女性教員がいるのだが、どう思ってるんだろうか。 文系の学部長だとか大学院研究科長は断固として男女共同参画推進室に抗議すべきじゃないだろうか。 

 そうじゃなくても、独法化してから文系の教員は減りっぱなしだし、研究費は激減しているし、いいことなんか何もないのである。 なんか、ヘンなんだよね、ここって。 学長が理系や医系からばっかり出ているからかなあ。

 ついでに書けば、「男女平等」 と名のつく部署であるからには、こういう制度は男性教員も使えないとおかしいと考えるべきじゃないか。 私は機械的な男女平等 (つまり、男女があらゆる面で同じことをするのが男女平等だというような考え) には反対なので、最後に付け足すにとどめますけど。

 

3月3日(日)    *演奏会をハシゴ (1)浅利守宏 フルートソロリサイタル

 本日は音楽会をハシゴした。

 まず、午後2時からのこれ。 行こうかどうしようか迷った音楽会だったが、東響新潟定期の直前 (同日の3時間前) だし、ということで数日前にチケット (\2000) を買った。 フルートの演奏会にはあまり趣味はないのだが、ソロリサイタルは珍しいということもあった。

 会場のりゅーとぴあ・スタジオAはほぼ満員。 聴衆の数は80人くらいか。

  テレマン: 12のファンタジーより、イ長調、イ短調
  C・P・E・バッハ: 無伴奏フルートソナタ イ短調
  ヒンデミット: 8つの小品
 廣瀬量平: フルート独奏のための湖(うみ)を渡る風のうた
  F・クーラウ: 3つのファンタジアより、第1番ニ長調
  (休憩)
 G・ジェイコブ: ハーメルンの笛吹き
  オネゲル: 牝山羊の踊り
  ドビュッシー: シリンクス
  E・ボザ: イマージュ
  M・マレー: スペインのラ・フォリア
  (アンコール)
  ダニー・ボーイ

 浅利氏は新潟のご出身、国立音大卒業後英国王立音楽院へ留学、帰国後各方面で活躍されている方だそう。

 3本のフルートを用意しての演奏会。 木製、銀製、金製ということで、特に木製と金属製の音色の違いが楽しめる趣向であった。

 また会場には、曲のイメージを描いた関真理子さん (新潟大教育学部の美術をこの春卒業予定) の絵も飾られ、パンフレットでは浅利氏ご自身が日本画家・田中一村(1908-1977)に言及されるなど、視覚的な方面にも興味がおありのようである。

 さらに、後半のプログラムでは、最初の 「ハーメルンの笛吹き」 の有名な伝説を演劇口調でみずから語られたり、「牝山羊の踊り」 でも背景になっている物語を朗読されるなど、さまざまな工夫をこらした演奏会になっていた。 音楽家が演奏会で語りを入れるとき、話し方が下手だったり、内容が浅くて教養のなさが露呈してしまうといったケースが結構あるものだが、浅利氏についてはそういう欠点がなく、いい意味でショーマン的な資質に恵まれた方なのではないかと思われた。

 曲としては、第2曲のC・P・E・バッハの無伴奏フルートソナタを聴いて、「あれ? 聴いたことがある」 と思う。 父である大バッハの無伴奏フルートソナタ (BWV1013) と似ているのである。 父の曲のほうはディスクを持っているが、息子のこの曲は持っておらず、記憶違いでなければ初めて聴く曲のはずなのに既視感、いや、既聴感がある。 まあ、それだけ父が偉大だったということなのかも知れないが、父の影響はかなりありそうだなと思ったことであった。

 それから最後の 「ラ・フォリア」 は有名なメロディの変奏曲だけれど、3種類のフルートを次々と持ち替えての演奏で、聴き応えがあった。

 途中休憩15分を入れて2時間弱、十分楽しめた演奏会。 パンフによると、来年の3月2日に同じ会場にて第2回のソロリサイタルを開催予定だそうである。

       *(2)東京交響楽団第76回新潟定期演奏会

 浅利氏のフルートソロ・リサイタルを聴いたあと、ロビーで少々本を読んでから同じりゅーとぴあのコンサートホールで行われる東響新潟定期に臨む。 それにしても、3階脇席や背後のPブロックの入りは淋しい。 スダーンによるモーツァルト・プロでこの程度かと思うと、新潟のクラシック・ファンの層の薄さがあらためて気になってしまう。

  指揮=ユベール・スダーン、ヴァイオリン独奏=戸田弥生、ソプラノ=新垣有希子、コンマス=グレブ・ニキティン

  オール・モーツァルト・プログラム
 
  歌劇 「フィガロの結婚」 序曲
  ヴァイオリン協奏曲第5番 「トルコ風」
   (アンコール)
  バッハ: 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番よりサラバンド
   (休憩)
  歌劇 「フィガロの結婚」 よりスザンナのアリア ”さあ、ひざまずいて” ”恋人よ、早くここへ”、コンサートアリア 「あなたは誠実な心の持ち主」(K.217)
  交響曲第38番 「プラハ」

 左から第1ヴァイオリン10、第2ヴァイオリン10、チェロ6、ヴィオラ8、チェロの背後にコントラバス4という布陣。 後半最初のソプラノ独唱のときは、弦をそれぞれ2ずつ削減。

 スダーンのモーツァルトということで文句のつけようもないのであるが、最後の交響曲第38番では、管に比べてやや弦が薄いかな、という感じがした。 その弦の奏法のせいか、活気より流麗さ重視のモーツァルト、という印象。

 戸田弥生さんは長らく聴きたいと思いながら機会がなく、今回ようやく生で出会えたヴァイオリニストである。 ちょっと鋭い音。 モーツァルトより、アンコールで弾いたバッハに向いているかも。

 それから、戸田さんが緑色のドレスで登場されたので、へえと思う。 あまり自信はないが、女性演奏家が緑色のドレスで登場というのは珍しいような気がしたのだ。 でも、どうなのかな。 女性の年を言うのは失礼かも知れないが、四十代半ばで二児のお母さんということで、そういう年齢の女性演奏家がそれなりに着飾って中年女性としての魅力をアピールしつつ聴衆の前に出る、という点から見るとやや足りない感じがした。

 これは、後半のソプラノ・新垣有希子さんが、純白のドレスで、笑みを絶やさず、自然で華やいだ身振りで聴衆を魅了したため、いっそうそう思われたのかも知れない。 無論、戸田さんと新垣さんでは年齢ばかりではなく、器楽と声楽という違いもあるし、おそらく資質の違いもあるのだろうと思うけれど、やはりもう一工夫、と言いたくなってしまうのである。

 

3月2日(土)    *最近聴いたCD

 *レスピーギ: ヴァイオリン協奏曲イ長調と室内管弦楽曲 (NAXOS、8.572332、2010年アメリカ録音、アメリカ盤)

 レスピーギ (1879-1936) と言えば、管弦楽曲の 「ローマ3部作」 と、「リュートのための古風な舞曲とアリア」 と題された3つの組曲が有名で、私もそれ以外にはヴァイオリンソナタを知っている程度であった。 ところがたまたまこのディスクを入手して聴いてみたら、結構いけるのである。 ここに収録されているヴァイオリン協奏曲は、もともとヴァイオリン奏者だった彼が24歳のときに作曲を企て、第2楽章までは完成させたものの、第3楽章はピアノ伴奏だけで終わってしまい、未完のまま放置状態となったもの。 これをもとに、指揮者のサルヴァトーレ・ディ・ヴィットリオが未完の第3楽章のオケ部分を完成させ、さらに最初の2つの楽章にも若干手を入れた版である。 第1楽章はリズミカルで、お祭りで勇壮な若者がみこしを担いでいるような雰囲気があり、第2楽章も叙情的で、悪くない曲だと思う。 ヴァイオリン協奏曲はピアノ協奏曲に比べると演奏会に取り上げられる曲の数が少ないが、有力ヴァイオリニストがレパートリーに入れても文句が出ないレベルではないだろうか。 また、そのほかこのディスクには、アリア ト長調 (ヴィットリオ補筆)、弦楽のための組曲6曲 (ヴィットリオ復元)、ロッシニアーナ (ロッシーニに基づくオーケストラのための組曲) 全4曲が収録されており、いずれもメロディアスであったり、「リュートのための古風な舞曲とアリア」 に似た雰囲気があったりして、いわゆる現代曲ではまったくなく、素直に楽しめる曲ばかりである。 演奏は、サルヴァトーレ・ディ・ヴィットリオ指揮のニューヨーク室内管弦楽団、ヴァイオリン独奏はラウラ・マルツァドーリ。 解説は英語とイタリア語で付いている。 最近、ナクソスの某盤を探しに戸田書店南新潟支店に出向き、目的のディスクはなかったものの、このところ新しいCDを買っておらずフラストレーションがたまっていたので、たまたま目に付いたこのCDを買ってみたもの。 当たりだった。

 

2月28日(木)   *家族論をやるなら子供を含めてやれ・・・・宇野常寛の相変わらずのダメさと鹿島茂の炯眼

 毎日新聞の、毎月1回掲載される 「月刊 ネット時評」 が内容的に冴えないことは、この欄でも何度か書いてきた。 今月のこの欄は宇野常寛の担当だが、やはりダメな内容であった。

 ここで宇野は、「あたらしいホワイトカラー 変わる日本のライフスタイル」 というタイトルの文章を書いている。 日本のクルマの売れ行きが減少しているのは、新しいホワイトカラー層が登場してライフスタイルが変わっているからだ、というのである。

 宇野によれば、戦後の東京でのライフスタイルとは、亭主は大手企業に勤務、専業主婦の奥さんと子供がいて、新宿や渋谷から伸びる私鉄沿線に一戸建てかマンションを持つ、というものであったという。 

 これに対して、新しいホワイトカラーはというと、共稼ぎであり、私鉄沿線のベッドタウンに住む理由がなく、持ち家幻想が低く、買物はインターネットで済ませている、という。 つまりライフスタイルが変わっているから、車は要りません、ということが言いたいらしい。

 そしてその後、宇野は、自分のライフスタイルに触れている。 夫婦ともフリーランスで仕事をしており、電車の便がよく便利な都心に住んでおり、運転免許も持っていないという。 また宇野の友人は夫婦ともIT企業に勤めており、自動車移動の便利な湾岸地域に住み、カーシェアリングを活用しているという。

 そう書いた後、宇野は、こういう人たちに車を買わせようとしても難しいと結論づける。

 まあ、そうなのかもしれない。 だけど、宇野の論理には大事なものが欠けていると思う。 子供である。

 人がクルマを欲しいと思うのは、クルマを持てばモテるとか、カッコいいとか、ステイタスが高く見えるとか、そういう理由からだけではない。 生活の必需品として必要なのである。 子供が小さい場合、幼稚園や保育園、習い事への送り迎えだとかに必要だし、日常のショッピングでも小さい子供がいれば、クルマに乗って少し離れた大型スーパーに出かけていくほうが楽である。 また休日など、子供にせがまれて一家そろってドライブでの遠出、なんてこともある。

 宇野の書く 「新しいホワイトカラー」 には、子供についての記述がない。 古いサラリーマンに言及するときは専業主婦の奥さんと子供、と書いているのに、である。

 宇野自身に子供がいるのかどうか、私は知らない。 しかし、家族論をやるなら、子供を無視してはできない。 上野千鶴子なんてのを私が信用しないのも、子供を持たずにモノを言っているからだ。 世の中、自立した大人だけで成り立っているわけではない。 大人でない子供、特に幼児というのは厄介な存在で、しかしそれを育てる作業こそが社会を維持していくのに必要不可欠で重要な一部分なのであって、それを入れない家族論など何の価値もないのである。 柄谷行人も言っている。 「赤ん坊は弱者ではない。 われわれ大人は赤ん坊の奴隷なのだ。」

 そしてそういう自覚すら持たずに家族論をやる輩は、はっきり言うけど、言論界から追放してもらいたい。 税金を納めずに天下国家を語るようなものだからだ。

 ・・・・・これに比べると、昨日、2月27日に同じ毎日新聞の 「引用句辞典」 に鹿島茂が書いた文章は、さすがと思わせるものであった。

 ここで鹿島茂は、アンドレ・ブルトンの 「シュルレアリスト宣言」 を引用しつつ、シュルレアリストの本質を鋭く衝いている。

 シュルレアリストは、「大人の生活」 と対照的な 「幼年時代」 に真の人生を見出す。 そして幼年時代を真の人生と見なした人たちはどうなるかをも鹿島は明快に描き出している。

 「真の人生=幼年時代と信じる人たちは、(・・・) 幸せな幼年時代を次代に与えようとはしなかった。 それもそのはず、幼年時代を拠り所として生きるということは、生涯独身か、あるいは結婚しても子供をつくらない、というオプションを選び、生命連鎖の環を自分のところで断ち切るのと同義だからである。 なぜなら、「真の人生」 を十全に生きようとしたら、子供をつくってその養育費や教育費のためにあくせく働くなどというのは完全に邪道であり、絶対に選んではいけない選択肢だったからである。」

 そして、鹿島はさらに次のように書いている。

 「それでも、幼年時代の全肯定が、シュルレアリストなどの例外的な存在に限られているうちはまだよかった。 (・・・) だが、いつしか、商業資本が異端に目をつけるに及んで、幼年時代全肯定の思想は、サブカルチャーという形をとってありとあらゆる社会層へと拡大していった。」

 鹿島茂ははっきりそうとは言っていないが、日本の現在の少子化の根本的な原因がここにあると指摘しているのである。

 宇野常寛には自分がどういう場所にいるのかの自覚すらないのとは対照的である。 鹿島茂と宇野常寛では、認識力に横綱と幕下くらいの違いがあるのだね。

 なお、宇野の文章も鹿島の文章もネット上の毎日新聞には載っていないようなので、紙の毎日新聞でごらん下さい。

 

2月25日(月)   *黒いクルマはやめて下さい

 クルマの色にも流行がある。 昔、赤い色が流行したことがあって、その頃の、特に軽自動車などは赤色が圧倒的に多かった。

 今はまた時代が変わって、赤い色のクルマは少数派になっている。

 じゃあ今は何色が流行なのかというと、どうも黒い色がはやっている気配があるのである。 軽自動車も普通車も、黒色が結構目につく。

 昔は黒い色のクルマは数がきわめて少なく、VIPが乗るリムジンとか、じゃなきゃ覆面パトカーとか、そういうイメージがあった。 私が小学生の頃、住んでいた町に皇太子ご夫妻 (現・天皇皇后両陛下) が来られたことがあって、私も駆り出されて日の丸の小旗を振りに目抜き通りに行ったわけだが、ご夫妻の乗っているクルマは黒い色の高級車であった。 爾来、黒いクルマというと高級車という印象が私にはある。

 むろん、軽自動車の黒なんてのは別に高級な感じはしない。 むしろ、夏になると暑いんじゃないか、なんて要らぬ心配をしてしまう。

 それはさておくとして、黒いクルマはやめてくれないかな、と私は個人的には思っている。 なぜか。 黒いクルマは目立たないからである。 見えにくい、ということだ。

 私の通勤路の途中に、細い路地から往復2車線の幹線道路に出るT字路がある。 ここには信号がなく、細い路地から幹線道路に右折して入るときには、その地点にある鏡で左側からクルマが来ないかどうかを判断しなくてはならない。 (右側は、T字路の右角に建物などがなく空いているので、T字路の少し前から目視で判断可能。)

 ところが、鏡での見え方はクルマの色によって違いがあり、いちばん見えにくいのが黒色なのである。 私は鏡で判断しつつ、幹線道路に出る瞬間にいちおう自分の目でも左側からクルマが来ないか確認はするのだが、鏡で見えなかったのにクルマが近くまで来ていてひやりとする場合、たいていは黒色のクルマなのである。 特に、曇りだとか雨や雪の日だと、黒色のクルマはほとんど鏡ではそれと識別できない。 逆に、圧倒的に見えやすいのは白色である。

 つまり、黒色のクルマは他車からそれと識別しづらく、事故につながる可能性が高い、ということなのである。

 ・・・・と書きながら、ワタシ自身の現在のクルマは濃いメタリック・グレイで、やっぱり見えやすいとは言えない。 すみません (汗)。 買い換えるときは、もう少し明るい色のクルマにします。

 

2月24日(日)    *新潟オルガン研究会第56回例会

 本日は、午後2時から恒例の新潟オルガン研究会の例会に出かけた。 会場はいつものカトリック花園教会。 昨夜は吹雪で、本日はさいわい日中は晴れ間も見える天候となったが寒く、そのせいか客は30人弱くらい。

 今回のテーマは 「祈り」。 といっても、必ずしも曲名や作曲の機会が祈りに関係するものだけではなく、演奏者が曲に 「祈り」 を感じたものを選ぶ、という趣向。

 ・モンテヴェルディ: 独唱モテット 「主をたたえよ」
 ・パーセル: 夕べの祈り
     ソプラノ=西門優子、オルガン=八百板正己
 ・フレスコバルディ: 《フィオリ・ムジカーリ》 主日のミサ より 「トッカータ」「クレドの後のリチェルカーレ」「聖体奉挙のための半音階的トッカータ」
     オルガン=海津淳
 ・ヘンデル: フルートと通奏低音のためのソナタト短調HWV360 (原曲はリコーダー用)
     フルート=関矢恵子、オルガン=市川純子
    (休憩)
 ・バッハ: 「われらキリストの徒(ともがら)」 BWV1090 (ノイマイスター・オルガン曲集より)
 ・―― : ファンタジア ロ短調 BWV563
 ・―― : 「かくも喜びに満てるこの日」 BWV605 (オルガン小曲集より)
     オルガン=八百板正己
 ・コレッリ: リコーダーと通奏低音のためのソナタop.5-10 (原曲はヴァイオリン用)
     リコーダー=皆川要、オルガン=飯田万里子
 ・ラインベルガー: 《オルガンのための12の性格的小品集》 op.156より 「7.追憶」
 ・J・アラン: リタニー
     オルガン=大作綾

 それぞれ演奏者の選んだ曲だから、曲ごとに性質も違うし各人各様の面白さがあったが、どちらかというと後半のプログラムが楽しめた。 特にコレッリの曲は一般にはヴァイオリンソナタとして、同じ曲集のop.5-12 「ラ・フォリア」 と並ぶ有名曲だけど、リコーダーで演奏するとヴァイオリンとは違った味があり、これも結構いいじゃないか、と思わせられた。

 それから定番ながらバッハはやはりいいし、J・アランのちょっとジャズっぽい曲も、オルガン曲でもこういうのもアリか、という意味で貴重だと思った。

 なお、毎回色々な曲をやってくれて楽しみにしているのだけれど、演奏の技術的レベルとしてどうかなと思うケースが、ごくごく一部だが見受けられた。 千円の演奏会だしあんまりうるさいことを言うべきではないだろうが、安くてもお金をとって一般公開している以上、保つべき水準はあるような気がする。

 

2月23日(土)   *新倉瞳チェロリサイタル

 本日は午後2時から標記の演奏会に出かけた。 約1カ月ぶりの音楽会である。

 会場のだいしホールは7割くらいの入りか。 新倉瞳さんは現在もバーゼル音楽院で勉強中とのことだが、すでにCDも複数出している期待のチェリストである。 ピアノ伴奏の柘植涼子さんとは仲良しだとのこと。 新倉さんは白、柘植さんは黒のドレスで登場。

 ボッケリーニ: チェロソナタ第6番
 シューマン: 幻想小曲集op.73
 ドビュッシー: チェロソナタ
  (休憩)
 ウェーベルン: チェロとピアノのための3つの小品op.11
 シューベルト: アルペッジョーネ・ソナタ
  (アンコール)
 ポッパー: ハンガリー狂詩曲

 最初に音を聴いて、これは悪くないなと思った。 よく通る音、或いは良く楽器が鳴っているのである。 新倉さんの楽器は表面の艶はあまりないけど、何となく時間の重みを感じさせる渋さが感じられ、それがそのまま音にも反映しているような印象。

 で、前半はそれぞれ時代も曲の性格も異なる3曲をそれなりに演奏して、うん、いいじゃないか、と好感を持った。 曲の性質と音の出方からするとボッケリーニが合っているのかな、とも。

 後半。 ウェーベルンのは何しろ現代曲だしきわめて短いし、論評は控える。
 問題はシューベルト。 新倉さんの演奏は肩の力が抜けていて、そのこと自体はいいのだけれど、私の好みからするとちょっと力が抜けすぎている気がした。 自然に弾いているといえば良い意味だが、それが逆に曲の味を淡泊にしている。 日本酒の味も水みたいというのが褒め言葉になるご時世だしこれも一つの行き方かも知れないが、もう少し音楽としての何か、或いは自己主張が欲しいな、というのが私の感想である。

 アンコールに盛り上がる曲を取り上げたのは正解。

 後半は何しろウェーベルンが短いので、もう1曲くらいあってもよかったような。 開演は午後3時、途中休憩15分で終演は4時40分だった。

 

2月19日(火)   *最近聴いたCD

 *シューベルト: ロマン派の詩人による歌曲集第4集 (NAXOS、8.570067、2006年スイス録音、2008年発売、カナダ盤)

 ナクソスから出ているシューベルトのドイツ語歌曲全集の第27集である。 ここには、ケルナー、シュライバー、リュッケルト、フリードリヒ・シュレーゲル、アウグスト・ヴィルヘルム・シュレーゲルなどの詩に基づく14曲が収録されている。 第1曲のケルナーの詩による 「アムピアラオス」D166 が劇的な魅力で人を惹きつける。 アムピアラオスはギリシア神話のいわゆるテーバイ攻めの七将の物語で、この七将による戦いが不成功に終わるとした予言者の名である。 この予言は聞き入れられず、彼は結果としてカサンドラと同じ立場になった。 このほか、やはりケルナーの詩による 「戦いのさなかの祈り」 D171、リュッケルトの詩による 「老人の歌」 D778、クレーガー・ド・ヤッヘルッタの 「墓堀人の郷愁」 D842などが、なかなか充実した曲となっている。 バリトンのフロリアン・ベッシュの歌も朗々していて見事。 ピアノ伴奏はブルクハルト・ケーリング。 解説は英語のみ。 原詩と英訳は収録されておらず、ナクソスのサイトを見るしかない ( http://www.naxos.com/sharedfiles/PDF/8.570067_sungtext.pdf  )。 一昨年末に新潟市内のCDショップ・コンチェルトさんの閉店割引セールにて購入 (コンチェルトさんは諸般の事情でその後もやっています)。 

 

2月16日(土)   *新潟大学の全面禁煙に改めて反対する――または、『映画 鈴木先生』 を鑑賞しよう

 本日、『映画 鈴木先生』を見に行った。 その感想は映画欄に譲るが、あらためて思ったのは、社会を完全に清潔な場所にしようというのはファシズム的な発想だということである。

 この映画の舞台はいちおうは東京都の公立中学だが、その卒業生も登場する。 社会に適応できずに引きこもりになりかけの卒業生がいられる場所が近所の公園で、彼らはそこでタバコをふかして時間をつぶしているのだが、そこもやがて、中学生が演劇の練習をするからというので居場所として使えなくなってしまう。 その結果・・・・・どうなるかは、映画をごらんいただきたい。

 他方、中学内部にも一箇所だけ喫煙所があり、鈴木先生を初めとする喫煙派の教師はそこで息抜きをしているのだが、壁には狂信的な女教師の 「喫煙=社会の害悪」 的な貼り紙がべたべた貼られている。 そもそもこの女教師、生徒会役員の選挙で棄権やふざけた投票が多いからというので、記名投票を提案するような怖いオバサンなのである。

 そしてこの映画では、「生徒会の役員選挙には全校生徒がちゃんと自分の良識に従って投票しなければならない」 とする思考が、どういう結果を招くかが描かれている。 社会全体を完全に清潔にしようとすると、むしろ逆の結果を招くのである。 選挙には生徒全員が漏れなく参加しなければとする女教師が同時に狂信的な反喫煙主義者であるところが、示唆的と言える。

 ところで、新潟大学はこの4月から狂信的な女教師の発想どおり、全面禁煙となる。 そのための広報まで来ているけど、今時の大学教員が物事を考えず、体制内で課せられた仕事を黙々とこなすだけの存在に成り下がっていることが分かる。 (別に喫煙問題に限りませんけど。)

 今現在の新潟大学では、建物の内部に喫煙所はない。 建物の入口を出たところに、申し訳程度の喫煙所がほんの数箇所置かれているだけである。 これ以上喫煙への規制を強める必要がどこにあるのか。 喫煙自体が法律違反なら別だが、日本の法律は喫煙を禁じてはいないはずだ。

 新潟大学の教員は 『映画 鈴木先生』 を見に行ったほうがいいと思うな。 いや、新潟大学に限らずあらゆる教師は見に行くべきだと、独断的に言っておこう。 (私は別にユナイテッドシネマ新潟の回し者ではありません・・・・笑)

 

2月14日(木)    *流通経路の整備

 私も一部の訳を担当している 『シュトルム名作集 Y』 (三元社) が出たことは、この欄の1月31日の項でお知らせしたが、大学時代と中学時代の恩師にそれぞれ献呈したら、本日、お二人から礼状をいただいた。

 大学時代の恩師O先生はすでに九十代、中学時代の恩師は、この欄の昨年晩秋にも記した高橋先生だが、やはり八十代後半というご高齢であるけれど、お二人とも筆まめだ。

 それにしても、双方の礼状 (葉書) が1日で届いていることに、今さらながら時代は変わったなと思う。 O先生は仙台市、高橋先生はいわき市の在住である。 仙台やいわきから普通郵便が1日で新潟市に届くというのは、昔なら考えられないことだった。 昔といっても、戦後の高度成長期をへたころの話だ。

 私が新潟大学に赴任したのは1980年である。 当時、仙台・新潟間の郵便は普通便なら3日、速達ですら2日かかっていたのである。 それが今は普通便でも1日で届いてしまう。

 この間の変化といえば、高速道路の整備である。 1980年には東京と新潟を結ぶ関越自動車道は完成していなかったし、上越新幹線もできていなかった。 新潟と郡山・いわきを結ぶ磐越自動車道は影も形もなかった。

 仙台・新潟間は、当時は国鉄のローカル気動車急行を使うのが最速で、5時間かかった。 会津経由か、坂町・米沢・山形経由かいずれかで、双方の路線とも1日に2往復しかない。 現在なら高速道路の郡山経由の高速バスがあり、所要時間は4時間で、1日8往復の便がある。

 むろん郵便はトラックで運ぶのだろうが、高速道路を利用した交通網の整備は、ここ30年間での大きな変化と言えるだろう。

 そういえば、1980年に新潟に来た私は、スーパーにカツオの刺身が売っていないことに驚愕したものだ。 私の食い物の好みは単純で、カツオの刺身 (たたきじゃなくて普通の刺身) さえあれば満足という人間なのだが、考えてみればカツオは太平洋岸の魚だから、港町とはいえ日本海沿岸の都市にないのは当たり前なのだった。 しかし、現在は新潟市内のどこのスーパーに行ってもカツオの刺身は売っている。 

 流通経路の整備は、目立たないようだが意外に大きな影響力を持つということだろう。

 

2月11日(月)    *訃報2つ

 朝、新聞を読んでいたら、訃報が2つ目についた。

 最初は、荘則棟氏。 氏は中国の卓球選手で、1960年代前半、世界選手権の男子シングルスで3連覇という偉業をなしとげた。 そしてその後、中国は文化大革命期に入り、荘氏は、いや、中国の卓球選手はすべて、桧舞台から姿を消した。

 私が卓球に興味を持ったのは高校生になってから、つまり1960年代末の頃なので、荘氏の全盛期は直接には知らない。 ただ、文化大革命により姿を消した伝説的な名選手、というイメージは当時も強くあった。

 その荘則棟がふたたび卓球の舞台に姿を見せたのは、1971年の世界卓球選手権名古屋大会のことである。 しかし数年のブランクがあり、また年齢的にも30代に入っていたその時の彼には、残念ながら全盛期の面影はなかったらしい。 それでも、団体戦のメンバーとしてそれなりに活躍し、男子団体決勝で中国と日本が対戦するときも3人の代表の1人となっていた。

 当時の世界卓球選手権男子団体戦は、各国が3人ずつ選手を出し、その総当たり戦で勝ち負けを決めていた。 つまり、最後まで行けばシングルス計9試合が行われる (一方が5勝した段階で試合は打ち切りとなる。 現在は試合時間がかかりすぎるというのでこの方式は変更されている)。 この団体戦では中国が5−2で日本に勝ったが、荘は1勝1敗という成績だった。 このときの中国優勝の原動力となったのは、若手で長身の李景光で、彼は3人の日本選手 (長谷川信彦、伊藤繁雄、河野満) をすべて打ち負かして中国に金メダルをもたらした。 荘則棟の全盛期のプレイを見ることは、ついに私にはかなわなかった。 

 その後の荘氏は卓球の指導に力を注いでそれなりの地位についたが、四人組の失脚に連座する形で投獄され、4年間を刑務所で過ごしたようだ。 そのときに妻子に去られてもいる。

 その後、出所して日本女性と結婚し、また名誉も回復したという。 考えてみれば、文革という激動の時代に生きた荘氏は、純粋に卓球だけをやることを許されなかったのだろう。 時代の犠牲者と言っていいと思う。

 次の訃報は、独文学者の岩淵達治氏である。 長らく学習院大学独文科で教鞭をとり、ブレヒトを初めとするドイツ演劇の研究や翻訳に尽力された方である。

 私は岩淵氏とは面識がないが、その仕事には敬意を払っている。 私の若かった頃、氏が雑誌 『ユリイカ』 に、アメリカ亡命期のトーマス・マンとブレヒトの関係について書いた一文を読んだことがあり、勉強になると同時に、非常に公平な見方をしていることに感心した。

 と書くと、学者なんだから公平な見方をするのは当たり前じゃないかと思う人もいるだろうが、私が大学に入学しドイツ文学の世界に入っていった1970年代とは、世界の先進国で反体制運動が吹き荒れ、その影響で大学のアカデミックな文学研究でも左翼的な偏向した見解が横行していた時代であった。 特に、当時日本の若手ドイツ文学者で西ドイツに留学した人には、当地でそういう傾向に染まる場合が珍しくなかった。

 そしてそういう学者に言わせれば、トーマス・マンなどはブルジョワのお坊ちゃんであり、ドイツから亡命したためにナチ時代のドイツの民衆の苦しみなど全然知らない作家だ、ということになるのである。 今からすればバカげた見方だが、西ドイツの左翼的な学者の真似をすることがすばらしいと思い込んだ日本のドイツ文学者たちは極めてまじめにこういう意見を吐いていたのだ。 ちなみに、ナチ時代にドイツから亡命した作家を、ドイツにいたドイツ人の苦しみを知らないと言って罵るのは、ナチス時代に順応したドイツ人が戦後すぐにとった態度とまったく同じなのである。 左翼のはずがナチスと同じ、という滑稽さにすらそういう学者たちは気づかなかったのである。

 ブレヒトという、戦後はアメリカから東ドイツに帰り、社会主義社会に順応して活動した演劇作家を専門にしながら、岩淵氏はそうした偏向とは無縁だった。 ブレヒトの立場にもトーマス・マンの立場にも等しくそれなりの配慮を払い、当時から犬猿の仲で有名だったこの二人について実に説得的で透明な見取り図を描いて見せてくれたのである。 若い私は岩淵氏のこうした態度こそ見習うべきものだと思ったのであった。

 荘則棟氏と岩淵達治氏のご冥福をお祈り申し上げる。

 

2月8日(金)    *なぜ国立大の独立行政法人化は無意味なのか――寄付が活かせない制度

 昨日の話のさらなる続きである。

 新潟大学が独立行政法人になって約10年が過ぎた。 国立大学教員を取り巻く情勢は悪化するばかりでいいところなど何一つないことについては、この欄でも繰り返し伝えてきた。

 その一例として、寄付が活かせない現状を書いておこう。 つまり、国立じゃなくなったのに自由に寄付ができない制度になっている、というお話なのだ。 独法化なんて、だから無意味ですよ、というお話ですね。

 私のこのサイトのトップページに、図書を維持するための寄付を募るという文章が掲げてある。 といってもほとんど効果はないのであるが、一昨年11月、珍しく未知の方から寄付をしたいという申し出がメールで寄せられた。 といっても大富豪でもなんでもない普通の主婦の方らしく、寄付額は2千円とのことであった。

 私は大略、以下のように返事を出した。

 ご寄付は大変ありがたいが、私の所属する新潟大学人文学部では予算を次年度に繰り越して使うことができない仕組みになっている。 年度末になると、使い残した研究費は上に召し上がられてしまう。 現在はすでに11月であり、図書予算の使用締め切りは1月末なので、ご寄付を活かせるかどうか分からない。

 また、ご寄付をお願いしている図書はドイツで出ている学術系の本で、部数が少ないため値段が高い。 某作家の全集は1冊数万円するし、もう少し安い事典辞書類の分冊 (分冊が10冊かそれ以上集まって1冊の図書になる) でも、最低、5千円程度はする。 

 それでも、ご寄付をいただいた年度内に図書が入れば、ご寄付は図書の一部となって活かされるが、すでに予算使用締め切りまで2ヶ月あまりしかない時期なので、その間に図書が来るかどうか分からない。 何しろ購入している図書はいつ出るかが不確定なのだ。 もし2ヶ月以内に何も来なければ、せっかくのご寄付は上に召し上げられて無駄になってしまう。

 であるので、ご好意を無駄なく活かすためには、むしろ何か日本語の本で2千円程度のものを新潟大学の図書館にご寄贈いただけないだろうか。

 ・・・・というふうに私はその方にメールで返事を出した。 了解したというお返事をいただいた。

 まあ、というわけで、寄付は活かされないような仕組みになっているのです。 独法化なんて無意味だと分かるでしょう?

 

2月7日(木)    *なぜ新潟大の図書館はアテにならないのか

 昨日の話の続きである。

 昨日の記事で、新潟大学の図書館はアテにならないから市立図書館や県立図書館を利用する、と書いた。 ではなぜ新潟大学の図書館はアテにならないのだろうか。 要するに読みたい本がおいていないという意味なのだが、ではなぜおいていないのだろうか。

 例えば、私が先月末に読んだ小川浩之著の 『英連邦』(中央公論新社) である。 この本、日本では文献があまりない英連邦について記した貴重な本であり、出たのは昨年の7月だから、遅くとも昨年末くらいには新潟大学に入っていて然るべきなのだけれど、今に至るまで入っていない。

 念のため付け加えるなら、この本はOPACで検索すると本日現在で日本全国の大学図書館100館が所蔵している。 つまり、基本的な図書なのだね。   そしてこの結果からものすごおく乱暴に結論を出すなら、図書館の蔵書充実度から見て、新潟大学は日本の大学のベスト100に入らない、ということになろう。 繰り返すが、ものすごおく乱暴に考えて、である。

 ともあれ 『英連邦』 は新潟大の図書館にないので、仕方なく県立図書館から借りて読んだのである。 財布の中身が乏しく研究費もろくにない事情は、昨日書いたとおり。

 じゃあ、なぜその基本的な図書が新潟大学には入っていないのだろうか。 たぶん、制度の問題と人の問題がある。 人とは、言うまでもなく教員のことである。 

 制度とは、基本的な図書が漏れなく新潟大学に入るようにするような制度のことである。 それが全然ないわけではない。 例年、秋ごろに学生用図書の推薦をお願いします、という依頼が、学部単位で来る。 教員は、「こういう本は新潟大学に必要だな」 と思える本を推薦すればいいわけだが、『英連邦』 はそこには入らなかった、ということになる。 となると、ここで問題は人であること可能性が濃くなってくる。

 つまり、新潟大の教員は、「『英連邦』 は基礎的な文献だから新潟大にも入れておかないと」 とは考えなかった、ということになる。 無論、例えば理系の教員にそう考えろというのは無理な話だ。 だから、自分の専門に多少とも関わりがありそうな文系の教員が推薦しないといけない、ということなのである。

 では、『英連邦』 が関わりを持ちそうな専門の教員とは誰か? まず、英国関係のことをやっている人。 昔は教養部があって英語教員が十何人かいたから、その中には英文学だとか英国文化をやっている人が必ず複数含まれていた。 教養部が解体して20年近くたち、昔風に言う英語教員はかなり減っているが、それでも全然いないわけではない。 その中で英国を主としてやっている人がまず 「入れようかな」 と考えるべきではないか。

 次に関わりがありそうなのは、西洋史を専門とする教員である。 人文学部と教育学部にはその分野の教員がいる。 むろん、西洋史と言っても時代も地域もさまざまであり、西洋史専門の教員が必ずしも英国近代がからむような領域の研究をしているとは限らない。 しかし、自分の専門は専門として、いちおう西洋史教員として勤務している以上、図書館には西洋史の広い領域での基礎文献が入るように配慮をするべきではないか。

 その次に考えられるのは国際関係論分野の教員である。 この方面の教員は法学部にいる、はずである。

 これらの分野の教員には、『英連邦』 を図書館に入れようと考えてもらいたいのだが、現実にはそうなっていない。 奮起を期待したい。

 ただ、教員にも色々いるから、私はこういう配慮をするのも教員の役目のうちと考えているけれど、そう考えない教員もいるかも知れない。 そしてそう考えない教員は、新潟大だけではなく、全国各地に普遍的にいる可能性もある。 となると、問題は別のところにあるわけだ。

 以前書いたことがあるが、私が興味を持つ分野の本限定ではあるけれど、国立大学図書館の中で 「文献がそろっているな」 と思うのは、大阪大と九州大である。 なぜこの2大学には本がよく入っているのだろうか。 教員がいいから、ということも考えられるけど、もしかすると本を図書館にそろえる専門職員みたいな役目の人がいるのかもしれない。 この点については、いちど新潟大から大阪大と九州大に人を派遣して、図書館に本を入れるための制度がどうなっているのか、教えてもらったほうがいいのではないか。

 実は今、新潟大学図書館は増築工事をしている。 おかげでその間は所蔵していても利用できない図書があって困っているのだが、増築のあかつきには喫茶店を導入するとかなんとか言って大学上層部ははしゃいでいる。 だけど、そんなことより大学内の蔵書をもっと充実させることのほうが先ではないか。

 だから、図書館増築よりむしろ図書購入にカネを回すべきなのにそういう発想がないから新潟大はダメなのだ、と少し前に学内のあるところでつぶやいたら、某先生から、図書館増築のお金は文部科学省から用途を指定して下ってくるのだから仕方がない、とのご教示をいただいた。

 だけど、それって、国立大学の独立行政法人化が実は全然機能していない、って証拠でしょ? お金を自分の裁量で使うことができず、文部科学省の言いなりになっているなら、「独立」 行政法人どころの話じゃないじゃない。 奴隷行政法人と改称したらどうだろう。 だから独法化はダメなんだってば、という話に、結局は落ち着くのだろうかな。 

 

2月6日(水)   *お金のない日々

 すでに何度か書いているように、東日本大震災の復興資金を捻出するからということで昨年6月から給料が名目で1割弱減らされているので、金欠病になっている。 まあ表向きは普通に暮らしているのではあるが、いろいろなところに支障が出ている。

 まず、本を買わなくなった。 新潟大学の図書館はとにかくアテにならないから、市立図書館だとか県立図書館だとかへの依存度が高まっている。 出たばかりで図書館に入っていない本は、入るまで待とうホトトギス、ということで。 ビンボー知識人として名高い呉智英氏の域にようやく私も達したのかもしれない(笑)。  念のため付け足すと、大学の研究費は、この欄でも何度も書いているように、新潟大の独法化以降、それ以前の半額になっているので、全然アテにできない。

 CDも買わなくなった。 昔買ってツンドク、いや、ツンチョウ(積聴・・・・笑)になっていたCDを聴いたりしている。 新潟市内のCDショップさんには申し訳ないが、私のせいではなく、高給取りの一部エリートサラリーマンをおいといて高給取りでもなんでもない公務員にだけ復興資金の過重負担を強いている政治家のせいですから、うらむならそちらをうらんで下さい(笑)。

 学生との飲み会も数を減らし、質も低下している。 3・4年生向けの後期演習は、従来は学期初めの10月と終わりの1月に飲み会をやっていたのだが、10月はナシにし、1月も安上がりの店で済ませた。 学生諸君には申し訳ないが、私のせいではなく・・・・・(以下同文)。

 しかし、どうにも困るのは、新潟の外に出られないことである。 1月の末から2月初めにかけて、東京では新国立劇場に 『タンホイザー』 がかかり、また指揮者フルトヴェングラーのナチ加担問題を扱った演劇 『テイキング・サイド』 の上演もあり、それから作家アルベール・カミュの遺作の映画化である 『最初の人間』 もやっているので、できれば一度上京したいと思っていたのだが、断念せざるを得なかった。

 『最初の人間』 は、新潟市の映画館シネ・ウインドにリクエストを出したけれど、来るかどうかは未定である。 そもそもメールでリクエストしたら、「予定にはないが検討します」 という返事だったので、見込みは少ないかもしれない。 いつも書いていることだけど、新潟人のヨーロッパ文化への感受性の鈍さは、私のようにヨーロッパ文学をやった人間からするとどうにも理解しがたい。 『最初の人間』 の東京でのヘッド上映館は岩波ホールだが、東北地方は秋田を除く5県で、そして新潟県の隣りの群馬県や長野県、同じ北陸の石川県でも上映予定がちゃんとあるのである。 新潟県人がいかに遅れているか、少し自覚をうながしたい。

 ・・・・まあ、そういうわけで、なるべくお金がかからないようにやっています。 

 

2月3日(日)   *最近聴いたCD

 *シューベルト: ロマン派の詩人による歌曲集3 (NAXOS、8.557832、2006年ドイツ録音、2008年発売、カナダ盤)

 ナクソスから出ているシューベルト・ドイツ語歌曲全集の第26集である。 ロマン派詩人の詩にシューベルトが作曲した14曲を収録。 この巻で特筆すべきは、有名な詩人による作品が多いこと。 『青い花』 で知られるノヴァーリスや、学者や評論家としての活動でも知られるシュレーゲル兄弟 (アウグスト・ヴィルヘルム・フォン・シュレーゲル、フリードリヒ・フォン・シュレーゲル) の詩が取り上げられているのである。 クラシック音楽に精通していない人でも知っているような超有名曲は含まれていないが、よく聴くと充実した作品が多い。 特にノヴァーリスの詩による2曲の 「賛歌 Geistliches Lied」(第6曲 「もしあの方が私のものなら」 D660,  第7曲 「あらゆる人が不実であろうと」 D661) は美しい。 (ドイツ語の原詩と英訳はこちら http://www.naxos.com/PDF/8.557832_sungtext.pdf )  ノヴァーリスの曲は全部で6曲収められているのだが、解説によると、シューベルトがこれらをツィクルス、つまり 『冬の旅』 のようなまとまりのある作品集として構想し作曲したのかどうかは不明だそうである。   さらにこのディスクでもうひとつ特筆すべきは、歌っているソプラノ歌手シビラ・ルーベンスの声が美しく歌のうまいこと! 解説の英文でも 「ピュアで、ほとんど天使のような歌声」 と言われているけれど、プロの歌手でもこんなに声がきれいで歌がうまい人は余りいないんじゃないかと思う。 本当に天才的で蠱惑的と言いたくなるような歌いぶりなのである。 ぜひ騙されたつもりで買って聴いてごらんなさい。  ピアノ伴奏はウルリヒ・アイゼンローア、クラリネット伴奏 (第14曲のみ) はニコラウス・フリードリヒ。 解説は英語のみ、歌詞も付いておらず、ネット上のナクソスのサイトで見るしかない (上にURLを提示した)。 一昨年末に新潟市内のCDショップ・コンチェルトさんの閉店割引セールにて購入 (コンチェルトさんは諸般の事情でその後もやっています)。 

Schubert: Romantic Poets Vol.3

 

2月2日(土)   *久しぶりの卓球大会

 本日は、近所の社会人卓球仲間と誘い合わせて、新潟市北地区体育館で開催された大形卓球大会に出場。 この大会は年2回開催されるが、私は1年ぶりの出場。 卓球大会としても1年ぶり。 全体で150人あまりが参加。 新潟市は一昨日・昨日と冬には珍しい晴天で、本日は残念ながら曇りだが、さいわい冬にしては暖かい。 途中の路面にも雪は皆無。

 男女のペアでダブルスを組み、午前中と午後とでペアを変えて、それぞれ7ペア1組でリーグ戦を行う試合である。 いつものようにくじ引きでパートナーと組を決める。 強さで全体がABの2ランクに分かれ、同じランク同士でペアと組を作る。 私はもちろんBである。

 私の戦績は、午前中は2勝4敗、午後は4勝1敗であった。 午後は時間が足りなくて1つ試合をしないままに終わったが、これは午前中の試合が3セットマッチで2セット先取なのに対し、午後は5セットマッチで3セット先取と、試合形式が異なるからである。 昔の卓球は1セット21本だったけど、今はルールが変わって1セット11本だから、3セットマッチでは短すぎて面白くない。 時間切れでも5セットマッチのほうが面白い。

 いつもながらこの試合を主催している大形卓球クラブの方々にはお世話になりました。 ありがとうございます。

 しかし試合に集まった面々を見ていると、明らかに以前より老齢化が進んでいる。 それだけではない。 私の身近なところでもそうだが、地域の卓球クラブも老齢化が進んでおり、そのせいで解散するクラブも出てきているし、解散しないまでも規模が縮小しているところが少なくないのである。

 日本全体が高齢社会化しているということもあるが、社会人卓球の人口そのものが減っていて、三十代や四十代といった働き盛りの卓球マン・ウーマンが少なくなっているからでもある。 また、共稼ぎが増えて、子育てに手間がかからなくなったおばさんが卓球を、というケースが減っていることもありそうだ。 みな、忙しくなっているのである。 僭越ながら私もそうで、だから最近あまり卓球大会に出られなくなっているのだが。

 主催の大形卓球クラブは、こうした中で多数のクラブ員を維持していると聞いたが、その一方で昔なら少なからぬ人数を常時送り込んできていたSクラブが今回は出場していなかったりした。 私は最近その辺の事情にうとくなっていて詳しいことは分からないが、この種の親睦卓球大会がいつまで今の規模を維持できるか、見通しは必ずしも楽観的とは言えないようである。 

 

1月31日(木)   *日本シュトルム協会(編訳) 『シュトルム名作集 第Y巻』 出来!

 三元社から刊行されている 『シュトルム名作集』 の第Y巻が出た。 この巻には、詩集と初期散文・小品・自伝的断片・評論が収録されている。

 これで 『シュトルム名作集』 は完結となる。 名称は 「名作集」 だが、小説と詩はすべてが収録されており、実質的には 「シュトルム全集」 と言ってよい。 この第Y巻の末尾には全収録作品の総索引も掲載された。

 私はこの巻では初期散文の 『セレステ』 と評論の 『テーオドール・フォンターネ』 の訳を担当し、あわせて初期散文の解説文も書いている。

 価格は5200円+税だからどなたにもお薦めというわけにはいかないが、書店の店頭や図書館でごらんいただくのも一法であろう。 

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1月27日(日)    *日本語の誤用・・・・「ひもとく」

 日本人だって日本語の誤用はするわけで、私もするし、その辺のことをあまりやかましく言うのは趣味ではない。 むろん学生のレポートや卒論については別で、教師である以上、誤用は誤用として指摘するのも仕事のうちだからである。

 しかし、時々、誤用が偶発的・個別的というのではなく、多数の人間によってなされているのではないかと思われる場合もあって、そういう誤用は気になってしまうし、人の振り見て・・・・のことわざもあるのだから、書いておくのも何かの役に立つだろう。

 一昔前なら、目立っていたのが 「つとに」 の誤用である。 これは 「以前から」 の意味だけれど、「特に」 という意味だと思い込んでいる人がいるようで、高名な学者 (当時東大教授) であるM氏の本にこの誤用があったときは、ちょっとびっくりした。

 先日は、村上春樹訳でカポーティの小説を読んでいたら、「もやった森」 という訳語があって、どうやら 「もやう」 を 「もやが出る」 という意味だと思っているらしいので、高名な作家の誤用ということでやはりびっくりした。 (この点についてはこのサイトの 「読書月録2013年」 の1月を参照。)

 最近目立つのは、「です」 という助動詞を形容詞に直接付けてしまう誤用である。 これはJRを利用するときにいつもアナウンスがある 「あぶないですから、黄色い線の内側にお下がりください」 がその典型である。 本来、「です」 は体言、つまり名詞や代名詞かそれに準じるものにしか付かない。 (この点には異論もあることは承知しているが、ここでは深入りはしない。) だから形容詞の 「あぶない」 に付けちゃうのは誤用だし、少なくとも私にはかなり違和感がある。 しかし、最近の学生にはこういう用法が浸透しているから、誤用という意識すらなくなっているらしい。

 そういう、いわば流行の誤用にもしかすると属するのかも知れないと思った例に、本日の産経新聞書評欄のコラム 「書評クラブ」 で出くわした。 タレント (といっても私はテレビをほとんど見ないので知らない名だけど) の麻木久仁子という人が片山杜秀の 『国の死に方』(新潮新書) について書いているのだが、そこに以下のような文章が出てくる。

 「章を追うごとに浮かび上がるのは、膨大な 『国の犠牲』 だ。 最終章では、それが敗戦を境にどう変わったのかを、戦後の新憲法制定の際、『国体』 についてどのような議論がなされたかを紐解くことで描き出している。」

 http://sankei.jp.msn.com/life/news/130126/trd13012607320002-n1.htm 

 ここで最後近くに出てくる 「紐解く (ひもとく)」 が問題である。 前後関係から推察するに、麻木はこれを 「明らかにする」 というような意味で使っているようなのだが、「ひもとく」 とは 「本を読む」 という意味である。

 この誤用が気になったのは、2、3年前、学生の卒論で同じような例を見たことがあったからだ。 その学生は 「謎を解いて明らかにする」 というような意味で用いていた。 さいわい私の指導学生で、草稿段階で発見したので直させておいたのだが、もしかすると流行の誤用なのかも知れない。

 産経新聞の校正係はこの誤用に気づかなかったのだろうか。 だとすると、今後も同じ誤用が繰り返される恐れがありそうだ。 もっとも校正係の責任を言うなら、上記のM氏の本の岩波書店、村上春樹の本の新潮社の校正係も同罪である。

 【訂正】 上で、「もやう」 を 「もやが出る」 の意味で使うのは誤りと記しましたが、その後、ある方から、講談社の 『日本語大辞典』 には 「もやが出る」 という意味も載っているというご指摘をいただきました。 調べてみたところ、同辞典の第二版には 「もやう」 「もやる」 と二つの動詞にいずれも 「もやが出る」 という意味が載っています。 また他の辞書にも当たってみましたが、三省堂の 『大辞林 第二版』 と小学館の 『日本国語大辞典 第二版』 では、「もやう」 は 「船を繋留する」 の意味のみですが、 「もやる」 は 「もやが出る」 という意味であると書かれています。 岩波書店の 『広辞苑 第二版』 には 「もやが出る」 という意味では 「もやる」 も 「もやう」 もありません。  当方は三省堂の 『新明解国語辞典 第三版』 のみで判断して上記のように記述しましたが、このように 「もやが出る」 という意味を載せた辞書もありますので、訂正いたします。 (2013,2,4)

 

1月22日(火)   *最近聴いたCD

 *アニバーレ・パドヴァーノ&ベルトルド・スペリンディオ: オルガン作品集 (TACTUS、TC526601、2010年、イタリア盤)

 16世紀に活動した2人のイタリア人作曲家のオルガン曲集。 といっても一般には知られていない名前だ。 パドヴァーノは1527年パドゥアの生まれ、27歳のときヴェネチアでオルガニストの地位を得、そこにしばらく勤務した後、オーストリーのグラーツの公爵カルル2世にオルガニストとして雇われ、1575年に死去するまでそこに勤務した。 スペリンディオは1530年頃にモデナに生まれた。 パドゥアでオルガニストとして勤務し、1570年に死去した。 このCDには、パドヴァーノの作品としてはトッカータとリチェルカーレが計5曲、スペリンディオの作品からはトッカータ、リチェルカーレ、フランス民謡が計10曲収められている。 パドヴァーノの作品はいずれも壮大で輝かしい。 スペリンディオの作品は曲により趣きが異なっているが、収録曲数が多いせいもあろうが、もう少し陰影に富んでいる。 オルガン演奏はマルコ・ギロッティ。 ヴェロナの聖ベルナルディーノ教会の楽器による。 解説はイタリア語と英語で付いている。 一昨年末に新潟市内のCDショップ・コンチェルトさんの閉店割引セールにて購入。 なおコンチェルトさんは諸般の事情で今もやっています。

Comp Works/Sperindio

 

1月20日(日)   *大鵬幸喜関を悼む

 昨日、相撲の大鵬関が亡くなられた。 超有名人なので私ごときが追悼する必要もないくらいだが、新聞を読んでいたら大鵬関の現役時代を知らないという新聞記者が解説を書いていて、ふうむと思ったので、若干ではあるがお悔やみの文章を書いておこう。

 考えてみれば大鵬関が現役を引退したのは西暦1971年、昭和46年の5月である。 私が大学に入学したばかりの頃だ。 その年に生まれた人も今は40歳を越えている。 中年の新聞記者でも現役時代の大鵬関の記憶がないのは当たり前なのである。

 私は現役時代の大鵬関を見ている人間だが、特にファンであったわけではない。 嫌いではなかったが、何しろ強すぎるので、わざわざファンを名乗ること自体が気恥ずかしいような気が子供心にもしていた。 同時代の力士では佐田の山が好きだった。 私は現在は相撲にまったく興味を失くしているが、歴代の力士で一番のひいきは初代の若乃花であり、佐田の山がその次、といったところである。

 佐田の山は一般には大横綱とは見られていないが、以前に雑誌記事か何かで読んだことだけれども、勝率などからするとイメージされているよりはるかに強かったということである。 要は、大鵬と同時代だったのでどうしてもその陰になってしまうということなのだ。 つまり、それほど大鵬は強かったということでもある。

 とはいえ、大鵬は強いだけでなく容姿も美しく、見るものを惹きつける魅力を備えていた。 いわゆる柏鵬時代といっても実質的には大鵬の力で持っていたようなものだし、それ以前の栃錦と若乃花の栃若時代なら実力も均衡していたからそう名づけるのにも意味があるが、柏鵬時代というのは多分に興行面を考えて名づけられたような形跡がある。

 ただ、力士としては柏戸のほうが先に世に出たので、大人には柏戸ファンもいたようだが、私が小学校のころだと同級生に柏戸が好きだという者はまずいなかった。

 よく覚えているのは、小学校6年生のときのことである。 放課後になる直前の夕刻にちょうど大相撲が行われていて、大鵬と柏戸の対戦で大鵬が勝ったというニュースが流れ、クラスの生徒たちは一斉に歓声を上げた。 すると、担任だった若い男の教師がムキになって柏戸を擁護し始めたのである。 この教師、ふだんから教師としての適性に疑問がある人で、私は小学校1年生から高校3年生までの12年間で合計10人の先生に担任をしてもらったが、10人中では間違いなく最も教師に向いていない人物だった。 (担任以外では、もっとひどいのもいた。 中2のときの音楽教師と、高1のときの美術教師である。 いずれも芸術系であるのは偶然ではあるまい。) このときも、子供の好き嫌いにそんなにムキになって文句をつけなくてもいいじゃないか、変な人だな、というのが小学生だった私の感じたことであった。

 まあ、しかし当時はそのくらい大相撲が世の中の関心を惹く存在だったということだろう。 日本のプロスポーツと言ったら大相撲以外はプロ野球しかない時代だし、今と違って情報網が整備されていないから、国鉄の長距離列車に乗っていても、車掌が 「千秋楽の一番で○○山が××川に勝って優勝を飾りました」 なんてわざわざ客にアナウンスしていたのである。

 よく知られているように大鵬関は北海道で貧しい少年時代を過ごし、定時制高校に通っていたところを相撲関係者にスカウトされた。 歴代最高の横綱と称されるのは無論それなりの素質があったからではあるが、その陰にはそれに見合うだけの努力や苦労もあったはずである。 相撲の世界に入ったのが昭和31年。 戦後の混乱が残っていた昭和20年代が終わり、日本が安定した成長を続け始める頃に当たっていた。

 そして私が小学校に入学する昭和34年に大鵬関は十両に昇進、つまり一人前の力士となり、12年間関取として相撲をとり続け、私の大学入学の直後に現役を引退した。 大鵬関は日本が高度経済成長を遂げていく時代のシンボル的存在であり、また貧しかった少年が自分の実力で立身出世していくという成功物語の典型だったのだ。 成功物語にはしばしば陰に胡散臭いものがひそんでいたりするけれども、相撲のように実力がむき出しに表れる世界にあっては強い者に素直に賞賛を送るべきなのだと私は思う。

 72歳という年齢は、早すぎるというほどではないが、現在の日本の平均寿命からすると早めのほうだろう。 力士はしばしば短命であり、現役引退後の健康保持にも苦労するという。 大鵬関も、若い頃の写真を見ると痩せているし、相撲取りとしての肉体を作り上げたあと、現役を引退されてからはその方面での悩みも多かったのではないだろうか。 栄光の陰にはそれに匹敵する代償も待っている。 いかに栄光に恵まれた生涯でも、収支決算は決して大幅な黒字とは言えまい。 しかし、そういう労苦も含めて大鵬関は時代を代表する人だったのだ。

 心から大鵬関のご冥福をお祈り申し上げる。 

 

1月19日(土)   *茂木大輔のオーケストラ・コンサート第8回 チャイコフスキー交響曲第4番

 本日は、新潟ではすでにおなじみ、茂木大輔さんのレクチャーコンサートに出かけた。

 りゅーとぴあで午後5時開演だけれど、客の入りはやや淋しい感じ。 1階はまあまあ入っていたが、2階正面Cブロックは半分も埋まらず、その両脇のB・Dブロックも半分かそこらだろうか。 ただ、B・Dブロックでもいちばん安い最後尾席や舞台寄りのあたりは結構埋まっていた。 やはり不況色濃厚ということか。 かく言う私はAランク席で、Bブロック最前列。 Nパックメイト価格3150円。

 今回のテーマは、チャイコフスキーの交響曲第4番。 この交響曲の秘められたテーマについて、各楽章の主題がすべて下降の音型であることや、第4楽章に採用されているロシア民謡のあらすじ、他の曲との関連、またパトロンであるフォン・メック夫人への作曲家自身の手紙などから、この曲の本質が追究された。 いつもながら興味深いお話で、勉強になった。

 また今回は、最初にチャイコフスキーの弦楽四重奏曲の有名なアンダンテ・カンタービレがクァルテット・ソレイユのメンバーにより演奏された。 この四重奏団は茂木さんの応援を受けているそう。 メンバーはいずれも若い女性。 冒頭にこの曲を弾いた後は、メンバーはオケに入って演奏。 この日、『ぶらあぼ』 の2月号がりゅーとぴあに出ていて、中身をちょっとのぞいたら、日本の若手弦楽四重奏団を何組か集めた演奏会が東京では予定されているようで、今後わが国での弦楽四重奏団業界(?)も活気づくかも知れない。

  チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第1番よりアンダンテ・カンタービレ
  -――     :交響曲第4番より
  -――     :交響曲第5番より
  -――     :交響曲第2番「小ロシア」より
  -――     :バレエ音楽「白鳥の湖」より
  ビゼー:オペラ「カルメン」より
  ほか
  (休憩)
  チャイコフスキー:交響曲第4番(全曲)
  (アンコール)
  チャイコフスキー:交響曲第5番より第3楽章

 オーケストラにはいつものように色々なプロオケから演奏家がはせ参じていたが、特にオーボエの杉村由希子さんがすてきな音色で聴衆を魅了していた。 日フィルの首席だそうで、外見的にもチャーミング。 若く美しく有能な女性演奏家が増えているんだなあ、と改めて思ったことであった。

 次回の演奏会はベートーヴェンの第九で、わずか5ヵ月後の6月30日の予定とか。 今度はもっと沢山のお客さんに来てほしいものだ。

 

1月14日(月)   *最近聴いたCD

 *シューベルト: 同時代のオーストリアの作詞家による歌曲集第3集 (NAXOS、8.557833、2005年ドイツ録音、EU盤)

 ナクソスから出ているシューベルト・ドイツ語歌曲全集の第23集。 タイトルどおり、シューベルトと同時代・同郷の作詞家による詩に作曲した作品を集めたもの。 合計20曲が収録されている。 この中で作詞家として著名なのは、『哀れな辻音楽師』 などで知られる作家・詩人のグリルパルツァーであろう。 ちなみにグリルパルツァーはシューベルトが亡くなったときに詩を寄せている。 さて、このCDには一般人でも知っている超有名曲は収められていないが、ある程度ドイツ歌曲に親しんだ人には馴染み深い、言うならば準有名曲は比較的多く含まれている。 例えば、「月の夕べ」D141、「太陽への賛歌」D263、「草原の歌」D917、「こだま」D990C、など。 それ以外でも悪くない曲が多い。 演奏は、メゾソプラノのダニエラ・ジントラムとピアノのウルリヒ・アイゼンロール。 ジントラムの歌声は美しいが、発音はあまり明晰ではない。 曲目解説は英語とドイツ語、演奏者解説は英語で付いているが、歌詞そのものは付いておらず、ネット上のナクソスのサイトで見るしかない。 一昨年末に新潟市内のCDショップ・コンチェルトさんの閉店割引セールにて購入 (コンチェルトさんは諸般の事情でその後もやっています)。 

Schubert: Austrian Contemporaries, Vol. 3

 

1月13日(日)   *ニューイヤー・オルガン・ワンコインコンサート

 本日は午前11時30分開演の標記の演奏会に出かけた。 今年初めての音楽会である。

 開演30分前にりゅーとぴあに入ったら、開演を待つ人たちの行列が長々と続いていてびっくり。 本格的なオルガン・リサイタルだと200〜300人くらいしか客が入らないりゅーとぴあだが、さすが1コインコンサートで入場料500円だけあって客の入りは上々のよう。 最終的には、2階正面Cブロックと1階の後ろ半分は満席、3階正面のIブロックも満席に近く、2階のB・Dブロックにもかなり入っていたし、3階のH・Jブロックにも或る程度入っていたから、千人は行っていたのでは。 新年早々、縁起がいい (笑)。 私は3階HブロックのIブロックに隣接したあたりに席をとった。

 今回はメインの演奏家が川越聡子さんで、りゅーとぴあの専属オルガニストの山本真希さんは解説と連弾で登場。
 川越さんは以前、所沢市民文化センターのホール・オルガニストを勤めておられたそうで、ホールや楽器の違いについてのお話があったが、りゅーとぴあのコンサートホールを 「円形劇場」 だから演奏家と客の距離が近いとおっしゃっていて、円形劇場とは言い得て妙だと思った。 所沢のホールはシューボックス型なので距離が遠い感じだとか。 また、りゅーとぴあの楽器がスペイン製であるのに対し、あちらはオーストリー製で、音色も少しく違うそうである。 機会があれば所沢でのオルガンコンサートも聴いてみたいものだ。

  ヒメネス: 第6旋法によるバッターリャ
  バッハ: G線上のアリア(連弾)
  モーツァルト: アイネ・クライネ・ナハトムジークより第1楽章 (連弾)
  バッハ: 主よ、人の望みの喜びよ
  ブクステフーデ: 暁の星のいと美しきかな(BuxWV223)
  チャイコフスキー: 「くるみ割り人形」 より ”花のワルツ” (連弾)
  ボエルマン: 「ゴシック組曲」 より ”聖母マリアへの祈り”
  ヴィエルヌ: オルガン交響曲第1番より第6楽章 ”終曲”
  (アンコール)
  ドレミの歌 (連弾)

 プログラムは、バッハやモーツァルト、チャイコフスキーなどの親しみやすい曲と、ヒメネス、ブクステフーデ、ボエルマン、ヴィエルヌといったオルガンのために書かれた曲とを巧みに配列して、初心者にもそうでない人にも楽しめるように工夫されていた。 最後のヴィエルヌがいちばん聴き応えがあったかな。 またアンコールでは、手を使わず、足だけによる連弾が披露され、これは滅多に聴けないサービスだなと愉快な気持ちになった。

 1時間ほどのコンサートだけれど、今年初めての音楽会として満足度は十分。 また、幼児も入場可だったので客席の雑音が心配だったのだけれど、さほどでもなく、その点でもよかったと思う。

 演奏会が終わってから、りゅーとぴあのそばにある 「とんかつ とん喜」 で昼食をとり、いつものように満足。 やはりいい演奏会のあとはおいしいものを食べるに限る。

 最近金欠病なので音楽関係の出費も抑制しなくてはならないが、初コンサートが500円で楽しめたので、たぶんお金はなくてもそれなりの年になるのでは、と勝手に予想している。

 

1月10日(木)   *動物は愛護しても貧しい人は放置? ブリジット・バルドーのことですが

 日本でも最近ようやく新自由主義一辺倒を改めようという風潮がでてきて、裕福な人への所得税率を引き上げる動きが顕著になってきた。 しかし日本の場合は現行最高40%の税率を、一定以上の高額所得者について45%にしようという話だから、まあ微温的というか、常識的なのだ。

 これに比べると、フランスの同様の動きはかなり極端である。 年収100万ユーロ (約1億1千4百万円) 以上の高額所得者について、税率を現行の41%から75%に引き上げるという案が、俳優や大企業幹部などから猛反発を食らっているらしい。 本日の毎日新聞はこの件について大きく紙面を割いて報道していた。

 http://mainichi.jp/select/news/20130110ddm007030027000c.html 

 要するに、この政策のせいでベルギーだとかロシアなど他国籍をとる高額所得者が続出しているということのようだ。

 たしかに、41%を75%ってのはやり過ぎかなという気がしないでもない。 だけど、高額所得者はそれだけの税金を払っても一般人からするならなお莫大な所得があるわけであり、贅沢な暮らしを営めるはずなのだ。

 この記事に、かつてセクシー女優として一世を風靡したブリジット・バルドーが出てくるのが面白い。 なぜ面白いかというと、彼女はある時期から動物愛護運動に熱を上げており、動物を毛皮の材料にするなと主張して、カナダのエスキモーがやっているアザラシ猟にもいちゃもんをつけているからだ。

 言うまでもなく、エスキモーがアザラシ猟をするのは生活のためであり、彼らはブリジット・バルドーよりはるかに恵まれない暮らしをしている。 そのエスキモーの生活の糧を奪うことのほうを、彼女はあえて選んだわけだ。 そのくらいなら菜食主義者になって、全ヨーロッパ人に動物の肉を食べるなと訴えるほうが動物の命をはるかにたくさん救えるばずだが、彼女の頭にはそんなまっとうな論理は思い浮かばないんだろうな。

 今回の税率をめぐる彼女の言い分にも、同様の偽善が色濃く表れている。 動物の命が大切なら、人間の命だって少なくとも同じくらいに大切であり、貧しい人々を救うために高額の税率もよろこんで受け入れます、てな態度 (ノブレス・オブリージュ) を示して欲しいと思うけど、まあ、あり得ないことでしょう。

 だから大事なことは、彼女の動物愛護運動に典型的に表れている有名人の偽善性を、ふつうの人間がちゃんと認識することなんだけどね。  

 なお、アザラシの毛皮の問題については本も出ており、邦訳もある。 J・S・ヘンケ 『あざらし戦争』(時事通信社)

 

1月8日(火)   *冬山登山は自己責任で、ってのじゃダメですか? 税金の無駄遣いだと思うけど

 いつもこの季節になると疑問に思うことがある。 いわゆる冬山登山で遭難した人たちが救助を求めるという事件が続発することだ。 新聞種になって世間を騒がすばかりではない。 救助活動にはお金がかかる。

 本日の産経新聞はこの問題を取り上げていた。 警察や地方自治体の職員や防災ヘリコプターが出動する場合は、費用は原則として公費負担、つまり税金から出ているという。 しかしそれだけでは足りないので、民間の山岳会員やヘリコプターも出動する場合が多く、こちらはあとで本人や家族に代金の請求が行くそうだが、そちらはともかく、税金からの支出はいかがなものか、と私は疑問に思う。

 私と同様に考えている人は結構いるんじゃないだろうか。 産経新聞の記事によれば、この冬もすでに雪山遭難事件が11件も起こっているのだ。 (下記URL参照)

 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130108/dst13010800500001-n1.htm 

 私は登山の趣味はない人間で、山に登りたい人間の気持ちは分からないが、気候のいい時節に山に登りたくなるというなら、理屈の上では納得する。 だけど、いかにも危なそうな雪山なんかになぜあえて登らなければならないのか、全然理解できない。

 それでも、本人の責任で登るなら勝手だけど、いざとなると税金に頼って救助してもらうんじゃ、甘ったれていると言われても仕方がないんじゃないか。 危険な場所にわざわざ自分の意思で行く以上、それは自己責任であって、いざとなったら命を落としても他人には絶対頼りません、というくらいの覚悟が必要だろう。

 今後、冬山で遭難しても公的な救助はいっさい行わず、民間業者の救助だけに限定し、むろんそちらはすべて登山家による金銭的負担ということにできないのだろうか。 マスコミはそういうキャンペーンを張ったらどうか。

 だいたい、日ごろは公務員の数を減らせとか税金の無駄遣いをなくせと言っているくせに、いざとなると公務員だとか税金だとかに頼る甘ったるい日本人の根性を批判しなきゃ、マスコミの存在意義はないだろう。 やるべきことをちゃんとやりなさいね。

 

1月6日(日)    *理不尽な流行――コートの丈

 世の中には時々、「何でこんなものが??」 と首をひねるものが流行する場合がある。 最近のコートの丈なんか、そのいい例だと思う。

 長年使ってきたコートがダメになりかけてきた。 一部、破れた部分がある。 そろそろ買い替え時かなと思い、元旦に女房と近くの神社に初詣に行ったついでに、元日から開店している大型スーパーに行ってみた。 そこで改めて気づいたのは、今時のコートは丈が短いということなのである。

 今着ているコートは、別段いばるような品ではなく、10年位前だったか或いは7、8年前だったか記憶が定かでないのだが、ジャスコ (イオン)で1万円程度で購入したものである。 膝下20センチくらいの長さがある。 当時はそれが普通だった。

 ところが最近、同僚のコートを見ていて漠然と気づいてはいたのだが、コートの丈が短いのが流行っているのである。 上記の大型スーパーに置いてあるコートは、どれも着てみると膝上10センチくらいの長さしかない。 この10年かそこらでコートの丈は30センチも縮んだわけだ。

 短いのが好きな人もいるだろうから、短いコートもあるというのなら構わないのだが、短いコートしかないのである。 困るんだな、これは。

 だいたい、コートは防寒のために着るものである。 丈が短かったら防寒の用をなさないではないか。

 推測で書くけど、こういうコートをデザインする輩は東京に住んでいるんじゃないか。 東京は都市化のせいで冬でも結構暖かいし、そもそも現在は建物内や電車の中は暖房がちゃんと効いているから、丈が短いコートでも足りるのであろう。

 しかしここは新潟である。 東京よりはるかに寒い。 こんな短いコートを着ていたら風邪の引きどおしになるに決まっている。

 もっとも、私はふだんはクルマで職場に通っているから、つまり外気にさらされる時間が短いから、短いコートでも足りると思われるかもしれないが、飲み会などがあれば冬のさなかに雪まじりの風の吹きすさぶバス停で10分以上立っていることだってあるし、またクルマを某所にとめて中心街の映画館やコンサートホールに行ったときなど健康のために帰りは歩くこともある。 膝上10センチのコートじゃ、とてもじゃないけど冬は過ごせない。

 というわけで、ここ数日何店舗か見て回ったのだけれど、イオンなどの大型スーパーには画一的に短いコートしか置いていないのである。 値段的には安くて私に向いているのだけれど、いくら安くても風邪を引くためにコートを着るわけじゃないのだから、買う気にならない。

 となると残るのは紳士服専門店 (と言ってももちろん仕立て屋さんがオーダーだけでやっている専門店ではなく、全国展開のチェーン店) である。 昨日から本日にかけていくつか見て歩き、結局某紳士服店で今までと同じくらいの長さのコートを見つけ、それにした。 正月セールで定価の半額だが、それでも約2万円もする。 日本はデフレだそうだが、コートについては例外ということか。 ちなみに、その店でも丈の長いコートは品数が少なく、別の紳士服専門店では短いコートしか置いていないところもあった。

 何で日本はこうも画一的なのか。 少しは物事を考えてもらいたいものだ。 東日本大震災のときも、津波等で自宅を失った人のためのプレハブ住宅が、冬になると水道が凍って使えなくなるという事態が生じて問題になった。 宮城県や岩手県では冬になると水道が凍るのだから、その対策を講じておくべきなのに、そういう発想がなかったのである。 東京中心主義をそろそろ抜本的に改めて欲しい。 

 

1月5日(土)   *最近聴いたCD

 *アントニー・ファン・ノールト: オルガン曲集第1巻 (NAXOS、8.554204、1997年オランダ録音、ドイツ盤)

 アントニー・ファン・ノールト (Anthoni van Noordt) と言われても、「うーん、聞いたことがないな」 というクラシック・ファンも多いだろう。 私もその一人だった。 たまたま、昨年9月に上京したとき、新宿のディスクユニオンでこのCDを見つけるまでは。 オランダは17世紀中葉に国力の最盛期を迎え、アムステルダムは文化都市としてもにぎわっていた。 レンブラントなどのオランダ絵画が生まれたのもこの頃である。 オルガニスト兼作曲家として著名なヤン・ピータースゾーン・スウェーリンクの息子で後継者でもあったディルク・ヤンスゾーン・スウェーリンクは1652年に世を去ったが、その後のアムステルダムで最も有力なオルガニスト兼作曲家と目されたのが、ヤーコブとアントニーのファン・ノールト兄弟であった。 このCDは、アントニーが1659年に発表した 『タブラチュアの本、詩編(聖歌)と幻想曲による』 の一部分を演奏して収録したものである。 ここには、詩編6曲 (と言っても声楽は付帯していない) と幻想曲3曲が収められている。 (なお同じ本をもとにしたCD第2巻もNAXOSから出ており、私は一緒にディスクユニオンで購入した。) 曲の特徴を説明するのが難しいのだが、バッハのようにさまざまな技法を駆使して音を積み上げていくというのではなく、わりに素朴な作りに聞こえる。 帯についている簡単な日本語解説は、「ヒーリング時代に再発見されるにふさわしい」 と称しているが、まあ、そんなところかも知れない。 演奏はペーテル・オウェルケルク。 解説は3ページだけで英語のみ。

 

1月2日(水)    *依光隆氏を悼む

 昨年12月のことになるが、画家の依光隆氏が亡くなった。 哀悼の意を表したい。

 依光氏は、私の世代だと学年誌などに連載されていたジュブナイルの挿絵画家として記憶されているだろう。 天性、絵の上手な人という印象だった。 年少者が物語を読むとき、挿絵によって具体的なイメージが作られる場合が多いと思う。 そういう意味で、氏のした仕事の意味は小さくない。

 今はネット社会だから、検索するとネット上に氏の残したイラストなどがあふれている。 もちろん私の知らない仕事のほうが多い。 詳しいことは知らないけれど、仕事の量には恵まれた方だったのではないか。 

 元は高村光太郎に師事されたそうで、こういう仕事をすることが氏の当初の志に合致していたのかどうかは分からない。 しかし、仮にそうでなかったとしても、人は思わぬところで活動の場を持ち、そこで多数の人に愛される存在になり得るのだ。 

 昭和元年のお生まれだそうだから、大正13年生まれの私の父 (故人) とはほぼ同世代だったわけである。 満で86歳という長寿を保ち、それなりに満足のいく人生だったのではなかろうかと推測する。

 合掌。 

 

1月1日(火)    *子育て家庭と単身者の税金の不公平を是正せよ――少子化対策は税制改革から

 あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願い申し上げます。

 年頭から硬い話になるが、税金についてと少子化対策についてである。 昨年もここに書いたけれど、私は現在の日本が抱える最大の問題は少子化で、少子化は日本の不況や活力減退の原因にもなっていると考えているので、そのことについてである。

 なお、少子化に対しては、老齢者も働き続けろだとか、女性の力を活かせなどの言説が横行しているが、いくら老齢者や女性に働かせたところで、今のような少子化が続けばそれも限界に突き当たるのは目に見えている。 より根本的な対策、つまり少子化そのものを何とかしなければどうにもならないのは明らかであろう。 何で日本人はこうも長期的な視野に欠けているのか、私は不思議で仕方がないのである。

 それはさておき。 本日の毎日新聞は今年から東日本大震災にともなう復興増税が行われることを報じている。 なお、産経新聞は昨年末に報じていた。 増税そのものはやむをえない。 赤字国債を濫発するよりよほど健全である。 が、問題はその負担である。

 毎日新聞によると、復興増税による年間負担額は、年収別で下記のようになるそうである。

    年収    夫婦・子2人   単身者
   400万円     900円     2000円
   700万円    4300円     7900円
   1000万円   14000円    18200円
   1500万円   37200円    44200円

 これを読んで、これじゃ子供が増えるわけはないなと思ったのである。

 例えば年収1000万円で比較すると、夫婦と子供計4人で暮らしている家庭は税額14000円なのに対し、同じ年収の単身者はそれより3割多いだけの税額なのだ。 ここで考えておくべきは、単身者の年収1000万円は富裕と言えるけれど、4人家族で世帯年収1000万円は富裕とは言えないということである。 それどころか、子供ふたりが大学生で、しかもそれぞれ別の都市で自宅外通学をしているとするなら、かつかつの暮らしで余裕なんてないだろう。 そしてそういう家族は、大学が近くになかったり、あっても数が限られている地方都市の場合、決して珍しくはないはずである。

 家族4人で世帯年収1000万円は、単身者の年収700万円より経済的に楽とは言えない。 なのに、この表を見ればわかるように、世帯年収1000万円の4人家族は、年収700万円の単身者の2倍近い税金を取られるのである。 冗談ではない、と言いたくなってしまう。 子育てへの配慮が全然なされていない。

 じゃあどうすればいいのか。 要は単身者には税を重く、子供を複数育てている家庭には税を軽くすればよろしい。

 上の表で言えば、4人家族で世帯年収1000万円が税額14000円なら、単身者で年収700万円の人からは同額を取るべきであり、また単身者で年収1000万円の人には2倍、つまり28000円の税を課すべきなのである。

 このくらいの配慮をしなきゃ、子供が増えるわけないよ。 政治家の皆さん、ちゃんとやって下さいね。

 

 

 

 

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