音楽雑記2011年(1)                           

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  音楽雑記2011年の4月30日以降はこちらを

 

4月27日(水)    *東日本大震災はドイツでどう報道されているか

 大震災以降、風評被害が問題にされている。 これは国内だけのことではない。 海外で大震災がどう報じられているかの検証も大事だ。

 西尾幹二氏のサイトでは、川口マーン恵美さんの興味深いエッセイが掲載されていて、この点で参考になる。

 http://www.nishiokanji.jp/blog/ 

 さて、ドイツを代表する週刊誌 ”Der Spiegel” での報道はどうか、簡単にではあるが見てみよう。

 まず、3月14日号である。 表紙は、津波により家屋が壊滅的な打撃をこうむった上に火災が発生している写真で、「われらが敵である惑星 UNSER FEINDLICHER PLANET」 という文字が躍っている。 

 表紙は特集記事のテーマを示しているが、大震災を特集したページは合計9ページ。 最初は 「泥水の中に沈んで」 という大文字見出しで、1ページ半をつかった大判の写真が掲載されている。 津波によって瓦礫と化した町(仙台付近とされている)の写真だ。 大見出しの文字の下には、「史上最大の地震が列島国家日本を襲った。 多くの住民は地震の直後に襲来した津波から自分を守るすべを知らなかった。 本州では破損した原子力発電所に事故の恐れが強まっている」 と要約的な文章が掲げられている。

      それに続く記事では、日独協会のドイツ語教師である金子みゆきさんが、揺れが始まったときは「地震はよくあること」としながら、ついに机の下に身を隠し、身体は無事だったもののケータイは機能せず、地下鉄がストップして帰宅できなくなり、ついに勤務先の建物で夜を明かすことになるという顛末が語られている。 そこから始まって、地震によるさまざまな被害や、国内の政治化の動きなどが報告されている。 津波が太平洋を渡ってアメリカ大陸にまで到達したことも、図解入りで説明されている。

 しかし、全9ぺーじのうち最後の3ページは原発事故の記事である。原発の構造図を入れて説明がなされ、チェルノブイリとの比較、そして今回の事故が経済発展著しいアジアの原発政策に影響を与えるかどうかは未知数であると締めくくられている。

 3月21日号も表紙は大震災関係で、「福島 何が実際に起こっているか」 という文字が掲げられ、原発の一部分らしい写真が無気味な感じを与えている。 特集記事は前号の倍の18ページにおよぶ分量だが、かなりの部分が原発関係記事で占められている。

 最初は、3月11日の地震直前から直後にかけて、東日本各地の日本人がどういう状況に直面し何をしたかがドキュメンタリー風に、語られている。 「3月11日午後2時、福島原発」 「14時46分、東京から北東に380キロ離れた太平洋岸 〔つまり宮城県北部海岸〕」 「14時46分、福島原発」 「14時46分、東京から175キロ北西の長野地震計」 「14時46分、東京の新宿 〔Shinjuko と誤植されているのがご愛嬌〕」 「14時50分、福島原発」 ・・・・・ 

 ・・・・・・・というふうになっているのだが、これだけからも分かるように、福島原発の状況に関する記事が最初から全体の3分の1ないし2分の1程度を占めている。 後半になると2分の1以上になっている。 写真や図解も、圧倒的に原発関係が多い。

 特集の最後の2ページでは、「途方にくれる救援者たち」 という見出しで、被災者への救援活動が必ずしもスムースに進んでいない現状が報告されている。

 このほか、ドイツが今回の原発事故でエネルギー政策を見直す必要があるのではないかという記事が、各政党の思惑や専門家の意見も含めて8ページにわたって掲載されている。

 3月28日号はどうか。 この号では表紙は大震災とは無関係である。 しかし最初のあたりに重要記事をあらかじめ示すページがあるのだが、そこには原発関係の記事があると述べられており、ドイツ人女性記者と初老の日本人男性が並んでいる写真が掲載されている。 この日本人は、Keiji NAKAZAWA、中沢啓治だ。 いわずと知れた、『はだしのゲン』 で有名な漫画家である。 

 雑誌後半にこの中沢啓治の紹介記事が3ページあり、原爆を体験し反原爆的な漫画で知られる彼が、日本では不思議なことに彼が漫画を通して行っている運動に少数の協力者しか得られていない、と述べられている。

 これ以外に3ページの記事が別に掲載されている。 「揺るがぬ人々」 というタイトルで、「津波から丸2週間たった今も東京都市圏の3千5百万人の人々を原子力発電所の危機が脅かしている。 外国人は多くが首都を離れている。 しかし東京での社会生活は続いている――エネルギーを節約しながら」 という要約的な文章が最初に載っている。

 東京でも原発事故で水の汚染が言われており、乳児をかかえる女性には水のペットボトルが配布されていることが写真入で報じられている。 マスクをした幼稚園児の写真もあり、やはり原発事故やそれによる汚染の可能性といった文章で全体が埋められている。

 4月4日号では、表紙には原発の施設が解体された仮構の図が使われている。 「核問題 いかにドイツは原発抜きでやっていくか」 という文字が躍っている。 特集はドイツの原発を含むエネルギー政策に関するもので、14ページに及ぶ。

 日本の大震災関係記事はといえば、4ページしかない。 菅直人首相が大震災からの復興政策をめぐってさまざまな困難に直面しているというような内容だ。 ただし、記事の最初には 「RISIKO ATOMKRAFT  原発は危険」 というロゴが掲げられており、これはこれ以前の号の大震災・原発関係記事にも掲げられていたのだが、どうやら ”Spiegel” 誌がキャンペーンを張っていると見ていいだろう。

 記事後半には、被災者の慰問に訪れた天皇皇后両陛下の写真も掲載されている。

 ちょっと面白いのは、途中にはさまれた、枠で囲んだ1ページの別記事である。 これは、東京在住のドイツ人が、急いで西日本や海外に逃げ出したドイツ人を批判する内容なのである。 東京は六本木にあるドイツ料理店に集うドイツ人が、そのような見解を披露している。 ともに働く日本人を見捨てるようにして仕事を放り出してしまうのは、長年にわたって培われてきたドイツ人への尊敬を破壊することだ、という。 

 もっとも、この囲み記事の後半は原発政策のことになり、国内で無視されがちだった日本人反原発運動従事者が、ドイツ人からの方がはるかに多くの支援を得てきたと息をまく話になっている。 ドイツ料理店に集っているドイツ人たちは、反原発運動を支援する人たち、ということらしい。

4月24日(日)    *チェンバロ・レクチャー・コンサート 「平均律クラヴィーア曲集第1巻」 第1回   

 本日は午後2時からの表記のコンサートに出かけた。 八百板正己氏が県内でチェンバロの演奏と普及に熱心に取り組んでおられる方であることは、新潟のクラシックファンならどなたもご存知の通り。 私も古楽器の演奏会では何度も氏の演奏を耳にしていまるが、見附市の本拠地であるチェンバロスタジオにうかがったのは本日が初めて。 2部屋続きになっており、奥の部屋がコンサート用。 ふだんはレッスンに使われているのであろう。 チェンバロ2台とバージル1台が置かれている。 20人弱の客が入るとすでに満員。

 私は楽器は自分ではやらず、聴くだけ人間だが、会場には弾く方も結構おられたようで、楽譜を手にしながらレクチャーを聴いている方が複数おられた。 レクチャーは十数分遅れで始まったが、途中休憩 (ジュース、お菓子つき) を入れて、終了が4時40分頃と大幅にオーバー。 それだけレクチャーに力が入ったということだろう。 これでもまだまだ他にしゃべりたいことがあるのだが、とは八百板氏の弁。

 本日の対象は、バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻から最初の6曲であるが、レクチャーでは曲の和音の構造や作りの細かい技法などが入念に指摘された。 楽譜の読み方についても薀蓄が傾けられ、単に表面的に楽譜を追うだけでは作曲家の真意にはなかなか迫れないことが分かった。 非常に貴重なコンサートだったと思う。

 できれば次回も聴きたいのであるが、次回は東響新潟定期と重なっているのだ。 ちょっと時間的に厳しいかな。 あと、コンサートと直接関係ないけれど、本日は行きの時間が足りなくて三条燕−中之島見附1区間だけ高速を使いったが、1区間、十数キロで550円という高速料金は高すぎ。 無料にしろとは言わないけど、せめて300円なら高速利用者も増えて国道116などの混雑が緩和される、と思う。

 なお、会場で林豊彦先生から貴重な活動資料をいただいた。 感謝申し上げます。

4月23日(土)    *ようやく桜が満開・・・・新潟大学は大騒ぎらしいけど

 新潟大学の桜もようやく満開である。 今春はやや寒く、例年に比べると1週間くらい遅れている。

 ところで――

 昨日から下記のニュースで大騒ぎしているらしいんだが、うかつなことに、私は今朝、女房から言われるまで気づかなかった。 今朝の新聞を読む前の話なんですが。

 しかし、学長の公印を不正使用されて気づかないのに比べれば、罪は軽いでしょう(笑)。 だいたい、はっきり言って、こういう事件は人文系教員には縁がないものだしね。

 ただ、私が心配するのは、この影響でそうでなくとも法人化以降激減している研究費がさらに減るんじゃないか、ということです。 もし影響があるとしても、理系の教師だけにしてください、ってのは身勝手な言い分だろうか。 だけど法人化以降、少なくとも人文系には何にもいいことなんかなかったんだからね。 つまり、その程度の冷淡な感想しか浮かんでこない事件なんですよ、これって。

 以下、毎日新聞インターネットニュースよりの引用です。

 http://mainichi.jp/area/niigata/news/20110423ddlk15040057000c.html 

 不正契約:新潟大50代教授、学長公印使用し数十億円装置購入 懲戒、告訴も /新潟

 新潟大は22日、50代の男性教授が数十億円の医療装置を独断で購入しようと学長名義の公印を許可なく使い、業者と契約を締結する不正があったと発表した。装置が納入されたり、代金を支出する前に発覚した。同大は、教授を懲戒処分とする手続きを進めるとともに、有印公文書偽造と同行使の疑いで刑事告訴する方針。

 同大によると、医療装置の購入契約は1年前に締結されたことになっており、相手に渡った契約書には、役員会で契約を了承したとして、学長公印が押されていた。教授が学内関係者に話したのがきっかけで、今年2月中旬に発覚。不正は単独で行われたとみられる。同大は、契約書は偽造されたものとして、無効と主張している。

 通常、学長公印は総務課で管理され、決済を経て許可を受けた文書にのみ同課内で押されるという。また、巨額の機材を購入する際には、入札で業者を決め、役員会と経営協議会の審議を経て支出を了承することになっているという。ところが、今回はこうした正規の手続きが取られることなく、教授が申し出るまで、大学側は気づかなかった。

 下條文武学長は「本学への信頼、信用を失墜する行為で、国民、学生に多大なご迷惑、ご心配をかけ申し訳ない」と謝罪した。学長公印が無断で使われた経緯などを学内の調査委員会で調べるという。【小川直樹】

4月22日(金)    *スーちゃんこと田中好子を悼む

 元キャンディーズで女優の田中好子さんが55歳という若さで亡くなった。 昭和31年生まれだそうだから、私より4歳年下である。 女房と同年齢なのも何かの縁か (ちょいと強引な論法でしょうか)。

 キャンディーズが活動していた頃 (1973〜78年、私が大学生・大学院生だった頃)、私はこのグループのファンでも何でもなかったけれど、スーちゃんこと田中好子だけは好きだった。 理由は簡単で、容姿が私の好みにきわめてよく合致していたからである。

 「普通の女の子に戻りたい」 という名セリフを残してキャンディーズは解散したけれど、結局普通の人に戻ったのは一人だけ。 田中さんともう一人は女優として活動を続けることになった。

 私はテレビはほとんど見ない人間だから、田中さんの女優としての活動をブラウン管で見ることはあまりなかったけれど、映画のスクリーンでは何度かお目にかかった。 『鏡の女たち』 などが印象に残っている。 映画作品としての知名度から言うと 『黒い雨』 が有名だが、これはまだ見ていない。 これを機にDVDを探して見てみようと思う。

 ネット情報によると、田中さんは結婚して子供を望みながら結局実現しなかったようだ。 出産を経験しない女性は女性ならではの器官 (乳房や子宮) に病いを生じやすいと聞いたことがある。 本当かどうかは知らないが、田中さんがそうなってしまったのはかえすがえすも残念だ。 別の言い方をすれば、佳人薄命の言葉が残酷にも田中さんに当てはまるようになってしまったということか。

 謹んで田中好子さんのご冥福をお祈り申し上げます。

4月20日(水)    *教養科目・西洋文学LTの聴講希望者数などに関するデータ

 いつもこの欄で報告してるんだけど、また記録に残しておきます。 私が担当している本日1限の教養科目・西洋文学LTの聴講についての数値。 

 定員150名、第1週聴講希望者310名、競争率2,07倍

 最初に、聴講を希望した者について厳正な抽選を行い、仮当選者を決定。 その中であらかじめ決められた聴講意志確認を行った者だけを本当選者と認めている。

  A=聴講希望者、 B=仮当選者、 C=本当選者、 D=残留率(本当選者/仮当選者)

 学部   A   B   C   D
 人文  20  10   7    70%
 教育  39  19  15   78,9%
 法   14    7   5    71,4%
 経済  33  16  15   93,8%
 理   24  11  10    90,9%
 医   62  30  28    93,3%
 工   110  53  46    86,8%
 農    8    4    3    75%
 総計  310  150  129   86%

 今期、残留率の悪かったのは、人文学部、法学部、農学部がワースト3という結果となった。 人文学部生は反省するように!
 
 また、第2週目には第1次抽選で聴講意志確認を行わなかった21人分について再抽選を行ったが、第1次抽選で落ちた者に限るという限定つきで、競争率は2,67倍であった。 第1次抽選に臨まなかった者は最初から抽選に加わらせなかったから、実質的には3倍くらいあったであろう。

 また、その後、「どうしてもここしか取れないのですが、何とか」 と研究室に来た学生が3人ほどいた。(無論、すべて断ったけれど。)

 いつもいつも同じことを書いているけど、この時限の人文系教養科目、足りていないと思うなあ。 新潟大のお偉方、何とかしなさい!

4月17日(日)    *最近聴いたCD

 *オネゲル: ヴァイオリン・ソナタ全集 (NAXOS、8.572192、2008年録音、カナダ盤)

 オネゲル (1892‐1955)、という作曲家については、私は名前以外はほとんど知らないと言っていい。 そのオネゲルのディスクを買う気になったのは、NAXOSで安いということもあるが、やはりヴァイオリン・ソナタ集であることが大きい。 この曲種のCDは、知らない曲やディスクを持たない曲であればなるべく購入するようにしているからだ。 で、このディスクだが、4曲収められている。 最初はニ短調の3楽章構成のソナタで、これが一番オーソドックスというか、いかにもヴァイオリンの曲らしくて聴きやすい (特に第1楽章)。1912年の作曲だから第一次大戦前である。 次の2曲はそれぞれ第一次大戦中と対戦直後に作曲されており、「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第1番・第2番」 とされている。 (どういうわけか最初の1912年のソナタは何番という番号は振られていない。) この2曲もいずれも3楽章構成で、第1番は20分強、第2番は12分ほどの短い曲。 しかしこの2曲はつかみにくい、というか、現代風になっていて素直には楽しめないところがある。 最後は1940年作曲の無伴奏ソナタ。 4楽章構成だが、無伴奏だからというわけでもないだろうが、どことなくバッハを思わせる。 先日、新潟市内のCDショップ・コンチェルトさんにて購入。

Honegger: Complete Violin Sonatas

 

4月15日(金)     *大震災で4たび寄付――福島県と宮城県に

 本日は給料日ということもあり、福島県と宮城県の災害対策本部にそれぞれわずかながら郵便局より寄付金を送りました。 皆様も引き続きご協力をお願いいたします。

4月13日(水)    *電力使用15パーセント・カットというけれど

 先の大震災で電力供給に不安があるというので、本日は午後5時から7時まで、新潟県知事の肝いりで電力使用を15パーセント減らしましょう、という運動が新潟県内であり、新潟大学もなんだか知らないが参加したそうな。 

 本日は教授会があったんだけど、午後5時の25分ほど前に終わった。 しかし、私はその後まだ用事があった。 水曜は1限に教養科目・西洋文学がおかれていて、本日は第1週だから抽選をしなければならない。 定員150名に対して2倍強の学生が来るのだから、その場ではできない。 学務情報システムに登録させておいて、正午で締め切り、その後研究室で抽選である。 そして抽選の結果を私のサイトで発表することになる。 

 教授会は午後3時からだが、そのときは抽選は終わり、サイトで結果を発表するためにせっせとワープロで文書を作成している途中だった。 教授会終了後も、引き続きその作業を行ったが、5時までには終わらず、30分ほどオーバーしてしまう。 しかし節電に協力するため、研究室の蛍光灯はつけずに作業を行った。 なんとかかんとかできましたけどね。 でも、他では研究室に堂々と明かりをつけているところもあったんだが・・・。

 その作業が終わってから、いつになく研究室を早く退出。 といって晩飯の時刻になっていないので、某シネコンに映画を見に行きました。 節電でも映画はちゃんとやっている。 で、ワタシ一人が見ようが見まいが電気使用量は変わらないはずだから、まあいいよね。

4月11日(月)    *大震災から一カ月、と思ったら大き目の余震が・・・・

 本日から新潟大学は新学期開始である。

 大震災からちょうど1ヵ月。 と思っていたら、福島県で大きな余震があった。 震度6弱。 しかも、そのまた余震 (震度5〜3程度) が数分から十数分おきに起こっている。 わが新潟市も、震度は3から1だけれど、こうも揺れ続けるとさすがに落ち着かない。 いや、福島県のみなさんに比べればどうってことはない揺れではあるんですが。

 世の中が本当に落ち着くまでには、まだ時間がかかりそうだ。

4月10日(日)     *東京交響楽団第64回新潟定期演奏会

 本日は久しぶりの東響新潟定期。 本来、3月13日に行われるはずが、大震災のために延期されたもの。 プログラムは予定通りだが、指揮者は秋山和慶氏のはずが飯森範親氏、ヴァイオリン独奏は鈴木愛理さんのはずが渡辺玲子さんに変更された。 コンマスはグレブ・ニキティン氏。

  オール・モーツァルト・プログラム

  交響曲第35番「ハフナー」
  ヴァイオリン協奏曲第5番「エジプト風」
  (休憩)
  交響曲第41番「ジュピター」

 客の入りは、よくありない。 わりにポピュラーなプログラムなのだが、やはり大震災による自粛ムードが大きいのだろうか。

 オケの編成は小ぶり。第1ヴァイオリン8、チェロ4、ヴィオラ6、第2ヴァイオリン8という順番で、コントラバス3名は正面最後尾に並んでいる。 チェロのベアンテ・ボーマン氏は、パンフによると今年の1月8日付けで定年退職し3月末までは客演、とあったが、今回の演奏会にも姿を見せていた。 本来3月にやるプログラムだったからだろう。 ホルンのハミル氏も後半の 「ジュピター」 で登場。 いつもの東響メンバーだな、となんとなく安堵。

 最初に飯森氏から大震災の犠牲者を悼む旨の発言があり、バッハのG線上のアリアが演奏するので、その間聴衆は黙祷をささげて欲しいという要請がなされた。 その後、正規のプログラムである。

 今回のプログラムでの白眉は、何と言っても渡辺玲子さん独奏による協奏曲であろう。 私も、渡辺さんの名声は知りつつも今まで生で聴く機会がなかったのであるが、まずその音のすばらしさにびっくり。 大きな音というのではないが、よく通り、実に美しい音。 表面が輝いているのではなく、音が芯から輝きを発しているような音。 第3楽章ではこれに加え、刃物のような鋭利な音も披露してくれた。 音によるそうした多様な表現ができる人なのだ。 また節回しと言うのか、曲の捉え方や表現も見事。 まさにヴァイオリンを弾くために生まれてきた、と言うべき才能なのだろう。 まさに稀代の名演であった。 東響新潟定期歴代のコンチェルトの中でも数本の指に入る演奏だと思う。 この日はブラボーおじさんが欠席だったらしいのが残念。 拍手は長く続いたが、アンコールがなかったのも残念無念。

 「ハフナー」 と 「ジュピター」 もそれぞれ悪くなかった。 特に 「ジュピター」 は音の強弱をたくみにつけていて、音楽に包容力のようなものを感じさせてくれた。 ただ、「ハフナー」 も含め、テンポは私個人としてはもう少し速めのほうが好みであるが。

 期日の上では新年度に入っての東響新潟定期、今年度もまた充実した演奏を新潟市民や県民に聴かせてくれそうである。

4月9日(土)     *1コインコンサート VOL.51 「春の調べ ヴァイオリン」

  500円でクラシックの音楽会が楽しめるりゅーとぴあの1コインコンサートは、しかし大抵は平日昼間に行われるので、パスせざるを得ない場合が多いが、今回は土曜なので出かけることにした。 ヴァイオリンが早稲田桜子、ピアノが早稲田眞理の美人姉妹デュオ。 眞理さんのほうがお姉さんである。

 開演5分前に入ったら、お客の多いのに驚いた。 1階と2階正面Cブロックは満席。 Cブロック脇のBとDも半分くらいは入っている。 そのほか、3階正面Iブロックも前のほうには客が入っていた。

 桜子さんが白の、眞理さんが黒のドレスで登場。 最初に桜子さんのお話があった。 地震のことである。 地震があってからは演奏会もキャンセルが続き、今日の演奏会が震災後初めてだとのこと。 自粛ムードは音楽から、ってことなんだろうか。 それだけに、本日のりゅーとぴあの客の入りには感激されたようだ。

  エルガー: 愛の挨拶
  マスネ: タイスの瞑想曲
  ベートーヴェン: ヴァイオリンソナタ第5番「春」から第1楽章
  ドヴォルザーク: ユモレスク
  クライスラー: 中国の太鼓
  バッハ: 無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番ト短調よりアダージョ
  モリコーネ: 「ニューシネマ・パラダイス」 より ”愛のテーマ”
  メンケン: 「アラジン」 より ”ホール・ニューワールド”
  久石譲: 「ハウルの動く城」 より ”人生のメリーゴーラウンド”
  モンティ: チャールダッシュ
  (アンコール)
  プニャーニ: ラルゴ・エスプレッシヴォ
  いずみたく :見上げてごらん夜の星を

 早稲田さんのヴァイオリンは初めて聴いたが、特に音がよく通るわけでもないし、つやがあるわけでもないし、超絶技巧をひけらかすようなところもない。 その演奏を一言で言うなら、「しっとり」 ではないか。 堅実な技巧で、曲をよく歌わせながら、しかし派手になることなく、素顔美人のごとくに弾いていく。 最初の4曲では彼女のそういう特性がよく出ていて、なかなかいいんじゃないかと思った。

 ただ、クライスラーとバッハになると、ちょっと限界が見えるような気も。 「中国の太鼓」 はリズムが中心になる曲で、ヴァイオリンの側にある程度の音圧やエグさがないとピアノに負けてしまうのでだが、どうもその点で物足りない感じ。 バッハも、きちんと弾いているのではあるけれど、音の強弱によるアクセントがあまりなくて、曲の求心性が表現しきれていないように思った。 ここで思い出したのが、以前りゅーとぴあに来てバッハの無伴奏チェロ組曲を弾いた水谷川優子さんのことである。 彼女のバッハも、求心性に乏しくてのっぺりした感じだったけど、どうも似ている気がする。 別の表現を使うなら、油絵具を使うべきところを水彩で描いているみたいな演奏なのだ。

 その後の映画音楽やモンティやアンコールは、彼女に合っているのか、また良くなった。

 アンコールのときのお話で、この演奏会の前に地震難民の方の避難所で演奏したのだそうだ。 そういう方々に音楽がどう受け止められるか不安だったそうだが、喜んでもらえたばかりか、しっかりやりなさいと逆に励まされてしまったとのこと。 人間、どんな境遇でも、それなりに音楽が楽しめるということだろうし、大震災のあとも、各人、自分のできることを精一杯やっていくしかないと改めて思ったことであった。

 演奏会のあと、握手&サイン会があったので、できれば美人姉妹と握手してサインももらいたかったのだが、2時から別の演奏会があって、昼食もそれまでにとらねばならず、握手&サイン会に客がずらりと並んでいるのを見るとちょっと時間的にきつそうだったので、涙を呑んであきらめた。 次の機会を待ってます。

           *

    *根津要チェロリサイタル2011 ベルリン、音楽の都から     

 1コインコンサートを聴き終えたのが12時40分頃。 それから青山のジャスコに行ってラーメンを食べ、腹ごしらえをしてからだいしホールに向かった。 午後2時開演の新潟在住チェリスト根津要氏による今年のリサイタルは、ピアニストの川島基氏を伴奏に迎えている。 数々のコンクールに入賞している国際派ピアニストである。 今回の演奏会の副題にベルリンが入っているのは、川島氏と一緒にベルリンで学んだことから来ているようだ。

 だいしホールの入りは、というと、さっきの1コインコンサートの後だけに、「うーん」 というところ。 3分の1くらいかな。 遅れてきた客を入れても、半分までいかなかっただろう。 何でこんなに差があるの????と 「?」 が頭の中を駆け巡ったのだった。

  メンデルスゾーン: 協奏的変奏曲op.17
  コダーイ: 無伴奏チェロソナタ
  (休憩)
  シューベルト: アルペジョーネ・ソナタ
  ヒナステラ: パンペアーナ第2番
  (アンコール)
  ラフマニノフ: ヴォカリーズ
  サン=サーンス: 白鳥

 この演奏会の白眉は、なんと言っても2曲目のコダーイであろう。
 実は、最初のメンデルスゾーンでは、あまりチェロの音が出ていないような気がした。 うーん、どういうわけかなと首をひねっていたら、2曲目のコダーイでがらっと変わって、生き生きとした音が聴衆に迫ってきたので、びっくり。 何でこんなに変わるんだ、とうれしい驚き。 ピアノの伴奏が入るとチェロの音が目立たない、というだけでは説明がつかない。 曲の作りのせいか、気合の入り方が異なるからか? とにかく、このコダーイは入魂と言うべき名演だと思った。 演奏の充実がそのまま聴衆のほうに感染してくるような、そんな印象。

 ヒナステラの曲も、たぶん初めて聴いたけど、面白かった。 チェロにも色々な曲があるんだな、と改めて教えられたような。 リサイタルでは、有名作曲家の有名曲と並んで、楽器の特性を各方面から理解できるように、異なった味わいの曲を配していくのが大事なんだなと今更のように思った。 なお、川島氏のピアノも、この曲に限らないが、密度の濃い充実した演奏であった。

 アンコールのラフマニノフでは、「祈りをこめて弾きます」 と根津氏から発言があり、ここでも大震災後の音楽会であることが改めて演奏家の発言によって強調されていた。 終演は3時45分頃。 日常の中で音楽を楽しみつつも、同時に震災の被災者へのバックアップも何らかの形で果たしていくことが大切であろう。

 なお、ちょっとしたことだが、プログラムに誤植や印刷の不鮮明な箇所があった。 注意していただきたい。
 具体的には、ヒナステラの曲名が 「パンペナアーナ」(パンペアーナが正しい) になっていたり、川島基氏の経歴が、「大学院を主席で修了を主席で卒業」(大学院を首席で修了、であろう)。 また、私のもらったプログラムだけかもしれないが、2ページのシューベルトの曲解説は、半分程度しか文字が読めなかった (残りは印刷の不備か、文字が出ていない)。

4月8日(金)     *出版会を作らない新潟大学の未来

 本日の毎日新聞を読んでいたら、1面下の広告欄は大学出版会特集だった。 右から順に、関西大学出版部、慶応義塾大学出版会、専修大学出版局、東京大学出版会、東京電機大学出版局、法政大学出版局、武蔵野美術大学出版局、麗澤大学出版会が並んでいる。

 うらやましい限りである。 私が新潟大学に出版会を作る運動を初めて15年ほどがたつ。 いまだに出版会はできていない。 国立大学も法人化されて、法人化には悪い面も多いけれど、出版会のような組織を作りやすくなったという点では評価できる。 そして、近隣の山形大学も富山大学も出版会を作っている。 なのに新潟大学にはさっぱりできないのである。

 大学に出版会を作るのに一番必要なのは、上層部の決断である。 とにかく上層部が作ると決めてしまえば、あとは何とかなるのだ。 しかし新潟大学の上層部は、そういう決断から無縁の人たちばかりのようだ。

 新潟大学でも人文学部は、独自の手法で自学部教員の本が出るような工夫をしている。 それはそれでひとつのやり方ではあるが、大学として発信の場を持つという観点からすると、やはり問題があると思う。 もっとも新潟大学では人文学部以外の学部にそういう意識が乏しいから、自分だけで、ということになってしまう面があることは否定できない。

 電子出版だ、ネット情報の時代だという声も上がりそうだが、実際には日本の国立大学出版会はここ数年増えている。 広島大、岡山大、筑波大、埼玉大、東京学芸大、東京外語大、弘前大など、首都圏と地方とを問わず国立大学出版会ができているのだ。

 自己発信の場を作ろうとしない大学に未来はあるのだろうか。

4月7日(木)    *サッポロの発泡酒 「北海道 生搾り」、ついに生産終了? それとも・・・

 日ごろ晩酌に愛用しているサッポロの発泡酒 「北海道生搾り」 を、いつもの店に買いに行ったら、2ダース入りの箱がおいてない。 350ml缶も、500ml缶もないのである。 ぎくりとする。 1本ずつおいてあるコーナーに行ったら、350ml缶半ダース入りの紙パック入りが4つだけあった。 全部買ってもよかったのだが、買占めをしているようで後ろめたいので、2パックだけ買う。

 うーん・・・。 以前にも書いたことがあるが、この発泡酒は私のお気に入りなのである。 以前は名前が異なっていて 「生搾り みがき麦」 だった。 そしてどこの酒屋にも、どこのスーパーにも置いてあった。 

 ところが、2年ほど前から普通の酒屋やスーパーから姿を消してしまった。 といって生産中止ではなく、私の知る限りでは新潟市内では某卸スーパー (一般人も買えるところ) でしかお目にかかれなくなった。 仕方がないので、いつもそこで2ダース入りの箱を買っていた。

 この辺が、私からすると解せないところなのである。 現在日本ではビール類には3種類あって、ビール、発泡酒、第三のビールと分かれているけれど、私に言わせれば値段と味のつりあいからいって発泡酒こそが一番お買い得なのであり、その発泡酒の中でもこの 「北海道 生搾り」 が一番うまいのである。 一番うまい発泡酒がなぜか普通の店では買えなくなってしまう――大衆社会だからですかね。 といっても、ビールじゃなくて発泡酒を飲んでいる時点でお前こそ大衆だろう、と言われそうだけど(笑)。

 サッポロのHPを見てみたけど、「北海道生搾り」 が生産中止とは書かれていない。 地震か何かの影響で一時的に店頭から姿を消しただけであるならいいのだが・・・・・

 【4月27日の追記】 その後、くだんの卸売りスーパーにもう一度行ってみたけど、ばら売りの缶が4本だけあった。 2ダース入りの箱も、半ダース入りのパックもない。 仕方なく、その4本を購入し、これで飲み納めかと覚悟を決めた。 ところが、である。 25日に別の用事があって全国的に有名な大型スーパーに行ったところ、そのビール売り場にこの 「北海道生搾り」 の半ダース入りパックがいくつかおいてあるのを発見したのである。 2パックをとりあえず購入した。 うーむ、どうなっておるのか。 ここで細々とでも買い続けることができればいいのだけれど、予断を許さない。

 【5月15日の追記】 その後また手持ちがなくなってきたので、4月27日に書いた全国的に有名なスーパーに行ってみたら、在庫がまったくなかった。 うーん、これであの発泡酒ともお別れか、と思いながら、念のためそれ以前いつも買っていた某卸売スーパーに行ったら、なんと、2ダース入りの箱があるではないか! しかし500ML缶のものは1箱しかなかったので、これから暑くなると500ML缶の季節だしと思ってこれをまず購入し、いちど他の場所に用を足しに行ってから、再度その店に寄って350ML入りの箱も購入。 これで当分は大丈夫。

4月5日(火)    *大震災被災者に引き続き寄付を――いわき市の恩師に届かない手紙

 本日、東日本大震災の被災者のために、郵便局から日本赤十字社に再度わずかながら寄付をしました。 皆様もよろしくお願いいたします。

       *

 昨日、震災数日後に恩師に出した2通の手紙が、いずれも届かないまま戻ってきた。

 福島県いわき市は私が高校卒業までを過ごしたところだ。 今回の地震では多方面にわたる被害が出たが、いわき市小名浜も、三陸や宮城県や福島県浜通り北部ほどではないが津波の被害にも会った。 小名浜には私が通った小学校と中学校があり、いずも今は建て直されたり場所が移転したりしているが、そこで教わった何人かの先生の中には、文字どおり恩師と呼べる方々がいて、そのうちお二人は小名浜にそのまま住んでおられる。

 ふだんから年賀状は出しているのだが、今回の地震と津波があって、最初の数日は小名浜の郵便局も業務が出来ない状態にあったので、見舞いも出せないでいた。 それが、3月16日から業務を再開するというので、17日にお二人に簡易書留で見舞い状を送った。 簡易書留にしたのは、間違いなくご本人に届いたかどうかを確認したかったからである。

 しかし、昨日、2通とも戻ってきた。 要するに目下はお二人ともふだんのお住まいにおられない、ということのようだ。 私は電話は不得手なのだが、仕方なくというか、念のため昨夜電話もしてみた。 お一人は電話は鳴っているが誰も出ない。 もうお一人は、鳴らず、通話中みたいな音がするだけ。

 いわきに住むかつての同級生には年賀状のやり取りをしている人間がいない。 住所や電話番号を知っている同級生なら若干いるが、彼らは今回見舞い状を出した恩師には習っていない人たちだから、問い合わせるわけにもいかない。

 困ってしまう。 どなたか、消息をご存知の方がおられたら情報提供をお願いします。

 そのお二人とは、小林克先生 と 高橋安子先生 である。

 【4月17日の追記】 その後、4月16日に小林克先生からは連絡をいただいた。 大震災後、首都圏方面に避難しておられたそうである。 先生は息子さん夫婦と同居しているが、ワゴン車に一家全員で乗り込んで出かけたという。 1ヶ月あまりたってようやく戻ってきたものの、自宅は何とか修理すれば大丈夫そうだが、ケーキ職人である息子さんは、ケーキを作る作業場が自宅とは別の海辺近くにあり、それが津波でやられてケーキを保管しておく冷蔵庫を全部流されてしまったという。 400万円相当だそうな。 10人ほど人を雇ってもいたのだが、全員解雇したそうな。 まだ余震が続いていることでもあるし、息子さんの仕事もどうなるか分からないし、今後に不安が大きいということのようだ。 同じような境遇の人はいわき市にも多いだろうと思う。 私のようなしがない給料取りはわずかな見舞金をお送りするくらいしかない。 やっぱりこういう時は、自分で事業を興していて、「400万円くらいでしたらすぐに用立ていたします」 というようなセリフを吐ける教え子が、理想的なんだろうなあ・・・・。  

 【7月1日の追記】 本日、高橋安子先生から小名浜の名産品に添えて手紙をいただいた。 大震災後、2カ月ほど他の地域に避難されていたとのこと。 ご自宅の被害はほとんどなかったそうで、幸いなことであった。

4月3日(日)    *最近聴いたCD

 *ブクステフーデ: オルガン曲集 (harmonia mundi、HMX2901484.88、1967-1970年録音、2007年再発売、イタリア盤)

  大バッハの先生格にあたる北ドイツのオルガン音楽の巨匠ブクステフーデのオルガン曲を集めた5枚組CD。 録音は1967年から70年にかけてで、やや古いと思われるかもしれないが、オルガンの音を実にクリアで鮮明に捉えていて、まったく問題を感じさせない。 弾いているのは、カンヌに生まれパリの音楽院に学んだRene Saorginである。 録音には、オランダ、ドイツ、スイスの計4種類のオルガンが使われていて、解説にはそれらのカラー写真も載っている。 収録は作品番号順ではないが、解説の最後に作品番号順の索引が付いているのも便利。 また、CDの作りが凝っていて、LPレコードのような黒色の盤で中央にラベルがあり、なおかつLPみたいに溝まであるのがすごい。 ちなみに光が当たる側も、さすがに溝はついていないが、黒色である。 こういう凝ったCDで、ブクステフーデの多様で奥深いオルガン音楽の世界に目を開かれていくのは、実に気持ちがいい。 最近、新潟市内のCDショップ・コンチェルトさんにて購入。 お勧めできるセットだ。

René Saorgin Plays Buxtehude [Box Set]

4月1日(金)     *学会も続々中止に

 東日本大震災――正式名称がこうなったそうな――のせいで、学会も中止が相次いでいる。

 私の所属している日本独文学会は、6月上旬に中央大で予定されていた春季研究発表会を中止と決定した。

 同じく、日本言語政策学会も、6月下旬に東京国際大学で予定されていた発表会を中止した。

 これじゃ、首都圏のホテル業界はあがったりだろうな。 学会のお偉方はそんなことは全然考えてないだろうけれども。

3月30日(水)    *ヨーロッパ映画を見るために上京――新潟に住んでいると仕方がないか

 昨日から、2日間休暇をとって東京に来ている。 理由は、ヨーロッパ映画を見るため。 たまたま現在3本ほど注目すべきヨーロッパ映画が東京でかかっていて、見たいのだが、そのどれもが新潟に来ない可能性が高い。 

 私も何もしなかったわけではない。 ユナイテッド・シネマ新潟には、やりませんかとリクエストを出したけど、「予定していません」 とすげない返事が来た。 

 シネ・ウインドにもリクエストを出したけど、こちらは返事すら来ない。 私はいちおう会員であり株主でもあるんですけどね。 作品選定の過程には、配給会社との関係もあって必ずしもガラス張りにできない部分もあるのは承知しているけど、しかし、なのである。

 となると、東京に行くしかない、という結論になるのだ。 仕方なく休暇をとって出かけることにした。 何で土日にしないのと言われそうだが、費用の関係です。 水曜日は千円均一の映画館もあるので、その辺を考えてということ。

 昨日は、午前10時30分頃に東京に着く新幹線に乗り、有楽町界隈の金券ショップ4軒を回って安いチケットを買い、立て続けに3本を見、夜は渋谷で1本を見た。 ヨーロッパ映画2本、邦画2本。

 本日は、千円デーを利用してヨーロッパ映画とアメリカ映画を1本ずつ見た。 詳しくは後日に映画評のページにアップします。

 宿泊は水道橋のグリーンホテル後楽園。 ここは初めて泊まったけど、ビジネスホテルとしてまあ悪くない。 JR水道橋駅から歩いてすぐの立地。 ベッドの幅が、セミダブルまでは行かないがゆったりしているし、バスの大きさもまあまあ。 チェックアウトが午前11時でゆっくりできるのもいい。 改善して欲しい点は、トイレがウォシュレットなのはいいが便器が小さいことと、部屋に荷物置きがないこと。 日本のビジネスホテルの欠点は荷物置きがない場合が多いことだと思う。 折り畳み式でいいから入れておいて欲しい。 あと、カーテンの丈が短めで朝になると窓から光が漏れてくるので、ゆっくり眠れないことも要改善点かな。

 朝食は簡易バイキングで、パン、スクランブルエッグ、サラダ(キャベツ千切り主体)、コーヒー、紅茶、ミルク、オレンジジュースがある。 ここも希望を言っておくと、タンパク質がスクランブルエッグだけなのが物足りない。 せめてハムかウィンナソーセージを置いて欲しい。 あと、パンは小さいクロワッサンとかほうれん草パンとか黒砂糖パンとか4種類あるんだけど、どれも小型でしかも中身がぺなぺな、つまり空気ばっかり。 バイキングだからいくつも食べればいいようなものだが、もう少し中身が詰まったパンが食べたい。

 先日の地震のためか、銀座は人の出が少ない。   昨日は、丸の内ピカデリーと銀座シネパトスとシネスイッチ銀座に入ったが、いずれも客は少なかった。 いずれの映画も金券ショップで安い券が入手できたのは、そのせいかもしれない。 

   昨日は夜は渋谷に行ったわけだが、省電気のせいかJRから井の頭線に乗り換える通路は照明を大半つけておらず、暗かった。 夜9時から映画を見るにあたっては渋谷の金券ショップで安い券を探すつもりでいたけど、午後7時過ぎに行ったら、すでに知っている2軒とも閉まっていた。 貼り紙がしてあり、省電力に協力するため当分の間午後7時で閉店になるとのこと。 うーむ。 仕方なく通常価格で見た。 といっても1500円だけど。 また、映画まで1時間以上あったので、時間をジュンク堂書店でつぶそうと東急百貨店に行ったら、ここも午後7時閉店とのこと。 うーむ。 仕方なくその辺の喫茶店に入りました。 

 本日は、ホテルを出てからまず銀座テアトルシネマに行った。 千円デーであるせいか満員に近い入り。 ただしここは収容人員が少ない。 また、先日の地震でスクリーンの一部が破損していて、補修して上映が行われるのでご理解を、とのアナウンスが入った。 後で見てみたら、さほど大きくはないが 「く」 の字型の亀裂が中央下あたりに入っていた。 そのあとヒューマントラストシネマ有楽町でアメリカ映画をやはり千円で見たけど、入りはイマイチだった。

 それにしても、いつも書いてることだけど、新潟市はシネコン4館、ミニシアター1館があって、スクリーン数でいうと40に近いのに、来る映画の種類がきわめてバラエティに乏しい。 映画館関係者はもう少し考えて欲しいんだけど。

3月27日(日)     *スバル360を見た

 本日、午後から大学に出かけたら、途中ワタシの車の前をスバル360が走っていた。 うーん、まだ現役で走っていたのかとびっくり。

 この軽自動車、ワタシの世代にはおなじみというか、小学生から中学生のころ (つまり1960年代前半から半ば過ぎくらい) には嫌になるくらい街で見かけた車種である。 あのころの軽自動車は排気量が360CCで、スバルはその代表格であった。 当時カブトムシ型だったフォルクスワーゲンに似た形。

 本日見かけたスバルは、ナンバーの上半分に 「88 新 は」 と記されている。 昔のナンバーの書き方ですね。 昔は、新潟というふうにフルで書かずに新というふうに一字で書いていた。 その前後の書き方もこんな風だった。 そして軽自動車でも黄色ナンバーではなく、普通に白色だった。

 それにしても、もう作られてから40年はたっているだろう。 よくまあ持つものだ。 よほど使い主が大事にしているに違いない。

 ワタシの車 (国産セダン、1800CC) も、今回の震災の日に車検に出したのであるが、購入して丸13年、14万5千キロを走っている。 かなりがんばって乗っているとは思うが、さすがにスバル360にはかなわない。 モノを大切にしましょう、という精神が、今回の震災を機に叫ばれるようになるかもしれないなあ。

3月25日(金)     *大震災で福島県に寄付――日本における郵便局の意味

 本日、東日本大震災への義捐金を、わずかではありますが再び郵便局にて送付しました。 今回は福島県の災害対策本部宛てです。 福島県は私の出身地であり、今回の地震や津波による直接的な被害に加えて、原発事故による難民も出ています。 故郷のためにできることといったら義捐金を出すことくらいなのが歯がゆいのですが、何もしないよりはマシということで送金いたしました。 私に同調して下さる方はよろしくお願いいたします。

    福島県災害対策本部    郵便振替 00160−3−533

 もちろん、宮城県や岩手県に縁のある方は、これらの県に義捐金を送りましょう。 私は宮城県にも縁があるので、いずれ別の形で寄付をするつもりですが。

        *

 ところで――

 義捐金を送るために、通勤途中で郵便局に寄った。 自宅と勤務先の間にあって、局員は2人しかいないこぢんまりした郵便局だが、いつ行っても結構混んでいる。

 局員は2人だけと書いたが、1人は局長らしい中年男性、もう1人は若い女性。 この女性が、ちょっと可愛い。 お前がもう五十代後半だから若い女はみんな可愛く見えるんだろう、などと突っ込まないように。 見ていると、客にかなり人気があるのが分かる。 男客だけではない。 おばあさんなんかも、用事が済んでもこの局員と雑談をしたりしている。 またそういう客に対して嫌がらずに一所懸命受け答えをしているので、その辺が人気の秘密かなと思う。

 私も、本日義捐金を送るために寄ったわけだが、郵便振替の手続きをとったら、領収書といっしょにポケットティッシュをくれた。 これは普通なら貯金をするなど郵便局の儲けになるような依頼をした客に出すものだと思う。 義捐金を送っても郵便局には1円の利益にもならない。 それでも、ご苦労様という意味なのか、ポケットティッシュをくれたりするところに、性格の良さが出ているような気がする。

 むかし、高校生のとき、現代国語の授業で萩原朔太郎の散文詩を教わった。 タイトルは 「郵便局」。 次のような詩だ。

    http://geocities.yahoo.co.jp/gl/ask3300/comment/20070928/1190930834 

 郵便局といふものは、港や停車場と同じく、人生の遠い旅情を思はすところの、悲しいのすたるぢやの存在である。局員はあわただしげにスタンプを捺し、人々は窓口に群がつてゐる。わけても貧しい女工の群が、日給の貯金通帳を手にしながら、窓口に列をつくって押し合つてゐる。或る人々は為替を組み入れ、或る人々は遠國への、かなしい電報を打たうとしてゐる。

 いつも急がしく、あわただしく、群衆によつてもまれてゐる、不思議な物悲しい郵便局よ。私はそこに来て手紙を書き、そこに来て人生の郷愁を見るのが好きだ。田舎の粗野な老婦が居て、側の人にたのみ、手紙の代筆を懇願してゐる。彼女の貧しい村の郷里で、孤獨に暮らしてゐる娘の許へ、秋の袷や襦袢やを、小包で送つたといふ通知である。

 郵便局! 私はその郷愁を見るのが好きだ。生活のさまざまな悲哀を抱きながら、そこの薄暗い壁の隅で、故郷への手紙を書いている若い女よ! 鉛筆の心も折れ、文字も涙によごれて乱れてゐる。何をこの人生から、若い娘たちが苦しむだらう。我々もまた君等と同じく、絶望のすり切れた靴をはいて、生活(ライフ)の港々を漂白してゐる。永遠に、永遠に、我々の家なき魂は凍えてゐるのだ。郵便局といふものは、港や停車場と同じやうに、人生の遠い旅情を思はすところの、魂の永遠ののすたるぢやだ。

 いまどきこんな詩は古くさいと思われるだろうか? しかし、銀行と郵便局の違いということを考えるとき、この詩は示唆的ではないか。 郵便局が日本人にとって持つ意味は、根本的には変わっていないのだ。 その辺を押さえておかないと、単に民営化論だの何だののレベルで考えている限り、銀行は郵便局には勝てないだろう。

3月24日(木)     *節電協力も楽じゃない――生協理事会も暖房なし

 本日、午後6時から新潟大学生協の理事会があって、理事(無給)である私も出席。 震災以来、生協は節電に協力するということで、営業中も暖房を切っている。

 本日の理事会も、生協食堂を会場として暖房なしで行われた。 3月下旬とはいえ、ここのところ日本列島は冷え込んでいる。 おまけに昼間より気温が下がる時間帯である。 私はコートを着ていったが、それでも1時間半の理事会で暖房なしだと体が冷えてくる。 まして、中にはうっかり、或いは真面目なので (?) コートを着ずに出席した理事も少なくなく、そういう方々は震え上がっていたようだ。

 住む家を失った震災被害者の方々の苦労を思えばどうってことない・・・・はずだけど、やはり、楽ではないですね。

3月23日(水)     *節電と新潟大学の混乱

 地震の影響で節電が言われているので、私も多少協力しようと、地震後は日中の研究室でブラインドを上げている。 従来は昼でもブラインドを降ろして、蛍光灯を付けて仕事をしていた。 ブラインドを上げると、蛍光灯を消しても或る程度仕事ができる。 快晴なら午後4時半くらいまでは大丈夫である。

 一方、新潟大学の方針は、16日の1)に書いたように混乱している。 そこにも書いたように、私は 「はっきりしろ」 というメールを事務に出した。  で、先日いちおう返事が来たのだが、これが救いがたいシロモノなのである。 学長と事務の両方からメールが来て、その内容が矛盾していると私は指摘したのだが、返ってきた返事は――

   しかし,学務部も総合教育研究棟の建物管理を行っている関係で
  人文学部教員へ周知してほしい旨メールが来ましたので【A】【B】双方の内容について
  以下で比較した結果同じ内容と理解いたしましたので学務部のメールもそのまま転送
  いたしました。

  【A】B 上記のほか電気機器の使用自粛
  【B】2.上記以外の電力を必要とする設備等の使用については、教育研究及び
   医療活動上、最低限の使用に留め、最大限の節電に努めること。

 私から多少解説をしておくと、16日にも書いたように、【A】は事務から来た指示、【B】は学長から来た指示である。 この二つが矛盾していると私は言ってやったわけだが、事務は上記のように、矛盾していないと答えてきた。

 それで、私は再度、次のようなメールを先週末に送っておいた。

  「同じ内容」ではありませんよ。
  問題は、【A】では「電気機器の使用自粛」が言われていることです。文字ど
 おり読めば、「電気を使う機器は使用するな」ということで、ということはパソ
 コンも使ってはいけないことになり、とすれば仕事ができません。
  これに対して【B】では「教育研究・・・上、最低限の使用に留め」と書かれ
 ています。つまり「最低限」ではあるけれど使っていいわけですから、研究に必
 要な限りはパソコンを使って構わない、としか読めません。
 
  だから、一昨日の夜に出したメールでは単刀直入に(【A】の)「電気機器」
 にはパソコンは含まれるのか、と訊いた訳です。もし、パソコンが含まれるとい
 うことであれば、事実上「その時間には研究はするな」というのと同じですね。

  というわけですから、単刀直入にお答えをお願いします。計画停電の時間帯に
 はパソコンを使っていいのか悪いのか、イエスかノーかでお答えをお願いします。

 しかし、今のところ返事は来ていない。

 新潟大学の人は日本語読解能力がないというのは、残念ながらしばしば体験することである。 別に事務員に限らない。 教員だって同じである。 新潟大学とはそういう場所なのだ。 

3月21日(月)     *最近聴いたCD

 *獅子心王の音楽 (HELIOS、CDH55292、1988年録音、ドイツ盤)

 今年1月に新潟市内のCDショップ・コンチェルトさんで買ったCD。 買う気になったのはタイトルに惹かれたから。 獅子心王とは英国の王リチャード一世のあだ名。 十字軍にも出かけていて、あだ名どおり勇猛果敢な王様だったとされている。 わりに文学化されていて、私もむかし、ロビン・フッドだとかアイヴァンホーなどに出てくるリチャード一世を格好いいと思ったものだし、最近ならロビンフッドが映画化されたので、映画でも見ることができる。 で、このCDなのであるが、獅子心王の即位 (1189年) から800周年である1989年に売り出され、私が買ったのは2007年に再発売されたものである。 16曲の宮廷音楽 (歌) が収められている。 とはいえ、王即位の年代から分かるように、この王様は中世に生きた人であり、その同時代の音楽であるから、節は完全に中世音楽だ。 正直言って念仏を聴いているような気分にならないでもないけど、ロビン・フッドやアイヴァンホーもこういう音楽を聴いていたのだと想像すれば、少しは親しみが湧・・・・・くかどうか、試してみて下さい。 演奏はクリストファー・ペイジ指揮のゴシック・ヴォイセズ。

Music for the Lion-Hearted King

3月19日(土)    *りゅーとぴあオルガン講座修了演奏会

 本日は、予定していなかったのであるが、標記の演奏会に行って来た。

 地震以来中止が相次いでいる音楽会。 なんだこりゃあ、と思って本日りゅーとぴあのサイトを見てみたら、この演奏会はやると書いてあった。 感激して、急遽行くことに決定。

 しかし昼食をとろうかと考えていた頃に決断したので、そのあと職場近くのK楽苑でラーメンを食べてからりゅーとぴあに向かったものの、到着は午後2時少し前。 本来は午後1時から賛助出演者3名 (いずれも以前にりゅーとぴあでオルガン講座を修了した方) の演奏があったのだが、それは聴けず、午後2時から始まる今年度の修了生の演奏のみ聴いた。 それで、申し訳ないが、賛助出演の方のプログラムは省略させていただく。

 今回は2階Dブロックで聴いた。

 ジュニアコース
  桜林富貴  ブクステフーデ: シャコンヌホ短調BuxWV160
  野口葵   バッハ: 前奏曲とフーガ イ長調BWV536
 一般コース
  羽貝一穂  ブクステフーデ: コラール前奏曲「いざ来ませ、異教徒の救い主よ」BuxWV211
          バッハ: 27のコラールより「甘き喜びのうちに」BWV729
  山田美由幸 ブクステフーデ: トッカータとフーガ ヘ長調BuxWV157
 応用コース
  佐々木淳子 メンデルスゾーン: アンダンテ ニ長調
  小林美知子 L・ボエルマン: ゴシック風組曲op.25よりT序奏とコラール、V聖母への祈り、Wトッカータ

 6人で1時間弱の演奏会だったけれど、音楽が実によく心の中まで響いてきて、とてもよかった。 どれも充実した曲と演奏だったが、曲がじわっと身に沁みてくるという点では、最初のブクステフーデのシャコンヌと、メンデルスゾーンのアンダンテが特に秀逸であった。 最初のブクステフーデでは、こんな曲があったんだなと感激したし、メンデルスゾーンでは、他がバロック期の曲、もしくは曲想がそれに類似した曲 (ボエルマン) で占められているなかで、違った時代の違った語法が、メンデルスゾーンの穏やかな優しさで展開されていて、聴いていて幸せって感じだった。

 最後の小林さんによるボエルマンは、技巧がしっかりしていて演奏自体もすばらしく、曲の色んな側面をよく表現していたと思う。 オルガンの持つ迫力も十二分に発揮されていた。

 最後は6人が並んでお辞儀をして終了。聴衆は五十人いたかどうかといったところだったが、勿体ないなあ。 タダで聴けるんだし、もっと沢山の人たちが聴くに値する演奏会だったんだけどねえ。

 終わってから、コンチェルトさんに直行、トリオ・ベルガルモのチケット (\1500) を払い戻し、それに****円を足して、Rene Saorginの弾いたブクステフーデのオルガン曲集 (5枚組) を買ってしまった。

3月18日(金)    *買い占め難民?

 本日、首都圏の大学に行っている次男が帰省してきた。 春休みだから、というわけではない。 休み中もバイトなどに精を出してあんまり帰省してこない人間なのであるが、今回は首都圏のスーパーなどで起こっている買い占めに音を上げたからだという。 本当に何もないのだそうで、仕方なく新潟市に帰ってきたというわけである。

 新潟でも、16日に記したように買い占めはある程度は起こっているのだが、東京ほどひどくはない。

 この点では東京都民に文句を言っておきたい。 だいたい、今回の地震災害による難民は仕方がないとして、原発事故による難民には東京人にも多少の道義的責任はあるはずなのだ。 東京電力は自分のエリア内で電力を調達できず、エリア外である福島県に原発を作り、そこから電力を東京などに送っていた。 本来なら原発は東京都庁の地下あたりにあってもおかしくなかった――そういう設定の映画もあったっけ――ものを、地方に危険な施設を押しつけて、その結果がこの惨状なのである。

 新潟県は地震と原発事故による難民を多数受け入れている。 今のところ、都道府県別で言うと一番多いのではないか。

 その上に東京の買い占めによる難民まで来たのではかなわない。 東京都民は猛省してもらいたい。

3月16日(水)    *地震後のいろいろ

 今回の地震では新潟市は震度4で、直接的な被害はなかった。 しかし、その後じわじわと地震による影響が広がっている。

 1)計画停電と新潟大学の混乱

 まず、本日から東北電力の計画停電が始まるはずであった。 予定どおりなら、本日の午前9時から12時までの3時間、大学や私の自宅のある新潟市西区、また商店街などのある新潟市中央区も停電するはずであった。 しかし午前8時の発表で中止になった。 もっと早く言ってくれよ、と誰でも思ってるだろうな。

 実は、昨日学内メールが回ってきた。 午後3時頃に来たメールでは、東北電力の計画停電が実施されるからそのつもりで、ということであった。

 その次に、午後8時40分頃にメールが来た。 学長名である。 東北電力に問い合わせたところ、新潟大学は公共機関なので停電とはしないという回答ではあったが、こういう場合なのでなるべく節電するように、との内容で、具体的には次のようなものであった。

  1.原則、当該キャンパスが、計画停電時間中は、照明・空調設備等は、消灯・停止すること。 ただし、医歯学総合病院は除く。

  2.上記以外の電力を必要とする設備等の使用については、教育研究及び医療活動上、最低限の使用に留め、最大限の節電に努めること。

 これは、理解できることである。 ところが、である。その数分後に今度は事務からの依頼ということで、計画停電の時間帯には次の3つを実施しろというメールが来た。

   @ 建物のエレベーター停止
   A 各執務室の照明消灯及び暖房停止
   B 上記のほか電気機器の使用自粛

 えっ、という感じである。 これは、事実上停電実施と変わりないではないか。 先の学長のメールと明らかに矛盾している。 それで、私は事務に問い合わせのメールを出した。 Bの 「電気機器」 にはパソコンも含むのか、という内容である。

 今どき、パソコンが使えなきゃ仕事にならないのだから、当然である。 例えば私なら現在翻訳の仕事を進めているのだが、ワープロで原稿を作っているのだから、パソコンを使うなと言われたらお手上げなのである。

 しかし返事が来ないままに私は午後9時30分頃帰宅した。 翌朝、つまり本日の朝、テレビで計画停電の中止を知り、大学に来たが、そして再度事務に問い合わせのメールを出したが、返事は結局この日も来なかった。 何やってんだろうな。 計画停電は本日は見送りになったけど、明日以降は実施されるかも知れないのだから、ちゃんと原則を決めて周知徹底しなきゃならないはずなのに。 これじゃ、東京電力を批判できないですよね。

 2)映画やコンサートの中止や延期 

 映画館の設備が破損して、というのではなく、内容的にこの時期不適切という理由で、映画が上映中止になっている。 『ヒアアフター』は、冒頭に津波シーンがあるからという理由で中止。 私はすでに見ていて、まあまあの映画かなと思っていたので、中止は残念である。 

 また、近日上映のはずだった 『ザ・ライト――エクソシストの真実』 と 『唐山大地震』 は、上映延期となった。 これも内容上の理由のようだ。 まあ、私としてはいずれも見る気はなかったので、個人的にはいいんですけど。

 新潟市内ではシネコンのワーナーマイカルとTジョイはこの件についてHPで掲示を出しているけど、どういうわけかユナイテッドは掲示を出していない。

 なお、本日の計画停電は直前で中止となったが、映画館は休館を決めたところもあるようだ。

 コンサートも延期や中止が多い。 今月13日に行われるはずだった東京交響楽団新潟定期演奏会は4月に延期、15日に予定されていたBBCフィルハーモニック管弦楽団の演奏会は中止となった。

 3)ガソリンスタンドやスーパーでの混乱

 昨日、クルマにガソリンを入れておこうと思ってガソリンスタンドに行ったら、1人20リットルまでという販売制限がついていた。 皆が万一に備えてガソリンを満タンにしようとしているからだろう。 また、いつもより市内にクルマが多いような気がする。 もしかすると地震や原発事故で県外から入ってきているクルマが増えているのかもしれない。

 私にしても、あと200キロ走れる程度のガソリンは残っていたのだが、いざという時のために多めに入れておこうと思ってガソリンスタンドに行ったのである。 また、私の行ったスタンドは自宅近くで、新潟市内としては郊外にあるのでまだしもだったが、その後市中心部にやや近いところに用があって出かけたら、そこら辺のガソリンスタンドは給油しようとするクルマが長蛇の列を作っていた。

 灯油についても同じである。 計画停電が実施されれば自宅の電気を使う暖房機器 (石油ファンヒーターも電気で動いている) は使用不能になるから、納戸にしまってある古いタイプの石油ストーブを出さなくてはならない。 それもあって、灯油を多めに確保しておこうとやはり自宅近くの雑貨スーパー (灯油の販売もしている) に行ったら、これまた1人20リットルまでという販売制限がついていた。

 その後、別の食品スーパーに行ったところ、入口でカップ麺を大量にかかえたオバサンとすれ違った。 実際、カップ麺のコーナーを見たらほとんど売り切れに近い。 インスタントだけではなく、乾麺も残りはわずか。 魚や肉の缶詰類もほぼ売り切れ。 懐中電灯と乾電池は言うまでもない。

 以上、地震の影響は、直接的な被災地でない都市においても広がりつつある。 

 4)各新聞社サイトの実力――今回の地震の当日報道で判断して

 これは地震が起こった当日の話である。 私は研究室にいて、各新聞社 (読売、朝日、毎日、産経、新潟日報) のサイトで事態の推移を追っていたのだが、このときほど各サイトの実力がはっきり分かったことはなかった。

 結論を書けば、1に読売、2に朝日、3に産経、4と5はなくて、毎日と新潟日報は論外。 なぜ論外かと言えば、第一報はともかくとして、その後まったくと言っていいほど地震に関する記事が更新されなかったからである。 読売は対照的で、もっとも克明に地震の被害を報道し続けていた。 やっぱり財力の差ですか。 それともネットの重要性に関する認識の差かな。

 

3月15日(火)    *東日本大震災の被災者のために寄付をしましょう

 本日、郵便局から日本赤十字を通して今回の震災被害者のためにわずかながら寄付をしました。 このサイトを読んでいる皆さんもご協力をお願いします。

 それにしても、話題は原発事故の帰趨に移ってきているようだ。 東京電力の原発が並んでいる地域は、私とも縁がないわけではない。

 私が高校卒業まで過ごしたいわき市は、福島県海岸部の南部である。 福島県は、海岸部である浜通りと、東北本線が走っている中通りと、会津若松がある会津地方と、3つの地域から成る。 東電の原発銀座があるのは浜通りの真ん中あたりだ。

 同じ浜通りでも、南部にはいわき市があり、いわきは合併してできた市ではあるけれど、合併以前から平や磐城といった市があった。 また浜通り北部には相馬市や原町市 (少し前から合併して南相馬市になっているけど) がある。 しかしその中間部分には昔も今も市がない。 これといった産業がなく、人口がすくない地域なのである。 そこに東電が目を付けて、今のような原発銀座になったというわけであった。

 私の高校時代 (1968年4月〜71年3月)、まだ原発はなかったけれど、この浜通りの中ほどの地域から、わざわざ南部のいわき市にある磐城高校――私の母校ですけど――に通っている同級生が何人かいた。 本来は学区外なのであるが、その辺には進学高校もないので、常磐線普通列車で片道1時間ほどかかる距離であるにも関わらず、浜通り随一の進学校まで通っていたのであった。

 彼らの中には大学を出てから故郷に戻った人たちもいたと記憶する。 1年生の時に私と同じクラスだったN君は福島県立医大を出て、故郷の広野町で開業したはずだ。 また3年次になると進学先別のクラス編成になるが、その国立文系クラスの一つで私と一緒だったI君は成績優秀で、一橋大をめざしたが惜しくも涙を呑んで早大に進学した。 卒業後は故郷の富岡町で店を経営していると聞いた覚えがある。 

 彼らは今回の事態でやはり町の外に避難したのだろうか。 高校を出てから一度も会っていないけれど、気になる。

3月14日(月)     *津波に襲われた地域の思い出

 今回の震災では、津波による被害がひどかった。 町ごと飲み込まれるようなケースがいくつもあった。

 そうした被害地は、私とも無縁ではない。 私は三陸地方には一度も行ったことがないけれど、今回津波に仙石線の電車がさらわれかけた宮城県の野蒜は、大学生だった頃に同じ研究室の人たちと一緒に何度かピクニックに出かけた地方だからだ。 あのあたりの観光地というと松島が有名だが、地元の人間は観光客の多い松島より、奥松島と呼ばれる地域をよくピクニックの目的地にする。 野蒜はその奥松島の玄関のようなところなのである。

 また、福島県の北部の町も津波でやられたが、この辺は、降りたことはないけど、私が学生時代に帰省するとき常磐線でよく通った一帯である。 仙台駅から、当時の平駅 (現・いわき駅) まで、学生なので大抵は鈍行を使い、3時間か3時間半くらいかかった。 奮発して急行だと2時間半。 ほぼ中間にあるのが原町駅で、ここで駅弁のカニめしを食うのが楽しみであった。 今もあると思うので、駅弁マニアの人は試してみて下さい。

 しかし原町駅がある原町市 (現・南相馬市) も、その北にある相馬市も、いちおう市ではあるけれど人口は5万に満たず、ひなびた印象は隠せない。 しかしそうしたひなびた海岸部を、のんびり鈍行で帰省するのは、今から考えると一種の贅沢だったような気がする。

 けれども、私の家族は、私が大学2年生の秋、父の転勤によって東京に引っ越した。 私の帰省先は東京に変わった。 それでも私は好んで常磐線を利用したけれど、さすがに仙台から上野まで鈍行というのはキツイから、3時間から3時間半の鈍行の旅は、終わりになってしまった。  

3月12日(土)    *山本真希オルガンリサイタル No.11 巨匠J・S・バッハ    

  本日は午後5時から標記の演奏会を聴いた。 「ライプツィヒ・コラール集と晩年バッハの名曲」 という副題を持つオルガンリサイタル。 大地震の直後であるせいか客の入りは良くなくて、150人いなかったのではないかと思う。 私はオルガンを聴くときの定席である3階Jブロックで聴く。

 バッハ:
  ライプツィヒ・コラール集より
   1.”来たれ精霊、主なる神”によるファンタジア ペダルによる定旋律 オルガノ・ プレーノで BWV651
   2.”来たれ精霊、主なる神”アリオ・モード 2段鍵盤とペダルで BWV652
   4.”装いせよ、おお愛する魂よ”2段鍵盤とペダルで BWV654
   6.”おお神の小羊、罪なくして”3節 BWV656
   8.”われは御神より離れず”ペダルによる定旋律BWV658
   〔1〜8 コラール演奏 新潟市ジュニア合唱団〕
  前奏曲とフーガ ハ長調(ライプツィヒのハ長調)BWV547
  (休憩)
  前奏曲とフーガ ロ短調 BWV544
  ライプツィヒ・コラール集より
   12.”いと高きところにいます神にのみ栄光あれ”ソプラノによる定旋律 2段鍵盤とペダルで BWV662
   13.”いと高きところにいます神にのみ栄光あれ”テノールによる定旋律 2段鍵盤とペダルで BWV663
   14.”いと高きところにいます神にのみ栄光あれ”によるトリオ 2段鍵盤とペダルで BWV664
   15.”われらの救い主なるイエス・キリストは”聖餐式にて ペダル BWV665
    〔12〜15 コラール演奏 敬和学園混声合唱部〕

 バッハ晩年のオルガン曲は、解説で山本さんも触れられているが、多様な技法が駆使されていると同時に、なかなか全体像をつかみにくい作品群である。 今回は作品のもとになったコラール (讃美歌) を前半と後半で違った団体が歌うという趣向を用いており、その分、作品の持つ抽象度がいい意味で弱められ、親しみやすくなっていたように思った。 特に後半の、敬和学園の4声を揃えた合唱は聴き応えがあった。 バッハのオルガン音楽は奥が深くて、とてもこれで手がかりがつかめたとは言えないが、少なくともその一つの側面に触れることはできたという気持ちは、持つことができた。

 客は少なかったものの、惜しみない拍手が送られた。 途中休憩20分を含めて2時間弱の充実した演奏会であった。

3月11日(金)    *地震は嫌いです

 ・・・・というようなタイトルにすると、地震が好きな奴はいないよとツッコまれそうな気がするが、私は平均的な日本人より地震が不得手だと思う。

 本日午後に起こった大地震、新潟市の震度は4であった。 研究室にいて、揺れが来たので、急いで廊下に出た。 大きな地震の場合、研究室の中にいると書棚が倒れてきたりして危険だからだ。 他の教員たちも廊下に出てきていた。

 今回の地震の特徴は長く続いたことだろう。 大きな横揺れは無論気持ちが悪いのだが、震源地が近ければ縦揺れになるはずで、横揺れは震源地が遠いことの証拠でもあるから、大きめの地震だけどまあ大丈夫かなと思っていた。 ところがその横揺れが一向に止まないのである。 そろそろ終わるかと思ってもいつまでも大きく揺れている。 うーん、ホントに大丈夫だろうか、という気がしてきた。

 廊下に出てきていた人たちの中には、少し前にやってきたドイツ人研究者もいた。 数日前に学内で行われたシンポジウムにも出ていたが、しばらく新潟大学で研究を続けるために来て、私のフロアに臨時の研究室を割り当てられていたのだった。 ドイツには地震はないから、さぞかし気分が悪かっただろう。 (・・・・・・・追記。 この人は結局、予定を切り上げて早々とドイツに帰ってしまった。 心理的にパニック状態に陥ったらしい。)

 しかしともかくも最初の大きな揺れが収まって、皆は研究室に戻っていった。 私も戻った。 しかしその後も余震が続いたので、そのたびに私は廊下に出てしまうのであるが、他の人たちは全然出てこないのである。 気丈だなあ、と感心してしまう。 私はともかく揺れが来ると、大地震の可能性があるという気持ちが抑えきれずに、廊下に出ていくのだが、そういう人間は私だけらしい。 地震国に半世紀以上暮らしながら、ダラシないですね。 すみません。 

3月8日(火)    *最近聴いたCD

 *シューベルト: ヨーロッパの詩人による歌曲集 第2集 (NAXOS、8.557026-7、2002年録音、EU盤)

 NAXOSから出ている 「シューベルト 歌曲全集 第14集」 にあたる2枚組CDである。 1枚目は英国の、2枚目はイタリアの詩人その他を取り上げている。 1枚目の内容は、すべてドイツ語訳に歌をつけたものだが、(1)古いスコットランドのバラード (いわゆるエドワード・バラード)、(2)夜 (マクファーソン『オシアン』より)、(3)ロルマ (同左)、(4)変容 「天の生命の炎は燃えさかり」(アレクサンダー・ポープ)、(5)盲目の少年 (Colley Cibber)、(6)好色家 (Abraham Cowley)、(7)シルヴィアに (シェイクスピア『ヴェロナの二紳士』より)、(8)酒宴の歌 (シェイクスピア『アンソニーとクレオパトラ』より)、(9)セレナード 「きけ、きけ、ひばり」 (シェイクスピア『シンベリン』より)、(10)オスカルの死 (マクファーソン『オシアン』より)。 2枚目では (13) まではイタリア語の歌詞で、(1)アリエッタ 「牧場の羊飼いの娘」 (カルロ・ゴルドーニ)、(2)アリア 「波の間に」 (ピエトロ・メタスタジオ)、(3)アリア 「今こそ用心せよ」(第1作) (同左)、(4)アリア 「今こそ用心せよ」(第2作) (同左)、(5)アリア 「あわれな幼な子」(同左)、(6)どれほど熱愛していることか・・・アリア 「ああ、私を見捨てないで」 (ピエトロ・メタスタジオ『見捨てられたディドー』より)、(7)目の魔力 (ピエトロ・メタスタジオ)、(8)欺かれた裏切り者 (同左)、(9)妻を得る法 (詠み人知らず)、(10)〜(13)4つのカンツォーネ 「骨壺に近寄るな」(ジャコポ・ヴィトレッリ)、「見よ、月の白きを」(同左)、「顔でわかった」(ピエトロ・メタスタジオ)、「愛しき者よ、思い出して」(同左)、 (14・独訳)別れのつらさ (ピエトロ・メタスタジオ)、 (15)〜(17) 3つのソネット(独訳) 「アポロよ、汝のやさしい望みはなお生きて」(ペトラルカ)、「ただひとり、物思いに沈む、けいれんに麻痺したように」(同左)、「今ぞ天と地は静まり」(ペトラルカ)、 (18)夕べのセレナード 「リーナに」 (詠み人知らずのフランス語の歌詞の独訳)、(19)星の世界 (スロヴェニアの詩人Urban Jarnikの作品の独訳)、(20)詩編13番(断片) (独語訳)

 こうしてみると、1枚目ではマクファーソン『オシアン』とシェイクスピアが目立っている。 しかし最初に録音されているエドワード・バラードのインパクトは相当大きい。 このスコットランドのバラードは有名だが、知らない人のためにちょっとだけ書いておくと、父殺しを犯した息子がそれを母に告白するが、最後にその犯罪が母親に教唆されたものだと告発するところで終わる、衝撃的な内容なのである。 シューベルトの歌も、ちょっと秘密めかした調子で続いていてなかなかよくできているような気がする。 2枚目で音楽的に面白いと思ったのは(3)かな。 演奏は2枚とも、マイヤ・ボーグ (ソプラノ)、ヴォルフ・マティアス・フリードリヒ (バス・バリトン)、ウルリヒ・アイゼンローア (ピアノ)。 しばらく前に新潟市のCDショップ・コンチェルトにて購入。

European Poets 2

 

3月7日(月)    *久しぶりに確定申告

 本日の午後は久しぶりに確定申告をしに出かけた。 場所は新潟税務署、ではなく、朱鷺メッセ。 確定申告用の特設会場が設けられている。

 以前は毎年確定申告をしていた。 新潟大学以外に、近隣の高専もしくは私大で非常勤講師をしていたからだ。

 しかし、今から7年前、当時非常勤講師をしていた私大が少子化で定員割れを起こし経営が悪化しているからという理由で、首を切られた。 以来、非常勤講師の口からは遠ざかり、したがって確定申告をすることもなくなった。

 今年久しぶりに確定申告をしたのは、一昨年の12月に 『鯨とイルカの文化政治学』 という本を出し、その印税を翌月、つまり昨年の1月にもらったからである。 念のため書いておけば、それ以前に出した著書や訳書で印税をもらったことは一度もない。

 会場に行ってみると、結構混んでいる。 また、以前やっていた非常勤講師の場合は 「給与を複数の勤務先から得ている」 ということで書類を書いていたのだが、今回は雑所得になるのだそうで、そういう書類は書いたことがないから、手取り足取りで教えてもらわないと分からない。 

 おまけに、この7年間のあいだに最終的な書類作りはパソコンでするようになっている。 これまた係員に手取り足取りで教えてもらわないと分からない。 それでも私は自分の氏名や住所や生年月日などを自分で打ち込むことくらいはできるからまだいいが、会場にはそういうこともできないらしい――多分自営業か何かの――オバサンもいて、税務署係員が一から十までやっている。 パソコンを導入してかえって時間がかかるようになったのではないか、そんな気がした。

 ちょっと驚いたのは、本を書くに当たって使った文献の費用――もちろん私費で買ったもの――を必要経費扱いしてもらったのだが、こちらがレシートなどを取っておいたのを自分で計算して書類に書き込んでも、全然チェックが入らないこと。 私はてっきりレシートの金額と書類の合計金額が合っているかどうかのチェックが入るものと思っていたのだが、そんなことはしないのだ。 手間がかかるからかな。 これじゃ、多少、いや、かなりゴマカシがきくと思うんですが。 こんなに大ざっぱだとは知らなかったから、正直に計算してしまいました(笑)。

 でも、結局は数万円追加で徴税されるんだよねえ。 サラリーマンは税金は戻ってこない。 ウチのカミさんはピアノ教師、つまり自営業だが、確定申告すると税金が戻ってくることがあると言っている。 自営業者とサラリーマンはこんなにも違う。    

3月5日(土)    *京都大学の対応はきわめて正しい――入試問題ネット投稿事件について

 本日の毎日新聞を読んでいたら、びっくりするような記事が載っていた。

 http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110305k0000m040101000c.html 

 入試ネット投稿: 京都大への批判強まる

 入試問題投稿事件で逮捕された仙台市の予備校生(19)の“幼稚”ともいえるカンニングの手口が明らかになるにつれ、京都大への批判が強まっている。不正行為を防げなかったばかりか、声高に「被害者」の立場を強調したとの見方からだ。事件に関し、京大へ4日までに寄せられた電話は170件を超え、ほとんどが苦情や抗議。捜査を進める京都府警内部にも大学の対応を疑問視する声がある。

 京大広報課によると、電話は予備校生が警察に保護されたというニュースが流れ始めた3日午後から増え、同日夕までに約30件、4日は午後5時半までに144件に上った。

 うち十数本は激励だったが、その他は「監視が甘かったのではないか」「被害届を出して逮捕させたのは間違い」「カンニングで逮捕はやりすぎ」といった意見。「予備校生がかわいそう」という同情の声もあった。

 予備校生の出身地や通っていた予備校がある東北地方の市外局番からの電話も。ある職員は「今日はほとんど仕事にならなかった」とこぼした。

 一方、府警内部でも京大の対応に違和感を覚えるという声が出ている。監督の不備の可能性に目をつぶり、内部調査もしないまま警察に丸投げした形になったためだ。

 事件発覚から6日目の3日、初めて記者会見した松本紘学長は「監督はちゃんとやっている」と時に声を荒らげて強調。「(京大の監督の)範囲の外で起こるようなネット犯罪であれば、対策を取らなければいけない」とまで述べた。ところが、予備校生は府警の調べに、試験会場の自席に着き「机の下で携帯電話を操作した」と説明。会場の隅の席は試験監督から死角になるので何回もやったとも話し、一夜にして「監督は万全」との大学側主張に疑問符がついた。

 「試験監督の不手際を棚に上げ、すぐに警察に持ってくるのはどうか。自ら検証もせず、批判や追及を受けないよう逃げているだけのように思える」。府警幹部の一人はこうつぶやいた。【広瀬登、太田裕之、林哲平】

      *        *

 以下、当サイト製作者のコメント。

 ずいぶん馬鹿げたことを言う連中もいるものだ。 京都大学の今回の対応はきわめてまっとうで正しいと言わねばならない。

 まず、監督が不備ではないかという警察の 「つぶやき」 に反論する。

 1教室に数十人から百数十人もいる受験生の一挙一投足を、数人の監督員で100パーセント把握するなんてことができるわけがないのである。 大学が抱える教員の数からしても監督員の数を増やすのには限度がある。 また、仮に監督員を増やして1監督員あたりで3名か4名の受験生をずっと見張っているという体制を作ることができたとしても、そんな状況で受験生が落ち着いて問題を解けるだろうか。 私もむかし、大学院を受験したとき、たまたま監督が同じ研究室の助手で、その人が長時間私の席のすぐ後ろから見守っているので、落ち着かなかった経験がある。 後で訊いたら、後輩がうまく問題を解けているかどうか心配だったからと言うのだが、そういう 「配慮」 はかえって仇になるものだ。

 また、問題の受験生は京大だけでなく、早大や同志社大などの入試でも同じことをやっているわけで、特に京大の監視体制に大きな不備があったというわけではないことは明らかだろう。 

 今回の事態は、ケータイをはじめとする電子機器の発達に入試体制が追いつかなかったところに本質的な理由があると考える。 これはケータイを制限すれば済むという問題ではない。 ケータイを仮に全面的に前もって回収することができたとしても、時計やメガネに小型カメラを仕込んだスパイ映画もどきの製品が実際に売られているというし、それを電波で飛ばすことだってそのうち可能にならないとも限らない。 まさか 「時計は持ち込まないで下さい」 「メガネをかけないで下さい」 と受験生に言うわけにもいかないだろう。

 とすれば、一部のコンサートホールでやっているように、ケータイなどの電波を入試時には遮断するような対応をとらないと本当の解決にはならないだろう。

 次に、「カンニングで逮捕はかわいそう」 といった類の意見であるが、はっきり書くけど、これは悪を放置しろというのに等しく、愚民の意見であり、そんな意見を天下の新聞が取り上げる方がおかしいのである。 19歳は未成年とはいえ、少年法の適用を受ける14歳未満とは異なるし、また18歳未満とも違って重大な犯罪を冒せば死刑になる可能性もある年齢である。 小学生が校内テストで不正をしたのとはわけが違う。 世の中にはバカも多いから、バカが京大に電話をかけてくるのは仕方がないが、そんなバカの意見を新聞に載せる大バカがどこにある? 毎日新聞は何を考えているのか? 毎日新聞はカンニングをやって自社に入社した記者がいてもまったく問題にしないつもりなのか!? 

 カンニングは不正行為である。 不正行為が発覚したらそれにふさわしい罰を受けるのが当たり前なのである。 その当たり前のことができない大学があるとすれば、それは受験生や学生に媚びへつらって 「消費者は王様です」 とニコニコしているしか能のない4流大学である。 今回、京大が不正行為を許さないという対応を即座にとったのは、日本を代表する大学にふさわしい態度であった。

 また、今回の事件では解決にあたって、IPアドレスの特定など、1大学だけでは到底解明不可能な作業が必要であった。 つまり犯人の特定そのものに警察の力が必要だったのである。 その意味でも京大が警察に訴えたのは当然なのであって、警察内部でそれに疑問が出たというなら、警察はそういう意見を言った警官個人の名前を発表したらどうか。 そしてその人物はあくまで自己責任において自分の意見を発表すべきだろう。 実際、尖閣列島ビデオ流失事件ではそういう事態になったわけだし。

3月2日(水)    *クァルテット・エクセルシオ モーツァルト弦楽四重奏曲連続演奏会 第3回

  クァルテット・エクセルシオによるモーツァルト・シリーズの3回目演奏会が本日午後7時から行われた。 りゅーとぴあのチケット売場の前を歩いていったら、「当日券あります」 の紙が貼られていた。 やっぱり回ごとに売れ行きは違うのかなと思ったが、スタジオAに入った印象ではこれまでと変わらない入りでほぼ満席。 いつものように右側に席をとった。

  オール・モーツァルト・プログラム

  弦楽四重奏曲第20番ニ長調K.499「ホフマイスター」
  弦楽四重奏曲第21番ニ長調K.575「プロシア王第1番」
  (休憩)
  弦楽四重奏曲第23番ヘ長調K.590「プロシア王第3番」
  (アンコール)
  ベートーヴェン: 弦楽四重奏曲第9番「ラズモフスキー第3」から第3楽章

 いつものようにチェロの大友さんの解説がまずあった。
 そこでも言われたことだが、モーツァルト晩年の弦楽四重奏曲は中期のハイドン・セットに比べるとゆるいというか、ハイドン・セットが弦4本の緊密な構成で作られているのに比べると、かなり自由に作曲されているという印象がある。 自由自在、枠組みや作曲理論に捕らわれすぎずにやりたいことをやっている、という感じである。 また、プロシア王セットでは依頼者の意向もあって中低音弦の表現が増している。

 前の第2回は、緊密な構成の音楽を聴いているので、聴く側も疲れてしまうようなところがあったのであるが、今回はそれに比べるとリラックスして、モーツァルトが自在に遊んでいるのを見てこちらも肩の力を抜いて自由に楽しんでいるというような気分で聴くことができた。 その意味では、3回のシリーズを締めくくるのにふさわしい演奏会であったと言えるだろう。 個人的には、「ホフマイスター」 の後半や 「プロシア王第3番」 の後半などが面白く聴けた。

 アンコールになって、第1ヴァイオリンの西野ゆかさんからうれしいニュースが。 今年の秋口から、あらたにベートーヴェンの3回シリーズが企画され、また新潟で演奏してくれるとのこと。 いやあ、実にタイムリーと言うか、空気を読んだ (笑) 企画だなあ。 りゅーとぴあとクァルテット・エクセルシオに感謝したい。

 アンコールはそれで、次の予告の意味を込めてベートーヴェンが演奏された。

 ここで個人的な趣味に走ってしまおう。 ベートーヴェン・シリーズのその次の企画である (笑)。 まず、ロマン派シリーズはいかがであろうか。 シューベルト、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームスから曲を選んで3回シリーズで演奏するのである。 その際に、是非シューベルトの第15番ト長調の弦楽四重奏曲を入れていただきたい。 シューベルトの四重奏曲では第14番 「死と乙女」 は嫌になるほど実演で取り上げられているが、15番は私は一度も実演で聴いたことがないのである。 是非、お願いしたい。

 ロマン派シリーズのあとは、私はショスタコは不得手なので(笑)、民族楽派シリーズがいいかな。 スメタナ、ドヴォルザーク、チャイコフスキー、ボロディン、シベリウスなどで3回シリーズ。

 ちょっと先走りすぎたか。 でも、それだけクァルテット・エクセルシオでの企画への期待が高いからなのだ。 実現してほしいものである。

2月28日(月)    *『シュトルム名作集 第3巻』(三元社) が発売に!

 すでに 『シュトルム名作集』 の第1巻と第2巻が三元社から出ており、第2巻では私も訳者に名を連ねているが、このたび第3巻が発売された。 もともとはシュトルムの小説選集として全2巻で企画されていたものであるが、わりに評判が良かったので、さらに3冊を追加して小説全集にすることが決まった。 その第一段がこの第3巻である。

 『大学時代』 や 『三色すみれ』 など、一昔前の世代にはなつかしい作品に加えて、本邦初訳の作品も含まれている。 税込み定価5670円だからやや高いと思われるだろうが、約500ページで2段組、17の小説が収録されているので、コストパフォーマンスを考えれば決して高くはない。 

 今回は私の訳は含まれていないので、私のファンの方には申し訳ないのであるけれど(笑)、次の第4巻と第5巻では私の訳した小説も収録される予定であるから、お見捨てなく、ご購入をお願いしたい。

シュトルム名作集〈3〉

 

2月27日(日)     *東京交響楽団第63回新潟定期演奏会

 午後5時から標記の演奏会に出かけた。 これは新潟では東響新潟定期だが、東京では東京芸術劇場シリーズの第107回でシリーズ・フィナーレにあたる。 パンフにも岡本稔氏がこの点について書いておられたが、毎日新聞にも梅津時比古氏による紹介記事が載った(↓)。 それだけクラシック・ファンから注目されていたシリーズということであろう。

 http://mainichi.jp/enta/geinou/news/20110223dde012200045000c.html 

 私自身はこのシリーズ、ほんのわずかしか聴いていないが、シリーズ製作に当たってこられた大友直人氏のご苦労を改めてねぎらいたい気持ちである。

  指揮=大友直人
  ピアノ独奏=上原彩子
  コンマス=高木和弘

  パヌフニク: 交響曲第3番 「祭典交響曲」
  ラヴェル: ピアノ協奏曲ト長調
  (休憩)
  スタンフォード: 交響曲第3番 「アイリッシュ」

 客の入りは、プログラムのせいかあまり良くはなかった。 しかし演奏はなかなか良かったのではないか。

 実を言うとここ2、3年、東響新潟定期では大友さんの指揮の場合、「うん、満足!」 と言える演奏があまりなかったような気がしているのだが、今回は東京芸術劇場シリーズのラストということもあってか、気合いが入っていて技術的にもしっかりしており、かなり満足度の高い演奏だったと思う。

 最初のパヌフニクの曲は初めて聴いた。 というか作曲家の名前も知らなかったくらいなのである。 しかし舞台左端前方と右端後方にトランペットを配して、そのトランペットの長い独奏 (というか複数のトランペット奏者による演奏だが) から始まるこの曲、結構面白く聴けた。

 次のラヴェルは、上原さんがソリスト。 上原さんは以前にも聴いたことがあるけど、結婚して出産もされたせいか、こころなしか体つきがふっくらとされたような。 ご家族を持って演奏が変わったかどうかまでは分からないけれど、いい意味であまりトリッキーではない演奏で、なかなか良かったと思う。 それにしても、この曲、第3楽章がゴジラのテーマ曲に似てるんだよなあ。 もちろん、ラヴェルのほうが先でゴジラのテーマを作曲した伊福部昭のほうが後だから、ラヴェルがゴジラを真似たわけではない (笑)。

 最後がスタンフォード。 スタンフォードはNAXOSから交響曲全集が出ているので、あらかじめ購入して、この第3番も何度か聴いて予習したのであるが、しかしどうも特徴がよくつかめない。 演奏の充実ぶりはともかくとして、曲の面白さという点では本日の3曲中最低だったのではないかと思ったことであった。

 いずれにせよ演奏自体は満足度が高く、大友さんには、東京芸術劇場シリーズが終わっても、今後とも清新で意欲的なプログラムを組んでいただきたいと期待するものである。

2月23日(水)     *クリストフ・マントゥー オルガンリサイタル 〜バッハからモーツァルトへ〜 

 昨日は、一昨日のレジストレーション講座を受けて、マントゥーのオルガンリサイタルに出かけた。 先日行われた石丸由佳さんのオルガンリサイタルは客がよく入っていたが、今回はいつもの水準(?)に戻ってしまい、二百人弱くらいだっただろうか。 本格的なオルガンリサイタルっていうと、いつもこのくらいしか入らないんだよなあ、 勿体ないんだけど。 私は3階Jブロックに席をとった。

 バッハ: アラ・ブレーヴェBWV589
 ―― : 最愛なるイエスよ、われらここに集いてBWV633
 ―― : ”イエスよ、わが喜び”による幻想曲BWV713
 ―― : 最愛なるイエスよ、われらここに集いてBWV731
 ―― : トリオソナタ第2番BWV526
 ―― : 幻想曲とフーガ ト短調BWV542
  (休憩)
 C・P・E・バッハ: ソナタ ニ長調Wq70.5
 モーツァルト: 幻想曲 へ短調K.594
 ハイドン: 音楽時計のための音楽より
 モーツァルト: 幻想曲 へ短調K.608
  (アンコール)
 バッハ: トリオソナタ第5番BWV529より第1楽章

 マントゥーの新潟でのリサイタルは2009年に続いて2回目になるが、今回は 「バッハからモーツァルトへ」 という副題がついている。 オルガン音楽の、バッハから古典派への流れが、一夜の演奏会によってつかめるように曲が選ばれているのである。

 まず前半はオール・バッハ。 最初は彼の初期の作品、ついで有名なオルガン小曲集から3曲、そしてオルガン曲ながら少人数で弾く室内楽的な味もあるトリオソナタ、バッハのオルガン曲の代表作の一つである幻想曲とフーガBWV542、というふうに、同じバッハの曲ながら趣向がそれぞれに少しずつ異なった作品が続けて演奏され、バッハのオルガン音楽の世界の広がりが垣間見えた気がした。

 後半はまずバッハの息子のカール・フィリップ・エマヌエルのオルガン曲。 親子と言いながら時代的にも趣味的にもまったく違った世界がある。 そしてモーツァルトとハイドン。 ハイドンの 「音楽時計のための音楽」 がいかにもハイドンらしい喜遊的な軽みに満ちているのとは対照的に、モーツァルトの2曲はオルガンに激しいパッションを込めようとしたかのようで、いずれも短調作品であることもあるのであろう、オルガンという楽器の持つ響きの能動性を利用しつくそうとしているような印象があった。

 ちょうど午後7時に開演し、途中休憩20分を挟んで本プログラムが終了したのが9時直前。 そのあとアンコールが1曲演奏されて、終演は9時7分頃だったか。 まさに質量ともに充実した演奏会で、数は多くなかったものの聴衆はみな満足して帰路についたことと思われた。

2月22日(火)      *クリストフ・マントゥー 公開レジストレーション

 本日は午後5時30分から、明晩オルガンリサイタルを行うクリストフ・マントゥーによる公開レジストレーションの講座があり、私も出席してきた。

 オルガン音楽の妙はレジストレーションによって演奏者が自分なりの音を作りだしていくところにある、くらいの知識は私にもあったが、具体的なことは全然分からないので、興味津々で出かけた。

 約50名の新潟市民が集まり、マントゥーが通訳付きで説明してくれた。 以前、マントゥーがりゅーとぴあでの演奏会時に聴衆に解説をしてくれた際に山本真希さんが通訳を務めたときもそうだったけど、今回もマントゥーはドイツ語で話をしていた。 最初は演奏台のすぐそばでの説明。 私は演奏台と至近距離に来たのも初体験である。

 パイプオルガンは何しろ音が大きいし、また演奏者と聴衆の距離が遠いので、演奏者自身にも自分の出す音が効果的かどうかはよく分からないので、聴衆席でその辺を確かめてくれる協力者が必要なのだそうである。 そうやって曲と楽器の特性を考慮しながら音を作り上げていく作業はかなり時間がかかるとのこと。 この辺が、ピアノやヴァイオリンと大きく異なるところなのだ。

 一通り説明したあとは、Cブロックに移り、山本真希さんが色々な音で演奏するのを聞き比べた。 三択 (一つの短い曲を三種類の音で聞き比べて) で、どの音作りが最も良いかを答えさせるクイズが2回あったが、私はいずれの回も正解できなかった(笑)。 まず高音と低音のバランス、そして各声部が他の声部に埋もれてしまわないような音選びが大事であると教えていたいた。 無論、正解は一つではないし、楽器の特性や作曲家の置かれた時代背景なども大切な要素だそうである。

 約1時間にわたり貴重な内容の講座に参加できて、とても勉強になった。 こういう企画を立ててくれたりゅーとぴあに感謝したい。 明日のマントゥーの演奏会への期待もいっそう膨らんだことであった。

                   *

        *クァルテット・エクセルシオ モーツァルト弦楽四重奏曲連続演奏会第2回

 上記のマントゥーのレジストレーション講座のあとは、りゅーとぴあ内のスタジオAで午後7時から行われる標記の演奏会に急行した。

 オール・モーツァルト・プログラム

 弦楽四重奏曲第14番ト長調K.387
 弦楽四重奏曲第15番ニ短調K.421
 (休憩)
 弦楽四重奏曲第17番変ロ長調K.458「狩り」
 (アンコール)
 弦楽四重奏曲第20番K.499「ホフマイスター」より第2楽章

 前回と同じく、最初にチェロの大友さんから簡単な解説があった。
 そのあといよいよ演奏である。 女性3人は色違いながらデザインを統一した服装。 私は前回と同じく右端のほうに席をとる。 理由は前回に同じ (笑)。

 今回取り上げる曲はいずれもモーツァルトの弦楽四重奏曲として有名なものばかり。 それだけにこちらもディスクで知っている演奏と比較する形になるが、やはり演奏者が若く、会場が大きくないということもあって、音が積極的に出ているところが特徴であろう。 ディスクによっては枯れた演奏のものもあるので、かなり直線的というか、演奏者の意志をはっきり打ち出しているので、聴衆としてもそれをしっかり受けとめる必要があったと思う。

 個人的には前半の2曲がモーツァルトのカルテットとして特に好きなのだけれど、今回聴いてみて、第14番は意外に複雑というのか、音の交錯する有様がはっきりと感じ取れて、今まで漠然と思っていたのとはちょっと違った面が見えたような気がした。 第15番は今回唯一の短調の曲であるが、音がしっかり出ているので、しみじみとした悲哀ではなく、強い悲しみの表情が見えていたような気がした。

 強い音の交錯という点では、休憩後の第17番で最も効果的に演奏がなされていたように思った。 モーツァルトのカルテットってこういう作りだったのか、と教えられたような印象。 ブラボーの声が大きく上がったのも当然であろう。

 アンコールには次の第3回で予定されている曲の一部が演奏された。 次回がまたまた楽しみである。

2月21日(月)      *大相撲はスポーツなのか? ――牧太郎氏と玉木正之氏の見識

 大相撲の八百長問題が世間をにぎわしているけれど、この問題くらい建前と本音が乖離しているケースはそうそうないのではないか。

 大相撲は普通の意味でのスポーツで、スポーツマンシップが要求されるものなのか? むしろプロレスに近いのではないか。 そしてプロレスが普通の意味でのスポーツだと思う人はいない。 あれは興行であって、エンタメなのである。 

 マスコミでも、必ずしも建前論的な 「八百長を根絶して出直せ」 的な議論ばかりが出ているわけではない。 毎日新聞では牧太郎氏が10日ほど前のコラムで以下のようなことを書いていた。

               *

 http://mainichi.jp/select/opinion/maki/news/20110222dde012070055000c.html 

 牧太郎の大きな声では言えないが…:大相撲はスポーツ?

 見世物文化研究所代表・川添裕さんの「江戸の見世物」(岩波新書)によれば、江戸の見せ物ブームの頂点は1820(文政3)年ごろだったらしい。

 この年7月23日、牛込に住む隠居僧・十方庵敬順(じっぽうあんけいじゅん)という人物は朝早く自宅を出発。隅田川に架かる両国橋を目指した。橋を挟んで東両国、西両国は興行小屋に埋めつくされ、老若男女で立すいの余地もない。

 東両国の回向院(えこういん)は本尊を仮小屋に移して、本堂では信濃善光寺の阿弥陀如来(あみだにょらい)をご開帳? 本堂右横は米藁(わら)細工の鳥獣見せ物、那智大滝(なちのおおたき)をイメージして荒武者が滝行を見せる……十方庵の見聞録「遊歴雑記」によれば8軒の小屋を「はしご」した。

 それにしても、遠い信濃善光寺の如来を江戸まで運んでくるアイデア。回向院は「興行ごころ」の深ーい寺である。この回向院には義賊・鼠(ねずみ)小僧次郎吉の墓がある。墓石を削り取ると「スルリと入れる」というご利益があるらしく、今でも受験シーズンになると参拝客が絶えない。

 江戸の各地で、細々と小屋掛けしていた勧進大相撲が回向院で定期的に開かれるようになったのも、回向院の「イベント好き」に助けられてのことだろう。1909(明治42)年、境内に両国国技館が建てられ、人気作家・江見水蔭(えみすいいん)が「相撲節は国技である」と披露文を読み上げ、このかいわいは「国技の街」に変貌した。

 両国かいわいで育った僕にとっては大相撲は見せ物から始まった伝統文化。極めて「芸能」に近い“出し物”だと思っている。事実、力士はちょっと前まで芸者、たいこ持ち、役者と同じように「ご祝儀」を主たる収入源にする“サービス産業”でもあった。

 だから、昨今の八百長騒動で、メディアが「大相撲=近代スポーツ」と決めつけるのを見ると違和感が残る。

 スポーツでない理由? それは大相撲には「待った!」があるからだ。互いの息が合うまで「待った」をしてよい。

 こんなエピソードが残っている。1865(慶応元)年11月場所、新大関の鬼面山谷五郎(きめんざんたにごろう)VS前頭6枚目両国梶之助(りょうごくかじのすけ)の一戦。両国の「待った」が六十数回、鬼面山が三十数回。延々2時間以上たっても立ち上がらず、日もすっかり暮れて「預かり」になった。

 息を合わせる伝統芸。「待った!」は調和、均衡を原理にした形式美である。大相撲は本当にスポーツなのか?(専門編集委員)

                 *

 そして本日も産経新聞に、スポーツライター玉木正之氏の寄稿が載った。 大相撲を論じるには、このあたりの事情を組み込んでおくべきで、近代スポーツの論理に収斂させるのは単純すぎるのである。

                 *

 http://sankei.jp.msn.com/sports/news/110221/mrt11022114310001-n1.htm 

 「疑惑の究明不可能、スポーツの論理持ち込むな」 玉木正之氏寄稿

これからの「相撲の正義」とは

 競馬や競輪などの公営ギャンブルと異なり、大相撲の八百長には実害がない。法的にはシロ。その認識から警察も、公益法人の所轄官庁である文科省に情報を回した。

 ならば公益法人として、問題はあったのか?

 今回は、ほとんど無名の力士の注目度の低い一番で、八百長が発覚した。それは「公益」以前の組織内の問題で、相撲協会は「熱心なファンの期待に背いたこと」を深謝し、今後の改善指導策を示せば済む問題だったといえなくもない。

 しかし過去に何度も「疑惑」があったことから上位力士への八百長の蔓延(まんえん)(多くの人々への裏切り=公益への背任)が疑われ、協会も徹底究明を口にした。

 が、それは不可能だろう。

 今回のような「下手な出来山(できやま)」でも、物証がなければ誰も見抜けなかった。ならば「最高の一番と観客を唸(うな)らせる出来山をとれてこそ一流」と豪語する関取が存在する角界で、彼らに出来山(八百長)の自白を求めても、無理というほかない。また、阿吽(あうん)の呼吸での出来山や「情け相撲」のあと、盆暮れの付け届けを送ったのは八百長かどうか、その線引きも難しい。

 八百長の発覚した力士に、おそらく罪悪感はない。大騒ぎとなったことを谷町筋に申し訳なく思っている力士はいるだろうが、八百長そのものに対する反省はないはずだ。

 それは出来山が昔から存在したから、というだけではあるまい。野球、サッカー、レスリング…どんなスポーツマンも、股割りだけで3日も持たないといわれるほどの猛稽古を繰り返し、仕切り線間隔70センチの至近距離から頭でぶつかり合う相撲に挑む自分たちなら、少々手を抜いても…という甘えとも自信ともいえる傲慢な心理も働いたはずだ。

 そんな力士と角界に、近代スポーツの論理を持ち込み、出来山も情け相撲も「不正」とすれば、怪我人と休場力士が激増するだろう。もちろん1年3〜4場所に本場所を減らすのも一策だし、「ガチンコ力士」が存在することも事実である。

 しかし、病み上がりで休場明けの横綱との全勝対決で、大横綱が優勝を譲った一番や、優勝決定戦の兄弟対決で強い弟が弱い兄に負けた一番、彼らの父親が大横綱を破って初優勝した一番など、「八百長」と断定した相撲通もいたが、多くの相撲ファンは美事(みごと)に素晴らしい一番に大きな拍手を送った。

 それに対して携帯メールでの八百長の発覚は、出来山のシステム化、御礼の相場化、力士の緊張感の欠如、親方の指導力の欠如、角界全体の傲慢な体質…の象徴で、二千年に及ぶ日本の相撲文化に対して、無礼千万の情けない行為というほかない。

 とはいえ、神話的には『日本書紀』以来、記録的には聖武天皇の相撲節会(すまひのせちえ)(天覧相撲)以来の大相撲の「正義」を、近代スポーツの論理だけで語ると、日本の相撲文化を抹殺しかねない。そのことを、すべての日本人は理解すべきだろう。 (スポーツライター、寄稿)

2月20日(日)     *大阪フィルハーモニー交響楽団第48回東京定期演奏会

  この日は午後2時から、サントリーホールで標記の演奏会を聴く。 私は大阪フィルを生で聴くのは初めて。 そもそも関西のオケを聴いたのは数年前に大友直人さんが京都市交響楽団を率いてりゅーとぴあに来たときが唯一の体験だから、その意味でも楽しみにしていた。

  今回の上京ではサントリーホール三連ちゃんとなったわけである。 本日の席は2階LC7-5。Sランクで7000円。 新潟でチケぴあを通じて購入したもの。 座席の位置としては今回の3回中で最もいい場所である。 客は、1階の四隅とか2階舞台脇には空席も多少目立ったが、8割くらいは入っていたのではないか。

  指揮=大植英次
  コンマス=長原幸太

  ショスタコーヴィチ: 交響曲第9番
   (休憩)
  ブルックナー: 交響曲第9番

  第9交響曲を二つ並べたプログラム。 オケは前日の東響と同じ配置で、第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンの順。 ただしコントラバスはチェロの後ろではなく、最後尾の中央よりわずかに左に並んでいる。 わずかに左というのは、最後尾右手にはホルンを含む金管楽器が並んでいて、それと対になっているのである。 そしてティンパニなど打楽器は第2ヴァイオリンの後ろの前方最右翼。

 最初のショスタコは、「第9」 という伝統のタガをはずすような軽快な曲だけど、ショスタコに弱い私のことで、どこを楽しむべきなのか、イマイチよく分からなかった。 まあ、第9と言っても色々あるよ、ということならそれはそれでいいんだけど。

 後半はブルックナーの第9。 これは私が好きな曲だし、大阪フィルの実力を知るという意味でも格好の曲目。

 前日の東響と比べてみると、やはり弦では東響に一日の長がある。 特にヴァイオリン。 東響のヴァイオリンは単に美しいだけではなく結構厚みもあるのだと、大阪フィルと聴き比べて分かった。 ヴァイオリンの人数で言うと、前日の東響・ブル5もこの日の大阪フィル・ブル9も同じで、対向配置でも共通していたのだけれど。

  ただし、大阪フィルは低音弦の迫力、金管の迫力はそれなりにある。 とはいえ金管はやはり日本人の弱みで、西洋オケの突き抜けるような音にまでは行かないが、いささか下品な喩えを使うなら関西ヤクザくらいのドスというか押しの強さはありそう。

 そうした特性を活かした、迫力あるブル9が展開された。 私としては第2楽章に好感が持てた。 大植氏の指揮は、ああいう早い楽章の畳みかけるような表現には素晴らしいものを持っていると思う。 逆に言うと、第3楽章の最後あたりの、弦が行ったり来たりするところは、自然に音が流れるのではなく、どことなく作っているような印象があって、この辺はどうかなという気がしたが。

 いずれにせよ、演奏が終わると圧倒的な拍手とブラボーで客席は沸いた。

2月19日(土)     *東京交響楽団第586回定期演奏会

 この日は午後6時からサントリーホールで東京交響楽団の定演を聴く。 東響新潟定期会員の無料招待制度を久しぶりに利用した。 座席は2階C9-28で、2階正面のやや後ろ寄りの若干右手。 定期会員ならAランク席に当たるようだが、音響的には一昨日のN響のS席 (1階5列右端) よりはるかに良好。 客の入りもよく、当日券が50枚くらい出ていたようだけど、急用などで欠席した人を別にすれば満席に近い入りだったのではないだろうか。

  指揮=クラウス・ペーター・フロール
  コンマス=グレブ・ニキティン

  ハイドン:交響曲第101番「時計」
  (休憩)
  ブルックナー:交響曲第5番(ノヴァーク版)

 指揮者のフロールは、黒ながらスーツや礼服的な服装ではなく、防寒服みたいな格好で現れた。 パンフレットでの写真のイメージとは異なり、言葉は悪いけど年取った西洋人のおっさん、という印象かな。

 しかし音楽は冴えていた。 最初のハイドンは切れ味鋭く迫力もあり、音楽がきわめて充実している。 終わると早くもブラボーの声が。

 後半は弦の数もぐっと増えた。 第1ヴァイオリン、チェロ (その後ろにコントラバス)、ヴィオラ、第2ヴァイオリンという配置。 最初のハイドンでは第1ヴァイオリンが8名だったが、今度は倍の16名。

 さて、演奏であるが――
 このブルックナーの第5、私としてはイマイチよく分からない曲なのである。 部分的にはいいなと思える箇所が多々あるが、全体としてみるとまとまりがなく、断片の集積のように感じられる。 ブルックナーの曲には、最後の3つの傑作交響曲 (7・8・9番) でもそういう印象が多少あるけれど、この第5番はそのまとまらない感じが極端な気がする。 で、この夜の演奏でも、そういう感じは払拭されるどころか、むしろ改めて 「まとまらない曲だよな」 と痛感してしまった。 というか、そういうものとして捉えて演奏しているのだろうか、と思ったのであった。 東響も熱演。 弦はもちろん、金管も特に第4楽章ではがんばっていたが、やはり西洋のオケの金管みたいに突き抜けるような音の迫力には達していない。 でも、こういうまとまらない曲をそういう形のままにやってみた、っていうのかなあ、そういう演奏として、それなりだったように感じられた。 客はだいぶ沸いていたけど。

 ちょっと変な感想だったかな(笑)。

2月17日(木)     *モネとジヴェルニーの画家たち――フリージキー発見!

 昨夜から首都圏に来ている。 本日の午後は、渋谷・東急文化村のザ・ミューージアムで開催されている美術展 「モネとジヴェルニーの画家たち」 を見に行く。 本日が最終日のためか、平日とはいえ客の入りが良く、荷物用のコインロッカーは空きがない。 仕方なくカバンを肩にかけ、脱いだコートを片手で持ちながら、汗だくで鑑賞する。

 この展覧会は、モネを慕って主としてアメリカからやってきた画家たちがどのような絵を残したのかに焦点を当てている。 印象派というとモネなどのフランスの画家か、せいぜいヨーロッパ内の画家だと思われがちだが、実はアメリカからやってきた画家も相当数に及んでいたわけで、また彼らが印象派の魅力をアメリカに伝えたために印象派のコレクションがアメリカで充実しているという側面もあるのである。

 そういう意味からも興味深い展覧会であったが、個人的にはここでフレデリック・カール・フリージキーに出会ったことが一番の収穫だった。 私は名前すら知らない画家であったが、今回出展されている3点の絵 『庭での朝食』『百合の咲く庭』『庭の婦人』はどれも素晴らしく、特に 『庭での朝食』 の前からはしばらく離れることができないほどであった。 この絵の魅力はその独特の色調にあり、緑が支配的なのに全体が紫の印象なのである。 この色調が、カタログではうまく再現されていないのが、まことに残念。

 そのほか、モネが睡蓮や太鼓橋の絵を描くために自ら庭造りに励んだという事情もこの展覧会で知ることができた。 モネの絵は、既存の風景を写したものというよりは、自分で 「理想的な景観」 を作り、それを元に描かれたものなのである。   英国の風景庭園造りにも似た事情が、フランスの印象派の絵の背景にあったということだろう。

 なお、この展覧会は、東京に先立って北九州市で行われ、東京の後には2月下旬から4月上旬にかけて岡山市で開催されるとのことである。  

                    *               *

      *NHK交響楽団第1696回定期公演 Bプログラム

 この日、夜は午後7時から、サントリーホールでN響定期を聴く。

  ペルト:  ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌
  ドルマン: フローズン・イン・タイム(2007)[日本初演]*
   (休憩)
  ショスタコーヴィチ: 交響曲 第15番 イ長調 作品141

  指揮: ジョナサン・ノット
  パーカッション: マルティン・グルービンガー*
  コンマス: 篠崎史紀

 座席は少し前に新潟からN響事務局に電話して予約しておいたのだが、1階5列目の右端という席がSランクで8150円。 率直に言って 「これでSか」 と言いたくなる位置。 プログラムもあまり馴染みのない曲ばかり。

 最初のペルトの曲は、鐘と弦楽合奏だけで演奏されるもので、作りもいかにも追悼の音楽で、素直に聴くことができた。

 2曲目でオーストリーの若いパーカッション奏者登場。 服装も上半身が黒いTシャツで、動きやすくラフな姿である。 曲は3部に分かれ、第1部がアフリカとインド、第2部がユーラシア大陸、第3部が南北アメリカ大陸をイメージして作られたとのこと。 第1部は原始的な激しいリズムが主体、第2部は静かでリリカルな表現、第3部はまた活気ある音楽になるという構成からすると、一種のパーカッション協奏曲と見るべきなのだろうか。 指揮者の脇で木琴を含む様々な打楽器を身振り豊かに打ちまくる独奏者の演奏には、たしかに人を惹きつけるものがあった。 圧倒的な拍手に応えて、自作の打楽器曲をアンコールとして弾いた。

 後半はショスタコーヴィチの最後の交響曲。 ショスタコを不得手とする私は、どんな曲だったか覚えていなかったのであらかじめ新潟でCDを聴いて予習していったのであるが、自作・他作を引用して作られている交響曲の魅力が奈辺にあるのかは、生演奏を聴いてもどうも判然としなかった。 ショスタコ理解への道は遠い。

 座席の位置も良くなくて音のバランスが悪いし、弦楽器、特にヴァイオリンの音が十分に聞こえなかったので、演奏の良し悪しについての判断はなしということで。 ジョナサン・ノットは初めて聴いたが、40代後半とは思えない若々しい指揮ぶりは悪くなかった。

2月16日(水)     *チョコレートの当たり年?

 昼頃研究室にいたら、まもなく卒業する女子学生がチョコレートを持ってきてくれた。 2日遅れですけど、お世話になりました、ということだった。

 例年だとこの時期になってもチョコレートにはほとんど縁のないワタシだけど、今年はどういうわけか一昨日に3人が持ってきてくれ、本日を合わせると合計4人である。 新記録(笑)!

 もっとも、一昨日の3人は卒論でワタシが主査もしくは副査を勤めた学生で、こちらとしてもそれなりに助言したり資料を貸してあげたりしたので、まあ分からないでもないが、本日やってきた学生にはそういうことはしていない。 卒論口頭試問では第三査読者を勤めたけど、主査・副査と違って第三査読教員は卒論を提出してから決めるので、助言めいたことは一切していない。

 それ以前の3年間にも、少人数の演習では一度も教えたことがない学生である。 人数の多い講義科目では何度か教えたわけではあるが、その程度では顔も覚えないし。 本人の言うところでは1年次にワタシがアドバイザーだったそうだけど、実を言うとその事実も失念していました。 済みません。 言い換えればずいぶん律儀な女子学生ということになるのだろう。 感謝します。 世の中、こういう意外性がないと面白くないよね。

 もっともこの女子学生、学科の先生方全員にチョコを配ったのかも知れませんが。

2月10日(木)     *元タイガース、瞳みのる氏の人生行路

 産経新聞の報道から―― 

 http://sankei.jp.msn.com/world/news/110209/chn11020923320003-n1.htm 

 【北京=矢板明夫】 日中の草の根交流の重要性が叫ばれる中、北京を拠点に、音楽を通じて両国の懸け橋になろうとしている日本人がいる。1960年代に一世を風(ふう)靡(び)したグループサウンズ「ザ・タイガース」のドラマーだった瞳みのる(本名・人見豊)氏(64)。代表曲「花の首飾り」など日中の楽曲の訳詞を介して、相互理解が深まることを願っている。

 18歳のとき、沢田研二、岸部一徳両氏らとバンドを結成した。デビュー曲「僕のマリー」をはじめ、「モナリザの微笑」など次々とヒットを飛ばした。人気絶頂期の71年1月、武道館コンサートを最後に解散。瞳氏は忽然(こつぜん)と芸能界から姿を消した。

 瞳氏は「睡眠も満足に取れないロボットのような生活に疑問を感じ、勉強したいとの欲望が強かった」と振り返る。京都の定時制高校に復学。慶応大に進み、中国文学を専攻した。慶応高の漢文教師を33年間勤め、中国語の入門書なども著している。

 教師時代は華やかな過去を封印した。2人の子供には成人するまで“芸能人”だった事実を隠し通した。81年の再結成時も参加を断った。メンバーと会うことさえ拒み続けた。転機は2008年。沢田氏らがテレビで瞳氏にささげる曲「ロング・グッバイ」を歌ったことを聞いた。返歌を作って贈り、同年12月、東京・渋谷の居酒屋で38年ぶりに再会した。

 音楽への思いはずっとくすぶっていた。「歌舞伎と京劇を日中それぞれに紹介する活動に携わった。中国の古典音楽の素晴らしさに感動し、定年後は日中の音楽交流の懸け橋になろうと決心した」という瞳氏は、昨年3月に退職すると北京に部屋を借りて移り住んだ。

 今、取り組んでいるのが歌詞の翻訳だ。日本の歌30曲、中国の歌130曲を訳し終えた。日中の知人に披露したところ、「漢詩の教養がうかがえる」「相手の国民性が分かる」などと好評を得た。

 「派手な世界と地味な世界の両方で向上心を失わずに生きてきた。2度脳出血で倒れて心境が変わった。残りの人生、好きなことをしたいと思った」

 ザ・タイガースが再び活動を始める動きがある。今度はスティックを握るつもりだ。復活の日に向け練習を続けている。今月25日には自叙伝「ロング・グッバイのあとで−ザ・タイガースでピーと呼ばれた男」も刊行される。

        *

 以下、当サイト製作者のコメント。

 私の世代は中学生から高校生の頃にグループ・サウンズの大ブームを経験している。 その中でも人気トップだったタイガースのメンバーのうち、沢田研二と岸部一徳がグループ解散後も芸能界で引き続き活動していることは、知られているとおりである。 もっとも、グループのリーダーながらメンバーの中では地味な存在だった岸部が、今のような独特の味のある俳優になるということは、あの頃には誰も予想できなかったけれど。

 それはさておき、他のメンバーの人生行路について、思いがけない記事を読んで、私はあらためて人間の生き方は多様だなと思ったのであった。

 ドラマーをやっていてピーという愛称で呼ばれていた瞳みのる氏が、その後勉強し直して高校教師となり、自分が芸能人だった過去も子供には隠し通したということを知ると、一時期日本中で誰も知らぬ者がないほどの人気を得ていた人が、自分の納得づくの、しかし平凡な人生を歩むために払った苦労があらためて忍ばれる。

 そして、人間の一生はやはり最終的には自分の意志次第なのだ、とも思った。 そういうことを痛感させてくれる新聞記事は多くないが、この記事はその意味で貴重だと言わねばならない。

2月7日(月)    *日本の政局への不安――名古屋市と阿久根市の市長選を見てポピュリズムを憂う

 どうもヤバイんじゃないか。 鹿児島県阿久根市と名古屋市の市長選を見て思った。

 阿久根市では、さんざんマスコミを賑わした竹原前市長が退陣することになったが (先月の話で申し訳ないですが)、票数の差はわずかだし、あらたに市長となった西平氏にしてもさほど公約に差はないようだ。 あれほど法的な手続きを無視し続け、一種の独裁的な政治を行った竹原氏を支持する人間がかなり多数に及ぶという実態が明らかになったわけだ。

 そして今回の名古屋市長選である。 河村たかし氏の圧勝である。

 竹原氏と河村氏の政策や主張には共通点がある。 市役所職員や市議会議員 (の高給や処遇) を攻撃して市民の共感を獲得する手法だ。 また河村氏は減税の実施をも主張している。

 しかし、財源があっての減税ならともかく、名古屋市議会の主張するように、市債の積み残しが増えるだけの減税は、要するに未来の市民にツケを払わせて今現在の市民が楽をしようということである。 朝三暮四に不満を抱き、朝四暮三に喜ぶサルと変わりないわけで、これはまた、現在の日本が陥っている状況でもあるわけだ。 増税を回避し続けて国債の積み残しが増え続ける今の日本。 名古屋市長選は、そういう日本をまともだと思う人間が実は大多数という憂うべき状況を明らかにしてしまったわけだ。 名古屋市民は、いや、日本人はサルばっかりなんだね。

 名古屋市議会議員の年俸1600万円は高いのだろうか。 東京・大阪と並び日本を代表する大都市である名古屋の市政を担う人間が、大企業の部長と取締役の間くらいの報酬をもらって悪いのだろうか。 まあこういう時代ではあるし、仮に高すぎると認めるにしても、河村市長の主張する半額の800万円というのはいかにも非常識だろう。 議員をちゃんとやっていれば経費だってかかる。 ウケ狙いをそうと見破れない人間が多数を占めるとき、ポピュリズムは始まるのである。

 と書くと、河村市長は自らの給与も800万円にしたではないかという声が上がりそうだが、それには裏がちゃんとあるので、ウィキペディアでは河村市長について以下の指摘がなされている。

 河村市長の報酬は年間800万ではあるが、秘書5名や運転手1名の人件費5160万円、車のリース・ガソリン代36万円、出張費113万円、広報費5億円、交際費120万円など様々な経費を市が持っており、河村市長本人がボランティアで政治活動を行っているとは言えない状況にあり、市長の報酬800万円は政治をボランティアで行おうとしているというより、パフォーマンス的側面が強いといった主張もある。

 竹原氏と河村氏に共通するのはマイナス思考であることだろう。 内部に悪者を想定してそれを攻撃し、正義の味方ぶる。 何かを創るのではなく、何かを批判して自分を正当化する。 新たに事業を創出して雇用を増やし給与を上げ地域を活性化していこうというような発想がないのである。

 それは、国政レベルでも新自由主義者が跋扈していたここ10年ほどの状態をそのまま反映している。 小泉総理時代の竹中経済相の、新自由主義を盲信した経済政策は、公務員を削減して民間に何でも任せればうまく行き日本の経済は向上するという理論に支えられていた。 結果が公務員バッシングである。 その空論がリーマンショックで崩れているにもかかわらず、地方レベルで誤った新自由主義政策が台頭しているのは、ヤバイと思う。

 なお、日本の公務員の数と給与については、OECD諸国との比較が下のリンクにある。 これを見る限り、日本の公務員は決して数が多くもないし給与が高いわけでもない。 データを元にした冷静な議論ができない国民には、民主主義をやっていく資格だってないのである。 

 http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5193a.html 

2月5日(土)    *入試倍率が低すぎるのはまずいけど

 土曜日で休みのはずだけど、午前中に臨時教授会。 その席で、新潟大学人文学部の今回の前期入試倍率が、国立大人文系学部のなかではベスト5に入るほど高かった、という報告がなされた。

 倍率があまり低いと学生の質に問題があったりするので、低いよりは高い方がいいのかなとは思うけど、でもベスト5に入ったせいで学長からお褒めの言葉があった、という報告を聞くと、なんか違うんじゃないかという気がしてくるのは、私がへそ曲がりだからだろうか。

 大学がほめられることがあるとすれば、その対象は入試倍率なんぞとは全然別の事柄であるべきじゃないんだろうか。 だいたい、教員数も減少していてろくな補充もなされていないし、人文学部はともかくとして新潟大学全体では教養部解体以来外国語教育ががたがたになっている。 学長はもう少し別の領域に関心を持つべきなんじゃないかと思いますが。 

2月4日(金)     *サイトが復旧しました

 1月22日の更新時に、私 (当サイト製作者) が操作ミスをしてしまった結果、それ以降このサイトが更新できない状態が続いておりましたが、本日、復旧しました。 パソコンに強い理系学生をアルバイトに雇って直してもらったわけですが、回復に時間がかかったのはアルバイト学生がなかなか見つからなかったためです。

 最初、学内のアルバイト募集掲示板によって募集したのですが、1週間たっても応募がないので、旧教養部時代に一緒だった理系の先生 (複数) に頼んで誰か適当な学生を紹介してもらおうとしました。 しかし適当な学生がいないと断られてしまい、どうしようかと思っていたところに、ようやく掲示を見た学生が連絡してきたので、事なきを得たものです。

 理系の先生はどうも事態を複雑に考えすぎるので、ああでもないこうでもないと言われたり、説明書をよく読めと言われたりしました。 説明書を読んでもよく分からない人間である私だからアルバイトを探しているのですが、そういう単純な事情が理解してもらえない。 私はパソコンに強い学生に見てもらえば回復は容易と踏んでいたのですが、理系の先生はどうもそうは考えなかったらしい。 でも、結果を見れば分かるように、アルバイト学生が30分で直してくれたのですね。 世の中、こういうものじゃないでしょうか。

2月3日(木)    *山内昌之の産経新聞連載記事 「幕末から学ぶ現在」

 東大教授の山内昌之氏が産経新聞に週1回連載している 「幕末の現在」 は、毎回教えられるところが多い記事だ。 山内氏はイスラム学がご専門だが、それに限らない幅広い知識をお持ちの方で、この連載でも幕末の人物像について驚くべき博識を披露し、なおかつそれを現代日本の政治状況にどう活かすかについても示唆に富む発言をされている。

 この連載記事の先週と今日の2回に及び、福沢諭吉が取り上げられている。

 福沢の有名な 「痩我慢の説」(明治24年執筆、明治34年発表) は、旧幕府の重臣でありながら新政府に出仕した勝海舟と榎本武揚を厳しく批判している。 勝海舟は江戸を一時的に戦災から救ったかもしれないが、国の根本的な倫理観を損なった罪は大きいということである。 榎本武揚にしても函館(当時は箱館)などで新政府と戦ったところまではいいが、投降後はやはり新政府で大臣にまで出世する。 榎本のために戦死した者たちを裏切る行為ではないか、というのである。

  そして福沢は、リーダーたる者は成功すればその栄誉をもっぱらにするが、破れた場合はその苦難を感受することが倫理なのだと説くのである。 これが国民の武士の気風(つまり倫理観)を確立するために必要なのだと。

 山内氏は福沢の主張を紹介しつつ、しかし勝や榎本の立場にも理解を示す。 勝は裏切り者とののしられながらも旧主・徳川慶喜や元旗本たちの生活を支えるために骨身を削った。 榎本にしても武人としての立場に訣別を告げた上での文官としての再出発という自覚があった。 二人とも徳川家のために働いたことを誇りにしていた。 2人からすれば、陪臣の立場で幕末に幕府から海外視察までさせてもらった福沢こそ徳川のために何もしなかったではないか、と言いたかったろう、と山内氏は推測している。

 しかし福沢にしても、「痩我慢の説」を書いてから発表するまでに10年の間をおいた。 原稿を書いてすぐに2人に送り、意見を求めたのである。 榎本は多忙につきいずれ、と述べるにとどまり、勝海舟は次のような有名な言葉を福沢に返している。 「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与らず我に関せずと存候」。 (行動は私の判断によるもので、けなしたり誉めたりの評論は他人様の仕事です。)

 このような微妙な問題であるからこそ、福沢の「痩我慢の説」は、福沢の死の1カ月前になったのだ、と山内氏は推測している。

 たしかに微妙な問題かも知れない。 しかし、勝や榎本のような態度こそ、実は明治維新以降、第二次世界大戦が終わるまでの日本人の行動パターンを明瞭に示すものなのであって、戦前の転向問題だとか、戦後の左翼的知識人問題にもつながり、福沢諭吉の批判は現代にまで届いているのではないか、と私は思うのだ。

 なお山内氏の論考は下 (↓) のリンクから読める。

  http://sankei.jp.msn.com/life/news/110127/art11012708340031-n1.htm

  http://sankei.jp.msn.com/life/news/110203/art11020307540002-n1.htm

1月28日(金)     *ユナイテッドシネマ新潟、スクリーンを2つ増設、10スクリーン化

 新潟市にはシネコンが4館あるが、そのうち市内シネコンとしては最初にできたユナイテッドが最近増築してスクリーンを2つ増やし、合計10スクリーン体制とした。

 増設されたのは、いずれも75人収容の小さなホールである。 これによってユナイテッドの公開作品が変わるのかどうかは分からないが、新潟市の映画ファンとしては当然ながら、ミニシアター系の映画が多く来るようになることを期待しているだろう。

 この欄でも何度も言っているが、新潟市は人口80万の政令指定都市になりながら、そして市内の映画館のスクリーン数は決して少なくないのに、上映される映画の種類が限られている。 ハリウッドの大作や邦画大手の話題作ばっかりで、東京のミニシアターでやっているような映画がなかなか来ないか、来ても大幅に遅れる。 

 東北地方ならフォーラム系の映画館で、金沢市ならシネモンドで、東京からさほど遅れずにかかるような映画が、新潟市には来ないか、東北や金沢よりさらに遅れて来るのである。 東北地方や金沢市だけではない。 長野県や富山県に来るのに新潟には来ない映画だって珍しくない。 こうした状況に不満を抱く映画ファンは決して少なくないはずだ。

 シネコンが4館もあるので、新潟市のシネコンにも時としてミニシアター系の映画が来ることは来るのだが、まだまだ不十分である。 少なくとも、フォーラム系映画館やシネモンドと同等であるとはとても言えない。 

 今回のユナイテッドシネマ新潟の増スクリーンで、その辺に改善が見られればいいのであるが。

1月25日(火)     *酒井健 『シュルレアリスム 終わりなき革命』(中公新書)

 法政大学教授・酒井健先生が中公新書から 『シュルレアリスム 終わりなき革命』 を刊行された。 酒井先生はバタイユを中心に、美術や現代思想、さらには中世の文化などに至るまでの幅広い領域を研究対象とされているが、今回はアンドレ・ブルトンやアラゴンなどを中心にしたシュルレアリスムの運動を、バタイユとの関わりにも触れながら概観されている。 このテーマの新書本としては恐らく初めての書物だと思う。 私は贈っていただいたので、これからすぐ読み始める予定であるが、この方面に関心を持つ人には欠かせない文献になりそうだ。 

シュルレアリスム―終わりなき革命 (中公新書)

1月23日(日)     *シャーリー・ブリル クラリネット・リサイタル    

 本日は午後2時30分開演の表記の演奏会に出かけた。 場所はだいしホール。 入りは4分の3くらいか。 満席にはなっていなかった。

 クラリネットのリサイタルは珍しい。 シャーリー・ブリルは2006年マルクノイキルヒェン国際コンクール1位、2007年ジュネーヴ国際コンクール1位なしの2位という実績で、すでにヨーロッパでは広く活躍しているそうである。 舞台に現れた彼女は、下はロングスカートだが、上半身はランニングみたいな袖無しの黒いシャツ(?)で前が大きく開き腕も丸出し。 これで寒くないのかなと、人ごとながら気になった。 ピアノはジョナサン・アーナー。

 プーランク: クラリネット・ソナタ
 吉松隆: 鳥の形をした4つの小品op.18
 シューマン: 幻想小曲集op.73
 (休憩)
 ドビュッシー: クラリネットとピアノのための第1狂詩曲
 ブラームス: クラリネットとピアノのためのソナタ第1番
 (アンコール)
 タイユフェール: アラベスク
 ピエルネ: セレナーデ
 ビゼー(ストルツマン編): 『カルメン』からセグィディーリヤ
 ダニエル・ガライ: ファルファレック
 ドビュッシー: 亜麻色の髪の乙女

 緩急や音の強弱を微妙につけながら、細かいニュアンスを大事にした演奏。 最初のプーランクのソナタで言うと、出だしのちょっと人を驚かすような調子から入り、それからプーランク独自の抒情性に移っていくあたりが何とも言えず良かった。

 次の吉松作品は、私は初めて聴いたが、最初ブリルがピアノの陰にいて小さく音を出しながら歩いてやがてピアノの前面に出てくる。 たぶんそういう指示が楽譜にあるのだろう。 時にはジャズっぽい音の使い方があったりして、クラリネットの多様性が楽しめる曲であった。

 前半最後のシューマンは、クラリネットの曲としておなじみだが、ここで楽器が変わった。 最初の2曲では黒色の楽器だったのが、この曲では茶色の楽器に。 後半でも、ドビュッシーは黒色の、ブラームスは茶色の楽器を用いていた。 私は楽器に弱いので具体的にどういう違いがあるのか分からない。 それとも、同一の楽器をあまり長時間使い続けるとマズイことがあるだろうか。 どなたかご教示ください。

 後半も前半に劣らず充実した演奏。 特にブラームスでの細かいニュアンスの込め方に奏者の主張が感じられた。

 演奏会は午後2時半開始で、途中休憩20分を入れてメインのプログラムが終わったのが4時5分頃だったが、そのあとアンコールが5曲も演奏された。 この大サービスに客席は大いに湧いた。 終演が4時25分頃。そのあとサイン会もあったようで、時間に余裕があれば私ももらいたいところだったけど、他の用事もあったのでそそくさと会場を後に。 しかし充実した演奏会で大満足であった。

1月21日(金)    *日本の映画料金は変わるか?

 昨日の産経新聞に以下の記事が載った。

 http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110119/biz11011912050117-n1.htm 

 映画料金1500円に値下げ TOHOシネマズ、18歳未満は千円

 シネコン(複合映画館)最大手のTOHOシネマズが来春から、映画の入場料を値下げする方針を固めたことが19日、分かった。18歳以上の一般料金は、学生かどうかに関係なく一律で現在の1800円から1500円とするほか、18歳未満は1000円に統一する。

 大手シネコンが初の本格的な値下げに踏み切るのは初めてという。邦画人気などで興行収入は好調だが、シネコンの増加による競争激化で施設当たりの収入が落ち込んでいるため、値下げでてこ入れする。全国の映画スクリーン数の約2割を占める同社が値下げに踏み切れば、他社も追随を迫られ、業界全体に値下げが広がりそうだ。

 現在の料金は、一般が1800円、大学・高校生が1500円、小・中学生が1000円。一般料金は業界全体で1993年以降、変わっていない。

 新料金は3月以降に甲府市、宇都宮市、長崎市、広島市、鹿児島市、長野県上田市の6施設で順次、先行実施した後、全国に拡大する。

 一方、これまで60歳以上1000円だったシニア料金を65歳以上に引き上げたり、夜間のレイトショーの割引を取りやめるなどの見直しも検討しており、一部は値上げになる。

 TOHOシネマズによると、前売り券やネット予約の割引などの利用で平均の料金収入は1200円程度になっている。 このため、「デフレ傾向が強まる中で、1800円の料金が高いと感じている人も少なくない。 料金設定を見直すことで、新たな集客につなげたい」 としている。

 以下、当サイト製作者のコメント。

 日本の映画料金は国際的に見て (少なくとも先進国の中では) 高い。 これについては、某大学の学生が書いたものがネット上で読めるので、ご覧いただきたい (↓)。

 http://www7b.biglobe.ne.jp/~fujii0802/suzukikenta1.pdf 

 こういう状況が改善されるきざしが出てきたのだとすれば、喜ばしいことである。 もっとも、上の記事にもあるように、現在の日本映画館には各種割引制度があるから、実態では客平均の入場料金は1200円程度になっているし、私なんぞは、原則として1000円デーもしくは1200円デーでないと映画館には行かないことにしているのでさらに安い料金で見ていることになるが、高校生や大学生がシニアより高い料金を取られるという今の日本のシステムはあきらかに変で、若い人に安い料金で映画を見せるシステムへの移行ということで見るなら、今回のTOHOシネマズの試行は悪くないと言える。

 ただ、今回の試行ではシニア料金が従来は60歳以上だったのが65歳以上になってしまうなど、私個人からすると 「ううむ」 なところもある。 私は今58歳と4カ月なので、あと1年と8カ月たてば毎日1000円で映画館に行けるのだ、と楽しみにしていたので(笑)。

1月18日(火)     *クァルテット・エクセルシオ モーツァルト弦楽四重奏曲連続演奏会 第1回

 今年初めての音楽会。 天候不順の中をりゅーとぴあに向かう。 この日は駐車場はがら空き。 たぶん、スタジオAのこの演奏会しかなかったのだろう。

 クァルテット・エクセルシオを聴くのはこれでやっと3回目。 数年前に新潟在住のフルーティスト榎本正一氏との共演で新潟に来たときが初めて。 昨年度のハイドン連続演奏会のうち1回だけを聴いたのが2回目。

 開演時刻ぎりぎりに来たので、すでに席はかなり埋まっていた。 私が右手の席にすわったのは、そこが空いていたからだけではない。 右側だと第1ヴァイオリン西野ゆかさんのお姿がよく見えるからなのである (笑)。

 オール・モーツァルト・プログラム

 弦楽四重奏曲第1番ト長調K.80
 弦楽四重奏曲第2番ニ長調K.155
 弦楽四重奏曲第3番ト長調K.156
 (休憩)
 弦楽四重奏曲第7番変ホ長調K.160
 弦楽四重奏曲第10番ハ長調K.170
 弦楽四重奏曲第13番ニ短調K.173
 (アンコール)
 弦楽四重奏曲第17番変ロ長調K.458「狩り」から第1楽章

 スタジオAで弦だけの室内楽を聴くと実に明晰に音が聞こえて言うことなしなのであるが、この晩もそうであった。 4人の音が非常によく伝わってきて、演奏の充実ぶりが手に取るよう。

 モーツァルトの初期作品というと実演では余り聴く機会がないし、比較的短めの曲ばかりだから前半後半とも3曲ずつ並べたのだろうが、最初にチェロの大友肇さんが言っておられたように、3曲続けてだと結構大変なのだ。 時間もかかるし。午後7時開演で、途中休憩15分を入れて正規プログラムが終わったのは9時近い時刻。 アンコールをやって終演になったのは9時10分くらいだっただろうか。

 天才モーツァルトと言われるけれど、やはりこうして続けて聴くと、10番と13番の充実ぶりが目立つ。 天才だって勉強して進歩していくのである。 それがよく理解できたプログラムであった。

 今年の初音楽会として文句なし! 次回、2月22日に行われる第2回への期待も高まったことであった。

1月17日(月)     *最近聴いたCD

 *シチリア王国の協奏曲集 (Helios、CDH55005、1988年録音、英国盤)

 今月始めに新潟市のCDショップ・コンチェルトさんで購入した1枚。 帯に 「イタリア・ナポリ楽派による楽しい協奏曲集!」 とある。 A・スカルラッティの合奏協奏曲形式のシンフォニア第12番ハ短調、同じく協奏曲第6番ホ長調、ペルゴレージ(?)のフルート協奏曲ト長調、ポルポラ(1686-1768)のチェロ協奏曲ト長調、ドゥランテ(1684-1755)の協奏的四重奏曲第1番ヘ短調の、計5曲が収められている。 このうちA・スカルラッティとペルゴレージは今でも有名だが、ポルポラは余り聞かない名前だし、ドゥランテもそうだろう。 しかしドゥランテについては、かつてはヨーロッパを代表する作曲家と目されたこともあり、私もハインリヒ・マンの短篇を読んでいてその中でピアノ練習の教材として名が出てくるのに気づいたことがある。 解説を読むと、アンジュー家やスペイン、オーストリーやブルボン家など、様々な支配や影響のもとにナポリの文化が発展をとげたこと、18世紀初頭から本格的な音楽文化が栄えたことが記されている。 歴史的には、両シチリア王国(シチリア王国とナポリ王国)は1734年のスペイン・ブルボン家の支配により成立したとされる。 このCDに収められている作曲家たちはいずれもナポリにやってきてそこで活動した経験を持っている。 この頃のイタリア音楽というと、ヴィヴァルディなどがいたヴェネツィアがまず思い浮かぶが、ナポリもそれに劣らず音楽文化の華を咲かせたのだと分かるディスクである。

Concertos for the Kingdom of the Two Sicilies

 *ロシアン・ロマンス (Phillips、432 119-2、1990年録音、ドイツ盤)

  ロシアのバリトン歌手ドミトリー・フヴォロストフスキーによるロシア歌曲集である。 チャイコフスキーとラフマニノフの歌曲がそれぞれ9曲ずつ収められている。 歌詞は、プーシュキン、A・K・トルストイ、その他から採られているが、チャイコフスキーの1曲 「恐るべき瞬間」 は彼自身の歌詞に基づいている。 聴いていると、いずれもロシア情緒纏綿と言おうか、憂愁と情感に満ち満ちた歌ばかりで、ドイツやフランスの歌曲とは何かが根本的に違うという気がしてくる。 或いは、日本人の感性に近いというのか。 中ではラフマニノフの 「夜の神秘的なしじまの中で」op.4-3 が有名か。 朗々たるフヴォロストフスキーの歌声も魅力的。 ピアノ伴奏はオレグ・ ボシュニャコーヴィチ。 しばらく前にディスクユニオン新宿店にて購入。

Russian Romances

 

1月14日(金)     *無理だってば

 こんなメールが来た。

  三浦 淳先生

  突然のご連絡失礼致します。
  株式会社○○○○○の××と申します。

  この度はホームページでお名前を拝見しまして、
  ご連絡させていただきました。

  弊社は全国各地の研究機関向けホームページを
  制作する事業を営んでおりまして、
  高品質なデザインを低価格にてご提供させていただいております。

  研究プロジェクトや新組織のホームページ立ち上げ、研究室サイトのリニューアル等、
  お気軽にご相談いただければ幸いでございます。

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  もしご興味をお持ちいただけましたら、下記メールフォームより
  是非一度、お見積もりをご依頼くださいませ。 〔以下、略〕

 うーん、無理だねえ。 なぜ無理かって? 「21万円(税込)で制作できます」 とあるけど、ワタシの年間研究費は、教育費と呼ばれるものを入れても20万円しかないから。 この20万円から、旧教養部時代から継続して購読しているドイツ文学の全集類 (原書の。 ホフマンスタールなんかも含まれている) の代金や、研究室で使うパソコン・プリンターのインク代なんかも出しているのだ。 したがって、とてもじゃないけど頼めません。 人を見てからメールを出しましょう。

1月13日(木)      *エマニュエル・トッドと中谷巌

 本日の毎日新聞に注目される論考が2つ載っていた。 1面のエマニュエル・トッドと文化欄の中谷巌である。

 トッドは、西欧や日本における政治的な危機を民主主義の危機そのものとして捉えている。 下手をすると中国の政治体制が世界的なモデルになりかねず、それに危機感を募らせているのだ。 

 民主主義はかつては識字率の向上などにより民主主義の土台を築いてきた。 しかし学歴格差などによる階層の分化が進み、集団的な価値観を持ちにくくなっているのが現状であり、さらにグローバル化による格差拡大がそうした傾向を助長している。 これによって民主主義は危うくなっているというのである。 昨今の経済危機は世界的な需要不足が根底にあるが、各国の指導者層はこれを認めようとしない。

 トッドによれば、現在の中国は欧州なら1900年代の水準であり、ナショナリズムによって内部の格差拡大のガス抜きをしているところである。 日本はフィリピンやヴェトナムなど、中国周辺国家と地域協定を結ぶべきだという。

 一方、文化欄の 「経済への視点」 には中谷巌が 「先進国の停滞は歴史的必然」 という文章を書いている。 昨今話題になっている新興国の経済的な急成長は歴史の必然であって、それは第二次大戦終了と同時に植民地主義が終焉を迎えたからであり、最近の石油高騰も、帝国主義的に安いエネルギー源を手にしていた欧米先進国および日本の、「安い資源を輸入して製品を作り高い価格で輸出する」 という収奪型の経済成長パターンが成り立たなくなったことを意味しているという。

 つまり、ここで中谷は、従来の経済成長は科学技術の発展によってというよりは、帝国主義的な経済原理によって成り立っていたと述べているのであり、バブル以降の日本が「失われた20年」だったとすれば、アメリカやヨーロッパも今後は同じ道をたどるのではないか、と推測しているのである。

 そして中国の共産党支配体制はそう簡単には崩れないだろうし経済成長は当分続くだろうから、日本にとってはこれからの中国との付き合い方にそれなりの戦略的思考が要求されるだろう、という。

 トッドと中谷の見方にはいくぶんズレもあるけれど、共通する部分も多い。 日本の今後の進路を考える上でもなおざりにできない視点であろう。

 なお、トッドの論考は下 (↓) のURLから読める。 中谷の論考はネットの毎日新聞には掲載されていないようなので、紙媒体でごらん下さい。

 http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110113ddm001040039000c.html 

1月10日(月・祝)     *シネ・ウインドの新年会、にいがた国際映画祭、古町の地盤沈下 (三題噺?)

 本日は、午後7時から新潟市唯一のミニシアター系映画館シネ・ウインドの新年会があった。 場所は県庁ちかくの 「とと屋」 さん。 私は数年前に初めて出て、今回はようやく2度目の出席である。 数日前、映画を見にシネ・ウインドに行ったら 「出ませんか」 と勧誘されたので。

 前回もそうだったし、また株主総会 (昨秋のこの欄を参照) でもそうなのだが、色々な方が出入りしている。 新潟県や市役所の職員、地元テレビ局の社員、そして会場である 「とと屋」 のご主人もである。

 その中に、以前からにいがた国際映画祭のヴォランティア・スタッフをしているI氏がおられた。 にいがた国際映画祭は来月第21回が開催されるが、その話を少しした。 (にいがた国際映画祭については、こちらを

 昨年、第20回が開催されたときに、「来年はこの国際映画祭があるかどうか未定」 と開催委員長のT氏が発言しておられたのであるが、何とか今年も開かれることになった。 ただし、規模は縮小である。 I氏によると、市から降りるオカネが減っているらしい。

 今まではシネ・ウインドと新潟市民プラザの2会場で、それぞれ1日に4ないし5作品を上映していたのであるが、今年は新潟市民プラザがクロスパルにいがたに変更になり、しかもクロスパルにいがたでの上映はほぼ1日2作品のみとなった。

 I氏によれば、新潟市民プラザがクロスパルにいがたに変更になったのは、デジタル上映が後者でないとできないという技術的な理由からのようである。 そうなのかもしれない。 しかし私が気になったのは、会場が移ると、そうでなくとも地盤沈下が言われている古町通りがさらに集客材料を失うのではないか、ということである。

 私個人の場合であるが、最近古町に行くことがほとんどない。 例外はにいがた国際映画祭である。 新潟市民プラザが会場になっているからそこに映画を見に行き、ついでに古町で昼食をとる (つまりオカネをおとす)。 新潟市民プラザでの映画上映がなくなると、古町に行く理由がなくなってしまう。

 一事が万事である。 今、古町には映画館が一つもない。 そして1年に一度とはいえ、にいがた国際映画祭も古町から離れた場所でのみ行われる。 こうして古町は人の来ない街になっていくのだ。 古町関係者はここら辺から何とかしないと、再生は難しいだろう。

1月6日(木)     *ドイツ文学者のバカぶり

 教養科目である西洋文学の第1回レポート採点をしているところ。 今期講義で扱っている作品に即して、レッシングの 『エミーリア・ガロッティ』 について書いたものが多い。

 教養科目なのでレポートのレベルは千差万別で、戯曲である 『エミーリア・ガロッティ』 を 「小説」 などと書いている学生もいるが、中には面白いものもある。 その一つに、某ドイツ文学者の論文を引用しながらそれに反論したレポートがあった。

 某ドイツ文学者は論文のなかで、娘エミーリアを最後で殺害する父親を、粗暴であると述べている。 殺害行為が、父親のそのような欠点だらけの性格から出たものだ、と結論付けているのである。

 ちょっとびっくりするような結論で、レポートを書いている工学部1年生男子は、それは違うと反論している。 そして、まったくこの学生の言うとおりなのである。

 いくらレッシングの演劇理論なんかを持ち出そうと、『エミーリア・ガロッティ』 という作品を虚心坦懐に読めば、このドイツ文学者の言うような結論が出てくるはずがないのである。

 このドイツ文学者ばかりではない。 テキストに使っているのは岩波文庫の翻訳であるが、その翻訳者 (やっぱりドイツ文学者だけど) も巻末解説で、父が娘を殺すのを、性の管理者たる父親の役割を果たしたのだ、なんてふうに書いている。 しかし作品を読めばすぐ分かるように、貴族のなぐさみものにされかかったエミーリアは自分で死を望んだのである。 娘がいやがるのを父が無理に殺したわけではない。 そういう筋書きなのに、どうして一方的に父を性の管理者などと言えるのか。 

 ドイツ文学者はかくも文学が読めないのである。 多分、英文学者やフランス文学者にも同類はいるとは思うけど、ドイツ文学研究者のこの種の醜態を見るたびに、私は嘆息してしまう。

1月4日(火)    *最近聴いたCD

 *スタンフォード: 交響曲第3番「アイリッシュ」&第6番 (NAXOS、8.570355、2006−07年録音、2008年発売、カナダ盤)

 NAXOSから出ているスタンフォード交響曲全集、昨年12月からここで順次聴いてみた感想を報告しているけれど、今回はその第3弾、「アイリッシュ」 というニックネームが付いている第3番と、長いので上には記さなかったが、やはり 「偉大な芸術家ジョージ・フレデリック・ワッツのライフワークに敬意を表して」 というタイトルがついている第6番の組み合わせである。(ジョージ・フレデリック・ワッツ〔1817−1904〕は英国ヴィクトリア朝期における象徴主義の画家。) 演奏はこれまでと同じくDavid Lloyd-Jones指揮のボーンマス交響楽団であるが、CDはカナダで製造されている。 そのせいかどうかは知らないが、前の2枚(EU盤)に比べて少し音がいいような気がする。 スタンフォードの交響曲7曲のなかでは今回の第3番が有名らしいのだが、私はむしろ一緒に収録されている第6番が悪くないのではないかと思った。 ダイナミックで、聞きどころがそれなりにあって、結構イケてる印象である。 ジャケットの説明文によると、第6番は1905年に発表されてから80年間に公式的には2回しか演奏されなかったそうだけど、にわかには信じがたい。 いい曲だから、聴いてみて下さい。 少し前に新潟市のCDショップ・コンチェルトで購入。

Stanford: Symphonies, Vol. 3 (Nos. 3 And 6)

 *山田耕筰: 交響曲 「かちどきと平和」 ほか (NAXOS、8.555350J、2000−02年録音、2003年発売、香港盤)

 日本の作曲家も聴かなきゃあ、と思うようになって少し時間がたった。 NAXOSから出ている 「日本作曲家選輯」 のなかの1枚で、日本近代作曲界の大御所、山田耕筰の作品を収録している。 入っているのは、1912年に作られた標題の交響曲のほか、序曲ニ長調 (1912年、世界初録音)、交響詩 「暗い扉」(1913年)、交響詩 「曼陀羅の華」(1913年) の4曲。 演奏は湯浅卓雄指揮のアルスター交響楽団(英国・北アイルランドのオケ)、序曲のみはニュージーランド交響楽団である。 片山杜秀による懇切な日本語解説がついているので、詳しくはそちらを読んでいただきたいが、例えば序曲ニ長調は日本人が書いた最初の管弦楽曲であり、交響曲 「かちどきと平和」 はやはり日本人の書いた最初の交響曲なのだそうである。 1912年と言えば、明治45年であると同時に大正元年である。 日本人によるオーケストラ曲や交響曲は大正時代と共に産声を上げたのだと思うと、ちょっと感慨めいたものが湧いてこないだろうか。 曲の作りは全体的にオーソドックスであるが、私的には交響曲の第一楽章、それに交響詩 「曼陀羅の華」 にちょっと面白みを感じた。 しばらく前に新宿のディスクユニオンにて購入。

Symphony in F Major / Symphonic Poems / Overture

1月2日(日)     *ミニシアターの冬?

 昨年末の記事だが、産経新聞で次のような報道がなされた。

 ミニシアター閉館相次ぐ 若者の足遠のく?     2010.12.30 18:02

 http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/101230/tnr1012301803001-n1.htm 

 平成22年の映画興行収入が過去最高の見通しとなる一方、「スモーク」(1995年)などの佳品を紹介してきた恵比寿ガーデンシネマ(東京都渋谷区)が来年1月で休館するなど、ミニシアターの閉館が相次いでいる。背景には、シネマコンプレックス(複合映画館)の台頭に加え、「映画を芸術として見たり考えることが苦手で、『泣ける』『笑える』といった単純で強い言葉しか届かない」(映画関係者)という現代の若者の傾向があるようだ。

 「今の若者はイベントとして映画を楽しむのは好きだが、静かに映画を見るのは苦手。窓口で学生証を見ることが本当に少ない」

 ミニシアターが数多く集まる東京・渋谷の老舗、ユーロスペースの北條誠人支配人は嘆く。

 渋谷では今年、9月に渋谷シアターTSUTAYAが、11月末にはシネマ・アンジェリカがそれぞれ閉館。3スクリーン制だったシネマライズも、7月から1スクリーンに減らした。さらに、シネセゾン渋谷が来年2月ごろに閉館することがほぼ決定している。

 ミニシアターは大手映画会社から独立した、座席数200程度の小規模劇場。各劇場が個性を持ち、主に欧米の地味な秀作、いわゆるミニシアター系作品を紹介することで映画文化の一翼を担ってきた。

 しかし、5年ほど前から観客数の減少が深刻化。配給・製作を手がけるビターズ・エンドの定井勇二代表は「かつてはある程度の作品を上映すれば、興収で5千万円くらい入ったのに、ここ2、3年は2千万円で成功の部類だ」と話す。

 原因はシネコンがミニシアター系作品の上映に乗り出し、シェアを奪われたことが大きい。定井代表は「ミニシアター側もチェーンを組んだり、シネコンと協力して『フラガール』(2006年)の興収15億円といった成功も生んだが、大規模な興行は各劇場の独自性を薄めた」と打ち明ける。

 若者のミニシアター離れも深刻だ。シネマライズが「トレインスポッティング」(1996年)や「アメリ」(2001年)をヒットさせたように、ミニシアターは若者が支えた文化だった。しかし、今や観客席はシニア層ばかりだ。

 北條支配人は「10億円を超えるヒットを見込む時代ではないが、単館で絞った層に絞った作品を届け、手堅い成功を収めていくしかない」と話す。(岡本耕治)

          *

 以下、当サイト製作者のコメント。

 恵比寿ガーデンシネマやシネセゾンの休閉館というのは、映画ファンにとってはショックな話題だろう。

 しかしその徴候は新潟市でも見えている。 新潟市唯一のミニシアター系映画館シネ・ウインドでも、上の記事の同じような現象が起こっている。 つまり若者の来場が減っているのである。 芸術的な、或いは少し難しいテーマを持つ映画を見に来るのは、年寄りが圧倒的に多いようだ。

 サブカル化の行き着く末はこういうものなのかも知れない。 純文学という概念があまり使われなくなって久しいが、大衆文化のチャンピオンかと思われた映画も同じ運命をたどっているわけだ。

 学生を見ていてもそうした現象はうなずける。 映像の時代と言われながら、映画好きで映画について自分で徹底的に調べたり、映画史をたどって名作を言われる作品を自分で片っ端から見ていくような根性のある学生はほとんど見あたらない。

 中には、ふだん映画をほとんど見ないくせになぜか卒論で映画を取り上げてしまう困ったちゃんもいたりする。 私は、映画をふだんから見ない奴は映画を卒論に取り上げるなと言ったりするのだが、そういう正論(?)を吐く教師はあまり多くないので、さっぱり効き目がないのである。

 この大衆化現象、行き着くところまで行くだろうか。 或いは、どこかで盛り返すだろうか。 未来は分からないが・・・。

1月1日(土)    *珍しく有名な神社へ初詣、それから曾野綾子のトンデモな文章

 明けましておめでとうございます。 本年もよろしくお願い申し上げます。

 一昨日までの天気予報では、新潟は大晦日と元旦は雪で大荒れ、とのことであった。 しかし昨日の大晦日はおだやかな天気で雪も降らず、元旦の本日も曇ってはいるがおだやかで、新潟の冬にしては珍しい気候である。 天気予報は全然アテにならない。

 私は混んでいるところや待たされるところは嫌いなので、ここのところ元旦の初詣も近隣の名もない神社で済ませていたが、高一の娘がたまには有名な神社で初詣したいと言うので、天気も悪くないし時にはそれもいいかと思って、お雑煮を食べてから午前10時半頃に妻と3人で出かけた。 ちなみに、首都圏で会社員やっている長男も、同じく首都圏で学生やっている次男も帰省していない。

 弥彦神社を目指して、私のクルマで海岸道路をとばす。 道路は全然混んでいない。 はじめは海岸から弥彦スカイラインに入って弥彦神社に行くつもりであった。 ところが行ってみたら、冬季は弥彦スカイラインは閉鎖されているという。 仕方がないので分水町まで行って分水路に沿って南下し、途中から新潟方面に戻る形で弥彦神社へ。

 さすがに弥彦神社に近づくとクルマが渋滞している。 駐車場に入れるまでにノロノロ運転を30分くらい続けた。 さらに、境内に入っても本殿にたどり着くまでに入場制限があって時間がかかる。 こういう人間が多い場所って嫌いなんだけどなあ。 でも境内から眺める弥彦山は山頂が霧におおわれていて、ちょっと神聖な雰囲気があったかな。

 というわけで、わが家には珍しく有名な神社で初詣を済ませました。 出かけてからわが家に戻るまで3時間かかったけど、御利益があるといいんですが。

          *      *

 年頭はやることもあまりなく、本を読むか新聞を読むくらいだが、新聞ももう少し面白くなればなあと思っていたところ、産経新聞の 「正論」 欄に曾野綾子が載せている文章がトンデモだった。 まあ、トンデモだから面白いという見方もできるけど。 

 念のため付け足せば、曾野綾子が文筆家としていつもダメだとはワタシは思っていない。 結構いい意味で面白い文章を書いたりする人なのだが、割りに振幅が激しくて、時としてトンデモになってしまう。 今回もその一例だった。

 例えば冒頭、「日本人に芯がなくなった」 と小見出しがついている部分で、最近の人間は道徳の基盤がないとして、「人は6日間は 『何であれあなたの仕事をし』、その次の日には休みなさい・・・・と言われたのである」 なんて書いてあるけど、そりゃキリスト教の話でしょう。 日本はキリスト教国じゃないから、そういう考え方が入ってきたのは明治維新以降なのだ。 江戸時代にはそんな考え方はなかった。 つまり曾野の見解を敷衍すると、最近どころか江戸時代の日本人も道徳の基盤がなかった、ってなことになるのだ。

 曾野綾子はクリスチャンだから仕方がないって? でもクリスチャンの考え方を、キリスト教国でもない国の人間に押しつけるなんて、最低のやり方じゃない? いや、ふだんの曾野綾子はこんなにバカなことは余り書かない人なんだけど、やっぱり年のせいですかね。 女性の年齢を言うのは失礼かも知れないが、曾野綾子はワタシより21歳年上だから、満79歳である。 ワタシと同じ乙女座ですね。 この際、関係ないか(笑)。

 その次にもトンデモなことが書かれている。 「紀元前でも難民を助けるのは義務であり、そのための方法さえ具体的に旧約聖書は書いている。 一例を挙げれば畑で穀物を収穫するとき、そのうちの一束を持ってくるのを忘れたなら、決して取りに帰ってはならない。 それは寄留の(難民生活をしている)他国人、寡婦、孤児などに気兼ねせずに取らせるためであった。慈悲が人間を人間たらしめている基本なのだが、現代は慈悲など必要としない。 生活保護の制度を作ればそれでいいじゃない、と考える。」

 何て言うんですかね、じゃあ、キリスト教国は今でも落ち穂拾い方式で福祉をやってるんですか? そんなことはないでしょう。 或いは、曾野綾子の屋敷に行くといつでも取り忘れた一束の麦、もしくは米、もしくは財布の一部(?)が玄関前に落ちてるんですかね。 そんなこともないんでしょう、多分だけど (ワタシは曾野綾子の屋敷に行ったことがないので)。 だったら、芯がないのはキリスト教国も曾野綾子も同じじゃん。

 元旦の新聞に載せるには、もう少し人を選んで記事を頼んだほうがいいんじゃないだろうか。 老害は政治家だけではない。 文筆家にだって及んでいるかもしれないのである。 いや、老齢でも優れた文章を書く人はたくさんいるのだけれど、編集部の方で少し吟味してみるくらいのことはしてほしいものだ。 こっちもカネを払って購読しているので、あんまりトンデモな記事が載ってると損をしたような気分になってしまうので。

 

 

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